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技術の杜 ハヤブサネット 面白半分 

面白半分とは茶化すの意味が一般的だが、では面白いという残りの半分は何かと考えると半分は大真面目なのだ。

しかし、大真面目だけだとカチンカチンの石頭になって面白くもおかしくもないただの道学者先生そのものだ。

ここにチャカシを入れることによって世の中が面白可笑しく見えてくる。これがこの掲示板を「技術の杜ハヤブサネット面白半分」と名付けた理由である。

さて、講釈もこれぐらいにしないと面白くもおかしくもないので解説の幕引きとする。嗤笑哂

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以下のリンク先は管理者が勝手に張り付けたものです。今管理者がどこに興味を持っているか、また、何処に好奇心を燃やしているかが、ある程度はわかります。
 
 
例えば「RESAS 地域経済分析システム」データを使って地域を作ることができるのだ!!

例えば、 "びじゅチューン!! 
 これはすごい!!。正に21世紀はこれらの人達が引っ張っていくんでしょうねえ。
作詞・作曲・アニメ・歌すべてを手がけるのは、映像作家の井上涼さん。ポップな絵、奇想天外な歌詞、忘れられないメロディーが次々にとびだします。

技術者たちの言いたい放題:  管理者=佐口→APEC→魔法使い
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うずまき舎・・山の上の本屋さん
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高知県文化広報誌「とさぶし」
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大丈夫です。とさぶしは、スマホやタブレットでも読めるようにアプリを用意しました。発行:高知県文化・国際課年4回発行(2013年1月創刊)


落ちこぼれ技術士「平ねぎ」の崖っぷち日記
詰め将棋も面白い!!!杜ハヤ以来の長い付き合いがある技術士の方です。『おもしろいでっせ!! 』

山茶小屋

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 年寄りの戯言
杜ハヤ産みの親である佐口さんのブログです。

 木工家 井崎正治の塩津村だより

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ガチンコ技術士学園
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インターネットで将棋をしましょう


写真付き: 魔法使いの日々これ悪戦苦闘ブログ
2017年8月19日!!仁淀まちづくり本舗発信記事をアップ!!

本当の幸福

SUKIYAKI塾掲示板の「魔法使い」なるハンドルネームは、私とは全く別人物です。成りすましは実害のあるなしに関わらずルール違反です。基本的にSUKIYAKI塾の掲示板へ、私が書き込むことなどありえません。嗤・嗤・嗤・嗤・嗤
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『 魔法使いの複眼技術士養成添削(都市及び地方計画)』  を予定しています。私の添削を受けたい希望者は、ガチンコ学園の都市計画部門で、私を名指しして申し込んでくださいね。


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 一箱古本市より焚書祭りを!  [返信] [引用]
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一箱古本市が全国各地でブームのようだ。
私は数年前高知の古本組合と一緒に高知市カルポートの7階で「古本まつり」に共催という形で参加したことがある。
 学生達は本を販売するのではなく、もし販売するとしたらどんな本を学生たちが展示するかという試みで、プロの古本屋さんたちの商売の邪魔をしないように配慮したつもりだった。
 また、学生達は古本屋さんたちの仮設店舗の設営や解体運搬にも参加したことから、それなりの協力もできたつもりでいた。売り上げも例年開催する古本まつりのそれと遜色ない結果だったように思うが、それ以降この企画は二度と行われていない。
 この時古本屋さんのどなたかから「一箱古本市』のお話を聞き学生版のそれを開催することを勧められた記憶があるが、なぜかあまり気乗りがしなくて沙汰止みになっている。
その理由を改めて考えてみると、学生だけで一箱古本市を開催するのは品揃えを考えると相当無理があるからで、気乗りしなかった理由はおそらくそれだけだったと思う。
 しかし、今、改めて考えてみるとプロとアマが同じ土俵で商売をすることの難しさがあるように思う。
 おそらくプロの古本屋さんたちは路上販売する程度の本しか持ってこないだろうし、アマチュアは玉石混交で自宅に眠っている本を処分しに来るのが目的なのだろう。
 私が懇意の古本屋さんは本には品格というものがあって、一冊10円とか100円で扱われる性格のものと、そうでないものがあり、自分の店にはバナナの叩き売りのような本は一冊も置いていないし扱うつもりもないということだった。こうした人達は古本屋さんというより古書店と呼ぶにふさわしいと思う。そして、今こうした気概を持つ古書店が消えていっている。
 消費者である私としては安いに越したことはないと一瞬思うけれど、しかし、安売りという行為は古書という文化を市場経済の中に叩き込むことにつながっている。古書店には限らない。いま新書店も苦境に陥っており町の本屋さんが次々に廃業していると聞く。
若者の本離れとか本の電子化が原因と言われているけれど、実はその病原は本の市場経済化にあると思う。

 
魔法使い  ++.. 2017/12/02(土) 02:13 [14786]

