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読書日記ー49 [ RES ]
クマジィ 2017/12/11(月) 04:26
.gif / 2.3KB 今週は大寒気団がやってくるらしい。
果たしてどんな寒気団なのか、興味深々?

●江波戸 哲夫著:「定年待合室」 潮文庫

【妻のガン宣告を受け、50代で大手百貨店を早期退職した敏腕営業マンの大和田。妻を喪ったあと、ふとしたきっかけで“人助け”に手を貸しはじめる。販売不振や営業先とのトラブル解決をめざすなかで知り合った、経験も人脈も豊富なその道のプロたちは、それぞれの職場で、それぞれの鬱屈を抱えていた。―本の紹介より―】

五十代で仕事の意欲を失ったまま退職を迎えるとさらに大変になるかも知れない。
定年待合室に在籍している間に、会社員とは違う「もう一人の自分」を見つける必要がある。それは仕事だけではなくて、趣味はボランティア的なものでも良い。とにかく自分なりの居場所を確保しておくことが、その後の長い定年後を過ごす大切なポイントとなる。逆に考えれば、定年待合室は次に進む絶好の機会になる可能性もはらんでいる。・・・と楠木新氏は解説に書いている。同感!

椛u環境計画のパートナーとして歩み始めた1989年、会社の規約に定年を65歳としていたのだが、少し早めて58歳のときに引退した。
理由の一つにこれまで経験・体験してきたことを、地方の「まちおこし&まちづくり」にチャレンジしてみたいと考えていたからである。成功するかどうかは確信が持てなかったが、会員の皆さんの理解のもと、10年たって何とか形になって来たような感じがする。夢中に走ってきたが楽しい10年だった。
さぁ、これらをどう繋いでいくか、これからの大きな課題でもある。楽しく&エネルギッシュに!!


我がスポーツの原点・・・ [ RES ]
クマジィ 2017/12/10(日) 08:44
.gif / 2.3KB 昨日朝6時の気温は1.6℃と今年一番の寒さで12kmのウオーキングを終えても汗は殆どかかなかった。
昨年のこの時期には考えられなかった寒さで、来週は今週にも増しての寒気団がやって来るらしく、もっともっと寒い日が続くことだろう。

私は暑さよりも寒さの方はあまり気にならない。
朝4時の目覚まし前に起きるときもあるし、目覚ましが鳴るとすぐに起き、歯磨き〜腹筋〜筋トレ〜スクワットを終えるとクマジィコラムをアップして5時きっかりにウオーキングに出る。玄関の扉を開けた瞬間、”おお〜寒っ!”と感じるが、たったそれだけでJ-Waveを聴きながら即ウオキングに集中できる。
高校を卒業後、三鷹市野崎の社員寮に入ってから、中・高校生のときに叶わなかったスポーツが出来る喜びで毎朝ジョグをするようになった。
会社の運動会では総務の女性先輩から「矢口さんは運動会になると元気になる人ね」と言われた(揶揄われた)ことを今でも思い出す。会社の運動会はいつも豊島園遊園地で行われていた。

初マラソン出場は遅く、33歳のときだった。
河口湖マラソン10kmの部に出場、記録は39:12と、初出場にしては上々の記録だった。
このときワインを持って応援に来てくれたのが橋田さんとスキーの教え子で当時SONYに勤務していたY子ちゃんだった。スキーをうまくなるために始めたマラソンは38歳のときにトライアスロンに移行、夏はトライアスロン、冬はスキーといつしか1年中、スポーツに夢中になっていた。
中・高とスポーツが出来なかった分、この歳になってもスポーツに対する気持ちは青年のままである。
さぁ、今日も元気で行こうかい!!


東北街道会議・・・ [ RES ]
クマジィ 2017/12/09(土) 04:37
.gif / 2.3KB 西川町観光協会のG専務にトレランのことでメールを送ったら意外な返事が返ってきた。
「矢口さん、来年東北街道会議が山形県で開催されるみたいですね。”イザベラ・バード”が取り上げるって新聞に出てたけど、連絡いってるでしょ?」ということだった。

