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司書室BBS

 
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▼ 5月23日   [RES]
  あらや   ..2012/05/31(木) 19:16  No.322
   中山峠通行戻る
 まず片側 19日ぶり
 土砂崩れのため、通行止めが続いていた札幌市南区の国道230号の中山峠が23日朝に片側通行で開通し、国道沿いの商業施設からは「客足が戻り始めた」と歓迎の声が上がった。札幌や後志管内の住民らも「これで遠回りしなくてすむ」と胸をなで下ろした。
(北海道新聞 2012年5月24日 32面)

よかったですね。

 通行止め後、札幌の病院への通院を控えていた胆振管内洞爺湖町の主婦佐藤美佐子さん(65)は「両膝が悪い85歳の母には痛み止めの薬を飲んで、我慢してもらっていた。ひとまず安心」とほっとした様子。
(同記事)

ひとたび復旧してしまうと、垣間見せていた「本願寺道路」の相貌は急速に影をひそめ、いつもの「中山峠」に戻ってしまう。残念…というと、そこら中からブーイングが起こりそうだが、やはり残念です。何十年も計画中断のままになっている「京極−定山渓」線の道道を、この際復活したらどうだろうか…という鋭い意見も出された今回の土砂崩れ事故。この地域を考えるいい契機になりました。

一度は「五月の後志」で書いたのですが、エントリーにはまだ無理があるということで、こちらに移します。


 
▼ 5月5日  
  あらや   ..2012/05/31(木) 19:18  No.323
   中山峠通行止め
 国道230号の中山峠付近で発生した土砂崩れによる通行止めは、7日も復旧の見通しが立たず、札幌と道南を結ぶ大動脈は絶たれたままの状態が続いている。大型連休後半の書き入れ時に客足が激減した国道沿いの観光施設や、迂回に伴い経費負担が増えている運送業者は「通行止めが長期化すれば死活問題」と不安を募らせる。今のところ宿泊客に深刻な影響が出ていない札幌・定山渓温泉からも、通行車両の激減を懸念する声が出ている。
(北海道新聞 2012年5月8日 1面)

 連休中、全国的には茨城県の竜巻被害が大ニュースだったけれど、ここ後志ではそんなテレビを見ているヒマがないような事態が発生していました。あの「本願寺道路」に土砂崩れが発生したのです。しかも、五月の連休の真っ最中に。東日本大震災から一年。国土のいろいろな部分が(人の心も含めて)傷んでいる。

 喜茂別 客足落ち込む
 国道沿いの商業施設「郷の駅 ホッときもべつ」では同日、計47台収容の駐車場に最も多くの車が止まったのは昼時の5台のみ。従業員の藤本茂さん(53)は「市街地入り口に通行止めの看板があり、用がある人以外は中に入って来づらい」。
 国道沿いにある町伏見の中華レストラン「かたくり」は5日夕から店を臨時休業した。店主の山田元幸さん(60)は「連休を見越して普段の3倍の肉や野菜を用意したが消費できず、業者の冷蔵庫に保管してもらった。店を再開する8日も、多分客は来ないだろう」とうつむいた。
(北海道新聞 2012年5月8日 小樽・後志版)

 5月5日昼、故あって洞爺湖の辺りをウロウロしていたのだけど、もう、その時からおかしな気配だった。連休だというのに観光客がいない。子どもたちの姿がない。湖をめぐる観光船もボートも動いていない。周辺の公園もガラガラ。道の駅は閑散。スイスイ車で動きまわれるから便利だったけれど、考えてみれば、こんなことありえないよなぁ…道内有数の観光地の休日なのに。
 そんな気配を実感したのが、京極への帰り道。国道230号の通行止めゲート、私たちも停められました。「中山峠は通れません。国道393の迂回路にまわってください」。「いや、私たちは京極への帰路ですから」。で、入っていった喜茂別町。ほんとに、人っ子ひとりいない、戒厳令下みたいな雰囲気になっていたのでした。(「最終兵器彼女」みたい…)
 国道393ってのは、普段、私が小樽へ戻る時に使っている道です。この道路が開通して、国道5号線を使っていた時代よりはかなりの時間短縮になったのだけど、それでも1時間強くらいの時間はかかる。その小樽まで出て、今度は小樽〜定山渓間の曲がりくねった山道を1時間ってのは、こりゃ大変な事態だなぁと感じ入った次第です。

