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▼ 裸の華   [RES]
  あらや   ..2016/10/11(火) 17:44  No.384
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十月八日の「支笏湖・洞爺湖めぐるバスの旅」、疲れた。

晴れ男伝説にもついに終わりの日が来て、八日午後からは雨の合間を見ては予定のコースをなんとか歩いたりしていたけれど、最後の「知里幸恵・銀のしずく記念館」で館長の横山むつみさんの訃報を知らされ、なにか得体の知れない悲しみが襲ってきました。帰り道の身体がひどく重かった。

バスの旅の後は今日まで三連休だったのだけど、なんか、疲れをとるだけで三連休が吹っ飛んだ感じです。この怠い感情や身体のまま、今週日曜日の倶知安風土館講座「くっちゃんアーカイブをつくろう」第1回に突っ込んで行くと思うと、ちょっとキツい。

唯一の救いは、手元に桜木紫乃『裸の華』があったことかな。昨日一日、部屋にひきこもって布団かぶって読んでいました。

踊り一筋のストリッパーが骨折して舞台を降り、四〇歳で故郷札幌に戻って、ススキノで店を開 <。従業員はわけありのバーテンダーと、性格のまるで違う新人ダンサー二人。どこまで演歌な話になるかと思いきや、なんだこの潔さ。
(朝日新聞2016年8月28日書評/中村和恵・評)

図書館現場にいると新刊図書はわりと楽に手にとれる。この快適さももうすぐ終わり、またただの図書館一利用者に戻って行こうとしているのだけれど、その話は風土館講座が終わった後にでも。


 
▼ 眠りなき夜明け  
  あらや   ..2016/10/16(日) 10:11  No.385
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 しかし、執筆の間、当然のことながらバブルの発生と崩壊、その後の<失われた二十年>についてあれこれ思いをめぐらさざるを得なかった。
 誰もが知るように、バブルの始まりは一九八五年のプラザ合意である。経済史上は翌年後半から九一年春までの五年足らずをいうそうだが、その崩壊は弾けたという俗な表現とは裏腹に諸指標のピークと下降の時期はでこぼこで、地方によって東京からタイムラグがあり、過渡期的現象のように何年かかかって進行した。北海道ではずっと遅く、九七年の北海道拓殖銀行の経営破綻が誰もが実感できる決定的な崩壊で、九〇年の薄野は悪い予感を抱えながらもまだ繁栄を謳歌していた。
(高城高「眠りなき夜明け」あとがき)

こちらも「すすきの」ものでしたね。ほんとに「すすきの」とは縁のない人生だったなぁ。

今日午後から風土館講座の第一回なんだけど、ファイターズの日本シリーズ進出がかかった大一番と重なってしまったからあまり人は来ないと思います。


▼ 「その後」の本   [RES]
  あらや   ..2016/09/22(木) 11:51  No.382
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「正塚さんは?」
 早苗は周りを見ながらきいた。
「別荘」
 森本さんは、つっけんどんに言ってスーツのポケットに手を入れた。
「お金持ちなんだ、正塚さん」
 早苗は正塚さんを見直した。」
「金持ちぃ? 別荘ってのはな、俺たちヤクザが使う言葉で刑務所って意味なんだよ」
 森本さんのひとことが、早苗の胸を突いた。
「刑務所にいるの? 正塚さん」
 早苗の表情が曇ったのを見て、森本さんが面倒くさそうに、
「心配ないって。すぐ戻って来るって。たいしたことで捕まったわけじゃないから、ハイ、ハイ、子どもは向こうへ行った、行った」
と言って、早苗を追い払うしぐさをした。
「よかった。あの、じゃ、伝えてくれますか。わたし、千葉県にある『竹田養護学園』って所に行くんです。正塚さんのおかげですって。お店のニキビのお兄さんにも、もう来ないけど、ありがとうございましたって」
 早苗が言い終わると、森本さんがサッと早苗の腕をつかんだ。
「俺も、そこにいたことある」
 森本さんは、スーツの内ポケットから百円札を出すと、
「少ないけど、これ、餞別」
と言って、早苗に渡した。
「つらいこと多いと思うけどよ、俺たちみたいにはなるなよ」
(上條さなえ「10歳の放浪記」)

南京極小学校の出前図書館。8月の「あの世の本」に続いて、9月は「その後の本」でした。で、『かなしみの詩』を読んでから『10歳の放浪記』に入るという変なことをやったんだけど、結果的に、どっちも良かったから問題なしです。白黒の写真、効きましたね。


 
▼ 「あの世」の本  
  あらや   ..2016/09/22(木) 12:13  No.383
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『かなしみの詩』に、小学五年生の早苗が竹田養護学園の本箱にあった『一握の砂』の歌によって内面の自立を果たして行く様子が描かれるですけど、こういう啄木、いいよなぁ。

こういう啄木しかいらないです。


▼ 北の詩と人   [RES]
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:00  No.379
  明後日から夏休み。知里幸恵、十六歳。旭川女子職業学校の二年生。

