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読書会BBS

 
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▼ ユニット1   [RES]
  あらや   ..2017/05/12(金) 09:29  No.395
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 真鍋は、波多野工務店を出た後、五号線を東に走った。
 ニセコの別莊地を目指すなら、札幌の手稲区からであれば、五号線を西に向かい、小樽、余市を抜けて行くのが、たぶんふつうの道の取りかただったろう。しかし、小樽の市街地はいつも渋滞しており、いくらか遠回りになる。それよりは、札幌の市街地の西端を南下して、中山峠を通ったほうが、たぶんいくらか時間は短縮できる。真鍋はそう判断したのだった。
 札幌市街地もはずれにかかり、国道二三〇号線に入ったときだ。晴也が後部席から訊いてきた。
「また、プールに行くの?」
 宮永祐子が答えた。
「ううん。こんどは、お山に行くのよ。もっと遠く」
(佐々木譲「ユニット」)

先週遊びに行った定山渓温泉じゃなくて、今度のはその先のニセコってところだよ…というニュアンスをこう表現する。追われる側は中山峠を選んだ。では、追う側は?


 
▼ ユニット2  
  あらや   ..2017/05/12(金) 09:38  No.396
   ライトバンは、右手に石狩湾を見ながら,国道五号線を西に走り続けている。
 ふつうならば、札幌の西からニセコ方面に向かう車は、銭函インターチェンジあたりで自動車専用道の札樽自動車道に乗る。しかし、運転をしているのは、手錠をかけられた川尻乃武夫だ。チケットを受け取るときや料金を支払うとき、係員に手錠を目撃される。しかも手錠はステアリングにつながっているのだ。奇妙すぎる。すぐに警察に通報がゆくことになるだろう。だから自動車道を通るわけにはゆかなかった。多少時間はかかるが、国道五号線を走るしかなかったのだ。
 川尻乃武夫はずっと無言だ。
(同書)

稲穂峠を通って倶知安・ニセコ方面へ。手稲からだと、本当にルートはどっちもありなんだけど(これが隣の小樽だったら迷わず稲穂)、2ルートを使い分けることによって、追う側と追われる側の状況・心理描写をやってしまう…という、佐々木譲ならでは高等テクニックではありました。

今日は、その手稲へ。人間像ライブラリー、本番スタートです。


▼ 幻の女   [RES]
  あらや   ..2017/05/01(月) 07:01  No.392
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 第二次世界大戦が終わると、それまでの戦前戦中の不幸な状態によって、海外ミステリの動向を知りたくても知ることのできなかったファンの渇望にこたえて、新しい傑作名作のたぐいがいちどにどっと翻訳紹介されはじめた。ミッキー・スピレイン、クレイグ•ライス、ニコラス•ブレイク、パ—シヴァル•ワイルド、レイモンド•チャンドラー等々、どれもみな、戦前からの巨匠たちとは大いに趣きを異にした新鮮な特徴をそなえていて、わたしのような機械的卜リックの案出に腐心していた本格主流に倦き倦きしていたミステリ•ファンにとって、とまどいよりもむしろ、胸躍るよろこびにわれを忘れさせられた印象がつよく残っている。
 なかでも一頭地をぬいて、おおげさな言い方だが、終生忘れられぬほどの衝撃を受けたのは、このアイリッシュの『幻の女』であった。
(「幻の女」解説:稲葉明雄)

アイリッシュ(ウールリッチ)を日本に紹介した第一人者、江戸川乱歩のエピソードがおもしろい。

 戦時中に反戦的の烙印をおされて、乱歩の著書はほとんど絶版を強いられ、かなり窮迫状態にあったのだが、敗戦と同時にもらした述懐がなんともユニークである。「探偵小説国のアメリカに占領されるのだから、これからはわが国の探偵小説の未来は明るくなるにちがいない」(探偵小説四十年≠謔)。
(同解説)

