| TOP | HOME | 携帯用 |



読書会BBS

 
Name
Mail
URL
Backcolor
Fontcolor
Title  
File  
Cookie Preview      DelKey 

▼ Wonder   [RES]
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:27  No.370
  .jpg / 3.4KB

今年も前年度読書感想文コンクール入賞者にその本の話を聞く「京中生インタビュー」の季節がやってきて、今、その受賞作品を全部読んで(読みかえして)いるところです。得るもの、多し。

オーガスト・プルマンはふつうの男の子。ただし、顔以外は――。
(R.J.パラシオ「ワンダー」帯)

やっぱり、アメリカ文学はやるなぁ。女子サッカーのワンバックみたいな弾丸シュート。


 
▼ アンネの日記  
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:32  No.371
  .jpg / 4.3KB

自慢じゃないが、『アンネの日記』を最後まで読めたことがなかった。あの「親愛なるキティへ」というような書き方がなんかピンと来なくて。でも、今回は一気に最後まで読めたんだよね。自分でも、びっくり。

これはひとえに、中学2年生の書いた読書感想文が優れていたからです。たいしたもんだ。

 
▼ 舟を編む  
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:37  No.372
  .jpg / 2.0KB

これも自慢じゃないが、三浦しをん『舟を編む』、忙しさにかまけて読んでませんでした。今回の感想文を機に慌てて読んだんだけど、これ、もっと早く読むべきでしたね。反省… 上橋菜穂子とか、気にはかかってるんだけど読みはじめていないものが少しずつたまっています。せめて、現役の中学生の読書感想文には後れをとらないようにしようと考える次第です。

 
▼ 14歳の水平線  
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:43  No.373
  .jpg / 4.1KB

「うみぶどう」、ポプラディアで調べました。おいしそー。「ドゥヤーギー」、水木しげるの妖怪図鑑にも出てこない。フィクションなんですかね。「天徳島」もフィクション?

俄然、沖縄のことあれこれ知りたくなった。(花村萬月の時とはえらいちがい…)

インタビュー本のチェックが終わったら、柏葉幸子以来久しぶりの椰月美智子本固め読み態勢に入るでしょう。ま、夏休みに沖縄という線はないと思うが。


▼ ひまわりのかっちゃん   [RES]
  あらや [URL]   ..2008/09/02(火) 01:30  No.135
  やはり、この人はちょっと面白いかもしれない…

倶知安高生と真剣対話 (北海道新聞 2008年8月26日 小樽後志版)
【倶知安】昭和四十年代の倶知安を舞台にした自叙伝「青春 ひまわりのかっちゃん」(講談社刊)の著者で放送作家の西川つかささん(50)=埼玉県春日部市在住=が二十五日、母校の倶知安高校で講演した。
 講演は「何があっても大丈夫!〜ぼくはこうして夢をつかんだ」と題して行われる予定だった。だが西川さんが私語をする生徒を退席させたため、会場は緊迫した雰囲気に。話を中断し、会場に残った生徒と質疑応答する異例の形で行われた。(後略)

隣町なのに、こういう場面に立ち会えなくて、とても残念。


 
▼ 青春  
  あらや [URL]   ..2008/09/02(火) 01:35  No.136
  本を実名で書いた理由について、西川さんは「この学校を卒業した事実は逃れられない。(暴力の嵐の中で自暴自棄だった)『暗黒時代』を隠さずに書くことで、自分にけじめをつけようと思った」と語った。 (同記事より)

新聞は小樽後志版として扱うので、どうしても倶知安の中学〜高校にいた時期に焦点を合わせて本を読んでしまう。でも、「青春 ひまわりのかっちゃん」を読んで、私がいちばん印象に残ったのは、倶知安に転校してくる直前、北檜山の中学校の、二月放課後の教室の場面ではありました。たまたま教室に残っていた悟とかっちゃん。

「悟、おまえ、中学校卒業したらどうするんだ?」
「働きに出る」
「なにして働くんだ?」
「函館の五島軒(ごとうけん)。そこでコックの見習いやるんだ。おれ、勉強はできないけど料理なら自信あるからな」

貧困故、進学の夢がかなわない悟やガスたち。彼らを慮って、「おれ、高校生になったらよ、夏休みに五島軒に行くから、悟が作った料理食べさせてくれや」とやさしく言うかっちゃん。嬉しくなった悟は司(つかさ=かっちゃん)に自分の夢をそっと明かします。

 そう言うと、悟はつかつかと黒板に行くとチョークを持って、「自分の店、開くことなんだ。もうだいたいどういう店がいいか考えてあるんだわ」
 悟はチョークで黒板に見取り図のようなものを描き始めた。
「洋食屋なんだけどさ、広さはこのぐらいで、ここらへんにカウンターもあってさ。だいたいこんな感じなんだ。土建屋のガスに手伝ってもらえぱ安くできると思うのさ」
 下手な見取り図を見ながら、悟はとてもうれしそうだ。
「修にも手伝ってもらえばいいべや。あいつは大工になるって言ってるから、もっといい店に造ってくれるんでないか?」
 悟の顔がパッと輝いた。
「うん。おれが頼んでもダメかもしれないけど、司が頼んでくれれば、修は絶対にやってくれるな。司、そのときになったらほんとに修に頼んでくれるか?」
「うん。頼んでやる」
(青春 ひまわりのかっちゃん)

