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No.517 への▼返信フォームです。


▼ ポロヌイ峠   引用
  あらや   ..2019/09/20(金) 11:14  No.517
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須田茂さんの『近現代アイヌ文学史稿』(同人雑誌『コブタン』連載)が現代編に入り、ついに今年発行の第46号で〈鳩沢佐美夫〉と〈上西晴治〉の名も登場してきました。

この二人の作家についてはなにか苦い感情がいつもあります。なぜか最後まで読めない。北海道の作家ということで、とりあえずは手元の「北海道文学全集」の、鳩沢佐美夫『対談・アイヌ』(第11巻)、上西晴治『ポロヌイ峠』(第21巻)から読みはじめるのが常だったのだけれど、これがいけなかったのかもしれない。字面を追うことはできるけれど、その作品の世界観が次第にわからなくなって、感想というか、感動というか、そういういつもの本の読後感が形づくれなくなって行くのですね。今回もそうでした。

まあ、私の頭が悪いからなんだろうけど、最近は、「北海道文学全集」の編集(作品の切りとり方)に対する疑問もいろいろあって(例えば、なぜ「人間像」の作品はオール無視なのかとか)、今回は全集に頼らず、作品発表時の単行本で読もうと考えました。(発表時の同人雑誌で読めればより理想的なんだろうけど、そんな極楽の環境にない…) 市立小樽図書館に上西晴治がほぼ揃っていたのはありがたかった。(鳩沢佐美夫がすべて館内・禁帯出なのは残念だった…)

正解だったみたい。『十勝平野』が貸出中だったので、『ポロヌイ峠』(風濤社,1971.8)と『コシャマインの末裔』(筑摩書房,1979.10)の二冊からスタート。いつもの通り『ポロヌイ峠』は挫折だけど、今日の私には『コシャマインの末裔』いう技がある。これが功を奏したのか、上西晴治という人の立ち位置が初めてわかったような気になりました。その位置から『ポロヌイ峠』に戻って来ると、『オロフレ峠』という作品に堪らず涙してしまった。

 
▼ コシャマインの末裔   引用
  あらや   ..2019/09/20(金) 11:19  No.518
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いろいろな発見があったのだけど、たとえば、こういうさりげない場面にいきなり〈ユーカラ〉を感じたりしました。知里幸恵にはないショックだった。

 母は小説の読み方がうまいばかりではなく、いちど読んだ小説はそのすみずみまで知っていた。後で筋道をふりかえるとき、母は大ていのところなら、かなり正確に読むときの早さでしゃべることができたので、みんなはすっかり感心した。
「モンスパも頭がよかった」
 とタケ婆ちゃが祖母のことをいうと、
「ユーカラの名人だもの」
 当然のことだ、とシノおばちゃは大仰に両手を広げて合槌をうった。母はモンスパに習って歌がうまく、心にしみるところはどんなに長い文章でも何度となく読んで、節まわしよく諳んずるのだった。いい易く作りかえ、自分の口に合わせて歌うものだから、聞き手たちの心にうまく融けこんでしまう。
「じんないボボをどやされて、もちょこかった」
 という条がおかしいといって笑いころげた。何度聞いても飽きないようで「そこんとこは」と同じ質問を投げかける。すると母はまたはじめから高らかに歌い出すのだった。
「悪いやつだ、殺してしまえ」
 聞き手たちの心のたかぶりも常に決っていて、悪玉を思いっきり罵倒した。有名な戯曲の筋書きを知っていながら何度でも聞いた。菊池寛、吉屋信子、牧逸馬といった作者の名前が、名文といっしょに、いつもみんなを浮き立たせた。しまいに主人公の病気が気になり、作者にお願いしなければならないという者が出た。
「無理だわ、なんぼ菊池寛だって、肺病はもう三期に入っただもの」
(上西晴治「コシャマインの末裔」/オコシップの遺品)

 
▼ 中沢ヌップ   引用
  あらや   ..2019/09/20(金) 11:24  No.519
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「どうしても巻き貝のように先細く丸まってゆくんだよ」
 傍に寄ってきたヌップはこういって笑った。一瞬たじろいだ源一だが、湖のように澄んだ彼の眼にひかれて思わず「かわってる」と応えた。
 あれほど警戒していたことなのに、古い知己のように、このときから源一たちは心をむき出しに話し合うようになったのである。
 源一たちは天神山の頂上に坐ってとりとめのない話をした。ヌップは気が向くと故郷のことを話すことがあった。子供のころは、アイヌなら誰もがそうだったように、ひどく貧乏だったという。(中略)
 ヌップは我慢強く勉強にも喧嘩にも強かったので、みんなにアイヌの英雄コシャマインと呼ばれて敬われた。熊撃ちでは生計がたたなかったので、彼は小学校を卒えるとすぐに阿寒に出、観光客相手に土産物を彫って家の手助けをした。土産品を彫って五年経った。その年の暮れ、観光にきた東京の彫刻家と知り合ったことが機縁で、ヌップは彫刻の勉強をはじめたのだった。
「人種の違いで作品の価値を決める下劣なやつがいる」
 迷惑なことだ、とヌップはいう。
「アイヌの人たちが作っただけで珍しがるという?」
「好奇心というなまやさしいものではなくてね、結局は侮辱なんだ」
 ヌップは不機嫌である。
(上西晴治「コシャマインの末裔」/トヨヒラ川)

