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金山町に行く・・・ [ RES ]
クマジィ 2012/02/01(水) 07:44
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1月21日(土)、22日(日)の2日間、山形県北部に位置する人口6400人余りの金山町を訪問する。

理由は色々あるが、今回のミッションは・・・
@スキー界の重鎮:岸英三氏を取材する
Aイザベラ・バードの山形路/シンポジウムの日程打ち合わせ
B旧き良きスキー仲間と滑る

白洲次郎氏は東北電力会長時代に蔵王の魅力に惹かれ、木造2階建て70uの欧風の山小屋を蔵王に建てスキーを楽しんだ。白洲次郎50代、岸英三30代の男真っ盛りのころである。
堀修一氏(故人:寿屋旅館)と岸さんは昭和26年夏、現在の蔵王体育館のあたりに「蔵王ヒュッテ」を建てスキーを楽しんだ。その堀修一氏(故人:寿屋旅館)の紹介で白洲次郎と知り合うことになり、堀氏の所有する土地を提供されヒュッテ・ヤレンを建てた。堀氏のご長男善男氏に不肖クマジィは90年代スキー全盛の頃、随分お世話になる。これも何かの縁か・・・
金山町に行く・・・
クマジィ 2012/02/01(水) 07:44
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白洲次郎氏は蔵王を訪れると「ちょっと来ないか、肉鍋しよう」と岸さんに電話をくれたらしい。
(肉鍋とは今でいうところのすき焼きだとか・・・)
「いつもダークなファッションに身を包み、口数は多くはなかったがなかなかのお洒落だった。珈琲を飲んだりチーズを食べたりしながらスキー談義をした」と当時を懐かしむようにほっこりした金山弁で語ってくれた。
岸さんも大柄で白洲次郎氏に負けず男前である。

金山町に行く・・・
クマジィ 2012/02/01(水) 07:45
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後輩が蔵王ハイムスキースクールでコーチをしていたころ、一度訪ねたことがある。
まだスクールが終わってなくストーブにあたって待っていると「良く来たな、まあ珈琲でも飲めや」と、初めてなのに気さくに相手をして頂いたことを鮮明に覚えている。

今回は「白洲次郎氏と交流のあった岸さんに当時の思い出を語って貰う」ために山形新聞社さんと一緒に訪問した。
スキージャーナル誌に岸さんの記事が掲載されているが良く見るとイザベラ・バードのことも載っているのには驚いた。


蔵王インターハイ・・・ [ RES ]
クマジィ 2012/01/30(月) 15:55
昨日実家(山形県戸沢村)に電話したらあまりの雪の多さに驚いていた。
昨年も多くて大変だと言っていたのに今年はそれを上回っているようだ。


今日から山形県蔵王温泉スキー場で「第61回高校総体冬季大会」が始まった。
こんなにも大雪が降り続いているが蔵王のゲレンデの積雪は1.5mと以外と少ない。
1995年の2月には3.0mを記録したが、今週の大雪情報でこの積雪を超えるのだろうか。
多ければいいというものではないが・・・悩ましいところだ。

3・11の風評被害もあって蔵王温泉や天元台(米沢)のスキー客は激減していると山形新聞は伝えていたが、この高校総体のイベントでは約1,000人の選手や関係者が来場するらしい。

どんな感動を貰えるのか選手の頑張りに期待したい。


スキー客激減・・・ [ RES ]
クマジィ 2012/01/27(金) 13:11
雪国の山形新聞には早々とスキー客激減の見出しが踊った。

山形県は「蔵王温泉」「蔵王坊平」「天元台」など国内でも有数のスキーエリアを誇っているが、1月早々に「スキー客激減」の記事が掲載された。(日本はスキーリゾートなどと言えるところは一つもない)
東日本大震災や福島原発の風評被害が大きな要因とされているが、本当にそれだけだろうか?

一方、先日新潟で某プロスキースクールを営む友人から「誰かスキーコーチしてくれる知り合いがいなか?」という電話が掛かってきた。聞くところによると東北のスキー場で「スキー教室」を開いていた中・高校は東北を避け、上信越に流れているらしく、増えたのはいいがコーチが不足していて、これはこれでなんとも悩ましいことではある。
昔だったら大学のスキー同好会に声を掛ければ4,5名ぐらいの学生はすぐにも集まったと思うが、今の学生にスキーを楽しむほどの経済的余裕もないだろうし、今時”スキー”という発想すら残っていないだろう。

スキー界の重鎮:岸英三氏(90歳)は「欧米の高速道路を走っていても”何とかスキー場”という看板は見あたらない。スキー場は雪があってこそで、日本はスキー場に頼り過ぎてきた。これからは春・夏・秋・冬と四季折々でお客を呼べるようにしないとダメだ」と以前から言っているのだが、その声は業界には届いていない。

届いていたとしても「改革」する勇気などは持ち合わせていない。悲しいかな・・・


帰省は大成功・・・ [ RES ]
クマジィ 2012/01/24(火) 14:51
今年初の「山形行き」は大成功。

@白洲次郎と交流のあったスキー界の重鎮岸英三氏への取材(山形新聞同行)
  今後の蔵王温泉活性化についても言及・・・
A白洲山荘保存・活用の「募金口座開設」の手続き申請も無事終了!
B「イザベラ・バードの山形路」シンポジウム開催で町長/担当者と日程調整を済ませる。
C上山市観光課が「第22回:えびすふれあい広場」への出店がほぼ決まった。
   担当は佐野理事の後輩で今年優勝したT大学競争部の元ランナーです。先輩には低姿勢でした。(笑)
D”僻地医療に一生を捧げた女医:志田周子(ちかこ)” まちネットは応援したいと思っています。
  今後に期待して下さい。
E不肖クマジィがスキーを教えたS君は今じゃ山形県の技術ブロック委員に・・・凄〜い!!(18名しかいない)
  最新のテクニックを教えて頂きました。難しい・・・