 彼女は、明日の終業式をすませたら、直ぐに登別の家に帰ろうと思っていた。帰ったところで何をする当てもなかった。ただ無性に帰りたい。帰って故郷の山河に包まれ、ゆっくり休みたい。今、自分の疲れた心を癒してくれるのは、故郷の山河しかない。それだけが救いのょうな気持ちだった。
 隆子にだけは、今のこの気持ちを打明けて話したい。いや、話したってどうにもなるわけではない。黙っているだけでいい。彼女はわかってくれるだろう…夏休みに入ったら、当分会えない。
 幸恵は学校の帰り、隆子の家に寄った。
(須知徳平「北の詩と人」)

名久井隆子。隆子は幸恵をアイヌだからといって差別しなかった唯一の友。


 
▼ 近文の一夜  
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:09  No.380
   「隆子は、二日前に札幌へ出かけて行ったんですよ」
 あの丸髷を結ったお母さんが言った。それから、
「これを、知里さんがお出でになったら、おあげするようにって、言いつかったんですよ」
 そう言って、紙に包んだものを手渡してくれた。何か本らしかった。
「黙って行ってしまってごめんなさいね」
 あとは、何をしに行ったとも言わなかった。誰にも言わないようにしているのだろう。
 それにしても、こんなに早く…隆子は何故、黙って行ってしまったのだろう。彼女はもう、神の御許へ召されてゆくのを覚悟しているのだろうか…
「このまま死ぬなんて、辛い…」
 最後に会ったとき、叫ぶように、こう言っていたのを思い出す……
 幸恵はいただいた紙包みの本を握って、夕暮れの旭橋を渡っていった。橋桁の足音が重たく暗く胸を刻んでゆく

 ものなベてうらはかなげに
 暮れゆきぬ
 とりあつめたる悲しみの日に

 この前、隆子から借りて読んだ、啄木の歌集の中の歌である。
 とりあつめたる悲しみ―今の自分は、その通りだと思った。
 教会の灯が見えた。玄関の前にゆくと、伯母の笑い声に交じって、聞きなれない男の声がした。誰かお客らしい。身なりを整えた。こんな時、沈んだ顔のように見られたくない。
(須知徳平「北の詩と人」)

といった昼間の経緯があって、そして近文の家に帰ったら、そこに金田一京助がいたのですね。金田一の、あの有名な『近文の一夜』にこうして入って行くのですが、いや、この展開はすばらしい! 金田一と知里幸恵の出会いをこのように書く人が四十年前にいたことに感動してる。

 
▼ シロカニペ(銀のしずく)  
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:45  No.381
   幸恵は、自分の体の弱いことが悔やまれてならなかった。それが、自分の生まれついての宿命だと思っても、その辛さは消えなかった。いや、死ぬまで消えないと思う。
 ―明日を思い煩うな。明日は明日自ら思い煩わん。
 幸恵は、この聖句を思い浮かべる。どうしようもないことを思い煩う自分を、弱い人間だと思う。
 それにしても…彼女の胸は、激しく傷みつづける。
 今まで、自分と親しかった人たちが、なぜ次々と病気にかかったり、亡くなったりするのだろう。
 登別や近文から便りがある度に、必ず誰かの病気のことや、悲しい死亡の知らせがあった。彼女と親しかった、吉原サクさん、伏見の国雄さん、安子さん、直治さん、それから春枝さん……どうしてあんないい人ばかりが……。
 アイヌのコタンの死亡率は、和人のそれに較べてずっと多いという。みんな貧しいためなのだろうか。貧しさや無知のため、病気にかかっても医者にも診てもらえない。療養も満足にできない。そのためなのだろうか。それとも、アィヌはもともと、そのようなはかない生命に生まれついた種族なのだろうか、それが、亡びゆく種族の宿命なのだろうか―。
(須知徳平「北の詩と人」)

名久井隆子をはじめ、幸恵の身のまわりの人たちがばたばたと死んで行く描写に、知里幸恵という人間の形成がどのように行われたのかをまさまざと見る想いがします。この本は、読んでよかった。


▼ 震災後の不思議な話   [RES]
  あらや   ..2016/07/31(日) 11:11  No.377
   この話は、二〇一一年の震災直後、私が関西に出張した際、阪神淡路大震災との比較が話題となった時に聞いたものです。取材ではなく、マイカル時代の知り合いとの会話の中で、「今回、こんな不思議なことがあったのよ」という話が出たのです。
(宇田川敬介「震災後の不思議な話」)

うーん。こういう語り口はどうしたものか。

著者の立ち位置がわからない。民俗学者なのか、郷土史家なのか、ルポ・ライターなのか、震災被害者なのか、そういうことをはっきりさせないまま「不思議な話」を始めるので、本のコンセプトや目指している結論がわからない。でも、解説したいんだろうな。解説抜きで「不思議な話」だけを並べれば、即「遠野物語」になってしまうし…

