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司書室BBS

 
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▼ 「人間像」第26号   [RES]
  あらや   ..2018/01/14(日) 17:19  No.561
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「人間像」第26号デジタル化には「44時間/延べ日数8日間」がかかりました。

ガリ版(孔版)印刷から活版印刷に代わった第23号以降、軒並み40時間以上の時間がかかっているのはどうしてだろうとその度毎に考えてきたのだけど、第26号終了時点の結論では「活版」ということになるのだと思います。つまり、活版の小さな活字びっしりのページになって、文字量が相当に増えているんですね。
しかし、これが効を奏したのでしょう。ガリ版時代だったら遠慮していただろう長篇作にも挑めるようになってレベルの高い作品が増えたように感じます。あるいは、駄作が活字になるとその駄目さ加減が誰の目にもあからさまになりますから、そうした作品・作家が自然に淘汰されて、「人間像」の質のアップにつながって行ったのかもしれません。

 対外的にも少しずつ認められ、新聞の同人誌評などに誌名が載るようになるとともに固定的に長続きする人達が参加して来るようになった。
 翌二十八年には福島昭午・秋庭武之・内田保夫・今出力弥・佐々木徳次などが参加、この年の第二十四号から旭川刑務所での印刷が始まった。印刷費がぐんと軽減され、二倍負担の三人も同額になった。発行回数と頁が増え、同人達の意欲をさらに高めることになった。
(針山和美「『人間像』の五十年」)


 
▼ 福島昭午氏  
  あらや   ..2018/01/14(日) 17:24  No.562
   針山君とは中学で同じクラス。
 意欲だけは人一倍持つているくせに、性来のP惰と無能から原稿用紙に向つても、中途で飽いたり、行きずまつたりして未だまとまつたもの一つ書いてない始末。極めて情けないが、今度針山君から尻をたたかれ、たたかれ「人間像」の同人の片隅に席を置かして頂くことになつたものである。無能とは云え参加した以上は大いに書かせて頂くし、又大いに諸兄姉の御教示を頂きたいものと思う。
 同人に参加した理由として、この雑誌が、一定の主義主張の下に拘束されないということに共鳴したのがそもそもでもある。――勿もそんな事を主張すること自体一つの主義と見倣せないわけでもなかろう。
 アプレといえば一種の軽蔑の意味を持つて解釈され勝ちだが、もうそろそろアプレの生み出した新らしいものを見せてもよい頃だと思う。あまり勝手な事を書いているうちに貴重なスペースを食いつぶしてはいけない。かんたんに自己紹介を。
 一、昭和二十三年倶中卒
 一、同年四月から現在まで田舎教師
 一、去年の八月御園のとなり鈴川に転任
(人間像第26号/福島昭午「自己紹介」)

第26号にて福島昭午氏の参加。「人間像ライブラリー」著者別索引のラインナップには、針山氏の「『人間像』の五十年」と『人間像・針山和美追悼号』に挙げられた名前を主な参考にさせていただいてますが、この福島氏の登場によって、残すは、平木國夫氏、白鳥昇氏、丸本明子氏といった方々になってきました。ほぼ「人間像」スタイルの完成か。ただ、旭川刑務所はもう少し頑張ってくださいね。一発目から「福島昭平」氏になっていたよ。誤字、凄いや。


▼ 「人間像」第25号   [RES]
  あらや   ..2018/01/05(金) 12:49  No.560
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「人間像」第25号のデジタル化にかかった時間は「48時間/延べ日数10日間」でした。
80ページ長の大冊第24号とそこそこ同じくらいの時間がかかった理由はよくわからないのですが、年末年始の雑用とか12月の大雪とかで、なかなか作業一本に集中することができなかったからかもしれません。

「平成三十年」にはちょっと感無量。『天皇の黄昏』からもう30年も経ったのか。「公開日:2018/1/5」と書き込んでいて、それも凄いことだと感じます。なんたって入力している「人間像」第25号は「1953(昭和28)年5月」発行ですからね。昭和28年たら、私、生まれて半年ですよ。それを今、年金生活者の私がデジタル化してるんですからね。なんか、不思議だ。



▼ 迎春   [RES]
  あらや   ..2018/01/01(月) 10:12  No.559
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今年もよろしくお願いします。
元日は、「人間像」第25号、40ページ針山和美『放任』からのスタートとなりました。
今年も倦まず弛まず先へ急ぎます。



