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No.135 への▼返信フォームです。


▼ ひまわりのかっちゃん   引用
  あらや [URL]   ..2008/09/02(火) 01:30  No.135
  やはり、この人はちょっと面白いかもしれない…

倶知安高生と真剣対話 (北海道新聞 2008年8月26日 小樽後志版)
【倶知安】昭和四十年代の倶知安を舞台にした自叙伝「青春 ひまわりのかっちゃん」(講談社刊)の著者で放送作家の西川つかささん(50)=埼玉県春日部市在住=が二十五日、母校の倶知安高校で講演した。
 講演は「何があっても大丈夫!〜ぼくはこうして夢をつかんだ」と題して行われる予定だった。だが西川さんが私語をする生徒を退席させたため、会場は緊迫した雰囲気に。話を中断し、会場に残った生徒と質疑応答する異例の形で行われた。(後略)

隣町なのに、こういう場面に立ち会えなくて、とても残念。


 
▼ 青春   引用
  あらや [URL]   ..2008/09/02(火) 01:35  No.136
  本を実名で書いた理由について、西川さんは「この学校を卒業した事実は逃れられない。(暴力の嵐の中で自暴自棄だった)『暗黒時代』を隠さずに書くことで、自分にけじめをつけようと思った」と語った。 (同記事より)

新聞は小樽後志版として扱うので、どうしても倶知安の中学〜高校にいた時期に焦点を合わせて本を読んでしまう。でも、「青春 ひまわりのかっちゃん」を読んで、私がいちばん印象に残ったのは、倶知安に転校してくる直前、北檜山の中学校の、二月放課後の教室の場面ではありました。たまたま教室に残っていた悟とかっちゃん。

「悟、おまえ、中学校卒業したらどうするんだ?」
「働きに出る」
「なにして働くんだ?」
「函館の五島軒(ごとうけん)。そこでコックの見習いやるんだ。おれ、勉強はできないけど料理なら自信あるからな」

貧困故、進学の夢がかなわない悟やガスたち。彼らを慮って、「おれ、高校生になったらよ、夏休みに五島軒に行くから、悟が作った料理食べさせてくれや」とやさしく言うかっちゃん。嬉しくなった悟は司(つかさ=かっちゃん)に自分の夢をそっと明かします。

 そう言うと、悟はつかつかと黒板に行くとチョークを持って、「自分の店、開くことなんだ。もうだいたいどういう店がいいか考えてあるんだわ」
 悟はチョークで黒板に見取り図のようなものを描き始めた。
「洋食屋なんだけどさ、広さはこのぐらいで、ここらへんにカウンターもあってさ。だいたいこんな感じなんだ。土建屋のガスに手伝ってもらえぱ安くできると思うのさ」
 下手な見取り図を見ながら、悟はとてもうれしそうだ。
「修にも手伝ってもらえばいいべや。あいつは大工になるって言ってるから、もっといい店に造ってくれるんでないか?」
 悟の顔がパッと輝いた。
「うん。おれが頼んでもダメかもしれないけど、司が頼んでくれれば、修は絶対にやってくれるな。司、そのときになったらほんとに修に頼んでくれるか?」
「うん。頼んでやる」
(青春 ひまわりのかっちゃん)

この場面を読むと、いつも涙が出ます。世の中は、悟やガスや修や司だけでまわっているのではない。そんなこと、学校を一歩でも社会に出ればすぐにわかることなんだけれど、学校という共同幻想の中にいる中学生には、それはわからない。永遠に、悟やガスや修や司たちが生きて世界を構築していると信じられてしまうのが「学校」というものの正体なんですね。

「してな。店の名前なんだけど、ひらがなで“つかさ”ってつけたいんだ。司が書いた字をのれんにしてさ。司、書いてくれるか?」

いやー、悟のこのことば、切ないなぁ。(函館の五島軒も懐かしいぞ!)

