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▼ 追悼 國松明日香展   [RES]
  あらや   ..2026/06/10(水) 16:43  No.788
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國松明日香展、行って来ました。なんと、開幕二日目。
https://www.hongoshin-smos.jp/d_detail.php?no=227
なんでこんなに急いだかというと、ホームページの下にある館長の日曜講話「国松三代〜登・明日香・希根太に通底するもの」を聴きたかったからです。こちらも行って正解。以前から、登別の銀のしずく記念館の辺りで国松希根太の名を聞くことが時々あり、不思議だったんだけどようやくその意味がわかりました。「飛生」ってことだったんですね。
もう一つ、巨大なものも数多い國松作品を彫刻美術館はどう処理するんだろうというのも興味津々でした。答えは、後期の線材と円盤を組み合わせた作品群の中から名作(私には「名曲」という感じもする)をセレクションし、展示する。壮年期の鉄のモニュメント群については、あれはそれぞれの地に根づいた精霊なのだから動かしたりはしない。会いたければ自分で行くべきだ、でした。いやー、名曲に酔いしれた。この日は講演があったから人が大勢来ていて少し落ち着かなかった。今度は、人の少ない平日の午後にでも来よう。


 
▼ 国松三代  
  あらや   ..2026/06/10(水) 16:46  No.789
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「国松三代」という視点は刺激的でした。今、私が手掛けさせてもらっている「人間像」の作品群にも新しい光が射すかもしれないと感じています。というのは…

 一昨年の秋であったか、国松明日香氏から電話があった。
「もしもし、福島先生のお宅でしょうか」
「はい、わたし福島です」
「わたくし國松明日香というものですが……」
「あっ、明日香さん!」
「実は、父の昔話などお聞きしたくて、お邪魔したいのですが、ご都合いかがでしょうか」
「いつでも歓迎です。どうぞ遠慮なくおいでください」
「では、お言葉に甘えて、お邪魔します。ただ、もう一人陶芸家も一緒に伺うことにしますが」
「どうぞ、どうぞ。遠慮なく……、明日香さんとはお会いしたく思っていましたから」
 そんな遣り取りをし、明日香氏の来訪となった。
(福島昭午「夢は枯野を駆け巡る―広津書簡から」)

 
▼ 父・福島豊  
  あらや   ..2026/06/10(水) 16:50  No.790
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『夢は枯野を駆け巡る』は、針山和美亡き後の「人間像」を主宰していた福島昭午さんの遺稿です。引用したのはその冒頭部分。明日香氏の用向きは、父・國松登の遺品を整理していたら、その中から、福島昭午さんの父・福島豊宛の広津和郎の書簡が出て来た。なぜこの書簡が國松の家にあったのか。二人の交流や当時の様子が知りたい…ということでした。
ただ、福島さんには福島さんなりの過去があり、その一通の書簡を目にした途端、まさに「夢は枯野を駆け巡る」ごとく昔の親子の確執が立ち現れて来る…という内容の作品です。「人間像」同人の間では有名な話ですが、古宇伸太郎(福島豊氏のペンネーム)が亡くなり、その追悼号を出す時、福島昭午さんは『父・福島豊』を書き、そこで初めて古宇伸太郎と福島昭午は親子であることを同人たちに明かしたのです。『父・福島豊』は切ないけれど美しい作品、私には忘れられない作品です。あの日から五十年。今、『夢は枯野を駆け巡る』から再び声が聞こえてくる。

「……私が苦学していた頃、あなたは、私を呼んで、カットを二、三点描いて持って来なさいと言われ、数点のカットを持参すると、稿料だからと、五円を手渡してくれました。当時の五円は私にとって大金でありました。生活費に困る頃になると丸ビルのあなたの編集室ヘカットを持って行きました。どれだけ助かったことか筆舌に尽くし難いものがありました……」
(古宇伸太郎葬儀時の國松登氏の弔辞)

