| 針山和美『山中にて』以外の『人間像』第103号全作品を読み通すのに十日ほどかかりました。改めて、図書館の日常とデジタル・ライブラリーの仕事の両立はもう無理と感じます。もう、じつに若くない。
「どこへ、何しにいくの」 「もうすぐわかるって」 さだはそういうと、なっ、と和太を振返った。和太が頷いている。あまり喋らない。何か緊張しているみたいだった。 さだが踏切で立ち止った。汽車の気配に耳を澄ましているようだった。線路を歩いていくのだろうか。行く手に孝運寺のうっ蒼とした樹々が、夜より濃い色を重ねている。 (村上英治「いつかの少年」)
「孝運寺」の名前が出てきて、はじめてこの話は倶知安の話なんだと気がつきました。だとすれば、これは戦争中の話でもあるので「もしかすると」と思って読み進んでいたところ…
映写室からスクリーンヘ照射されていた光が消えて、場内が暗転した。席にそのまま落着くように、危険はない、二、三人の声が特別席から連呼している。スクリーンに発火したフイルムの気配が消えたことで、場内がいくぶん落着きを取戻した。場内の暗色を正面のスクリーンが仄明るくしている。薄く暮残った空のような色がスクリーンを染めていた。映写室の中で何かが起きていた。近くにいる慎二にその異様な気配が伝わってきた。物の倒れるような重い音がし、人の呻くような声が映写室の壁を洩れてきた。 (同書)
布袋(ほてい)座。昭和十八年三月六日夜、映画館布袋座の大火災。三月八日付の北海道新聞は「折重り二百名焼死/丈余の積雪に非常口開かず/倶知安布袋座、招待映画会の火事」の見出し、四段トップ記事で報じています。当時の新聞としては異例。
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