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▼ 北の詩と人   引用
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:00  No.379
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明後日から夏休み。知里幸恵、十六歳。旭川女子職業学校の二年生。

 彼女は、明日の終業式をすませたら、直ぐに登別の家に帰ろうと思っていた。帰ったところで何をする当てもなかった。ただ無性に帰りたい。帰って故郷の山河に包まれ、ゆっくり休みたい。今、自分の疲れた心を癒してくれるのは、故郷の山河しかない。それだけが救いのょうな気持ちだった。
 隆子にだけは、今のこの気持ちを打明けて話したい。いや、話したってどうにもなるわけではない。黙っているだけでいい。彼女はわかってくれるだろう…夏休みに入ったら、当分会えない。
 幸恵は学校の帰り、隆子の家に寄った。
(須知徳平「北の詩と人」)

名久井隆子。隆子は幸恵をアイヌだからといって差別しなかった唯一の友。


 
▼ 近文の一夜   引用
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:09  No.380
   「隆子は、二日前に札幌へ出かけて行ったんですよ」
 あの丸髷を結ったお母さんが言った。それから、
「これを、知里さんがお出でになったら、おあげするようにって、言いつかったんですよ」
 そう言って、紙に包んだものを手渡してくれた。何か本らしかった。
「黙って行ってしまってごめんなさいね」
 あとは、何をしに行ったとも言わなかった。誰にも言わないようにしているのだろう。
 それにしても、こんなに早く…隆子は何故、黙って行ってしまったのだろう。彼女はもう、神の御許へ召されてゆくのを覚悟しているのだろうか…
「このまま死ぬなんて、辛い…」
 最後に会ったとき、叫ぶように、こう言っていたのを思い出す……
 幸恵はいただいた紙包みの本を握って、夕暮れの旭橋を渡っていった。橋桁の足音が重たく暗く胸を刻んでゆく

 ものなベてうらはかなげに
 暮れゆきぬ
 とりあつめたる悲しみの日に

 この前、隆子から借りて読んだ、啄木の歌集の中の歌である。
 とりあつめたる悲しみ―今の自分は、その通りだと思った。
 教会の灯が見えた。玄関の前にゆくと、伯母の笑い声に交じって、聞きなれない男の声がした。誰かお客らしい。身なりを整えた。こんな時、沈んだ顔のように見られたくない。
(須知徳平「北の詩と人」)

といった昼間の経緯があって、そして近文の家に帰ったら、そこに金田一京助がいたのですね。金田一の、あの有名な『近文の一夜』にこうして入って行くのですが、いや、この展開はすばらしい! 金田一と知里幸恵の出会いをこのように書く人が四十年前にいたことに感動してる。

 
▼ シロカニペ(銀のしずく)   引用
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:45  No.381
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 幸恵は、自分の体の弱いことが悔やまれてならなかった。それが、自分の生まれついての宿命だと思っても、その辛さは消えなかった。いや、死ぬまで消えないと思う。
 ―明日を思い煩うな。明日は明日自ら思い煩わん。
 幸恵は、この聖句を思い浮かべる。どうしようもないことを思い煩う自分を、弱い人間だと思う。
 それにしても…彼女の胸は、激しく傷みつづける。
 今まで、自分と親しかった人たちが、なぜ次々と病気にかかったり、亡くなったりするのだろう。
 登別や近文から便りがある度に、必ず誰かの病気のことや、悲しい死亡の知らせがあった。彼女と親しかった、吉原サクさん、伏見の国雄さん、安子さん、直治さん、それから春枝さん……どうしてあんないい人ばかりが……。
 アイヌのコタンの死亡率は、和人のそれに較べてずっと多いという。みんな貧しいためなのだろうか。貧しさや無知のため、病気にかかっても医者にも診てもらえない。療養も満足にできない。そのためなのだろうか。それとも、アィヌはもともと、そのようなはかない生命に生まれついた種族なのだろうか、それが、亡びゆく種族の宿命なのだろうか―。
(須知徳平「北の詩と人」)

名久井隆子をはじめ、幸恵の身のまわりの人たちがばたばたと死んで行く描写に、知里幸恵という人間の形成がどのように行われたのかをまさまざと見る想いがします。この本は、読んでよかった。



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