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No.486 への▼返信フォームです。


▼ 「道」第3号   引用
  あらや   ..2017/05/28(日) 13:36  No.486
  第3号デジタル化、27日午前中で完了しました。かかった時間は「23時間(延べ5日間)」でした。
第3号は孔版印刷なので比較的作業しやすいかなと思っていたのだけど、そんなことはなかったです。何人かの筆耕プロが手分けしてガリ切りをするんですけど、字を知らない人が中に混じると、その人がやったページに入るとガクンと読みづらくなる。ページのあちこちに判読不明の漢字が出てきて、まるで陸上競技トラックの途中にぱらぱら小石が落ちているようなものでとても走りづらい。

ま、ぶつぶつ文句を言ってる時間も惜しい。次へ行こう。


 
▼ 夢の中の奴隷   引用
  あらや   ..2017/05/28(日) 13:39  No.487
  島尾敏雄に『夢の中での日常』という作品があるけど、その針山版みたいな感じ。

「ぼやけてる奴があるかつ、降りたら整列だ、整列」
 何時もと同じ言葉で繰り返し乍ら親方は手に持つた六尺棒を高く振り上げると、動作の遅れがちな年老いた仲間の一人を力まかせに殴りつけた。老いた奴殻は痛さをこらえ、「ううつ」と唸つたが、そのあとでニヤリと不敵な笑い含みをした。それは多分「此れ位でへたばるものか」と言う強い者に対するおのれの反撥を、親方ではなく、何時もびくびくものの仲間達へ認識させようとしてやつた仕業だつたが、それが却つて親方の眼にとまつたのである。然し親方はその場で制裁を加える様なことはしなかつた。彼はその獰猛な顔でニヤ/\笑ひ、「これは楽しみがひとつ出来た」とでも思つている事だろう。何故なれば此の恐怖の寮の制裁は彼等に取つては何よりの慰めの一つでもあつたから。
(春山文雄「夢の中の奴隷」)

脇方での勤労動員の記憶が色濃く作品に影を落としている。ただ、針山氏は勤労動員や援農が辛かったとか、青春を返せとか、そういうことが言いたいわけではないのです。針山氏はそういう体験をも文学作品の方へぐにゃりと変形させてしまう。この感触が、たぶん、島尾敏雄の『夢の中での日常』や『贋学生』を思い起こさせたのではないだろうか。そして、思い起こしたのがもう一人。沼田流人。

 
▼ 血の呻き   引用
  あらや   ..2017/05/28(日) 13:47  No.488
   夕暮は、地の上に廻って来た。
 彼等には、殆んど、全二月もの間手を休めないで、稼ぎ続けた程にも思われた。あの、食物を盗まれた老人は、落ちて行く夕陽に掌を合せて一つ頭をさげて、側に立っていた誰かの顔を見て笑いかけた。
『日が、暮れる。兄弟……。』
 彼は、小児のように嬉しげに微笑して、咡いた。
 意地悪い蝎は、それを見逃さなかった。
『老耄蟇(ひきがえる)奴! 仕事さえ止めれば、笑ってあがる。』
 この不運な老人夫は、唯太陽に感謝した罰で、その額を一つはり飛ばされた。
(沼田流人『血の呻き』)

実際に〈タコ部屋〉的な体験をしたのが針山和美氏で、「これほどリアルな」と賞賛される沼田流人に実は〈タコ部屋〉体験がないということが興味深い。

「軽川トンネルのタコ部屋に潜入取材してルポルタージュ『血の呻き』を書き上げた!」とか言ってる人もいるけど、それ、もの凄い間違いですよ。(現在の価値観で物事すべてをぶった切る馬鹿の典型…) 流人は倶知安八幡で木賃宿をやっていた祖父を手伝う関係で、旅人や住民から漏れ伝わってくるタコ部屋の〈噂話〉を『血の呻き』という作品へ組み込んだのですよ。それが自分の死生観や身体感覚とない混じり合ってあのような特異な作品が生まれました。

針山和美氏を「プロレタリア作家」とか「反戦作家」と言ったら皆笑うでしょう。それと同じで、いつか人間像ライブラリーに『血の呻き』が登場したら、「小樽に多喜二、倶知安に流人」などと騒いでいた茶番たちは消え去るでしょうね。



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