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映画「東京タクシー」・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/11/19(水) 08:24
キムタクと倍賞千恵子主演の「東京タクシー」(以下東タク)が21日(金)に封切されることをネットニュースで知った。東京タクシーと聞いてピンときたのが2023年4月、日本で公開された「パリタクシー」(以下パリタク)だった。パリタクを毎日新聞で知って早速4月下旬に観賞した。とても印象に残る映画だったことを今でも鮮明に覚えている。
私にとってパリタクはキャスティングとストーリーがあまりにも印象に残っていたため今回の東タクは鑑賞しないことにしている。観なきゃ何も答えることはできないでしょという声が聴こえて来そうだが・・・(笑)

ストーリーは分かっているので、東タクは鑑賞しないが、ただキムタクのタクシー運転者はパリタクを観ている私からするとミスキャストのような気がしてならない。
「空車ランプをつけて走るタクシー・ドライバーのシャルル。免停まであと2点、経済状態も崖っぷちの彼はマナーのわるい運転の車に悪態をつきながら走っている」とあるが、イケメンのキムタクにこの感情を現わした役を演じられるだろうか。多少、脚本に手をいれることになるどうが・・・このコラムを読んで東タクを鑑賞した人の感想を聞きたいと思う。

最近になってやっと観たい映画が2本公開される。(公開中?)
1本は「モンテクリスト伯」と,もう1本は「ドミニク 孤高の反逆者」であるが、スケジュールの関係で観られる時間はあるのだろうか、それが問題である。【20251119(水)】


ホトトギス・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/11/18(火) 08:16
勤務する大学の空き地に2年ほど前、校舎裏の目立たない場所から移植、一般的には8月から9月頃が開花期だが、今年は11月の今頃になって咲きだしたのでスマホに収めた。
ホトトギスと言われるのは花びらの斑点模様が鳥のホトトギスの胸の模様に似ていることから名付けられたと言われている。

今はイチョウやケヤキ、ハナミズキなどの落葉樹の葉が落ち始め始末が大変である。
イチョウの実が無くなったと思ったら今度は葉が凄い勢いで落ちて雨が降ると舗装面に張り付き処理をするのがとても厄介である。
風も大変だが、雨もまた大変、しかし折角集めた落ち葉も風で飛ばされない分、雨の方が楽なのかも知れない。路面に張り付いた落ち葉はスクイーバー(窓ふきの大きいもの)があれば簡単に集めることが出来るからである。

秋から冬にかけて花木が少なくなっているが、ホトトギスに混じってノジギクやアベリアなどはまだ花が楽しめている。【20251118(火)】


読書日記―37 [ RES ]
クマジィ 2025/11/17(月) 05:42
昨日は依頼されていた庄内町清川(山形県)の仕事が終わったのでその報告会を兼ね関係者4人で銀座へ繰り出し昔から馴染みのビアホールでささやかな打ち上げを催した。
日曜日に銀座に出ることなどほとんどなかったが、何と外国人が多いことか、ホントここが日本?と錯覚させられるくらい外国人が多かった。こういう光景が当たり前になっていくんだろうなと話し合いながらビアホールに向かった。

●相場 英雄著:「キッド」 幻冬舎文庫

【上海の商社マン・王作民と秘書のボディーガードとして福岡空港に降り立った城戸護。
かつては陸上自衛隊の空挺部隊に所属し、レンジャーの称号を得た、選りすぐりの兵士だった。到着ロビーで城戸は、王を監視する刑事の存在を察知する。
想定外の事態を不審に思いながら護衛を続けると、今度は秘書が王を射殺し、自死してしまった。何が起きているのか?自分は嵌められたのか?
 殺人の濡れ衣を着せられる窮地に兵士魂を呼び起こした城戸は、警察が超法規的に構築した監視システムによる追跡をかわし、事件の真相に迫る。―本の紹介より―】

著者とは小自慢になるが知人の結婚披露宴で新婦に紹介された。
いろいろな職種の人を知っているが作家さんとの名刺交換は初めてだったのでちょっと嬉しかった。
2012年、著者のBSE問題をテーマにした「震える牛」を読んだとき、その深い調査能力や場面展開の面白さ、テンポの良さにすっかり魅了された。それもそのハズ、作家になる前の仕事は新聞記者をしていたからだった。また新潟出身でスキーも好きだったことから初めて会ったのに話が弾んだことを覚えている。【20251117(月)】


オオタニ選手おめでとう・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/11/16(日) 03:28
MLBドジャースのオオタニ選手は2025年ナ・リーグMVPに選出された。それも満票で・・・
2021年と2023年はア・リーグで、そして昨年と今年はナ・リーグドジャースに移籍してフィリーズのシュワーバー選手(本塁打、打点の二冠王)を抑えての選出はとても価値あるMVPだろうと私は感じた。MVPは取れるのは確実だが、満票で獲得できるかが問題だと言っている人が多かったが蓋を開けてみれば30人の記者すべてが1位での選出だった。

