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読書会BBS

 
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▼ パトリシア   [RES]
  あらや   ..2014/12/31(水) 02:43  No.321
  いい本、見つけちゃった。

12月の南京極小学校・出前図書館で、ブックトーク「じゃがいもの本」のための本をいろいろ集めている最中でした。まず、パトリシア・ライリー・ギフ「ノリー・ライアンの歌」を発見。いやー、久しぶりの一気読みでした。(「資料電子化のこれから」、書かなきゃならないのに…)

時間があればどんどん読み進むのだけど、さすがに12月はキツい。ようやく今朝、「リリー・モラハンのうそ」を読了です。これが、良かった! もう、すっかりパトリシアの虜です。明日30日が最後の出勤日なので、「ホリス・ウッズの絵」ほか4冊をかき集めて、正月休みに全部読もう。


 
▼ パトリシア2  
  あらや   ..2014/12/31(水) 03:10  No.322
  いやー、すばらしい! 森さんと話がしたい。森さん、パトリシア・ライリー・ギフのこと、知ってるだろうか…

【パトリシア・ライリー・ギフ】ニューヨーク市ブルックリン生まれ。20年間教師をしたのち、子どものための本を書き始め、60冊をこえる著作がある。コネチカット州在住
(HMVのレビュー)

ウィキペディアには。まだ書き込みはないみたい。

もう我慢できずに「ホリス・ウッズ」読み始めてしまいました。今日(31日)の汽車までに読んじゃうかもしれない。

 
▼ パトリシア・ライリー・ギフ  
  あらや   ..2015/01/02(金) 13:30  No.323
  いやー、凄い! 読む本、読む本、全然テンションが落ちない。ギフの世界に引き込まれて行く。原著の言葉がなめらかなのか、翻訳者(もりうちすみこ)の腕がいいのか、わからないが、そこら辺の日本人作家の文章なんか問題にならないくらいハイブリッドな日本語になっていて、久しぶりに本を読む楽しさを感じることができました。

仕事納めの30日の夜、なんか、右腕の、虫に刺されたような赤い斑点に気がついたのです。まあ、でも痛くもなんともないから気にしないでいたのだけど、正月の朝あたりから腕の二、三ヶ所に桜の花のように広がっていって、少しだけど、傷口が服とこすれ合った時に起こるようなむず痒さも感じだしたのが今朝のことです。どうやら帯状疱疹みたい。
今、小樽で、病院も正月ですから開いていないし… なんとか痛みの出ない内に京極に戻れればいいんだけど。ほんと、年はとりたくないですね。

読んでる本が「ホリス・ウッズ」で良かった。まだ、前向きな気持ちでいられます。

 
▼ ギフ  
  あらや   ..2015/01/04(日) 07:02  No.324
  驚きました。もしかしたら…今まで読んできた4冊、つながるかもしれない。(ちょっと「ゲド戦記」みたいな様相) この「語りつぐ者」が、最後「ノリー・ライアンの歌」に還って行くとしたら、それはたいしたことだ。私は「パトリシア・ライリー・ギフ」というひとつの物語が立ちあがる、その現場にいたことになる。それは、すぐれた物語が必ず持ってる徴(しるし)でもあります。

「語りつぐ者」だけは図書館に所蔵がなかったので、大晦日のアマゾンで買いました。送り先を、今回だけは小樽の住所にしたファインプレーのおかげで、3日の夜から読みはじめています。(「中古20円」を買ったのだけど、こんないい本に「20円」はないっしょ!)