この本の画、砂澤ビッキなんですね。

 
▼ トカプチの神子たち   引用
  あらや   ..2019/09/27(金) 16:28  No.520
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 卜コナン婆さんの歌声は澄んだ夜空に冴えわたった。

 ユクランヌプリ(鹿の天降る山)に ホー
  大きな音がすると ホー
  袋に入った鹿のかたまりが ホー
  天から投げおろされ ホー
  若鹿たちが ホー
  キラキラ光る新しい角をふりふり ホー
  人里の方ヘ ホー
  雪崩のようにおりてくる ホー

「十勝の国には鹿や鮭の天降る山や川がいくつもあった。釧路境にある音別川の水源や日高境にある伏古川の水源。それに利別川、浦幌川の水源もそうだ。人里におりてきた鹿や鮭は常に群をなし、枯草や川底の小石と間違えるほど野川にみちみちていたので、焚火に鍋をかけてから獲りに行っても間に合うほどだった。
 秋晴れがつづき、山の斜面や小川のほとりに雄鹿たちが集って、甘い樹液のでるイタヤの木をかじる、かじる、かじる。アイノたちは獲物に木幣を飾って丁重に送ったものだ」

 ユクランヌプリ(鹿の天降る山)から ホー
  里におりてきた若鹿たち ホー
  この天から賜りし ホー
  尊い食糧 暖かい衣裳に ホー
  同胞一同 心から感謝します ホー
  ここに餅も酒も御幣も ホー
  神の父 神の母の御許ヘ ホー
  お土産ものとして捧げます ホー


上西は小説作法について「米作家コールドウェルのリアリズム、宮沢賢治の観察力に学んだ」(北海道新聞、一九九三年五月十六日)として、次のように述べている。
(須田茂「近現代アイヌ文学史稿」/第十二章「現代小説の台頭」)

なるほど。たしかに宮澤賢治…

 
▼ 二十六夜   引用
  あらや   ..2019/09/27(金) 16:31  No.521
   旧暦の六月二十四日の晩でした。
 北上川の水は黒の寒天よりももっとなめらかにすべり獅子鼻は微かな星のあかりの底にまっくろに突き出ていました。
 獅子鼻の上の松林は、もちろんもちろん、まっ黒でしたがそれでも林の中に入って行きますと、その脚の長い松の木の高い梢が、一本一本空の天の川や、星座にすかし出されて見えていました。
 松かさだか鳥だかわからない黒いものがたくさんその梢にとまっているようでした。
 そして林の底の萱の葉は夏の夜の雫をもうポトポト落して居りました。
 その松林のずうっとずうっと高い処で誰かゴホゴホ唱えています。
「爾の時に疾翔大力、爾迦夷に告げて曰く、諦に聴け、諦に聴け、善くこれを思念せよ、我今汝に、梟鵄し諸の悪禽、離苦解脱の道を述べん、と。
 爾迦夷、則ち、両翼を開張し、虔しく頸を垂れて、座を離れ、低く飛揚して、疾翔大力を讃嘆すること三匝にして、徐ろに座に復し、拝跪して唯願うらく、疾翔大力、疾翔大力、ただ我等らが為に、これを説きたまえ。ただ我等が為に、これを説き給えと。
 疾翔大力、微笑して、金色の円光を以て頭に被れるに、その光、遍く一座を照し、諸鳥歓喜充満せり。則ち説いて曰く、
 汝等審に諸の悪業を作る。或いは夜陰を以て、小禽の家に至る。時に小禽、既に終日日光に浴し、歌唄跳躍して疲労をなし、唯唯甘美の睡眠中にあり。汝等飛躍してこれを握む。利爪深くその身に入り、諸の小禽、痛苦又また声を発するなし。則ちこれを裂きて擅に噉食す。或は沼田に至り、螺蛤を啄む。螺蛤軟泥中にあり、心柔輭にして、唯温水を憶う。時に俄に身、空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱声を絶す。汝等これを噉食するに、又懺悔の念あることなし。
 斯くの如きの諸の悪業、挙げて数うるなし。悪業を以ての故に、更に又諸の悪業を作る。継起して遂に竟ることなし。昼は則ち日光を懼れ又人及び諸の強鳥を恐る。心暫も安らかなるなし、一度梟身を尽くして、又新に梟身を得う、審に諸の苦患を被むりて、又尽ることなし。」
 俄かに声が絶え、林の中はしぃんとなりました。ただかすかなかすかなすすり泣きの声が、あちこちに聞えるばかり、たしかにそれは梟のお経だったのです。
 しばらくたって、西の遠くの方を、汽車のごうと走る音がしました。その音は、今度は東の方の丘に響いて、ごとんごとんとこだまをかえして来ました。


初めて『二十六夜』や『貝の火』を読んだ時の驚愕が来た。あそこから、なにか人生の歯車が変わったんだ。



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