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自分のスキー史(2)・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/12(木) 07:51
.gif / 2.3KB 戸隠には丸3年通い、アシスタントコーチになるためには「SAJ検定1級もしくは同等以上の技術を要する」とされていたため、仲間のイシカワ君と新潟県妙高高原にあるSAJ新赤倉スキー学校(兄の幼馴染でスキーデモンストレーター兼当校の主任コーチ)に行き、主任コーチの庄司幸夫(のち竹田性に変わる)に2日間の特講(特別講習)を受けめでたく合格、以後2年間は当校で戸隠と並行しながらアシスタントコーチ―を務めた。

当時戸隠スキー場のAコース(チャンピオンコースとも呼ばれたコブ斜面)はSAJ指導教程本には応用編として、このコブ斜面を使用されていた。
3年後には戸隠で知り合った東京の仲間と「ワンダラーズスキークラブ」を結成して3年間活動、網張(岩手)、蔵王&坊平(山形)、志賀高原(長野県)と滑りまくり技術を磨いていった。その後イシカワ君は蔵王観光(株)に就職、中央ゲレンデにあった蔵王山荘(のちに高原ホテルに立て直したが94年に解体)に勤務、雪が消えれば月山にあった姥沢小屋に移動、私はSAJからSIA(プロスキー協会)の助手検定合格し、その後は蔵王山荘専属のプロスキーヤー、ヤスさんこと鈴木康容氏と知り合い、イシカワ君と3年間指導を受け、プロコーチとして認められる。ヤスさんに認められたことが一番嬉しい出来事でもあった。

仕事は総合コンサルタントに10年勤務し、その後は渋谷にあった都市公園の計画・設計に特化した設計会社にトラバーユし10年、そこで知り合ったK氏と錦糸町に独立、近所にはスポーツメーカーアシックス東京本社があったことやICI石井スポーツにも友人がいたこともあり、スキー(アトミック/オーストリア製)は毎年提供して貰えるようになる。
1987年、当時石井スポーツ常務だった石井氏の要望で石井スポーツスキークラブ(ISSC)を創設、蔵王と青木湖で10年間スキーコーチを務めた。青木湖スノーコルプロスキースクール(長野県大町市)で主任コーチをしていたハシダさんもコーチとして招聘する。【20260212(木)】


自分のスキー史(1)・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/11(水) 05:21
.gif / 2.3KB 現在ミラノ・コルチナ冬季五輪が開催され、日本選手の活躍が目立つ。
そこで高貴高齢者となった自分のスキー史について書いてみようと思った。
私は雪国山形県の寒村に生まれ育ち、スキーは3人の兄たちが代々履いてきた単板のスキーを譲り受け、近所の津谷神社の小山をゲレンデ代わりにして滑ったのが初めてだったと記憶している。その時に転倒し、竹製ストックの石突き部分の金具で親指に怪我を負った傷が今でもくっきりと残っている。

当時は学校に行く前と帰ってからも家前の道路の雪かき、屋根の雪下ろしという重労働が真冬の日課だった。そういう辛かったこともあり、社会人になって数年は冬(正月)の帰省は敢えて見送っていたと言うのが正直なところである。
高校卒業後、東京の総合コンサルタント会社に就職、この会社では学歴が必要ということが分かり、本社があった茗荷谷(地下鉄丸ノ内線)からお茶の水の駿台予備校に通い大学進学を目指したのだが初挑戦は失敗、2年目の予備校に通い始めたころ、田舎の遊び仲間だった一つ先輩のHさんが長野県戸隠高原スキー場でプロスキースクールの主任コーチをしていることを聞き、1月下旬だったと思うが訪ねることにした。

先輩のスキーの上手さに驚嘆、そこで初めて「先輩のような上手いスキーヤーになりたい」という夢が芽生え、進学を諦めるという人生の転換期があった。
先輩から貰ったスキーをスクールに置き、上手くなるまで戸隠に通うことを決め、毎週末のように仲間となったイシカワ君と戸隠通いが始まった。【20260211(水)】