 
▼ 記念館二階  
  あらや   ..2026/06/10(水) 16:55  No.791
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今回も講演前の時間を利用して記念館二階の故・仲野三郎夫妻コレクションを閲覧していました。前回気づかなかったことが幾つか。例えば、この二百数十冊のファイルは全体が市町村名の五十音順になっていること。だから、今回は1番「旭川」から見始めて「小樽」まで。飛ばして「札幌」を数冊見終わったところで講演のお時間になりました。「稚内」に辿りつくのにはまだまだ先になりそう。
「札幌」篇を見ての印象ですが、私がデジカメで彫刻を撮っていた時期とそう変わってはいないのではないかと感じました。フイルム写真のコレクションなのでもっと古い時代を扱っているかと思っていたのです。だから、今となってはもう見ることが出来ない四丁目のビル外壁にかかっていた梁川剛一『開拓凱歌の像』や北海タイムス社の竹中敏洋『タイムス少年像』などもコレクションに収められているのでは…と勝手に期待していたのですが。まあ、「札幌」篇はまだ途中ですので、これから出て来るのかもしれないし。

 
▼ 記念館一階  
  あらや   ..2026/06/10(水) 16:58  No.792
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記念館の展示もかなり大胆に入れ替わっていましたね。『牧野富太郎翁像』、撮っといてよかった。新しいデジカメ、さっぱりです。軽薄短小なので、ピンボケ写真ばっかり。けっこう疲れます。この『踊り子』も、「へえー、こんなのもあるんだ(図録でもみたことない…)」と何枚か撮ったんだけど、帰って来て見たらみんなピンボケ。今回の画像は、皆、辛うじて使えそうな残った一枚二枚を並べただけのものです。画像は上のスレッドから、國松明日香『THE MILKY WAY』、『休息する翼―冬』、『雲の夢』でした。


▼ 北海道博物館   [RES]
  あらや   ..2026/05/23(土) 17:50  No.785
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ピンボケ写真で申し訳ない。デジカメ、買いました。でも、今のデジカメって小さくて軽いのよ。スマホで写真撮っているのと変わらない。私はあれが嫌でデジカメを使っていたのだけれど、そのデジカメが軽薄短小じゃ困ってしまう。そうかと言って、鉄ちゃんが持っているような巨大カメラなんか買う気もしないし。店で一番重いと感じられるデジカメを選んだのだけど、それでも軽い。机やテーブルでコロコロ転がってみっともない。六月の『國松明日香』展が思いやられます。ここに映っているのは、北海道博物館前に建つ山内壮夫『羽ばたき』。

 
▼ 全国樺太連盟資料展  
  あらや   ..2026/05/23(土) 17:52  No.786
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北海道博物館に行ってきました。目的はこれ、
https://www.hm.pref.hokkaido.lg.jp/exhibition/special/23043/
チラシを見た時から「今度こそ行こう!」と思っていたのです。去年、『みんなの鉄道―がんばれ!地域の公共交通』展があった時にもちょっと心が動いたのだけど、なにか、人間像ライブラリーの仕事にかまけて開催期間を逸してしまった。でもね、「樺太」となると話は別だ。

稚内市が持ってる資料と北海道博物館が持ってる資料が上手くブレンドして、私の知らない「樺太」がいっぱいありました。さらに、5月17日の講演『引揚者文化とは何か―食文化から企業家精神まで』(島村恭則氏)を聴講したので、より「樺太」が立体的になったような気がする。普段、宮澤賢治や沼田流人などの文学作品方面にまみれて暮らしているので、「引揚者」みたいな視点は斬新でした。小樽の妙見市場から話が始まったことに、小樽市民は深く納得。

 
▼ ミヅホの沼  
  あらや   ..2026/05/23(土) 17:56  No.787
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博物館にあったチラシの中で「野幌森林公園遊歩道マップ」には感激しました。このマップ、私、一時間でも二時間でも見ていられるんです。
小学生の頃、江別市に住んでいました。高学年に入り始めると自転車に乗ることも覚え、行動半径が急激に拡がります。その拡がりのひとつが「ミヅホの沼」でした。野幌の営林署(マップでは「材木育種センター北海道育種場」となっているあたり)を越えると、道はどんどん下り坂になって樹木が鬱蒼と繁る森に入って行きます。原始林の始まりです。その暗い森の静けさの中を内心カラスヘビにビクビクしながら突き進んで行くと終点が「ミヅホの沼」だったような気がする。それ以上、原始林の奥に入るのは無理だと認識してたと思う。今、「野幌森林公園」と名を変えた原始林のマップを見ていると、私たちがウロチョロしていたのは大沢コースと呼ばれる辺りですね。ほんの原始林の一端にすぎなかったんだと驚いています。でも、子どもの眼には結構な魔界に見えたのです。
マップを見ていると、いかに原始林が四方八方から切り刻まれて小さくなってしまったかがわかり胸が痛みます。江別側からもそうだけど、北広島側からも浸食が凄い。現在のエスコンフィールドの手前に家があった福島昭午さんの小説に、切り刻まれる以前の原始林の光景が描かれますが、これなんかに、私、深く感じ入ってしまうんですね。時間的には、物心つき始めた子どもの原始林と、壮年時代の泊原発反対闘争などを経てようやく北広島の地に最終の身を寄せた人の原始林では、その思索には大きな開きがあるけれど、なにか原始林から霊感を感じとっていることが私にはとても嬉しかったのです。


