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司書室BBS

 
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▼ スクラップブック   [RES]
  あらや   ..2019/05/21(火) 10:29  No.682
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針山家からお預かりした資料の中に一冊スクラップブックが混じっていました。去年、借用書を書く際に全ての資料にざっと目を通していますが、その時の印象では、「人間像」評や同人情報などを取り上げた新聞記事などの針山氏用スクラップという印象でした。切り抜きは新聞記者や北海道文壇の大御所たちが書いたものが主なので(別段針山氏の作品が載っているわけではないので)後まわしにしていたのですが…
今回、『文章倶楽部』第四号の針山氏入選作品が切り取られているという事件があったおかげで、今一度、お預かりした資料類を細かくチェックしてみようと思いました。なにか、書類束の間にでも切り取られた一枚が挟まっているかもしれない。

すると、あったのです! スクラップブックの先頭部分に。


 
▼ 敷布団  
  あらや   ..2019/05/21(火) 10:32  No.683
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これが該当部分です。(掲示板の画像処理の関係でこれ以上大きな画像にできなくて、ごめん…)

先頭数ページに亘って、若い頃の針山氏の書いたものがまとめられていました。ただ、ご覧の通り、半世紀以上は前のスクラップブックです。セロテープは完全に劣化して黄色いシミをつくっています。ページを捲るとぼろぼろ剥がれてくる。紙も元々が新聞紙やガリ版用のザラ紙ですから、縁の剥がれた破片がコピー機の中に入って故障の原因になるんじゃないかとかなりビクビクもんでした。でも素人ではないですからね。資料に致命的なダメージを与えることなく、必要部分のコピーは一昨日終了しています。早速デジタル化を急ぎます。

 
▼ 倶知安原野  
  あらや   ..2019/05/21(火) 10:36  No.684
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スクラップブック本体とは別に、本の間には様々な書類や冊子類が挟まっていました。その中には、『倶知安原野』と題された未発表原稿もあります。(未完の小説のようだ…)

このような「作品」については、作者の名誉や著作権継承者の意思を尊重して公開の判断をしようと考えています。『三年間』をデジタル復刻した現在の力量をもってすれば、技術的には二日間くらいで作業は完了しますが、それ以前に通さねばならない筋があると考えます。

 
▼ 創作文集「未来」  
  あらや   ..2019/05/21(火) 10:44  No.685
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今回かなり細かく中身を見たのでいろいろな気づきがありました。例えば、この共和村立学田小学校5・6年の創作文集『未来』。なんと、〈創作〉文集なんですね。〈創作〉とは「文章倶楽部」風に云えば〈小品〉にも当たる概念でしょうか。

共和町の学田(がくでん)小学校は、針山氏の京極小学校勤務のひとつ前の赴任校にあたります。この学田時代に、針山氏は『作文年間指導計画』という40ページの冊子をつくっています。1年生四月の〈口頭作文〉に始まり、毎月の課題をこなして6年間、最後の6年卒業の三月では〈創作文集〉が完成!という、それはそれは緻密で周到な文章教育計画ではあります。おそらく、文部省学習指導要綱(作文)の陳腐な技巧指導に対抗しての、作家でもある針山先生の大奮闘といった構図と思いますが、まさか実際に学田小学校で〈創作〉の実践が行われていたとはちょっと驚きですね。

この〈創作〉実践例がもうひとつあります。それが『京極文芸』第14〜15号に載っている「京極小学校お話クラブ」。じつに一人1ページを使って14人の京極小学校5・6年生の〈創作〉作品を載せています。いや、なかなか壮観。北海道に同人雑誌は数あれど、小学生の作品を載せたのは『京極文芸』くらいではないだろうか。『京極文芸』は第15号が最終号なのですが、そのラインナップがある意味凄い。阿部信一氏の『百姓の子』(名作『屠殺』の先駆形)があり、前田克己氏の連載『後志風土記』(最終回は『旧会津藩士ここに眠る』!)があり、そして「京極小学校お話クラブ」ですからね。いや、堂々たる針山氏京極時代のフィナーレだ。