ミラノ・コルチナ冬季五輪・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/10(火) 04:22
.gif / 2.3KB 大会5日目にして日本は金1、銀2、銅1と幸先の良いスタートを切った。
ウィンタースポーツが好きな私にとってライブで観戦したのはアルペン男子滑降種目だった。片流れのアイスバーンを時速140kmを超えるスピードで滑り下りるスリリングさはまさに圧巻である。

他には男女回転や大回転もライブ観戦したいが、確か最終日に予定されている五輪初種目となる山岳スキーは是非観戦したいと考えている。
理由はと言うと、私のテレマークの師匠でもある小谷温泉山田旅館の当主山田誠司さんの得意とする種目で栂池スキー場での大会を生観戦して以来、虜になっている。
登りはクロカンスキーにシールを張り、下りになるといち早くシールを剥がし胸に無理やり押し込み、滑るというこのトランジットシーンが一番の見どころでもある。

そうそう、今回ビッグエア女子も4人全員が決勝に進んだ。
決勝に進めるのは男女とも12名だけで、うち三分の一が日本選手だから凄い。
一体この種目、なぜ日本選手が強いのか、その理由についてはまだ知らないでいる。
夏季オリンピックのスケボーもそうだが、誰かその強い理由について教えて欲しいものである。頑張れニッポン!!【20260210(火)】


読書日記―8 [ RES ]
クマジィ 2026/02/09(月) 04:57
.gif / 2.3KB 一昨日から降り続いた都心の雪は昨日の昼過ぎには上がり、ときどき陽が指すようになった。そのため、本日の通勤・通学にはそんなに大きな影響はないだろう。
但し、早朝ウォーキングは陽が陰ったところ(茶屋坂、代々木公園交番の坂、表参道の緩やかな下り坂など)の歩道は凍っていると思われるので、休むことにした。

●藤田 宜永著:「流砂」 講談社文庫

【突然の病をきっかけに、仕事一途の人生につまずいた私。不如意な休職中の旅で訪れたのは、奥能登の海沿いの小さな宿だった。結婚に破れて東京から戻り、姉の女将を手伝う志津子は、疲れた男を包む、翳のあるやさしい女。終わりある恋と知りながら、情欲の炎は静かに燃え上がる。冬に咲いたおとなの恋物語。―本の紹介より―】

好きな作家の中で特に藤沢周平(江戸時代)と藤田宜永(現代)がいて、両人に共通するのが自然描写の優れているところであろう。また藤沢周平の「恋ものがたり」に対し、藤田宜永の「恋愛」と同じ意味だが、どちらもしっとりとした大人の恋を優しく描き出すところなども共通しているように感じる。舞台は奥能登(能登半島の北部にあたる輪島、珠洲、穴水などを指す)だが、ここには3度訪れている。

最初に訪れたのは1990年9月「第一回‘90トライアスロンスーパースプリント能登珠洲大会」、翌年9月は金沢市内から能登半島を3日間で1周(440km)する「ツール・ド・のと400」、それから同大会に8年ほど前にも参加、都合3回である。いまは能登地震や豪雨災害などで道路も町も大変な状態なので、落ち着いたらまた訪れてみたいと考えている。やっぱり藤田作品はどれをとっても面白い。【20260209(月)】


二度目の雪・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/08(日) 06:46
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昨日は久し振りに20kmのロングウオーキング、途中、代官山日ヒルサイドテラス内にある蔦やのスタバでモーニング珈琲を楽しみ帰宅した。
雪の予報が出ているせいか、他所からのお客さんは見えず、近所に住むお客さんの方が目立っていた。モーニングを終え外に出ると白いものがハラハラと・・・都心で今年二度目?の雪が降って来た。