「いや、まだ新聞も見てなかったので・・・」、「いや〜イザベラ・バードっていえば矢口さんでしょ」、「有難う御座います。でも、もういいんです。やれることは全てやったので」 そうか、いよいよ山形県でイザベラ・バードが取り上げられるんだ。
思えば2010年第6回東北街道会議が西川町で主催されたとき、パネラーの一人として呼んで貰ったのがGさんだった。その後Gさんとは、清川八郎の六十里越街道とか、志田周子映画化の際でも協力を要請されたりと色々な場面で親しくさせて貰って来た。
2007年、初めてイザベラ・バードの山形路(200km)の踏査・検証で山形新聞社さんに同行取材して頂いてからすでに10年が経過、2008年には代官山に於いて「130年目の日本奥地紀行シンポジウム」を主催してから来年でもう10年が経つんだ。実に感慨深いものがある。

山形県内で4回のシンポジウムと旅企画も5回ほど主宰、T橋さん、T田さん、S野さん、A部ちゃん、K原教授、o林教授、S里さん、MI森さん、山形のT橋さんなどまちネットの仲間が大勢山形に来て貰い、アルカディア街道山形路を楽しんで貰った。
お陰で「まちネット」として、イザベラ・バードを通じて山形県を全国発信出来たと自負している。そしてアルカディア街道の観光ルーマップも作成することも出来たし、ホントやれることはやりきれたと思っている。

会議を主催して終りではなく、会議はあくまでも「手段」であり、「目的」はいかに山形県の観光産業の主軸として交流人口推進を図れるのかということが最重要課題であると思っている。期待したい!!


六十里越街道トレラン・・・ [ RES ]
クマジィ 2017/12/08(金) 04:29
.gif / 2.3KB 久しぶりに西川町観光協会G専務より電話があった。
観光協会として六十里越街道トレラン大会開催の方向で動き出したとのこと。
そうか、いよいよか・・・

まちネットや東京の主催者などが蔵王を舞台に開催され(してる)たが、西川町(&観光協会)という行政組織が主催者となって開催となれば、山形県内では初めての大会になるであろう。
最近、ハセツネカップや秩父100kmトレランなどで、死亡事故が起きたが、これらの大会は峠や山岳の尾根を舞台としていることや競技レベルが強度なことから事故は起きやすい環境にある。
西川町〜鶴岡市朝日地区の六十里超街道は出羽三山山麓の峠道のため、危険な崖と呼ばれるヵ所は見当たらない。
あるとすれば、堀と呼ばれる両側がV字のような狭いところが数カ所見受けられるが、これも危険と言えるような場所ではなく、ただ追い越しするには無理があるというところだろう。

約10kmのコースが4つに分かれていることから、エイドステーションや選手の通過チェックもし易い上、何かトラブルがあった場合でも車の乗り入れも可能で、コース強度としては中程度であだろう。
ブナ林の中を駆け抜けるので、夏の大会と言っても暑さは気にならない。
出羽三山は生まれ変わりの聖地でもあることから、出来るなら古道の歴史を感じ、楽しみながら走って欲しいと思う。

さぁ、来年も忙しくなるぞ!!


あれやこれや・・・ [ RES ]
クマジィ 2017/12/07(木) 04:40
.gif / 2.3KB 昨日朝6時の気温は3.5℃、果たして今朝は?・・・
しかし千日回峰行達成のため、寒いなんて言っていられない。寒さはこれからが本番なのだ。

先週の1日(金)からどうもお腹の調子がイマイチで食べたものがゴロゴロと腸内を回ってるようで気持ち悪く、風邪の症状かなと思い最初は風邪薬を飲んでみたが効き目がなく、今度は胃腸薬を呑んでみたのだがそれでも一向に腸内がスッキリしない。思い切って医者に行って診てもらう。
風か何かの菌が入ったのではないかということで胃腸薬を1週間分ほど頂いてきた。
こんなことは初めての経験でどうにも落ち着かない。
先生から胃カメラを勧められ来週にも内視鏡検査を受けることにした。
まあ、これで少し安心した。

まちネット仲間で昔一緒にトライアスロンにも出場したK君から電話があり、久しぶりにガーデンプレイスでランチすることに・・・これまでの活動を報告、西川町(山形県)で来年開催予定しているトレランの話しに及んだら、選手でもスタッフでもいいから是非参加したいという嬉しい返事を貰った。
今年、トライアスロン復帰に向けてトレーニングしていたらしく、トラには出場できなかったが、岡山マラソンに出場して4時間代前半ながら完走し、調子はすこぶるいいらしい。
さぁ、後輩に負けずこちらも頑張るか!!


