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司書室BBS

 
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▼ 「人間像」第43号   [RES]
  あらや   ..2019/02/10(日) 17:37  No.653
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今週が、この冬の寒さの底のようです。

 九時近く、僕は四人より一足先に家を出て、緑町の親戚へ向うため、妙見川辺りを登っていった。人もまばらな闇市場を通り抜けようとした時、バラックの軒の下に固っていた四、五人の内の一人が、つか/\と近ずいてきて、光の箱を差し出してみせて、煙草をいらないかと、明らかに朝鮮人らしい訛で云った。軽く断りながら、何となく薄気味悪い思いで通りすぎたが、暫く行って、フッと彼等の中の一人で、チラと視線の合った男が針本ではなかったと気付くと、僕は思わず振向いた。彼等の影は、雪明かりにももう見えなかった。針本だったろうか。いや針本ではあるまい。彼がここに居るはずはないのだ。しかし、居ないともいい切れないはずでもあった。
(金澤欣哉「後流」)

 ――いかりや荘と言うO市ではBクラスの旅館、十日程して私はそのいかりや荘の客になった。風呂を浴びて以前と同じ室に戻ると待っていたように夕食の膳が、これも以前のときと同じ、小柄な、いっていて二十二くらいな年頃の、ぽってりとした体つきの、頬からおとがいにかけて、それこそ、生ぐさいような女を感じさせる女中によって運ばれる。サービス精神を発揮したことは言うまでもない。――女は私にしきりに年をあてゝ見ろと言ってきかないので私は、相手がよろこびそうな二十位だろうと言うと、そんなにわたしって子供っぽく見えるかしら、これで二十三よと言う。又女はひとり言のように、わたし肌がくろくて(顔とは言わなかった)恥かしくってと言う。私の見た眸では、くろいどころか、男の目には、罪なくらい、しっとりと濡れたような肌理のこまい、それこそ刃物をあてゝも、乳のような血が出るかと疑う程の白い肌を持った女であった。
(志村龍夫「明日の喪失」)

内地はもうすぐ春みたいだけれど、もう少し冬の小樽で頑張って「人間像」作業に勤しむつもりです。作品に〈小樽〉が出てくると、少しペースがハイになる。「四三走り」か。


 
▼ 57時間  
  あらや   ..2019/02/13(水) 14:42  No.654
  本日、「人間像」第43号作業完了。デジタル化にかかった時間、なんと「57時間/延べ日数9日間」でした。現在のライブラリー収録タイトル数は「935作品」。

自分で言うのも変だけど「57時間」は凄いね。何なんだろう…と考えてみて、いちばん思い当たるのは「作品の質の向上」ですかね。読んでいて楽しい。先の展開が楽しみなので、作業が苦にならない。昭和31年。人々の心も漸く戦後の混乱期を脱したように感じます。


▼ 「人間像」第42号   [RES]
  あらや   ..2019/02/03(日) 17:53  No.652
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本日、「人間像」第42号をライブラリーにアップしました。デジタル化にかかった時間、なんと「37時間/延べ日数6日間」でした。なんでこんなに短時間なのかというと、第42号が「詩特集号」だったからです。現在、ライブラリーの収録タイトル数は「928作品」。千タイトルとか、阿呆なこと言ってごめん。まだまだ先でした。

辻井彰夫(津井彰)氏の5作品(第31〜41号)をアップしました。一時期同人だった人については、あえて項目を挙げず、『人間像』本体の中での公開にとどめていたのですが、今回、土肥純光『汚れた太陽の街』の登場によって少しばかり考えが変わりました。なにか、読んでいて心にピンと来た作家、作品については躊躇っていては駄目だと感じたのです。辻井氏については、『アルバム』の時点で反応すべきでした。

この後も「人間像」作業を続けます。竹内紀吉氏関連の作品調査(千葉)も考えていたのですが、肝心の浦安中央図書館が三月末までリニューアル休館なので動きがとれない。四月まで、行けるところまで「人間像」に集中です。北海道は冬なので、こんなもんです。



▼ 「人間像」第41号   [RES]
  あらや   ..2019/01/20(日) 11:40  No.649
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昨日より「人間像」第41号作業に入りました。

あれ、この表紙、どこかで見たことある…と思った方もいらっしゃるかもしれませんね。画家のクレジットは入っていないのですが、「人間像」はこの表紙レイアウトがいたく気に入ってるようで、ここ一番の時に何回か使っていますね。いかにも「人間像」という感じで私も好きです。