早朝は3℃だった気温も夕方には2.5℃まで下がり、積もりそうな雪に変わる。
冬の好きな私としてはいっそのこと積もるぐらいの雪が降って欲しいのだけれど不謹慎極まりないとお叱りを受けるかも知れないが、それでもやっぱり積もって欲しい。(笑)
期待を持って今朝4時に起床、カーテンを開き外を眺めると、お隣の屋根には3cmほどの雪は積もってはいるものの期待した積雪になってくれるのだろうか。

珈琲を淹れ、ジャズ作曲家狭間美帆さんのラジオ番組を聴きながらキーボードを叩いている。昨日、新庄(山形新幹線終着駅)市内に住む兄に電話したところ、早速「雪かきに来い」と言われてしまった。朝6時半、ベランダから眺める雪景色、ひょっとして積もるかも・・・【20260208(日)】


真言福幸・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/07(土) 10:06
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学期末試験、そして入学試験も終わり大学は現在、期末休みに入っているが、サークルや運動部の部活などでわずかだが学生が来ている。
そんな中、体育館のあるピロティに大きく広げた和紙に書道部の女子学生が書道パフォーマンスを行っていた。

5日(木)天気が良かったので、屋上テラスに設けられた人工の畑に(のらぼう菜)
という野菜が植えられている。
のらぼう菜への水遣りを終え、除草も済ませて3階の吹き抜けからピロティを見下ろすと書道パフォーマンスで書いていた文字は「真言福幸」という言葉だった。
この「真言福幸」は仏教用語らしく、その意味は「真言(密教の仏の言葉)を唱えることで、福(幸福)を招き、幸(運)が復興・増長する」という、現世利益を祈る言葉として解釈されると出ていた。書道(字が上手い)っていいなぁ〜

小学高学年の頃から、朝起きると縁側にテーブルを広げ、硯を出して墨をすり、新聞紙を出して習字をしていると、畑仕事から帰った父が私の字を添削してくれた。
学校で習字の時間になると女性の菊池先生は「矢口君はお父さんに添削して貰いなさい」と何度か言われたことがあった。亡くなった父は「色白は七難隠す、字はバカ隠す」と良く言っていたのを思い出す。酒乱だったが父の字の上手さだけは唯一の誇りだった。【20260207(土)】


スポーツを通じた子育て(2)・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/06(金) 08:15
.gif / 2.3KB この4月から中学3年になる孫がいる。
小学校高学年からバスケットボール部に所属し、途中一度退部したが、3ヶ月後に復帰したものの控えではあるが何とか頑張っているようだ。
3歳のときから「ジィジィと遥人の冒険旅行」と名付け、夏休みには二人で私のふるさとを中心に旅を計画して来た。

「津谷の夏祭り」では山車を引き、「最上川舟下り」を体験、また「羽黒山参詣」では2446段の階段を上り、「月山縦走」では姥沢から山頂(1984m)を超え、月山八合目までの約8kmを縦走、最後の1kmは豪雨の中、何とか八合目の駐車場に到着。また冬には白樺平(長野県)スキー場へ2泊3日のスキー旅、途中コロナで3年間、旅は叶わなかったがその後は西武ドームや東京ドームでのプロ野球観戦など、とにかく危ない面(月山縦走中)もあったがいろんな体験をさせてあげることが出来た。
バスケットでは「レギュラーになれなくても、続けることは重要だ」と言って聞かせ、多くの仲間も出来、楽しくやっていると昨年夏帰省したときに言っていた。
これって非認知能力を高めているのかもと一人合点した。

現役サラリーマンの頃は、スキーとトライアスロンに夢中になり、子供たちと一緒に遊んでやれなかった反省からか、孫には結構な時間とお金をかけて付き合っている。(笑) 今年の夏、可能であれば中山道などを一緒に歩いてみたい。【20260206(金)】