 
▼ Re:ひまわりのかっちゃん   引用
  倶高ちゃん   ..2008/09/23(火) 16:44  No.138
  西川つかさの記事について、これは北海道新聞に書かれていた。
新聞には上手く調和されて書かれていたが、実際は新聞に書かれていた以上のことだった。
話を聞かないでくっちゃべってたヤツがいたのは事実で、そいつらに西川が「出て行け」と言ったのは事実。
人の話を聞かんでくっちゃべってたヤツはもちろん悪い、事実その後西川の言う通り出て行った。
問題のあるヤツらが出て行って、そこから普通の話に戻るのが普通なのに、西川はそこからまたたんたんと説教を続けて、悪くないヤツらのことまで悪く言われて、あげくのはてに「オレは今日原稿を書いてきた。オレがこのくらいの原稿を書けば5・60万は普通にもらえる。オレ、倶知安に来るのに何円もらったと思う?3万だぜ、しかも宿代も含めて。人生で一番安いギャラ。」とか言い出して、校長や教頭にまで恥をかかせやがった(3万円でOKしたのは自分のくせにな。しかも普通母校で金なんか取らないよな)。
しかも終いには「さっき出て行ったつっぱったヤツらと喧嘩しても今でも勝つと思うよ。まずあいつらなんか喧嘩のしかたも知らないよ。」とか喧嘩を売り出した。
これは西川が体育館に来て、最初に言った言葉だけど、普通ステージに立ったら「おはようございます。か、こんにちは。」くらい言うのが普通だけど、西川はそれすら言わずいきなり、「今の倶高生は馬鹿ばっかりみたいだな。オレがいた頃は本当に周りが馬鹿ばっかりだったけど、北大には4人は少なくとも行ってた。オレは倶高には何の思い入れもないけど、今日はオレ達の時より頭がいいかどうか見に来ただけだ。」と言いやがった。
そして「もう今日は書いてきた原稿を話す気なくした。でも責任として与えられた時間まではいる。5分くらい時間やるから他にも聞きたくないヤツらはいると思うから、そいつらはまず退場しろ。」って言った。
あるクラスでは担任が生徒に「これ以上聞く必要はない。」といって担任も一緒に戻ったクラスもあった。
まず言えるのは「西川が本当の馬鹿で、そして人間失格」だってこと。
あいつの本が本屋で並べられてるけど、見るたびに破り捨ててやりたいと思うくらい。
倶高生のほとんどが同じ気持ちだった。



こんなことがあった講演会だから、あなたは逆に来なかったのが正解ですよ。

 
▼ ありがとう   引用
  あらや [URL]   ..2008/10/18(土) 12:22  No.140
  書き込み、どうもありがとうございます。こういうBBSみたいな場がなかったら、おそらくは道新の記事だけが「事実」として残っていったであろうことを思うと、細々とこのBBSをやっていた意味も少しはあったかなと感じました。
私は、ものを書く人が皆「人格者」や「いい人」であるかのような風潮はテレビ登場以降の近代の産物だと思っています。長い目で見れば、(普通に生きていればやる必要がない)ものを書くという行為に及んだ人間の中には、いろいろと歪んだり傷ついたり愚かであったりするものが潜んでいるのではないでしょうか。(逆に、凡人にはない素晴らしいものが含まれていることもあります) そういう意味では、私は今でも講演会に行きたかったなと思っています。体験は大事です。今は気分が悪いでしょうけれど、若い時にこういう「いい人」ではない人を目の当たりにしたことは決して時間のムダではないですよ。

