ホーム   携帯用   検索&過去ログ
Name
Mail URL
Title
File  
Font
Cookie Preview      Key 

仕事休みの過ごし方・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/20(金) 02:51
.gif / 2.3KB 昨日は今週初の仕事休みとなった。
まるで現役時のような1週間(5勤2休)となる。
近所にある大学の臨時職員(シルバー)となって6年目を迎えた。
もうすぐ傘寿の一歩手前まで生きて来たことになる。数年前、山形県袖崎の山間にある温泉宿「湯舟沢温泉」で恩師の傘寿のお祝いをしたばかりなのに、自分がそこまで近づいていることになるとは・・・(笑)  https://www.yubunesawa.com/

3時に起床、普段ならば早朝ウォーキングに出かけるのだが、3勤1休ということでウオーキングを休みにして珈琲を淹れ、NHKFMラジオ深夜便で都はるみの演歌を聴きながらなんちゃってコラムを書いた。特に昭和演歌と民謡が大好きな高貴高齢者でもある。Jazzも好きで若い頃は笠井紀美子、中本マリ、渡辺貞夫などの演奏会にも出かけたりしていたが、最近は日曜日午前6時からのグラミー賞候補に挙がったジャズ作曲家狭間美帆ボンボヤージュをウオーキングしながら聴いて楽しんでいる。
余談になるが、むかしスキーに行き泊まった宿でケイコ・リーの生ライブを聴き、支配人に紹介され、着ていたTシャツにサインをして貰ったこともあった。

コラムをアップし、ミラノ・コルチナ冬季五輪で日本人選手の活躍ぶりを観戦しながら朝食、10時から90分ほど第一書斎でうたた寝しながらも白川通の小説「祈る時はいつもひとり」(下巻)を100頁ほど読み終えた。
外出することはあまり無くなり、休日は大体こんな具合で一日が終わる。
そうそう出かけたついでにお米代10kg(精米&送料込み)¥7,000-を振り込んだ。庄内町(山形県)で庄内米コシヒカリを作っているNさんから無くなると連絡して直接お米を送って貰っている。旨い米を食べられる幸せ、最高だ。【20260220(金)】


読書日記―11 [ RES ]
クマジィ 2026/02/19(木) 05:34
.gif / 2.3KB 本日は仕事休み、そして3勤一休の日で早朝ウォーキングも休んでラジオを聴きながらなんちゃってコラムを書いている。NHKFMラジオ深夜便から流れる曲は都はるみさんの演歌(笑) 大好きな演歌歌手でもある。


●白川 通著:「祈る時はいつもひとり」(中) 幻冬舎文庫

【銃撃されても、茂木は止まらない。失踪した親友・瀬口に真実を聞くため。愛する女・純子を守るため。だが、調べるほどに瀬口の婚約者・美紗緒への疑心が膨らむ。そこに飛び込んできたのは、 大物右翼の調査を任せていた友人の変死の報。復讐に燃える茂木は真相に向けてさらに加速する。だがそれは、新たな危地に踏み入ることを意味していた・・・―本の紹介より―】

スリリングな展開に手に汗にぎる白川作品は遅読な私を興奮の坩堝へと引き混んでいく。大学も春休み期間中ということで学生もゴミも少ないので、休憩時間中に仕事が伸びることも無いのでじっくり読書に集中できるのでページをめくる速度も速い。
親友の瀬口を探すため東京から関西、そして香港へと飛ぶ。余談になるが香港には渋谷の事務所に勤務しているときに研修旅行で行かせて貰ったことがあった。
ビクトリアピークから眺める夜景の煌びやかさは鮮明に覚えている。

果たして親友瀬口を探しあてることは出来るのだろうか、後半が楽しみ。本日は仕事が休みなので書斎でじっくり読もうと考えている。【20260219(木)】


ミモザの黄花・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/18(水) 02:59
.jpg / 48.8KB
例年ならミモザの開花は3月から4月なのだが、勤務する大学のミモザは先日続いた陽気で開花し始めた。
日本でミモザが盛んに使われるようになったのは、「イタリアのミモザ贈りの文化に倣ったことが発端のように思います。イタリアでは、1946年に女性の参政権が認められたことをきっかけに、国連で制定された3月8日国際女性デー(「女性の日」)のシンボルにミモザを選びました。以来、愛する女性や日頃お世話になっている周りの女性にミモザを贈る習慣が定着」したようだ。