余計なお世話かもしれないけれど、後ろの著者略歴を引用しますね。「不思議な話」自体はたいへん興味深かったので。

宇田川敬介(うだがわ•けいすけ)
フリージャーナリスト、作家。1969年東京都生まれ。1994年中央大学法学部卒業、マイカルに入社。法務部にて企業交渉を担当。合弁会社ワーナー•マイカルの運営、1995年に経営破綻した京都厚生会の買収、1998年に初の海外店舗「マイカル大連」出店、1999年に開業したショッピングセンター小樽べイシティ(現ウイングベイ小樽)の開発などに携わる。マイカル破綻後に国会新聞社に入社、編集次長を務めた。著書に『日本文化の歳時記』『庄内藩幕末秘話』(ともに振学出版)、『どうしてだめなの?「世界のタブーjがよくわかる本』(笠倉出版社)『日本人が知らない「新聞」の真実』(祥伝社新書)などがある。

ふーん。そういうマイカル… 小樽の人は今でもあの建物を「マイカル」と呼びますよ。ウィングベイだなんて誰も言わないもんね。


 
▼ 震災風俗嬢  
  あらや   ..2016/07/31(日) 11:16  No.378
  こちらも興味深かったのですけれど、まあ、引用はなしで…

石巻のユキコさん、勉強になりました。


▼ 沈黙法廷   [RES]
  あらや   ..2016/06/18(土) 15:07  No.374
  「無罪でしたね。警察は、そうとうに頭に来てるんじゃないですか?」
「べつに」と伊室は答えた。「送検までがうちらの仕事だった。あの判決で頭に来ているのは、東京地検だ」
「きょうは何か?」
「馬場幸太郎のところに落合千春を派遣した夜のことを、また訊きたいんだ」
斉藤は、意外そうな顔となった。
「再捜査ってやつですか?」
「違う。世間話だ」
「どういうことです?」
「あのころ、送迎係は何人いた?」
(北海道新聞 2016年6月16日/佐々木譲「沈黙法廷」405回)

あれあれ… もうエピローグに入っているのに、新展開なんでしょうか。(真相は…という展開で話を納めるのかな)

珍しく新聞切り抜きで連載小説を読んでます。けっこう楽しい一年半でした。


 
▼ 犬の掟  
  あらや   ..2016/07/01(金) 07:08  No.375
  「沈黙法廷」、さすがのエンディング。「64」はこの人を見習うように。(44ページまで読んで、もう面倒くさくなって止めました)

6月は雨の日が多く、溜まっていた「犬の掟」などを読んでいました。

 
▼ 山本美紀  
  あらや   ..2016/07/04(月) 11:55  No.376
  北海道新聞に「小説『沈黙法廷』の連載を終えて」という佐々木譲の一文が出ましたね。

 わたしはこれまで、警察捜査小説はいくつも書いてきたけれども、現実には犯人で終わらない刑事事件が少なくないことも承知していた。いつかは「犯人逮捕のあとにも続く物語」を書くべきかもしれないと考えるようになっていた。
(北海道新聞 2016年7月4日/文化欄)

これは納得。一週間溜まった新聞を切り抜くのが楽しみでした。
それとは別に、とても大事なことを言ってるので、ふたたび引用させてもらいます。

 構成とはべつに、わたしはこの小説で日本の貧困も正面から取り上げようとした。すでにこの国は衰退期に入っており、正社員としての雇用すら高望みという世の中である。若いひとたちは、結婚すらあきらめなければならない水準の収入で、不安定な生活を強いられている。この困窮の問題に目をつぶってはどんな創作活動もできない、という社会になってしまった。わたしたちはもう生活苦とは無縁の主人公たちの軽やかなラブロマンスなど、生み出す社会基盤を失ってしまったのだ。
 そんないまの日本で貧しくも必死に働く主人公の山本美紀が、読者にとっても身内であり、あるいは自分自身と読んでもらえたなら、うれしい。連載を終えて、あらためてそう思う。
(同記事)

以前、『オージー好みの村』の読書会で「佐々木譲はかつての吉村昭が担っていたような領域に入って行くのではないか」と発言して顰蹙をかったことを思い出す。でも、その発言、今でも取り消すつもりはありませんから。


▼ Wonder   [RES]
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:27  No.370
  今年も前年度読書感想文コンクール入賞者にその本の話を聞く「京中生インタビュー」の季節がやってきて、今、その受賞作品を全部読んで(読みかえして)いるところです。得るもの、多し。

オーガスト・プルマンはふつうの男の子。ただし、顔以外は――。
(R.J.パラシオ「ワンダー」帯)

やっぱり、アメリカ文学はやるなぁ。女子サッカーのワンバックみたいな弾丸シュート。


 
▼ アンネの日記  
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:32  No.371
  自慢じゃないが、『アンネの日記』を最後まで読めたことがなかった。あの「親愛なるキティへ」というような書き方がなんかピンと来なくて。でも、今回は一気に最後まで読めたんだよね。自分でも、びっくり。

