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No.551 への▼返信フォームです。


▼ 学校の彫刻をめぐる地下鉄旅@   引用
  あらや   ..2020/09/24(木) 14:11  No.551
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「人間像」第76号作業を終えたので、久しぶりに白石北郷の実家へ。今年はお盆を失礼したので、お彼岸の方で墓参りです。

今回はもう一つ目的がありました。それは、米里中学校が意外と北郷から近いことがわかったので、今度白石に行った時は歩いて米里中学校にトライしてみようと思っていたのでした。そこには山田吉泰「翔き」があります。
考えたら、野外彫刻マニアとはいえ、学校にある彫刻って、札幌西高みたいな例外はあったけれど、一応は学校の敷地内にあるものだから昔は遠慮していましたね。コースから無意識に除外していました。それが大きく変わったのは、やはりコロナウイルスってことになるのかなあ。学校がこれほどの長期にわたって休業になるなんてことはやはり前代未聞のことではありました。あの時、あの建物は何故ここに、あそこにあるのだろうか…と一瞬ですけど考えました。学校が再開された六月以降、あの記憶は日を追うごとに薄れつつあるけれど心にそういう想いがよぎったことは確かです。そのあたりからではないか、私の場合は、この学校、あの学校にある彫刻がなにか大切なもののように思えて来たのですね。それにもう『山の子供』のような世界に還って行けないことを感じた日々、ごく自然に、この眼に残しておきたくて彫刻散歩のコースに学校も入るようになりました。

「翔き」、よかった。土日だし、急きょ、明日の小樽への帰り道で札幌の学校彫刻ツアーをすることにしました。気になっている彫刻がいくつかあるのです。


 
▼ 地下鉄旅A   引用
  あらや   ..2020/09/24(木) 14:16  No.552
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朝、JR白石駅から苗穂駅へ。苗穂小学校には山田吉泰の「創造」があります。これも良かったなあ。学校の彫刻って、実際に見てみると「あれっ、こんなに小さいの…」ということがままあるんだけれど、「翔き」も「創造」も適度な大きさで気に入りました。セメントっていうのも、なにか、街のブロンズ彫刻にはない独特の空気感がある。

苗穂小学校の学校記念館(旧木造校舎)を見つけて、「ああ、ここか」と一瞬で自分が今いる場所がわかりました。昔、この近くに住んでいたので。
今回もバス旅で廻ることをなんとなくイメージしていたのだけど、今日は地下鉄の方が目指すものにスパッと切り込んで行けるような気がしてくる。で、JR線に対して平行移動して地下鉄・東区役所前駅へ。

駅の近くの札幌光星高校前庭には「鐘の塔と彫刻」がありますね。あれも山田吉泰なんだけど、前回のバス旅で写真撮ったので、今回はパス。そう言えば、あれもセメントだった。

 
▼ 地下鉄旅B   引用
  あらや   ..2020/09/24(木) 14:20  No.553
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地下鉄南北線・中島公園駅で下車。徒歩で南大橋を渡って水車町(すいしゃまち)へ。昔からカッコいい地名だなと思っていました。なんで水車かと言うと、

開拓時代にはこの地区に官営の製材所があったが、明治20年代に入ると、水車川(豊平川の分流、現在は埋められ、遊歩道になっている)を利用した水車小屋が作られ、精米、製粉などのための動力源として活用されていた。また、同じ頃から、近隣の平岸・中の島・旭町とともに、リンゴの栽培が本格的に行われ、多くの果樹園が作られた。水車川は現在の水車町5丁目の難得神社(難得大龍王)の下手辺りで豊平川から分かれ、水車町公園の横を通り、南7条橋と豊平橋の中間辺りで再び豊平川に合流した。
(ウィキペディアより)

そう言えば、この前ウィキペディアに参照に行ったらカンパ要請の画面が出て来たので、私、300円カンパしましたよ。(貧乏なので300円です…) 表現に干渉されるのを拒むために広告収入やパトロンに頼らない。人々の知識に対する平等を保つために有料化しない。とても偉いと思う。共感した。

水車町には旭小学校がある。旭小学校には川田静子「未来にはばたけ」があるのでした。

 
▼ 前回のバス旅・番外   引用
  あらや   ..2020/09/24(木) 14:24  No.554
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最盛期の大正初期には7、8軒の水車小屋があり、当時札幌市内に供給される米や粉の加工は、全てこの地域で行われていた。だが、大正中期に電気の普及が始まると、水車の需要は激減し、1924年(大正13年)までには、水車小屋は完全に姿を消した。1962年(昭和37年)に、南大橋が架設されて札幌市街との連絡が至便になると、住宅地化が進み、果樹園の数も減少していった。水車川も家庭排水による汚染が進み、1973年(昭和48年)に埋め立てられた。かつての河道は遊歩道やサイクリングロードとして残っている。
(ウィキペディアより)

水車や果樹園の面影はもうないです。寂しい…

今回の地下鉄旅は、別名「林檎ツアー」ですかね。今日うまく最終地点の天神山にゴールできたらば、途中には、札幌の林檎に関する歴史アイテムがけっこう出て来るはずなんです。「林檎ツアー」は十数年前にもやったことがあって、その時のスタートは元町(もとまち)の啄木歌碑でした。「石狩の都の外の/君が家/林檎の花の散りてやあらむ」という歌ね。なんで、ここで「元町」話題かと言うと、そこの元町小学校には川田静子の「希望」があるんですね。転校生なのか、市内二つの小学校に作品があるというのは珍しい。