著作権の関係もあり「京極小学校お話クラブ」のデジタル化は諦めていたのですが、なにか『未来』の登場によって、今一度頑張ってみようか…という気運になっています。日本教育史には「綴り方運動」という流れもあり、そういう方面からのアドバイスも聞いてみたいところです。


▼ 文学集団   [RES]
  あらや   ..2019/05/20(月) 09:47  No.678
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針山家に残されていた「文学集団」(草原書房)は以下の15冊です。

文学集団/創刊号(第1巻第1号) 昭和23年5月5日発行
文学集団/第2号(第1巻第2号) 昭和23年6月5日発行
文学集団/第3号(第1巻第3号) 昭和23年7月5日発行
文学集団/第4号(第1巻第4号) 昭和23年8月15日発行
文学集団/第5号(第1巻第5号) 昭和23年9月15日発行
文学集団/第6号(第1巻第6号) 昭和23年10月15日発行
文学集団/第7・8合併号 昭和23年12月15日発行
文学集団/第9号 昭和24年2月15日発行
文学集団/第10号 昭和24年3月15日発行
文学集団/第11号 昭和24年4月15日発行
文学集団/第12号 昭和24年5月15日発行
文学集団/第13号 昭和24年6月15日発行
文学集団/第15号 昭和24年11月15日発行
文学集団/第17号(第3巻第2号) 昭和25年2月15日発行
文学集団/第19号(第3巻第4号) 昭和25年4月30日発行


 
▼ 「人間像」まで  
  あらや   ..2019/05/20(月) 09:52  No.679
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針山家にあった「文学集団」の年代、昭和23〜25年を針山氏の文学活動の流れの中に置いてみると一目瞭然。『三年間』を書き終えた18才の針山青年の前に、倶知安の書店の棚に『文学集団』が並んだことは天啓でしたね。ある意味、「文学集団」は「人間像」以前の「人間像」であったと云ってよいのではないでしょうか。

三年間 昭和23年3月7日脱稿
文学集団/創刊号(第1巻第1号) 昭和23年5月5日発行
文章倶楽部/夏季号(第1巻第1号) 昭和23年7月1日発行
(しんぼる 昭和24年9月以前?)
路苑/創刊号 昭和24年9月20日発行
道/創刊号 昭和24年11月15日発行
星群/創刊号 昭和25年4月1日発行
地平線/創刊号 昭和25年11月1日発行
人間像/第16号(「道」改題) 昭和26年5月1日発行

という流れを踏まえて針山和美追悼号の略年譜を読み返すと…

 
▼ 針山和美18〜21才  
  あらや   ..2019/05/20(月) 09:56  No.680
  【昭和23年(1948年)】 中学五年の三学期、小説「三年間」三六〇枚ほどを書く。実質的な処女作、後に冒頭の一部のみ発表。 三月卒業。室生犀星・桃田宗治らの講師陣に憧れて私立札幌文科専門学院に入学するが、すでに両氏の帰京後で落胆、中途退学して十月より京極村南京極小学校に就職。この頃より東京の文芸投稿雑誌『文学集団』『文章倶楽部』などに小品(小篇)や短歌の投稿をはじめる。

【昭和24年(1949年)】 旧中学時代の後輩である大粒来和夫・松田滋・新川健などの要請で倶知安高校生を対象にガリ版の同人誌『しんぼる』を六号まで発行。六月発行の『文章倶楽部』第四号に短文「布団」が十一席に入選初めて目次に名前が載った。嬉しさのあまりわざわざ写真館で撮った写真を送った。『文学集団』九月号に小品「冷たい一夜」(妻木新平選)が入選一席となり初めて目次に題名も出る。九月ガリ版の『しんぼる』に物足りなくなり、文専の同級生大弓俊郎と図り活版三四ページの『路苑』を発行する。前期の松田・新川に友人の内村英樹などが編集同人で東京の投稿誌からも渡部秀正ら数名が名を連ねた。五百部印刷したが一万五千円の大部分は借金となり廃刊、十一月に『路苑』の「路」を『道』と改めてガリ版印刷の同人誌を発行、これが第十六号から『人間像』と誌名を変えて現在に至っている。