「人間像」の人たちもこういう時代の雰囲気の中に生きていたのだろうな…と思いながら、読了しました。


 
▼ 黒衣の花嫁  
  あらや   ..2017/05/05(金) 05:26  No.393
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「こゝの宛名のところへ連れて行って頂戴」

読んだのは黒沼健訳『黒衣の花嫁』。「The bride wore black」だから「黒衣の花嫁」ね。早川のポケミス、栄えあるNo.103。昭和45年8月の6版。『人間像』といい勝負の小さな活字。で、この翻訳文。

「こゝの宛名のところへ連れて行って頂戴」

1970年。私は高校三年生だったんだけど、こういう世の中をうろうろ歩きまわっていたんだ…と、本当に久しぶりに実感しました。こういうの、小樽効果? 文庫本じゃなく、堂々と1970年のポケミスが図書館蔵書に入っているのはけっこう凄いことかもしれない。

「こゝの宛名のところへ連れて行って頂戴」

読書中、なぜか頭の片隅に針山和美の『支笏湖』がありました。どうして『支笏湖』は生まれてきたのだろう。どうして針山氏は、栄えある『京極文芸』創刊号に『支笏湖』を持って来たんだろう?というのは昔からの疑問ではあったのです。

時代の風かな。

 
▼ 五瓣の椿  
  あらや   ..2017/05/10(水) 08:59  No.394
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山本周五郎「五瓣の椿」、読了。

アメ車と日本車くらいの違いがありましたね。トランプはなぜアメ車が売れないのか不満らしいけれど、日本には山本周五郎みたいなエンジニアがごろごろいるからね。それにしても、山本周五郎読んだの、何十年ぶりだろう。NHKのドラマは残念ながら見逃しました。


▼ 犬どもの栄光   [RES]
  あらや   ..2017/04/07(金) 19:54  No.390
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 啓子はクーぺから降り立った。
 敷地は有刺鉄線で囲まれている。粗末な門柱の一本に、もう消えかけた文字の看板。
 かろうじて「寒別澱粉加工場」と読める。
 門柱のあいだには鎖がわたされていた。鎖に板が吊るしてある。
「立ち入り厳禁。倶知安田川興業管理」
 電話番号がその下に記されている。去年見たときのままだ。ひと夏だけ貸すという契約であれば、この看板はそのままにしておいたほうがいいという判断なのだろう。啓子は昨年の秋にこの看板の文面をメモしておいたのだ。
(佐々木譲「犬どもの栄光」)

小樽に戻ってきてから「寒別」や「赤井川」が舞台の小説読んでるってのもなんだかなぁ…とは思う。でも仕方ないよね。山麓の図書館はまだまだ貧弱で、こんな昔の本なんか持ってないのだから。

なんとなく、これからの私の仕事を暗示しているみたいで面白い。


 
▼ 帰らざる荒野  
  あらや   ..2017/04/22(土) 08:34  No.391
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「うちのことは、どうなってる?」
「お話ししましょう」
 石川の話で、馬泥棒の一件の細かな部分がわかった。馬泥棒たちはふたり組で、未明に牧場の厩舎にしのびこみ、アングロ・ノルマンに鞍をつけて乗って逃げたというのだ。虻田の町方向にではなく、北へ向かったという。北方向に原野を抜けてゆくと、札幌と函館とを結ぶ本願寺道路と呼ばれる街道に出る。善次郎と夏彦はこの本願寺道路の手前で馬泥棒たちに追いついたのだが、相手は銃を持っていた。撃ち合いとなり、善次郎は馬上で弾をくらって落ちた。夏彦も脚を撃たれた。馬泥棒たちは逃げおおせた。
(佐々木譲「帰らざる荒野」)

今度は虻田(あぶた)か…

失せ物を諦めて新品を買ったとたんに、どこかからひょいと探していた物が出てくるような。『人間像』の復刻作業が始まったなら、もっとこの事態は加速するでしょうね。楽しみ。