竹内紀吉氏の作品が大量に入ったため、ライブラリー収録タイトル数が大きく伸びました。第40号時点で「767作品」だった収録数は、第41号スタート時点で「909作品」になっています。おそらく第42号のあたりで千タイトルを越えるんじゃないでしょうか。個人的には励みになります。


 
▼ イエスの生家にて  
  あらや   ..2019/01/27(日) 07:43  No.650
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そうか、イエスの生家は羊蹄山麓にあったのか…

志村竜夫(村上英治)氏の『イエスの生家にて』、昨日通過。奥付まで、あと5ページ。

今回も漢字が厳しかった。ワープロ(一太郎)の漢字検索がなかったら、漢和辞典だけだったら、こんなスピードでは仕上がらなかったでしょうね。
「猿臂」「懼れ」「滾る」「闌」「歔欷」「枉がる」「軈て」「一顰一笑」「諂い」「怺え」…
「猿臂」を、旭川刑務所の囚人が「遠臂」と誤植したりして、なかなかに大変です。

大坂なおみ、おめでとう! 決勝戦、生で観ていたよ。

 
▼ 63時間  
  あらや   ..2019/01/28(月) 14:28  No.651
  昨日、「人間像」第41号作業を完了。デジタル化にかかった時間は「63時間/延べ日数10日間」でした。現在のライブラリー収録タイトル数は「914作品」になります。

意外と時間がかかっていますね。反省です。次号は久しぶりに渡部秀正氏の作品(『楡の在る家』)が登場なので、心うきうき、間を置かず作業に取り掛かろうと思います。

「昭和31年」に発行された雑誌を「平成31年」の今にデジタル復刻しているというのは、なかなか感慨深いものがありますね。「平成」を言ってる内に、第50号くらいまで進みたいものだ。


▼ 迎春 2019   [RES]
  あらや   ..2019/01/01(火) 11:23  No.646
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今年もよろしくお願いします。

2018年の大晦日、竹内紀吉氏の「街を歩けば」37編をライブラリーにアップしました。本年は、残りの「街を歩けば 〜僕のアウトドアライフ〜」シリーズ140編のデジタル化からスタートです。(今年は雪が少ないので今日から始められるかもしれない…)

「人間像」は第41号からのスタートです。こちらはもう淡々と… 行けるところまで行くんだ。


 
▼ 僕のアウトドアライフ  
  あらや   ..2019/01/12(土) 18:11  No.647
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「千葉にもまだこんな所があったのですね」
 独り言のようにKさんは幾度も呟いていた。
「いいなあ館長さんは、毎日が別荘暮らしじゃないですか…」
 Yさんは未だに私を浦安時代の職名で呼びながら、ため息交じりの冗談を言っている。
 しんがりを歩いていた私は、一行の背中を見つめながら、浦安図書館の準備期の頃から数えれば、もうこの人たちとの付き合いが二〇年にも及ぶことを考えた。
 設計者として、或いは書架を納入する立場で、そして私は運営者として、それぞれが浦安図書館に心血を注いだあの頃は最早遠い昔になったが、その三人共が元気で、こうして集いあっていることを思った。私のなかに、和やかな、懐かしさに似た思いが広がって来た。
(僕のアウトドアライフ 116「KさんとYさん」)

「街を歩けば」シリーズも116編目を過ぎ、ゴールに近づきつつあります。泉自然公園、インターネットで調べてみました。まさに「まだこんな所があったのですね」ですね。四街道市がどこにあるかも解ったし、本当、インターネットって便利だなぁ(笑) 最近、タブレットで「人間像ライブラリー」の画面を見る機会があり、考えていた以上に鮮明で読みやすいのには驚きました。このデジタル・データがWindows7やXPで作られていると知ったら、皆、驚くだろうなぁ…

 
▼ ひとり  
  あらや   ..2019/01/15(火) 16:55  No.648
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 いまこの原稿を那須高原の雪の中で書いている。千葉ではうららかな小春日和の日が続いているのであろうが、昨日から降り始めた粉雪が一夜明けたら二十センチを超す積雪になっていた。那須温泉の湯元に近いこの山の中は一面の銀世界で、時折突風が枯枝を揺すぶり、雪を巻き上げて通り過ぎていく以外は、夏あんなに賑わっていたこの別荘地も、いまは人影も車もほとんど見かけずしいんと静まりかえっている。
(僕のアウトドアライフ 133 「那須高原の雪の中で」)