【昭和25年(1950年)】 四月『しんぼる』の中心的役割を担っていた大粒来の要請で高校生向けのガリ版誌『星群』を創刊するも、執筆者の殆どが『人間像』の同人で肝心の高校生からの投稿がなく一号のみで廃刊。『文学集団』五月号に短歌五首(木俣修選)入選一席となる。七月喜茂別村御園小学校へ転任、学校の先輩桂島丈男(秋庭武之の筆名で同人に参加)と同居生活を始める。

 
▼ 入選  
  あらや   ..2019/05/20(月) 10:13  No.681
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「文学集団」15冊の中から、以下の三作品をライブラリーにアップしました。

『煙草』渡部秀正……「文学集団」第9号/「小品」部門
『冬来る』上澤祥昭……「文学集団」第17号/「詩」部門
(無題)渡部秀正……「文学集団」第17号/「短歌」部門

他にも「短歌」「俳句」部門などに、若き日の人間像同人たちの一首一句のみの佳作入選があちこちに見受けられるのですがライブラリー構成が煩雑になりますので今回は省略しました。

朗報です。前のスレッドで紹介した針山和美氏の『敷布団』(略年譜では「布団」と勘違いしている…)について目処がつきました。これは結構な大発見ですので、この「文学集団」スレッドはここで閉じて、急きょ次の準備に入っています。今、写真を撮っているところ。


▼ 文章倶楽部   [RES]
  あらや   ..2019/05/16(木) 13:01  No.674
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 私達の仲間は「文章倶楽部」と「文学集団」の投稿者が多く、この出身者は「人間像」に根を下ろし、以後その紐帯は固く、今日に至っている。
 針山の作品を思い出すと、「文学集団」時代、木俣修選で入選した短歌群や、妻木新平選による小品で入選した「冷たい一夜」が忘れられない。何れも春山文雄のペンネー厶を使用しているものだ。これらは「文学集団」出身者の中では、いまでも語り草のひとつになっている。
(佐々木徳次「追悼針山和美」)

針山家に残されていた「文章倶楽部」は以下の3冊です。

文章倶楽部/夏季号(第1巻第1号) 昭和23年7月1日発行
文章倶楽部/盛春号(第1巻第3号) 昭和24年3月1日発行
文章倶楽部/初夏号(第1巻第4号) 昭和24年6月15日発行


 
▼ 投稿雑誌  
  あらや   ..2019/05/16(木) 13:04  No.675
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投稿雑誌のことを説明するのは意外と難しい。ヤフーなどで「投稿雑誌」と検索するとエッチな雑誌画像が出てきたりして吃驚してしまう。いやいや、そっちの投稿じゃなくて…と「文章倶楽部」で引くと、今度は大正期のホンマもんの『文章倶楽部』が出てきたりして(日本近代文学館制作のCD-ROM版が57万円だって!)余計な勉強をしてしまうことになる。

募集種目に〈サシ絵〉部門があるのが面白い。当時の文学青年の頭の中のジャンル分けがこのようになっていたことは想像に難くないです。そういえば、「人間像」も『路苑』や『道』の時代には〈小説〉部門と〈小品〉部門をきっちり分けていましたね。どっちもどっち、短篇小説とか掌篇小説でいいんじゃないの…と不思議に思ったことを思い出します。そのルーツはこれだったんですね。

 
▼ 敷布団  
  あらや   ..2019/05/16(木) 13:09  No.676
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自分の原稿が活字になるという喜びは、もうスマホの時代の人間にはなかなか理解しがたい感覚かもしれませんね。(私も説明する自信ない…)

第四号で、針山和美氏、入選してますね。目次には、〈短文〉部門(〈小説〉〈小品〉部門に加えて〈短文〉部門が増えた)に『敷布団』針山和美の名が見えます。
喜び勇んで83ページに行ったのですが、ああ、83〜84ページ一枚が切り取られている!

