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No.503 への▼返信フォームです。


▼ 骨踊り   引用
  あらや   ..2019/06/19(水) 09:37  No.503
  .jpg / 31.4KB

六月に入ってからたらたらと毎日少しずつ読んでいます。この本は道新(北海道新聞)の書評欄に取り上げられていた本なんだけど、本体4900円+税が今の私にはキビしく(本って高くなりましたね…)市立小樽図書館にリクエストして読むことができました。

もっと早くに気づくべき作家だった…という気もするし、今の仕事に入ってから知ったことに何か変な安堵感みたいなものもある。本を読みながらいろいろな発見が続いているのですが、その中でも、

向井豊昭アーカイブ
http://genshisha.g2.xrea.com/mukaitoyoaki/index.html

このホームページの存在には驚きましたね。世の中には同じことを考えている人がいるんだと感じ入りました。残したい…と思う人がいる限り、こうやって作品は残って行くんだということを実感しています。
大森光章さん、本山悦恵さん、大沼桂子さん… 湧学館時代から慣れ親しんだ作品群、人間像ライブラリーに収めたいとは思ってはいても、著作権交渉をする時間が今の私にはなかったり、著作権継承者に辿るルートがわからなくて滞っている作品がまだいっぱいある。そういう段階の身の上であることを久しぶりに痛感しましたね。

『人間像』第52号を復刻しながら、追々書きます。


 
▼ 向井夷希薇   引用
  あらや   ..2019/06/21(金) 10:11  No.504
  日高なるアイヌの君の
行先ぞ気にこそかかれ。
ひよろ/\の夷希薇の君に
事問へど更にわからず。
四日前に出しやりたる
我が手紙、未だもどらず
返事来ず。今の所は
一向に五里霧中なり。
アノ人の事にしあれば、
瓢然と鳥の如くに
何処へか翔りゆきけめ。
大タイしたる事のなからむ。
とはいへど、どうも何だか
気にかゝり、たより待たるる。

向井豊昭氏は向井永太郎(夷希薇)の孫にあたる方だそうで。(私も、書評のその部分に最初は気を惹かれて読みはじめました…)

向井夷希薇(いきび)については、石川啄木の明治40年10月2日の岩崎正宛書簡によって決定的な「評価(人間像)」が固まってしまった。向井豊昭氏も、当然この10月2日付書簡をめぐって考究をはじめるのだが、私には、なぜか「夷希薇」と聞くと、明治40年9月23日並木武雄宛書簡の戯詩に出て来る「夷希薇」の名を思い起こします。啄木の夷希薇に対する感情はとても微妙。啄木学者や啄木ファンが考えている「夷希薇」像は頓珍漢だと私も思う。

『鳩笛』に『後方羊蹄山(しりべしやま)』全文が引用されているのが有難い。夷希薇の詩というものを初めて読みました。啄木が『小樽日報』創刊号に書いた無題詩「浪とことはに新らしく…」のルーツはこれか。

 
▼ ユリシーズ   引用
  あらや   ..2019/07/09(火) 18:05  No.508
  『骨踊り』だけではなく、向井豊昭氏の作品全部から受ける印象は〈ユリシーズ〉でした。ホメロスではなく、ジェイムズ・ジョイスの方の〈ユリシーズ〉ですね。
私には、二十世紀小説の基本的な骨格というのは〈ユリシーズ〉に始まって〈ユリシーズ〉に尽きるのではないかという勝手な思い込みがあって、これ以上簡単に〈自分〉というものを表現できる方式ってなかなかないのではないかと思ってます。だからこそ、この方式に凭れないカフカの小説やレヴィ=ストロース『悲しき南回帰線』をいまでも尊敬しているけれど、自分には及びもつかない世界ではあります。

ジョイスには『ダブリン市民』という近代小説のお手本のような美しい作品もあって(私も学生時代からの愛読書)、これ、北海道文学全集(立風書房)に収録されている向井豊昭『うた詠み』という作品を発見した時、「おお!ダブリン市民」と唸ってしまいましたね。これが書ける人の〈ユリシーズ〉は信用できるかもしれない。作品発表年の昭和41年を考えても、この人の〈違星北斗〉理解は時代を飛び抜けていると思った。

ずいぶん久しぶりに読んだ北海道文学全集。「人間像」を完全無視しているから、こちらも無視だったんだけれど、『うた詠み』の隣りにあった菅原政雄『残党』、とても面白かった。今、ひとつ飛び、隣りの作品を読んでます。

 
▼ さまざまな座標(二)   引用
  あらや   ..2019/08/07(水) 13:12  No.509
  針山和美『奇妙な旅行』のデジタル復刻を行いながら、夜、向井豊昭つながりで『北海道文学全集 第21巻/さまざまな座標(二)』をたらたら読んでいました。第21巻の収録作品は以下の通りです。

内容:誤診 古屋統著/賤墨 小松茂著/うた詠み 向井豊昭著/残党 菅原政雄著/脚を待つ男 村上利雄著/来訪者たち 朝倉賢著/老父 倉島斎著/ポロヌイ峠 上西晴治著/白釉無文 川辺為三著/北海道牛飼い抄 中紙輝一著/蛸沼の話 北沢輝明著/停留所前の家 寺久保友哉著/雪のない冬 春山希義著/出刃 小檜山博著/後志、雨のち雪 伊藤桂子著/観音力疾走 高橋揆一郎著

その日の体調や天候によって読後感にもかなりばらつきがあるのですが、『うた詠み』以降、最初に「おおっ」と唸ったのが菅原政雄『残党』。中盤で倉島斎『老父』、北沢輝明『蛸沼の話』、寺久保友哉『停留所前の家』と来て、伊藤桂子の『後志、雨のち雪』でとどめを刺された感じです。伊藤桂子、もっと読みたい!(著者略歴に『後志、曇りのち雨』という連作もあることが紹介されているけれど、なかなか図書館検索でヒットしない…)

「東京」風を吹かせない…が「さまざまな座標」入閣のキメ手か。本当は人一倍「東京」文物に学び物真似ているのに、そんなことはおくびにも出さず「この大地に生きる」みたいなポーズが大事と感じました。したがって、「座標」自体のスケール、小さいな。全然「さまざま」じゃない。その点、六十歳で「東京」での勝負に出た向井豊昭には天性のスケール感がある。本物かもしれません。小檜山博『出刃』なんかよりは、遙かに本物。



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