いや、驚いた。泉自然公園の新居完成で『僕のアウトドアライフ』は大団円、ヨーロッパ紀行はエンディングの特別付録だとばかり思っていたので、最後の最後で「那須高原の山荘」が出て来たことには本当に驚いた。何と言えばいいのだろうか。この人の、得体の知れないこの熱意はどこから来るのだろう。「アウトドア」といった言葉では捉えきれないものだとは思います。
連載の最終回が、その那須高原の山荘に書斎を増築する話だったことに少し感じるものがありました。この人が生涯求めていたものは、この山荘の書斎のように自分ひとりになれる場所だったのではないか。生きていく上で、心のどこかに「ひとりになれる場所」がないと生きづらい人なのではないか。
そういう観点から「浦安図書館」を考えることは大変興味深い。図書館は、例えば文化会館や劇場のようなものとは構造がちがう。演者と聴衆が一体となって何かをつくりあげるといったものではない。「みんなの図書館」なのだけれど、そこに集う一人一人にとっては「ひとりになれる場所」であることを直感的に表現したものこそ「浦安図書館」なのではないかと思うようになりました。読書が究極の「ひとりになれる場所」であることを知っている真の読書人だからこそ辿り着いた図書館に感じます。


▼ 2018年9月6日以前の読者の皆様へ   [RES]
  あらや   ..2018/11/08(木) 15:39  No.631
  2018年9月6日以前に、 Internet explorer を使用してインターネットに入り「人間像ライブラリー」を閲覧されていた方の中には、現在、作品表示に辿り着けない状態になっている方がいらっしゃるかもしれません。この理由については過去の司書室BBS「緊急連絡」に書きましたが、この状態を回復するには、一旦、インターネットの閲覧履歴を削除することが必要です。

以下、履歴の削除方法を図解します。


 
▼ インターネットオプション  
  あらや   ..2018/11/08(木) 15:43  No.632
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1. インターネット画面を開く。例:YAHOO先頭画面
 右上にある歯車マーク(@)をクリックして、
表示されたメニューの中から「インターネットオプション」(A)をクリック。

 
▼ 「全般」→「閲覧の履歴」→「削除」  
  あらや   ..2018/11/08(木) 15:47  No.633
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2. インターネットオプションウインドウが表示されましたら、
「全般」タブを開き、「閲覧の履歴」の「削除」をクリックします。

 
▼ 「閲覧の履歴の削除」  
  あらや   ..2018/11/08(木) 15:52  No.634
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3. 「閲覧の履歴の削除」画面が表示されます。
以下の項目にチェックが入っていることを確認してください。
  それ以外は未チェック状態にして下さい。
・インターネット一時ファイルおよびWebサイトのファイル
・クッキーとWebサイトデータ
・履歴

4. チェックを入れ終わったら「削除」をクリックします。

 
▼ 「選択された閲覧の履歴が削除されました。」  
  あらや   ..2018/11/08(木) 15:55  No.635
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5. InternetExplorerの下部に「選択された閲覧の履歴が削除されました。」と
表示されましたら完了です。

6.「全般」画面の「OK」を押して作業終了。
 「人間像ライブラリー」の検索ボタンに入って確認してください。


▼ 図書館を支える人々   [RES]
  あらや   ..2018/12/19(水) 18:27  No.643
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昨日、竹内紀吉氏の『図書館を支える人々』全12編を一挙アップしました。1991年(平成3年)から1992年にかけて、一莖書房の雑誌「事実と創造」に連載された文章です。

「その図書館がどういうサービスをしているかは、カウンターで利用者を見ていれば分かりますよ。利用者は僕に演技しませんもの………」
 取材に行った図書館で、そこの館長や図書館員が無意識に良く見せようとする作為をこの人は見抜いてしまうのであろう。言葉は柔らかだがやはりプロの厳しさがこの言葉にはある。
(第三回/写真家漆原宏さん)

漆原宏さんは今でも「図書館雑誌」に図書館写真を発表しているけれど、今の図書館員は漆原宏さんがどういう人か知って読んでいるのだろうかと(爺いむさいけれど…)思いましたね。

