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▼ バイキ!   [RES]
  あらや [URL]   ..2009/02/19(木) 08:01  No.155
  「小豆」「おとぎり草」「種付けの集落」「穴はずれ」「バイキ!」「ヤンチャ引き」が、峯崎ひさみさんの小説「穴はずれ」に収められている六編。すべて、すばらしい! 特に、ラストの「バイキ!」「ヤンチャ引き」の二連発には唸ってしまった。豊乃姉の「バイキ!」の叫び声が、今も私の耳に残ります。

「ヤンチャ引き」の光三が経験した、ある種、「北の沢」に生きる幸福感(恍惚感)も魅力的。私は、舞台が京極町だから第一級と言っているのではありません。別に舞台が京極ではなくても、この作品が一級品であることにまちがいはない。ただ、京極でなければならなかった必然も強く感じる。

「北の沢」。札幌も喜茂別も小樽も東京もすべて実名で書かれているのに、「北の沢」だけが架空の一点になっているのは、ここが、作品世界の中心地であることに他ならない。その、夢幻の地の年代記、「穴はずれ」。凄い本に出逢ってしまった。



▼ 穴はずれ   [RES]
  あらや [URL]   ..2009/02/17(火) 22:26  No.153
  今時の北海道の若い奴は平気で「なまら」という言葉を使う。時として、役所の広報誌や商店街の広告チラシでも「なまら〜」とかやっているのを見かけることがある。いい歳した大人が恥ずかしくないものだろうかと思う。
「なまら」は、私が子どもだった五十年前にはすでに存在していた。けれど、そんな言葉をつかう人は身のまわりに誰もいない。こういう言葉づかいは、街場のチンピラか、浜の無教養な兄ちゃんたちのものだったから。
「穴はずれ」もこれに類した言葉なのではないかとは思う。知ってはいるけれど、口に出してはいけない言葉。(子どもの時から現在まで、私はこの「穴はずれ」は聞いたことがありません…この小説が初めて) あえて、この汚い言葉を小説のタイトルに持ってきた著者・峯崎ひさみに、作家としての度胸と技量を感じます。とてもデビュー作(?)とは思えない出来。

 おやじの熊撃ちを目の当たりにしたのはそれが初めてだった。身体の震えはなかなか止らなかった。いったん止んだ風花が、身じろぎもしない熊と夥しい血の上に舞い始めていた。戸がきしみ、手かざししながら母親が出て来た。薄物の裾が乱れ、肉付きのいい臑が見え隠れしていた。土に滲みきれず渦になっている血を踏んで、母親はおやじの側に歩み寄った。それはまるで、息絶えた熊の肉体から抜け出した化身のようにも見えた。母親は眩しそうにおやじを見上げた。息苦しかった。母親は袂の端を唾で濡らすとつと白い腕を伸ばし、おやじの髭面の返り血を拭った。俺の心臓が音立てて鳴った。
「ええ男だの……」
(峯崎ひさみ「穴はずれ」より/「穴はずれ」)


 
▼ 北の沢  
  あらや [URL]   ..2009/02/17(火) 22:29  No.154
  「穴はずれ」は、「羊蹄」のことばを調べていてたまたま出会った一冊。作品社、2004年4月の刊。「峯崎ひさみ」で検索しても、これ一冊しか世に出ていないようで、著者の来歴も奥付に書いてある以上のことは知れません。しかし、興味深いのは次のような箇所。

「崖が崩れてた所があって冷や汗かいちまったよ。ああ空気がうまい」
 鈴代は深呼吸して額の汗を押さえた。
 当時、鈴代は北の沢の人達がヤマと呼ぶ横方鉱山で宿舎の賄いをしていた。
 ヤマは、たまに父母にくっついて行く役場や商店のある街へ出るよりもずっと近い距離にあった。採掘場の赤い山肌や鉄塔がすぐそこに見え、風向きによって発破の音も聞こえた。しかし霧を溜めた深い沢に遮られて容易に行き来が出来なかった。
 鈴代は半日もかけてその沢を越えて来る。崖に沿った草深い道は、昔、タコ部屋から脱走した人達によってつけられたものだと聞いていた。
「これっ、鈴おばさんくたびれてるんだから、離れてろ離れてろ」
(峯崎ひさみ「穴はずれ」より/「種付けの集落」)