写真は植えて1年ほど経っているミモザだが、実は大学に出入りしている業者さんが強剪定(太い枝を切り落とした)したため、枯れ保証(普通、樹木を収め1年以内に枯れたりした場合、業者さんの責任で植え直す)で植えなおしたミモザなのだが、上手く活着してくれて花が咲いてくれた。

原産国はオーストラリアで日本へは明治時代に持ち込まれたらしいが、私が目にするようになったのはここ数年のような気がする。【20260218(水)】


読書日記―10 [ RES ]
クマジィ 2026/02/17(火) 02:49
.gif / 2.3KB もう今週末(20日/金)には春分の日がやって来る。
・・・ということは「暑さ寒さも彼岸まで」のたとえ通りならば、いよいよ春本番に突入する。まぁ寒い日もあるだろうが、徐々に暖かくなるのだから、今週いっぱい頑張って春の訪れを喜びをもって待とうとしよう。


●白川 通著:「祈る時はいつもひとり」(上) 幻冬舎文庫 

【バブル崩壊前、今や伝説となった仕手株「風」を動かしていた三人の男達がいた。一人は謎の死を遂げ、一人は十億の金とともに失踪した。残された茂木彬は失意の日々を過ごしていたが、純子という美女の来訪を機に立ち上がる。だが、それと同時に暴力団、香港黒社会、大物右翼の影がちらつき始める。魑魅魍魎を敵に回して、茂木は真相に迫れるのか?―本の紹介より―】

久々の白川本を読む。
恵比寿の有隣堂に行き、読みたい本を探したのだが見つからず、Amazonで検索して3冊(上・中・下巻)を購入した。余りの面白さに遅読の私が3日で読了し、早々と中巻に夢中になっている。最初に読み始めたとき、著者はまだ生前だったと記憶している。
「流星たちの宴」読んでからファンとなり「天国への階段」、「病葉(わくらば)流れて」、「最も遠い銀河」などなど・・・藤田宜永氏と同じように作品には必ずと言っていいほどタバコが小道具の一つとして出て来る。
藤田作品と違うのは最後は悲しみが待っているということかも知れない。

私より2つ若かったが2015年4月、大静脈瘤破裂で亡くなった。
藤田氏も白川氏も好きな作家だっただけに残念、まだ読んでない作品をAmazonで買うことにしよう。【20260217(火)】
Re:読書日記―10
MIMO 2026/02/17(火) 17:08
いやいや、流石に春分の日(3月20日)までは、ひと月ありますよ。
MIMO


ランチビール・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/16(月) 03:03
.gif / 2.3KB 昨日、日中の気温は18.4℃と春を思わせる陽気だった。
その陽気に誘われ、東武東上線成増(なります)に住むスキー仲間のH君が恵比寿までランチに来てくれた。日曜日に家を出ることは朝の読書のときぐらいだったのだが、わざわざ友人が来てくれたので大歓迎した。
ところがガーデンプレイス内にあるエビスバーが今日に限って休みになっていてガックリ!!

気を取り直して、これはという店に行ったのだが、どこも満席か休日休みとあってはなすすべがなく、結局、恵比寿駅周辺を一周して駅ビル内にある銀座サッポロに落ち着いた。近況報告などを含めた世間話を2時間ほどして散会、気分良くして帰宅。久々に友人とのランチビールを楽しんだ。お互い高貴高齢者になった友人とたまにはこうした時間を持てるのは実にイイものだと言うことを実感、ただし次回からはウイークディが望ましい。(笑) 【20260216(月)】


あれやこれや・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/15(日) 03:57
.gif / 2.3KB 本日は3勤1休のウオーキング休養日。
しかし習慣とは恐ろしいもので午前3時には起きてしまった。
こんなに早く起きると一日が始まる7時まで4時間もの時間をどう過ごそうか、ウオーキングに出なかったのが無駄になるんじゃないかという不安が頭をよぎる。
そういうところがまだアスリート気分が抜けきっていないということか。