▼ 紙芝居愛好家・稲村眞禮氏   [RES]
  あらや   ..2026/03/28(土) 17:20  No.780
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道立文学館に行ってきました。文学館に寄贈された稲村眞禮氏の紙芝居コレクションが、今、常設展示室・アーカイブ・コーナーで展示されているのは知っていたのだけど、雪割りの毎日にかまけてすっかり忘れていた。数日前、たまたま文学館HPを見ていたら、なんと3月26日で終了ではないですか! 慌てて札幌駅前行きのバスに飛び乗った次第です。ちょうど本郷新彫刻美術館にも用事があったので、今日は「人間像」作業も雪割りもお休みして札幌を回ることにしました。

この日は特別展も終わっていて、四月からの新展示の準備中だったので館内はガラ開き、独り占め状態です。いつもなら喫茶コーナーに陣取っているサロンっぽい奴らもいないし、凄い快適でした。常設展、久しぶりに見たなあ。入った途端、目につくのは「アイヌ民族の文学」コーナー。知里幸恵の肖像がばーんと張り出している。米坂ヒデノリの木彫があったりして…
昔はこうじゃなかったような気がする。型通りの露伴だ、啄木だ、有島だの北海道文学史だったと記憶するんだが。それが退屈で特別展だけで帰ることが多かった。(本の表紙見たってしょうがない。家で『北海道文学全集』読んでる方がなんぼかマシだ…) でも、今回、独り占め状態で時間をかけて見て回ると微妙に変化していますね。少なくとも『北海道文学全集』時代の史観からは自由になってきているのを感じる。文学館で『キツネノゲントウ』を見られる日が来るとは思わなかった。流人はまだだけど…


 
▼ キツネノゲントウ  
  あらや   ..2026/03/28(土) 17:26  No.781
  稲村眞禮氏のコレクションの中に、堀尾勉脚本『キツネノゲントウ』を見つけて「へえーっ」と思った。(『貝の火』だけじゃないんだ…)
堀尾勉は後の堀尾青史。宮澤清六と組んで宮澤賢治復興を担った第一人者です。十数年前、京極町で見つかった国策紙芝居の中に堀尾勉脚本『貝の火』があり、その宮澤賢治研究者・堀尾青史ともあろう人が『貝の火』に対してとんでもない改ざんを行っていることに驚き、憤ったものでした。
『キツネノゲントウ』は、宮澤賢治の作品『雪渡り』の「その二(狐小學校の幻燈會)」にあたるのでしょうか。「キック、キック、トントン」「堅雪かんこ、凍み雪しんこ」ですね。表紙しか見られないから中身はわからないけれど、おかしな教訓話になっていないことを願います。
昔は怒っていたのです。でも、「ヘカッチ」第20号の谷暎子さんの『北海道教育紙芝居研究会』を読んで少し考えが変わりました。研究者として真摯に『貝の火』を守り抜いたなら、おそらくは北海道教育紙芝居研究会と同じ道を辿ったことでしょう。
「キック、キック、トントン」で思い出した。最近の私の頭の中では「キック、キック、トントン」に続いて「クツニサ クトンクトン」とか「トーロロ ハンロク ハンロク」なんて音が鳴っています。

 
▼ 本郷新伝  
  あらや   ..2026/03/28(土) 17:41  No.782
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本郷新彫刻美術館の用事とは、この『本郷新伝』をゲットすることでした。本屋でもアマゾンでも買えるんだけど、ファンとしては、ここは聖地・本郷新彫刻美術館で手にした『本郷新伝』でなければならないのでした。

https://www.hongoshin-smos.jp/d_detail.php?no=221

「マンガでわかる本郷新」展を一巡して、いちばん心に響いたのは『奏でる乙女』でしょうか。いつもなら乙女が弾いてるギターが付いているんだけど、この『奏でる乙女』、そのギターが無かったんです。弾いてる腕もない。こんなバージョンもあるのね… で、いつもならギターに隠れている乙女そのものを見つめていると、その美しさに私は初めて圧倒されたのでした。得がたい体験。でも、この『奏でる乙女』、「第1話 創り出す手」のコーナーに置かれていたんだよね。「創り出す手」だからこそ、あえてこのバージョンを出してきたのかな。

