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▼ 砂の街路図   [RES]
  あらや   ..2015/10/07(水) 07:32  No.344
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 この小都市は、その行政上の正式名称よりも、郡府、と通称で呼ばれることのほうが多いという。そもそもは北海道の開拓初期に、石狩川の水運の要衝都市として繁栄した街だ。大規模な治水工事で石狩川の流れが変わり、いっぽうで鉄道が内陸にも延びていって水運が意義を失い、結果として街は衰退した。
 郡府という通称は、かつてこの街に郡庁舎があったことの名残である。市域の中でもとくに、いわば旧市街にあたる運河で囲まれたエリアは、運河町と呼ばれている。明治後期の建築が高い密度で集積しており、その規模は同じ北海道の小樽市をしのぐという。
(佐々木譲「砂の街路図」)

「小樽」と「函館」を足して、2で割ったような街… 架空の街にしたことで説明が多くなり、若干、物語のスタートの加速が悪い。ただ、事件には「小樽」にない要素がいっぱい含まれているので、無理に「小樽の○○町で…」とかやると物語の骨格が壊れてしまうというのはよくわかる。

 また一万八千人という街の人口を考えると意外でもあるが、大学がふたつある。運河町エリアには国立の法科大学。明治初頭、行政官を緊急かつ大量に養成するために設置された官立法学校がその前身だ。運河町の外には、広い実習農場を持つ私立の農業大学がある。
 父は法科大学を卒業していた。母も同じ大学の出だ。実家が近いからこの大学に進学したという話だったが、当時は一学年三百人中女子学生は三十人程度。貴重品扱いだったと、存命のころに冗談めかして話してくれたことがある。
 公共交通の便は悪いが、クルマなら札幌から三、四十分という距離にある。そのためこの三十年ばかりは、札幌市のベッドタウンという性格を強めた。建物は古いが、そのぶん安くよい空間を借りることができるので、画家や工芸作家も少なくないらしい。
 俊也は地図に目を落とした。まずは運河町に入ることだ。
(同書)

今の小樽は下品だと思う。「運河町」になってほしい。土曜日、その小樽に「後志文学散歩・バスの旅」は向かいます。


 
▼ 小樽・海山めぐるバスの旅  
  あらや   ..2015/10/13(火) 19:35  No.345
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バスの旅、無事終了。10月10日、天気はちょうど台風の目にすぽっと入ったかのように、前後の大雨の日を逃れて青空の日でした。ラッキー♪

今回のバスの旅には、わざと小樽市港湾部が作った「小樽港要覧1983」の市街地図を使いました。上に出したのは「浜小樽駅」がくっきり載っている一部分です。当初、小樽運河論争の決定的な局面となった1983〜1984年を顕すものとして使っていたのですが、ふと、今回のバス行路を描いてみたら、難なくこの2015年10月の行路地図として使えることにはびっくり。運河論争以後、小樽の街の骨格って全然変わっていないのね…

天気予報、今夜なんかは平地でも初雪…とか言ってる。いやー、ラッキーだった。


▼ 下山事件   [RES]
  あらや   ..2015/09/19(土) 15:16  No.341
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 二人の煙草の火が闇に灯り、青い煙が冷たい空に昇っていく。
「これから、どうするかな……」
 佐久間が、空を見上げた。
「“会社”に戻ったらどうだ。八板さんが、人を集めている」
 佐久間が驚いたように、工藤の顔を見た。
「まだ、“会社”はあるんですか。室町のあたりは、空襲で焼けたんじゃあ……」
「だいじょうぶだ。“ライカビル”は焼け残った。ほら、これ……仕度金だ……」
 工藤がポケットから札束を出し、その中から百円札を二枚抜いて渡した。
「こんなに……」
「いいから。その態(なり)じゃ何だから、どこかで背広と靴を買うんだ。それで明日にでも、ライカビルに来い。事務所は前と同じ、二階だ」
「はい……」
 工藤が煙草の最後のひと口を吸い、まだ真新しい革靴で踏み消した。
「それじゃあ、待ってるぞ」
 そういって、焼け跡の中に歩き去った。
(柴田哲孝「下山事件 暗殺者たちの夏」)

デイヴィッド・ピースの「下山事件」も、早く読みたい。待ち焦がれる。


 
▼ こうして、世界は終わる  
  あらや   ..2015/09/25(金) 07:53  No.342
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今、事件が起こった翌日なんだけど…

