| 新有島記念館は赤く燃えるレンガの壁、その外形は大地に凍てつく白い炎。欧州の教会を思わせる建築……… 万縁の中に白い和服の貴婦人の如く静かなたたずまいを見せており、昆布獄に身を落す太陽が赤々と有島の里に照を残していた。 「人は自然を美しいという。然しそれよりも自然は美しい。人は自然を荘厳だという。然しそれよりも自然は荘厳だ………。」有島武郎の「自然と人」の一説を辰三は残照の中で一人つぶやいて居た。 (阿部信一「百姓の子」)
冒頭、書き出しを同じに揃えて、片方は『有島の大地』というエッセイへ。そしてもう片方を『百姓の子』という小説に進化させる…という大技を「京極文芸」で見た時は吃驚しましたね。「辰三」という人間描写の中に「阿部一族」の来歴のすべてが流入してきて、作品の厚みを何倍にも増すことに成功しています。
十年間で十五冊を発行した「京極文芸」。その創刊期から中盤までのチャンピオンはもちろん針山和美氏といっていいでしょうが、その針山氏は第11号の『重い雪のあとで』を最後に作品を発表しなくなります。それと入れ替わるかのように、彗星の如く第12号『濃霧の里』で登場して来たのが阿部信一氏なのでした。以降、第13号で『有島の大地』、第14〜15号で『百姓の子』と大爆発。第15号での終刊、針山氏にも納得するものがあったのではないでしょうか。
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