 
▼ 秋霖  
  あらや   ..2026/03/28(土) 17:44  No.783
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二階から降りて来たら、おおっ!國松明日香じゃないか。(國松明日香の作品は百メートル先からでも私は分かります) どうしたんだ…と思って近づいて行くと、こういうわけでした。

https://www.hongoshin-smos.jp/d_detail.php?no=226

追悼展か。もうこれ以上、國松作品を見ることが出来ないのは本当に悲しい。クラウドファンディングに参加したいけれど、私、電話と「人間像」のチェック以外でスマホ使ったことないんだよね。

 
▼ 牧野富太郎翁像  
  あらや   ..2026/03/28(土) 17:49  No.784
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記念館で、前回の宿題、『牧野富太郎』像をデジカメ撮影。ついで、インターネット「北海道デジタル彫刻美術館」の基になった故・仲野三郎夫妻が撮りためた北海道の野外彫刻写真約3000点のファイルを閲覧してきました。(全部じゃないけど…)
今、ファイルと言ったけれど、これ、デジカメやスマホを使っている今の人たちが考えるファイルじゃないですからね。フィルム写真のファイルです。昔、カメラ店に現像に出すとおまけみたいな感じで写真を整理する簡易紙アルバムが付いてきました。あれをテーマ別に分けて、ホチキスで5冊くらいに綴じ合わせたものが本棚にずらーっと並んでいるわけです。
とてつもない労力だと思います。撮影移動の手段はさすがに車でしょうか。公共交通機関などと言い出したら人生百歳まで時間があっても足りないような気がする。野外彫刻は、生まれたり、消えたり、移動したりを意外とするものだというのが私の感想です。

家に帰って、今日撮った画像を整理していたら、傍らで充電していたデジカメの調子がおかしい。エラー信号のような点滅が止まらない…
というわけで、デジカメ、壊れてしまいました。数々の彫刻写真を撮って来た掛け替えのない私の相棒だったのに。残念。無念。奇しくも『牧野富太郎翁像』が最後の一枚になりました。後継機については未定です。もう、ここで彫刻写真止めようか…という思いもある。國松明日香展のあたりまで、考えてみます。


▼ 無防備都市   [RES]
  あらや   ..2026/01/23(金) 16:47  No.778
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この『無防備都市』の2冊を含む、関川夏央+谷口ジローの7冊がまとめて¥2580でインターネット古書店に出ているのを見て腰を抜かした。桁が一つ間違っているんじゃないのか…と何度も見直しても¥2580なので、躊躇わずその場でポチッと購入ボタンを押した次第です。
『無防備都市』、私、¥8000出して買ったんだよ… 古書店で、あまりの値段に誰も手を出せないで売れ残っていたんだけど、人間像ライブラリーに沼田流人『血の呻き』を挙げた時に、さすがに感無量だったのかなあ、気が大きくなってポチッとやってしまったわけです。『無防備都市』から何篇か選んだ『暴力街21分署』という一冊も出ているんだけど(これでさえ¥10000の値段が付いてる…)やはり発表時の全篇が読みたいのでした。
「関川夏央+○○」という組み合わせは何人かの漫画家で行われているのですが、やはり谷口ジローとのコンビが最強という感じがする。その最高傑作が『「坊っちゃん」の時代』五部作と一般的には云われるわけですが(まあ、面と向かってそう問われれば、私も「そうですね」と言うだろうが…)、でも、心のどこかでは「ちがうぜ」と言ってる自分がいる。ちがうぜ、『無防備都市』が私は好きなんだ。昔から。


 
▼ 谷口ジローコレクション  
  あらや   ..2026/01/23(金) 16:52  No.779
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この選集は、2021年以降の谷口作品の新たな盛り上がりを見越して、読者の要望に応えられるような質の高い作品集として準備しつつ、その国際的な評価を改めて日本国内で広め伝えていくものとして企画されました。本企画は、谷口ジロー作品を多数刊行している小学館と双葉社が合同で実施。2021年10月以降、小学館・双葉社から毎月1冊ずつ…
(双葉社の宣伝文句)