新着図書の書架に、以前、書評で気になっていた本を見つけたので、帰ってきて割り込み読書。分類こそ「304」だけど、ほとんどバチガルピのノリで読んぢゃった。「炭素燃焼複合体」に、「ライカビル」の連中が重なる。

「すべてはわかっているのに止められないこれだけの理由」か…

今、帯広で撮った300枚を整理中です。今日までに終えて、明日からの釧路に備えなくては。

 
▼ 下山事件、読了  
  あらや   ..2015/10/02(金) 10:18  No.343
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 翌、七月一八日——。
 布施は金沢検事と二人だけでもう一度、末広旅館に出向いた。女将の長島フクは突然の再訪に戸惑っていたが、特に拒むでもなく招き入れてくれた。
「どんなご用でございましょう……」
 前日と同じ八畳間に通され、麦茶を出された。
「いや、お構いなく。実はあとひとつだけ、お訊きしたいことがありましてね」
「はい、何でございましよう。“下山さん”のことなら、何でも……」
 女将が膝を揃え、布施と金沢の前に座った
「実は、お訊きしたいのは“下山さん”のことではないのですよ」
 布施がいうと、女将が怪訝な顔をした。
「はあ……。それでは、どのようなことを……」
「今日は、“私”のことをお訊きしたかったのです。昨日“私”が、ここに座っていた時、どのような服装をしていたのか覚えておいでですか」
(柴田哲孝「下山事件 暗殺者たちの夏」)

ほーらね。こうやって、仕組んだ芝居はほころびる。

重く沈んだ気持ちにはなったが、読んで良かった。久しぶりの“松本清張”…みたいな感想。


▼ いまのはなんだ?   [RES]
  あらや   ..2015/09/07(月) 16:03  No.339
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テーブルの上に妻の置き手紙。愛と二人で家出します。

 青天の霹靂などという普段では絶対に遣わない大仰な言葉が頭上から降ってきて、後頭部と首筋の繋ぎめあたりに凝固した。それを振り払う力もなく、霹靂なんて絶対に書けねえよ――と力なく呟く。つまらない自嘲だ。なにかに迎合しているような気分だ。なにに迎合しているのかはわからないが。
 中学生くらいのころだったか、霹靂なんて絶対に書けねえよ――という具合に、その場を保とうとしているつもりで会話の本筋とは無関係な言わずもがなのことを口ばしって冷たい視線を浴びるということがときどきあった。そのときはとぼけて遣り過ごすのだが、あとで一人になると居たたまれなくなった。あの羞恥の核にあったものは、いったいなんだったのだろう。たいしたことではないのだが、ゆるがせにできないなにかがたっぷり含まれていたのはたしかだ。
 苦い反芻をしているのに、脳裏では霹靂とは雷のことだと囁く何者かがいる。中学生時分の私であったなら、まちがいなく霹靂とは雷のことだと付け加えて相手をさらに苛立たせただろう。
 煩い。
 鬱陶しい。
(花村萬月「いまのはなんだ?地獄かな」)

札幌の高校時代、こういう奴、いたなあ。(中学は、田舎の中学校だったからいない…) 私にも、いくぶん思いあたる部分が。

花村萬月は「私の庭」しか読んだことないし、「私の庭」が大の好みであるから、「私の庭」みたいな話をなんとなく思って本を読みはじめたのだけど、全然ちがった。まあ、おもしろいから、いっか。

以前、ヘミングウェイ「老人と海」の「海=Sea」は「She」を意識して読むんだと教えてくれた奴がいたけど、「いまのはなんだ?」の子どもの名前「愛」も、そういうような暗示を意図しているのかな?