 文中で「横方鉱山」とあるのは、これはもう京極町の「脇方鉱山」ですね。「採掘場の赤い山肌や鉄塔」がすぐそこに見え、「役場や商店のある街」よりも近い。そして、「タコ部屋」の記述によって、鈴おばさんは(スワン社資料室「二月の京極」でもご紹介した)「軽川ずい道」付近へ迂回して「半日もかけて」やってくる。「崖」などの言葉からも、「北の沢」は、現在の京極町のワッカタサップ川とかペーペナイ川の上流の地域と思われます。

――来春早々、北の沢がダムに沈むことになりました。つきましては、来る十月二十日、故郷に別れを告げる会を計画しております。森林組合と役場のご好意により、駅前から北の沢集乳所跡までマイクロバスが出ますのでご利用下さい。暖冬の影響もあってまだ雪の心配はないと思われますが、足元に十分気をつけてお出掛け下さいますように。
 平成十年九月吉日。北の沢ゆかりの会代表・佐藤真知子
さっきから俺は、何度もその葉書を読み返していた。
(峯崎ひさみ「穴はずれ」より/「ヤンチャ引き」)

 いやー、第一級の京極町郷土資料ではないですか!


▼ 秀吉はいつ知ったか   [RES]
  あらや [URL]   ..2009/02/03(火) 10:39  No.150
  1月の16日、17日と二日続きで図書館行事があって、さすがに身体がガタガタになった。さらに昨日、こんな田舎にも光ケーブルの波が押し寄せてきていて(昨年11月にADSL工事をやったばかりだというのに)またまた光の大工事で休日をひとつつぶされた。なんか、たまらんひと月だった(ようやく年が明けたような気がする…)

落ち着いて本も読んでいられない毎日には、山田風太郎の文章が身に滲みました。簡潔な言葉。正確な歴史観と知識。品。


 
▼ 戦中派天才老人  
  あらや [URL]   ..2009/02/16(月) 12:42  No.152
  「秀吉は…」以来、なんか風太郎熱が十数年ぶりにぶり返してきて、小樽の本棚から関川夏央の「戦中派天才老人山田風太郎」を引っぱり出してきて読み返したりしています。ほんとに、ある意味、天才。この歳になるまでいろんな「頭の良い」といわれる人を見てきたけれど、今現在の結論は、山田風太郎ただ一人かなとまで思い始めている。


▼ utage・宴   [RES]
  あらや [URL]   ..2009/02/06(金) 10:35  No.151
  今、売れっ子の北海道作家が多いから、ひとつ一堂に会してアンソロジーでもつくってみようか…といった発想で編まれた本なのかと思っていたら、なんかちがうみたい。

トップの朝倉かすみ「おまえ、井上鏡子だろう」。朝倉かすみの愛読者ならば、この作品が、去年の話題作「田村はまだか」の後日談であることは一目瞭然。へえ、ずいぶんカッコいい技を使うんだな…と感心。(ほんと、中島みゆきを思い出す)
この時点では、まだ、朝倉かすみ独特の技というか、ファンサービスなのかと思っていたのだが、ラストの蜂谷涼「浚(さら)いの風」に至って、ちょっとこれはもう少し込み入った仕掛けを隠した本なのではないかと思うようになりました。「浚いの風」は、蜂谷涼の傑作「てけれっつのぱ」の後日談どころの話ではありません。「てけれっつのぱ」の構造そのものに深く拘わった、「てけれっつのぱ」最終章とでもいっていいくらいの作品だったのです。
(ちょうど「てけれっつのぱ」について書いたばかりなので、こちらもご覧いただければ幸いです。 http://www3.ocn.ne.jp/~swan2001/

他の作家、東直巳、小路幸也、中村南、鳴海章については、私はそんなに良い読者ではない(一冊も読んだことのない作家もいる)ので、皆が皆、こういうコンセプトで作品を出しているのかどうかはわかりませんが、なーんか、そういう知的な仕掛けの存在を感じます。おもしろい本だ。



