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No.302 への▼返信フォームです。


▼ 滝上(8月14日)   引用
  あらや   ..2011/10/03(月) 17:14  No.302
   捜査関係者などによると、工藤陽子さんは14日午後5時50分ごろ、町民に本を貸し出したのを最後に行方が分からなくなった。勤務後、町内の両親宅で一緒に夕食をとる予定だった。連絡がないことを心配した両親が15日朝、紋別署に届け出た。
 捜索を開始した15日午前、バッグと中履き用サンダルの片方が図書館の東約2.5キロ付近で、午後にもう片方のサンダルと弁当箱が図書館の北西約1キロで見つかった。いずれも道路南側の歩道の脇だった。
 紋別署は、町や消防などの協力を得て行方を捜しているが、新たな工藤さんの所持品などは見つかっていない。携帯電話は職場に残されていた。
(北海道新聞 2011年8月19日)

この後、22日の「町内3カ所で検問」(北海道新聞)が報じられて以来、何の進展もないことが大変気にかかります。この光景は初めて見る光景ではありません。拉致問題に関心を持ってきた人間なら誰でも知ってる光景なのです。


 
▼ 特定失踪者   引用
  あらや   ..2011/10/03(月) 17:17  No.303
  特定失踪者問題調査会 http://www.chosa-kai.jp/

昭和60(1985)年4月30日、埼玉県深谷市で失踪した女性
(失踪当時の年齢27歳/保育園保母)
失踪状況/休暇を取って大宮の運転試験場へバイクの免許を取りに行った。同日7時頃寮の同僚に「これからバスで帰る。何か買い物はないか」と電話連絡したまま消息不明。警察は公開捜査を行ったが目撃証言もなく安否につながる情報もない。同日21時頃最寄りのバス停と寮の間の民家の人が犬が激しく鳴くのを聞く。翌朝その家の人が畑の中に○○さんの両方の靴を発見。「北朝鮮にいる」という情報がある。

平成2(1990)年12月13日、岡山県井原市で失踪した女性
(失踪当時の年齢22歳/農協職員)
失踪状況/勤務終了後、職場を出て失踪。途中に農協の支所があり、自宅への帰途立ち寄ることになっていたがそこに本人から「午後6時には少し遅れる」と電話している。日中、職場に電話があった。誰なのかどういう内容なのかわからないが、話は短かった。本人の車が井原市井原町の書店の駐車場で発見。車内は荒らされていなかった。免許証、財布、ハンカチなどの入った小さなバッグだけを持っていた。キャッシュカードが井原の小田川の土手に四つ折りにして投げ捨ててあったのを近所の人が見つける。翌年3月31日には結婚が決まっていて、休日には楽しく準備していた。帰りが遅くなるときはいつも何の用事で遅くなると電話を入れてくるが、この日はなかった。

 
▼ 失踪者リスト   引用
  あらや   ..2011/10/03(月) 17:18  No.304
  久しぶりに「失踪者リスト」を全員分読んで気持ちが悪くなった。吐気がする。

これ見よがしの遺留品を、現場から離れた場所にバラまいて警察の捜査を混乱させる手口。そのくせ、財布や免許証や(現代なら)携帯電話など、家出人だったら必要不可欠であろうようなものを逆に現場に残すやり口。失踪の時から、ばったりと消息情報や目撃情報のすべてが途絶えること。これで、数年後に工藤さんの家に無言電話がかかってきたら、これはもう典型的な日本人拉致のケースではないか。
おそらく拉致には、人選から実行までのなんらかのマニュアルのようなものがあるのではないか。遺留品があった場所からの連想で警察の捜査を攪乱。(事実、紋別署は連日350人もの態勢で町内道路検問とか川ざらいをやっている) 軽装、財布・免許証を置いていった事実は、「遠出はしていない(できない)」との予断を生ませる効果を狙っているのではないだろうか。

 
▼ 滝上(9月14日)   引用
  あらや   ..2011/10/03(月) 17:20  No.305
  滝上・女性不明から一ヶ月 有力情報得られず
【滝上】オホーツク管内滝上町の臨時職員工藤陽子さん(36)が、勤務していた町立図書館から行方不明になって14日で一ヶ月となる。紋別署は町などの協力も得て延べ2300人で捜索したが、有力な手がかりは得られていない。
 工藤さんは8月14日午後6時すぎまで、町立図書館に1人で勤務。図書館内に、宅配業者から14日に勤務中の工藤さん宛てに届いた3枚の音楽CDが残っていたことが、関係者の話で新たに分かった。CDは工藤さんの注文で、普段は届いた日に自宅に持ち帰っていたという。
(北海道新聞 2011年9月14日)

捜索すべきは、滝上から車で一時間のオホーツク海側の海岸との思いを禁じ得ない。北朝鮮の船はここの海域をどんどん出入りしている。国後島インフラ開発の安い労働力として北朝鮮が人民を投入しているのだから。
書いていいものかどうかずいぶん迷ったのですが、一ヶ月以上を経過して何の物証も目撃証言も出てこない現状に書くことを決心しました。日本全国でこれに類した行方不明事件が発生していないか、公安警察はすぐに調査すべきと考えます。たぶん、類似の事件が起こっている。
というのは、金正恩への世襲が数年前から始まっているから。かつて、金正日が頭角を現してきた1970年代、日本人拉致が急増したことを私たちは忘れていない。もう日本人拉致なんて過去の事件じゃないの…と言う人は、マスコミや北朝鮮に情報操作されているのだと思う。そう思いたい日本人の感情を巧妙にコントロールされているのだろう。山岡賢次みたいな人間が国家公安委員長(兼務で拉致問題担当相だと!)をやるような国家になってしまった今、絶望感でいっぱいなのだが、でも諦めてはいられない。

 
▼ 日本人拉致   引用
  あらや   ..2011/10/03(月) 17:24  No.306
  日本人拉致は、ある日突然北朝鮮の工作員がやってきて闇雲に人さらいをしてゆくようなものではない。人選から当日の犯行・証拠隠しまで多くの国内の人間がかかわっている。

工藤さんの失踪と前後して姿を消した人間はいないか。多額の借金を抱えて身動きとれなくなっていた人間はいなかったか。工藤さんを見つけるためにやるべきことはたくさんある。犯人は捕まえなければならない。それだけが、次の日本人拉致を防ぐのだから。滝上の事件は全国に発信すべきだと思う。

1980年6月の原敕晁さん=当時(43)=拉致事件で、警視庁公安部は29日までに、国外移送目的略取容疑などで、金正日総書記の当時の側近だった工作機関「対外情報調査部」の姜海龍元副部長の逮捕状を取り、国際手配する方針を固めた。
(北海道新聞 2011年9月29日)

まったく… なんというお目出たさなんだ。



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