この場面を読むと、いつも涙が出ます。世の中は、悟やガスや修や司だけでまわっているのではない。そんなこと、学校を一歩でも社会に出ればすぐにわかることなんだけれど、学校という共同幻想の中にいる中学生には、それはわからない。永遠に、悟やガスや修や司たちが生きて世界を構築していると信じられてしまうのが「学校」というものの正体なんですね。

「してな。店の名前なんだけど、ひらがなで“つかさ”ってつけたいんだ。司が書いた字をのれんにしてさ。司、書いてくれるか?」

いやー、悟のこのことば、切ないなぁ。(函館の五島軒も懐かしいぞ!)

 
▼ Re:ひまわりのかっちゃん  
  倶高ちゃん   ..2008/09/23(火) 16:44  No.138
  西川つかさの記事について、これは北海道新聞に書かれていた。
新聞には上手く調和されて書かれていたが、実際は新聞に書かれていた以上のことだった。
話を聞かないでくっちゃべってたヤツがいたのは事実で、そいつらに西川が「出て行け」と言ったのは事実。
人の話を聞かんでくっちゃべってたヤツはもちろん悪い、事実その後西川の言う通り出て行った。
問題のあるヤツらが出て行って、そこから普通の話に戻るのが普通なのに、西川はそこからまたたんたんと説教を続けて、悪くないヤツらのことまで悪く言われて、あげくのはてに「オレは今日原稿を書いてきた。オレがこのくらいの原稿を書けば5・60万は普通にもらえる。オレ、倶知安に来るのに何円もらったと思う?3万だぜ、しかも宿代も含めて。人生で一番安いギャラ。」とか言い出して、校長や教頭にまで恥をかかせやがった(3万円でOKしたのは自分のくせにな。しかも普通母校で金なんか取らないよな)。
しかも終いには「さっき出て行ったつっぱったヤツらと喧嘩しても今でも勝つと思うよ。まずあいつらなんか喧嘩のしかたも知らないよ。」とか喧嘩を売り出した。
これは西川が体育館に来て、最初に言った言葉だけど、普通ステージに立ったら「おはようございます。か、こんにちは。」くらい言うのが普通だけど、西川はそれすら言わずいきなり、「今の倶高生は馬鹿ばっかりみたいだな。オレがいた頃は本当に周りが馬鹿ばっかりだったけど、北大には4人は少なくとも行ってた。オレは倶高には何の思い入れもないけど、今日はオレ達の時より頭がいいかどうか見に来ただけだ。」と言いやがった。
そして「もう今日は書いてきた原稿を話す気なくした。でも責任として与えられた時間まではいる。5分くらい時間やるから他にも聞きたくないヤツらはいると思うから、そいつらはまず退場しろ。」って言った。
あるクラスでは担任が生徒に「これ以上聞く必要はない。」といって担任も一緒に戻ったクラスもあった。
まず言えるのは「西川が本当の馬鹿で、そして人間失格」だってこと。
あいつの本が本屋で並べられてるけど、見るたびに破り捨ててやりたいと思うくらい。
倶高生のほとんどが同じ気持ちだった。



こんなことがあった講演会だから、あなたは逆に来なかったのが正解ですよ。

 
▼ ありがとう  
  あらや [URL]   ..2008/10/18(土) 12:22  No.140
  書き込み、どうもありがとうございます。こういうBBSみたいな場がなかったら、おそらくは道新の記事だけが「事実」として残っていったであろうことを思うと、細々とこのBBSをやっていた意味も少しはあったかなと感じました。
私は、ものを書く人が皆「人格者」や「いい人」であるかのような風潮はテレビ登場以降の近代の産物だと思っています。長い目で見れば、(普通に生きていればやる必要がない)ものを書くという行為に及んだ人間の中には、いろいろと歪んだり傷ついたり愚かであったりするものが潜んでいるのではないでしょうか。(逆に、凡人にはない素晴らしいものが含まれていることもあります) そういう意味では、私は今でも講演会に行きたかったなと思っています。体験は大事です。今は気分が悪いでしょうけれど、若い時にこういう「いい人」ではない人を目の当たりにしたことは決して時間のムダではないですよ。

