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司書室BBS

 
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▼ 「躍動」の謎   [RES]
  あらや   ..2015/08/27(木) 06:38  No.430
  7月の初め、かねてより聞いていました安田侃の具象彫刻(!)を求めて北広島市の中央公民館に行ったわけです。本当にそんなものがあるのか、けっこうドキドキだったけれど、行ったら、あった。

安田侃「飛翔」。いやー、凄いものを見させてもらいました…


 
▼ 「躍動」の謎2  
  あらや   ..2015/08/27(木) 06:53  No.431
  ところが、驚きは「飛翔」にとどまらなかったのです。

同じ敷地内、中央公民館の隣には北広島東記念館という建物があるのですが、ここの入口に、この「躍動」像が立っていた。

けっこう古典的な造形。ひと目で、そこら辺のアマチュアの作品ではないことは明らかです。でも、プレートを見ても、「躍動」としか入っていない。作者名、わからず。記念館の人に聞いても、わからずとのこと。以前にも、市民の彫刻散歩ツアーの折りなどに何度か調べたことがあるのだが、わからずとのことでした。

 
▼ 「躍動」の謎3  
  あらや   ..2015/08/27(木) 07:05  No.432
  ちなみに、台座プレートにはこんなサインが入っています。

二部黎? ちがう。ちがう。作風が全然ちがう。
彫刻美術館の人に聞けば、意外とあっさり解決するんだろうか…

 
▼ 清水多嘉示「みどりのリズム」  
  あらや   ..2015/08/27(木) 07:23  No.433
  ちょっとアレッ!と思ったのは、滝川市役所前庭にある清水多嘉示(しみず・たかし)の「みどりのリズム」を見たときです。北広島の「躍動」ほど滑らかではないけれど、足を跳ね上げるような造形に大変親しいものを感じたのでした。

 
▼ 清水多嘉示「躍動」  
  あらや   ..2015/08/27(木) 07:36  No.434
  ヤフーで「躍動×彫刻」などのキーワードで探すと、出てくるのは広島市の清水多嘉示「躍動」です。

うーん、こちらの方が北広島の「躍動」に近いかなあ。「広島」つながりで、北広島にバージョンちがいの一体がもたらされたんだろうか。


▼ 樺太アイヌ女性の自伝を出版しました   [RES]
  橋田欣典 [URL]   ..2015/04/07(火) 10:51  No.414
  先日、82歳になった樺太アイヌ女性の自伝を出版しました。ぜひご覧になっていただければ。

 
▼ オホーツクの灯り  
  あらや   ..2015/08/03(月) 18:16  No.427
   野原を駆け、飛び跳ねて遊んだあの日。語り尽くせない樺太•落帆の生活。ロシア人との暮らし…。今は時代が違います。先祖や父母たちが刻んできた歴史に誇りを持ち、子、孫たちに伝えていくのが私たちの使命でしょう。
(安部洋子「オホーツクの灯り」)

短時間に読み飛ばしてしまうのがもったいなく、眠る前に数章読んでは眼を閉じ、オチョポッカの海を想像します。そして時々は、「オホーツクの灯り」の書き出しに戻って行く。百年の時を超えて、知里幸恵の心に戻って行く。

 その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.
(知里幸恵「アイヌ神謡集」序)

盛岡市先人記念館の金田一京助の部屋に、七歳の時の母の姿が残っていた話にはちょっとしんみりしました。そんなことも、あるんだなぁ…

 
▼ 私のなかの歴史  
  あらや   ..2015/08/03(月) 18:19  No.428
   小学6年の時、私の名前の由来を尋ねると、父は「1月(むつき)生まれだったから」と答えました。初めは「深雪(みゆき)」と名付けようとしたそうです。私が生まれる直前、東京で「みゆき」という名前の女性が、今でいう乳幼児施設で大勢の子供を虐待したなどとして新聞報道されたため、むつみに変えました。7月生まれの姉はみどりでした。
 大人になって気づいたのですが、「アイヌ神謡集」の序文に「冬の陸には林野をおほふ深雪を蹴って」「夏の海には涼風泳ぐみどりの波」というくだりがあります。父は序文をそらんじていたので、深雪とみどりの由来は、神謡集だったと思います。でも、父は教えてくれませんでした。言ってくれればよかったのに。
(北海道新聞 2015年7月1日夕刊/私のなかの歴史 横山むつみ「アイヌ神謡集を受け継ぐB」)