今は、冬からの懸案、アイリッシュの『幻の女』読んでます。


▼ エトロフ発緊急電   [RES]
  あらや   ..2017/01/05(木) 08:24  No.388
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新幹線接続の倶知安駅で読み始め、白石へ香典返しを持って行くバスの中で読了。年末年始のラッシュの中でもみくちゃにされた長い旅がここで終わったという達成感がありましたね。いい本だった。もっと早くてきぱき読んどけばよかった。

年末に親戚に不幸があり、昔住んでいた和光市とか新座市とかをうろうろしていました。もう都会はタバコ吸えないので出歩くの苦しいんだけど、野外彫刻はうれしいな。稚内の本郷新もやはりやらなくては…と決意した歳末でした。

久しぶりの佐々木譲でまた火がついて、今、「夜にその名を呼べば」を読んでいるところです。今年もよろしく。


 
▼ ウールリッチ  
  あらや   ..2017/01/08(日) 07:37  No.389
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 佐々木譲はウールリッチ好きなのである。強く影響を受けているがゆえに、近年はあからさまにそれをうちだすことにためらいがあったのだろうが、この作品では、その抑制をすこしといている。そもそも『夜にその名を呼べば』というタイトルからして、ウールリッチ的で、彼の小説にある悲哀と孤独と絶望を醸しだしていて印象的ではないか。
(佐々木譲「夜にその名を呼べば」/解説:池上冬樹)

ふーん、ウールリッチ…

『夜にその名を呼べば』は、ウールリッチへの愛を率直に表明したサスぺンス小説といっていいだろう。ウールリッチのファンなら、ある代表作へのオマージュであることが最後にわかるはずだ(佐々木譲自身、先のエッセイで、物語の原典は何々であると正直に語っている)。その代表作を愛する作家は多く、実は過去に山本周五郎がそのまま時代小説に置き換えて凄まじい復習劇(しかしもちろん何ともいえない悲哀と哀愁と絶望にみちた傑作)をつくりあげている。山本周五郎の場合はほとんど換骨奪胎に近いが、佐々木讓はオマージュといっても換骨奪胎ではなく、激変する時代の流れをおさえ、群像劇風な味わいをつけて、見事なサスペンス小説に仕立てている(なお、ウールリッチと山本周五郎の関係については拙著『ヒーローたちの荒野』で詳しく検討している)。
(同解説)

「ある代表作」って何?

「山本周五郎の時代小説」のタイトルは?

なんか、ミステリーの素人には持ったいぶった書き方なんですが、ファンだとこういう風に書くのがカッコいいということなのでしょう。昔だと、直で池上冬樹著『ヒーローたちの荒野』に向かうのだろうけど、今はウィキペディアで難なく一件落着だからね。身も蓋もない世の中になったもんだ。でも、ウィキペディアで「ある代表作」に辿り着いた奴の頭が良くなったかどうかは別問題だという気がします。

小樽か…


▼ オール・マイ・ラヴィング   [RES]
  あらや   ..2016/12/05(月) 15:28  No.386
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今年度での閉校が決まっている南京極小学校への出前図書館。残すところあと2回の内の1回目、十二月の出前です。私のブックトークは「五十年前、百年前の本」でした。
なんでこういうテーマにしたかというと、じつはこの出前の二日前に京極小学校(←南京の併合先の学校です)の4年生たちが「五十年前、百年前の京極」を調べに湧学館に来ていたからなんですね。ちょっと切口がカッコいいなと思いました。「昔の京極を調べる」じゃなくて、「五十年前、百年前の京極」を調べる。
先生もわかっていたんじゃないかな。京極という町は、ちょうど百年前に脇方(アイヌ語地名「ワッカタサップ」)で鉄鉱石の鉱脈が発見されたことによって独特の発展をした町なんですね。北海道の鉄道網がまだ根室や稚内まで届いていない時代に、鉄道が走っていて当たり前の町が形成されていったのですから。
五十年前はその脇方の町の消滅ですね。戦争で鉄鉱石を掘って掘って掘り尽くして、ついに閉山を迎えたのが五十年前です。現在は人っ子一人いない虎杖茂る野っ原。