さあ、今年も忙しくなるぞ〜・・・


蔵王の思い出ー6 [ RES ]
クマジィ 2012/01/20(金) 01:34
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28歳(1975年)でSIA助手検定合格、SAJ(全日本スキー連盟)からSIA(日本職業スキー教師協会)に移籍する。

この頃からゴエモンと2人、鈴木プロに本格的に師事、宿も三五郎小屋から蔵王山荘に移る。
(詳細は思い出ー4)
このあたりからスキーブームが密かに進行し始める。
ワンダラーズスキークラブはいつも大勢で上野駅前にあった「山交バス東京営業所」に集合し夜行バスで蔵王に行った。
いつも早めに行き営業所の裏にあった居酒屋で山形の地酒[口説き上手]、[独りよがり]などを飲んでいた。
蔵王の思い出ー6
クマジィ 2012/01/20(金) 01:37
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”樹氷の蔵王”としては世界的にも有名だが、スキーの合間にのんびり休憩出来る場所は余りにも少ないのが致命傷だ。
そんな中でも唯一お洒落な”シャモニー”というお店がスカイケーブル乗り場前にある。
http://www.concierge-zao.info/chamonix/

上の台ゲレンデの西側温泉リフト下には講習を終えたデモやスキー教師が集まって研修会バーンがあり、我々も中央ゲレンデから”道場破り”と称して参戦した。
そして60〜90分必死に滑り込む。
アンダーウエアは汗でビッショリ、道場破りが終わると必ずシャモニーに寄ってチーズケーキと珈琲が習慣となった。
お店のママさんはとびっきりの美人で、ママさんの顔見たさに寄っていたフシも大いにあるのだが・・・

蔵王の思い出ー6
クマジィ 2012/01/20(金) 01:38
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そして17:00発の最終スカイケーブルに乗車して定宿に戻る。
蔵王山荘の食堂は大盛りを注文しても値段は変わらないし「味といい盛りといい」お客さんには大好評だった。
蔵王山荘は1957年〜1987年で新しく国際蔵王高原ホテルとして1987年に生まれ変わった。
最高の場所で最高のスキーライフだった。

Re:蔵王の思い出ー6
クマジィ 2012/01/20(金) 11:13
<写真解説>
上:蔵王山荘
中:シャモニー(オーナーのセンスが光る)
下:国際蔵王高原ホテル(メゾネットタイプの部屋は実に快適だった)


蔵王の思い出ー5 [ RES ]
クマジィ 2012/01/17(火) 06:05
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旧い友人に某有名スキーショップの元常務Aちゃんがいて、以前彼は錦糸町にある某大手スポーツメーカーA社に勤務していた。

10年ほどの勤務の後スキーショップを継ぐためA社を辞め、結婚して東中野に住んでいた。
家が近かったこともあり春から秋にかけての週末、鈴木プロと数名のスキー仲間が代々木公園に集まりトレーニングをするようになった。
当時(1970年代)公園でトレーニングする人などは希であった。遊びに来る人だって希な時代である。
第一次ジョギングブームがやってくるのはこの後の1970年後半から80年代前半である。
我々がブームに火を付けたのかも?・・・(笑)
蔵王の思い出ー5
クマジィ 2012/01/17(火) 06:05
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仕事していてもずーっとスキーのことが頭から離れなかった。
ゴエモン達とスキークラブを創った。名前は「ワンダラーズスキークラブ」(さまようとか彷徨する意味)
そうそう、こんなこともあった。
月山に行く前の春スキーは蔵王坊平スキー場(現ライザスキー場/上山)だった。
エコーラインが開通する4月下旬、国民宿舎に泊まりバスで山頂へ、七色に変化する火口湖・蔵王のお釜を左に眺めながら滑るスキーは爽快そのものだった。

そんな時、河北新報社が僕らが造った大きなジャンプ台を飛んでいるところを撮りたいという。
”空に向かって大きなジャンプ”というのが写真のキャプションだった。
(写真は1972年25歳)

Re:蔵王の思い出ー5
クマジィ 2012/01/17(火) 10:56
モノクロ写真は当時の「蔵王三五郎小屋」です。
ここで私と相棒のゴエモンは居候しながらスキーに明け暮れていました。
一番上に窓がありますが、あそこが屋根裏の「タコ部屋」でした。


スポーツで観光振興・・・ [ RES ]
クマジィ 2012/01/16(月) 14:50
昨年暮れの10/24(月)付日経新聞に「スポーツで観光振興」の記事をみつけた。

それによると観光庁がスポーツ観光を成長分野に位置づけていることが背景にある。
記事によると・・・
【これまでは大会運営などは競技団体などが中心的な役割を担ってきたが、誘致活動や宿泊、交通の手配などにコミッションが加わることで地域経済の波及効果がある】というのが主な理由とか。

全くその通りだと思う。
但し、役所内はご存じのように縦割りが原則となっていることから、役所内外の関係者をどうやって纏めることができるのか、そのコーディネーターを誰が担当するのか、そこが一番重要な課題だろう。

戸狩温泉(飯山市)と庄内町(山形県)でスポーツイベントの企画・立案をやらせて頂いているのだが、主催するための「背景やコンセプト」を最重要課題として取り上げ関係者のご理解を頂いている。

そうしなければいずれ”淘汰”される運命にあることは明白である。



 


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