これはひとえに、中学2年生の書いた読書感想文が優れていたからです。たいしたもんだ。

 
▼ 舟を編む  
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:37  No.372
  これも自慢じゃないが、三浦しをん『舟を編む』、忙しさにかまけて読んでませんでした。今回の感想文を機に慌てて読んだんだけど、これ、もっと早く読むべきでしたね。反省… 上橋菜穂子とか、気にはかかってるんだけど読みはじめていないものが少しずつたまっています。せめて、現役の中学生の読書感想文には後れをとらないようにしようと考える次第です。

 
▼ 14歳の水平線  
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:43  No.373
  「うみぶどう」、ポプラディアで調べました。おいしそー。「ドゥヤーギー」、水木しげるの妖怪図鑑にも出てこない。フィクションなんですかね。「天徳島」もフィクション?

俄然、沖縄のことあれこれ知りたくなった。(花村萬月の時とはえらいちがい…)

インタビュー本のチェックが終わったら、柏葉幸子以来久しぶりの椰月美智子本固め読み態勢に入るでしょう。ま、夏休みに沖縄という線はないと思うが。


▼ ひまわりのかっちゃん   [RES]
  あらや [URL]   ..2008/09/02(火) 01:30  No.135
  やはり、この人はちょっと面白いかもしれない…

倶知安高生と真剣対話 (北海道新聞 2008年8月26日 小樽後志版)
【倶知安】昭和四十年代の倶知安を舞台にした自叙伝「青春 ひまわりのかっちゃん」(講談社刊)の著者で放送作家の西川つかささん(50)=埼玉県春日部市在住=が二十五日、母校の倶知安高校で講演した。
 講演は「何があっても大丈夫!〜ぼくはこうして夢をつかんだ」と題して行われる予定だった。だが西川さんが私語をする生徒を退席させたため、会場は緊迫した雰囲気に。話を中断し、会場に残った生徒と質疑応答する異例の形で行われた。(後略)

隣町なのに、こういう場面に立ち会えなくて、とても残念。


 
▼ 青春  
  あらや [URL]   ..2008/09/02(火) 01:35  No.136
  本を実名で書いた理由について、西川さんは「この学校を卒業した事実は逃れられない。(暴力の嵐の中で自暴自棄だった)『暗黒時代』を隠さずに書くことで、自分にけじめをつけようと思った」と語った。 (同記事より)

新聞は小樽後志版として扱うので、どうしても倶知安の中学〜高校にいた時期に焦点を合わせて本を読んでしまう。でも、「青春 ひまわりのかっちゃん」を読んで、私がいちばん印象に残ったのは、倶知安に転校してくる直前、北檜山の中学校の、二月放課後の教室の場面ではありました。たまたま教室に残っていた悟とかっちゃん。

「悟、おまえ、中学校卒業したらどうするんだ?」
「働きに出る」
「なにして働くんだ?」
「函館の五島軒(ごとうけん)。そこでコックの見習いやるんだ。おれ、勉強はできないけど料理なら自信あるからな」

貧困故、進学の夢がかなわない悟やガスたち。彼らを慮って、「おれ、高校生になったらよ、夏休みに五島軒に行くから、悟が作った料理食べさせてくれや」とやさしく言うかっちゃん。嬉しくなった悟は司(つかさ=かっちゃん)に自分の夢をそっと明かします。

 そう言うと、悟はつかつかと黒板に行くとチョークを持って、「自分の店、開くことなんだ。もうだいたいどういう店がいいか考えてあるんだわ」
 悟はチョークで黒板に見取り図のようなものを描き始めた。
「洋食屋なんだけどさ、広さはこのぐらいで、ここらへんにカウンターもあってさ。だいたいこんな感じなんだ。土建屋のガスに手伝ってもらえぱ安くできると思うのさ」
 下手な見取り図を見ながら、悟はとてもうれしそうだ。
「修にも手伝ってもらえばいいべや。あいつは大工になるって言ってるから、もっといい店に造ってくれるんでないか?」
 悟の顔がパッと輝いた。
「うん。おれが頼んでもダメかもしれないけど、司が頼んでくれれば、修は絶対にやってくれるな。司、そのときになったらほんとに修に頼んでくれるか?」
「うん。頼んでやる」
(青春 ひまわりのかっちゃん)

この場面を読むと、いつも涙が出ます。世の中は、悟やガスや修や司だけでまわっているのではない。そんなこと、学校を一歩でも社会に出ればすぐにわかることなんだけれど、学校という共同幻想の中にいる中学生には、それはわからない。永遠に、悟やガスや修や司たちが生きて世界を構築していると信じられてしまうのが「学校」というものの正体なんですね。

「してな。店の名前なんだけど、ひらがなで“つかさ”ってつけたいんだ。司が書いた字をのれんにしてさ。司、書いてくれるか?」

いやー、悟のこのことば、切ないなぁ。(函館の五島軒も懐かしいぞ!)