読み終わったら、また書きます。


 
▼ 地獄かな  
  あらや   ..2015/09/19(土) 14:31  No.340
   父親という支配者がいて、家庭という集団のなかではなんとか支配権を保とうとする。それが普通の家庭における父親像かもしれないが、私には小学校にあがるころに唐突にあらわれた父親がいて、しかも四、五年先には病死して消滅していた。そのあとは幼い放蕩がたたって福祉拖設に収容されてしまった。つまり私はいわゆる家庭とは無縁に育ってきたのだ。
 その一方でいきなりあらわれた父親は私に圧倒的な英才教育を施してあっさり消滅してしまった。正直に書こう。父は先の短い己の人生を悟っていたのだろうか、小学校にも通わなくてよいと幼い私にひたすら関与して、自身の知性の欠片とでもいうべきものを私にひたすら教えこんで、そして死んだ。死んだときはめくるめく解放感に小躍りした。
(花村萬月「いまのはなんだ?地獄かな」)

この掲示板では悪口の類は書かない主義なので、「いまのはなんだ?地獄かな」についてはこれで終わりです。パノラマラインを過ぎる辺りでは、本多勝一みたいな臭いがした。


▼ 抱く女   [RES]
  あらや   ..2015/08/30(日) 07:01  No.337
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「あたしさ、あなたに言ってなかったかもしれないけど」
 直子の体が勢いでバウンドした。
「何よ」と笑う。
「隆雄がさ。去年だったか一昨年だったか、『お前、赤軍の女房にならないか』って言ったことがあるの」
「何それ」直子は呆れて叫んだ。「女房って何だよ」
「赤軍の連中が女を探しているから、興味があるなら紹介するって言われた。隆雄にだよ。あいつはあたしと付き合っていたのに、組織のためにはそういう女衒みたいなこともする男なのよ。あいつら、こういう、どうでもいい末端の女を集めて幹部に捧げているんだよ。男尊女卑もいいところ」
「世界同時革命だの階級闘争だの言ったって、どうせ女を差別しているんじゃない。男女差別をどう総括しているのか聞きたいよね」
(桐野夏生「抱く女」)

一九七二年。二月の受験の時には、「銃撃戦断固支持」の立て看が並んでいたものだが、四月に上京した時には、どんどん連合赤軍のリンチ殺人の概要が露わになってきていて、大学の内外はしゅんとしていた。一年間の引き籠もり(自宅浪人)を経てふたたび<学校>世界に復帰した身には、大学が青春だった人間たちがひどく滑稽に見えたものだ。<学校>など、ただの幻想にすぎないのに。


 
▼ 萎縮  
  あらや   ..2015/08/30(日) 07:08  No.338
   突然、ドアがどんどんと叩かれた。どきりとして振り返る。
「うるさいんだよ、おまえら」
 下の学生のようだ。泉が慌ててドアの前に行き、開けずに謝る。
「すみません、気を付けますから」
「いい加減にしろよ。警察呼ぶぞ、こら」
 ドスッとドアを蹴る音が響いた。足音高く外階段を降りて行く。
「何だ、お前の方がよほどうるさいじゃん」
 直子がベッドの上から吼えると、泉が悔しそうに呟いた。
「ああいうのもさ、相手が女だから高飛車に文句言ってるんだと思わない? だって、隆雄がいる時だって、結構大声で喋っていたし、ちょっと怒鳴り合ったりもしたのに、全然来なかった。隆雄がいなくなった途端に文句言ったでしょう。それで、女二人になったら、こうやって脅すんだよ」
「ああ、嫌になるね」
「直子も実家から出て、一人暮らししてみるといいよ。女の一人暮らしって、こんなことの連続だよ」

桐野夏生の小説を好むのは、こういう小技が随所にピシッと決まるところ。女二人の隆雄の話が、こんな風にブレイクする。一九七二年。<青春>の度合いが特に地方出身者に著しく、同じ地方出身者の私には応えましたね。なにか、<地方>というものも考えるきっかけになった。なにか、萎縮して東京にいたことを思い出す。

工藤美代子「ノンフィクション作家だってお化けは怖い」を読みはじめてしまったので、記憶が薄れる(←最近ひどい)前に急いで「抱く女」の感想です。


▼ 星々たち   [RES]
  あらや   ..2015/05/15(金) 07:30  No.327
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 同じフレーズが何度も繰り返された。
 曲の中では、八月に出会ったふたりが心躍らせている。恋に落ちた男がもてあます無邪気さとはなんだろう。
 育子は夫と出会ったのが八月の小樽だったことを思いだした。ふたりとも海辺の名物食堂でニシンが焼き上がるのを待つ列にいた。向こうもこちらもひとりというのが妙に気になっているところへ店員から「混んでいるので相席にしてくれ」と頼まれたのだった。
 行きはひとり、帰りはふたりで浜を歩いた。同じ街に住んでいるとわかり、簡単に恋に落ちた。
(桜木紫乃「渚のひと」)

