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読書日記ー40 >>
クマジィ 2017/10/03(火) 04:33
.gif / 2.3KB 通勤時間まで残ると予報されていた雨もどうやら止んだようだ。
すっかり秋らしくなってきて朝のウオーキングもロングTシャツが必要になってきた。

●山内 志朗著:「湯殿山の哲学/修験と花と存在と」 ぷねうま舎

【修験の山の奥の奥、その最深部に秘された信とは何か。本尊の懐の地を出自とする著者が、はるか西洋中世哲学の回廊を旅した果てに、再びこの問いに戻ってきた。厳密な論理の畑を耕すときも、湯殿山はいつも「私」に呼びかけていた、風のように、存在のように。ー香山リカ氏評ー
「湯殿山は花だ。存在の花なのである」と、この書の最後に山内さんは記す。西洋哲学で言われる〈存在〉は一般的で抽象的だが、湯殿山の近隣で生まれ育ち、ごくあたりまえにその研究を続けてきた著者にとっての〈存在〉は、もっとやさしげではかなげで、この世界にふたりとない〈私〉をそっと成り立たせるものだ。それを山内さんは「花」と呼んだ。湯殿山とスコラ哲学の上に、そしてそのあわいにたゆたう〈私〉の上にも、途切れることなく花がふりつむ…。これぞ山内哲学の到達点なのではないだろうか。―本の紹介より―】

哲学は私の脳みそではなかなか理解するには難しいが、ふる里それも10年ほど前友人達と訪ねた場所であり、著書を読みながら改めて湯殿山とは何か、ご神体とは何かなどその土地の成り立ちが解り、とても身近に感じた著書だった。じっくり再読したい。



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