更に集英社も加わって、今では谷口ジローの名作と云われるほとんどの作品がこのコレクションで読める。でも、私はこれには参加しない。まず、文庫本サイズがね、こんなのマンガ本じゃない。それに値段も高いし。年金生活者には一冊¥4000はとても無理。古書店でコツコツ買い集めた谷口ジローで私は結構です。さらに言えば、コレクションのキレイな名作ラインナップばかり読んでいると、谷口ジロー・イメージを誤るのではないかという気もする。


▼ ふしぎの国のバード 第13巻   [RES]
  あらや   ..2026/01/22(木) 14:30  No.777
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文明は滅びゆく宿命なのか――。
アイヌの長老・イヌリカの拒絶にバードの信念が揺らぐ。
文化の記録は、遺されるべきではないのか?
(帯より)

いやー、第13巻、良かった! 私たちの知ってるイヌリカってこんなんですよ。

 自分たちは失礼するので、あとはひとりで食事をして休んでくださいと首長の母親以外は全員その場を退きました。この八〇歳になるいっぷう変わった魔女のような老女は、黄色みを帯びたもじゃもじゃの白髪をしており、しわだらけの顔には頑としてこちらを疑っているところがあります。わたしは悪魔の目に見つめられているような気になりました。
 (中略)
歳が歳だからといって、のろのろしたり休憩をとったりするようなところはありません。酒を見ると、その目は貪欲に輝きます。茶碗に入れた酒をこの老女はひと息で飲み干してしまうのです。
(イザベラ・バードの日本紀行/時岡敬子訳)

これを、ここまでの人間像に膨らませてしまう。さらに、これがバードと絡む。凄い構想力だ! 約十巻分もかかった、平取までの長い長い旅路を耐えて来てよかった。



▼ 菅原浩志さん   [RES]
  あらや   ..2025/11/19(水) 12:12  No.776
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今朝の北海道新聞に菅原浩志さんの訃報が載っていました。

 「カムイのうた」監督
菅原浩志さん(すがわら・ひろし=映画監督、プロデューサー) 12日午前0時3分、膵臓がんのため死去。70歳。札幌市出身。自宅は川崎市多摩区西生田。葬儀は近親者で済ませた。
 札幌啓成高卒業後、米・カルフォルニア州立大で映画製作・演出を学んだ。映画「里見八犬伝」(1983年)などのプロデューサーを務め「ぼくらの七日間戦争」(88年)で監督デビュー。上川管内東川町が舞台の「写真甲子園 0.5秒の夏」(2017年)、アイヌ文化伝承者の知里幸恵がモデルの「カムイのうた」(23年)などを手掛けた。

なにげなくウィキペディアで「カムイのうた」を引いてみたら、その精密な解説に読み耽ってしまった。一昨年の登別を懐かしく思い出す。「カムイのうた」監督のご冥福をお祈りします。



▼ 近現代アイヌ文学史論   [RES]
  あらや   ..2025/10/06(月) 17:51  No.775
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昨日一日、毎日の「人間像」作業を休んで『近現代アイヌ文学史論〈現代編〉』を読んでいました。一日で理解できるような本ではありませんが、ただ、ルーチンの仕事を休んででも、この本に向きあうことはこれからの自分にとって必要なことなのだという自覚があります。「ヘカッチ」と同じく、たぶん、これからの人間像ライブラリーの成長にとっても大切な本でしょう。いろいろなことを考えた愉しい一日でした。『近現代アイヌ文学史論〈資料編〉』を夢見た一日でもありました。


▼ 浮浪の子   [RES]
  あらや   ..2025/09/05(金) 18:25  No.767
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 風に軀を委ねる、浮浪の子は、その夏の日を到る処の空の下で過して来ました。これは、そのきれぎれな、思い出です。
(沼田流人「浮浪の子」)

一時は東京(国立国会図書館)かな…とまで思い詰めた『浮浪の子』ですが、道立図書館のアドバイスでマイクロフィルムという手段があることを知りました。とても有難かった。一年間もぐずぐずしてたのが馬鹿みたい。これを機に、今まで溜め込んでいた懸案の作品を一気にデジタル化しようと考えています。しばらく「人間像」作業を離れます。

「東京日日新聞」に連載小説を書いた…と単純に考えていたのですが違いましたね。連載小説は別の面に当時の大御所が書いたものがあります。流人の『浮浪の子』が載った八面は、いわば投稿欄みたいな紙面でした。原稿料は出ないけれど、意欲ある作品を活字にしてあげようという場所ですね。