竹鶴リタと同じで、直木賞を取った後の桜木紫乃については、能弁に語る人がいっぱい出てきているので、なんか照れくさくなって語らなくなりました。今でも本は読んでいるけれど。マスコミ露出が多くなったわりには、作品のテンションが落ちないところはさすがだと思います。

「星々たち」は、ところどころに顔を出す「小樽」がちょっといい。正確に言うと、「塚本千春」という造形に対しての「釧路」や「札幌」「小樽」などの配置がカッコいいのかな。


 
▼ それを愛とは呼ばず  
  あらや   ..2015/08/03(月) 15:51  No.335
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「ブルース」、まだ読んでいないけど。

なんか、桜木紫乃、ぐっと変わったような気がする。「それを愛とは呼ばず」を読み終えて、想ったのは去年の読書会で読んだ林芙美子の「田園日記」でした。ああいう作風。「ラブレス」や「ワン・モア」の時代がひとつ終わったと感じました。もう、ここからは「それを愛とは呼ばず」クラスの作品をいくつでも書けるみたいな圧倒的な(でも静かな)自信を感じます。

 
▼ ブルース  
  あらや   ..2015/08/19(水) 06:44  No.336
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「ブルース」、読了。まだ、何度も読み直していたい気もあるけど、昨晩から桐野夏生「抱く女」に入ったので、まあ潮時かな…と。ここまで上りつめたから、「それを愛とは呼ばず」みたいな境地になったんだなということがよくわかりました。

http://hon.bunshun.jp/articles/-/3049

釧路。行ったの、2回くらい。それも数時間の滞在みたいなもんなんですけど、影山博人の生まれ育った「崖の下」の光景はなんか懐かしかったなぁ。


▼ ミツハの一族   [RES]
  あらや   ..2015/07/19(日) 10:26  No.333
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けっこう驚いた。「ばくりや」や「てふてふ荘」の作家だと思っていたからね。こういう技が炸裂するとは考えてもいなかったなぁ。

 八尾清次郎のもとにその報せが届いたのは、大正十二年の十月初旬であった。
『ヤオシヨウイチ シロイシムラコアンべニテシス シキユウコラレタシ』
(乾ルカ「ミツハの一族」)

大正十二年、小安辺村か…

未練を残して死んだ者は鬼となり、井戸の水を赤く濁す。そのままでは水源は涸れ、村は滅んでしまう。
鬼となった者の未練を解消し、常世へ送れるのは、“ミツハの一族”と呼ばれる不思議な一族の「烏目(からすめ)役」と「水守」のみ。
黒々とした烏目を持つ、北海道帝国大学医学部に通う八尾清次郎に報せが届く。烏目役の従兄が死んだと。墓参りのため村に赴き、初めて水守の屋敷を訪ねた清次郎は、そこで美しい少女と出会う――。
(乾ルカ「ミツハの一族」帯より)

これを単なるBL小説として読むのはもったいないです。
札幌の人たちには意外と盲点かもしれませんが、この「小安辺」は「小野幌(このっぽろ)」の地名を頭に置いて読むべきではないかと思うんですね。そうすると…


 
▼ 小野幌  
  あらや   ..2015/07/19(日) 10:30  No.334
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例えばウィキペディアで「小野幌神社」をひいてみると、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E5%B9%8C%E7%A5%9E%E7%A4%BE
なかなか興味深いエピソードが出てきます。小説の中でも、札幌市と白石村を分けて書いていますが、これは正しい。小さい時、江別に住んでいたことがありますから、原始林や「みずほの沼」(と呼んでいたと思う)は、自転車に乗れるようになった子どもたちの絶好の探検スポットでした。そこに「水守」の家があったなんて…、なんとすばらしい設定なんだろう。萌えました。

今の小野幌神社には「小野幌開基百年之碑」があるみたいですね。

昔、北の大地小野幌に一人の杣夫入りて、未開の杜に斧ふるいたり。爾来開拓の人々来りて拓き、皆力合わせてみずほの池造り、豊かなる田畑となりぬ。然るにこの地にも都市化の波打ちよせ、諸人語らいて美しき街つくらむとす。今や国中の人こゝに集いて大いなる街となり、開基百年を迎う。この時に当り、先人の遺徳を偲び、古きを尋ねて新しきを知らむと、こゝに、記念碑を建立す。 小野幌の地よ、瑞穂の街たらむことを。(碑文)

