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司書室BBS

 
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▼ ふれる彫刻   [RES]
  あらや   ..2015/12/23(水) 12:31  No.445
  近代美術館の「さとぽろとその時代」展にいってきました。田上義也の(私は)見たこと資料がいっぱいで予想外のおもしろさ。行ってみるもんですね。坂本直行が二中(札幌西高)の卒業生とか、こんなところで「学天則」とか、小ネタも多かった。

言ってみる…といえば、館内中央にあるブールデルの「力」。帯広の近美のブールデル「勝利」なら外庭なので写真OKなんだけど、やっぱりここは駄目なんだろうなあ…といつも思っていたんです。でも、この日はテンション高かったから総合案内の人に聞くだけ聞いてみたんですね。そうしたら、館内のホール部分は撮影OKだそうで、この時は、ほんと嬉しかったなあ。レストランしかないと思っていた二階に、なんと中原悌二郎の「若きカフカス人」を発見した時はほんと驚喜しましたよ。札幌の近美、えらい。

「アートで発見HOKKAIDO」もおもしろかった。木田金次郎と神田日勝の大きな二枚が壁にどーんと並んでいたのは迫力でした。本田明二の「けものを背負う男」に近づいて行ったら、おおっ!これ木彫じゃないか!(ほんとびっくり…) 木田金次郎が「大雪山」や「釧路」を描いていたり(岩内から一歩も出ない人かと思ってました)、なんか、いっぱい新発見北海道したなあ。

で、とどめはこれでしょうね。レファレンスルームでこのチラシを発見。
「ふれる彫刻」展 http://www.hongoshin-smos.jp/
街の中にある彫刻と美術館の彫刻の間に、なにか融和的な気運が生まれはじめていることを歓迎します。(「力」にはさわっていませんからね)



▼ 亡国記   [RES]
  あらや   ..2015/11/30(月) 20:31  No.442
  雪かきとか、食料品の買出しとか、銀行の払いとか、明後日の小学校出前図書館用の本読みとか、洗濯・アイロンがけとか、新聞記事の切り抜きとか、土曜に撮ってきた写真のアップとか…、そういう月曜定休日にやっておかなければならない一切を放棄して、北野慶「亡国記」を読み耽っていました。先ほど読了。月曜くらいちゃんとしたご飯とも思ったのだが、もう遅いか… いつものように酒飲んで寝てしまうだろう。水曜の出前図書館が終わったら、いろいろ書きたいと思ってます。

 
▼ 占領軍  
  あらや   ..2015/12/06(日) 19:08  No.443
  「北海道民の皆さん、私はドミトリー・キーロフ北海道占領軍総司令官です。本日、ロシア軍は無政府状態にある北海道を占拠しました。今後、この島はロシアの北海道占領軍総司令部によって統治されます。四月一日の大地震による島岡原発の大爆発で,日本国内はもちろん、極東ロシアをはじめとした周辺諸国を放射能で汚染したにもかかわらず、一切の責任を放棄してここ北海逍の札幌に避難してきた旧日本政府の岸辺三郎をはじめとした閣僚と中央官僚、ならびに中部電力をはじめ各電力会社及びその他の大企業の幹部等二千五百三十七名は、われわれの手によって身柄を拘束されました。同時に、北海道知事と札幌市長をはじめとする道内各市町村長はその職を解任し、その職は占領軍幹部たちに引き継がれました。また、北海道に駐屯していた国防軍組織と三万名の軍隊も本日をもって解体され、軍人はすべて武装解除されその職を解かれました。なお、北海道警察は占領軍総司令部の管轄下に入り、今後も警察職務を全うするでしょう。最後に、島岡の大事故にもかかわらず、危険な運転を続けてきた泊原発のすべての原子炉は、本日午後十時をもってその運転を停止します」
(北野慶「亡国記」)

なんとなく、これは百田尚樹「永遠の0」に対する左からの反論なのかな…とか思いつつ。

そうですか… この、久しぶりに落ち着いた生活も二〇一七年四月一日で終わりかい。

 
▼ 障害者差別解消法  
  あらや   ..2015/12/06(日) 19:42  No.444
  この「亡国記」、奥付ページに(私は初めて見る)見慣れない券が。で、券の横に説明文。小さい字(←視覚障害の人には優しくない)なので下に書き出しました。

