| 「また、来たてばァ」 顔みしりの漁夫が、津軽の飴鉢とか数珠つなぎの乾栗の束をもって挨拶にくる。その手みやげからは内地の春がぷんぷん匂う。 やがて漁場ごとに網おろしの祝宴が張られ、建網の親船が沖合に点々と浮ぶ。急に鴎の数がふえた、と思う間もなく「走り」が網にのる。時化あとには、どっと厚群来だ。紺碧の海面はみるみる鰊の精液で白濁する。その瞬間から荒磯は昼夜の別なく殺気だち、市街地は火の消えたように静まりかえる。 (古宇伸太郎「漂流」)
本日、「人間像」第86号巻頭の古宇伸太郎『漂流(第一回)』をライブラリーにアップしました。前スレッドで「山麓文学の誕生」を云いましたが、ここに来て、古宇氏の書きっぷりに、なにか私は「岩宇文学の誕生」といったものをも思わせます。金沢欣哉氏以来絶えて久しかった〈岩宇〉(←「がんう」と読みます)の潮風が押し寄せて来ます。大変気持ちが良い。
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