パソコンが壊れてしまって一ヶ月以上もお礼が遅れてしまいました。書き込み、どうもありがとう。これからも、なにか面白い本がありましたらここにも書いてください。

 
▼ Re:ありがとう  
  倶高ちゃん   ..2008/10/28(火) 23:02  No.143
  あの講演会の日からもうだいぶ経ちました。
だいぶ、あの時の怒りというか、腹立たしさは癒えました。
私もあなたの言うとおりだと思います。
何事も“体験”ですね。
それにあなたが講演会を聞いてみたかったという気持ちも分かります。
あの時は腹立たしさしかありませんでしたが、講演会のタイトルが「何があっても大丈夫!僕はこうして夢を掴んだ!」というタイトルで、将来の進路を考えるにあたって、それをやりたいのだけど、でも・・・というような心に引っかかる何かが私にはありますので、とても興味を引かれるタイトルで、私も体育館を出て行った1人なのですが、今思えば最後まで聞いても損はなかったかなと思っています。
『青春』に書かれていることは倶高時代の西川さんの経験で、全て実名で書かれています。
その経験も講演会で話されていましたが、とても悲惨なもので、たちの悪い奴が自分の友達をボコボコにして、やり返しに行く日々、そして農高の人にナイフで刺されたこともあったそうです。
そんな思い出しかない倶知安(倶高)ですから、西川さんが倶知安(倶高)に対して何の思い入れもないということは分かるし、もし自分が西川さんだったら講演会に来さえしないかもしれません。
まして、人が話してるのに無視してくっちゃべっているようなヤツ、学校で問題を起こしても知らん振りして何度も問題を起こすようなヤツの先輩であるなんて思われると確かに情けなくなりますし、私自身もそんなヤツと周りから同レベルだと思われるとすごく嫌です。
まあでもそういうヤツも一部いますけど、決してそんなヤツだけではない。
私も心から講演会を聞きたいと思っていた1人ですし、他にはそういう人はたくさんいたと思います。
体育館に残った人達は自らの判断で残った人だけですから、心から聞きたいと思っていた人ばかりです。
でも西川さんは倶高には思い入れはないとは言っていますが、同窓会には参加されたようで、数年振りに仲の良かった友達と会えて楽しかったと最後に語っていたようです。
倶高に対する話し方はかなり悪かったけれども、“でも本当は楽しかった”ということだけを伝えたかったがために、倶高に来たと言っても過言ではないかもしれません。
西川さんの人柄は決して良いとは言えませんが、考え直せば全てが悪いとも言えません。
そういう意味で、私も最後まで講演会を聞けば良かったかなと思います。

 
▼ Re:ひまわりのかっちゃん  
  とし   ..2016/04/07(木) 15:04  No.368
  はじめまして 僕は函館在住です。先日、道新文化センターで4月から西川氏が講師を務める文章指南の創作塾の広告を見つけました。創作には強い関心があったのですが、西川氏の存在も著作すら知らなかったので、いろいろ調べていた中でここを見つけました。申し込みの電話をしようかと思っていた矢先だったのですが、138の書き込みを読んで取りやめにしました。図書館で借りた「ひまわりのかっちやん」を読みましたが、個人的には西川氏は広汎性の発達障害と思われます。だから、最初におしゃべりしていた生徒に対する倶知安高校での言動はある意味理解はできる。だが、その後の言ってはいけないこと(講演料や高校生の学力など)を自分を制御できずに言ってしまったのは聴衆すべてに対する冒とくかなと思えました。おしゃべりをしていた生徒が悪いのはたしかですが、著作の森田先生ならばどういう対応をしただろうか?そこを西川氏自身が深く考える必要があるかもしれません。
創作塾は有料(6回で11000円程度)なので僕は
お金を払ってまで行くのはどうかなという思いもありました。無料であれば経験として話くらいは聞いてみようかとも思えたかもしれません。著作も自分の好む文章構成ではなかったのであまり評価はできるものではありませんでした。

 
▼ 14歳の水平線  
  あらや   ..2016/06/06(月) 07:08  No.369
  このスレッドを書いた8年前には、「ひまわりのかっちゃん」以外に<中学生>をきちんと<中学生>として描いた作品って少なかったように思います。(名を成した大家が自分の子ども時代を振り返るってのはあったかもしれないが、そんなのは興味ないから…) そういう意味では、生々しい昭和の(それも北海道ローカルの)中学生が登場する『青春 ひまわりのかっちゃん』にはひどく注目しました。

8年も前のスレッドなので返信をする気はなかったのですが、先日、縁がありまして『14歳の水平線』という作品を読むことがあり、少し気が変わったところです。平成の世の中になって、社会が豊かになったことをいくぶん肯定的に考えるようになりました。以前、『桐島、部活やめるってよ』にイラついていた心が少し中和されたようにも感じます。1万の授業料なんて思い上がってるよなぁ。函館図書館で椰月美智子の本を借りた方がマシだと思いました。


▼ ウォーターナイフ   [RES]
  あらや   ..2016/03/08(火) 09:17  No.366
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 52.6KB )

バチガルピ「神の水」、読了。

私の勤めている図書館は、羊蹄山のふきだし湧水の町の図書館なので、「水」に関するありとあらゆる本を(予算の範囲内で)コレクションしているのですが、この「神の水」、小説だけどコレクションに入れるべきなのではないか…とちょっと思いましたね。フィクションでしか表現できない現実というものはあります。

