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司書室BBS

 
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▼ 「人間像」第28号   [RES]
  あらや   ..2018/02/06(火) 11:52  No.568
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「人間像」第28号デジタル化に「44時間/延べ日数6日間」。いつもよりは鮮明な印刷だったのでOCR作業が捗りました。心理的には「20時間」くらいの作業量に感じていたけど、最後に計算してみたらいつもの「40時間」台でしたね。まあ、こんなものか。

作業がやり易くなって来たと感じるのには、いろいろ技術的な要因もあるけれど、そういうこととは別に、駄作がなくなったことも大きいと感じます。駄作作家が居なくなった。キーを打っていて、不可解な言葉遣いや表現に苛々することもめっきり減りましたね。みんな、気がつかない内に腕が上がって来ています。

昭和28年。1953年。明らかに戦後の混乱とはちがった世相が登場して来ていますね。私も、実家の母が生きている内にこの時代のことを聞いておこうと思い始めています。次号(第29号)からは昭和29年。「洞爺丸台風」か。作品のレビューは読書会BBSで行いますが、こちらの司書室BBSでは「昭和20年代」の考察(笑)をやってみようかな。


 
▼ 第30号対応  
  あらや   ..2018/02/06(火) 15:32  No.569
   間なしに「人間像第三十号」を出す事になるが、これを記念号にして百三十頁位の大冊を発刊しようと予定している。で全同人にそれ/\作品を発表してもらり積りでいるから準備しておいて貰い度い。「道」の出発から足掛け五年、ずい分いろんな道を歩いて来たが我々は一服する事を知らない。若い時の休みない労力はいいものだそうだ。「人間像」が未だに一つの主義を持たぬ事を云々する人がいるが、何よりも先づ個々に完成する事に努力しよう。(上沢記)
(「人間像」第28号/編集後記)

第26号以降の「人間像」について、広告ページや裏表紙の画像を加えることにしました。これは、第30号記念号にかけて、どんどん裏表紙などの部分にも大事な情報が増えて来るからです。これらの情報がないと「一冊丸ごと」復刻にならない。

今日中に第29号作業に入ります。別に意味はないけれど、二月中に第30号記念号を完了したい。第30号を越えて雪解けの三月を迎えれば、なにか良いことがその向こうに待っているような気がしています。渡部さんも、奥沢町から相生町に引っ越したみたいだし…


▼ 「人間像」第27号   [RES]
  あらや   ..2018/01/29(月) 17:21  No.567
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「人間像」第27号デジタル化に「46時間/延べ日数8日間」かかりました。

 朽木寒三「夜更けの部屋」
 針山和美「反抗期」
 金澤欣哉「復讐」
 門脇幸夫「泣きつ面(三)」
 飯山倓朗「幻覚」
 福島昭午「鴛鴦」
 内田保夫「轢死」

いや、凄い。創作(小説)だけで7本。これに、木村不二男氏の連載随筆「文学青年の頃」と上沢祥昭氏と清瀬彌須政氏の詩が合体するのですからね。70ページ、全くスキのない「人間像」ではありました。同人の人たち、書いていて楽しいだろうなあ。

久しぶりの渡部秀正氏(←すっかりファンです)、読みたいので明日から第28号に入ります。渡部氏は「奥沢町」(←新幹線の「新小樽駅」ができる所)、上沢氏は今はもう無い「砂留町」に住んでいるんですよ。



▼ 有島の里   [RES]
  あらや   ..2018/01/20(土) 17:33  No.563
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阿部信一『有島の里』をアップしました。
三分冊に分けてあります。[1]は内容的に「阿部一族」とでも云える部分。[2]が『カインの末裔』のモデル「広岡吉太郎」物語とでも云える部分。[3]は「有島武郎」「有島記念館」に関する雑纂となります。

山麓の作家をあれこれ読んできましたが、私のささやかな感想で云えば、有島文学に触発されてものを書きはじめた山麓の作家はいないと思います。(滓みたいな作品まで拾い漁れば、そりゃあるだろうけど…) みんな、もっと切実な自分の内面(戦争とか、戦後開拓とか)に従って作品を書きはじめている。阿部さんの作品も当然自己の内面の発露に決まっていますが、ただ、生まれた場が有島(山本)農場だったことが、その作品を特別なものにしていると思うのです。稀有に思う。