14日(金)は早朝ウオーキングのときからいつ発表されるのか気になり、ラジオから流れる音楽を何度も中断しながらニュースに切り替え速報を待っていた。
3時間弱のウオーキングを終え、TVを点けると発表は9時過ぎと聞いて安心してシャワーを浴び、朝食を摂った次第である。

14日(金)は勤務する大学の若手職員(24歳と26歳)2人と恵比寿アトレ銀座ライオンで呑み会をし、まずはMVP獲得に乾杯して会は始まった。一人はライフセーバー現役、もう一人は大学まで野球をやっていた若者で、お互い仕事中に何度も挨拶を交わす中で、スポーツ好きということが分かって今回、待ちに待ったスポーツ談義呑み会であった。とにかく若くてスポーツ好きの二人は呑むこと、食べることが圧巻で若さ溢れるエネルギーを貰い、イイ刺激になったことは言うまでもない。年明けに再度催す約束をして帰途に就いた。【20251116(日)】


スキーについて(5)・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/11/15(土) 05:10
こうして私のスキー歴と共にスキー技術やマテリアル(板など)の変遷についても書いてきたが、最初に戻って八方スキースクールのインストラクター達の滑りを見ていて感じるのはカービングスキーが出て来る前の滑りの方がとても“滑らかで美しい”と感じたことだ。
立ち位置が高く(腰高)、大回り&小回り、横滑りなどが分かりやすく表現され、受講する側にとって“力”を必要とせずとも美しい滑りを楽しむこと出来ていた。

カービングスキーの滑りを見ていると、圧雪されたバーンでの大回りターンは力業(ちからわざ)が必要で、一般のスキーヤーが滑れるとは到底思えないと思うのは私だけだろうか。
最初にカービンスキーを購入するとき「サイドカーブのきつく無い板」を条件として店員の方に選んで貰った。私にとってカービングスキーはサイドカーブがきつい分、板は短く、持ち運びは楽になったことぐらいか。昔は身長165cmの私が2mを超える板を履いていても、深雪やコブ斜面も無難に乗り回すことが出来た。

現在も一応現役スキーヤーとして年2〜3回ほど新しく出来たスキー仲間と滑っているが、とにかく両足(スキー)を自由に動かせるような指導と“安全に楽しく”をモットーにして楽しんでいる。多くのスキー場で日本人より外国人スキーヤーが増えているが、日本人スキーヤーが増えることってあるのだろうか“高貴”(笑)高齢者となって、ますますスキーが楽しくなっている自分がいる。End 【20251115(土)】


スキーについて(4)・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/11/14(金) 02:58
これまではサイドカーブが少ないいわゆるノーマルな板が主流だったが1990年後半あたりから、サイドカーブのきついカービングスキーなる板が出始めた。私が友人とカービングスキーを購入したのはかなりあとの1999年だったと記憶している。
これまでのスキーはサイドカーブがきつくないため、ターンするには踏み込んで、踏み込んでターンしなければならないとうデメリットがあったが、カービングスキーは膝を山側に倒すことで簡単にターンできるというメリットが生まれた。

しかしカービングスキーはもともとシャープな切れ味(横ずれしにくい)を目的としたスキーだけに、ターンをした途端切れすぎてリカバリーするにはそれなりの筋力や技術が必要になった。
競技歴や普段からトレーニングしているスキーヤーにとってはメリットかも知れないが、一般のスキーヤーにとっては切れ過ぎて、ややもすればリカバリーが出来ず、転倒するケースや他のスキーヤー&スノーボーダーと接触するケースが増え、けが人が多く出るようになった。

私の経験からすればカービングスキーは一般スキーヤーにとって不向きに思う。
スキー動画を見ていてもインストラクターや上級スキーが整地されたゲレンデを大回りターンで滑る姿は確かに格好がいいし絵にもなる。しかし整地されたゲレンデを一般スキーヤーが滑れる機会など朝一番のリフトに乗って滑るというほんのわずかな機会しかない。
私から見ればインストラクターや上級スキーヤーの自己満足に過ぎないと言うようにしか見えない。スキーは“安全に楽しく滑る”のが最高のパフォーマンスではないかと言うのが私の持論でもある。またデモンストレーター第1号の岸英三さん(山形県金山町)は時代の流行に合わせるのではなくいつも“美しく滑る”ことが重要だとも言っている。続く・・・【20251113(木)】