その間に、岡本さゆり訳の「11をさがして」(文研出版,2010.9)を読んでもいるんだけど、これは少し、今まで見知ったパトリシア・ライリー・ギフの言葉とはちがうように感じました。(挿絵が「ブンダバー」の人だったせいもあるけど…) 美しい日本語と感じていたのは、翻訳者のもりうちすみこさんの力だったんですね。村岡花子じゃないけれど、優れた翻訳者に出会うというのも、優れた物語にだけ贈られた徴(しるし)と思います。


▼ 聖地Cs   [RES]
  あらや   ..2014/12/29(月) 19:42  No.320
  11月〜12月は、来年1月から始まる「倶知安と文学」2回講演(倶知安風土館)の資料づくりや、柄にもなく「資料電子化のこれから」なんて文章を書いていててんやわんやの月でした。暴風雪もあったし、そんな中で、人並みに掃除や年賀状もあったりして、けっこう今年もしんどい…と感じた師走です。いつまで、こんなこと、やってるのかなぁと思う。なんか、世の中の役に立ってる実感なんて全然ないし。

「聖地Cs」と「希望の牧場」はその頃図書館に入ってきて、それで読みました。読んだ直後は、なにかこれについて書きたい衝動がさかんに頭の中をかけめぐっていたのだけど、同時期「資料電子化のこれから」を書いていたのが悪かったのか、高度成長期のテレビの普及とか、1980〜90年代のパソコン普及とかがぐちゃぐちゃと思い出されてきて、結局、何か言いたかったのか忘れてしまったのでした。



▼ 空白の大涅槃   [RES]
  あらや   ..2014/11/04(火) 18:43  No.319
  「現存する狩猟民を研究するとそれがわかる。じつは、狩猟時代の生活が、殺伐、窮乏と思うのは、農耕に入った人類が、その足場を突き崩されまいとして作り上げた偏見以外の何ものでもない。さもなければ、たとえば日本列島に八千年以上もつづいた縄文文化が説明できない。それを、われわれは、文化の停滞というが、そうではなくて、進歩する必要がないほど当時の生活が充実していたことの証拠ではないかとね、あたしは考えているのですよ」
(荒巻義雄「空白の大涅槃」)

もう二年間くらいになるのかな。たらたらと少しずつ読みつないできた「空白」シリーズも、これにて大団円。渡島半島・大千軒岳から始まった物語(空白の十字架)が、まさかマゼラン星雲の果てで終わるとは思ってもみなかったよ。でも、いろんなことを勉強したなぁ。中でも「インド」に対する知見がぐぐっと拡張したのが嬉しい。堀田善衞の昔から椎名誠まで、「インド」本って手には取るけど結局何が面白いんだか全然わかんない、イメージ湧かないで、放り出してしまうんですね。その点、この「空白」シリーズの流れの中で登場する「インド」はじつに魅力的でした。あっ、もうひとつ。「ピラミッド」もじつは苦手でしたけど、こちらもすっきりです。

あと、もうひとつ。九月頃、噂の中島正「都市を滅ぼせ」を読んでいたんだけど、その文明史観が、上に引用したような荒巻の文明史観に似ていて、けっこうタブりながら読めたのが面白かった。「都市を滅ぼせ 人類を救う最後の選択」もなかなかすごいですよ。倉本聰が講演などでこの本に言及したらしく、図書館にも問い合わせが去年あたりから度々あったのだけど、なにせ絶版本。アマゾンで中古に1万7千円もの値段が付いていて田舎の図書館には手も足も出せないのでした。舞字社での復刊の報を聞いて、喜び勇んで発注した次第です。



▼ ケンジとカトジ   [RES]
  あらや   ..2014/09/06(土) 10:52  No.318
   藤原先生へ
 突然のお便り、ご迷惑をおかけします。岩谷堂町の柴田文です。今年の三月、先生にピアノの指導を仰いだものですが、ご記憶でしょうか。そのご指導の折、談笑の中で外国の探偵小説にでも登場するようなご友人のお話をされました。
 わたくしは外国の探偵小説はよく存じませんが、先生のおっしゃった風貌、帽子にインバネス姿、革製のトランクを持ち歩き、その中にはルーぺやピンセットが入つているなどと、兄に伝えると、まるでシャーロック•ホームズだとたいそう喜んでおりました。見た目だけでなく、物事を筋道を立てて考えるところは探偵のようで、人間の心を大切にするところは修行僧にも似ていると聞き、わたくしを助けていただけるのは、その方しかいなレと筆を執りました
 詳しくは書ききれません。どうか先生から、その方にお伝えいただき、わたくしの話を聞いてもらえるよう、お計らいいただけないでしょうか。
 わたくしの人生にかかわる大問題なのです。よろしくお願い申し上げます。
                   江刺郡岩谷堂町五番地 柴田文
(鏑木連「イーハトーブ探偵」)

