| TOP | HOME | ページ一覧 |


No.890 への▼返信フォームです。


▼ 「人間像」第99号 前半   引用
  あらや   ..2022/05/06(金) 09:33  No.890
  .jpg / 30.8KB

昨日(こどもの日)、蛭子可於巣改め千田三四郎『旅に惑いは』をライブラリーにアップしました。「千田三四郎」名義の小説って『ドイツの鋏』(第57号)以来なんですね。
(千田氏は当時現役の北海道新聞記者であったため、新聞社にあらぬ迷惑・誤解がかからないように「蛭子可於巣」などの不思議なペンネームを使用していたらしい。「人間像」参加は、札幌ではなく、道新東京支局勤務時代の東京からだそうです。『ドイツの鋏』はその頃の作品。)

第99号。この後、冨士修子『赤まんま』、内田保夫『暗い青春の歌』、針田和明『どぶ』『台所の歌』と小説作品が続きます。


 
▼ 針田和明   引用
  あらや   ..2022/05/10(火) 14:55  No.891
   俺の父っちゃんも母っちゃんもどんなんだか俺知らない。まわりみたら、みんな小樽の貧しい人間だった。技術身につけたのに、孤児はどうしてこう馬鹿にされなければいけないんだ。どうかしてるよな。どこかが狂ってるぞ。だけど、ひとりってのはどうしてこう淋しいんだべ。おっと、洋子を忘れてた。あれも小樽生まれだっていってたな。札幌へ来て、こうやって住みついてどこへも行けなくなったら小樽出身ときいただけで無性に嬉しかったものな。
(針田和明「どぶ」)

針田さんって小樽の人なのかな。第97号の『山もありゃあ谷もあらあな』も主人公が小樽育ちという設定だった。「針田和明」と「針山和美」は似ているので、昔は針山氏のペンネームの一つかと思っていた時もあった。(そう言えば、針山氏も小樽育ち。それで受ける感じが似ているのかな…)
一時は「人間像」の後継者として嘱望されていたのですが、若くして亡くなられたため皆が悲しんだと福島氏からお聞きしたことがあります。

 
▼ 針田和明2   引用
  あらや   ..2022/05/12(木) 09:39  No.892
   「白石駅はどっちへいったらいいんだべ」
 思索の糸がぷっつりと切られた。
「あ、それはですね、この道を真っ直ぐいって、あれ、あそこに踏切が見えるでしょう。あそこを右に折れて五百メートルほど歩いたところです」
「どうも」
「いいえ、どういたしまして」
 道をきいた男は、そのままわたしに歩調をあわせてついてくる。わたしが歩いていく方角であるから別に不思議はないのだが。
「おれ 一週間というもの米の粒を食べていない」
(針田和明「台所の歌」)

おー、私の実家だ。妙に親近感あるなあ。最後に〈荻野吟子〉も登場して、大変楽しめた一作でした。

作業は、この後、朽木寒三『文学の周辺で(4)』、上沢祥昭『ある文学徒集団の歴史(9)』の大きな山を越えて完了です。

 
▼ 第92号   引用
  あらや   ..2022/05/25(水) 08:58  No.893
  .jpg / 40.7KB

 ――いっそ思いきって、はじめから少年文学としてお書きになればいいのになあ。
 創作児童文学の出版者としては、いつもそんなふうにつぶやきました。そして、――いずれ脱稿されたなら、そしてこのままで出版するところがなかったら、一度作者とお会いし、ほとんどこのままで『次郎物語』の読者たちが読める程度に文章を明るくしていただいて……出版を企ててみようかしら、など考えていたのです。
(上沢祥昭「ある文学徒集団の歴史(9)」)

第92号は古宇伸太郎追悼号。『父・福島豊』を発表した福島昭午氏の許へ東京理論社(現・理論社)の小宮山量平から思いもかけない手紙が届く。古宇伸太郎『漂流』の未完部分を福島氏が書き継いで、父子共作の少年版「漂流」として完成させてはどうだろうか…

そうかあ、『次郎物語』か。かねがね、五十年後の今を生きる私がなぜ『漂流』をこんなにも興奮して読めるのか不思議でならなかったのですが、これで合点がいったような気がする。広津和郎との師弟関係などから『漂流』を説明しようとする論者がほとんどの中で、この小宮山量平の視点は群を抜いてシャープだと感じました。さすが、理論社。私の永遠の愛読書『佐野美津男少年詩集/宇宙の巨人』の出版社だけはある。

『ある文学徒集団の歴史』は、現在、「第92号」を通過中です。あと二、三日でゴールか。



Name 
Mail   URL 
Font
Title  
File  
Cookie  Preview      DelKey