作品に登場する本「砂漠のキャデラック」、さっきアマゾンで見てきたら、中古で2千円の値段が付いていましたね。2千円で手を打つべきかな。来週には1万円になっているような気がする。


 
▼ 砂漠のキャデラック  
  あらや   ..2016/03/25(金) 10:59  No.367
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 10.5KB )

調子に乗って買ったはいいけど、数日後、チャイムで呼び出される羽目に。「郵便受けに入らなかったもので…」

そうでしょうね。A5判に文庫本サイズの活字でおよそ600ページ。こんなぶっとい本だとは思ってもみなかったよ。でも、面白そう。

ここのところ、蓮池透「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」、北海道新聞社編「戦後70年 忘れ得ぬ戦禍 北海道新聞地方版から」と重要な本が続いていて遅れてしまいましたが、そろそろ「砂漠のキャデラック」に入ります。これを機会に、アメリカの地図を頭に叩き込もう…とか思う。


▼ ボボロン雑記   [RES]
  あらや   ..2016/02/15(月) 19:11  No.361
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 74.4KB )

 Aさんはぼくの前任地でもあった京極町の郵便局に永年勤め、退職後札幌に移り住んだ一家で、夫人が妻と書道仲間という間柄である。そんなわけでぼくとAさんには共通の話題もないものだから、京極時代の思い出話などして間をもたせていたが、思いがけなく共通の話題がAさんのほうから出た。
「先生とおなじように小説を書いていた大森先生という人がいたと思うんですが、知りませんか?」
「ああ、知っています。知ってるといっても直接会ったことはありませんが、むかし鈴川の中学校に勤めていたことがあると聞いています」
「私は余市時代に習ったんですが、若いときから小説を書いていたそうで、その後どうしたかと思って……」
「もう、かなり昔になりますけど、何度か芥川賞の候補になって作家生活に入ったようです」
「じゃあ小説家になられたんですね」
「そうですね。何冊か本もだされていたし、文芸雑誌にも発表しておりましたから」
「いまも書いているんですか」
「さあ、最近はあまり見かけませんね。実はその先生には弟さんがおられて、その人も一時期小説を書いていてぼくらの雑誌に入ったこともあるんですけれど、その弟さんの話ですと、兄さんは今は別のペンネームで書いているそうです」
 ここでいう大森先生とは大森光章こと大森倖二氏であり、弟さんとは今出力弥こと大森亮三氏のことである。ぼくもそれ以上のことは知らなかったので、この話題も長くは続かなかった。
(針山和美「ボボロン雑記」)

へえー。意外な所で、意外な人とつながっちゃった。

道立図書館から借りた針山作品、先ほど読み終えた「ボボロン雑記」で全冊読了です。慌ただしかった(昔の人はいっぱい書くので、読むのに時間がかかる…)けれど、無事返却日の二日前に読了できてよかった。道立は全作品を所蔵していたので、処女出版の「奇妙な旅行」から最後の「ボボロン雑記」まで年代を追って読めたのが大変ありがたがった。


 
▼ 道立図書館所蔵(図書)  
  あらや   ..2016/02/15(月) 19:13  No.362
  【図書】奇妙な旅行 針山和巳/著 人間像同人会/共和村(北海道岩内郡) 1970
内容:奇妙な旅行.三郎の手紙.ほか
【図書】百姓二代 針山和美/著 人間像同人会 1988.11
内容:百姓二代.傾斜.山中にて.嫁こいらんかね.
【図書】愛と逃亡 針山和美/著 人間像同人会 1989.11
内容:愛と逃亡.支笏湖.女囚の記.
【図書】天皇の黄昏 針山和美/著 人間像同人会 1991.2
内容:天皇の黄昏.春の狂い.再会.古い傷跡.ひみつ.俺の葬式.春の淡雪.
【図書】老春 針山和美/著 人間像出版 1992.4
内容:シマ婆さん.洋三の黄昏.老春.まぼろしのビル.黄昏の同級会.四月馬鹿日記.
【図書】北からの風 針山和美/著 人間像出版 1993.2
内容:北からの風.山の秋.RVの老人.浅き夢みし.バブル老人.K老人の話.
【図書】白の点景 針山和美/著 晃文社(札幌) 1997.4
内容:オートバイの女.はじけた光.湖畔の一夜.山あいの部落で.夫の裁判.白の点景.
【エッセイ】わが幼少記 針山和美/著 晃文社(札幌) 1997.5
【エッセイ】ボボロン雑記 針山和美/著 晃文社(札幌) 2000.9