本書の一部あるいは全部を無断で利用(コピー等)することは、著作権法上の例外を除き禁じられています。但し、視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない人のために、営利を目的とする場合を除き「録音図書」「点字図書」「拡大写本」の製作を認めます。その際は事前に当社までご連絡ください。
また、活字で利用できない方でテキストデータをご希望の方はご住所•お名前•お電話番号をご明記の上、左下の請求券を当社までお送りください。

二〇一六年四月一日より「障害者差別解消法」の施行です。出版界も動き出しましたね。


▼ 図書館戦争   [RES]
  あらや   ..2015/10/17(土) 10:30  No.440
  「ラスト・ミッション」、おもしろかったです。(ま、「図書館法規要覧」を美術館に飾るセンスには苦笑いしたけど…) 観て、去年の今頃、「図書館資料デジタル化のこれから」を書いていた頃をちょっと思い出した。

スマホの普及が人間の生活様式や思考形態を変えたことは間違いありません。「これから」私たちは、驚くほどの低知能人間、言語や感情表現能力の壊れた人間を日常的に相手にしなければならないことになるのは確実だと覚悟しています。
図書館人の間にも、スマホにまつわる文化(?)に嫌悪感を抱く人は意外と多い。(私もその一人かもしれません) ただ、そのことと「図書館資料デジタル化」は、ちょっとちがう問題なのです。私が「図書館資料デジタル化のこれから」を書いているというと、お前まであっちの陣営に下ったのか!みたいな反応を同世代の図書館人から受けることが何度かありました。これがけっこう堪えた。
感覚的には、わかる面もあるのです。高度成長期のテレビの普及に対して、「このままでは日本中の子どもがバカになってしまう!」と危機感を抱いた図書館人が愚かだったとは思わない。八十年代のパソコンの普及・進化に対面した図書館人が、「コンピュータは図書館業務になじむ・なじまない」の大論争をしていたことを時間の無駄だったとは思わない。


 
▼ ラスト・ミッション  
  あらや   ..2015/10/17(土) 10:42  No.441
  「図書館は本の価値観を守る最後の砦だ!」と言う図書館人がいても不思議だとは思いません。ただ、図書館の現実はそういう方向には変化して行かないであろうことは、「図書館資料デジタル化のこれから」を書いた時に確信しました。
昔、図書館には、バカな司書と賢い司書がいました。仕事ができる司書と、仕事ができない司書がいたんです。蔵書五十万冊程度の図書館にも何十人もの司書がうじゃうじゃいたんです。「図書館システム(パソコン)」の進化は、いわば、その「バカ司書」部分を駆逐したと私は思っています。無資格者を含む誰もが平均的な図書館業務ができる世界に図書館を変えました。こうなるしかなかったのだと思います。
個人的には、「頭の切れる」(←今の人は「頭のキレた人」と思うから困ったもんだ)司書がいなくなって寂しいですけどね。

「図書館は本の価値観を守る最後の砦」という想いは、「図書館戦争」を観て発散することにしています。5.1サラウンドっていうのかな、今の映画は音が凄いやね…


▼ 毛綱毅曠   [RES]
  あらや   ..2015/10/13(火) 18:01  No.438
  釧路に行ってきました。
目的は、帯広に続いて、釧路近辺の本郷新作品を写真に収めたい…ってのと、あと、新館計画が発表され、その存続が心配されている現在の釧路市立図書館を今の内にちゃんと見ておきたいという二点でした。一泊二日の旅なので、それ以上(啄木関連を含めて)多くを望まないつもりだったのだけど、ちょっと、この釧路市立美術館の「釧路アートマップ」を見ていて欲が出た。
http://www.pekita.net/artmap.html
「毛綱毅曠」って、なんか凄くない… 特に、この「反住器」。


 
▼ (もづな・きこう)  
  あらや   ..2015/10/13(火) 18:06  No.439
  もう十五年くらい前になるのかな… 釧路に行った時には、街の建築物など何の気にもならなかったんだけど(「フィッシャーマンズワーフ」は目の前にあったのに…)、今回はちがった。「まなぼっと幣舞(生涯学習センター)」の最上階から見渡していると、なにか調子が変な建物がばんばん出てくる。(この釧路三慈会病院?みたいなのがごろごろ…) 車で普通の住宅街を走っていると、なにか、家づくりの文法が石狩や後志のものとちがっているように感じる。民家なんだけど、どこか毛綱っぽいというか。函館や旭川でも、つい先だっての帯広でも、住宅街走っていてこんな風に感じることってまずなかったのですが、釧路だけはそれがあるというか。(十五年前、いったい何見てたんだろ…)