残念。

この『敷布団』を確認するには、国立国会図書館とか日本近代文学館みたいな話になるんだろうな。今の時代だから、国立国会からデジタルデータで取り寄せるなども多分可能なんだろうけれど、そういう手続きを探しているのも面倒くさい。

スマホで『敷布団』がパッと出てくるものなら評価もしよう。でも、ない。森羅万象の情報が中に詰まっているなんて、ただの錯覚だと思います。(…と、スマホに毒づいてもしょうがないか。みっともない…)

 
▼ 昭和24年  
  あらや   ..2019/05/16(木) 13:13  No.677
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第四号巻頭に「誌友のおもかげ(入選者)」というページがありました。各部門入選者の写真を集めたものですが、なかなか興味深い。

終戦から四年。針山氏のように写真館に行って撮った人もありますが、全体的には男の恰好はまたまだ国民服姿が多いですね。学生服ではなくて、国民服に学帽という学生もいる。着物にソフト帽なんて、北海道漂白時代の啄木みたいな人もいて面白い。

第四号は一冊丸ごとコピーをとりました。創刊号、第三号については、後日、同時代の「人間像(道)」作品と比較したい思いもあって、投稿作品の部分のみをコピーしています。読みやすさが格段にちがうので見栄張ってカラーコピーを使っています。(イエローのプリンターイングがばんばん無くなって行く…)

理由は後で書きますが、「文学集団」15冊はすべて一冊丸ごとコピーの方針です。もちろんカラーで。5月16日現在、第13号を進行中。


▼ 長尾登詩集   [RES]
  あらや   ..2019/05/05(日) 17:46  No.671
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長尾登氏の詩集『巡礼』『陋巷の神話』の二冊をライブラリーにアップしました。「令和」の初仕事です。

リングの上の弥撒

すべてを捨象し尽した
逃げ場の無い方形の祭壇で
二つのオブジェが
ほんとうの人間に立返る
きびしい格式の内部で
血まみれになりながら

一つの荘厳な甦りと
それ故に痛ましい悲劇の結末を見とどけて
蒼い影を曵いた信徒たちは戻る
はなればなれの五本の指で
ポケットの硝子の神をまさぐりながら

「弥撒」が読めなくて記憶に残った詩ではありました。あれこれ漢和辞典をさまよい歩いて、「三省堂漢和辞典」でようやく発見。
【弥撒】ミサ missaの音訳 @ローマ教で→聖餐式のこと A同上の時信徒が歌う歌
長澤規矩也先生、素晴らしい!


 
▼ 星群/地平線  
  あらや   ..2019/05/05(日) 17:53  No.672
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十連休前半が『人間像』第50号、後半で長尾氏の詩集デジタル復刻と予定通り進んで来て、今少し時間が余ったので、かねてより懸案の『星群』創刊号と『地平線』1〜5号の関連作品復刻に入ろうとしています。

このガリ版刷り冊子は、昭和25〜26年の喜茂別村御園時代、『道』(『人間像』の前身)の発行と平行して試みられた同人誌です。編集後記を読むと、幻の同人誌『しんぼる』への言及もあり、あれこれ試行錯誤があった中で『道』の方向へ同人たちが集まって行った様子がうかがわれます。

ガリ版雑誌を手掛けるの、これが最後になるかな…

春ですね。さっきから作業部屋に蜂が迷いこんで来て、けっこうパニクっている…

 
▼ 関西文芸  
  あらや   ..2019/05/10(金) 17:11  No.673
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「人間像」におけるP田栄之助氏のように、他の同人雑誌に客分として作品を寄せている例でしょうか。同時代の同人雑誌を細かくチェックしている時間はないのですが、針山和美氏が書斎に残していた同人誌については作品復刻を行うつもりです。まずは「関西文芸」から。頁をめくっていると、針山氏の短歌作品以外にも、佐々木徳次氏、門脇幸夫氏の名も見えましたのでこちらも即復刻です。

昭和25年で活版印刷を実現しているのはやはり都会ですかね。

「〈文學徒〉改題」とある。「人間像」も百号記念の時に、上沢氏が『ある文学徒集団の歴史』という人間像ヒストリーを書いているけど、〈文学徒〉という言葉はこの時代の青年には一般的なものだったのかな。それともこの「関西文芸」あたりが発祥なのか。

「関西文芸」が完了したので、これまたかねてより懸案の「文学集団」「文章倶楽部」に入ります。針山家には両誌の創刊号があって吃驚した。もちろん、私は実物を目にするのはこれが初めてです。手が震える。