読書日記ー48 [ RES ]
クマジィ 2017/12/05(火) 04:33
.gif / 2.3KB 早朝ウオーキング時の気温は5℃前後となり、玄関を出た瞬間身震いをするようになった。
いよいよ本格的な冬の寒さに突入かな・・・

●石光 真人編著:「ある明治人の記録/会津人柴五郎の遺書」 中央公論新社刊

【「遺書」とありますが、正しくは柴五郎氏の少年期の記録です。だいたい期間は1868年の会津戦争から1877年の西南戦争までです。新政府軍による会津若松への総攻撃、母・姉妹の自刃、降伏、江戸での近親、斗南藩(青森県の下北半島)への実質的島流し、飢餓。少年時代に負った数々の苦痛。なにゆえにかようなひどい目にあわされなければならないのか。
成長した柴は弘前県庁から東京に出て幼年学校へ入学、そして西南戦争で西郷隆盛の死と翌年には大久保利通の死をもって、少年期の記録は終わります。西郷・大久保の死を「両雄非業の最後を遂げたるを当然の帰結なりと断じて喜べり」と認めていたものの、決して口外することはありませんでした。−本の紹介よりー」

第二部では「薩摩出身の大山巌元帥は斗南藩大参事、山川大蔵の女婿となった。
時代の変遷、人世の無常をしみじと感じる。明治維新は根源が深く借雑しており、また変化の激しい速度が激しかった。かつては「勝てば官軍」の立場から歴史が綴られ、薩長藩閥政府を正当化するために、ある部分は誇張され、ある部分は抹殺された。そして今日もまた、特殊な史観にこだわって、原則に添わない不都合な事実は気軽に棄捨してはばかからないようである」という部分だが、最近、原田伊織著「明治維新という過ち」を読んだときに感じた私たちが学校で教わってきた幕末から明治への変遷の裏にはこういう事実があったいうことを改めて知ることが出来、とても勉強になった。
Re:読書日記ー48
板橋のハッシー 2017/12/06(水) 10:34
柴五郎は「北京籠城記」でも有名です。大変な苦労を経た、私も好きな人物です。義和団の乱で北京の日本軍を纏めた指揮官で有能。その後の日英同盟締結も、彼の人となりが結構影響があったようです。


公園の改修・・・ [ RES ]
クマジィ 2017/12/06(水) 04:29
.gif / 2.3KB 地元の児童公園の改修打ち合わせに出席、渋谷区から担当者2名、南町会からは10名の町会役員と子どま会からの参加者があり、夢の公園実現に向け、区の担当者を交えて初めての話しあいが行われた。

町会では公園の周辺に住む住民と、実際活用しているお子さんを持つ父兄の皆さんとすでに下打ち合わせは済ませており、不肖私が専門家だったこともあり、要望をカラーの絵にした簡単な図面を用意して今回の話し合いが行われた。たった1,900uしかない小さな公園だが、渋谷区内では人気のある公園だという担当者からお話があった。参加した町会役員からも、結構映画やドラマの撮影で使われているとのこと、初めて知った。ちなみに渋谷区内には125ヶ所の公園があるらしい。

町会長からこれまでの経緯を説明、あくまでも勝手な要望をお願いする。
現在区では全公園の整備改修、管理までの見直しを考えており、開園して65年になる当公園をモデルにした整備を検討していきたいので是非協力して欲しいとの意見が出された。
防災公園としての機能を持たせ、幼児から大人までがともに活用できる公園にするにはどうしたらいいか、区の担当者に見本になるような公園があれば見学に行きたいという意見も出て、参加者が掛ける意気込みが伝わってきた。

そこまでの意気込みがあるなら、是非ワークショップ形式でやりませんか?と意見を出させて貰ったところ、地元住民の多くが「夢の公園」実現のためにやってみたいという意見でまとまってきた。
住民が主体となって出来上がった公園ならば、愛着がわき、清掃・管理などを積極的にやるようになることから防犯上からみてもいい公園になることは間違いないだろう。いよいよ出番が回ってきた?・・・(笑)


偲ぶ会・・・ [ RES ]
クマジィ 2017/12/04(月) 04:19
.gif / 2.3KB 12月最初の日曜日、H田さん、S野さん、私の3人で2年前(ほぼ3年)に亡くなった友人の偲ぶ会を池袋にあるお気に入りの洋食屋さんでおこなった。