 
▼ Re:ひまわりのかっちゃん  
  倶高ちゃん   ..2008/09/23(火) 16:44  No.138
  西川つかさの記事について、これは北海道新聞に書かれていた。
新聞には上手く調和されて書かれていたが、実際は新聞に書かれていた以上のことだった。
話を聞かないでくっちゃべってたヤツがいたのは事実で、そいつらに西川が「出て行け」と言ったのは事実。
人の話を聞かんでくっちゃべってたヤツはもちろん悪い、事実その後西川の言う通り出て行った。
問題のあるヤツらが出て行って、そこから普通の話に戻るのが普通なのに、西川はそこからまたたんたんと説教を続けて、悪くないヤツらのことまで悪く言われて、あげくのはてに「オレは今日原稿を書いてきた。オレがこのくらいの原稿を書けば5・60万は普通にもらえる。オレ、倶知安に来るのに何円もらったと思う?3万だぜ、しかも宿代も含めて。人生で一番安いギャラ。」とか言い出して、校長や教頭にまで恥をかかせやがった(3万円でOKしたのは自分のくせにな。しかも普通母校で金なんか取らないよな)。
しかも終いには「さっき出て行ったつっぱったヤツらと喧嘩しても今でも勝つと思うよ。まずあいつらなんか喧嘩のしかたも知らないよ。」とか喧嘩を売り出した。
これは西川が体育館に来て、最初に言った言葉だけど、普通ステージに立ったら「おはようございます。か、こんにちは。」くらい言うのが普通だけど、西川はそれすら言わずいきなり、「今の倶高生は馬鹿ばっかりみたいだな。オレがいた頃は本当に周りが馬鹿ばっかりだったけど、北大には4人は少なくとも行ってた。オレは倶高には何の思い入れもないけど、今日はオレ達の時より頭がいいかどうか見に来ただけだ。」と言いやがった。
そして「もう今日は書いてきた原稿を話す気なくした。でも責任として与えられた時間まではいる。5分くらい時間やるから他にも聞きたくないヤツらはいると思うから、そいつらはまず退場しろ。」って言った。
あるクラスでは担任が生徒に「これ以上聞く必要はない。」といって担任も一緒に戻ったクラスもあった。
まず言えるのは「西川が本当の馬鹿で、そして人間失格」だってこと。
あいつの本が本屋で並べられてるけど、見るたびに破り捨ててやりたいと思うくらい。
倶高生のほとんどが同じ気持ちだった。



こんなことがあった講演会だから、あなたは逆に来なかったのが正解ですよ。

 
▼ ありがとう  
  あらや [URL]   ..2008/10/18(土) 12:22  No.140
  書き込み、どうもありがとうございます。こういうBBSみたいな場がなかったら、おそらくは道新の記事だけが「事実」として残っていったであろうことを思うと、細々とこのBBSをやっていた意味も少しはあったかなと感じました。
私は、ものを書く人が皆「人格者」や「いい人」であるかのような風潮はテレビ登場以降の近代の産物だと思っています。長い目で見れば、(普通に生きていればやる必要がない)ものを書くという行為に及んだ人間の中には、いろいろと歪んだり傷ついたり愚かであったりするものが潜んでいるのではないでしょうか。(逆に、凡人にはない素晴らしいものが含まれていることもあります) そういう意味では、私は今でも講演会に行きたかったなと思っています。体験は大事です。今は気分が悪いでしょうけれど、若い時にこういう「いい人」ではない人を目の当たりにしたことは決して時間のムダではないですよ。

パソコンが壊れてしまって一ヶ月以上もお礼が遅れてしまいました。書き込み、どうもありがとう。これからも、なにか面白い本がありましたらここにも書いてください。

 
▼ Re:ありがとう  
  倶高ちゃん   ..2008/10/28(火) 23:02  No.143
  あの講演会の日からもうだいぶ経ちました。
だいぶ、あの時の怒りというか、腹立たしさは癒えました。
私もあなたの言うとおりだと思います。
何事も“体験”ですね。
それにあなたが講演会を聞いてみたかったという気持ちも分かります。
あの時は腹立たしさしかありませんでしたが、講演会のタイトルが「何があっても大丈夫!僕はこうして夢を掴んだ!」というタイトルで、将来の進路を考えるにあたって、それをやりたいのだけど、でも・・・というような心に引っかかる何かが私にはありますので、とても興味を引かれるタイトルで、私も体育館を出て行った1人なのですが、今思えば最後まで聞いても損はなかったかなと思っています。
『青春』に書かれていることは倶高時代の西川さんの経験で、全て実名で書かれています。
その経験も講演会で話されていましたが、とても悲惨なもので、たちの悪い奴が自分の友達をボコボコにして、やり返しに行く日々、そして農高の人にナイフで刺されたこともあったそうです。
そんな思い出しかない倶知安(倶高)ですから、西川さんが倶知安(倶高)に対して何の思い入れもないということは分かるし、もし自分が西川さんだったら講演会に来さえしないかもしれません。
まして、人が話してるのに無視してくっちゃべっているようなヤツ、学校で問題を起こしても知らん振りして何度も問題を起こすようなヤツの先輩であるなんて思われると確かに情けなくなりますし、私自身もそんなヤツと周りから同レベルだと思われるとすごく嫌です。
まあでもそういうヤツも一部いますけど、決してそんなヤツだけではない。
私も心から講演会を聞きたいと思っていた1人ですし、他にはそういう人はたくさんいたと思います。
体育館に残った人達は自らの判断で残った人だけですから、心から聞きたいと思っていた人ばかりです。
でも西川さんは倶高には思い入れはないとは言っていますが、同窓会には参加されたようで、数年振りに仲の良かった友達と会えて楽しかったと最後に語っていたようです。
倶高に対する話し方はかなり悪かったけれども、“でも本当は楽しかった”ということだけを伝えたかったがために、倶高に来たと言っても過言ではないかもしれません。
西川さんの人柄は決して良いとは言えませんが、考え直せば全てが悪いとも言えません。
そういう意味で、私も最後まで講演会を聞けば良かったかなと思います。