「人間像」デジタル復刻を一号休んでも、ライブラリー化する価値はあった。
一週間遅れましたが、これから第27号作業へ。


 
▼ ちまちま  
  あらや   ..2018/01/26(金) 13:15  No.564
  
http://www.h-bungaku.or.jp/exhibition/special.html

まだ、こんなことやってんのか…

 
▼ 前田克己さん  
  あらや   ..2018/01/26(金) 13:20  No.565
  昨日の新聞に嬉しい記事が。

前田さんの遺稿集出版
地域の歴史発掘「余市豆本」主宰
会津藩士の考察、新聞寄稿… 編集仲間2人4年がかり
【余市】地方に眠る歴史を発掘してきた「余市豆本」主宰者で昨年3月、104歳で死去した前田克己さんをしのぶ遺稿集「百歳の歩み」が出版された。前田さんとともに豆本編集に携わった町内の元教員、武井幸夫さん(82)と菅原一也さん(87)が4年がかりで編集。2人は「郷土の歴史に光を当ててきた前田さんの業績を知ってほしい」と話している。
(北海道新聞 2018年1月25日 小樽後志欄)

前田さんの本は私にはあまりにも身近にあった本なので、かえって、その人となりについて深く考えたことがなかったです。

 前田さんは京極町出身で戦前から1973年まで、管内の小、中学校の理科教諭や校長を歴任。終戦後の教育改革では後志教育局指導課長を務めた。京極町の脇方小校長だった61年には全国学力テストを中止し、道教委の停職処分を受けた(後に取り消し)。退職後は余市に移住し、85年から豆本の編集と出版に取り組み2016年までに57冊を刊行。94年には道文科財保護功労者に選ばれた。……
(同記事)

そうだった。理科の先生でしたね。今まであまり気にとめてなかったところに意外な発見があるかもしれない。待ち遠しい一冊です。

 
▼ 後志風土記  
  あらや   ..2018/01/26(金) 13:24  No.566
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前田さんは「京極文芸」にも『後志風土記』を12回連載されています。よく誤解されるのですが、この『後志風土記』は、余市豆本で出版された『後志風土記(正・続)』とは大きく内容が異なるものです。「京極文芸」で連載したものをまとめて、余市豆本版『後志風土記』にしたのではありません。いわば『後志風土記』というタイトルの本が三冊あるのだと考えた方がよいと思います。
あるいは、この三冊には入らなかったけれど、未発見の「後志風土記」ものが雑誌・新聞記事・草稿類の中に眠っているかもしれません。そう想像するのは、例えば余市豆本『続後志風土記』を見ると、一冊の中のほとんどが『喜茂別町史』『京極町史』からの文章のコラージュで出来上がっていることに気がついたりします。両町史は前田さんが初めて執筆・編纂に手を染めた本ですが、その初期の仕事が今一度『続後志風土記』となって甦るところに前田克己という人が持っている度量みたいなものを感じます。

前田さんは一生涯かかって〈後志風土記〉という大きな物語を書いたのだと思います。その認識の上で、「人間像ライブラリー」でも当然『後志風土記』のデジタル復刻を考えています。実は準備もある程度整っているのですが、如何せん、その著作権許諾に難航しています。著作権継承者に行きあたらない。

阿部信一さんがご存命であったことがどれほど有難いことであったか、今噛みしめています。ご存命であれば、著作権者から直で許諾を得られる。それができないとなると、なかなか事態は難しくなってくるのです。前田克己さんに間に合わなかったことを悔しく思います。


▼ 「人間像」第26号   [RES]
  あらや   ..2018/01/14(日) 17:19  No.561
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「人間像」第26号デジタル化には「44時間/延べ日数8日間」がかかりました。

ガリ版(孔版)印刷から活版印刷に代わった第23号以降、軒並み40時間以上の時間がかかっているのはどうしてだろうとその度毎に考えてきたのだけど、第26号終了時点の結論では「活版」ということになるのだと思います。つまり、活版の小さな活字びっしりのページになって、文字量が相当に増えているんですね。
しかし、これが効を奏したのでしょう。ガリ版時代だったら遠慮していただろう長篇作にも挑めるようになってレベルの高い作品が増えたように感じます。あるいは、駄作が活字になるとその駄目さ加減が誰の目にもあからさまになりますから、そうした作品・作家が自然に淘汰されて、「人間像」の質のアップにつながって行ったのかもしれません。

