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No.932 への▼返信フォームです。


▼ 脇方の思い出   引用
  あらや   ..2022/10/31(月) 16:40  No.932
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 掘れば無くなると判って居る。過去五十年、長かったとも短かかったとも言えるが、開山当時から関係し、終山式まで見届けたという例はあまりない。先日御招待を受け、懐かしの脇方へ参上し、昔ながらの山神社社殿で終山式、次いで殉職者慰霊碑の参拝、採掘の見学などをし、誠に感無量だった。
 第二の故郷ともいうべき脇方に再び訪れるのはいつの日のことか? 次に行われた京極公民館での開宴の際、乞われるまま壇に立ったが、喉がつまり声が出ずに見苦しい顔を御見せした事を御詫び致します。
(大町政利「脇方の思い出」)

佐々木六郎著『わっかたさっぷ』の中から、大町政利の文章『脇方の思い出』をライブラリーにアップしました。大正八年に鉄道院北海道建設事務所が発行した『東倶知安線建設概要』以外、倶知安―脇方間の鉄道が生まれた「事情」を語る資料が身近になく、昔から『脇方の思い出』を使わせていただいています。鉄道関係の文献や当時の新聞記事などはあまり調べていません。私が知りたいのは、東倶知安線が生まれた「事情」であり、タコ部屋が生まれた「事情」だったのです。


 
▼ 文芸作品を走る胆振線   引用
  あらや   ..2022/10/31(月) 16:45  No.933
  『脇方の思い出』を今一度精読するにあたり、京極高徳と大町政利について私の事実誤認がありました。従って、ライブラリー上の『文芸作品を走る胆振線』を廃棄することにしました。
これを発表した当時は武井静夫著『沼田流人伝』の影響下にあり、当然、『血の呻き』はこの世に存在しないという前提で書かれています。今回、京極高徳と大町政利についての事実誤認が明らかになってからも、その部分を書き直したりもしたのですが、土台自体が歪んだ状態での書き直しは無理とわかり、文章全部の廃棄を決心しました。
将来的にどうするかはまだわかりません。しかし、この度『血の呻き』から『監獄部屋の人々』までの流人作品を読み返した経験は大切なものだと思うし、いつもの「人間像」作業に復帰することで冷静を取り戻したなら、それでも書きたいことが残っているのならば、その時は書きたいと考えています。

流人復刻のきっかけとなったプリンター故障ですが、やはり、プリンターを買い替えました。一時的に直ったかに見えたのですが勘違いでした。その後、どんどん色の調子が狂い、筋が入り、もう駄目だ!となったわけです。時局というべきか、三年前の値段の倍になっていたのには驚いた。



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