 
▼ 函館  
  あらや   ..2025/09/05(金) 18:28  No.768
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 昨年は、函館の監獄に近い町外れの、汚い下宿屋で夏を過ごしました。その時は、ひどい憂鬱症で、勤めていた小さな新聞をお払箱になっててもうその街の誰とも、何の要事もない軀でした。で、汚ない下宿の二階の隅この三畳で、窓枠に後頭部を靠せかけて、退屈な苦々しい、日と夜とを過したのでした。無論、街へ出もしません。その、塵埃と、雑音と口銭取りの巷では、私なぞに要事のあるべき筈がなかったのです。
 窓は、西向きになっていて、小さな空地を隔てて貧民窟の、薄気味悪いようなぼろぼろな陋屋の屋根が見えました。それらの家々の靠れかかりあって並んでいる間には、ほとんど日の光りもあたらないような狭い泥濘路があるのでした。
(沼田流人「浮浪の子」)

大正十年は沼田流人が小説家への可能性(片腕でもできる仕事!)を求めて孝運寺で盛んに習作を新聞・雑誌に送っていた時期です。小樽新聞などを避けて東京の新聞に投稿したのは、同居している今出孝運や大森大栄に知られるのを嫌ったためでしょうか。でも、そのおかげで都会の知識人たちの目にもとまったわけですし、新聞自体もきちんと保存されて残ったのですから良いことづくめです。東京日日など、『血の呻き』の大正十二年あたりまで丁寧に拾って行けばまだ作品は出て来るのかもしれません。

 
▼ クチアン町  
  あらや   ..2025/09/05(金) 18:32  No.769
   私ら――私と祖父と――が、野葡萄や、コクワの蔓に縋って、その深い峡谷を這い出した時は、そこにはもうすっかり深い夜の幕が下されていました。で、私らは、辛うじて見つけた炭焼竈でその夜を明すことにきめました。それは、羊蹄山の北側の国有林の中で、私らは、その日赤腹魚を漁りに来て、深林の中に迷い込んだのでした。祖父の家は、麓のクチアン町にあったのです。
(沼田流人「浮浪の子」)

先頭のスレッドの画像は道立図書館で取ったコピー。二番目は札幌市立中央図書館のコピーです。流人の文章のリズムはかなり独特で、例えばこのスレッドの「深い夜の幕が」という部分、私たちは無造作に「夜」を「よる」と読み飛ばしてしまいますが、ルビを見ると「よ」とふってある。(当時の新聞は総ルビです) マイクロ・リーダーの画面はもちろん、コピーを画像にとって、それを超拡大して見たりもしたのですが、それでも判読できない文字・ルビはあります。間違いがありましたらご一報いただけるとありがたい。人間像ライブラリーの長所は、ファイルさえ出来上がれば、あとはいつでも訂正・修正が可能なことです。

 
▼ 「東京ひび」のかわきたさん  
  あらや   ..2025/09/05(金) 18:37  No.770
   太平洋戦争が最も激化した頃のこと、私は小学校四年生ぐらいで、学校帰りの秋風の道を友達と四五人で歩いていると、あちこちすり切れたような黒いコートを着て、少し白髪の混じったおじさんが私達に近づいて来て、「ちょっと尋ねるが、このあたりは8号線というのかね」と言った。私達はうさんくさい目を向けながら、「そうです」と答えた。「じゃあ、沼田さんという家を知らないかね」と言った。私は驚いて、おじさんをしげしげと観察した。少しよごれていたけれど、白いマフラーはすてきだったし、チラと見えるグレーのネクタイもすてきだった。そして細おもての顔は上品で都会風だった。目はやさしげだったけれど、私は用心深く少し間をおいて、「私のうちです」と言った。「しっけいだが、お父さんは片手のない人じゃないかね」 「そうです」 おじさんはにっこり笑って「そうか、よかった。その沼田さんをたづねて来たものだが」 おじさんは言い終らぬうちに私は何故か興奮してかけ出した。「あ、お父さんがご在宅なら東京ひびのかわきたが来たと言って下さい」と、おじさんも歩を早めながら大きな声で言った。
(佐藤瑜璃「父・流人の思い出」第五回」)

「函館」も「クチアン町」も登場する『浮浪の子』。二年後の『血の呻き』をかすかに予想はさせるが、まだ、ここから『血の呻き』へ飛躍させるには無理が多いと感じる。まだ描かれていない領域が多すぎる。まだ未読の作品はあると信じたい。