パソコンが壊れてしまって一ヶ月以上もお礼が遅れてしまいました。書き込み、どうもありがとう。これからも、なにか面白い本がありましたらここにも書いてください。

 
▼ Re:ありがとう   引用
  倶高ちゃん   ..2008/10/28(火) 23:02  No.143
  あの講演会の日からもうだいぶ経ちました。
だいぶ、あの時の怒りというか、腹立たしさは癒えました。
私もあなたの言うとおりだと思います。
何事も“体験”ですね。
それにあなたが講演会を聞いてみたかったという気持ちも分かります。
あの時は腹立たしさしかありませんでしたが、講演会のタイトルが「何があっても大丈夫!僕はこうして夢を掴んだ!」というタイトルで、将来の進路を考えるにあたって、それをやりたいのだけど、でも・・・というような心に引っかかる何かが私にはありますので、とても興味を引かれるタイトルで、私も体育館を出て行った1人なのですが、今思えば最後まで聞いても損はなかったかなと思っています。
『青春』に書かれていることは倶高時代の西川さんの経験で、全て実名で書かれています。
その経験も講演会で話されていましたが、とても悲惨なもので、たちの悪い奴が自分の友達をボコボコにして、やり返しに行く日々、そして農高の人にナイフで刺されたこともあったそうです。
そんな思い出しかない倶知安(倶高)ですから、西川さんが倶知安(倶高)に対して何の思い入れもないということは分かるし、もし自分が西川さんだったら講演会に来さえしないかもしれません。
まして、人が話してるのに無視してくっちゃべっているようなヤツ、学校で問題を起こしても知らん振りして何度も問題を起こすようなヤツの先輩であるなんて思われると確かに情けなくなりますし、私自身もそんなヤツと周りから同レベルだと思われるとすごく嫌です。
まあでもそういうヤツも一部いますけど、決してそんなヤツだけではない。
私も心から講演会を聞きたいと思っていた1人ですし、他にはそういう人はたくさんいたと思います。
体育館に残った人達は自らの判断で残った人だけですから、心から聞きたいと思っていた人ばかりです。
でも西川さんは倶高には思い入れはないとは言っていますが、同窓会には参加されたようで、数年振りに仲の良かった友達と会えて楽しかったと最後に語っていたようです。
倶高に対する話し方はかなり悪かったけれども、“でも本当は楽しかった”ということだけを伝えたかったがために、倶高に来たと言っても過言ではないかもしれません。
西川さんの人柄は決して良いとは言えませんが、考え直せば全てが悪いとも言えません。
そういう意味で、私も最後まで講演会を聞けば良かったかなと思います。

 
▼ Re:ひまわりのかっちゃん   引用
  とし   ..2016/04/07(木) 15:04  No.368
  はじめまして 僕は函館在住です。先日、道新文化センターで4月から西川氏が講師を務める文章指南の創作塾の広告を見つけました。創作には強い関心があったのですが、西川氏の存在も著作すら知らなかったので、いろいろ調べていた中でここを見つけました。申し込みの電話をしようかと思っていた矢先だったのですが、138の書き込みを読んで取りやめにしました。図書館で借りた「ひまわりのかっちやん」を読みましたが、個人的には西川氏は広汎性の発達障害と思われます。だから、最初におしゃべりしていた生徒に対する倶知安高校での言動はある意味理解はできる。だが、その後の言ってはいけないこと(講演料や高校生の学力など)を自分を制御できずに言ってしまったのは聴衆すべてに対する冒とくかなと思えました。おしゃべりをしていた生徒が悪いのはたしかですが、著作の森田先生ならばどういう対応をしただろうか?そこを西川氏自身が深く考える必要があるかもしれません。
創作塾は有料(6回で11000円程度)なので僕は
お金を払ってまで行くのはどうかなという思いもありました。無料であれば経験として話くらいは聞いてみようかとも思えたかもしれません。著作も自分の好む文章構成ではなかったのであまり評価はできるものではありませんでした。

 
▼ 14歳の水平線   引用
  あらや   ..2016/06/06(月) 07:08  No.369
  このスレッドを書いた8年前には、「ひまわりのかっちゃん」以外に<中学生>をきちんと<中学生>として描いた作品って少なかったように思います。(名を成した大家が自分の子ども時代を振り返るってのはあったかもしれないが、そんなのは興味ないから…) そういう意味では、生々しい昭和の(それも北海道ローカルの)中学生が登場する『青春 ひまわりのかっちゃん』にはひどく注目しました。

8年も前のスレッドなので返信をする気はなかったのですが、先日、縁がありまして『14歳の水平線』という作品を読むことがあり、少し気が変わったところです。平成の世の中になって、社会が豊かになったことをいくぶん肯定的に考えるようになりました。以前、『桐島、部活やめるってよ』にイラついていた心が少し中和されたようにも感じます。1万の授業料なんて思い上がってるよなぁ。函館図書館で椰月美智子の本を借りた方がマシだと思いました。



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