 
▼ 地下鉄旅C   引用
  あらや   ..2020/09/24(木) 16:58  No.555
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この辺り、『十勝平野』新生篇の舞台になった町じゃないかな… あっちが中沢ヌップ(砂澤ビッキ)のアトリエ。それで、

 孝二の下宿は豊平川の川縁のリンゴ園のなかにあった。そこは豊平川の新川と旧川の間に挟まれているので「中の島」と呼ばれていた。
(上西晴治「十勝平野」/新生篇)

その地下鉄・中の島駅へ。中島公園駅まで戻るのは時間がもったいないので、「旭小学校前」バス停にちょうど来たじょうてつバスに乗って中の島駅まで行きました。今回唯一のバス利用。そこの中の島中学校には本田明二の「はばたけ小鳥よ」があります。

ちょっと思っていたよりは小さい彫刻だったけれど、さすがは本田明二。ポーズといい、表情といい、百点満点ですね。この作品のバックに精進川が流れているロケーションもプラスポイントだ。
校舎を囲む低い塀に埋め込まれた鉄の飾り(橋の欄干なんかによくある奴)もカッコいいので写真撮ろうかな…と道路でもたもたしていたら、学校の人に声かけられた。不審者と思われたのかな。それで、私は不審者なんかじゃありませんよ、北海道の野外彫刻を愛する小樽市民ですよ…という意味を込めて一礼し、次に行く予定の「平岸小学校」の場所を尋ねました。いやー、聞いて正解。平岸小学校と正反対の豊平河畔へ動き出すところだった。さらに、地下鉄・南平岸駅を目印に考えていたのだけど直接歩いた方が早いということも教えてもらいました。いろいろありがとう、中の島中学校の先生。休日なのにご苦労さまです。

 
▼ 地下鉄旅D   引用
  あらや   ..2020/09/24(木) 17:02  No.556
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平岸小学校には本田明二「みのり」がある。何の「みのり」かと言えば、それはもう平岸ですから「林檎」に決まっていますね。昭和55年(1980年)、平岸開基百十年を記念して建てられたもの。愛読書、原子修『札幌の彫刻をうたう』は、この彫刻に

 手のひらの
 ただ一ケの果実の
 天球にもまごう
 重み

という詩が掛けられていますね。彫刻というわけではないが、札幌の町を散歩しながら歌を詠むという『新世代歌人・山田航のモノローグ紀行』(北海道新聞・夕刊連載)はちょっと興味深い。2016年4月の開始以来、毎回スクラップしています。いずれ一冊の本に編まれるのだろうが、私には生の新聞紙の感触の方が心地よい。例えば、

【水車町】 流れてく気持ちのどこかをノックして世界の隅で回る水車よ
【精進川】 川べりに踏み開かれた雪の路みんな冬でも見たいのだ、川
【中の島】 ビル風にさくら舞うころ帰ればいい俺が会いたいだけの理由で
【天神山】 糸鋸で木ィ削るような声で鳴く鳥いるねだ坂は続くね

短い紀行文+写真に合わさると、いや絶妙ですね。

 
▼ 地下鉄旅D   引用
  あらや   ..2020/09/24(木) 17:06  No.557
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元町の「林檎の花の散りてやあらむ」で始まって、天神山の「林檎の花の散りてやあらむ」でフィニッシュというのはちょっとカッコいい札幌林檎ツアーかもしれない。途中、月寒公園の「りんご並木の碑」や、本田明二の「みのり」や、平岸高台小学校の「りんごの故郷から」巨大レリーフや、天神山の久保栄「林檎園日誌」碑を織り込むのはもちろんだけど、もしできるならば、大通り公園の本郷新「泉の像」も入れてほしい。昭和34年、ニッカーウヰスキー株式会社の寄贈です。なんと言っても、大日本果汁(→日果)「マッサン」竹鶴政孝ですからね、そのマッサンのアイデアによって、札幌という街の文化は方向づけられたのだから…

というような妄想を巡らせながら歩いていたら天神山緑地に到着。本日のゴールです。ただ、真実のゴールは緑地公園入口の前にある。通りを挟んで、ここに「斧と楡のひつぎ」澤田誠一氏の家があるのでした。
『札幌の彫刻をうたう』は、この邸宅の庭にある峯孝「プリマヴェラ」の写真を載せています。長い間の懸案でした。2007年6月に氏がお亡くなりになってからは「札幌彫刻散歩」の類いの本にも登場することはなくなりました。もしかしたら、東京上野駅前の本郷新「汀のヴィーナス」みたいなことになっているのではと心配していたのです。
杞憂でした。家はありました。さらに、生け垣が低かったので道路からも庭の一部が見え、そこに「プリマヴェラ」の美しいお尻も確認することができました。得意の七倍ズームで写真撮ろうかとも思ったんだけど、それをやったら俺はまるっきりの不審者になってしまうと直前で思いとどまったわけです。残り少ない人生だけど、生きていればどこかで「プリマヴェラ」に逢うこともあるだろう。今日は「在る」ことが確認できただけで充分だ。

平岸小学校前の看板で、ここが「アンパン道路」のスタート地点であることを知りました。ふーん。次回は、あの何故か相性の悪い月寒公園への再チャレンジかな。霊園前駅(現在の南平岸駅)からの巻返しか… 良いかも。



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