 
▼ これからの沼田流人  
  あらや   ..2025/09/11(木) 17:22  No.774
  1940年(昭和15年)、有光社から発行された『観音全集』第7巻「観音信仰史」に、

……二十歳の春得度し僧侶としての心を固め信仰生活にいそしみながらも彼は天性の文学的才能を深め、大正十五年九月の改造に「地獄」を書き、引続き東京日日に「浮浪の子」、中央新聞に「ケドリル中尉の靴」、大阪毎日に「雪の棺」(何れも北海の浮浪者を描いたもの)を発表し、その後「血の呻き」(叢文閣)、「地に呻く人々」(金星社)の二巻を出したのであった。……

と、沼田流人に触れている部分があります。作品の発表年は目茶苦茶ですが、ただ『浮浪の子』はちゃんと東京日日新聞にあったわけですから、『ケドリル中尉の靴』『雪の棺』についても存在すると考えてもいいのではないでしょうか。しかし、中央新聞や大阪毎日新聞となると、これはもう国立国会図書館クラスの話になってくるわけで、今の私には、東京に行って何日かかるかわからない国立国会通いをしている暇も金もありません。この二作品については、もう少し考えさせてください。
『浮浪の子』で動いた余禄というか、古宇伸太郎など数名の人間像同人の作品を発掘しました。順次、人間像ライブラリーにアップしたいと思います。


▼ 山内壮夫展   [RES]
  あらや   ..2025/09/07(日) 18:43  No.771
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遅ればせながら、昨日「山内壮夫 共鳴する彫刻」展に行ってきました。
http://www.hongoshin-smos.jp/d_detail.php?no=200
五月の「本郷新 彫刻の設計図」展でチラシを手にした時から楽しみにしていたんだけど、今年の夏の暑さに日和っていました。内地の人には笑われるかもしれないが、小樽の人には充分異常気象だったです。

さて、山内壮夫。昔から思っているんだけど、札幌を象徴する彫刻は、本郷新の『泉の像』でも坂坦道の『丘の上のクラーク像』でもなく、市民会館の前に立つ『希望』像だと思います。知恵がついてからは本郷新などに目が行きますが、『希望』はそういうものでない。子どもの時分、親に連れてってもらった街中のなにもかものスタート地点にはあの女の人(像)が立っていたような気がする。


 
▼ 花と子供  
  あらや   ..2025/09/07(日) 18:46  No.772
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その有名な『希望』を仰々しく取りあげることもなく、山内作品を淡々と平等に扱っているのは、さすが本郷新の彫刻美術館だと思いました。あと、面白かったのは、いつもは見上げている彫刻を二階から鳥の眼で見られたり、手の届かない場所にある彫刻を10センチの近くで見られることは意外な面白さでしたね。水野メガネ店の『花と子供』をこんな形で見られるとは、ほんと得がたい体験。

 
▼ 記念館  
  あらや   ..2025/09/07(日) 18:49  No.773
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本郷新彫刻美術館に行ったら記念館も見るのは当然です。まずは本館で今回のカタログを買って、ついでにコロナ下で見過ごした鈴木吾郎展カタログも買って、準備万端。
記念館の一階は変化なし。(あんな巨大な像、動かしようがないか…) 驚いたのは二階です。かなり変化しましたね。エスキースを使って、かなり展示数が増えている。その中に『牧野富太郎』像もあって、私も撮りたかったんだけど、スマホでばしばし撮りまくってる夫婦づれが煩くて、なかなか二階を去らないので今回は諦めました。二階には、北海道デジタル彫刻美術館
https://sapporo-chokoku.jp/digital-sculpture/search.php
の基になった資料群も置くようになったので、たぶんそれらの閲覧を目的にもう一度来ることになるでしょう。


▼ ヘカッチ 第20号   [RES]
  あらや   ..2025/07/28(月) 18:04  No.762
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七月のある日、ルーチンのパソコン仕事を休んで日本児童文学学会北海道支部の機関誌「ヘカッチ」第20号を一日読み耽っていました。第20号ということで、『ヘカッチの30年』という巻頭言が載っています。全文引用させてください。

