| ちょうど昼時であった。休憩するに都合のよい相手を得たのを潮にひと区切りつけて、弁当を広げると、犬はもう傍らにきちんと座って私の手元を注視している。弁当を少し分け与えると、またたくまにそれを平らげてしまって、こちらの箸の上げ下げをじっと目で追っている。幾日も食い物にありつけなかったのか、余程の空腹らしい。二度目の餌もあっという間だった。こちらも朝からの重労働で腹ぺこだ。犬の視線を無視して箸を運んでいると、こらえきれなくなってワンと一声放つのである。しかたなくまた少し分け与える。なんの事はない、こんなことを繰り返して結局弁当の半分以上をこの珍客に食べられてしまったのであった。 (竹内紀吉「犬との出会い」)
『いざなうもの』で、またブームに火が点いてしまった。年末年始、昼は竹内氏の『僕のアウトドアライフ』デジタル化、夜は谷口ジロー再読の毎日でした。こういうの、巡り合わせって云うのかな。
私の房州通いは毎週週末の三日間、金土日に限られている。翌日もそのつぎの日も、犬はどこからともなくやって来て、昼を共にするばかりか、夕暮れ私が仕事をたたむまでなんとなくそこらへんで遊んでいて、車のエンジンをかけてこちらが動き出すと、来たときのようにどこかへ帰っていくのだった。 次の週末まで、犬があの土地にまた来るかどうか気になってならなかった。もし来たなら褒美に少しぜい沢をさせてやろう。翌週私は犬のためにもう一つ別の弁当を用意して保田の地に向かった。 (同書)
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