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No.357 への▼返信フォームです。


▼ 針山和美   引用
  あらや   ..2015/12/23(水) 12:36  No.357
  針山和美 はりやまかずみ 昭和5年7月12日〜 〔小説〕
後志管内倶知安町生まれ。筆名はほかに針山和己、春山文雄。札幌文化専門学院中退。小学校教員。昭和24年「しんぼる」「路苑」「道」などを創刊。「道」は16号から「人間像」と改題。同誌に「百姓二代」(49号)、「愛と逃亡」(72号)、「支笏湖」(76号)、「女囚の記」(83号)、「山中にて」(103号)などを発表。短編集「奇妙な旅行」(昭和45、人間像同人会)がある。「人間像」主宰。
(北海道文学館編「北海道文学大事典」,1985)

今、「支笏湖」→「女囚の記」→「愛と逃亡」→「百姓二代」と読み進んでいるんだけど、いやー、一発一発のパンチの重いこと、重いこと。『1・2の三四郎』に「丸太でなぐられてるみたいだったぞ」「いったいどんな稽古やってんだ」ってセリフがあるけど、そんな感じ。「愛と逃亡」でうーんと唸ったら、「百姓二代」ではもっとうおーんと唸らなければならなかった…みたいな。

芸風がちがうので、共感とか、そんな思い入れはあまりなく、プロとしての技量を思いっきり楽しく楽しめます。大森光章の時とはだいぶちがいますね。

蛇足。2013年、勉誠出版から出た「北海道文学事典」も側にあったから見てみたんだけど、こっちは「針山和美」の記述無し。「小樽と後志地方の作家と文学」の章には、「針山和美」はもちろん、「沼田流人」の名前までないことには(ややオーバーに言えば)愕然としました。小樽の文学館以外、全然足を運んでいませんね、これ書いた人。雑な仕事だな。


 
▼ BYWAY後志 第15号   引用
  あらや   ..2016/01/18(月) 18:57  No.358
  小樽、小樽って、うるせえな。

『京極文芸』も15号で終わったんだよね。理由はふたつ。まず、「会費」が集まらなくなった。そして二つ目、「原稿」が集まらなくなったこと。名ばかりの会員が増え、だけど、創刊時の情熱が失せてしまいました。みんな、年とって。教育委員会からの補助金があったから出し続けようと思えばできないこともなかったようだが、針山さんは、「いやそれはちがうだろう。情熱がなくなったら、終わりだよ」という判断をくだしたみたいですね。

えらいちがい。「小樽の喫茶店」に「ちまちま人形」なんて前世紀の遺物、いったい誰が喜ぶの? 書く奴も書く奴だが、起用する奴も起用する奴だと思いました。『BYWAY後志』を出すことが目的になってしまっているのではないですか。ま、どうでもいいか、こんなの。

 
▼ 京極文芸   引用
  あらや   ..2016/01/18(月) 19:01  No.359
  『京極文芸』というのは、昭和47年から57年まで、十年間京極町で発行されていた同人雑誌です。その牽引車というか、主宰者だった人が針山和美さん。京極小学校に在職されていた時代に15冊の『京極文芸』を世に送り出しました。図書館ではその15冊一揃を所蔵していますが、なかなかその復刻には労力的な問題が多くあって長らく二の足を踏んでいたのです。

あと、針山さんの小説自体の問題もちょっとあるかな… 私たちは、創刊号に載った小説「支笏湖」を読んで、ちょっとブッ飛んでしまったんですね。うーん、創刊号で、これか!ってね。「支笏湖」ショックから立ち直るのに、読書会「京極文学館」「山麓文学館」の三、四年の時間が必要だったということなのでしょう。

今は、もう平気。もう、手に入るすべての針山作品を読んだ現在では、私は、この京極の地にこんな爆弾のような作品が生まれていたことに誇りさえ感じています。来年度の読書会「京極文芸館」が待ち遠しい。(←つまり、来年は京極にいることが決定ね。そこから先はわからないけれど) 15冊を一年間で読まなければならないので、いつもは連休明けの5月第2週からゆるゆる始まるんだけど、今年は飛ばしますよ。4月からのロケットスタート。テキスト作成は、この1月からもう始めているという異例さです。京極十年目という年にはふさわしいかな。



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