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読書会BBS

 
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▼ ゲゲゲの女房   [RES]
  あらや   ..2010/08/03(火) 08:38  No.207
  「ゲゲゲの女房」はこっち(読書会BBS)です。(司書室BBSではありません)

今年の二月、葬式で東京に行った時、一日だけ調布にいることがあって、その時、大々的に「ゲゲゲの女房の街、調布」をアピールしていましたね。四月の放送を楽しみに待っていたのだけど、期待に違わぬ出来。毎日楽しみに観ています。休みの日は再放送も観る。

貸本屋時代もおもしろかったけれど、プロダクション時代になって、ひとつ興味が増えました。それは「つげ義春」。アシスタントの小峰って、たぶん、つげ義春じゃないかと思うんだけど。

調布か… 帰り道、わざと京王線各駅に乗ったんだけど、学生時代、どの駅にも降りたことがあることに気がついた。同棲することになった(引っ越しの手伝い)とか、バイト先に近い方が(新宿、渋谷にすぐ出られる)とか。いろいろ、あったな。



▼ 組曲虐殺   [RES]
  あらや   ..2010/07/24(土) 08:50  No.206
  ♪ 小林三ツ星堂パン店
  小樽で一番のパン屋さん
  甘いアンパン アンコでパンパン
  とろとろとろける クリームパン

井上ひさしさんの最後の戯曲が「小林多喜二」とは!
もう観ることできないと思うと、とてもさびしい。
ご冥福を祈ります。
 



▼ 廃墟に乞う   [RES]
  あらや   ..2010/04/26(月) 07:38  No.194
  佐々木 道東は風景が違うんですよね。札幌から中標津や知床を目指して車で走っていくと、北海道が雄大だ、大陸的だと言ったって、ずっと日本の風景なんです。十勝平野だってまだ日本。ところが標茶(釧路管内標茶町)から虹別(同町)の手前あたりの丘を越えると、すかーんと目の前が広がり、風景が変わる。今までが日本で、ここからは違う土地なのだと感じます。
(北海道新聞 2010年4月26日)

今朝の新聞に、「廃墟に乞う」の佐々木譲さんと「羆撃ち」の久保俊治さんの対談が。そういえば、二人とも標津(しべつ)ですもんね。朝から元気が出るものを読みました。ありがとう。早起き、するもんですね。(「啄木会だより」第12号の原稿、今日あたりがリミットと覚悟して決意して起きた…)

たとえば根室に行く時、釧路を越えてからが長いんだよな〜 思い出しました。

ところで、「廃墟に乞う」、もろクッチャンだよという話なんですが… いつも貸出中なので、まだ確認できていません。すいません。


 
▼ オージー好みの村  
  あらや   ..2010/07/11(日) 11:59  No.205
   降りしきる雪の向こうに、巨大な看板が見えていた。
 日本語ではこう書かれている。
「ようこそ、ニセコ・グラン・ヒラフスキー場へ」
 それと同じサイズで英文表記があった。
“Welcome to NESEKO Mt. RESORT Grand HIRAFU”
 ようやく目的地に着いたのだ。
(佐々木譲「オージー好みの村」)

「廃墟に乞う」は、自宅療養中の刑事・仙道孝司をめぐるいくつかの事件簿…ということになるのでしょうか。その第一話が倶知安の山田、ひらふスキー場がある町の話なのでした。
ほんとにオーストラリア人がいっぱい集まっている町です。これだけ集まると、それに伴い、日本人も集まってくるわけで、ホテルや飲食店関係ばかりではなく、病院や語学や通信関係など(思ってもいない)仕事も集まってくる。一時期は、私の勤めている図書館でも(広域利用をしているので)一日の新規登録者8人全員が倶知安町山田の住所だったりしたものです。最近は落ち着いたようだけど。


▼ BOOK3   [RES]
  あらや   ..2010/07/05(月) 15:01  No.204
  「1Q84」のBOOK3、今朝、読了。昨日の日曜勤務を挟んで、幸せな週末だった。

