| TOP | HOME | ページ一覧 |


No.636 への▼返信フォームです。


▼ 「人間像」第38号   引用
  あらや   ..2018/11/15(木) 10:38  No.636
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 48.7KB )

「人間像」第38号作業、完了。デジタル化にかかった時間は「48時間/延べ日数7日間」でした。現在のライブラリー収録タイトル数は「745作品」。
今回の第38号は56ページで、前回(第37号)の79ページよりさらに早かったです。年内に第40号まで行けるかな…

 文学界新年特別号を見ると、新年御慶と言うのが載っている。作家より作家へ宛てた手紙形式のエッセイのようであるが、其処で気が付く事は、文面が総て旧かなで書かれている事である。これを皮肉な眼で見ると、作家の老人の解らず屋か又は、ジャーナリストのひねくれた商人根生と見られる。新かなに変った時に、これ等の人達は確か反対した筈だ。しかし、小学校から総て新かなに直し、新聞も全面的にこれを採り入れている。何故にいつ迄も反対し続けるのか。まして、商業雑誌ともあろう雑誌が、読者の尻尾を掴んで引摺り廻す様な態度は、どう見ても老人のひがみ根生としか見られない。
(第38号/時評−文学)

新字新仮名への切り替え、好調です。針山氏の久しぶりの復帰(「春山文雄」名義)に、『奇妙な旅行』(人間像同人会,1970.5)の完全復刻も視野に入って来ました。


 
▼ 村上英治氏   引用
  あらや   ..2018/11/16(金) 09:16  No.637
   三十年には春田良久と村上英治が加入したが、二人とも一年程の在籍だった。村上は志村竜夫の筆名で「王朝の戯画」ほか二編を発表しただけで結核を発病長く休むことになった。復帰するまでに七年を要した。
(針山和美「『人間像』の五十年」)

デジタル化していて、そのただならぬ筆力に「誰だろう、この人?」と思っていたのですが、村上氏だったのですね。氏については、最近驚いたことも…

▼二番目の特記事項は村上英治の訃報である。いつも月に一度程度は電話をくれていた。特に用事があるわけでもないのに、近況を知らせてくれる。ところが半年しても音沙汰がない。さては、また持病の腸閉塞を起こして入院でもしたかと思った。少し不安になって電話した。去年のことである。電話したのは七月だったと思う。彼は若いころ結核で肺葉切除を行っていた。七〇代で、胃潰瘍による胃の全摘手術、そして間もなく腸閉塞を起こし大腸の一部を切除した。ところが、消化器系統の切除後に一部癒着する後遺症が残った。それが災いしてしばしば腸閉塞を起こしては入院する。私より一年下の彼だが、見るに痛々しいほど痩せ細った。「村上さんはご在宅ですか」「……村上は先月亡くなりました」と電話の声は奥さん。「えっ!」私は絶句した。「何で知らせてくださらなかったのですか」「実は、俺が死んでも誰にも知らせるな。坊さん呼んで、お経も戒名もつける葬式なんかするな。ただ、俺の好きな魚一匹だけ供えてくれればいい。と、それが遺言でした」「うーむ……」私は唸るしかなかった。
(福島昭午/『人間像』第188号「編集後記」)

 
▼ いつかの少年   引用
  あらや   ..2018/11/16(金) 09:19  No.638
  第39号に福島氏の『妥協』があるので、このままもう一号「人間像」作業を続けます。(早く読みたい!)

村上英治氏『いつかの少年』(第124号)をデジタル化するのは何年後になるのか、今ははっきりとは見えないけれど、その日まで一号一号進んで行くしかない。その日まで健康を維持しなければならない。まだ身体が元気で動く内に勝負に出たことは、少しはよかったのではないかと思っています。このまま、慎重で。そして、静かに。休まず。

遅ればせながら、村上英治氏のご冥福をお祈りします。



Name 
Mail   URL 
Font
Title  
File  
Cookie  Preview      DelKey