 
▼ 読書感想文  
  あらや   ..2016/02/15(月) 19:15  No.363
  単行本になったものを追って行くと、1970年の「奇妙な旅行」が飛び抜けて古い。妹さんが当時廉価で出まわりはじめたタイプ印刷で原稿を打ってくれたものだそうで、造本も荒い。時代を感じさせます。
二作目の「百姓二代」の出版が1988年と間が空きますが、ちょうどこの時期に「京極文芸」の発行に関わっていた1973〜1983年(京極小学校教員時代)が嵌まるわけです。同人雑誌「人間像」と「京極文芸」の二刀流時代ですね。
「三郎の手紙」のように、すでに原稿があったものを「京極文芸」に転載したり、「京極文芸」では「敵機墜落事件」として発表した作品を、「百姓二代」では「山中にて」という結末が百八十度ちがう作品に仕上げたり、自由自在です。すごいテクニシャン。
バイオレンス…と言っていいんだろうな。現代の佐々木譲の遙か昔に、「百姓二代」とか「愛と逃亡」のような作品を書いていた人がいたなんて、なにか夢みたいだ。片方で、小学校の先生やっていたっていうんだから腰抜かしてしまいます。

 
▼ 道立図書館所蔵(雑誌)  
  あらや   ..2016/02/15(月) 19:18  No.364
  【雑誌】人間像 所蔵巻号:19号〜185号
人間像同人会/喜茂別(後志) 出版年:1950〜 刊行頻度:年3回刊(120)
出版地変更:喜茂別村→余市町→倶知安町→札幌→北広島(2003.11)
発行所変更:札幌市手稲区新発寒5-7-5針山和美方→福島昭午(2003.11)

道立図書館の所蔵は19号からだそうで… 最初の頃の「人間像」はガリ版刷りだったと何かに書いていたから、そんな事情があるのかもしれない。今の製本教室のドタバタが落ち着いたら、道立に直行したいと思います。2005年12月発行の174号が「千田三四郎追悼」号(千田三四郎も同人だったんだ!)だったりして、なんとも気がはやります。ちなみに、道立は

【雑誌】京極文芸 所蔵巻号:創刊号〜15号。
京極文芸クラブ/京極町(後志) 出版年:1973〜1983 刊行頻度:不定期刊(0)

もちろん「京極文芸」、所蔵でした。

 
▼ ふたたび「ボボロン」  
  あらや   ..2016/02/15(月) 19:21  No.365
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 73.1KB )

 若い頃、あの事故で有名になった「豊浜トンネル」の近くに住んだことがある。今にも崩れそうな切り立った断崖の下を歩くときは、何か圧倒的な恐怖感が伴ったものだった。現に道路のあちこちに崩れ落ちた小さな岩石が転がっていて、つねに頭の上に気を遺いながら歩いたものである。しかし岩をくり貫いただけの旧トンネルを教え子たちと歩く時には、そんな心配をしたことはなかった。数十年を経た手造りのトンネルは裸の岩石がそのまま岩肌を見せていたが、何か永遠に崩れ落ちることなどないような安心感を与えた。頭上まで岩石で覆われた窪みのような場所で泳いだりもしたが、そんなときでさえ岩が崩れる心配をしたことなどなかった。
 ところが同じ地続きの新トンネルであのような大事故が起きたのである。人が手を掛けなければあの岩も更に数百年、あるいは数千年崩れることはなかったかも知れない。そう考えると人間が手を加え、工事を施すということは、自然に逆らい自然の怒りを触発することのようにも思える。それ故に手を加える以上、元の自然よりも更に安定した状態にしなければならないのではなかろうか。
(針山和美「ボボロン雑記」)

ちょうど今年の二月が、あの「豊浜トンネル事故」から二十年でした。犠牲者の冥福を深くお祈りします。北海道新聞の小樽後志欄でとりあげられたので、余市の豊浜小学校や共和の学田小学校の教え子たちからも問い合わせがあり、歴任したそれぞれの小学校での仕事にもふれることができました。いろいろな意味で、たいへん興味深い人です。


▼ 長尾宇迦   [RES]
  あらや   ..2015/12/23(水) 11:04  No.356
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 43.0KB )

 喜代瀬の方が昨日の夕刻に亡くなった。その夜の内に下御屋敷に近い北上川と中津川の落合う中洲で斎川浴(ゆかわあみ)がおこなわれた。……と、盛岡城下の町町に走って触れ廻ったのは、拾得という少年であった。
 寛政三辛亥年三月十五日のことだが、冬が明けたばかりで、川面は氷片(ざい)が敷きつめられたように流れている。斎川浴の習わしは、近ごろ廃れていたか、お屋形の思いつきで、喜代瀬の方にほどこしたもので、この寒冷のさなかに、たとえ相手か死人とはいえ、水浴は無残だと喜代瀬の方に同情する声もきかれた。が、これはいかにもお屋形のやりそうな仕打だと、肯く者のほうが多かった。いまにみろ、お屋形の奇矯な振舞いか始まるぞ、と囁かれていたが、そのとおりになった。
(長尾宇迦「鬼の棲む里」)

江戸が舞台ではない、盛岡が舞台の江戸時代…というところに大きく惹かれるのだが、いかんせん学がない。北海道の人は日本史苦手だし、むずかしい漢字ぎっしりで読むのに時間がかかります。この本を読んでいると、毎日の中で職業柄目を通しておかなければならない本がどんどん貯まってしまうので、作戦変更です。