ふーん。宮沢賢治と藤原嘉藤治… 以前、啄木と金田一京助がホームズとワトスン役をやってる探偵小説(伊井圭「啄木鳥探偵處」)を読んだことがあるけれど、あれよりは「ケンジとカトジ」コンビの方がおもしろそうと感じました。事実、血圧の薬を待っている病院の待合室で一気に読了。誰か、違星北斗でもやってくれないかな…(妄言、失礼)



▼ 永遠の〇   [RES]
  あらや   ..2014/06/02(月) 16:23  No.314
  「出世だって――戦争しながら?」
「穿ちすぎかもしれないけど、そうとしか思えないフシがありすぎるのよ。個々の戦いを調べていくと、どうやって敵を撃ち破るかではなくて、いかにして大きなミスをしないようにというのを第一に考えて戦っている気がしてならないの。たとえば井崎さんが言ってたように、海軍の長官の勲章の査定は軍艦を沈めることが一番のポイントだから、艦艇修理用のドックを破壊しても、石油タンクを破壊しても、輸送船を沈めても、そんなのは大して査定ポイントが上がらないのよ。だからいつも後回しにされる――」
「でも、だからって、出世を考えていると言うことはないんじゃないかな」
「たしかに穿ちすぎた考えかも知れない。でも十代半ばに海軍兵学校に入り、ものすごい競争を勝ち抜いてきた海大出のエリートたちは、狭い海軍の世界の競争の中で生きてきて、体の中に出世のことが染みついていたと考えるのは不自然かな。特に際立った優等生だった将官クラスはその気持ちが強かったように思うんだけど――。太平洋戦争当時の長官クラスは皆五十歳以上でしょう。実は海軍は日本海大海戦から四十年近くも海戦をしていないのよ。つまり長官クラスは海軍に入ってから、太平洋戦争までずっと実戦を一つも経験せずに、海軍内での出世競争の世界だけで生きてきた――」
 ぼくは心の中で唸った。姉の意外な知識の豊富さにも驚かされたが、それ以上に感心したのが、鋭い視点だった。
(百田尚樹「永遠の〇」)

私も感心しました。浅田次郎「終わらざる夏」以来の感心かな…


 
▼ 桐島、部活やめるってよ  
  あらや   ..2014/06/02(月) 16:36  No.315
  「クロス・ファイアー」、「永遠の〇」、「桐島、部活やめるってよ」、「ウルルの森の物語」、「旅猫レポート」、「私の頭の中の消しゴム」、「カノジョは嘘を愛しすぎてる」、「モルフェウスの領域」、「マナは海に向かう」、… 今年の読書感想文コンクール入賞作の作品、なんか、読んでない本が多く、今、あたふたと読書中です。やはり、去年のドタバタ図書館がこんなところにまで影響を及ぼしているのかな。(とは言っても、去年のことを言うのは、これが最後ですけど。元凶は除去され、もう図書館から消えたのだから、これ以上あれこれ言うほどヒマじゃない)

今回のラインナップの中で「!」を感じたのは、やはり「永遠の〇」でしょうか。入賞者14人の内、2人がこの「永遠の〇」で賞を取っているという町内ベストセラー。映画の影響かどうかはインタビューしてみないとわからないけれど、映画観ないで先に本で読み始めた身には、小説の完成度が圧倒的に高く、この主人公「宮部久蔵」の真の姿が少しずつ露わになって行く高度な展開を、映画はどうやって映像化するのかなと思いました。