五十年前はビートルズが来日した年。テレビでウルトラマンが始まった年。本を選んでいる中でこの岩P成子『オール・マイ・ラヴィング』を見つけました。気に入りましたね。小学生には難しいだろうとは思ったけれど、こういう感情をおもしろいと思う小学生がいたら私はうれしい…と思って持っていく本箱にいれました。


 
▼ 王様に恋した魔女  
  あらや   ..2016/12/05(月) 15:31  No.387
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これも「五十年前、百年前」じゃないし… でも、南京の出前図書館があと一回しかないと思うと、いても立ってもいられなくて本箱に入れてしまいました。

柏葉幸子と佐竹美保のコンビって、ほんとレノン&マッカートニーじゃないの。鉄壁ですね。これからもがんがん作品を生み出してほしい。

ブックトークの結びで、『鉄腕アトム』の話をしました。2003年4月7日生まれのアトムが暮らす21世紀の未来社会で、ウランやお茶の水博士がダイヤル式の黒電話を使っている…という話を。この黒電話がケータイになり、スマホになってしまった「五十年後」の世界は、さすがの手塚治虫先生でも予測できなかった。つまり、それくらい「五十年後」なんて誰にもわからないものなんです。ただ、おじさんはたぶん「五十年後」には生きていないけれど、みんなはきっと「五十年後」の世界や自分を見ることができるでしょう。そこは、とてもうらやましいです。


▼ 裸の華   [RES]
  あらや   ..2016/10/11(火) 17:44  No.384
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十月八日の「支笏湖・洞爺湖めぐるバスの旅」、疲れた。

晴れ男伝説にもついに終わりの日が来て、八日午後からは雨の合間を見ては予定のコースをなんとか歩いたりしていたけれど、最後の「知里幸恵・銀のしずく記念館」で館長の横山むつみさんの訃報を知らされ、なにか得体の知れない悲しみが襲ってきました。帰り道の身体がひどく重かった。

バスの旅の後は今日まで三連休だったのだけど、なんか、疲れをとるだけで三連休が吹っ飛んだ感じです。この怠い感情や身体のまま、今週日曜日の倶知安風土館講座「くっちゃんアーカイブをつくろう」第1回に突っ込んで行くと思うと、ちょっとキツい。

唯一の救いは、手元に桜木紫乃『裸の華』があったことかな。昨日一日、部屋にひきこもって布団かぶって読んでいました。

踊り一筋のストリッパーが骨折して舞台を降り、四〇歳で故郷札幌に戻って、ススキノで店を開 <。従業員はわけありのバーテンダーと、性格のまるで違う新人ダンサー二人。どこまで演歌な話になるかと思いきや、なんだこの潔さ。
(朝日新聞2016年8月28日書評/中村和恵・評)

図書館現場にいると新刊図書はわりと楽に手にとれる。この快適さももうすぐ終わり、またただの図書館一利用者に戻って行こうとしているのだけれど、その話は風土館講座が終わった後にでも。


 
▼ 眠りなき夜明け  
  あらや   ..2016/10/16(日) 10:11  No.385
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 しかし、執筆の間、当然のことながらバブルの発生と崩壊、その後の<失われた二十年>についてあれこれ思いをめぐらさざるを得なかった。
 誰もが知るように、バブルの始まりは一九八五年のプラザ合意である。経済史上は翌年後半から九一年春までの五年足らずをいうそうだが、その崩壊は弾けたという俗な表現とは裏腹に諸指標のピークと下降の時期はでこぼこで、地方によって東京からタイムラグがあり、過渡期的現象のように何年かかかって進行した。北海道ではずっと遅く、九七年の北海道拓殖銀行の経営破綻が誰もが実感できる決定的な崩壊で、九〇年の薄野は悪い予感を抱えながらもまだ繁栄を謳歌していた。
(高城高「眠りなき夜明け」あとがき)

