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清河八郎物語(3:お終い)・・・ >>
クマジィ 2017/09/05(火) 04:29
.gif / 2.3KB コンペの結果は”落選”・・・賞を取ったのは「草木塔」を取り上げた団体だった。
負け惜しみではないが、気落ちはしなかった。

何故なら結果が出る前に「義経・北国落ちルート」の踏査・検証を終え、その面白さに惹かれ、翌年のイザベラ・バード「日本奥地紀行」の構想がすでに出来つつあったからだ。
こうして三賢者の足跡をすべて辿り終えたのが2008年だった。

そして最も気になっていた清河八郎の足跡を辿り始めたのは2009年からで、まずは彼が向学心に燃えて江戸を目指して歩いた六十里越街道(約150km)の踏査・検証だった。翌年には母を伴い諸国漫遊の旅をした「西遊草」の山形路(約250km)も訪ね歩いた。
いずれの踏査・検証にも山形新聞社さんが興味を持たれて同行取材を申し出てくれたのが嬉しく、後日山形新聞に大きく連載して頂くことが出来た。

そして小学館ウィークリーブックが2010年〜2011年にかけて発行した「真説歴史の道」では、戦国時代から明治にかけて活躍した歴史上の人物50名を取り挙げていたのだが、私たちが踏査・検証した4名(義経、芭蕉、イザベラ・バード、清河八郎)が取り上げられていることだった。https://www.shogakukan.co.jp/magazines/series/078000
「まちネット」がただの興味本位で足跡を辿ったことでないことはお分かりになって頂けると思う。
こうして振り返ってみると、山形県はもっともっとふる里の歴史を見つめ直し、「観光・健康・環境」に特化した活性化を考えるべきだと思うのだがどうだろう・・・



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