「桐島」はなぁ… 技巧にすぐれた小説であることは認めるけれど、私には、もうこういうのにつきあっている時間がないよとも感じた。(「あまちゃん」にはつきあったくせに…) エルキュール・ポワロも言っている。「どんな人だって、自分が若かった時代がいちばん良い時代だったと思ってるんですよ」。「太陽の季節」、「限りなく透明に近いブルー」、… たった一度きりの自分の青春が大事な気持ちはわからないでもないけれど、だからといって、こういうのを小説に書き残したい気持ちはわからない。十七、八で学校教師を志す奴と同じくらい、わからないなぁ。

 
▼ 旅猫リポート  
  あらや   ..2014/06/02(月) 19:46  No.316
   フェリーの口から出ると、眼前にぱきっと青い空が広がった。
「いよいよ北海道上陸だよ、ナナ」
 何だか地面が平らでだだっ広い土地だね。窓から見える景色は普通の街並みなんだけど、空間にやたらと余裕がある。道幅も東京の辺りよりずっと広く取ってあるようだ。
 しばらく走ると景色が郊外になった。そうするとますます広々として気分がいい。車もそんなに走っていないし、ゆったりとしたドライブが楽しめそうだ。
 旅のお供の音楽は、今日もやっぱりハトが出そうなあの曲から始まった。
 道端には紫色の花と黄色い花がまぜこぜになって咲き乱れている。好き放題に生えているので、花壇ではなく野の花らしい。
(有川浩「旅猫リポート」)

北海道話だったのね。

朝井リョウの方が文学性を感じるのだけど、なんかな、愛嬌というか、パッケージリング(←そんな英語、あるのか?)というか、そんなんで、つい有川浩の方に流れちゃいますね。「桐島」の帯、「17歳が 踏みだす一歩は 世界を またぐほど 大きい」とか、「ページのどこかに、17歳のあなたがきっと見つかる!」とか…、センス、もう古い。

 
▼ マナは海に向かう  
  あらや   ..2014/06/24(火) 06:01  No.317
  インタビューは先々週で全員終わっているんだけど、先週初めの月曜日に「国策紙芝居」の講演が入って、なんか、それ以降文章化が中断したまま今に至っています。(もう月末休館日か…)

今年も感想文にとりあげられた本は全部読んだけれど、(「永遠の〇」はまぁ置いといて)個人的に「おっ!」と思った本が一冊。喜多嶋隆「マナは海に向かう」。なにがカッコいいといって、各場面、場面でバックに音楽が流れているんだけど、その曲が妙に私の好みと合うんですね。たとえば、元ボクサーの茂さんが自分の過去を語る場面では、ボズ・スキャッグスの「スロー・ダンサー」が低く流れはじめるとか。語り終える時には「ハーバー・ライツ」とか、けっこう技が細かいんだよね。(昔のレコード、聴きたくなった) 世代的には村上春樹だと思っていたのだが、なんか村上春樹だとジャズ臭い(進駐軍臭い)んだよね。微妙にロックしない…というか。

何言ってんだかわからなくなってきたので、やめます。文章化、急がなくては。7月になっちゃう。


▼ 坑夫   [RES]
  あらや   ..2014/04/30(水) 20:04  No.311
  長蔵さんは、この小僧が宿無か宿無でないかを突き留めさえすれば、それで沢山だったんだろう。どこへも行かない、又どこへも帰らない小僧に向って、
「じゃ、おいらと一所に御出。御金を儲けさしてやるから」
 と云うと、小僧は考えもせず、すぐ、
「うん」
と承知した。赤毛布(あかゲット)と云い、小僧と云い、実に面白い様に早く話が纏まって仕舞うには驚いた。人間もこれ位単簡に出来ていたら、御互に世話はなかろう。然しそう云う自分がこの赤毛布にもこの小僧にも遜らない尤も世話のかからない一人であったんだから妙なもんだ。自分はこの小僧の安受合を見て、少からず驚くと共に、天下には自分の様に右へでも左へでも誘われ次第、好い加減に、ふわつきながら、流れて行くものが大分あるんだと云う事に気が附いた。
(夏目漱石「坑夫」)