 
▼ Re:ひまわりのかっちゃん  
  とし   ..2016/04/07(木) 15:04  No.368
  はじめまして 僕は函館在住です。先日、道新文化センターで4月から西川氏が講師を務める文章指南の創作塾の広告を見つけました。創作には強い関心があったのですが、西川氏の存在も著作すら知らなかったので、いろいろ調べていた中でここを見つけました。申し込みの電話をしようかと思っていた矢先だったのですが、138の書き込みを読んで取りやめにしました。図書館で借りた「ひまわりのかっちやん」を読みましたが、個人的には西川氏は広汎性の発達障害と思われます。だから、最初におしゃべりしていた生徒に対する倶知安高校での言動はある意味理解はできる。だが、その後の言ってはいけないこと(講演料や高校生の学力など)を自分を制御できずに言ってしまったのは聴衆すべてに対する冒とくかなと思えました。おしゃべりをしていた生徒が悪いのはたしかですが、著作の森田先生ならばどういう対応をしただろうか?そこを西川氏自身が深く考える必要があるかもしれません。
創作塾は有料(6回で11000円程度)なので僕は
お金を払ってまで行くのはどうかなという思いもありました。無料であれば経験として話くらいは聞いてみようかとも思えたかもしれません。著作も自分の好む文章構成ではなかったのであまり評価はできるものではありませんでした。

 
▼ 14歳の水平線  
  あらや   ..2016/06/06(月) 07:08  No.369
  このスレッドを書いた8年前には、「ひまわりのかっちゃん」以外に<中学生>をきちんと<中学生>として描いた作品って少なかったように思います。(名を成した大家が自分の子ども時代を振り返るってのはあったかもしれないが、そんなのは興味ないから…) そういう意味では、生々しい昭和の(それも北海道ローカルの)中学生が登場する『青春 ひまわりのかっちゃん』にはひどく注目しました。

8年も前のスレッドなので返信をする気はなかったのですが、先日、縁がありまして『14歳の水平線』という作品を読むことがあり、少し気が変わったところです。平成の世の中になって、社会が豊かになったことをいくぶん肯定的に考えるようになりました。以前、『桐島、部活やめるってよ』にイラついていた心が少し中和されたようにも感じます。1万の授業料なんて思い上がってるよなぁ。函館図書館で椰月美智子の本を借りた方がマシだと思いました。


▼ ウォーターナイフ   [RES]
  あらや   ..2016/03/08(火) 09:17  No.366
  バチガルピ「神の水」、読了。

私の勤めている図書館は、羊蹄山のふきだし湧水の町の図書館なので、「水」に関するありとあらゆる本を(予算の範囲内で)コレクションしているのですが、この「神の水」、小説だけどコレクションに入れるべきなのではないか…とちょっと思いましたね。フィクションでしか表現できない現実というものはあります。

作品に登場する本「砂漠のキャデラック」、さっきアマゾンで見てきたら、中古で2千円の値段が付いていましたね。2千円で手を打つべきかな。来週には1万円になっているような気がする。


 
▼ 砂漠のキャデラック  
  あらや   ..2016/03/25(金) 10:59  No.367
  調子に乗って買ったはいいけど、数日後、チャイムで呼び出される羽目に。「郵便受けに入らなかったもので…」

そうでしょうね。A5判に文庫本サイズの活字でおよそ600ページ。こんなぶっとい本だとは思ってもみなかったよ。でも、面白そう。

ここのところ、蓮池透「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」、北海道新聞社編「戦後70年 忘れ得ぬ戦禍 北海道新聞地方版から」と重要な本が続いていて遅れてしまいましたが、そろそろ「砂漠のキャデラック」に入ります。これを機会に、アメリカの地図を頭に叩き込もう…とか思う。