▼ 東京支部   [RES]
  あらや   ..2019/04/29(月) 09:03  No.665
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「人間像」第50号作業、昨日ワープロ段階を終了。今日からデジタル化に移って、なんとか「平成」のうちに50号通過を果たせそうです。(まあ、たいした意味はないんだが…)

記念号だからか、久しぶりに同人の写真が。お、東京支部に仙台の渡部さんが参加しているぞ。嬉しそう。


 
▼ 御園本部  
  あらや   ..2019/04/30(火) 17:14  No.666
  .jpg / 43.8KB

いやー、「平成」ぎりぎりの勝負でした。ページ数は第48号と同じ150ページ前後だから、あの時と同程度だろうとタカをくくっていたのだけど、なんか、50号記念の一人一言的な祝賀構成はキツかったな…(第48号は平木氏の『青の軌跡』がどーんと一本だったから単純明快だったのね) なにはともあれ、「人間像50号」おめでとうございます。自分の28の時を思っても、針山和美28歳にしての『百姓二代』、「第50号」には感じ入った。

御園「人間像」本部、いかにも昭和の教職員住宅っぽいですね。

 
▼ 「人間像」第50号  
  あらや   ..2019/04/30(火) 17:19  No.667
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「人間像」第50号作業、完了です。デジタル化にかかった時間、なんと「108時間」。延べ日数は「18日間」でした。(けっこう長びいているとは思っていたが、108時間とは…) 現在のライブラリー収録作品数も「1008タイトル」になりました。ついに千タイトル越えね。

第50号には飛ページで『同人素描』というコラムが設けられています。50号の到達地点がわかりやすいので、ここに纏めて掲載してみます。

 同人素描 @
 編集発行者の針山和美は田舎の小学校教員である。代用教員がふり出しの彼は、他人が一年か二年で取る二級免許状という奴を、九年間もかかってやっと取った。その他のことも推して知るべしである。気の長いのが生まれつきの性分なので、彼にまかせて置く限り、「人間像」も気長につづいて行くに違いない。主な作品は放任、或る神話、反抗期、七面鳥と青い鳥、百姓二代など。
 渡部秀正も創刊当時からの同人である。まだ高校時代から小説をかき、短歌を作って来たが、福助商事のセールスマンとなって仙台へ渡ってからはあまり書いていない。まだ二十六才という若さで、これからが働きざかりである。作品はのこされた者たち、セールスマン物語、霙、氷の橋などあり、その庶民的情緒が持味であったが、最近はあまり良いものを書いていない。

 
▼ 同人素描 A〜B  
  あらや   ..2019/04/30(火) 17:22  No.668
   古い同人にはもう一人上沢祥昭がいる。今まで三回の詩特集号ですでに百篇にあまる詩を発表しており、特に北海道の暗い冬を歌った作品には良いものが多い。また彼は神坂純の別名で小説も幾つか発表して来たが、奇をねらった失敗作が多い。柾子の愛、急流に棹さす人々、誤算など。
 朽木寒三は現在千葉に居り、東京につとめてはいるが、少年時代を北海道(倶知安)で送った。現在「同人通信」の編集、印刷を一手にひき受けており、本誌にはなくてはならない働き手である。雑事ばかりでなく、軽妙な技巧で特異な味を見せる作品の数も多い。切火、夜更けの部屋、徳四郎の恋、失なわれた世代、棒杭、放れ路の夏、暗い旅路など。
 福島昭午は針山とは中学時代の同期生。職業も針山同様教員であるが中学校の方である。生徒の信頼は絶大である。最近は作文の研究発表などにかり出され多忙であるが、そのために小説の方がおろそかになるのではないかと心配するものもある。どちらかといえば寡作の方で、施浴、妥協、地獄谷など。本号の「たんぷく物語」は連作の由である。
 入会順に次は内田保夫である。私電の運転手である彼は、すでに何人かを引っかけた経歴があるらしい。殺人ではなく不可抗力によるものであるが、やはり気分は良くないと実感をもらす彼である。作品は轢死、歪んだ絆、異端者、断層など社会正義感に立ったものが多い。まじめなことも人間像随一である。
 佐々木徳次はガス徳さんという愛称をもっている。大阪ガスにつとめ、いかにも庶民らしい感じが招いた愛称であるが、作品の方は中々こったものが多い。最初詩をかいていたが、詩では描き切れないものを小説に求めた。オイデプス物語、テバイ炎上などの歴史小説、中古外套、イノックの家、影絵の男など。
 辻井彰夫は日本の北端稚内で高校教師をしている。演劇部を指導している彼は発表を控えて多忙をきわめているが、多忙の割に今年は二作目の発表である。虚構がうまいというのが仲間の風評であるが、漁民を扱ったものに良いものがある。小手繰の村、石の部屋、死んだ春、群来など。
 平木国夫は長篇型の作家である。米軍撤退に件い通訳を失業したが、失業手当のあたるうちは作品を書くという芯の強い男である。借家法、秘伝、テリア・ロン、青の軌跡すべて長いものである。せっかくの技術がバック・ボーンの弱さのために迫力のないものにしているが、中間小説の書き手としては本誌随一である。もう少し何かほしいというのが仲間みなの一致した見解である。週刊新潮に「ノンコロさん一代記」を発表された。