昨日、日中の気温は15.1℃とサクラが咲くころの気温となったが、今日はそれを上回る18℃まで上昇するらしい。そんな陽気を予想していたのか友人のHさんから「恵比寿でランチビールでもしよう」という電話を貰った。断る理由などあるはずもなく二つ返事でOKする。

朝早く起きたもののコルチナ冬季五輪を放映しているが余り観戦する気分にもなれず、何となくラジオを聴きながらPCに向かっている。
五輪よりも3月に始まるWBCの方が気になって仕方ない。
前回のWBCでオオタニ選手が活躍し優勝したものだから、アメリカを始めとする各国がMLBで活躍する選手を大量に送り込み、日本の連覇を阻止しようと気合を入れている。それだけの影響を与えたのだから今回のWBCは前回よりも盛り上がることは間違いのないところだろう。
もうひと眠りしようか、珈琲でも淹れて本でも読もうか迷っている。【20260215(日)】


読書日記―9 [ RES ]
クマジィ 2026/02/14(土) 03:00
.gif / 2.3KB 日中の気温は15℃との予報が出ている。
明日は何と18℃・・・そういえば昨日の仕事帰りに歯医者に寄ったのだが、渋谷駅新南口の渋谷川沿いの歩道には炬燵が10ヶ所ほど設置され、ソメイヨシノより一足早いカワヅザクラの花見舞台が設置されていた。今年で8回目だとか・・・サクラはまだ二分咲きぐらいで気温も低かったが、結構な人出だった。


●NHK編「わたしの藤沢周平」文春文庫

【下級武士や江戸の町人など、普通の人たちの暮らしを温かい目線で描き、今なお多くの読者を魅了する作家・藤沢周平。没後10年にあたり放送されたテレビ番組で、各界で活躍する39人が語った「わたしの好きな藤沢作品」を、放送されなかった部分も含めて載録しました。巻末に文庫版オリジナル「全著作・映像作品リスト」を収録。―本の紹介より―】

藤沢周平作品を最初に読んだのは今から27年前の11月、友人のハシダさんから薦められ「蝉時雨」を読み、余りの面白さに、その後は次々と藤沢作品を読むようになった。中でも一番身近に感じたのが幕末の志士清河八郎を描いた「回天の門」だった。
八郎は江戸へ出て、北辰一刀流の免許皆伝を取得、また学問も優秀で塾頭を任せられ、また東大の前身となる昌平黌にも学び、淡路坂には武芸と学問の清河塾などを建てたことでも名が知られている。

39人の著名人の中に何と12人もの女性が入っていた。
それだけ女性受けする藤沢作品は隣人にやさしく、凛としていて男尊女卑の時代にも女性や子供にも目を向けた作品とも言えるのではないだろうか。
私のランドスケープを専門とする人間から見ても、とにかく自然描写が素晴らしい。いろんな人の藤沢感に触れられたのも良かった。【20260214(土)】


自分のスキー史(3)・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/13(金) 03:02
.gif / 2.3KB 戸隠と新赤倉で基礎を学び、蔵王、青木湖、春・夏スキーは月山(1984m)ではISSCのコーチが大勢の仲間に「楽しく、カッコイイスキー」を教えて来た、積りである。また数名の仲間と北海道、志賀高原、新赤倉、湯沢パーク、岩原などなど、数えきれないゲレンデを滑りまくったというのが実感でもある。

面白かったこともたくさんある。
安比では40,000円を拾ったこと、蔵王では毎シーズン招待パス券を出して貰い、月山では無料(グループ)でリフトを利用させて貰ったり、カウンターに座れば即ビールが出て来たり、小屋のスタッフと共にカラオケ大会を始めたり、八ヶ岳ザイラーではオーストリア国立スキー学校の美人教師と共に滑ったり、志賀高原ではサンピラー(光柱)を見られたし、岩原スキー場でも無料パス券を出して貰ったりと、スキーで知り合った関係者には随分とお世話になって今がある。

高貴高齢者となった現在でもスキー行は止められない。
しかし、最近いろいろ考えることがあって半世紀を超えたスキー人生にもピリオドを打ってもいいのかなということが頭をよぎる様になった。
イッペイ君、ソノちゃんは私よりも若いのに先に逝ってしまい、アッシー君だったハマちゃんには連絡が取れず、ふと後ろを見ると、いわゆる何でも言える“側近”(笑)のスキー仲間が誰もいなくなってしまったことは何よりも寂しいことではある。【20260213(金)】