「へカッチ」の創刊号は、1994年5月に出された。創刊の言葉を、鈴木喜三夫、比良信治、佐藤将寛、谷暎子、柴村紀代が書いた。「へカッチ」創刊のきっかけは、西田良子先生だった。日本児童文学学会で、当時、国内留学中(佐藤は兵庫教育大学大学院、柴村は日本女子大学大学院)だった2人と谷暎子が話し合い、北海道子どもの文化研究同人誌が誕生した。「へカッチ」というタイトルは、鈴木喜三夫が、アイヌ語の「子ども」という意味から付けた。創刊から9号(2005.4)までは、北海道子どもの文化研究同人誌として出していたが、2006年に改めて日本児童文学学会北海道支部を立ちあげ、「へカッチ」通巻10号から、支部の機関誌として創刊号とした。
 現在、会員・会友を含め16名が在籍している。それぞれ自分の研究テーマを持ち、活発に研究を進めている。
「ヘカッチ」も今回、支部機関誌として20号、通巻で29号を数える。
 思えば、30年にわたる歳月、2度も北海道で学会を引き受け、少ない人員でよく頑張ってきたと思う。
 支部も今、代表も事務局も若い人に代わり、てきぱきと例会の運営も機関誌の発行も続けてくれている。
 創刊の頃のメンバーは、今、揃って年をとった。これから若い人たちが、それぞれに児童文学研究を深め、「へカッチ」というこの年1回のささやかな冊子を充実した発表の場として続けてくれることを心から願っている。
(柴村紀代「ヘカッチの30年」)


 
▼ 教育紙芝居  
  あらや   ..2025/07/28(月) 18:07  No.763
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谷暎子さんの二論文、『北海道教育紙芝居研究会』と『座談会「教育紙芝居を語る」』の配置には唸ってしまいました。北海道の教師たちが立ち上げた紙芝居制作や僻地校への慰問紙芝居実演などの教育実践が、1940〜41年の「生活綴方事件」「生活図画事件」の弾圧によってつぶされ、その後の日本社会に「少国民文化協会」のようなものが蔓延って行くことを『座談会――』は露骨に教えてくれます。翼賛会道支部員や札幌署特高係が混じった座談会の異様さを確かめる意味からも1941年6月の「北海タイムス」記事を私も自分の目で読まなきゃなと思いました。今はそれができる時代なのだから。

 
▼ 松村武雄  
  あらや   ..2025/07/28(月) 18:10  No.764
  平倫子さんの『夢十夜 ― ルイス・キャロルと南方熊楠の幻想魔景』は、この二人に何の関心もないままこの年まで生きてしまった人間には難しくて歯が立たなかった。『松村武雄』にも同じく無知な自分ではあるのですが、前号から続く高橋晶子さんのアイヌ児童文学研究には興味があって頑張って跡について行こうと思います。

 
▼ 坂本直行  
  あらや   ..2025/07/28(月) 18:12  No.765
  八木 坂本直行ね、「スズランの咲くところは不毛地帯だ」とおしえてくれたよ。スズランの話が出るたびに坂本のあのことば、思い出すねえ。
針田 千秋庵の包装紙、坂本さんの描いたもので、私、ときどき集めてはたのしんでます。
八木 あゝ、千秋庵のはそうだね。
武井 あの人の娘さんの旦那さんも山ばかり歩いているそうですよ。
(針田和明「八木義徳先生を迎えて 積丹遊覧記」)

最近の人間像ライブラリーの仕事で「千秋庵の坂本直行の包装紙」という発言があって、これは六花亭の勘違いなのでは…と気になっていたのです。が、久保田知惠子さん、福島令佳さんの二論文を読んで納得です。これに、NHK「日曜美術館」で撮った「坂本直行」を加えれば鉄壁だ。(まだビデオ消してない…たぶん)

 
▼ 子どもと文学  
  あらや   ..2025/07/28(月) 18:15  No.766
  あと、安藤理恵子さんの『子どもと文学』の解析はとても勉強になりました。私は昔からジョン・ロウ・タウンゼンドやトールキンのファン・クラブなので当時の瀬田貞二さんたちの立ち位置がわかってとても嬉しい。早速、道立図書館から2024年9月発行の増補新版を取り寄せて今読んでいるところです。
学校図書館勤務時代には必読書であり、あれほど一世を風靡した本が今の図書館にはないと知った時はショックでしたね。書庫にはあるだろうと思っていたら、書庫にもない。なぜ2024年9月の今にこの本が再発されたのか、私にはその理由がわかるようで実はよくわからない。いや、わかる気がする。今の世に必要だから『子どもと文学』は呼び戻されたのだと信じたい。








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