▼ ボボロン雑記   [RES]
  あらや   ..2016/02/15(月) 19:11  No.361
   Aさんはぼくの前任地でもあった京極町の郵便局に永年勤め、退職後札幌に移り住んだ一家で、夫人が妻と書道仲間という間柄である。そんなわけでぼくとAさんには共通の話題もないものだから、京極時代の思い出話などして間をもたせていたが、思いがけなく共通の話題がAさんのほうから出た。
「先生とおなじように小説を書いていた大森先生という人がいたと思うんですが、知りませんか?」
「ああ、知っています。知ってるといっても直接会ったことはありませんが、むかし鈴川の中学校に勤めていたことがあると聞いています」
「私は余市時代に習ったんですが、若いときから小説を書いていたそうで、その後どうしたかと思って……」
「もう、かなり昔になりますけど、何度か芥川賞の候補になって作家生活に入ったようです」
「じゃあ小説家になられたんですね」
「そうですね。何冊か本もだされていたし、文芸雑誌にも発表しておりましたから」
「いまも書いているんですか」
「さあ、最近はあまり見かけませんね。実はその先生には弟さんがおられて、その人も一時期小説を書いていてぼくらの雑誌に入ったこともあるんですけれど、その弟さんの話ですと、兄さんは今は別のペンネームで書いているそうです」
 ここでいう大森先生とは大森光章こと大森倖二氏であり、弟さんとは今出力弥こと大森亮三氏のことである。ぼくもそれ以上のことは知らなかったので、この話題も長くは続かなかった。
(針山和美「ボボロン雑記」)

へえー。意外な所で、意外な人とつながっちゃった。

道立図書館から借りた針山作品、先ほど読み終えた「ボボロン雑記」で全冊読了です。慌ただしかった(昔の人はいっぱい書くので、読むのに時間がかかる…)けれど、無事返却日の二日前に読了できてよかった。道立は全作品を所蔵していたので、処女出版の「奇妙な旅行」から最後の「ボボロン雑記」まで年代を追って読めたのが大変ありがたがった。


 
▼ 道立図書館所蔵(図書)  
  あらや   ..2016/02/15(月) 19:13  No.362
  【図書】奇妙な旅行 針山和巳/著 人間像同人会/共和村(北海道岩内郡) 1970
内容:奇妙な旅行.三郎の手紙.ほか
【図書】百姓二代 針山和美/著 人間像同人会 1988.11
内容:百姓二代.傾斜.山中にて.嫁こいらんかね.
【図書】愛と逃亡 針山和美/著 人間像同人会 1989.11
内容:愛と逃亡.支笏湖.女囚の記.
【図書】天皇の黄昏 針山和美/著 人間像同人会 1991.2
内容:天皇の黄昏.春の狂い.再会.古い傷跡.ひみつ.俺の葬式.春の淡雪.
【図書】老春 針山和美/著 人間像出版 1992.4
内容:シマ婆さん.洋三の黄昏.老春.まぼろしのビル.黄昏の同級会.四月馬鹿日記.
【図書】北からの風 針山和美/著 人間像出版 1993.2
内容:北からの風.山の秋.RVの老人.浅き夢みし.バブル老人.K老人の話.
【図書】白の点景 針山和美/著 晃文社(札幌) 1997.4
内容:オートバイの女.はじけた光.湖畔の一夜.山あいの部落で.夫の裁判.白の点景.
【エッセイ】わが幼少記 針山和美/著 晃文社(札幌) 1997.5
【エッセイ】ボボロン雑記 針山和美/著 晃文社(札幌) 2000.9

 
▼ 読書感想文  
  あらや   ..2016/02/15(月) 19:15  No.363
  単行本になったものを追って行くと、1970年の「奇妙な旅行」が飛び抜けて古い。妹さんが当時廉価で出まわりはじめたタイプ印刷で原稿を打ってくれたものだそうで、造本も荒い。時代を感じさせます。
二作目の「百姓二代」の出版が1988年と間が空きますが、ちょうどこの時期に「京極文芸」の発行に関わっていた1973〜1983年(京極小学校教員時代)が嵌まるわけです。同人雑誌「人間像」と「京極文芸」の二刀流時代ですね。
「三郎の手紙」のように、すでに原稿があったものを「京極文芸」に転載したり、「京極文芸」では「敵機墜落事件」として発表した作品を、「百姓二代」では「山中にて」という結末が百八十度ちがう作品に仕上げたり、自由自在です。すごいテクニシャン。
バイオレンス…と言っていいんだろうな。現代の佐々木譲の遙か昔に、「百姓二代」とか「愛と逃亡」のような作品を書いていた人がいたなんて、なにか夢みたいだ。片方で、小学校の先生やっていたっていうんだから腰抜かしてしまいます。

 
▼ 道立図書館所蔵(雑誌)  
  あらや   ..2016/02/15(月) 19:18  No.364
  【雑誌】人間像 所蔵巻号:19号〜185号
人間像同人会/喜茂別(後志) 出版年:1950〜 刊行頻度:年3回刊(120)
出版地変更:喜茂別村→余市町→倶知安町→札幌→北広島(2003.11)
発行所変更:札幌市手稲区新発寒5-7-5針山和美方→福島昭午(2003.11)