「オホーツクの灯り」を読んでいる時、北海道新聞夕刊が知里幸恵銀のしずく記念館館長の横山むつみさんのインタビューを連載していました。興味深い話がいっぱい出てきて、とても11回の連載では足りないよ…と思いましたね。

アイヌの人たちの子ども時代の話は、なぜか胸を打つ。子どもから大人への成長の影に、民族として自然や社会から引き剥がされるつらい体験がそこにはあり、だからこそ、その体験を認識し克服した人の話には時を越えた普遍性があるのではないか。安部洋子さんが理容の世界に飛び込み、どんどん自信をつけて行く心の過程が当時の写真にも如実にあらわれていました。

 
▼ Re:私のなかの歴史  
  橋田欣典   ..2015/08/13(木) 08:17  No.429
  読んでいただきありがとうございます。子どもは成長して社会の矛盾にさらされた時、屈するのでもなく、忘れるのでもなく、思いを抱き続けるのかもしれません。書くことによって凍った思いは溶け、川となって世の中に流れていくのかと感じました。


▼ 以前読んだ泊原発反対運動のネット本を検索したらー   [RES]
  道産子詩人pikki [URL]   ..2015/07/21(火) 20:13  No.425
  初めまして、ほぼ無名の詩人です。
生誕した後志や、胆振や札幌で転々とした土地の話しがとても懐かしかしく、ついつい書き込んでしまいました。

懐かしい情報をありがとうございました。
これからもよろしくお願い致します。


 
▼ こちらこそ  
  あらや   ..2015/07/26(日) 19:10  No.426
  こんな時代遅れのホームページを読んでいただいて、ありがとうございます。続けて行く励みになります。こちらこそ、これからもよろしくお願いします。URLのブログ、拝見しました。


▼ お久しぶりです   [RES]
  あらや   ..2015/07/19(日) 12:23  No.423
  連休からこっち、長い間が開いてしまって、さて何から書き出せばいいのか…

いちばん最近のニュースです。以前住んでいた住宅(といっても、現在住んでいる住宅から10メートルほども離れていない)が解体撤去されました。写真は、その解体の朝。まさに恐竜の顎のような重機でバリバリと粉砕してゆく様子を、たまたま休日だったもので、朝から写真に撮ることができたものです。8年間の単身赴任生活を思い出して、けっこう感無量。

京極での生活も9年目に入りました。まあ、身体は元気です。四月以降も、どうでもいいような仕事も、これからの自分にとって重要な仕事もわらわらと入り続けていますけれど、ここ数年味わってきたような空虚感はありません。基本的に、今やってる忙しさは、来年はやっていないであろう忙しさだから。ここ数年続いた、出口の見つからない忙しさとははっきりちがうものです。どんなに忙しくても、休日は休日としてすごせるようになってきた。「今日の小樽」(←どこが小樽なんだという声もある)の写真もメキメキ増えてきています。


 
▼ 過去のギャラリーから  
  あらや   ..2015/07/19(日) 12:46  No.424
  アサガオを植えたり、トマトをつくったり、いろんなことやってたんだなぁ。はっきり「京極スワン社」とでもいうべき時代があったことを自覚しようと思います。「山麓」という視座を手に入れることによって、私には、小樽人なんか問題にならないくらいには小樽が見えていると思っています。


▼ ロダンから現代へ   [RES]
  あらや   ..2015/05/09(土) 20:09  No.421
  http://www.city.tomakomai.hokkaido.jp/hakubutsukan/tenrankai/2015tyoukoku.html