今はいったん中断して、正月休みに予定している針山和美作品のかため読みが終わったら、今度は短編集『山風記(やまかぜき)』のあたりから展開してみよう。


 
▼ 山風記  
  あらや   ..2016/01/25(月) 18:47  No.360
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 46.8KB )

「座敷童子(ぼっこ)が」と、エクはつぶやいた。
「手を貸してくれねかよう」そのまま眠りにずり落ちた。骨がばらばらになるほどひどく疲れていた。
(長尾宇迦「山風記」)

「風の三郎(サムロ)だべか……」
ノエは、ふと機織の手をとめて、息をのんだ。
雨戸に、バラバラと小石でもはじけるような音がしたからである。
昨夜からの岳おろしは、今夜も吹き荒れていた。
(長尾宇迦「山妖記」)

『山風記』、よかった。
こういう物語が読みたかった。

「エク」とか、「ソガ」とか、「オナ」とか、「クス」とか、「チセ」とか、「ノエ」とかいう、不思議な女の名が耳に残る。それに加えて、「座敷童子」や「風の三郎」までが登場する華やかさですからね。鉄壁の岩手オールスターズだ。


▼ 針山和美   [RES]
  あらや   ..2015/12/23(水) 12:36  No.357
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 72.2KB )

針山和美 はりやまかずみ 昭和5年7月12日〜 〔小説〕
後志管内倶知安町生まれ。筆名はほかに針山和己、春山文雄。札幌文化専門学院中退。小学校教員。昭和24年「しんぼる」「路苑」「道」などを創刊。「道」は16号から「人間像」と改題。同誌に「百姓二代」(49号)、「愛と逃亡」(72号)、「支笏湖」(76号)、「女囚の記」(83号)、「山中にて」(103号)などを発表。短編集「奇妙な旅行」(昭和45、人間像同人会)がある。「人間像」主宰。
(北海道文学館編「北海道文学大事典」,1985)

今、「支笏湖」→「女囚の記」→「愛と逃亡」→「百姓二代」と読み進んでいるんだけど、いやー、一発一発のパンチの重いこと、重いこと。『1・2の三四郎』に「丸太でなぐられてるみたいだったぞ」「いったいどんな稽古やってんだ」ってセリフがあるけど、そんな感じ。「愛と逃亡」でうーんと唸ったら、「百姓二代」ではもっとうおーんと唸らなければならなかった…みたいな。

芸風がちがうので、共感とか、そんな思い入れはあまりなく、プロとしての技量を思いっきり楽しく楽しめます。大森光章の時とはだいぶちがいますね。

蛇足。2013年、勉誠出版から出た「北海道文学事典」も側にあったから見てみたんだけど、こっちは「針山和美」の記述無し。「小樽と後志地方の作家と文学」の章には、「針山和美」はもちろん、「沼田流人」の名前までないことには(ややオーバーに言えば)愕然としました。小樽の文学館以外、全然足を運んでいませんね、これ書いた人。雑な仕事だな。


 
▼ BYWAY後志 第15号  
  あらや   ..2016/01/18(月) 18:57  No.358
  小樽、小樽って、うるせえな。

『京極文芸』も15号で終わったんだよね。理由はふたつ。まず、「会費」が集まらなくなった。そして二つ目、「原稿」が集まらなくなったこと。名ばかりの会員が増え、だけど、創刊時の情熱が失せてしまいました。みんな、年とって。教育委員会からの補助金があったから出し続けようと思えばできないこともなかったようだが、針山さんは、「いやそれはちがうだろう。情熱がなくなったら、終わりだよ」という判断をくだしたみたいですね。

えらいちがい。「小樽の喫茶店」に「ちまちま人形」なんて前世紀の遺物、いったい誰が喜ぶの? 書く奴も書く奴だが、起用する奴も起用する奴だと思いました。『BYWAY後志』を出すことが目的になってしまっているのではないですか。ま、どうでもいいか、こんなの。

 
▼ 京極文芸  
  あらや   ..2016/01/18(月) 19:01  No.359
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 77.7KB )

『京極文芸』というのは、昭和47年から57年まで、十年間京極町で発行されていた同人雑誌です。その牽引車というか、主宰者だった人が針山和美さん。京極小学校に在職されていた時代に15冊の『京極文芸』を世に送り出しました。図書館ではその15冊一揃を所蔵していますが、なかなかその復刻には労力的な問題が多くあって長らく二の足を踏んでいたのです。

あと、針山さんの小説自体の問題もちょっとあるかな… 私たちは、創刊号に載った小説「支笏湖」を読んで、ちょっとブッ飛んでしまったんですね。うーん、創刊号で、これか!ってね。「支笏湖」ショックから立ち直るのに、読書会「京極文学館」「山麓文学館」の三、四年の時間が必要だったということなのでしょう。