道立図書館の所蔵は19号からだそうで… 最初の頃の「人間像」はガリ版刷りだったと何かに書いていたから、そんな事情があるのかもしれない。今の製本教室のドタバタが落ち着いたら、道立に直行したいと思います。2005年12月発行の174号が「千田三四郎追悼」号(千田三四郎も同人だったんだ!)だったりして、なんとも気がはやります。ちなみに、道立は

【雑誌】京極文芸 所蔵巻号:創刊号〜15号。
京極文芸クラブ/京極町(後志) 出版年:1973〜1983 刊行頻度:不定期刊(0)

もちろん「京極文芸」、所蔵でした。

 
▼ ふたたび「ボボロン」  
  あらや   ..2016/02/15(月) 19:21  No.365
   若い頃、あの事故で有名になった「豊浜トンネル」の近くに住んだことがある。今にも崩れそうな切り立った断崖の下を歩くときは、何か圧倒的な恐怖感が伴ったものだった。現に道路のあちこちに崩れ落ちた小さな岩石が転がっていて、つねに頭の上に気を遺いながら歩いたものである。しかし岩をくり貫いただけの旧トンネルを教え子たちと歩く時には、そんな心配をしたことはなかった。数十年を経た手造りのトンネルは裸の岩石がそのまま岩肌を見せていたが、何か永遠に崩れ落ちることなどないような安心感を与えた。頭上まで岩石で覆われた窪みのような場所で泳いだりもしたが、そんなときでさえ岩が崩れる心配をしたことなどなかった。
 ところが同じ地続きの新トンネルであのような大事故が起きたのである。人が手を掛けなければあの岩も更に数百年、あるいは数千年崩れることはなかったかも知れない。そう考えると人間が手を加え、工事を施すということは、自然に逆らい自然の怒りを触発することのようにも思える。それ故に手を加える以上、元の自然よりも更に安定した状態にしなければならないのではなかろうか。
(針山和美「ボボロン雑記」)

ちょうど今年の二月が、あの「豊浜トンネル事故」から二十年でした。犠牲者の冥福を深くお祈りします。北海道新聞の小樽後志欄でとりあげられたので、余市の豊浜小学校や共和の学田小学校の教え子たちからも問い合わせがあり、歴任したそれぞれの小学校での仕事にもふれることができました。いろいろな意味で、たいへん興味深い人です。


▼ 長尾宇迦   [RES]
  あらや   ..2015/12/23(水) 11:04  No.356
   喜代瀬の方が昨日の夕刻に亡くなった。その夜の内に下御屋敷に近い北上川と中津川の落合う中洲で斎川浴(ゆかわあみ)がおこなわれた。……と、盛岡城下の町町に走って触れ廻ったのは、拾得という少年であった。
 寛政三辛亥年三月十五日のことだが、冬が明けたばかりで、川面は氷片(ざい)が敷きつめられたように流れている。斎川浴の習わしは、近ごろ廃れていたか、お屋形の思いつきで、喜代瀬の方にほどこしたもので、この寒冷のさなかに、たとえ相手か死人とはいえ、水浴は無残だと喜代瀬の方に同情する声もきかれた。が、これはいかにもお屋形のやりそうな仕打だと、肯く者のほうが多かった。いまにみろ、お屋形の奇矯な振舞いか始まるぞ、と囁かれていたが、そのとおりになった。
(長尾宇迦「鬼の棲む里」)

江戸が舞台ではない、盛岡が舞台の江戸時代…というところに大きく惹かれるのだが、いかんせん学がない。北海道の人は日本史苦手だし、むずかしい漢字ぎっしりで読むのに時間がかかります。この本を読んでいると、毎日の中で職業柄目を通しておかなければならない本がどんどん貯まってしまうので、作戦変更です。

今はいったん中断して、正月休みに予定している針山和美作品のかため読みが終わったら、今度は短編集『山風記(やまかぜき)』のあたりから展開してみよう。


 
▼ 山風記  
  あらや   ..2016/01/25(月) 18:47  No.360
  「座敷童子(ぼっこ)が」と、エクはつぶやいた。
「手を貸してくれねかよう」そのまま眠りにずり落ちた。骨がばらばらになるほどひどく疲れていた。
(長尾宇迦「山風記」)

「風の三郎(サムロ)だべか……」
ノエは、ふと機織の手をとめて、息をのんだ。
雨戸に、バラバラと小石でもはじけるような音がしたからである。
昨夜からの岳おろしは、今夜も吹き荒れていた。
(長尾宇迦「山妖記」)

『山風記』、よかった。
こういう物語が読みたかった。

「エク」とか、「ソガ」とか、「オナ」とか、「クス」とか、「チセ」とか、「ノエ」とかいう、不思議な女の名が耳に残る。それに加えて、「座敷童子」や「風の三郎」までが登場する華やかさですからね。鉄壁の岩手オールスターズだ。








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