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No.674 への▼返信フォームです。


▼ 文章倶楽部   引用
  あらや   ..2019/05/16(木) 13:01  No.674
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 私達の仲間は「文章倶楽部」と「文学集団」の投稿者が多く、この出身者は「人間像」に根を下ろし、以後その紐帯は固く、今日に至っている。
 針山の作品を思い出すと、「文学集団」時代、木俣修選で入選した短歌群や、妻木新平選による小品で入選した「冷たい一夜」が忘れられない。何れも春山文雄のペンネー厶を使用しているものだ。これらは「文学集団」出身者の中では、いまでも語り草のひとつになっている。
(佐々木徳次「追悼針山和美」)

針山家に残されていた「文章倶楽部」は以下の3冊です。

文章倶楽部/夏季号(第1巻第1号) 昭和23年7月1日発行
文章倶楽部/盛春号(第1巻第3号) 昭和24年3月1日発行
文章倶楽部/初夏号(第1巻第4号) 昭和24年6月15日発行


 
▼ 投稿雑誌   引用
  あらや   ..2019/05/16(木) 13:04  No.675
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投稿雑誌のことを説明するのは意外と難しい。ヤフーなどで「投稿雑誌」と検索するとエッチな雑誌画像が出てきたりして吃驚してしまう。いやいや、そっちの投稿じゃなくて…と「文章倶楽部」で引くと、今度は大正期のホンマもんの『文章倶楽部』が出てきたりして(日本近代文学館制作のCD-ROM版が57万円だって!)余計な勉強をしてしまうことになる。

募集種目に〈サシ絵〉部門があるのが面白い。当時の文学青年の頭の中のジャンル分けがこのようになっていたことは想像に難くないです。そういえば、「人間像」も『路苑』や『道』の時代には〈小説〉部門と〈小品〉部門をきっちり分けていましたね。どっちもどっち、短篇小説とか掌篇小説でいいんじゃないの…と不思議に思ったことを思い出します。そのルーツはこれだったんですね。

 
▼ 敷布団   引用
  あらや   ..2019/05/16(木) 13:09  No.676
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自分の原稿が活字になるという喜びは、もうスマホの時代の人間にはなかなか理解しがたい感覚かもしれませんね。(私も説明する自信ない…)

第四号で、針山和美氏、入選してますね。目次には、〈短文〉部門(〈小説〉〈小品〉部門に加えて〈短文〉部門が増えた)に『敷布団』針山和美の名が見えます。
喜び勇んで83ページに行ったのですが、ああ、83〜84ページ一枚が切り取られている!

残念。

この『敷布団』を確認するには、国立国会図書館とか日本近代文学館みたいな話になるんだろうな。今の時代だから、国立国会からデジタルデータで取り寄せるなども多分可能なんだろうけれど、そういう手続きを探しているのも面倒くさい。

スマホで『敷布団』がパッと出てくるものなら評価もしよう。でも、ない。森羅万象の情報が中に詰まっているなんて、ただの錯覚だと思います。(…と、スマホに毒づいてもしょうがないか。みっともない…)

 
▼ 昭和24年   引用
  あらや   ..2019/05/16(木) 13:13  No.677
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第四号巻頭に「誌友のおもかげ(入選者)」というページがありました。各部門入選者の写真を集めたものですが、なかなか興味深い。

終戦から四年。針山氏のように写真館に行って撮った人もありますが、全体的には男の恰好はまたまだ国民服姿が多いですね。学生服ではなくて、国民服に学帽という学生もいる。着物にソフト帽なんて、北海道漂白時代の啄木みたいな人もいて面白い。

第四号は一冊丸ごとコピーをとりました。創刊号、第三号については、後日、同時代の「人間像(道)」作品と比較したい思いもあって、投稿作品の部分のみをコピーしています。読みやすさが格段にちがうので見栄張ってカラーコピーを使っています。(イエローのプリンターイングがばんばん無くなって行く…)

理由は後で書きますが、「文学集団」15冊はすべて一冊丸ごとコピーの方針です。もちろんカラーで。5月16日現在、第13号を進行中。



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