ちなみに、1991年はパーソナル・コンピュータ史的にはまだまだMS-DOSの時代です。Windowsは登場していたと思うけれど、中小図書館のカウンター業務などに使えるほど性能が上がるのは「Windows95」以降の話だったように記憶しています。漆原さんの言ってる「カウンター」とは、司書が自分の持ってる全知識、全人格で利用者に対峙していた頃の図書館カウンターです。なんでもインターネットに頼る今の司書とはかなり違う。本当に支えてくれる人々がいるといないでは大きな差がつく時代でした。そういう時代の十二人です。


 
▼ 図書館のある暮らし  
  あらや   ..2018/12/19(水) 18:31  No.644
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人間像ライブラリーの〈竹内紀吉〉のコーナーを少し整理整頓しました。ここから作品数がぐんと増えて来るので、短いエッセイ作品などについては「図書館のある暮らし」コーナーに集めることにします。これによって、竹内氏の小説が少しは探しやすくなると思います。小説作品はぜひ読んでほしいので。

コーナー名の由来は、もちろん竹内紀吉著『図書館のある暮らし』(未来社,1990)に拠っています。これから年末年始にかけて、浦安のタウン誌「ばすけっと」の集中デジタル化に取り掛かります。最初の号が「1985年2月号」! 1985年(昭和60年)は、私も埼玉県立志木高校図書館から埼玉県立川越図書館に異動した年ですね。まだ、車の免許、持ってませんでした。大瀧詠一が「ゴー・ゴー・ナイアガラ」をやっていたなぁ。

 
▼ ばすけっと  
  あらや   ..2018/12/24(月) 14:25  No.645
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本日、1989年(←平成元年だったのね…)までの「ばすけっと」文章デジタル化を完了。

 今月の表紙は竹内朝さんの作品
 将来、グラフィックデザイナーをめざしている朝さん。現在、高校3年生。学校に通いながら、美大進学のために夜は美術専門学校で勉強中。一つの物を与えられて感じたものを描く勉強をしているが、なかなか思うようにいかないそうだ。
「でも、好きなことだから楽しんでやっているところもあります。この絵のバーコードシールは、出始めの頃に実用的な物というより模様としておもしろいなと思って好きでした。大学では、デザインの方へ進むつもりです。視覚伝達を立体的な物でなく、平面上で試みてみたい。今は、まだ勉強中でいろいろ試している段階ですが、見てくれる人に「カッコイイ! キレイ!」と思われる絵を描きたい」と話している。
 朝さんのお父さんは、浦安市中央図書館の館長さんです。
(「ばすけっと」1989年8月号)

浦安に住んでいない私たちは、どうしても『図書館の街浦安』の竹内氏の姿から入って行かざるを得ないわけですが、今回、『でんでん虫』や『猫三匹』といった小エッセイを読んでいて、何かしら感じ入るものがありましたね。そうだよなぁ、竹内氏だって、奥さんがいて、子どもがいて…という、そういう一市民でもあるんだから。けっこう、「ばすけっと」、気づきでした。

というわけで、明日から『僕のアウトドアライフ』に突入。今年は雪が少なくて、ありがたいです。


▼ 「人間像」第40号   [RES]
  あらや   ..2018/12/08(土) 17:15  No.642
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本日、「人間像」第40号作業完了。デジタル化にかかった時間は「38時間/延べ日数8日間」。現在のライブラリー収録タイトル数は「767作品」です。

 四十号をお送りする。月刊第三号目であるが、前号が印刷所の都合で遅れたので本号も半月程遅延の止むなきに至った。それにしても月刊は難しいとつくづく思う。商業誌と違ってヤンサヤンサとけしかけて原稿をかかせる事もできないのだし、原稿がそろっても金の方が心細かったり、思うようには行かぬものだ。
 現在本誌に拠る人員は三十名程だが、そのうち会員は殆んど作品を発表しない現状なので、実際に活動しているのは十四人の同人のみ、しかも務めや家庭などの事情で書けないものも多く、作品の集積を待っては逐次印刷へ廻すと云う次第である。
 文学は生涯をかけてする仕事、従ってこの雑誌も生涯続けなければならない。一日も早く文壇に出たいなどと考えている人には、この世界は不向きであろうと思われるが、一時の情熱ではなく、生涯をかけて勉強したいと云う冷い情熱の持主を、僕たちは歓迎したい。創刊以来七年、一時の情熱だけではとてもやれるものではなく、同人も入れかわり、たちかわり、当初からの同人は僅か三人というありさまだ。「人間像」は最少百号まで続けるという目標であり、その目標は半ば確実になって来たが、果してそれまで幾人の人たちがついて来るだろうか。何やら楽しいようでもあり、また淋しい気もする。(針山)
(第40号「編集後記」)