こちらも「すすきの」ものでしたね。ほんとに「すすきの」とは縁のない人生だったなぁ。

今日午後から風土館講座の第一回なんだけど、ファイターズの日本シリーズ進出がかかった大一番と重なってしまったからあまり人は来ないと思います。


▼ 「その後」の本   [RES]
  あらや   ..2016/09/22(木) 11:51  No.382
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「正塚さんは?」
 早苗は周りを見ながらきいた。
「別荘」
 森本さんは、つっけんどんに言ってスーツのポケットに手を入れた。
「お金持ちなんだ、正塚さん」
 早苗は正塚さんを見直した。」
「金持ちぃ? 別荘ってのはな、俺たちヤクザが使う言葉で刑務所って意味なんだよ」
 森本さんのひとことが、早苗の胸を突いた。
「刑務所にいるの? 正塚さん」
 早苗の表情が曇ったのを見て、森本さんが面倒くさそうに、
「心配ないって。すぐ戻って来るって。たいしたことで捕まったわけじゃないから、ハイ、ハイ、子どもは向こうへ行った、行った」
と言って、早苗を追い払うしぐさをした。
「よかった。あの、じゃ、伝えてくれますか。わたし、千葉県にある『竹田養護学園』って所に行くんです。正塚さんのおかげですって。お店のニキビのお兄さんにも、もう来ないけど、ありがとうございましたって」
 早苗が言い終わると、森本さんがサッと早苗の腕をつかんだ。
「俺も、そこにいたことある」
 森本さんは、スーツの内ポケットから百円札を出すと、
「少ないけど、これ、餞別」
と言って、早苗に渡した。
「つらいこと多いと思うけどよ、俺たちみたいにはなるなよ」
(上條さなえ「10歳の放浪記」)

南京極小学校の出前図書館。8月の「あの世の本」に続いて、9月は「その後の本」でした。で、『かなしみの詩』を読んでから『10歳の放浪記』に入るという変なことをやったんだけど、結果的に、どっちも良かったから問題なしです。白黒の写真、効きましたね。


 
▼ 「あの世」の本  
  あらや   ..2016/09/22(木) 12:13  No.383
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『かなしみの詩』に、小学五年生の早苗が竹田養護学園の本箱にあった『一握の砂』の歌によって内面の自立を果たして行く様子が描かれるですけど、こういう啄木、いいよなぁ。

こういう啄木しかいらないです。


▼ 北の詩と人   [RES]
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:00  No.379
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明後日から夏休み。知里幸恵、十六歳。旭川女子職業学校の二年生。

 彼女は、明日の終業式をすませたら、直ぐに登別の家に帰ろうと思っていた。帰ったところで何をする当てもなかった。ただ無性に帰りたい。帰って故郷の山河に包まれ、ゆっくり休みたい。今、自分の疲れた心を癒してくれるのは、故郷の山河しかない。それだけが救いのょうな気持ちだった。
 隆子にだけは、今のこの気持ちを打明けて話したい。いや、話したってどうにもなるわけではない。黙っているだけでいい。彼女はわかってくれるだろう…夏休みに入ったら、当分会えない。
 幸恵は学校の帰り、隆子の家に寄った。
(須知徳平「北の詩と人」)

名久井隆子。隆子は幸恵をアイヌだからといって差別しなかった唯一の友。


 
▼ 近文の一夜  
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:09  No.380
   「隆子は、二日前に札幌へ出かけて行ったんですよ」
 あの丸髷を結ったお母さんが言った。それから、
「これを、知里さんがお出でになったら、おあげするようにって、言いつかったんですよ」
 そう言って、紙に包んだものを手渡してくれた。何か本らしかった。
「黙って行ってしまってごめんなさいね」
 あとは、何をしに行ったとも言わなかった。誰にも言わないようにしているのだろう。
 それにしても、こんなに早く…隆子は何故、黙って行ってしまったのだろう。彼女はもう、神の御許へ召されてゆくのを覚悟しているのだろうか…
「このまま死ぬなんて、辛い…」
 最後に会ったとき、叫ぶように、こう言っていたのを思い出す……
 幸恵はいただいた紙包みの本を握って、夕暮れの旭橋を渡っていった。橋桁の足音が重たく暗く胸を刻んでゆく