 対外的にも少しずつ認められ、新聞の同人誌評などに誌名が載るようになるとともに固定的に長続きする人達が参加して来るようになった。
 翌二十八年には福島昭午・秋庭武之・内田保夫・今出力弥・佐々木徳次などが参加、この年の第二十四号から旭川刑務所での印刷が始まった。印刷費がぐんと軽減され、二倍負担の三人も同額になった。発行回数と頁が増え、同人達の意欲をさらに高めることになった。
(針山和美「『人間像』の五十年」)


 
▼ 福島昭午氏  
  あらや   ..2018/01/14(日) 17:24  No.562
   針山君とは中学で同じクラス。
 意欲だけは人一倍持つているくせに、性来のP惰と無能から原稿用紙に向つても、中途で飽いたり、行きずまつたりして未だまとまつたもの一つ書いてない始末。極めて情けないが、今度針山君から尻をたたかれ、たたかれ「人間像」の同人の片隅に席を置かして頂くことになつたものである。無能とは云え参加した以上は大いに書かせて頂くし、又大いに諸兄姉の御教示を頂きたいものと思う。
 同人に参加した理由として、この雑誌が、一定の主義主張の下に拘束されないということに共鳴したのがそもそもでもある。――勿もそんな事を主張すること自体一つの主義と見倣せないわけでもなかろう。
 アプレといえば一種の軽蔑の意味を持つて解釈され勝ちだが、もうそろそろアプレの生み出した新らしいものを見せてもよい頃だと思う。あまり勝手な事を書いているうちに貴重なスペースを食いつぶしてはいけない。かんたんに自己紹介を。
 一、昭和二十三年倶中卒
 一、同年四月から現在まで田舎教師
 一、去年の八月御園のとなり鈴川に転任
(人間像第26号/福島昭午「自己紹介」)

第26号にて福島昭午氏の参加。「人間像ライブラリー」著者別索引のラインナップには、針山氏の「『人間像』の五十年」と『人間像・針山和美追悼号』に挙げられた名前を主な参考にさせていただいてますが、この福島氏の登場によって、残すは、平木國夫氏、白鳥昇氏、丸本明子氏といった方々になってきました。ほぼ「人間像」スタイルの完成か。ただ、旭川刑務所はもう少し頑張ってくださいね。一発目から「福島昭平」氏になっていたよ。誤字、凄いや。


▼ 「人間像」第25号   [RES]
  あらや   ..2018/01/05(金) 12:49  No.560
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「人間像」第25号のデジタル化にかかった時間は「48時間/延べ日数10日間」でした。
80ページ長の大冊第24号とそこそこ同じくらいの時間がかかった理由はよくわからないのですが、年末年始の雑用とか12月の大雪とかで、なかなか作業一本に集中することができなかったからかもしれません。

「平成三十年」にはちょっと感無量。『天皇の黄昏』からもう30年も経ったのか。「公開日:2018/1/5」と書き込んでいて、それも凄いことだと感じます。なんたって入力している「人間像」第25号は「1953(昭和28)年5月」発行ですからね。昭和28年たら、私、生まれて半年ですよ。それを今、年金生活者の私がデジタル化してるんですからね。なんか、不思議だ。



▼ 迎春   [RES]
  あらや   ..2018/01/01(月) 10:12  No.559
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今年もよろしくお願いします。
元日は、「人間像」第25号、40ページ針山和美『放任』からのスタートとなりました。
今年も倦まず弛まず先へ急ぎます。



▼ 阿部信一さん   [RES]
  あらや   ..2017/12/24(日) 16:27  No.558
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 有島記念館は、赤く燃えるレンガの壁、その外形は有島の大地に凍てつく白い炎。欧州の教会を思わせる建築。春夏秋冬白い和服の貴婦人の如く静かなただずまいを見せている。「人は自然を美しいという。然しそれよりも自然は美しい。人は自然を荘厳だという、然しそれよりも自然は荘厳だ………」有島武郎の「自然と人」の一節を風の流れの中から聞える。
(阿部信一「有島の大地」)

現在、「人間像」第25号作業を中断して、「京極文芸」に発表された阿部信一さんの作品のデジタル化を行っています。異例なことですが、今年の三月まで湧学館でやっていた仕事と、四月から始まった「人間像ライブラリー」の仕事をつなぐ大事な作業です。
デジタル・ライブラリー構想は今に始まったものではなく、京極時代、いや小樽時代からすでに原資料の収集は始められていました。「これは!」と感じた作品や作家については、いつでもデジタル化できる態勢とともに、作品発表時の現物で確認できるようスワン社内での保存を心がけています。それは、夥しいコピー書類や紙の山となってスワン社に結果しているわけですが…
この度、阿部信一さんから「人間像ライブラリー」掲載の著作権許諾をいただいたことにより、その山の一角が整備される気配が出てきました。この進展は、ライブラリー作業全体にいい影響を与えてくれるものと考えています。