凄いのはわかっているつもりだったが、いざ実際に旭川市彫刻美術館のエッセンスともいえるコレクションを目の前にするとびびってしまいますね。旭川に行きたい! 一ヵ月くらい休みをとって、雨の日も、晴れた日も街中をうろうろしていたい!という思いを強くしました。やはり、野外彫刻の聖地だけのことはある。

 同館のコレクションは、大別すると、中原悌二郎と中原に影響を与えたロダン、萩原守衛らその周辺の近代彫刻、1970年に旭川市が創設した「中原悌二郎賞」の受賞作家による現代彫刻、そして、旭川ゆかりの彫刻家の彫刻作品という3本の柱によって構成されており、日本の近現代彫刻の流れを一望できる内容となっています。
(パンフレット)

第3部「旭川ゆかりの彫刻家の彫刻作品」コーナーでとどめの一発。本郷新の「山内壮夫像」には心底驚きました。この世に、そんな本郷新作品があるなんて… 思わず触ってみたくなりました。普段、野放図に野外彫刻に触ったり写真撮ったりしているもんで、そのすべてが禁止される美術館は苦手です。
ま、そういう楽しみ方をする場所ではないということは(大人ですから)わきまえていますので、神妙に、ギャラリートークにいろいろ教わりながら館内をまわったわけです。ギャラリートークは勉強になったなぁ。日本の近現代彫刻史を作品の並びに沿って解説してもらえば、私の苦手な抽象彫刻、現代彫刻が生き生きとしたものに見えてくるから不思議なものです。

苫小牧市美術博物館、やりましたねぇ。大ホームラン。


 
▼ 時間旅行  
  あらや   ..2015/05/09(土) 20:11  No.422
  この日の苫小牧には、もうひとつ鋭い当たりが…
それが、これ。
http://tarumae.com/0000
二日前の北海道新聞夕刊記事で知りました。せっかく苫小牧に行くのだから、当然こっちも見るでしょう…くらいの気持ちで行ったんですが、これが予想外の当たり。
まず、ロケーション。樽前小学校、すばらしいです! ここを見つけたアーティストも凄いけれど、場所を提供した樽前小学校も凄い。学芸会でもない、参観日でもない学校空間を歩いているのはものすごい快感でした。ハルカヤマを歩いていた時の感覚に似ていた。


▼ 前川茂利   [RES]
  あらや   ..2015/04/20(月) 14:50  No.419
  後志の情報誌「バイウェイ後志」が、ここのところ、13号、14号と連続で紹介している「前川茂利」。写真が見られるかな…と思って共和町のかかし古里館(掲載作品はすべて同館所蔵)に行ったのだけど、写真には出会えませんでした。ちょっと残念。ギャラリーのスペースがないのなら、こういう資料こそデジタル・アーカイブに最適の素材だと思うのだけど…

http://dd.hokkaido-np.co.jp/cont/jiman_ippin/2-0008360.html

出遅れたのは私の方みたい。13号(去年)のあたりで盛り上がっていたんですね。
(一昨年、去年と職場がゴタゴタしていたからな… ハズしてしまった)


 
▼ 百花繚乱  
  あらや   ..2015/04/20(月) 14:53  No.420
  
http://www.kidakinjiro.com/exhibition.html

共和まで行ったら、もちろん岩内の木田美術館へ。新年度で忙しくてあまり予備知識なしで行ったんだけど、その分、喜び倍増でした。壁一面の薔薇は凄いよ。中央のベンチに座って30分くらい見とれていました。(壁一面の林檎ってのも凄かったなぁ…)

今、二階のテレビモニターでNHK「日曜美術館」40年記念のミニ番組を上映しているんだけど、1998年に放送された「木田金次郎」の回の頃って、ちょうど泊原発を建設中の頃だったんですね。原発建設のために爆破された「ヘロカラウスの岩」の海もきっちり写っていました。ひどいことをしたもんだ…と改めて思う。こっちも、一見の価値あり。


▼ 過去のギャラリー   [RES]
  あらや   ..2015/04/20(月) 13:28  No.418
  「今日の小樽/4月」更新のついでに、「過去のギャラリー」部分もリニューアルしてみました。

