| 「正塚さんは?」 早苗は周りを見ながらきいた。 「別荘」 森本さんは、つっけんどんに言ってスーツのポケットに手を入れた。 「お金持ちなんだ、正塚さん」 早苗は正塚さんを見直した。」 「金持ちぃ? 別荘ってのはな、俺たちヤクザが使う言葉で刑務所って意味なんだよ」 森本さんのひとことが、早苗の胸を突いた。 「刑務所にいるの? 正塚さん」 早苗の表情が曇ったのを見て、森本さんが面倒くさそうに、 「心配ないって。すぐ戻って来るって。たいしたことで捕まったわけじゃないから、ハイ、ハイ、子どもは向こうへ行った、行った」 と言って、早苗を追い払うしぐさをした。 「よかった。あの、じゃ、伝えてくれますか。わたし、千葉県にある『竹田養護学園』って所に行くんです。正塚さんのおかげですって。お店のニキビのお兄さんにも、もう来ないけど、ありがとうございましたって」 早苗が言い終わると、森本さんがサッと早苗の腕をつかんだ。 「俺も、そこにいたことある」 森本さんは、スーツの内ポケットから百円札を出すと、 「少ないけど、これ、餞別」 と言って、早苗に渡した。 「つらいこと多いと思うけどよ、俺たちみたいにはなるなよ」 (上條さなえ「10歳の放浪記」)
南京極小学校の出前図書館。8月の「あの世の本」に続いて、9月は「その後の本」でした。で、『かなしみの詩』を読んでから『10歳の放浪記』に入るという変なことをやったんだけど、結果的に、どっちも良かったから問題なしです。白黒の写真、効きましたね。
|