毛綱建築、エターナル・プレイス北海道HPがわかりやすく紹介してくれます。
http://www7.plala.or.jp/pira/kushiro/kushiro1/mozuna/mozuna.html


▼ 彫刻の径   [RES]
  あらや   ..2015/10/08(木) 07:37  No.437
  帯広に行ってきました。
http://www.dokyoi.pref.hokkaido.jp/hk-obimu/index1.html
お目当ては「猫まみれ展」だったのだけど、その北海道立帯広美術館の隣に「彫刻の径」ってのがあって、なにか本郷新も関係しているみたいなので、帯広に行ったらぜひ見たいと思っていたのです。

 「彫刻の径」制作趣旨(本郷新)
 十勝御影石による現代彫刻シンポジュウム
 十勝山系より産出される御影石(花崗岩)による彫刻作品数十点を帯広市緑ヶ丘公園内の処々に配置し、十勝の自然と造形の新しい調和を求め、清新にして芸術的環境を創造する。
 尚、シンポジュウム形式をとることにより、十勝(御影)石を彫刻素材とする空間造形の可能性の追求、並びに青年彫家相互の交流による立体造形の高揚を期待する。
 制作過程は一般市民に公開される。

あまり抽象彫刻って得意じゃないけど、近年、ハルカヤマの渡辺行夫さんの作品などを目にする機会が多くなってきて、なんとなく御影石(花崗岩)の質感というか、肌合いというか、そういうものに惹かれるようになってきています。「彫刻の径」、よかった。朝日が、森の木漏れ日となって彫刻にふりそそぎ、とってもいい雰囲気でした。



▼ 前川茂利 今度こそ   [RES]
  あらや   ..2015/09/19(土) 19:26  No.435
  小沢村の記録 克明に
故郷の入植者撮り続けた写真家・故前川さん
【共和】小沢村(現共和町小沢)の戦後開拓地に生きる人々を撮影し続けた同村出身の写真家前川茂利さん(1930〜99年)の作品展「きょうわのくらし」が、町南幌似の西村計雄記念美術館で開かれている。農業不適地で開墾のくわをふるい、夢破れて離農していった入植者たちの生きざまが、モノクロ写真で克明に写し出されている。
(北海道新聞 2015年9月8日 小樽後志版)

今度こそ逃してなるものか!の気概で行ってきましたよ。
よかった…

遺族が資料寄贈 西村美術館で初の個展
町が2013年6月、前川さんの遺族から作品パネルやフィルムなど数万点に及ぶ資料一式の寄贈を受けたことで実現した。同美術館で前川さんの個展を開くのは今回が初めて。
前川さんが撮った開拓地には、敗戦後の食糧難だった48年に樺太からの引き揚げ者や東京の戦災者ら農業未経験者45人が入植。しかし、この土地は明治の入植者が凶作などで手放した「不毛の大地」で、戦後入植者もついには全員が離農する憂き目にあった。
前川さんは郵便配達をしながら戦後入植者たちを20年以上にわたって撮影し、82年に写真集を出版。69歳で亡くなるまで、地域に根ざした人々の暮らしを記録し続けた。
2日に始まった企画展は、入植から離農までを記録したシリーズ「開拓地のくらし」を中心とした約100点を展示。草原でヤギと遊ぶ子供たちや、耕すたびにた<さんの石が出てくる畑、最後の1人の離農など、入植者たちの力強さや農政の無策に対する怒りが表現されている。
10月12日までで、入館料は一般500円など。期間中は町役場のロビーと町生涯学習センターにも前川さんの作品を計14点展示している。
(同記事)