 
▼ 本願寺道路  
  あらや   ..2012/05/31(木) 19:20  No.324
   国道230号を「本願寺道路」と呼ぶ人はもう北海道にもいないと思うけれど、あれは今でも「本願寺道路」ではあるのです。今回の土砂崩れは、改めて、「本願寺道路」が持っている意味を私たち道民に気づかせてくれたようにも思います。昔、書いたことがある。

http://www3.ocn.ne.jp/~swan2001/swanindex10106.html 「本願寺道路」

 舌足らずの文章だったけれど、従二一郎さんの「本願寺街道」という作品に触発されて私もなにか書きたくなりました。

http://www3.ocn.ne.jp/~swan2001/swanindex09122.html 「江差追分碑」

 私の中では、本願寺道路開削と神威岬以北への女人通行解禁は、北海道開拓の行方を占う世紀の大勝負二番ではあったと認識しているのです。

 今日(5月12日)現在、片側通行の復旧まででもけっこうな時間がかかるみたい。発生直後は観光産業への被害だけが取り沙汰されていたけれど、もはやそれを通り越してこの羊蹄山麓全体の生活被害へと拡大する様相を呈しています。病院ひとつとったって、みーんな札幌がらみですからね。学校、会社、家族…、すべて札幌圏とつながった地域なのだもの。
 たらたら走っていれば、いつの間にか小樽に着いた国道393も、昨日は、なーんか不機嫌な車で溢れかえっていました。前の車にへばりつくような運転。(追い越せばいいのに、わざと、もっとスピード上げろ!とせっつく…) ケータイで話しながら近づいてくる対向車。一昨日は静かな京極市街のど真ん中で事故った車も目撃しちゃったしな。なんか人心が乱れはじめている。

 
▼ 5月13日  
  あらや   ..2012/05/31(木) 19:23  No.325
  中山峠復旧工事 鉢呂議員が視察
(北海道新聞 2012年5月13日 小樽・後志版)

 国会中継を見ていると、鉢呂が質問者の側の席に陣取り意図的にテレビに露出しようとしているのがよくわかる。(←真摯な姿をアピールしたいのだろうか) で、今度は、さっそくの中山峠現場視察か。うろちょろ、復旧工事の邪魔するんじゃねえ! こんなイメージ操作で、「放射能うつしてやる」おじさんのイメージが消えるほど私たちはバカじゃない。

「地域おこし」にも打撃 中山峠通行止め
喜茂別の元協力隊員 店継続に黄信号
(北海道新聞 2012年5月15日 小樽・後志版)

う回通院 いつまで 中山峠通行止め
喜茂別町民 札幌まで長時間
妊婦「急に破水したら…」
(北海道新聞 2012年5月16日)

観光地 商売にならぬ
中山峠通行止め 京極、真狩の影響深刻
 「長年、店をやっているが、客がこれほど減った経験はない。平日の売り上げは1万円にも満たない」。羊蹄山の湧き水で知られる京極町のふきだし公園内で、ソフトクリームやトウモロコシの売店を営む小林一男さん(60)はため息をつく。
 通行止め以降、客は激減。平日の16日、約100台を収容する公園内の駐車場の車は数えるほどで、売店7軒のうち4軒がシャッタ−を下ろしたまま。満開のサクラも寂しげだ。
(北海道新聞 2012年5月18日 小樽・後志版)

 うーん、深刻…


▼ 退会   [RES]
  あらや   ..2012/04/17(火) 09:14  No.320
  小樽啄木会ホームページの編集を担当していた新谷保人の小樽啄木会退会に伴い、ホームページは、啄木が北海道を離れた四月二十四日をもって終了いたします。十年のご愛読ありがとうございました。
(小樽啄木会HP/ホームページ終了のお知らせ)

小樽啄木会を退会することにしました。理由は、今年六月に市立小樽文学館で開催される「石川啄木と小樽啄木会」展。啄木忌の会場借りる程度なら毎年我慢もしていたが、よりによって文学館が「小樽啄木会」を語るなどの事態に至ってはもうやってられない。ちまちま人形並べて喜んでいるような連中と私は同類じゃないですから。私はこれからも自分の信条に基づいてものを書いたり発言したりして行きたいから、小樽啄木会を退会することにしました。

ちまちま人形。こんなもん、旧石器を前夜に埋め込んでる藤村と同じだよ。いい歳した大人が、浅ましい。


 
▼ ジャイアント・キリング  
  あらや   ..2012/05/14(月) 19:29  No.321
  十年も続いた生活習慣だから、やはり切り替えるのは難しい。いつもなら小樽啄木忌に発行される「小樽啄木会だより」の制作でわさわさしていた時期なのだけど、それがスコーンと抜けて、かえって生活ペースが乱れてしまいました。余市で行われた「よみがえるふるさと in Yoichi」(写真)のレポートも落としてしまったし、「四月の小樽」を5月に掲載したりと、みっともないこと甚だしい。反省してます。

再起したい。まずは「五月の小樽」を、今、急いでいます。私も頑張るから、コンサドーレも頑張れ。二度とJ2に戻りたくはないんだ。








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