 
▼ 同人素描 C  
  あらや   ..2019/04/30(火) 17:25  No.669
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 白鳥昇は鉄道の建築技師、本誌としては最も年齢の若い同人の一人であるが、現在はカミュにとっくんで汗だくである。小説はまだ固定せず、彼自身の言を借りれば実験小説に意をくだいている。虚実の美と悪と、ぺんぺん草、一坪半の限界、背徳の掟など一作一作毛色が違っている。
 丸本明子は神戸元町に喫茶店「DON」を開いている。女の同人は大てい長続きせず去った人が多かったが、彼女だけは例外だった。けなされても、くさされてもへこたれないで一作一作充実したものを書くようになった。技術も一作ごとに向上し、男共を圧倒している。シチュエーション、夜道、噴水、風が吹く、復讐その他作品も多い。最近詩集「綱渡り」を上梓した。

 
▼ 同人素描 D〜E  
  あらや   ..2019/04/30(火) 17:28  No.670
   土肥純光は平木と朽木を加えて二で割ったような存在。あまり長いものはかかないが、どんな話でも小説にできる技術は平木と共に双璧をなす。それが却ってどの作品をも小つぶなものにしてしまう傾向があり、何かよい題材を与えてみたいものだ。多作な方で、殆んど毎号出品している。炉あかり、花火、青い翳、残されたものなど。
 岡本満智子は大阪港中学の教員をやめて郷里岡山放送局のライターとなった。まだ作品は日の丸の旗、ミスターレインに今号のものだけだが、思想性のはっきりした作品を書いている。現在百数十枚の「雨の中」を書いている。
 北原健治はまだ旧作一篇を発表したきりで、すべては今後の活躍にまつほかない。利子の場合。
 小野静子はまだ二十才の若さであるが、その作風はごらんの通り。どんな方向に発展するかたのしみな一人だ。
 千田三四郎は北海道新聞東京総局につとめている。総選挙、アジア大会などに忘殺され作品はまにあわなかったが、こんごの活躍に期待してほしい有力な同人の一人である。
 同人から一時会員になっているものに、門脇幸夫、金沢欣哉、村上英治などがいる。門脇は労組の委員長をして居り、その思想性のはっきりしていることは作品を迫力あるものにした。虚洞、泣きっ面などすぐれたものを発表しながら、その役職の重みから一時会員になっている。こんどの「妊婦」は旧いものである。金沢は積丹半島の郷里にいた頃はよく書いたが、後記にもかいてる通り就職後は忙殺されて書いていない。門脇同様思想に重点のある作風で、年の瀬、一ぱい船、カネの家、後流など良いものを多く発表した。カンバックが期待される。王朝の戯画、イエスの生家にての村上英治は療養中の身であり、来年辺りはカンバックできそうである。中々よいセンスの持主である、他に中谷和介、清瀬康正、山本義雄がいるが、中谷の他はあまり書かない。会員佐藤政太郎は随筆を一篇かいたきりで、この三月結核で死去した。