 3日発売の季刊雑誌「考える人」(新潮社)に、作家、村上春樹さんがベストセラー小説「1Q84」の続編について「書く可能性はまったくないとは言えない」などと語ったロングインタビューが掲載される。
 村上さんはインタビューの中で、BOOK3までの展開について「あの前にも物語はあるし、あのあとにも物語がある」と前後の構想があることを明言。「解き明かされてしかるべきことはいくつかあります」とした上で、執筆について「BOOK4なりBOOK0なりがあるかどうかは、いまは僕にも何とも言えない」「もう興味がなくなっているかもしれない」などと語った。
(インターネット・ニュースより)

そうですか。どちらかというと、私は「BOOK0」かな。

さあ、今週からは死のロード。毎日、毎日、準備したことを、ミス無く、疲れ無く、こなして行かなければならない。



▼ 監獄ベースボール   [RES]
  あらや   ..2010/06/27(日) 15:24  No.203
   不意に、大井上の足元にボールが転がってきた。土で汚れたボールを拾い上げるや、大井上はグロウブをはめた長身の学生に向けて、矢のような球を返した。
「お上手ですね。失礼ですが、野球をやったことがおありではないですか?」
 少し離れたところから、球を捕った学生の朗らかな声が響いた。
「何、君はいまなんと言った?」
「野球(やきゅう)ですよ、野球。いまの返球、すぱらしい球筋でしたからね」
「やきゅうだと……。べースボールのことを、ここでは“やきゅう”と呼ぶのか? どう書くのだ、教えてくれ」
「簡単ですよ。野原の野に、球と書くんです」
 二人の会話を周りで聞いていた学生たちは、みな笑顔を浮かべている。
「べースボールを野球というようになったのだな」
「そうなんです。ご存知ではなかったんですね」
(成田智志「監獄ベースボール」)

明治28年3月、内務省は樺戸集治監典獄・大井上輝前(おおいのうえ・てるちか)を東京に呼び出す。表向きは千葉、埼玉、宮城三県への監獄事情視察だったが、これは事実上の、北海道からの「大井上」外しそのものだった。東京での飼い殺しに焦燥する日々。そんな大井上の前にころころと転がってきた野球ボールではあった。

いやー、いいですね。充分、堪能した。いい本を読んだ。ありがとう。



▼ 武士道シックスティーン   [RES]
  あらや   ..2010/06/18(金) 10:49  No.202
  今、私の勤めている図書館の読書新聞で「京中生にインタビュー」という連載をやっています。これは、町が主催する読書感想文コンクールの受賞者(中学生部門)に直接インタビューを行い、感想文にとりあげた本のおもしろさを語ってもらうという企画です。
以前とりあげた「14歳のノクターン」もそうした中で出会った一冊だったのですが、今回も新たに、重松清の「きみの友だち」と誉田哲也の「武士道シックスティーン」「セブンティーン」「エイティーン」を読みました。
感想。今の小説家って、みんな、小説、うまいなぁ…
特に、「武士道シックスティーン」は、感心した。(構成が「1Q84」なのが、おもしろい)
こういう本を選んでくる中学生のセンスもなかなかおもしろいです。「京中生にインタビュー」、ぜひ読んでみてください。「14歳のノクターン」で快調スタートしたこの企画。やはり、シメは「きみの友だち」かな…と思う今日この頃です。



▼ ナニカアル   [RES]
  あらや   ..2010/05/31(月) 20:39  No.200
  桐野夏生「ナニカアル」、読了。いやー、久しぶりにズシーンとくる桐野夏生だった。(「東京島」の時は、そんなに取り乱さなかったんですけどね…) 今回は直撃でした。ちょうど「スワン社資料室」の方で林芙美子を書いていたようなことも少しは影響しているんでしょうか。その資料室にも載せた林芙美子の写真です。「くつちやん」駅のこの写真、いいよねー。