 
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元々古本には微妙なところがある。著者にとっては古本が売れても印税は1円も入ってこない。作家は自転車操業よろしく次々と出版しなければ喰うに困ることになる。ゆっくり構想を練るといった余裕はなくなるだろう。
 ミヒャエルエンデはこうした悪循環を「モモ」の中で、時間泥棒と呼んでいる。
 作家にとっては悪戦苦闘して書き上げた本の印税を巻き上げられてしまっているといっていい。
 では古本はどういった種類のものを扱えばいいのか、考えてみた。答えは「絶版本」である。これなら作家も出版社も文句は言えまい。それ以外は相当難しい。
 それ以外の本はどうするのか?
 今突然閃いたけれど「焚書まつり」というのはどうであろうか?読んで要らなくなった本はちょっと辛いけれど我慢して、感謝を込めて、1年に一回供養するつもりで燃やしてしまうというものだ。文庫本やベストセラー物はそれでいいのではないか?
焚書がカーボンニュートラルに該当するかどうかはわからないけれど、発電の燃料にはなるだろう。もったいない文化崇拝者にとってはとんでもない発想だけれど、物は循環しなければ経済が成り立たないのも事実である。
 焚書がそういう意味では循環経済なのか大量生産大量廃棄なのかよくわからない。しかし、私の直感は焚書祭りと囁くのである。

魔法使い  ++.. 2017/12/02(土) 03:09 [14787] [引用]

 
絶版本を焚書されたらこれはみんなが困る。しかし、100万部も発行されたベストセラーが数年後1冊100円程度で流通させられるぐらいなら、家庭内に保存しておきたい読者は別にして、焚書してしまったほうが作家のためにもなるだろう。なぜなら、10年に一度ぐらいは芥川賞10年の記録といったタイトルで再出版される可能性が出てくるからである。
 既読者にとってはもういらない本なので、古本屋さんでもただなら引き取るというたぐいである。
 あとは安く読みたいという読者だけれど、どうして安くというなら公立図書館から借りれば済むと思う。
 古本を市場経済から救い、作家の印税を守るためには安ければ何でもありという、小泉ー竹中平蔵ラインをそれこそ逐追する必要があると思う。

魔法使い  ++.. 2017/12/05(火) 11:45 [14788] [引用]

 
例えば私の愛読書に近い「ボローニャ紀行」井上ひさし著は今、アマゾンだと1冊1円からで購入できる。

郵送料があるので実質は300円程度かかるが、これは取扱店の利益が相当数含まれているので、多分、古本屋に持ち込めば、タダなら引き取るといわれる類の価格であろう。
 本の内容の価値がないのではない。あまりにたくさん出版されたいわゆるベストセラーものだからである。

魔法使い  ++.. 2017/12/05(火) 11:55 [14789] [引用]

 
読み終わった本は単なる場所ふさぎに過ぎない。しかし捨てたり燃やしたりは勇気がいる。しかし古本屋に持ち込ンだ挙句無料引き取りになるぐらいなら、『焚書祭り』に出したほうがましではないかと、・・・・・・思う。
魔法使い  ++.. 2017/12/05(火) 15:23 [14790] [引用]

 
焚書祭りとは『この1年、読んだ本で不要になったものに感謝を捧げ、著者および出版関係の人達の今後の活躍を祈願する」ということです。 
しかし、焚書という言葉自体相当刺激的なので、何かいいネーミングを考えたいものですね。

魔法使い  ++.. 2017/12/06(水) 05:00 [14791] [引用]

 
古本、雑誌、新聞紙のリサイクルルートは確立している。
これらは、ほとんどパルプとして再利用されている。
したがって、焚書は地球環境破壊行為だ。
パルプを得るために木をバッさ、バッさと切り倒し、本を無駄に燃やし二酸化炭素を放出する。

また、高知新聞に、この掲示板の記事を「安寒倍衛」のペンネームで投書すれば、
たちまち、安倍が思想統制を始めたなんて騒ぐ人が出てくる。
安寒倍衛^>>>>安寒・・・>>>安倍なんて。
国境なき記者団だったかの連中が、焚書だ、坑儒だ、日本の言論自由度は韓国以下だ、なんて騒ぎだす。それでなくとも騒いでいるが。

きしめん  ++.. 2017/12/06(水) 10:17 [14792] [引用]

 
焚書はパフォーマンスで、リサイクルルートがあるということならパルプ再利用でいいと思います。焚書はあくまで儀式です。昔に例えるなら左義長です。
 「本供養」が穏やかでいいと思います。この1年学ばせて頂いたり楽しませて頂いた本で、読まなくなって単なる場所ふさぎになってしまった本たちを、感謝の念を込めて儀式として燃やして供養するということです。

魔法使い  ++.. 2017/12/10(日) 22:03 [14793] [引用]

 

その通りだと思います。本の供養はしなければなりません。
私の書いたのはしゃれ。

@しかし、私の行きつけの本屋の古本回収箱(コンテナ)は、すぐ古本で満杯になる。
その量は半端ではない。
では表紙または奥付のみを破いて持ち寄る。しかし、いくら古本でも破る行為はいやですね。
A表紙のみでも、毎週行わなければならないくらい量が出るでしょう。

これが、本供養ができない理由と思います。

世の中、針供養、人形供養、最近ではだるま供養。
その他、うなぎにさんま、いろいろありますが、みな結構な金がかかる。

きしめん  ++.. 2017/12/11(月) 13:23 [14794] [引用]





 竹中平蔵物語  [返信] [引用]
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/301.html
ずいぶん長い物語だけれど,一読してみたいと思い掲載しました。

 
魔法使い  ++.. 2017/11/28(火) 01:01 [14785]



 


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