▼ 図書館類似施設たちへ   [RES]
  あらや   ..2019/04/29(月) 08:59  No.664
  管内3番目の図書館に 蘭越の多目的施設「花一会」
【蘭越】JR蘭越駅そばの多目的施設「町コミュニティプラザ花一会(はないちえ)」が今月図書館法上の図書館となり、名称が「町花一会図書館」に変わった。後志管内の公立図書館としては小樽市、余市町に続いて3番目。同館は高齢者施設への出張や小中学校への授業支援などに力を入れており、司書らは「活動に弾みがつく」と期待する。(後略)
(北海道新聞 2019年4月19日 小樽後志欄)

いつの時だったか忘れないよう、メモ。



▼ 百姓二代   [RES]
  あらや   ..2019/04/02(火) 09:13  No.662
  .jpg / 51.8KB

現在、『人間像』第49号の41ページを進行中。針山和美『百姓二代』を終え、佐々木徳次『影絵の男』に入ったところです。第49号のライブラリー公開は「平成」31年4月10日頃を予定しています。

添付画像は、1988年11月、人間像同人会発行の単行本『百姓二代』。ここには『百姓二代』『傾斜』『山中にて』『嫁こいらんかね』の四篇が収められています。四篇の内、最も古い作品が、1958年4月発行の『人間像』第49号に発表された『百姓二代』となります。

針山氏は単行本化に際して細かく言葉をいじくりまわすということをほとんどしない作家です。健康上の理由もあったのだろうと思いますが、あれこれ過去の原稿に手を入れることをしない、そんな時間があるのなら今の原稿を書かなくては…という作家に思えます。
もし推敲するのなら、「京極文芸」第10号(1979.4発行)の『敵機墜落事件』のように、ラスト部分を倍くらいの原稿用紙で書き足して180度ちがった結末の『山中にて』という作品にするような例もありますが、そういうケースは針山氏の場合稀でしょう。
『百姓二代』についても、雑誌発表形とほぼ変わらないだろうという頭でデジタル作業をしていたのです。事実その通り、30年の時間を経ていても一字一句換えてはいませんでした。ただ、最後の最後になって、一個所だけ重大な推敲を発見したのです。この一行があるのとないのでは作品の味わいががらっと変わるほどの修正でした。

作家って恐ろしいもんだなぁ…とつくづく感心しましたね。


 
▼ 「人間像」第49号  
  あらや   ..2019/04/10(水) 16:22  No.663
  .jpg / 48.9KB

本日、「人間像」第49号作業が完了しました。デジタル化にかかった時間は、「67時間/延べ日数13日間」でした。現在のライブラリー収録タイトル数は「983作品」になっています。

北国もようやく春です。13日前、多機能プリンターを買いに行った道にはまだ雪が残っていたものですけど、今日血圧の薬を貰いに病院へ行った道に雪なんか欠片もなかったですね。これから第50号作業に入ります。完了する四月下旬には桜なんか咲いているかもしれません。


▼ 青の軌跡   [RES]
  あらや   ..2019/03/24(日) 07:07  No.660
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 72.7KB )

現在、『人間像』第48号の108ページを進行中。平木國夫『青の軌跡』(原稿用紙270枚!)、丸本明子『復讐』を終え、上沢祥昭『会話』に入ったところ。

『青の軌跡』、よかった!
「昭和32年から昭和33年へ。生活が安定して来、同人たちの創作意欲も一段と高まって…」などと、月並みな、いかにも解ったようなことを書いた自分が恥ずかしい。こういう無知を二度としない決意で「人間像ライブラリー」人生に踏み切ったはずなのに、つい油断するとこんな馬脚をさらしてしまうことになる。
人々の心が、人々の生活が、戦争の記憶から立ち直ってくる内面のドラマを平木氏が書きとめてくれたことに感謝したい。この作品に出会わなかったら、私は今でも「人々の生活が安定して来」などと平気でほざく馬鹿のままだった。

その昔(まだ東日本大震災を経験していない頃)、札幌で開かれた啄木学会で、東京の大学院生の姉ちゃんが「この後、啄木は釧路へ移ります」とつらっと語ったことを思い出す。明治41年1月、小樽から釧路への旅の内面(『忘れがたき人人』)がどういうものであったかに想像力が及ばない言論。研究。
『青の軌跡』を知らなくとも学者や学芸員くらいにはなれるのかもしれないが、そんな研究や人生に私はもう感動することはないだろう。東日本大震災以後を生きてしまった私にはいらないものだ。