 
▼ 田園日記  
  あらや   ..2010/06/03(木) 09:02  No.201
  関川 林芙美子を戦争協力者云々というのは定説めいているけれど、彼女にしてみれば、従軍は行商の旅なんですよ。
桐野 そうです。行商人の子でしたから、旅も商売も好きなんです。
関川 「漢口一番乗り」なんて、中国の奥地にネタを仕入れに行ったわけだ。帰ったら書いて売ろう、みたいな感じでしょう。この人には戦争鼓舞だとかは関係ないようです。
桐野 鼓舞というより、その場の実感だったのでしょう。行商はやはり生業なのでしょうね。当時のことを調べて結構驚いたのは、芸術家といわれる人たちのほとんどはペン部隊や、徴用などで積極的に戦争に関わってます。林芙美子だけが後々まで言われるのは、まあ、その仕入れがすごく成功したという一面があるんだろうな、とは思いますけれど、そういう星のもとに生まれてるんですね。
関川 行商が好きで、行商が人生だった、そういうことでしょう。
(「波」3月号/関川夏央×桐野夏生対談「虚を突く「文学」の仕事」)

いやー、「ナニカアル」効果といえばいいんでしょうか。これを読んでから林芙美子を読むと、なんでも面白く読める。今「田園日記」を読んでるんですけど、「ナニカアル」がなかったら単なる「倶知安」が登場するスワン社資料室もののひとつで終わったんでしょうね。感謝、感謝です。なんか、林芙美子って、宮沢賢治的なものからいちばん遠いところにいる日本人って感じしますね。


▼ 14歳のノクターン   [RES]
  あらや   ..2010/05/18(火) 10:18  No.199
  さとうまきこ「14歳のノクターン」、読了。五十年の歳月を越え、14歳の加藤章子、中学2年生の日々が甦る。

中2にして「ジャン・クリストフ」全五巻を読了。国木田独歩は途中で挫折。やっぱり「若草物語」の方がいい。(この感覚には懐かしいものがありますね… 男ばかりの兄弟だったので、こういうお姉さんがいる友だちがうらやましかった)

文中、ビル・エバンス・トリオの「いつか王子様が」とマイルス・ディビスの「枯葉」が効果的に使われています。今、「14歳のノクターン」を読む人が実際にこの2曲を聴くことができるならかなり味わい深くなるのではないかと思いました。(私がジャズ嫌いなのも、ひとつには進駐軍世代のイメージと、もうひとつはその世代の息子たち「団塊の世代」のモダン・ジャズ礼賛が鬱陶しかったからです) そんな自分の五十年前を思い出しました。私はこの小説でいうと、この頃、小学5年生くらいかな。廃品回収のリアカーにちょこんと乗っていた「アンデルセン童話集」を貰ってきて毎日読み返していました。



▼ 宮沢賢治の真相が判明した   [RES]
  tatsmaki [URL]   ..2010/05/16(日) 04:48  No.197
  宮沢賢治の真相が判明した。
創造主らの宇宙ブロックス管理界の教えによれば、成人の彼は、トカゲ座レプティリアン(4次元爬虫類型ヒューマノイド)の変身体だった。
元の賢治は少年時代に円盤で拉致、殺されて、飲血、死体分解された。そのあと、レプティリアンが生前の賢治そっくりに変身した。
地球はレプティリアンに侵略され資本制金権奴隷支配体制で支配されている。
「宮沢賢治」ことレプティリアン変身体は、従順な奴隷の支配を続けるため、日本人に「でくのぼう」になれと、詩を書いた。
「銀河鉄道」なんて、円盤で飛来したレプティリアンにとっては子供騙しのたわ言だが、日本人には有効だった。21世紀でもそれはマスゴミが続けている。
秘められた真相が暴露された:
詳細はURLを参照せよ。



 
▼ なるほど  
  あらや   ..2010/05/16(日) 14:08  No.198
  参照しました。レファレンスBBSの方は(無料レンタルなので)容量の関係で削除しましたが、こちらは残しておこうと考えています。