スポーツを通じた子育て(1)・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/05(木) 05:39
.gif / 2.3KB スポーツ好きの私には、なんとまぁ心地よい響きだろうか(笑)
1/18(日)付け毎日新聞に中室牧子慶大教授が記事を寄せていた。
プロフィール「専門は経済学で、米コロンビア大学で教育経済学博士号、日本銀行を経て現職に・・・」最近では羽鳥さんのテレビ番組にも良く顔を出すようになった。

「子育てにも先立つものが要る。限られたお金と時間を費やすのが最も効果的なのか。誰しも一度は考えたことがあるだろう。そんな悩ましい問いに、データに基づき、スポーツをするのがいいと提案する教育経済学者がいる。なぜ勉強ではなく、スポーツなのか。「科学的根拠(エビデンス)で子育て」の著者、中室教授が語る。というキャッチコピーで始まる記事を読むと。

学力は延ばすだけでは教育ではない。学校の成績や受験といった短期的な成果ではなく、長期的な成果に目を向けると、スポーツは効果的な教育手段と言える。スポーツはリーダーになる経験もでき、忍耐力、責任感、社会性といった非認知能力を高めることにもつながるとも・・・最も重要なのは子供たちの将来の成果につながるかどうか。スポーツは大切な教育投資。経済的な格差によらず、誰もがアクセスできる環境が求められる、と結んでいる。著書をぜひとも読んでみたい。【20260205(木)】

※「非認知能力」とは一般的に「知識や技術ではなく、個々の人格や性格、価値観などを表す力」


節分そして立春・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/04(水) 03:02
.gif / 2.3KB 昨日は節分でいわゆる豆まきの日だったが、テーブルにあった豆があまりにも旨かったため、撒く前に半分ほど食べてしまった。(笑)
何とか少しだが撒いたが、田舎にいるときのようには多くは撒かなかった。小学校高学年からは出稼ぎの父に代わり、豆まきは私が担当した。

“福は内〜鬼は外〜、天に花咲き地に実り〜、鬼の面玉ぶっ潰せ―”と大声で叫び、一升桝に入った煎った豆を撒き、翌朝歳の分だけ豆を食べた頃が懐かしく思い出される。
そして今日は立春、この季節から数えて最初に吹く南寄りの強い風が春一番と呼ばれている。

2日(月)から本日までの3日間、入学試験のため午前8時から午後5時までの勤務となる。8時から1時間ほど、メインとなる通路や広場の清掃と試験会場入り口に設置された職員用の石油ストーブに点火して仕事が終わる。
それからの9時から午後5時までの8時間は部屋に待機して、緊急の用事に備えることになるのだがこの時間は、私にとって大好きな読書タイムになる。【20260204(水)】


読書日記―7 [ RES ]
クマジィ 2026/02/03(火) 08:32
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今日は仕事が休みなので早朝ロングウオーキングに出かけた。
2月の満月スノームーンは寒空に蒼く輝いていて、ウオークしていてとても気持ちが良かった。午前4時前にスタートし、6時半に帰還したのだが、日の出近くになっても満月は輝いていた。

●佐江 衆一著:「黄落」 新潮文庫

【還暦間近の夫婦に、92歳の父と87歳の母を介護する日がやってきた。母の介護は息子夫婦の苛立ちを募らせ、夫は妻に離婚を申し出るが、それは夫婦間の溝を深めるだけだった。やがて母は痴呆を発症し、父に対して殺意に近い攻撃性を見せつつも、絶食し自ら命を絶つ。そして、夫婦には父の介護が残された……。自らの体験から老親介護の実態を抉り出した、凄絶ながらも静謐な佐江文学の結実点―本の紹介より―】

いや〜実体験に伴う小説とはいうものの、親の介護を自分に出来たかと思うとゾッとする。幸い両親は長兄夫妻が見てくれたのだが、著書を読んでその大変さが身に染みて伝わってきた。ベストセラーだったというのが良くわかる秀逸な作品だった。
改めて兄夫婦に感謝したい。【202602(火)】




 
 


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