 ものなベてうらはかなげに
 暮れゆきぬ
 とりあつめたる悲しみの日に

 この前、隆子から借りて読んだ、啄木の歌集の中の歌である。
 とりあつめたる悲しみ―今の自分は、その通りだと思った。
 教会の灯が見えた。玄関の前にゆくと、伯母の笑い声に交じって、聞きなれない男の声がした。誰かお客らしい。身なりを整えた。こんな時、沈んだ顔のように見られたくない。
(須知徳平「北の詩と人」)

といった昼間の経緯があって、そして近文の家に帰ったら、そこに金田一京助がいたのですね。金田一の、あの有名な『近文の一夜』にこうして入って行くのですが、いや、この展開はすばらしい! 金田一と知里幸恵の出会いをこのように書く人が四十年前にいたことに感動してる。

 
▼ シロカニペ(銀のしずく)  
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:45  No.381
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 幸恵は、自分の体の弱いことが悔やまれてならなかった。それが、自分の生まれついての宿命だと思っても、その辛さは消えなかった。いや、死ぬまで消えないと思う。
 ―明日を思い煩うな。明日は明日自ら思い煩わん。
 幸恵は、この聖句を思い浮かべる。どうしようもないことを思い煩う自分を、弱い人間だと思う。
 それにしても…彼女の胸は、激しく傷みつづける。
 今まで、自分と親しかった人たちが、なぜ次々と病気にかかったり、亡くなったりするのだろう。
 登別や近文から便りがある度に、必ず誰かの病気のことや、悲しい死亡の知らせがあった。彼女と親しかった、吉原サクさん、伏見の国雄さん、安子さん、直治さん、それから春枝さん……どうしてあんないい人ばかりが……。
 アイヌのコタンの死亡率は、和人のそれに較べてずっと多いという。みんな貧しいためなのだろうか。貧しさや無知のため、病気にかかっても医者にも診てもらえない。療養も満足にできない。そのためなのだろうか。それとも、アィヌはもともと、そのようなはかない生命に生まれついた種族なのだろうか、それが、亡びゆく種族の宿命なのだろうか―。
(須知徳平「北の詩と人」)

名久井隆子をはじめ、幸恵の身のまわりの人たちがばたばたと死んで行く描写に、知里幸恵という人間の形成がどのように行われたのかをまさまざと見る想いがします。この本は、読んでよかった。


▼ 震災後の不思議な話   [RES]
  あらや   ..2016/07/31(日) 11:11  No.377
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 この話は、二〇一一年の震災直後、私が関西に出張した際、阪神淡路大震災との比較が話題となった時に聞いたものです。取材ではなく、マイカル時代の知り合いとの会話の中で、「今回、こんな不思議なことがあったのよ」という話が出たのです。
(宇田川敬介「震災後の不思議な話」)

うーん。こういう語り口はどうしたものか。

著者の立ち位置がわからない。民俗学者なのか、郷土史家なのか、ルポ・ライターなのか、震災被害者なのか、そういうことをはっきりさせないまま「不思議な話」を始めるので、本のコンセプトや目指している結論がわからない。でも、解説したいんだろうな。解説抜きで「不思議な話」だけを並べれば、即「遠野物語」になってしまうし…