▼ 化生の海   [RES]
  あらや   ..2010/05/10(月) 09:42  No.195
  良かった。

ちょうど今は、啄木忌関係で「小樽啄木会だより」第12号づくりに没頭していた一昨日(5月8日)までと、14日からスタートする「後志の文学」読書会(なんと第1回が宮沢賢治!緊張すること夥しいです…)準備の間のエアポケットのような休日なのでした。そんな時期に読むには、適度に啄木や賢治といった重たいテーマから離れていて、頭や身体にやさしい内田康夫の「化生の海」ではありました。いずれ、スワン社資料室の「十一月の余市/小樽/札幌」で内田作品をとりあげようと思います。

「化生の海」。函館の三井倉庫の近くで拾われたから「三井所(みいしょ)さん」か… 「東京駅之介」の世界ですね。


 
▼ 新本格  
  あらや   ..2010/05/10(月) 09:46  No.196
   ところで、そもそも本格とは何だろう。最近は「本格ハードボイルド」「本格サスペンス」のように一種の美称接頭語として使われるケースが多いようだが、もともとは探偵小説(現在の推理小説)の分類概念である。
(「小樽殺人事件」解説/郷原宏「推理と旅情がほどよくブレンド」より)

「新本格」って言葉、「南東北(みなみとうほく)」みたいな感じで、なんか、真面目に考えるとなんのこっちゃ…となる言葉だったんですね。

 日本では戦前まで、英語のミステリーに相当するものをひっくるめて探偵小説と呼んでいた。だから、江戸川乱歩の『二銭銅貨』や『屋根裏の散歩者』も探偵小説なら、夢野久作の『ドグラ・マグラ』や『あやかしの鼓』もみんな探偵小説と呼ばれた。
 だが、これではあまりにも概念規定があいまいだというので、大正の末ごろになって、厳密な意味での探偵小説をそれ以外のものから区別しようという動きが出てきた。(中略) 甲賀三郎は大正十四年に「犯罪捜索のプロセスを主とするもの」を「純正探偵小説」と名づけた。甲賀はさらに翌大正十五年に、この「純正探偵小説」を「本格」と名づけ、異常心理や病的なテーマを扱った探偵小説を「変格」と呼んで、両者は厳格に区別されるべきものであると力説した。すなわち本格はあくまで変格に対する対立概念だったわけである。
 この分類は当時の探偵小説にとって大変便利なものであったらしく、たちまち一種の公用語として流通するようになった。昭和十年代に本格といえば、ほぼ今日の本格推理、すなわちパズル・ストーリーをさしていたと考えられる。ところが、戦後の国字改革で「偵」の字が当用漢字表から洩れ、探偵小説が推理小説と名を変えると、本格の意味も改変を余儀なくされることになった。
(同書より)

ふーん。「偵」の字って当用漢字表にないんだ。

 私のかすかな記憶によれば、昭和三十年代の前半までは、本格探偵小説という言い方はあっても、本格推理小説という用例はなかった。本格と推理は、さながら武士と侍のように、同じものをさすと考えられていたのである。
 しかし、ことばは生き物だとはよくいったもので、この推理小説がやがて、戦前の探偵小説と同じように、非本格的なものをも含意するようになった。
(同書より)

そうですね。これなら覚えがある。東京創元社の文庫本はみーんな「創元推理文庫」でしたね。

 ことに昭和三十年代の社会派ブーム以後、この傾向が顕著になったようである。そして、このころから、本格派は主として社会派の対立概念として使われることになった。
 そこで再び反省の気運が生まれ、昭和四十年代に入ると、社会派ブームの火付け役となった松本清張氏自身が新本格派を提唱し、推理小説はまた新しい時代を迎えた。以後、ポケットからひょいと事件解決のカギを取り出してみせるような名探偵は完全に姿を消し、そのかわりに私たちとほぼ等身大の素人探偵が活躍することになった。
(同書より)

なるほどねー。朝からいい頭のトレーニングだった。さあ、今日の休みで小樽啄木忌の写真をまとめて、「五月の小樽」書いて、頑張るぞ!








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