▼ ラ・クカラチャ   [RES]
  あらや [URL]   ..2009/01/09(金) 10:21  No.149
  まさか、「ラ・クカラチャ」が「ゴキブリ」だとは思わなかったな!(もっと楽しい、例えば馬車でメキシコの野山を行進しているような歌かと思っていたよ…)

ラ・クカラチャ、ラ・クカラチャ、ゴキブリはもう歩けない、なぜって、マリファナが切れちゃったんだもの

って、歌だったんですね。高城高の訳では、こうなります。

油虫は 油虫は
 もう歩こうとしない
何故なら 何故なら
 吸う大麻煙草がないから

創元推理文庫版「高城高全集2/凍った太陽」、ようやく読破。いやー、よかった! こんな人が四十数年埋もれていたなんて、ほんとに信じられない。
収穫もたくさん。噂には聞いていた「X橋付近」を眼にすることもできたし、「ラ・クカラチャ」という凄い作品に出会うこともできた。札幌の街も大きく絡んでくる「志賀由利」四部作も、「異郷にて遠き日々」(←2007年復活の第一作)まで一気に読めるという至福状態。ほんとに、どうして四十数年も埋もれたんだろう? 非常に興味あります。



▼ いじめられっ子   [RES]
  あらや [URL]   ..2008/12/23(火) 19:44  No.147
  内藤vs山口戦まで、あと7分。
けっこう内藤の試合にシビれています。前回の清水戦の左フックに魅せられてしまった。


 
▼ チャンピオン・ベルト  
  あらや [URL]   ..2008/12/24(水) 08:45  No.148
  いいですね。なにか、今までのボクサーにはない情感のようなものを撃ち合っている最中に感じる。

内藤の「いじめられっ子のチャンピオン・ベルト」、なにかにつけて読み返す本です。今、いじめにあっている多くの子どもにとって、このいじめがいつ終わるのか…という大事なメッセージが書きこまれているように思う。


▼ 七瀬ふたたび   [RES]
  あらや [URL]   ..2008/11/22(土) 20:22  No.145
  今、NHKでやってるドラマ「七瀬ふたたび」。毎週見てるんですけど、毎週、なんかこんな話だったかな?と思いながら見ています。で、ついに我慢できなくて、図書館から「七瀬ふたたび」借りてきたわけです。

こんな話だった。

七瀬三部作は読んでいるはずなんだけど、頭に残っているのは「家族八景」のキョーレツさだけだったみたい。(ドラマは新鮮に楽しめそう…)


 
▼ エディプス  
  あらや [URL]   ..2008/11/26(水) 09:02  No.146
  やっぱり、こんな話じゃないなぁ。

イントロだけは「七瀬ふたたび」だけど、その後の展開が180度ちがう。「エディプスの恋人」まで三部作読み返したけど、「父親」なんて一言も出てはこないよ。なんかこんな話だったかな…と感じた最大の原因はこれだったんですね。話の軸が「父親さがし」になってしまうと、「七瀬ふたたび」の逸話の意味のひとつひとつがひっくり返ってしまう。小説では超能力者の孤独を意味するサインだったのが、ドラマではプラスの超能力になってしまう。けっこう大胆に書き換えたものですね。(どう結末をつけるのか、楽しみになってきた)

小説「七瀬ふたたび」、今読んでも衰えを感じなかった。ふたたび、暗い感動があった。全盛時の筒井康隆の小説家としての威力をびしびしと感じました。(失礼な言い方かもしれないが)


▼ イーハトーブ温泉学   [RES]
  あらや [URL]   ..2008/11/18(火) 00:01  No.144
  単なる、賢治さん大好き本の一冊かと思っていたが、とても、とても、そんなレベルではないようだ。ここのところ、冬支度の時間も惜しんで読み耽っています。もしかしたら、「保阪嘉内」以来の大事件かもしれない。これは、大展開なのかもしれない。