今は、もう平気。もう、手に入るすべての針山作品を読んだ現在では、私は、この京極の地にこんな爆弾のような作品が生まれていたことに誇りさえ感じています。来年度の読書会「京極文芸館」が待ち遠しい。(←つまり、来年は京極にいることが決定ね。そこから先はわからないけれど) 15冊を一年間で読まなければならないので、いつもは連休明けの5月第2週からゆるゆる始まるんだけど、今年は飛ばしますよ。4月からのロケットスタート。テキスト作成は、この1月からもう始めているという異例さです。京極十年目という年にはふさわしいかな。


▼ 岬のマヨイガ   [RES]
  あらや   ..2015/11/04(水) 09:49  No.349
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 11.7KB )

唸りました。つらい震災の記憶が、このような「透きとおった食べもの」を生み出したことに心がふるえています。

 
▼ 狛犬「あ」の話  
  あらや   ..2015/11/07(土) 20:03  No.350
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 10.8KB )

柏葉 幸子(かしわば さちこ、1953年6月9日−)は、日本の児童文学作家。岩手県宮古市生まれ、花巻市出身、盛岡市在住。東北薬科大学卒業。本業は薬剤師。

大学在学中の1974年、『気ちがい通りのリナ』が第15回講談社児童文学新人賞に入選しデビューする。翌年『霧のむこうのふしぎな町』と改題し刊行。

千と千尋の神隠し − 当初は『霧のむこうのふしぎな町』そのものの映画化に取り組んだものの断念、後に当著の影響を反映する格好で本映画を作品化したと、監督宮崎駿が明らかにしている。
(ウィキペディア)

「つづきの図書館」を読んだ時も、おもしろい!とは思ったけれど、続けて作品を読み進めてゆこう…とは動かなかった。しかし、「岬のマヨイガ」ショックはちがうんですね。今日も、「花守の話」「狛犬『あ』の話」「狼ばば様の話」と一気読み。「あ角」、かわいい。安藤貴代子が描く「瞳子(とうこ)」もカッコいい。なにか、次々と魅力的だ。

 
▼ 帰命寺横町の夏  
  あらや   ..2015/11/09(月) 18:53  No.351
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 53.7KB )

いや、凄い! 美しい表紙の絵からはじまり、本の中の挿絵まで、ほとんど佐竹美保ショーといってもいいくらいの大活躍が加わった分、「岬のマヨイガ」を越えているかもしれない。(「マヨイガ」のイラストが駄目だと言ってるわけではないんですが… あの「遠野物語」風の絵も好きですよ!)

帰命寺様に祈って、どこかで死んだ人に似た人を見かけると、ああ、帰命寺様にお祈りしたから生き返ってきたって思うんだろう。
(表紙カバー裏)

2011年8月の発行。東日本大震災の五ヶ月後に、こんな本が静かに生まれていたことに感動した。

 
▼ 霧のむこうのふしぎな町  
  あらや   ..2015/11/14(土) 18:54  No.352
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 10.2KB )

「マヨイガ」「帰命寺」ショックの余波というか。

こうなると、デビュー作の「霧のむこうのふしぎな町」が読みたくなり、小樽の図書館へ。(京極の分は「モンスターホテル」以外は読んじゃった…)
ついでに、本棚にあった「ミラクル・ファミリー」「ざしきわらし一郎太の修学旅行」「トマト魔女の魔女修行」「ドードー鳥の小間使い」を借りてきたのですが、借りてきてよかった!

もう冬が迫ってきていて、今日の休日も寒々しい曇天です。明日の勤務は雨だと言うし… 一日京極でゴロゴロして、これから最後の「ドードー鳥」に入るところです。「一郎太」、おもしろかったです。ざしきわらしを出してくると、もう鉄壁ですね。「霧のむこうの」は、まあ、基礎教養ということで…

 
▼ ドードー鳥の小間使い  
  あらや   ..2015/11/16(月) 09:14  No.353
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 51.8KB )

「ドードー鳥の小間使い」、意外とおもしろかったです。挿絵が慣れ親しんだ児島なおみなのでリラックスして読めた。柏葉作品って、意外と挿絵作家には無頓着なのか、コロコロ作家が変わるんだけど、それでいて「帰命寺」の佐竹美保みたいな場外大ホームランもかっとばすし、おもしろいもんですね。

「霧のむこうのふしぎな町」でも、小樽の杉田比呂美バージョンと京極の竹川功三郎バージョンではずいぶん味わいがちがうんですよ。

 
▼ 12の贈り物  
  あらや   ..2015/11/22(日) 13:06  No.354
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 33.2KB )

2011年8月、仙台の出版社・荒蝦夷から出版された「12の贈り物」。岩手よ、盛岡よ、三陸よ。そして、東北よ。「3.11」の慟哭を超えよう! 岩手県で書き続けてきた12人の作家が、祈りを込めて自選した12の物語。

当初は柏葉幸子の「桃の花が咲く」が読みたくて借りてきたのだが、「桃の花…」の読後になにげなく長尾宇迦(初めて聞く作家名でした)の「野ざらしの唄」を読んでみたら、これがなんともすばらしい!(根玉ユノ、しびれた…) で、次は?次は?という感じで読み進めてきて、現在、6人目の斎藤純に来たところです。斎藤純「七番目の方角」、これも凄い。この作品で、残り6人を読むこともほぼ確定。