自分のスキー史(2)・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/12(木) 07:51
.gif / 2.3KB 戸隠には丸3年通い、アシスタントコーチになるためには「SAJ検定1級もしくは同等以上の技術を要する」とされていたため、仲間のイシカワ君と新潟県妙高高原にあるSAJ新赤倉スキー学校(兄の幼馴染でスキーデモンストレーター兼当校の主任コーチ)に行き、主任コーチの庄司幸夫(のち竹田性に変わる)に2日間の特講(特別講習)を受けめでたく合格、以後2年間は当校で戸隠と並行しながらアシスタントコーチ―を務めた。

当時戸隠スキー場のAコース(チャンピオンコースとも呼ばれたコブ斜面)はSAJ指導教程本には応用編として、このコブ斜面を使用されていた。
3年後には戸隠で知り合った東京の仲間と「ワンダラーズスキークラブ」を結成して3年間活動、網張(岩手)、蔵王&坊平(山形)、志賀高原(長野県)と滑りまくり技術を磨いていった。その後イシカワ君は蔵王観光(株)に就職、中央ゲレンデにあった蔵王山荘(のちに高原ホテルに立て直したが94年に解体)に勤務、雪が消えれば月山にあった姥沢小屋に移動、私はSAJからSIA(プロスキー協会)の助手検定合格し、その後は蔵王山荘専属のプロスキーヤー、ヤスさんこと鈴木康容氏と知り合い、イシカワ君と3年間指導を受け、プロコーチとして認められる。ヤスさんに認められたことが一番嬉しい出来事でもあった。

仕事は総合コンサルタントに10年勤務し、その後は渋谷にあった都市公園の計画・設計に特化した設計会社にトラバーユし10年、そこで知り合ったK氏と錦糸町に独立、近所にはスポーツメーカーアシックス東京本社があったことやICI石井スポーツにも友人がいたこともあり、スキー(アトミック/オーストリア製)は毎年提供して貰えるようになる。
1987年、当時石井スポーツ常務だった石井氏の要望で石井スポーツスキークラブ(ISSC)を創設、蔵王と青木湖で10年間スキーコーチを務めた。青木湖スノーコルプロスキースクール(長野県大町市)で主任コーチをしていたハシダさんもコーチとして招聘する。【20260212(木)】


自分のスキー史(1)・・・ [ RES ]
クマジィ 2026/02/11(水) 05:21
.gif / 2.3KB 現在ミラノ・コルチナ冬季五輪が開催され、日本選手の活躍が目立つ。
そこで高貴高齢者となった自分のスキー史について書いてみようと思った。
私は雪国山形県の寒村に生まれ育ち、スキーは3人の兄たちが代々履いてきた単板のスキーを譲り受け、近所の津谷神社の小山をゲレンデ代わりにして滑ったのが初めてだったと記憶している。その時に転倒し、竹製ストックの石突き部分の金具で親指に怪我を負った傷が今でもくっきりと残っている。

当時は学校に行く前と帰ってからも家前の道路の雪かき、屋根の雪下ろしという重労働が真冬の日課だった。そういう辛かったこともあり、社会人になって数年は冬(正月)の帰省は敢えて見送っていたと言うのが正直なところである。
高校卒業後、東京の総合コンサルタント会社に就職、この会社では学歴が必要ということが分かり、本社があった茗荷谷(地下鉄丸ノ内線)からお茶の水の駿台予備校に通い大学進学を目指したのだが初挑戦は失敗、2年目の予備校に通い始めたころ、田舎の遊び仲間だった一つ先輩のHさんが長野県戸隠高原スキー場でプロスキースクールの主任コーチをしていることを聞き、1月下旬だったと思うが訪ねることにした。

先輩のスキーの上手さに驚嘆、そこで初めて「先輩のような上手いスキーヤーになりたい」という夢が芽生え、進学を諦めるという人生の転換期があった。
先輩から貰ったスキーをスクールに置き、上手くなるまで戸隠に通うことを決め、毎週末のように仲間となったイシカワ君と戸隠通いが始まった。【20260211(水)】




 
 


+ Powered By 21style +