エラー [ RES ]
クマジィ 2025/11/13(木) 14:41
今朝アップしょうとしたら、エラーでアップ出来ませんでした。明日再度試みて見ます。


スキーについて(3)・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/11/12(水) 02:59
3年ほどで戸隠を卒業し、戸隠の仲間でWSC(ワンダラーズスキークラブ)を結成して志賀港高原丸池、東北は岩手網張、山形は坊平(現ライザスキー場)などに遠征、落ち着いたのが蔵王温泉スキー場だった。中央ゲレンデドッコ沼畔にあった三五郎小屋に居候、その後は師匠となる鈴木プロに師事、宿を蔵王山荘(のちに蔵王国際高原ホテル/のち閉館)に替えて鈴木プロに徹底的に鍛えこまれた。

当時履いていたのはイシカワ君がヴォルクル(ドイツ製)、私はアトミック(オーストリア製)師匠は確かロシニョール(フランス製)だったと記憶している。
特にジャンプウエーデルンは気のすむまで教えて貰った。いまは出来ないが・・・(笑)
師匠が当時面倒を見ていたクラブは虎ノ門のビル地下1階にあったスキーショップオカヤで蔵王や月山では必ずイシカワ君とアシスタントを担当させられた。

友人のアオちゃんからスキークラブを創設しようと提案され、ISSC(イシイスポーツスキークラブ)を1987年1月(96年3月発展的解消)に創設、蔵王温泉スキー場の蔵王パラダイスロッジ(のち廃業)で盛大に設立パーティーを催したことは今でも鮮明に覚えている。
それからの10年は私にとってスキー人生の黄金期だったような気がする。
初めてスキーで大怪我をしたのもこの時期だった。
友人のイッペイ君と接触し、両膝内側靭帯を損傷、その頃ゴッドハンド(フジテレビ情熱大陸でも放送された)と言われた世界的名トレーナーの白石宏さん(恵比寿に住んでいた)に治療して貰い1ヶ月後には走るところまで回復した。まさにゴッドハンド白石だった。https://sti-shiraishi.com/wp/incho 【20251112(水)】


スキーについて(2)・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/11/11(火) 08:50
私が戸隠に通い始めたのは確か1968年(昭和43年)ごろの冬だったと記憶している。
志賀高原石の湯にあったプロスキースクールで主任コーチをしていた木村さんが地元戸隠に独立して戸隠高原プロスキースクールを開校した。
これまではSAJ(全日本スキー連盟/アマチュア)しかなかったが、スキー指導を職業化しようという機運が高まり、1968年( 昭和43年)、日本職業スキー教師連盟(SIA)が発足された。

戸隠に通いながら技術を習得し、アシスタントを目指すことになったのだが、アシスタントになるには「SAJ1級取得者、もしくはそれと同等以上の技術を持っている者とスキースクールの校長が判断」という条件があった。それを満たすため、仲間のイシカワ君と妙高高原「SAJ新赤倉スキー学校」の門を叩いた。学校で主任コーチをしていたのは私の4つ年上の兄の同級生で当時はSAJデモンストレーターをしていた。

T主任に2日間のプライベート特講(特別講習)をしてもらい何とか受験に漕ぎつけることが出来た。1級の受験者は50名、合格者は7名で何とかその中に入ることが出来た。その後1年間は正月や連休時には学校のアシスタントをするように言われた。戸隠では色物(コブやジャンプ、片足ターンなど)をよくやらされたが、新赤倉では講習終了後、主任コーチから1時間、みっちり基礎スキーを叩きこまれた。これがその後の私のスキー人生にとって最高の糧となったことはいうまでもない。続く・・・(笑) 【20251111(火)】


スキーについて(1)・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/11/10(月) 06:30
11月も中盤に入り、雪の頼りも聞かれるようになった。
間もなくスキー好きの私にとっては嬉しいシーズンを迎えることになる。
それもそのハズで、むかし渋谷にあった設計事務所で後輩となるK君がいま流行りのリゾートバイトで上越地方にあるスキー場の某ホテルで来月18日(木)から来年3月までアルバイトをすることになったのである。これを喜ばずしてスキーは語れない。

私はというと、本物のスキーに出会ったのが総合コンサルタント会社に勤務しながら、お茶の水の予備校に通い進学を目指していた20代前半だった。
いろいろあって進学を諦めスキーで食べていこうと決意させてくれたのが今は閉校となった戸隠高原プロスキースクール(長野県)の一期生として通い続けスキー技術を磨いたことである。
以来、現在に至るまで半世紀以上を“スキー命”として生きて来た。

スキーを通じて多くの仲間に出会ったが私より若いのに鬼籍に入った友人もいたし、元気に生きていてもすでにスキーを辞めてしまったが、私と言えば“生きる化石”として現在も何とかヨロヨロとしながら滑っている。(笑)
昨日カフェ・クリエで読書をしながら八方スキースクール80年代から90年代に活躍したインストラクターの動画を見ていて気付いたことがあったので、今回スキーについて書こうと思った次第である。どこまで続くのか・・・写真は20代前半戸隠で!【20251110(月)】




 
 


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