岩手に行きたくなった。もうとっくの昔に封印したと、もうとっくの昔に枯れ果てたと思っていた岩手への想いが、この本でなにかぴくりと動いたことを感じました。これ、七番目の方角なのか。

 
▼ 竜が呼んだ娘  
  あらや   ..2015/12/06(日) 18:07  No.355
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 31.1KB )

「12の贈り物」でカッコよくこのスレッドを締めて、次へ…とか考えていたんだけど、他館から借りた長尾宇迦がけっこう難しくて、日和って柏葉幸子に戻ってきてしまいました(笑)

「竜が呼んだ娘」。やはり、佐竹美保の挿絵は鉄板だ。「帰命寺」の中に入れ籠になっているお話「月は左にある」が窯変したかのような、えも言われぬ快感ではありました。


▼ 内地へよろしく   [RES]
  あらや   ..2015/10/22(木) 18:33  No.348
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 47.8KB )

「てッ、泣くどころか、笑ったてや……なあ、光枝ッ、みんなで笑っただなア、おらどもみてえな蟹糞を、一発千円の弾丸で射つだば、そっちが大損しべえって笑ったい」
「それから、どうした」
「射つか射つかと待っていると、艦の天蓋がぬうッとあいて、日本の海軍士官が出て来て、おいこら、その監視船ッ、さっき燈火が見えたぞ。お前らの監視はなっちょらん。しっかりせえッ、って怒鳴っただあ」
「やあ」
「今三郎め、びっくりしやがって、いきなり甲板へ土下座するつうと、へい、へい、へいとつづけざまに二十遍もお辞儀しただい……なあ、光枝」
光枝という娘が、おしゃまな顔つきで、うむ、とうなずいて、
「するつうと、士官が笑って、そんなに謝らんでもよい。叱ったのではない。注意しただけだ。お前たちもご苦労だが、一層、注意してやってくれ、つうて、それから、おらたちを見て、おや、小ッちゃな女の子が大勢いるが、お前たちはいったい何か、つうから、おらたちは、毎日、五十伝馬で監視船へ飯を運んでいるのだとそういうつうと、ちょっと待て、といって引込んで行ったと思うと、またすぐ出てきて、その伝馬でみんなこっちへ来い、つうだよ」
「そいで、みんなが、行こう行こうつうて、潜水艦へ伝馬を着けると、水兵さんが沢山出てきた。それから艇長というひとが来て、お前たちは偉いもんだぞ、といって一人ずつ頭を撫でて、そして、キャラメルを一箱ずつくれた」
 ちびッ子はそういうと、大切そうに手で懐中をおさえた。治郎作親方は、ちょっと待て、といって渋い顔をし、
「お前たちは、物の足らない潜水艦へ行って、キャラメルなんぞ貰って来たのか、この馬鹿娘ども」
 と、大きな眼を剥いた。
(久生十蘭「内地へよろしく」)

久生十蘭もストーンズ・タイプかな。読んでる最中はどんどんドライブがかかって、楽しい。でも、いつかラストが来るんだよね。



▼ ふしぎの国のバード   [RES]
  あらや   ..2015/10/17(土) 18:23  No.347
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 59.5KB )

いーですね、これ♪

普段、仕事の関係で「北海道」部分を中心に読むのだけど、春日部も日光もおもしろいじゃない! 明治からの、時間を遡る旅。目から鱗です。ゆっくり平取、めざしましょう。



▼ イーハトーブ探偵   [RES]
  あらや   ..2015/10/15(木) 07:14  No.346
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 47.6KB )

「それにしたって、北いうのはどういうことだ?」
「北は北でも、うんと遠くだ。樺太に行こうと思う」
 (中略)
「で、樺太でトシさんと交信するのか」
「ああ」
「そこに、トシさんがいるのか」
「分からねえから確かめに行く。直感でしかねえじゃ。本当は、そったらところに行かねくても、トシを感じられればいいんだけどな」
「うちに幽霊が出たんじゃねがったのか」
「生徒から聞いたのか?」
 カトジはうなずいた。
「あれは妄想かも知れねえ。実際に出てきてくれたら、交信など考えたりしねえ。俺はトシの魂の行方が知りたいのす。宇宙に溶け込んだ魂は、転生して娑婆に戻りくるはず……俺たちはどこか他に浄土があるとは信じてはいねえ。だから成仏というか仏界、天上よりももっとええところにいれば、むしろ交信などできねえはずなんだ。だども俺はいないはずのトシと話がしてえ。矛盾だらけだ」
(鏑木蓮「イーハトーブ探偵」/「赤い焔がどうどう」)

「賢治の推理手帳」シリーズ、第二作。ラストの短編が「赤い焔がどうどう」なんだけど、このシリーズ、すべての短編に日付が入っている。で、「赤い焔がどうどう」事件の日付は「大正十二(一九二三)年七月二十二日 日曜日」。樺太行の一週間前ですね。









     + Powered By 21style +