第30号の時の、「オレたちはついにここまで来た!」みたいな高揚感は一切なく、実に淡々とした第40号ではありました。ついに「百号」を言い出しましたね。自信に満ち溢れています。

年内の予定です。来週より、長尾登氏の二作品デジタル化を完了し、続いて、竹内紀吉氏『僕のアウトドアライフ』(浦安タウン誌「ばすけっと」連載)の復刻に入ります。年明けで「人間像」再開といったところでしょうか。私には忘年会も正月ももうありませんから、こちらも淡々としたものです。



▼ 脇方の子供   [RES]
  あらや   ..2018/11/30(金) 16:38  No.640
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本日、長尾登氏の『幼年期の学校を回ぐる思い出』、『私と脇方』、『遠い日のこと』、『戦争責任論と回想の朝鮮人』をアップしました。氏のライフワーク〈脇方〉の内面領域を語られた重要な四作品に感じます。

 一口に脇方の子供と言っても、鉱山長屋の子と、職員社宅の子、鉄道官舎の子、商業等に携わる有力者の子、開拓農家の子では、見かけも気風も行動も異なり、十把一絡げに律することは出来ない。
(長尾登「幼年期の学校を回ぐる思い出」)

おそらく、鉱山長屋の子の目を通して描かれた〈脇方〉というのは、長尾氏が初めてだと思います。そういえば、長尾氏以前の私たちは、鉱山職員や有力者の思い出の〈脇方〉しか読んでいなかったことに、ここで気がつくわけです。前田克己氏(元脇方小学校校長)や長尾登氏のオフィシャルな著作から感じるワクワク感いっぱいの〈脇方〉って、じつはこういう四作品のような内面の思いに支えられて存在していたのですね。ここまで辿り着いたことをちょっぴり誇らしく思う。


 
▼ 弁当  
  あらや   ..2018/11/30(金) 16:44  No.641
   言うまでもなく、鉱山という所は、階層差の大きい社会なので、それが、子供達の弁当の上にも如実に反映されていた。小学校の一〜二年の時、席が側だった技師長?の娘の斉藤京子さんの弁当は、あの頃でも、別箱のおかず入れに、玉子焼きや蒲鉾、佃煮や紅生姜等が小綺麗に並べられていて、私達を密かに羨ましがらせたものだった。
(長尾登「幼年期の学校を回ぐる思い出」/9.弁当)

長尾氏の記憶力には物凄いものがある。なにか、日記とか、針山氏の『三年間』みたいに、発表はしないけれど書く時の起爆力となるものがあるのだろうか。誰が、小学校一年の昼に食べていたものを覚えているだろう。でも凄いのは、ここから。文章はこう続くのです。

 階層差は、弁当を包む物の上にも表われていた。

と。つまり、

職員の子供達が、ハンカチ様の清潔なそれ専用の布で包んで来るのに対し、われわれ鉱員の子供達は、新聞紙か風呂敷でくるんで持って来るわけだが、学校に辿り着くまでに、鞄(リュックサック)の中ですっかり引っ繰り返り、汁まみれになっていることが多かった。その汚れと悪臭が染み付いてごわごわの風呂敷を、一週間も十日も洗いもせずに使用させるような、われわれ階層の生活文化レベルであった。

現代人がどんなに高性能のデジカメやパソコンを持っていても、想像力がないところでは何も再現(表現)できはしないのだということを如実に示しています。


▼ 「人間像」第39号   [RES]
  あらや   ..2018/11/23(金) 17:24  No.639
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本日、「人間像」第39号作業完了。デジタル化にかかった時間は「39時間/延べ日数8日間」でした。現在のライブラリー収録タイトル数は「752作品」です。

あれっ、39時間。一昨日ついに小樽にも初雪が来て、庭の雪囲い造りとか、地下室から雪かき道具を出して来たりとか、冬タイヤ交換とか、ばたばたしていた先週〜今週でした。外仕事の隙間みたいな時間にせこせこデジタル化をやっていたのだけど、結果的に、それが時間短縮の効果を生んだのかな。よくわからん。