▼ 阿部信一さん   [RES]
  あらや   ..2017/12/24(日) 16:27  No.558
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 有島記念館は、赤く燃えるレンガの壁、その外形は有島の大地に凍てつく白い炎。欧州の教会を思わせる建築。春夏秋冬白い和服の貴婦人の如く静かなただずまいを見せている。「人は自然を美しいという。然しそれよりも自然は美しい。人は自然を荘厳だという、然しそれよりも自然は荘厳だ………」有島武郎の「自然と人」の一節を風の流れの中から聞える。
(阿部信一「有島の大地」)

現在、「人間像」第25号作業を中断して、「京極文芸」に発表された阿部信一さんの作品のデジタル化を行っています。異例なことですが、今年の三月まで湧学館でやっていた仕事と、四月から始まった「人間像ライブラリー」の仕事をつなぐ大事な作業です。
デジタル・ライブラリー構想は今に始まったものではなく、京極時代、いや小樽時代からすでに原資料の収集は始められていました。「これは!」と感じた作品や作家については、いつでもデジタル化できる態勢とともに、作品発表時の現物で確認できるようスワン社内での保存を心がけています。それは、夥しいコピー書類や紙の山となってスワン社に結果しているわけですが…
この度、阿部信一さんから「人間像ライブラリー」掲載の著作権許諾をいただいたことにより、その山の一角が整備される気配が出てきました。この進展は、ライブラリー作業全体にいい影響を与えてくれるものと考えています。

「京極文芸」後半期に彗星の如く登場し、私たちの山麓文学構想に大きな力を与えてくれた阿部信一さんについては「読書会BBS」で。



▼ 「人間像」第24号   [RES]
  あらや   ..2017/12/18(月) 17:47  No.557
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「人間像」第24号のデジタル化完了。かかった時間は「49時間/延べ日数9日間」でした。いつもは50ページ前後の文量なのですが、この第24号だけは80ページ長なので少し時間がかかりました。まあ、この程度で弱音を吐いていられないけど。年内にもう一冊仕上げたい。

目の前に小樽湾が広がっている仕事部屋で、時々、京極の冬を思い出すことがある。朝、出勤前に雪かきをしても、夜に帰ってくれば朝にも増して雪が積もっている。積もった雪の上に、屋根から落ちてきた雪が重なる。とりあえず玄関の出入りだけは確保しておいて、後は土・日か…とかね。週末まで裏の窓全部が埋まらなければラッキーだとか。なにか、職場の仕事以外は、一冬中、雪のことであたふたしていた毎日だったなあ。「人間像」に関するプランが何も立たなくてとても焦っていました。



▼ 「人間像」第23号   [RES]
  あらや   ..2017/12/07(木) 16:37  No.555
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「人間像」第23号のデジタル化にかかった時間は「38時間/延べ日数7日間」でした。じつに前回の第22号(孔版印刷)と同タイム。作業量の大小にかかわらず、「一週間」で一冊をまとめるようなスタイルが出来上がりつつあるのかな。

◎さて此の号は三周年記念号として昨年十一月発行の予定であつたが、印刷所の止むを得ない事情の為遂に年を越し、おまけに五十一頁以後は印刷をあきらめなければならないような事態に立至つた。その為、切角御寄稿願つた「われわれの立場」を始め、門脇君の力作「虚洞」など次号に廻さなればならなくなりました事を、此處に低頭平身、平にお詫び致します。
(「人間像」第23号/編集後記)

「人間像」第23号。昭和28年2月の発行なんですね。私の生まれた昭和27年11月、ふっ飛んでしまった。でも、「次号予告」には新同人・金澤欣哉氏の名前も見えたりして、いよいよ急ピッチで初期「人間像」メンバーが集まりはじめているのが嬉しいですね。


 
▼ 同人像  
  あらや   ..2017/12/07(木) 16:43  No.556
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「人間像」第23号には(これも大変珍しい)同人の写真が載せられています。

みんな、若いなあ! 渡部さん、小樽の繊維会社の前で撮った一枚なのでしょうか。この笑顔を見ながら、『セールスマン物語』のデジタル復刻をやってるのサイコーでした。自分のやっていることに自信を持ちました。第170号「渡部秀正追悼号」まで私は頑張れる。

なお、ライブラリー検索システムが動き出しましたので、今まで「司書室BBS」でやっていました作品評部分は「読書会BBS」へ移行します。皆様もライブラリー作品の感想をお寄せください。


▼ 「人間像」第22号   [RES]
  あらや   ..2017/11/29(水) 12:11  No.554
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「人間像」第22号デジタル化、完了。かかった時間は「38時間/延べ日数7日間」でした。最後のガリ版、ちょっとキツかった。「ライブラリー検索」がなかったら、くじけていたかもしれない。ミスタッチ(←アップする度に必ず一つ二つ見つける)は多いけれど、それでもみんなが見ているところで、今日は何作品増えた…と確認しながら作業を進められるのは本当にありがたいことです。