皆に紹介したい。ある意味、土門拳より凄いんじゃないか。


 
▼ 写真アルバム 小樽・後志の昭和  
  あらや   ..2015/10/07(水) 19:34  No.436
  新潟県長岡市のいき出版から「写真アルバム 小樽・後志の昭和」が出版されました。この手の本は十年に一度くらいの間隔で出版されているのですが、前回と大きくちがうのはテーマを「昭和」に限定したことでしょうか。
「昭和」の大きな特徴は、カメラの普及。明治・大正の金持ちの道楽品だった時代を大きく抜け出し、前川茂利のような庶民でも頑張ればカメラを手にすることができる時代に入ってきます。そして、戦後・高度成長期のオリンパス・ペンの登場。
従来の、博物館が持っているような決定的な歴史資料としての写真の集まり…というような重厚さはないんだけど、初めてカメラを買った庶民が楽しそうに撮った一枚一枚が紙面に溢れかえっている今回の造りはなかなかユニークです。そういう造りの中で、「前川茂利の見た後志」に18ページを割いているのは正しい。これが見識というものです。
ただ、第七章「後志の鉄道」には首をひねった。15ページの紙面に、「胆振線」写真が1枚だけというのはあんまりではないか。「後志」の意味を大きく損ねている。戦争もあった「昭和」という時代を表現しているとはとても思えない。単なる鉄ちゃんの感傷写真集ではないだろうか。今回も、(小樽に戻るとよく感じる)小樽を一歩も出たことのない人間たちが、なにか「後志」を語れるつもりになっている様子が目にちらつきました。
もう、「小樽」抜きで「後志」(←「山麓」ってことですけど…)写真集をつくるくらいのことをやらないと斬新さってないんじゃないかなぁ。「小樽」を外して、「虻田」を加えるくらいのことをやらないと、新しい歴史観は生まれないよ。


▼ 「躍動」の謎   [RES]
  あらや   ..2015/08/27(木) 06:38  No.430
  7月の初め、かねてより聞いていました安田侃の具象彫刻(!)を求めて北広島市の中央公民館に行ったわけです。本当にそんなものがあるのか、けっこうドキドキだったけれど、行ったら、あった。

安田侃「飛翔」。いやー、凄いものを見させてもらいました…


 
▼ 「躍動」の謎2  
  あらや   ..2015/08/27(木) 06:53  No.431
  ところが、驚きは「飛翔」にとどまらなかったのです。

同じ敷地内、中央公民館の隣には北広島東記念館という建物があるのですが、ここの入口に、この「躍動」像が立っていた。

けっこう古典的な造形。ひと目で、そこら辺のアマチュアの作品ではないことは明らかです。でも、プレートを見ても、「躍動」としか入っていない。作者名、わからず。記念館の人に聞いても、わからずとのこと。以前にも、市民の彫刻散歩ツアーの折りなどに何度か調べたことがあるのだが、わからずとのことでした。

 
▼ 「躍動」の謎3  
  あらや   ..2015/08/27(木) 07:05  No.432
  ちなみに、台座プレートにはこんなサインが入っています。

二部黎? ちがう。ちがう。作風が全然ちがう。
彫刻美術館の人に聞けば、意外とあっさり解決するんだろうか…

 
▼ 清水多嘉示「みどりのリズム」  
  あらや   ..2015/08/27(木) 07:23  No.433
  ちょっとアレッ!と思ったのは、滝川市役所前庭にある清水多嘉示(しみず・たかし)の「みどりのリズム」を見たときです。北広島の「躍動」ほど滑らかではないけれど、足を跳ね上げるような造形に大変親しいものを感じたのでした。

 
▼ 清水多嘉示「躍動」  
  あらや   ..2015/08/27(木) 07:36  No.434
  ヤフーで「躍動×彫刻」などのキーワードで探すと、出てくるのは広島市の清水多嘉示「躍動」です。

うーん、こちらの方が北広島の「躍動」に近いかなあ。「広島」つながりで、北広島にバージョンちがいの一体がもたらされたんだろうか。


▼ 樺太アイヌ女性の自伝を出版しました   [RES]
  橋田欣典 [URL]   ..2015/04/07(火) 10:51  No.414
  先日、82歳になった樺太アイヌ女性の自伝を出版しました。ぜひご覧になっていただければ。

 
▼ オホーツクの灯り  
  あらや   ..2015/08/03(月) 18:16  No.427
   野原を駆け、飛び跳ねて遊んだあの日。語り尽くせない樺太•落帆の生活。ロシア人との暮らし…。今は時代が違います。先祖や父母たちが刻んできた歴史に誇りを持ち、子、孫たちに伝えていくのが私たちの使命でしょう。
(安部洋子「オホーツクの灯り」)

短時間に読み飛ばしてしまうのがもったいなく、眠る前に数章読んでは眼を閉じ、オチョポッカの海を想像します。そして時々は、「オホーツクの灯り」の書き出しに戻って行く。百年の時を超えて、知里幸恵の心に戻って行く。

 その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.
(知里幸恵「アイヌ神謡集」序)