余計なお世話かもしれないけれど、後ろの著者略歴を引用しますね。「不思議な話」自体はたいへん興味深かったので。

宇田川敬介(うだがわ•けいすけ)
フリージャーナリスト、作家。1969年東京都生まれ。1994年中央大学法学部卒業、マイカルに入社。法務部にて企業交渉を担当。合弁会社ワーナー•マイカルの運営、1995年に経営破綻した京都厚生会の買収、1998年に初の海外店舗「マイカル大連」出店、1999年に開業したショッピングセンター小樽べイシティ(現ウイングベイ小樽)の開発などに携わる。マイカル破綻後に国会新聞社に入社、編集次長を務めた。著書に『日本文化の歳時記』『庄内藩幕末秘話』(ともに振学出版)、『どうしてだめなの?「世界のタブーjがよくわかる本』(笠倉出版社)『日本人が知らない「新聞」の真実』(祥伝社新書)などがある。

ふーん。そういうマイカル… 小樽の人は今でもあの建物を「マイカル」と呼びますよ。ウィングベイだなんて誰も言わないもんね。


 
▼ 震災風俗嬢  
  あらや   ..2016/07/31(日) 11:16  No.378
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こちらも興味深かったのですけれど、まあ、引用はなしで…

石巻のユキコさん、勉強になりました。


▼ 沈黙法廷   [RES]
  あらや   ..2016/06/18(土) 15:07  No.374
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「無罪でしたね。警察は、そうとうに頭に来てるんじゃないですか?」
「べつに」と伊室は答えた。「送検までがうちらの仕事だった。あの判決で頭に来ているのは、東京地検だ」
「きょうは何か?」
「馬場幸太郎のところに落合千春を派遣した夜のことを、また訊きたいんだ」
斉藤は、意外そうな顔となった。
「再捜査ってやつですか?」
「違う。世間話だ」
「どういうことです?」
「あのころ、送迎係は何人いた?」
(北海道新聞 2016年6月16日/佐々木譲「沈黙法廷」405回)

あれあれ… もうエピローグに入っているのに、新展開なんでしょうか。(真相は…という展開で話を納めるのかな)

珍しく新聞切り抜きで連載小説を読んでます。けっこう楽しい一年半でした。


 
▼ 犬の掟  
  あらや   ..2016/07/01(金) 07:08  No.375
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「沈黙法廷」、さすがのエンディング。「64」はこの人を見習うように。(44ページまで読んで、もう面倒くさくなって止めました)

6月は雨の日が多く、溜まっていた「犬の掟」などを読んでいました。

 
▼ 山本美紀  
  あらや   ..2016/07/04(月) 11:55  No.376
  北海道新聞に「小説『沈黙法廷』の連載を終えて」という佐々木譲の一文が出ましたね。

 わたしはこれまで、警察捜査小説はいくつも書いてきたけれども、現実には犯人で終わらない刑事事件が少なくないことも承知していた。いつかは「犯人逮捕のあとにも続く物語」を書くべきかもしれないと考えるようになっていた。
(北海道新聞 2016年7月4日/文化欄)

これは納得。一週間溜まった新聞を切り抜くのが楽しみでした。
それとは別に、とても大事なことを言ってるので、ふたたび引用させてもらいます。

 構成とはべつに、わたしはこの小説で日本の貧困も正面から取り上げようとした。すでにこの国は衰退期に入っており、正社員としての雇用すら高望みという世の中である。若いひとたちは、結婚すらあきらめなければならない水準の収入で、不安定な生活を強いられている。この困窮の問題に目をつぶってはどんな創作活動もできない、という社会になってしまった。わたしたちはもう生活苦とは無縁の主人公たちの軽やかなラブロマンスなど、生み出す社会基盤を失ってしまったのだ。
 そんないまの日本で貧しくも必死に働く主人公の山本美紀が、読者にとっても身内であり、あるいは自分自身と読んでもらえたなら、うれしい。連載を終えて、あらためてそう思う。
(同記事)

以前、『オージー好みの村』の読書会で「佐々木譲はかつての吉村昭が担っていたような領域に入って行くのではないか」と発言して顰蹙をかったことを思い出す。でも、その発言、今でも取り消すつもりはありませんから。








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