いつか僕は本誌の誌上で「雨後の竹の子」と題し、七冊ばかりの同人雑誌を紹介した事があるが、あの中で今なお健在なのは広島から出ている「杜松」(前名天木香)一冊と云う淋しさ、それも短歌雑誌なのだから、小説を中心とした所謂同人雑誌と云う奴は容易に三年とは続かぬものであるらしい。其処へ今度は北海道の最有力誌と目されていた「札幌文学」の休刊が報ぜられて、僕はいよいよ同人雑誌の宿命と云うものに確信(?)を持たざるを得なくなつた。
(「人間像」第22号/編集後記)

昭和27年。私が生まれた年。最大限の注目を持って読んでいます。



▼ ライブラリー開設   [RES]
  あらや   ..2017/11/24(金) 16:54  No.552
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本日、ライブラリー検索機能を搭載した「人間像ライブラリー」が開設しました。大変長らくお待たせしたことをお詫びします。これから「書架」にどんどん作品が増えるよう頑張ります。

※ 画面が旧画面のままの場合は、パソコン画面左上の「表示(V)」を開いて、「最新の情報に更新」をクリックすると新画面に切り替わります。


 
▼ ファイルダウンロード  
  あらや   ..2017/11/26(日) 09:43  No.553
  ※ 「ライブラリー検索」に入って行くと、「ファイルダウンロードについて」「ファイルダウンロード」などの表示が出てきますが、無視して「えあ草紙で読む」を押してください。難なく作品を読むことができます。

画面表示に「えあ草紙」というソフトを使わせてもらっている関係で、「えあ草紙」側の宣伝を載せているだけで、このファイルをダウンロードしなければ作品を読めないとか、そういうことは一切ありません。ダウンロードしても、日常のパソコン利用にはあまり必要がない機能です。邪魔なファイルが増えるだけに思います。


▼ 「人間像」第21号   [RES]
  あらや   ..2017/11/21(火) 10:39  No.551
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「人間像」第21号デジタル化、かかった時間「13時間/延べ日数3日間」でした。

短時間で完了したのは、20ページ弱の小冊子だったからです。これくらいのページ数なら、いつものペースから行けば二日間くらいの仕事なのですが、この間、インターネット版ホームページの最終調整が入って来て、そこで作業中断。「ここはこうじゃありません…」「こうしてほしい。なぜなら…」といった遣り取りが最後まで続いています。

出来上がったホームページを見て、「あら、こんなものなら私でもできるわ」とか。「私ならもっと楽しいものにできるのに…」とか呟いている図書館や文学館の姿がありありと目に浮かびます。
できると思ったら、やってみるといい。金にあかせて、アイデアごてごて付け加えて、たぶん三ヶ月前に私がデザイナーから提示されたホームページに行き着くことでしょう。自己満足の、謙虚を忘れたこの時代の姿を全世界や長く後世にさらすといい。

さて、第22号へ。最後のガリ版です。



▼ 「人間像」第20号   [RES]
  あらや   ..2017/11/16(木) 14:50  No.550
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「人間像」第20号のデジタル化にかかった時間は「30時間/延べ日数5日間」でした。今回は、ホームページ(←サンプル版があります)にアップするところまできっちり時間を計りましたので、かなり正確な数字です。ここからは、変則的な造りの「人間像」でなければ一冊25〜30時間のペースで進んで行くでしょう。
30時間で第100号までの時間を計算すると、ちょっと暗くなるような、また、そうでもないような…(まあ、そういうことは、今年の三月時点で終わった話だから)

原田良子氏『素顔』の登場が「人間像」同人たちに火をつけた。中でも、主題に共通性があった葛西庸三氏の変貌には物凄いものがあった。『腐敗せる快感』、『昇天の肉体』、『傷魂の彷徨』と爆発が続きます。この爆発の前に、渡部秀正氏も針山和美氏も一歩引いたような(もっと言えば、此処で今は踏み切れない)恰好になっているのがとても興味深い。

文学館や図書館に寄贈し出した第19号以降の「人間像」で、「針山和美」「人間像」を解釈しようとすると、型通りの「針山和美の文学的努力によって」みたいな公式見解しか生まれては来ないでしょう。でもおそらく違うと思う。まだ何者でもない青年たちが、その失敗作や不振作をも含めて自分の文学(人生)を立ち上げて行く様子がもっと明らかになれば、そんな公式見解が、いかに物を知らない学生のレポートにすぎないかがわかるはずです。









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