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No.3590 への▼返信フォームです。


▼  つづき
李政美 [URL]    ++ ..2018/04/04(水) 12:37 [3590]
  長すぎたので、↓の続きです。

私は今日、その土台の上に、4.3の完全な解決に向かって揺るぎなく進んで行くことを約束します。これ以上4.3の真相究明と名誉回復が遅れることはないでしょう。
それとともに、4.3の真実はどんな勢力も否定することができない、明らかな歴史の事実として認められたということを宣言します。
国家権力が加えた暴力の真相をきちんと明らかにし、犠牲になった方々の悔しさをふりほどき、名誉を回復できるようにいたします。
そのために遺骸発掘事業も悔いが残らないように最後まで続けて行きます。
遺族と生存被害者たちの傷と苦しみを癒すための政府次元の処置に最善を尽くす一方、賠償・保証と、国家トラウマセンター建立等、立法が必要な事項は国会と積極的に協議いたします。
4.3の完全な解決こそ済州道民と国民全員が願う和解と統合、平和と人権の確固とした礎になるでしょう。
済州道民のみなさん、国民のみなさん。今チェジュはその全ての苦しみを踏まえて平和と生命の土地として復活しています。
私たちは今日、4.3の英霊たちの前で平和と共生は、理念では無くひとえに真実の上でだけ真っ直ぐに立つことができるという事実をもう一度確認しています。
左翼と右翼の激烈な対立が残酷な歴史の悲劇を生みましたが、4.3の犠牲者たちと済州道民たちは理念が作り出した不信と憎悪を飛び越えました。
故オチャンギさんは、4.3当時軍警に銃傷を受けましたが、朝鮮戦争が勃発するや、「海兵隊3期」として志願入隊し、インチョン上陸作戦に参戦しました。
妻と父母、姑と妻の兄弟を全て失った故キムテセンさんは、愛国の血書を書いて軍隊に志願しました。
4.3で「アカ」と追いつめられた青年たちが死をもいとわず祖国を守りました。
理念は単に虐殺を正当化する明文に過ぎませんでした。済州道民たちは和解と許しによって理念が作り出した悲劇を乗り越えました。
チェジュ・ハグィ里には護国英霊の碑と4.3犠牲者の碑がひとつの場所に集められ、慰霊壇が作られています。
すべてが犠牲者であるから、すべてを許すという意味で碑を建てました。
2013年には一番葛藤が大きかった4.3遺族会とチェジュ警友会が条件無しの和解を宣言しました。
済州道民たちが始めた和解の握手は、もはや全国民のものにならなければなりません。
私は今日この席で国民に訴えたいです。
未だに4.3の真実から目をそらそうとする人たちがいます。未だに古い理念の屈折した目で4.3を見ようとする人たちがいます。未だに大韓民国には古い理念が作り出した憎悪と敵対の言葉があふれています。
今や私たちは痛みの歴史を直視できなければなりません。不幸な歴史を直視することは、国と国の間だけに必要なことではありません。私たち自らが4.3を直視できなければなりません。古い理念の枠に考えを閉じ込める事から抜け出さなければなりません。
今や大韓民国は正義の「進歩」と正義の「保守」が正義で競争する国にならなければなりません。公正な「保守」と公正な「進歩」が「公正性」において評価される時代でなければなりません。
正義でなく、公正でなければ、保守であれ進歩であれ、どのような旗であれ、国民のためであることはできないでしょう。
生きるためのあらゆる場所で、理念で覆われた敵対の影を取り払い、人間の尊厳を花咲かすことができるように、皆で一緒に努力して行きましょう。それが今日チェジュのオルム(寄生火山)たちが私たちに聞かせてくれる物語です。
4.3生存被害者と遺族のみなさん、国民のみなさん。
4.3の真相究明は地域を超えて不幸な過去を反省し、人類の普遍価値を取り戻す仕事です。
4.3の名誉回復は和解と共生、平和と人権へと進んで行く私たちの未来です。
チェジュは深い傷痕の中でも、過去70年間平和と人権の価値を叫んできました。今、その価値は韓半島の平和と共生へと引き継がれ、人類全体に向かう平和のメッセージとして伝わることでしょう。
恒久的な平和と人権に向かう4.3の熱望は、決して眠らないことでしょう。それは、大統領である私に与えられた歴史的な責務でもあります。
今日の追悼式が4.3の英霊たちと犠牲者たちの慰労になり、私たち国民にとっては新しい歴史の出発点となるとことを祈ります。
みなさん、チェジュに春が来ています。
感謝します。
2018年4月3日 大韓民国大統領 文在寅



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