その分、誤字脱字ミスとか多いかもしれません。ただ、デジタル作品は印刷物の誤植とはちがいます。誤字・脱字の連絡をいただければ、即座に修正して、その修正版をアップすることができます。お気づきの方はご連絡ください。私もライブラリーを読み返しては、5回に1回くらいはミスを発見して修正したりしています。

福島昭午氏の『妥協』については読書会BBSで書きます。(感動した…)
第39号の次は、長尾登作品を経由して、第40号、竹内紀吉氏『僕のアウトドアライフ』などを予定しています。(じつは大町政利『鉄石山人』も秘かに考えている…)
来年の春まで、冬は集中です。



▼ 「人間像」第38号   [RES]
  あらや   ..2018/11/15(木) 10:38  No.636
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「人間像」第38号作業、完了。デジタル化にかかった時間は「48時間/延べ日数7日間」でした。現在のライブラリー収録タイトル数は「745作品」。
今回の第38号は56ページで、前回(第37号)の79ページよりさらに早かったです。年内に第40号まで行けるかな…

 文学界新年特別号を見ると、新年御慶と言うのが載っている。作家より作家へ宛てた手紙形式のエッセイのようであるが、其処で気が付く事は、文面が総て旧かなで書かれている事である。これを皮肉な眼で見ると、作家の老人の解らず屋か又は、ジャーナリストのひねくれた商人根生と見られる。新かなに変った時に、これ等の人達は確か反対した筈だ。しかし、小学校から総て新かなに直し、新聞も全面的にこれを採り入れている。何故にいつ迄も反対し続けるのか。まして、商業雑誌ともあろう雑誌が、読者の尻尾を掴んで引摺り廻す様な態度は、どう見ても老人のひがみ根生としか見られない。
(第38号/時評−文学)

新字新仮名への切り替え、好調です。針山氏の久しぶりの復帰(「春山文雄」名義)に、『奇妙な旅行』(人間像同人会,1970.5)の完全復刻も視野に入って来ました。


 
▼ 村上英治氏  
  あらや   ..2018/11/16(金) 09:16  No.637
   三十年には春田良久と村上英治が加入したが、二人とも一年程の在籍だった。村上は志村竜夫の筆名で「王朝の戯画」ほか二編を発表しただけで結核を発病長く休むことになった。復帰するまでに七年を要した。
(針山和美「『人間像』の五十年」)

デジタル化していて、そのただならぬ筆力に「誰だろう、この人?」と思っていたのですが、村上氏だったのですね。氏については、最近驚いたことも…

▼二番目の特記事項は村上英治の訃報である。いつも月に一度程度は電話をくれていた。特に用事があるわけでもないのに、近況を知らせてくれる。ところが半年しても音沙汰がない。さては、また持病の腸閉塞を起こして入院でもしたかと思った。少し不安になって電話した。去年のことである。電話したのは七月だったと思う。彼は若いころ結核で肺葉切除を行っていた。七〇代で、胃潰瘍による胃の全摘手術、そして間もなく腸閉塞を起こし大腸の一部を切除した。ところが、消化器系統の切除後に一部癒着する後遺症が残った。それが災いしてしばしば腸閉塞を起こしては入院する。私より一年下の彼だが、見るに痛々しいほど痩せ細った。「村上さんはご在宅ですか」「……村上は先月亡くなりました」と電話の声は奥さん。「えっ!」私は絶句した。「何で知らせてくださらなかったのですか」「実は、俺が死んでも誰にも知らせるな。坊さん呼んで、お経も戒名もつける葬式なんかするな。ただ、俺の好きな魚一匹だけ供えてくれればいい。と、それが遺言でした」「うーむ……」私は唸るしかなかった。
(福島昭午/『人間像』第188号「編集後記」)

 
▼ いつかの少年  
  あらや   ..2018/11/16(金) 09:19  No.638
  第39号に福島氏の『妥協』があるので、このままもう一号「人間像」作業を続けます。(早く読みたい!)

村上英治氏『いつかの少年』(第124号)をデジタル化するのは何年後になるのか、今ははっきりとは見えないけれど、その日まで一号一号進んで行くしかない。その日まで健康を維持しなければならない。まだ身体が元気で動く内に勝負に出たことは、少しはよかったのではないかと思っています。このまま、慎重で。そして、静かに。休まず。

遅ればせながら、村上英治氏のご冥福をお祈りします。








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