パソコンが壊れていた時期に読んでいた、ル・グウィン「パワー」に匹敵するくらいの… 世の中には、凄い人がいるもんだ。



▼ 高城高   [RES]
  あらや [URL]   ..2008/10/27(月) 10:01  No.141
   確かにその日は夏枯れだった。来道した皇太子が釧路を過ぎてほっと一息ついた時だったからだ。江上は社にたった一つしかないスピグラを提げて、駅近くの社をつまらなそうな顔で出て来た。その日は水銀柱が二十六度にのぼり、釧路としては最高の気温だった。江上は滅多に着ないナイロンのポロシャツを着て、北大通(きたおおどおり)を南の方ヘキョロキョロしながら歩いていた。
 彼が探しているのはサックドレスだった。サックドレスを着ている娘を写して二十六度の気温と結びつければ相当紙面が埋まるはずだった。
(高城高「暗い海深い霧」)

真夏で、26度か…
昔、真夏の夜八時の根室の街を歩いていたけど、Tシャツでは夜風が冷たかったことを思い出す。呑み屋以外の店はもうとっくに閉まって、街路に人影はないし。ほんとに「荒涼たる」という言葉がふさわしかった。釧路の子どもは入道雲なんか見たことがない…とかよく聞くけれど、さもありなんと思わせる高城高(こうじょう・こう)の小説世界ではあります。
創元推理文庫版全集の第1巻「墓標なき墓場」を読んだ時点では、そのあまりの名推理ぶりにびっくりして、釧路〜根室の描写を味わうヒマもなかったというのが本当のところです。第3巻の短編集に至ってかな、ようやくですが、高城高がなにか取り憑かれたように描き続けた道東の風景に私も愛おしさのようなものが湧き上がってくるようになりました。


 
▼ 釧路新聞社  
  あらや [URL]   ..2008/10/27(月) 10:05  No.142
   勤務していた支社は一年ほど後に移転新築されるまで、戦前まであった地方新聞の建物に入っていた。煉瓦造り二階建ての社屋には、かつて石川啄木がわずかの間勤務していた。その二階で夜勤をしているとだれかが「またやってるぞ」という。裏の窓からのぞくと、路地裏の暗い街灯の下でにらみ合っている男二人は、霧にかすんで手にしている鯖裂きまでは見えない。と、みる間に二つの影が一つになり、うつ伏せに崩れた一人を残して相手は逃げ去った。「おい、誰か救急車を呼んでやれよ」で、みな仕事に戻る。死んだのは本州の漁船員、犯人は朝になれば船に乗ってしまう。朝刊に入れるほどのものでなく、夕刊で十行足らずの記事だ。
(高城高「墓標なき墓場」創元推理文庫版あとがき)

「霧と原野へのノスタルジア」と題されたあとがきが、けっこう心地よい。釧路新聞社か…(ちょっと、うらやましい) 啄木の「病院の窓」から徒歩で十二、三分という感じですね。


▼ 保阪庸夫さん   [RES]
  あらや [URL]   ..2008/10/14(火) 22:30  No.139
  今、「テレビ鑑定団」を見ていたら保阪庸夫さんが出てきて、さらに、宮沢賢治の保阪嘉内宛書簡73通がテレビ画面に大写しになって大変驚いた。はたして鑑定結果や、如何に。保阪さんは「1億円」。鑑定結果は「1億8千万円」でした。こういうものに値段がつくというのも可笑しいが、そんなことをあれこれいう前に、やはり73通をバーンと目の前で見たショックの方が大きい。酒呑んでて、すごく反省。

いつもならNHKのニュースを見ているのですが、火曜日なのでNHKは歌謡ショー。それで東京12チャンネルの方にスイッチしていたのですが、沖縄の海底ピラミッドは見られるし、保阪嘉内の73通は見られるし、なんか今日は不思議な巡り合わせの日でしたね。

ところで… スワン社の仕事を京極に移したので、こういう技ができるようになりました。今、見聞きしたこと、考えたことを即座に書けるようになっています。今のところ、パソコンが壊れた直後の9月前後の記事だけは救いとることができなかったため、その修復(というより、気力をとりもどすのに)に時間がかかっていますが、今月中にはそれも回復すると思います。今少しお待ちください。









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