大変、興味深い。そして、面白い。

沼田流人は(明治文学正統の人だから)漱石の「坑夫」は当然読んでいるのではないか…という下心もあって読みはじめたのだが、まあ、そういう研究心はさておいて、純粋に小説として面白い。特に、この「小僧」が登場してくるあたりが小説前半の山場でしょうか。「小僧」に私もぞくぞくしました。(「小僧」「赤毛布」に、「血の呻き」の「茂」「靴修繕屋(くつなをし)」をちょっと感じている)

尤も自分はただ煩悶して、ただ駆落をしたまでで、詩とか美文とか云うものを、あんまり読んだ事がないから、自分の境遇の苦しさ悲しさを一部の小説と見立てて、それから自分でこの小説の中を縦横に飛び廻って、大いに苦しがったり、又大に悲しがったりして、そうして同時に自分の惨状を局外から自分と観察して、どうも詩的だなどと感心する程なませた考えは少しもなかった。自分が自分の駆落に不相当な有難味を附けたと云うのは、自分の不経験からして、左程大袈裟に考えないでも済む事を、さも仰山に買い被って、独りでどぎまぎしていた事実を指すのである。然るにこのどぎまぎが赤毛布に逢い、小僧に逢って、両人の平然たる態度を見ると共に、何時の間にやら薄らいだのは、矢張経験の賜である。白状すると当時の赤毛布でも当時の小僧でも、当時の自分より余っ程偉かった様だ。

いやー、おもしろいもんを見つけた。


 
▼ 海辺のカフカ  
  あらや   ..2014/05/01(木) 20:52  No.312
  「君はここで今、一生懸命なにを読んでいるの?」
「今は漱石全集を読んでいます」と僕は言う。「いくつか読んだことのないものが残っていたから、この機会に全部読んでしまおうと思って」
「全作品を読破しようと思うくらい漱石を気に入っているわけだ」と大島さんは言う。
 僕はうなずく。
 大島さんが手にしたカップからは白い湯気があがっている。空はまだ暗く曇っているが、雨は今のところ降りやんでいる。
「ここに来てからどんなものを読んだの?」
「今は『虞美人草』、その前は『坑夫』です」
「『坑夫』か」と大島さんはおぼろげな記憶をたどるように言う。「たしか東京の学生がなにかの拍子に鉱山で働くようになり、坑夫たちにまじって過酷な体験をして、また外の世界に戻ってくる話だったね。中編小説だ。ずっと昔に読んだことがあるよ。あれはあまり漱石らしくない内容だし、文体もかなり粗いし、一般的に言えば漱石の作品の中ではもっとも評判がよくないもののひとつみたいだけれど……、君にはどこが面白かったんだろう?」
(村上春樹「海辺のカフカ」)

へーえ。ほんと、「坑夫」には驚かされることばっかり。しっかし、このタイミングで、村上春樹氏の登場なんて考えてもいなかったから…(「海辺のカフカ」、読んだはずなのに、何にも憶えていない自分にもびっくりした。老いぼれたのかな…)

 僕はうなずく。「うん、むずかしいことはよくわからないけど、そういうことかもしれない。三四郎は物語の中で成長していく。壁にぶつかり、それについて真面目に考え、なんとか乗り越えようとする。そうですね? でも『坑夫』の主人公はぜんぜんちがう。彼は目の前にでてくるものをただだらだらと眺め、そのまま受け入れているだけです。もちろんそのときどきの感想みたいなのはあるけど、とくに真剣なものじゃない。それよりはむしろ自分の起こした恋愛事件のことばかりくよくよと振りかえっている。そして少なくともみかけは、穴に入ったときとほとんど変わらない状態で外に出てきます。つまり彼にとって、自分で判断したとか選択したとか、そういうことってほとんどなにもないんです。なんていうのかな、すごく受け身です。でも僕は思うんだけど、人間というのはじっさいには、そんなに簡単に自分の力でものごとを選択したりできないものなんじゃないかな」