盛岡市先人記念館の金田一京助の部屋に、七歳の時の母の姿が残っていた話にはちょっとしんみりしました。そんなことも、あるんだなぁ…

 
▼ 私のなかの歴史  
  あらや   ..2015/08/03(月) 18:19  No.428
   小学6年の時、私の名前の由来を尋ねると、父は「1月(むつき)生まれだったから」と答えました。初めは「深雪(みゆき)」と名付けようとしたそうです。私が生まれる直前、東京で「みゆき」という名前の女性が、今でいう乳幼児施設で大勢の子供を虐待したなどとして新聞報道されたため、むつみに変えました。7月生まれの姉はみどりでした。
 大人になって気づいたのですが、「アイヌ神謡集」の序文に「冬の陸には林野をおほふ深雪を蹴って」「夏の海には涼風泳ぐみどりの波」というくだりがあります。父は序文をそらんじていたので、深雪とみどりの由来は、神謡集だったと思います。でも、父は教えてくれませんでした。言ってくれればよかったのに。
(北海道新聞 2015年7月1日夕刊/私のなかの歴史 横山むつみ「アイヌ神謡集を受け継ぐB」)

「オホーツクの灯り」を読んでいる時、北海道新聞夕刊が知里幸恵銀のしずく記念館館長の横山むつみさんのインタビューを連載していました。興味深い話がいっぱい出てきて、とても11回の連載では足りないよ…と思いましたね。

アイヌの人たちの子ども時代の話は、なぜか胸を打つ。子どもから大人への成長の影に、民族として自然や社会から引き剥がされるつらい体験がそこにはあり、だからこそ、その体験を認識し克服した人の話には時を越えた普遍性があるのではないか。安部洋子さんが理容の世界に飛び込み、どんどん自信をつけて行く心の過程が当時の写真にも如実にあらわれていました。

 
▼ Re:私のなかの歴史  
  橋田欣典   ..2015/08/13(木) 08:17  No.429
  読んでいただきありがとうございます。子どもは成長して社会の矛盾にさらされた時、屈するのでもなく、忘れるのでもなく、思いを抱き続けるのかもしれません。書くことによって凍った思いは溶け、川となって世の中に流れていくのかと感じました。


▼ 以前読んだ泊原発反対運動のネット本を検索したらー   [RES]
  道産子詩人pikki [URL]   ..2015/07/21(火) 20:13  No.425
  初めまして、ほぼ無名の詩人です。
生誕した後志や、胆振や札幌で転々とした土地の話しがとても懐かしかしく、ついつい書き込んでしまいました。

懐かしい情報をありがとうございました。
これからもよろしくお願い致します。


 
▼ こちらこそ  
  あらや   ..2015/07/26(日) 19:10  No.426
  こんな時代遅れのホームページを読んでいただいて、ありがとうございます。続けて行く励みになります。こちらこそ、これからもよろしくお願いします。URLのブログ、拝見しました。


▼ お久しぶりです   [RES]
  あらや   ..2015/07/19(日) 12:23  No.423
  連休からこっち、長い間が開いてしまって、さて何から書き出せばいいのか…

いちばん最近のニュースです。以前住んでいた住宅(といっても、現在住んでいる住宅から10メートルほども離れていない)が解体撤去されました。写真は、その解体の朝。まさに恐竜の顎のような重機でバリバリと粉砕してゆく様子を、たまたま休日だったもので、朝から写真に撮ることができたものです。8年間の単身赴任生活を思い出して、けっこう感無量。

京極での生活も9年目に入りました。まあ、身体は元気です。四月以降も、どうでもいいような仕事も、これからの自分にとって重要な仕事もわらわらと入り続けていますけれど、ここ数年味わってきたような空虚感はありません。基本的に、今やってる忙しさは、来年はやっていないであろう忙しさだから。ここ数年続いた、出口の見つからない忙しさとははっきりちがうものです。どんなに忙しくても、休日は休日としてすごせるようになってきた。「今日の小樽」(←どこが小樽なんだという声もある)の写真もメキメキ増えてきています。


 
▼ 過去のギャラリーから  
  あらや   ..2015/07/19(日) 12:46  No.424
  アサガオを植えたり、トマトをつくったり、いろんなことやってたんだなぁ。はっきり「京極スワン社」とでもいうべき時代があったことを自覚しようと思います。「山麓」という視座を手に入れることによって、私には、小樽人なんか問題にならないくらいには小樽が見えていると思っています。








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