 
▼ 「人間像」第48号  
  あらや   ..2019/03/28(木) 08:33  No.661
  「人間像」第48号作業、昨日完了しました。デジタル化にかかった時間は、「77時間/延べ日数12日間」でした。現在のライブラリー収録タイトル数は「975作品」。

勘違いをしていて、四月から元号が替わるのだと思っていました。四月が発表で、五月からが新元号なんですね。なぁーんだ、それなら「平成」の内に予定通り第50号まで行けますね。
それにしても、何でこんなに新元号で騒ぐんだろう。「平成」の時、誰が名付けたとか、その意味(出典)は?とかで騒いだ奴なんか誰もいなかったように記憶しているけれど。

ライブラリー作業に欠かせない多機能プリンターが壊れてしまった。原因は「使いすぎ」みたいです。今の機械は弱いなぁ。東京からは桜の便りも来ているけれど、まだ雪が残っている小樽市桜の道を量販店に買い出しに。


▼ 「人間像」第47号   [RES]
  あらや   ..2019/03/13(水) 09:33  No.658
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「平成」の内に第50号まで行きたかったのだが… なんか第48号止まりみたい。

今、第47号の104ページ、朽木寒三『暗い旅路』をやっているところ。(朽木氏が軍隊を描いたの、これが初めてじゃないか) これが終われば第47号はフィニッシュなのですが、続く第48号も150ページの大冊なので時間がかかりそうなのです。昭和32年から昭和33年へ。生活が安定して来、同人たちの創作意欲も一段と高まってきています。力作が多く、作業は楽しいです。

昨日、北海道立文学館へ行き、今年度作業終了分の「第31号〜第46号」+「三年間」を寄贈して来ました。針山家コレクションには「第47号」が欠けています。現在スワン社作業に使っているのは道立文学館で作ってもらったコピー原稿で、表紙部分が白黒画像だったので、カラー画像が欲しくて今回は直接道立文学館にお邪魔しました。中島公園、雪解けでぐしゃぐしゃでしたね。春はもう少しか…

貼り付けた第47号表紙画像は白黒版のものです。この後カラー版を載せますが、かなり印象がちがうもんです。


 
▼ 「人間像」第47号  
  あらや   ..2019/03/15(金) 11:55  No.659
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本日、「人間像」第47号作業、完了。デジタル化にかかった時間は、「56時間/延べ日数12日間」でした。現在のライブラリー収録タイトル数、「967作品」になりました。

朽木寒三『暗い旅路』に感動した! もう、この地平線の向こうに『馬賊戦記』が見えて来ている! 感無量。

P田栄之助『東京あか・げっ・と』の「あかげっと」とは、もちろんマーク・トウェインの『赤毛布外遊記』を踏まえてのことです。

いろいろ楽しい第47号だった。


▼ 「人間像」第46号   [RES]
  あらや   ..2019/03/02(土) 18:40  No.657
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本日、「人間像」第46号作業が完了。デジタル化にかかった時間、「27時間/延べ日数5日間」でした。現在のライブラリー収録タイトル数は「957作品」です。

前号と同じく53ページの冊子なので作業は早かった。インターネット工事(千円程安くするための…)の邪魔が入らなければ二月中に完了していたかもしれませんね。ま、そんなことはどうでもいいや。昭和32年6月はもっと大事なことがあるのです。

◇ 針山君に結婚の記念品
先にカンパをつのった記念品代は、上沢と朽木の許に二七〇〇円あつまりましたので、七月二十六日、パイロット万年筆(「贈記念 人間像同人会」とチョーコク)を送りました。(「同人通信」第52号/昭和32年8月1日発行)

針山氏、昭和32年6月16日に挙式です。この「同人通信」第52号には福島昭午氏の『針山和美結婚テンマツ記』が載っているのですが、ここで「同人通信」のお店を開くと「人間像」作業進行に重大な支障が生じますので、涙を呑んで復刻は控えますね。(←それくらい「同通」は面白い) いつか公開の日が来ることを私は信じています。

今は、第47号だ。









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