 
▼ 血の呻き  
  あらや   ..2014/05/20(火) 15:28  No.313
  「結構です、やりましょう」
「給金は少くって、まことに御気の毒だ。月に四円だが。―― 食料を別にして」
「それで沢山です」
と答えた。然し別段に嬉しいとも思わなかった。漸く安心したとまでは固(もとよ)り行かなかった。自分の坑山に於ける地位はこれでやっと極った。
 明日(あくるひ)から自分は台所の片隅に陣取って、かたの如く帳附を始めた。すると今まであの位人を軽蔑していた坑夫の態度ががらりと変って、却(かえっ)て向うから御世辞を取る様になった。自分も早速堕落の稽古を始めた。南京米も食った。南京虫にも食われた。町からは毎日毎日ポン引が椋鳥を引張って来る。子供も毎日連れられてくる。自分は四円の月給のうちで、菓子を買っては子供にやった。然しその後東京へ帰ろうと思ってからは断然已(や)めにした。自分はこの帳附を五箇月間無事に勤めた。そうして東京へ帰った。―― 自分が坑夫に就ての経験はこれだけである。そうしてみんな事実である。その証拠には小説になっていないんでも分る。
(夏目漱石「坑夫」/ラスト)

なんという終わり方! 「その証拠には小説になっていないんでも分る。」だって!
いやー、こんな漱石、初めて見た。脱帽です。ジャンポーです。

沼田流人が「坑夫」を読んでいたのはほぼまちがいないと思います。流人は紫地の紙に金泥で般若心経を写経し、それを葬儀のあった金持ちの家に送っては謝金を得るということを生業としていました。(右腕一本しかないので、どんな職業にもつけるわけではないのです) そのため、日本全国各地の死亡記事を確認する必要があり、夥しいほどの全国各地の新聞をとっていたといいます。ですから、単行本「草合」に所収された「坑夫」ではなく、「東京朝日新聞」なり「大阪朝日新聞」なりに連載されていた挿絵入りのオリジナル「坑夫」を読んでいた可能性すらあると感じました。そうであれば、「血の呻き」の不思議な章立ても理解できるような気もする。(「坑夫」は全96章の章立て。「血の呻き」は「坑夫」の二倍くらいの一章の長さで全50章) 坑山の仕事に入る直前で踏みとどまった「坑夫」の人生のその後を描いてみようと意図したのでしょうか。


▼ 無垢の領域   [RES]
  あらや   ..2014/01/21(火) 08:05  No.310
  「日米交換船」、鼎談の部分は読みあげ、次の黒川創「交換船の記録」に入ったのだけど、なんとも長くて二度目のリタイア。

今回は、桜木紫乃「無垢の領域」でした。「図書館流通センター」なんて実名がそのまま出てきて、ちょっと吃驚。

暮れの小樽に戻る電車で、大滝詠一の若すぎる(65歳)死を知って、以来、少しずつ少しずつダメージが蓄積中です。寒波や大雪の毎日が重なって、精神的なダメージを肉体的なダメージだと思って日々をやりすごすことにしています。



▼ 代官山   [RES]
  あらや   ..2013/12/07(土) 18:46  No.309
  時田が、直接には答えずに言った。
「水戸部さん、あんたはきょうは何時ごろまで、聞き込みするつもりだ?」
「もうひとりだけあたって、切り上げようかと思っています。時田さんは?」
「こっちも終えたところだ。荒川署まで戻って、きょうは解散。少し話ができないか」
「もうひとりとは、十五分後に代官山で会うことになっています。そのあとでもかまいませんか」
「おれが代官山まで行こう。終わったところで、電話をくれ」
(佐々木譲「代官山コールドケース」)