「京極文芸」後半期に彗星の如く登場し、私たちの山麓文学構想に大きな力を与えてくれた阿部信一さんについては「読書会BBS」で。



▼ 「人間像」第24号   [RES]
  あらや   ..2017/12/18(月) 17:47  No.557
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「人間像」第24号のデジタル化完了。かかった時間は「49時間/延べ日数9日間」でした。いつもは50ページ前後の文量なのですが、この第24号だけは80ページ長なので少し時間がかかりました。まあ、この程度で弱音を吐いていられないけど。年内にもう一冊仕上げたい。

目の前に小樽湾が広がっている仕事部屋で、時々、京極の冬を思い出すことがある。朝、出勤前に雪かきをしても、夜に帰ってくれば朝にも増して雪が積もっている。積もった雪の上に、屋根から落ちてきた雪が重なる。とりあえず玄関の出入りだけは確保しておいて、後は土・日か…とかね。週末まで裏の窓全部が埋まらなければラッキーだとか。なにか、職場の仕事以外は、一冬中、雪のことであたふたしていた毎日だったなあ。「人間像」に関するプランが何も立たなくてとても焦っていました。



▼ 「人間像」第23号   [RES]
  あらや   ..2017/12/07(木) 16:37  No.555
  「人間像」第23号のデジタル化にかかった時間は「38時間/延べ日数7日間」でした。じつに前回の第22号(孔版印刷)と同タイム。作業量の大小にかかわらず、「一週間」で一冊をまとめるようなスタイルが出来上がりつつあるのかな。

◎さて此の号は三周年記念号として昨年十一月発行の予定であつたが、印刷所の止むを得ない事情の為遂に年を越し、おまけに五十一頁以後は印刷をあきらめなければならないような事態に立至つた。その為、切角御寄稿願つた「われわれの立場」を始め、門脇君の力作「虚洞」など次号に廻さなればならなくなりました事を、此處に低頭平身、平にお詫び致します。
(「人間像」第23号/編集後記)

「人間像」第23号。昭和28年2月の発行なんですね。私の生まれた昭和27年11月、ふっ飛んでしまった。でも、「次号予告」には新同人・金澤欣哉氏の名前も見えたりして、いよいよ急ピッチで初期「人間像」メンバーが集まりはじめているのが嬉しいですね。


 
▼ 同人像  
  あらや   ..2017/12/07(木) 16:43  No.556
  「人間像」第23号には(これも大変珍しい)同人の写真が載せられています。

みんな、若いなあ! 渡部さん、小樽の繊維会社の前で撮った一枚なのでしょうか。この笑顔を見ながら、『セールスマン物語』のデジタル復刻をやってるのサイコーでした。自分のやっていることに自信を持ちました。第170号「渡部秀正追悼号」まで私は頑張れる。

なお、ライブラリー検索システムが動き出しましたので、今まで「司書室BBS」でやっていました作品評部分は「読書会BBS」へ移行します。皆様もライブラリー作品の感想をお寄せください。


▼ 「人間像」第22号   [RES]
  あらや   ..2017/11/29(水) 12:11  No.554
  「人間像」第22号デジタル化、完了。かかった時間は「38時間/延べ日数7日間」でした。最後のガリ版、ちょっとキツかった。「ライブラリー検索」がなかったら、くじけていたかもしれない。ミスタッチ(←アップする度に必ず一つ二つ見つける)は多いけれど、それでもみんなが見ているところで、今日は何作品増えた…と確認しながら作業を進められるのは本当にありがたいことです。

いつか僕は本誌の誌上で「雨後の竹の子」と題し、七冊ばかりの同人雑誌を紹介した事があるが、あの中で今なお健在なのは広島から出ている「杜松」(前名天木香)一冊と云う淋しさ、それも短歌雑誌なのだから、小説を中心とした所謂同人雑誌と云う奴は容易に三年とは続かぬものであるらしい。其処へ今度は北海道の最有力誌と目されていた「札幌文学」の休刊が報ぜられて、僕はいよいよ同人雑誌の宿命と云うものに確信(?)を持たざるを得なくなつた。
(「人間像」第22号/編集後記)

昭和27年。私が生まれた年。最大限の注目を持って読んでいます。









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