ウィキペディアに募金しようと思いました。いっぱいお世話になっている。


▼ 赤いペン   [RES]
  あらや   ..2015/07/13(月) 18:18  No.331
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何か、物語はあるかい?
人が心に秘める想いを照らし、きらめかせては去る。
そうして、ペンは旅を続けてきた。
物語から物語へと……。
            ――片桐 筆――

という、扉で始まる澤井美穂の「赤いペン」。小樽の文学館というのがウットーしいけれど、それ以外はすべてOKでした! 血圧の薬を待つ病院の待合室で一気読み。中島梨絵の挿絵も品良く、そのおかげなのか、血圧も「137」などいう好数値を出し、ゆったりとした休日になりました。ありがとうね。


 
▼ 非・バランス  
  あらや   ..2015/07/13(月) 18:46  No.332
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もう一冊、心に残った児童文学を。

今年度の「京中生インタビュー」で出てきた本なんだけど、この「非・バランス」、とてもよかった!
映画化もされているみたいで、アマゾンのカスタマー・レビューなんかを読むと、みーんな映画から本への流入組なのもびっくり。でも、映画は、「みどりのおばさん=サラさん」の設定を「心優しきオカマ・バーのママ=菊ちゃん」に変えているんでしょう。大丈夫なのかな…

ま、小日向文世の熱演ってことなんかな。(朝ドラ「まれ」も、小日向、大泉の北海道勢が出ているから、惰性で見ているようなもんですけど…)


▼ 夜より黒きもの   [RES]
  あらや   ..2015/07/11(土) 19:00  No.330
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 朝の六時だった。黒頭は自分のマンションでもう目を覚まし、身支度を整えていた。天気がよければ、スポーツタオルを肩にススキノの東側を流れる豊平川の河川敷公園まで軽く走り、札幌ジムの練習生たちのロードワークに合流するのだ。四時間ほどしか眠っていないが、もともと酒を飲まないからそんなに体には負担になっていない。コップに水を汲んで飲み干す。そのまま出ようとした時、電話のベルの音に引きもどされた。
(高城高「夜より黒きもの」/「猫通りの鼠花火」)

ありゃ、一回読んだ本だったかな…と思ったが、そんなはずはない。今年5月の新刊です。

ややしばらくして、ようやく気がついた。あ、第二作だったんだ。三年前の第一作「夜明け遠き街よ」のことを完全に忘れているから始末に悪い。作家の中にはときどきいますね。秘かにストーンズ・タイプと名づけている作家たち。
ローリング・ストーンズの曲って、聴いている最中はとても輪郭のくっきりしたいい曲なんだけど、レコードが終わってしまうと何も余韻が残らない。曲がかかっている現在だけが命という。高城高も似ています。読んでいる最中は、他のダサい文章(特に公務員の書いた文章とか)読みたくない、いつまでもこの物語が続けばいいと思うのですが、ついに最終ページは来るし、出勤の朝は来るのでした。

 私も八十路を迎え、身近な訃報に急き立てられるかのように薄野のバブル時代の記憶をなお書きとどめようとしている。本作品に続く一九八〇年代末期、薄野の夜の好景気は終わりのない祝祭のように盛り上がってゆく。それは黒い影を背負った虚宴とでも呼ぶしかないようなものだったのだが……。
(高城高「夜より黒きもの」あとがき)

三年後、どこで何してるのかな。



▼ バンクーバー朝日   [RES]
  あらや   ..2015/05/18(月) 17:23  No.328
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「うちは走って点を取るチームだ」
 ヨーが一塁に進んだのを見定めると、監督のハリー宮本がテディに言った。
「けれども君にはもう走る力は残っていない。そうだな?」
 テディは首を横に振ろうと思ったが、そもそもそんなことをするのさえ面倒なくらい疲れていた。それにここまで来て、嘘をついてどうなるものでもない。
「うん」
 テディはフラフラしながらうなずいた。
「だから、君がフォアボールを選んで出塁できて、次の打者がヒットを打ったとしても、君は二塁でアウトになりかねない」
「僕の代わりに誰かピンチヒッターを出すってこと?」
 するとパワーは首を横に振った。
「ミッキーに優勝をプレゼントするんだろ? ケリをつけるのは君しかいない。だけどね」
「だけど?」
「君は走れないし、体力も残っていない。バットも一度振るのがやっとだろう。だったら」
 そう言ってハリーはテディに何やら耳打ちをした。すると、それまで疲れを隠そうとしなかったテディの顔に笑みが漏れた。
 テディが何か言いかけると、
「君ならできる」
 そう言ってハリーはテディをバッターボックスへ送り出した。
(テッド・Y・フルモト「バンクーバー朝日」)