H田さんの提案で旨いカキフライを食べたいという願いを聞き入れ、旨いカキを食べさせてくるところを探したら、私が利用してる店が2店も出て来てビックリ! さすが自称グルメ通!
池袋の洋食屋キッチン・チェックまで出かける。
カキは”カキフライ”にして貰うために生まれてきたと私の辞書に書いてある。同じようにアジもアジフライのために生まれてきた。(笑)

一昨日からどうしたわけか腹具合がイマイチで、今朝のウオーキングも休んで胃腸の調子を整えてきたのだが、一向に治る気配がない。ところがH田さんはカキフライに前のめりになっていて断ることが出来ない。ここは意を決して出かけることにした。
まあ、池袋は何度来ても勝手がわからない。
この洋食屋さん、評判がいいのか結構並んでいる。待つこと10分、待望のカキフライが食べられるのだが私は腹具合を考え、S野さんとおなじポーク生姜焼きに変更、見かねたH田さんよりカキフライ1個を恵んで貰った。旨い!!やっぱりカキフライは旨いなぁ〜・・・
S田さんを偲んで献杯! それにしては余りにも早すぎた一生だった。


朋の悲報・・・ [ RES ]
クマジィ 2017/12/03(日) 05:51
.gif / 2.3KB スキー&トライアスロンの仲間だったS君の悲報を知ったのは1週間前だった。
その時はすでに亡くなって2年が経過していて、年明けの1/4には三周忌を迎えようとしていた。余りにも早い朋の死である。

S君と初めて会ったのは忘れもしない1985年12月、青山にあったドイツビールを飲ませるMOHN(すでにな解体)でのISSC(石井スポーツスキークラブ)忘年会の日で、スキー仲間のM君がS夫妻を伴って参加してくれて紹介されたのが初めての出会いだった。
時代はスキーブーム全盛で、「冬と言えばスキー」という時代だった。
それからは一緒に蔵王や月山(山形)、青木湖(長野)、岩鞍(群馬)など、仲間たちとスキーに明け暮れた。
私はスキー場上達の一環として始めたトライアスロンの応援に温海サンセットビーチ大会(山形県)への応援に来てくれたことがきっかけで、冬はスキー、夏はトライアスロンと、今思えばお金が掛かるスポーツに誘い込んだのは紛れもない私だった。

朝霞市内でSシールという印刷会社を経営しており、ISSCの発展的解消後、スキーとトライアスロンのチームBEARSを結成すると、チームのシールを無償で作成もしてくれた。今ではそれが大切な形見にもなってしまった。
お酒(日本首)が大好きで、どんな場合でもいつの時間でもお酒が出てくると笑顔になっていたのが忘れられない。スキーでは1級を取得、トライアスロンでも細身でのランにはキレがあり、温海の大会ではあと一歩で追い越されるという場面もあった。

論客でそれでいて静かに話す姿は研究者を思わせた。
冥福を祈りたい。


観察会に参加(3)・・・ [ RES ]
クマジィ 2017/12/02(土) 04:32
.gif / 2.3KB 1915(大正4)年4月、明治神宮の森の設計に林学博士の本多静六や日比谷公園の設計に携わった造園家の本郷高徳、上原敬二といったそうそうたる顔ぶれを集め、森の造成計画が本格的に始まる。

計画の中心を担った3人が主木として選んだのは、カシ、シイ、クスノキなどの常緑広葉樹だった。もともとこの地方に存在していたのが常緑広葉樹であり、各種の広葉樹木の混合林を再現することができれば、人手を加えなくても天然更新する「永遠の森」をつくることができると考えたからなのだが、当時の内閣総理大臣・大隈重信が異を唱え「明治神宮の森も、伊勢神宮や日光東照宮のような荘厳な杉林にすべきである。明治天皇を祀る社を雑木(ぞうき)の藪(やぶ)にするつもりか――と大隈首相は言った。と言われています。

そこで本田静六は、東京の杉と日光の杉について樹木の断面・解析を行い、日光に比べていかに東京の杉の生育が悪いのかを科学的に説明して大熊首相を納得させたという。素晴らしい! 
そういう視点に立って明治神宮の森を観察してみると、先人たちの熱意が伝わってくるようで厳粛な気持ちになってくる。 新緑の時期に再度訪れてみよう。



 


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