じわじわと真相解明に至る臨時チームが水戸部のまわりに立ち上がって来るのが、とても快感。

じつは、黒川創「かもめの日」を終えた後、「日米交換船」に躊躇わず入って行くはずだったんだけど、日和ってしまいました。黒川創の本って、一冊一冊がとても難しい。大事なことを言っているのはわかるのだけど(こっちに学がないから)けっこう疲れるの。で、今回は佐々木譲に逸れてしまいました。代官山に面白そうな臭いがしましたので。

疲労回復。明日は「戦時下の紙芝居」上演会があるから無理しないで早めに寝てしまうけれど、明日の夜からは「日米交換船」ですね。(荒巻義雄の「空白」シリーズもいいんだよね… また、そっちに寄り道しちゃうかもしれない)



▼ 神聖代   [RES]
  あらや   ..2013/11/02(土) 07:54  No.308
  「浦島太郎の伝説をご存じでしょう。浦島が乗っていた亀は、実はこのアダムスキー型円盤ではなかったか、と推理する人もいますよ」
「なるほど、亀によく似ていますね。昔の人が、亀にたとえたとしても不思議ではないですね。で、浦島太郎はどこへ行ったんでしょうか」
「海底基地……宇宙人の」
新沢はにこにこ笑いつづけながら言った。「と、言う人もいます」
(荒巻義雄「空白の十字架」)

ああ、快感。こういう小技がピシッと決まる小説がいちばんね。

毎日読む本が途切れた時など、好んで荒巻義雄を読むようにしています。(ブックオフから仕入れたストックがいっぱいある) 北海道地名がばんばん出てくるのも好み。

夏に、かねてよりの課題図書「神聖代」をついに読破しましたからね。(一瞬、バチガルピ…) そこからは、すこぶる快進撃です。



▼ 暗殺者たち   [RES]
  あらや   ..2013/10/18(金) 07:09  No.305
   翌日、一月一九日、死刑判決を受けた被告二四名のうち一二名に、恩赦による無期懲役への減刑が発表されました。幸徳、管野、大石誠之助、宮下太吉、新村忠雄、古河力作ら一二名には、そのまま死刑判決が維持されています。
 その日のうちに、大石誠之助は、東京の獄中から、故郷の紀州・新宮にいる妻・栄子に宛てて、手紙を書いています。……読んでみましょう。
《ある人の言葉に「どんなにつらい事があろうとも、その日か、おそくも次ぎの日は、物をたべなさい。それがなぐさめを得る第一歩です」という事がある。
 お前もこの際くよくよと思ってうちに引きこんでばかり居ずと、髪も結い、きものも着かえて、親類や知る人のうちへ遊びに行って、世間の物事を見聞きするがよい。そうすればおのずと気も落ついて安らかになるだろう。そしてうちをかたつける事など、どうせおそなりついでだから、当分は親類にまかせて置いて、今はまあ自分のからだをやすめこころを養う事を第一にしてくれ。
 私はからだも相変らず、気も丈夫で、待遇はこれまでの通り少しも変った事はない。こうして何ヶ月過すやら何年過すやら、また特別の恩典で出して貰う事があるやらそのへんの所も、すべて行末の事は何ともわからないから、決して決して気を落さぬようにしてくれ。
 ほかに差あたって急ぐ用事もないから今日はこれだけ。
     一月十九日       誠之助
        栄子どの》
 冒頭で言われた「ある人の言葉」――どんなにつらい事があろうとも、その日か、おそくも次ぎの日は、物をたべなさい。それがなぐさめを得る第一歩です――というのは、ツルゲーネフ『ルージン』の一節らしいのです。ごく最近になって、これに気づいた人がいて、僕は教えられたのですが。
(黒川創「暗殺者たち」)

