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▼ 脇方あれこれ   引用
  あらや   ..2018/11/01(木) 10:00  No.629
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長尾登氏の『脇方回想』と『「防雪林」以後作品抄』をアップしました。『脇方回想』は本当に勉強になりました。まずは謝らなければならないことが、ひとつ。

「熊と同居の白老鉱山」の章をご覧ください。(白老鉱山も出てきます) 「タコ部屋」について語っていますね。「やむを得ずタコを使ったのだ」の言葉にはびっくりしてしまいます。その「タコ部屋」話の直後には「スキー」の話ですからね。資本家の感覚がどんなものかが、あっけらかんと書かれています。
(新谷保人「文芸作品を走る胆振線」)

これは、「タコ部屋」というより、「請負」でした。『文芸作品を走る胆振線』には、まだまだ安いヒューマニズムで動いていた頃の自分があって、恥ずかしい個所がいくつもあるのですが、証拠隠滅や改ざんを施すことなく、恥のまま残しておきます。いつか「新・文芸作品を走る胆振線」を書くことで償いたい。

前田克己氏『脇方あれこれ』のデジタル化に入りました。長尾登氏の「脇方」作品ももう少し続きます。

 
▼ 脇方回想/「請負い組と飯場」より   引用
  あらや   ..2018/11/01(木) 10:14  No.630
   会社は、下請けを使って労務費を押さえ、親方は会社に寄生し、組夫からピンはねして生き延びて行く――、そういう構図になっていたのではなかったか。
 しかし、親方は、鉱山の仕事に精通し、算盤勘定(経済感覚)と労務管理に長けていなければならない。荒くれ者もいるだろうから、それ相応の肝っ玉も必要である。なまなかな人間にやれる仕事ではない。
 事実、脇方の請負業者だった湊哲四郎さんは、大町所長が、一目も二目も置く人物だったらしい。何でも頭の中に整理してあり、必要に応じて、何時でも引き出せるところから、「緻密な引き出し頭」の異名を取っていた程の切れ者だったそうである。
 (中略)
 その湊組の親方の二番目の息子さんが、かつて、日本の地質学――就中「層位学」(構造地質学)の分野で第一人者と目された、元北海道大学理学部地質鉱物学教室主任教授の湊正雄氏だったことを知ったのは、ずっと後年のことである。
 (中略)
 最盛期の柴田飯場は、活気に満ちていたものだった。屈強そうな組夫達の犇めく飯時の賑わいは、まさに壮観であった。湯気の立ち昇る丼飯を、いかにもしょっぱそうな味噌汁と沢庵漬け、それにせいぜい焼き魚(生干しの𩸽がいいところ)位の惣菜でかっこむのだが、その美味しそうだったこと――。風呂の帰りなど、平気で覗き見したとて、誰も咎め立てしない、万事大雑把で家族的な鉱山社会であった。
(長尾登「脇方回想」)

湊正雄の名には「ほおーっ」となりましたね。岩波新書『地球の歴史』(井尻正二と共著)は、私の高校時代の愛読書でした。



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