「京中生にインタビュー」の季節が今年もやってきました。まずは第一弾。映画化された「バンクーバーの朝日」のノベライズ本で読書感想文を書いた子がいて、その映画の原作本だと思って先にテッド・Y・フルモト「バンクーバー朝日」を読んでしまいました。
後日、ノベライズ本の方も読むに至って、この2冊はかなりかけ離れた「バンクーバー朝日」ものであったことを知るのですが、まあ、そこはご愛敬。テッド・Y・フルモトに巡り会ったことに後悔はありません。しびれるようないい本だった。昔、マドンナも出ていた映画「プリティリーグ」を観た時のような感動があったよ。

こういう本をいつまでも読んでいたい。


 
▼ Re:バンクーバー朝日  
  KOU   ..2015/06/01(月) 21:26  No.329
  酔ったはずみで閲覧させて頂きました。
少々気になっていた映画でしたので、良さそうな感じがして、今度DVDを借りようかと思います。
ありがとうございました。


▼ 熊撃ち   [RES]
  あらや   ..2015/04/06(月) 19:28  No.325
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 与三吉は、羆を求めて山を歩きつづけた。米も少くなったが一回の食べる分量を減らして野宿を重ねた。十日の予定が、二十日近くになった。かれは、札幌郊外の山に足をふみ入れてから遂に倶知安の近くまで歩いていった。途中、雪崩の危険に身をさらされながら峯を越え、谷を渡った。が、羆の姿も足跡すらも発見できなかった。
 倶知安の町におりたかれは、半病人に近かった。足は今にも崩折れそうで、体中が熱をおびていた。かれには、再び歩いて帰る気力は失われていた。意識がかすみ、銃を肩にしていることすらわずらわしく思えた。かれは、自分が正常な気持を失っていることに気づいていた。
(吉村昭「与三吉」)

「少年探偵団」のスレッド、消しました。くだらない文章だ。

今年度の読書会「山麓文学館3」で吉村昭の「与三吉」を取り上げるので、久しぶりに「熊撃ち」一冊を読み返したのです。「与三吉」、もちろん良かった。でも、隣りの「安彦」も「菊次郎」もいいんだよね。トップの「朝次郎」もいいし、唯一の月の輪熊話(あとは全部羆話)の「幸太郎」までいいんだよね。で、いつもの結論。吉村昭の小説に滓はない。

もう、東日本大震災以前に書かれたもので、読むべきものはそんなにはないことを最近痛切に感じる。そんな作品をどんどん捨てていったら、「山麓文学館3」のラインナップができました。


 
▼ 京都  
  あらや   ..2015/04/06(月) 19:31  No.326
   あのころ、台所の冷蔵庫は、いまよりずっと小さかった。
 まだ2ドア冷蔵庫も売り出されておらず、ドアはひとつきりで、開けると、左上にちょっとした製氷室が付いていた。すぐ霜だらけになり、角砂糖ほどの大きさの氷をつくるにも、ひどく時間のかかる代物だった。
(吉田泉殿町の蓮池)

 若いころ、男は、テキ屋の下働きに雇われていた。一六歳になったばかりのころだった。
 雇い主は、「大将」と呼ばれる四〇がらみのいかつい顔立ちの持ち主で、しゃがれた大声でよくしゃべり、髪はパンチパーマ。けれども、ヤクザ組織や特定の親方の配下には加わらず、おのれ一人の口八丁手八丁、はぐれ狼の才覚で切り抜けて、好き勝手に生きていたい性分らしかった。
(吉祥院、久世橋付近)

黒川創の小説はイントロがカッコいいね。どんどん吉村昭みたいな域に近づいて行ってるように感じます。

一月頃に読んでいた黒川創「京都」なのですが、おいそれと迂闊な感想を書けない…と思ってる内に四月になってしまいました。








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