おや、ブックトークをやってる人がいる…


 
▼ 流人  
  あらや   ..2013/10/18(金) 09:13  No.306
   この二葉亭訳の『浮草』のなかに、こんな一節があります。ヒロインのナターリヤのもとから、ルージンが去ってしまったあとのくだりです。
《人というものは、どんな憂い目を見ても、その日のうちに、たかだか翌日になれば――少し艶のない言方だが――もう飯を食う。それ是が気の安まる発端というものである。》
 大石誠之助が読んだときに記憶に残って、自分が死刑になる直前、まだ年若い妻に贈ろうとしたのが、この一節なのでした。
 さらに、このくだりはこんなふうに続きます。
《ナターリヤは酷く苦んだ。こんな思をするのは生れて始てで……けれども初ての苦みは初ての恋のように、善くしたもので、二度とはせぬものである。》
 ここは、たしかに、この小説のハイライトです。なぜなら、こうした認識を、ナターリヤという失意のなかにある若い娘は、自力でつかんでいるからです。
 大石誠之助とは、ツルゲーネフの『ルージン』をこのように読む人だったのです。死んでいく身として、若い妻にこれを伝えておこうとするところに、彼という人間の大きさがあるのを僕は感じます。
(黒川創「暗殺者たち」)

そう。私も「沼田流人」のペンネームの由来を確認する過程で、ツルゲーネフ「ルーヂン」(岩波文庫)を取り寄せました。中村融訳では気づかなかったのですけど、そのあとがきに、二葉亭の「うき草」が「ルーヂン」の翻訳であることを知り、そちらも取り寄せてみて、ここで初めて吃驚となったわけです。なんと! 「血の呻き」とそっくりそのままの修辞がここにある!

驚きました。馬鹿な左翼の言い伝え「これはレーニンのもじり」説を今の今まで信じていた自分が恥ずかしい。これからはなんでも自分のこの眼で確かめないと駄目だな…と感じ入った次第です。その月の「沼田流人マガジン」(読書会のレジュメ誌)の表紙には、啄木の「みぞれ降る/石狩の野の汽車に読みし/ツルゲエネフの物語かな」を架けました。沼田流人のルーツが、啄木と同じ明治文学正統派であることが深く深く納得されたから。なぜ「血の呻き」がハコダテの街の男女の心模様から始まるのか…にも、少し感じるところがありましたね。

明治末を一世風靡した「流人」。(苜蓿社にも大島流人…) 感慨無量だ。

 
▼ 黒川創  
  あらや   ..2013/10/18(金) 09:18  No.307
   気づいたときには路面に水が増していて、宙に浮かんだように、車体はくらっと揺れた。クルマの窓のすぐ下まで、黒い水が来ている。ドアの隙間から、水は浸入してきているらしく、足もとのマットが少し濡れている。
 ハンドルを切ろうとしたが、妙に軽く、フロントガラスの前の景色が、するすると遠のきはじめた。どうやら、クルマが後ろ向きに流されているのだと、やっとわかった。
 助手席のチャイルドシートの娘が、瞳を見開き、外の水面を見ている。
 ゆっくり、こっちに向きなおり、
「ママ……」
 と、何か尋ねたそうに口を開いた。
「さっちゃん」
 とっさに、保育所から引き取ったばかりの娘の名を呼び、左手をハンドルから外して、おかっぱの髪を彼女は撫でた。
「――なぞなぞ、しよう。
 あのね……、食べても食べても、へらないで、増えていくもの。それは、なに?」
「たいじゅう」
(黒川創「いつか、この世界で起こっていたこと」/「波」)

「暗殺者たち」にとても興奮。今、黒川創を立て続けに読んでいるところです。
「波」もよかったけれど、「神風」もよかった。「橋」もよかった。結局、全部、よかった。

なにか、私の中のブックトークが変形しはじめている。








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