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▼ 歴史 デジタルで残す   引用
  あらや   ..2017/09/19(火) 12:14  No.525
   歴史 デジタルで残す 俱知安風土館 5年後めどに3千点
【倶知安】町立郷土資料博物館「倶知安風土館」は今秋から、資料をデータ化して保存する「デジタル•アー力イブ(記録文書)」作りを本格化させる。5年後をめどに古い写真など約3千点をデジタル化し、将来的にはインターネットでの公開を目指している。
 デジタル化は写真や文書資料などをスキャナーで読み取り、パソコン上に保存する。資料の散逸や劣化を防ぐことができる利点がある。町によると、札幌市などでは広く行われているが、町村部での取り組みは珍しいという。
 風土館は2年前からアー力イブ作りに取り組んでいるが、今秋から札幌の博物館などから助言を受けつつ、作業を本格化する。古地図や写真などの資料整理や読み取り作業を進める考えだ。
 風土館は約1万点の資料を保管・展示している。地元の郷土資料家などから寄贈されたものが多く、大正時代の街並みの写真や、今年で55回目を迎えた「じゃが祭り」の初期のパンフレッ卜など貴重な資料もある。
 ただ、古い写真は撮影日時や場所が分からないものが多く、当時を知る人を探すなど地道な作業が必要という。同館の小田桐亮学芸員(27)は「古い資料は地域にとっての財産。後世まで残るよう、なるべく早くデジタル化を進めたい」と話している。(堀田昭一)
(北海道新聞 2017年9月15日 小樽後志欄)

 
▼ 5年後   引用
  あらや   ..2017/09/19(火) 12:20  No.526
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北朝鮮ミサイルが北海道上空を飛び越した朝、この記事が目に入ってきて「へえーっ…」と思いました。去年の「くっちゃんアーカイブをつくろう」講座が不発でこけて以来、もうこの話は終わったものだと思ってました。うるさい奴がいなくなったので、やる気が出てきたのだろうか。
でも、なんか変だ。まず志があまりにも低い。町の歴史に関する見識が低い。なぜ「倶知安町」史料のデジタル化なのだろうか? 函館なら「函館」、札幌なら「札幌」というカテゴリー設定は可能だと考えます。でも、倶知安はちがう。胆振国虻田村北辺の原野に、岩内からの時代の流れと虻田方面からの時代の流れがぶつかった約120年間の堆積物のような地域なのに、なぜに慌てて現在の「倶知安町」地図をかぶせるのだろう。
そうすれば、町議会の通りもいいし、倶知安支局の新聞記者も明日の朝刊記事が書きやすいというのはあるでしょう。(町民の長年の図書館要求もかわせるし…)でも、倶知安町の博物館(教育委員会)がそれでいいのだろうか。「5年後/3千点」のアーカイブで倶知安という町の歴史を表現できると考えているのならずいぶんお気楽な町だなと思う。私にはデジタル「歴史秘宝館」にしか見えませんけど。

 
▼ 札幌の博物館?   引用
  あらや   ..2017/09/19(火) 12:28  No.527
  私の知ってる限り、北海道のデジタル・アーカイブを推進してきたのは「図書館」ですよ。函館でも札幌でも、自館の所蔵資料デジタル化に十年以上も前から取りかかり、インターネット上にアーカイブを展開して来たのは「図書館」です。札幌の「博物館」がインターネット上で展開している事例は(道立文書館と北海道大学を除けば)ないと思います。
なぜこういう違いが起こるかというと、それはそれぞれの根拠法が違うから。「図書館」の根拠法である図書館法には、第三条で国民に対する「奉仕」という概念が謳われていますし、さらに第十七条では「公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない」(←「無料原則」といって、私たち図書館員の誇りでもあります)とまではっきり書かれています。つまり、自館資料の無料公開を躊躇ってはならないわけで、インターネット上のデジタル・アーカイブもこの図書館法の主旨に沿って行われて来たのです。
読もうと思えば、沼田流人『血の呻き』でも、大正八年鉄道院発行の『東倶知安線建設概要』でも、国立国会図書館のデジタル・アーカイブで簡単に読むことができる時代に入っています。この、国立国会図書館の方がはるかに「倶知安の博物館」であるという現実をもう少し真面目に考えなくてはいけません。「人間像ライブラリー」は、もちろん、この私たちの現実を踏まえて生まれてきたものです。

 
▼ インターネット上   引用
  あらや   ..2017/09/19(火) 12:40  No.528
  博物館だから、デジタル化技術などには図書館なんか問題にならないくらい長けているのでしょう。小樽の博物館が古写真のデジタル化処理を行っていたのは、私が京極町に単身赴任する以前ですから、じつに十五年以上も前の話になります。同じ頃に函館市立図書館のアーカイブ構想が始まっていますから、おそらく、パソコンの進化に伴って全国的にデジタル化への気運が高まっていたのでしょう。しかし、小樽の博物館も、札幌の博物館も、ついにインターネット上のデジタル・アーカイブは実現しないままです。今でも、昔私が住んでいた街を確認したかったら博物館に行かなくてはなりません。しかも、入館料を払って。

博物館や美術館や文学館の根拠法は博物館法です。その博物館法には「奉仕」の言葉はありません。「入館料」に関する文言もありません。(←だから「入館料」を自由に設定できる) 博物館法に定義される博物館・美術館・文書館・文学館などは、「奉仕」のための施設ではなく、「調査研究」(博物館法第二条)のための機関なんですね。最近では情報公開の必要性も博物館界でも云われているそうだけど、本旨である「調査研究」ためのぎりぎりの人員・予算でやっているのはどこの世界でも同じでしょうから、インターネット公開のためにあれこれ使う時間なんかないよ…ということなんでしょう。もっと下世話に云えば、インターネット公開してしまったら、入館料収入が減るじゃないか…ということかもしれないけれど。

 
▼ 入館料   引用
  あらや   ..2017/09/19(火) 12:46  No.529
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去年、道立文学館でやっていた宮澤賢治展に行かなかったのはまさにそういった理由によります。札幌まで行くのが面倒くさい。煙草、吸えないし、入館料、高い。宮澤賢治の情報・画像などインターネット上に溢れかえっている。5年前なら、ミーハーだから行ったかもしれないけれど。
今年の夏、ガラスケース越しに『人間像』第20号表紙を見ていて、なにか悲しいものがありましたね。早く家に帰って「人間像ライブラリー」の仕事がしたいと思った。

このスレッドに付けたのは、今、近代美術館でやっている「ゴッホ展」の写真です。湧学館時代に手に入れたタダ券もこの「ゴッホ展」でお終い。これからは自腹です…



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