| 私小説は数多く書いてきたが、『冷い夏、熱い夏』は、私小説としては唯一の長篇である。 弟の死という事実を素材としているだけに、書くことに大きなためらいを感じたが、これを書かなければ小説家としての資格はない、と思った。 執筆中、小説を書くということはなんという因果なものか、と自己嫌悪におちいり、小説家であるべきか、人間であるべきか、と自ら問うことを繰返した。その間、弟のことがよみがえって胸に熱いものがつき上げ、何度筆をとめたかわからない。辛い歳月であった。 (「吉村昭自選作品集」第十三巻/後記)
検索システム搭載の「人間像ライブラリー」がこの世界の片隅に生まれた夜、読了。
腹がすわる。
書き上げて単行本として発表された後、私は一度も読み返すことはしなかった。読む気になれなかったのである。 この作品集に収めるにあたって、字句の修正の有無をたしかめるため読み直してみた。堪えがたい苦痛であったが、死んだ弟がこの小説の中で生きているのを感じ、それが唯一の救いであった。
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