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No.305 への▼返信フォームです。


▼ 暗殺者たち   引用
  あらや   ..2013/10/18(金) 07:09  No.305
   翌日、一月一九日、死刑判決を受けた被告二四名のうち一二名に、恩赦による無期懲役への減刑が発表されました。幸徳、管野、大石誠之助、宮下太吉、新村忠雄、古河力作ら一二名には、そのまま死刑判決が維持されています。
 その日のうちに、大石誠之助は、東京の獄中から、故郷の紀州・新宮にいる妻・栄子に宛てて、手紙を書いています。……読んでみましょう。
《ある人の言葉に「どんなにつらい事があろうとも、その日か、おそくも次ぎの日は、物をたべなさい。それがなぐさめを得る第一歩です」という事がある。
 お前もこの際くよくよと思ってうちに引きこんでばかり居ずと、髪も結い、きものも着かえて、親類や知る人のうちへ遊びに行って、世間の物事を見聞きするがよい。そうすればおのずと気も落ついて安らかになるだろう。そしてうちをかたつける事など、どうせおそなりついでだから、当分は親類にまかせて置いて、今はまあ自分のからだをやすめこころを養う事を第一にしてくれ。
 私はからだも相変らず、気も丈夫で、待遇はこれまでの通り少しも変った事はない。こうして何ヶ月過すやら何年過すやら、また特別の恩典で出して貰う事があるやらそのへんの所も、すべて行末の事は何ともわからないから、決して決して気を落さぬようにしてくれ。
 ほかに差あたって急ぐ用事もないから今日はこれだけ。
     一月十九日       誠之助
        栄子どの》
 冒頭で言われた「ある人の言葉」――どんなにつらい事があろうとも、その日か、おそくも次ぎの日は、物をたべなさい。それがなぐさめを得る第一歩です――というのは、ツルゲーネフ『ルージン』の一節らしいのです。ごく最近になって、これに気づいた人がいて、僕は教えられたのですが。
(黒川創「暗殺者たち」)

おや、ブックトークをやってる人がいる…


 
▼ 流人   引用
  あらや   ..2013/10/18(金) 09:13  No.306
   この二葉亭訳の『浮草』のなかに、こんな一節があります。ヒロインのナターリヤのもとから、ルージンが去ってしまったあとのくだりです。
《人というものは、どんな憂い目を見ても、その日のうちに、たかだか翌日になれば――少し艶のない言方だが――もう飯を食う。それ是が気の安まる発端というものである。》
 大石誠之助が読んだときに記憶に残って、自分が死刑になる直前、まだ年若い妻に贈ろうとしたのが、この一節なのでした。
 さらに、このくだりはこんなふうに続きます。
《ナターリヤは酷く苦んだ。こんな思をするのは生れて始てで……けれども初ての苦みは初ての恋のように、善くしたもので、二度とはせぬものである。》
 ここは、たしかに、この小説のハイライトです。なぜなら、こうした認識を、ナターリヤという失意のなかにある若い娘は、自力でつかんでいるからです。
 大石誠之助とは、ツルゲーネフの『ルージン』をこのように読む人だったのです。死んでいく身として、若い妻にこれを伝えておこうとするところに、彼という人間の大きさがあるのを僕は感じます。
(黒川創「暗殺者たち」)

そう。私も「沼田流人」のペンネームの由来を確認する過程で、ツルゲーネフ「ルーヂン」(岩波文庫)を取り寄せました。中村融訳では気づかなかったのですけど、そのあとがきに、二葉亭の「うき草」が「ルーヂン」の翻訳であることを知り、そちらも取り寄せてみて、ここで初めて吃驚となったわけです。なんと! 「血の呻き」とそっくりそのままの修辞がここにある!

驚きました。馬鹿な左翼の言い伝え「これはレーニンのもじり」説を今の今まで信じていた自分が恥ずかしい。これからはなんでも自分のこの眼で確かめないと駄目だな…と感じ入った次第です。その月の「沼田流人マガジン」(読書会のレジュメ誌)の表紙には、啄木の「みぞれ降る/石狩の野の汽車に読みし/ツルゲエネフの物語かな」を架けました。沼田流人のルーツが、啄木と同じ明治文学正統派であることが深く深く納得されたから。なぜ「血の呻き」がハコダテの街の男女の心模様から始まるのか…にも、少し感じるところがありましたね。

明治末を一世風靡した「流人」。(苜蓿社にも大島流人…) 感慨無量だ。

 
▼ 黒川創   引用
  あらや   ..2013/10/18(金) 09:18  No.307
   気づいたときには路面に水が増していて、宙に浮かんだように、車体はくらっと揺れた。クルマの窓のすぐ下まで、黒い水が来ている。ドアの隙間から、水は浸入してきているらしく、足もとのマットが少し濡れている。
 ハンドルを切ろうとしたが、妙に軽く、フロントガラスの前の景色が、するすると遠のきはじめた。どうやら、クルマが後ろ向きに流されているのだと、やっとわかった。
 助手席のチャイルドシートの娘が、瞳を見開き、外の水面を見ている。
 ゆっくり、こっちに向きなおり、
「ママ……」
 と、何か尋ねたそうに口を開いた。
「さっちゃん」
 とっさに、保育所から引き取ったばかりの娘の名を呼び、左手をハンドルから外して、おかっぱの髪を彼女は撫でた。
「――なぞなぞ、しよう。
 あのね……、食べても食べても、へらないで、増えていくもの。それは、なに?」
「たいじゅう」
(黒川創「いつか、この世界で起こっていたこと」/「波」)

「暗殺者たち」にとても興奮。今、黒川創を立て続けに読んでいるところです。
「波」もよかったけれど、「神風」もよかった。「橋」もよかった。結局、全部、よかった。

なにか、私の中のブックトークが変形しはじめている。



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