ま、大したカメラでもないし、写真家をめざしているわけでもないのだけれど、その時その時で大事に思っているものだけを写してきたので変な感慨があるのです。毎年の「4月」を見ていて、京極の生活も9年目に入ることに自分でも驚いています。

写真は洞爺湖・月浦の彫刻。湖畔の彫刻群に気がつくことになったきっかけの一枚ですね。京極の8年間が手際よく取り出せるようになったのはよかった。



▼ 紹介ページはこちらです   [RES]
  橋田欣典 [URL]   ..2015/04/07(火) 10:54  No.415
  紹介ページはこちらです。
https://www.facebook.com/okhotsklight?ref=bookmarks


 
▼ いいですね  
  あらや   ..2015/04/13(月) 18:19  No.416
  4月20日の発売日が楽しみです。図書館にも1冊必ず入れますから。

 
▼ ありがとうございます  
  橋田欣典   ..2015/04/18(土) 22:05  No.417
  ぜひ、お目通しください。


▼ シロカニペ   [RES]
  あらや   ..2015/03/25(水) 18:54  No.411
   国にアイヌ総合政策室ができ、私も作業部会委員の一人です。しかし、現在の日本のアイヌ政策は世界の先住民族政策のレべルには遠く、絶望的な気持ちになることもあります。とは言え、玉砕的な対決は避けなければなりません。相手の言い分を呑めば権力の手先と言われたりもしますが、私は歴史の中の捨て石と思っています。
(知里幸恵フォーラム2014 in 登別 本田優子氏講演「幸恵さんを継ぐ者たちへ」)

けっこう胸に沁みる。年度末、こんな田舎の小規模館でもやり抜き通さなければならない図書館としての矜恃はあり、ただ、それをもう今までの「玉砕的な対決」で解決しようとは思っていない今の自分に、こんなメッセージが届くと本当に胸に沁みるのです。

 「ヤイコシラムスイェ」。分解すれば“自分に対して自分の心を揺らす”という意味ですが、これで「考える」という動詞になります。私は“考える”のは脳みその力だと思っていたのですが、アイヌの人々は“心を揺らす”ことだと考えたのでしょうね。このような民族の世界観を若者が引き継げる場が絶対に必要だと思っていました。
(同講演より)

そうですか。つい先週に届いた知里幸恵銀のしずく記念館友の会通信「シロカニペ」第9号に載っていた本田優子さんの講演ダイジェストをここのところ繰り返し読んでいます。

(ここまで1月18日記)


 
▼ アイヌの世界を旅する  
  あらや   ..2015/03/25(水) 18:59  No.412
  その後、1月17日(土)の「倶知安と文学」第1回「倶知安駅」(倶知安風土館)、2月14日(土)の「倶知安と文学」第2回「脇方・胆振線」(倶知安風土館)、2月24日(火)の北海道図書館振興協議会・調査研究チーム報告書「ゼロからはじめるデジタル化」の最終編集会議(北海道立図書館)、2月26日(木)の講演発表「湧学館におけるデジタル化」(北海道立図書館)と怒濤のように続くスケジュールに呑み込まれてしまって、何も書くことができなくなってしまいました。すでに、去年の12月段階から、「資料電子化のこれから」(←私の報告書担当部分です)のひっきりなしでのメールのやりとりがあり、大晦日の帯状疱疹の発生があり、暴風雪の毎日がありと、けっこうきつい毎日でした。後遺症なのかな、3月の今まで、ボーッとした状態が続いています。

引き受けなければいいんですけどね。高度成長期に育った人は、「できないの?」と言われると、つい身体が「できますよ」と反応してしまいます。でも、今回はちょっと反省した。「資料電子化のこれから」なんて柄じゃないよ。

こんな毎日、眠りにつく前に眺める別冊太陽「アイヌの世界を旅する」が心の救いでした。こんな慌ただしい日々が終わったら、ここに行ってみよう…あそこにも行ってみよう…と考える時だけが幸せな一時でした。

 
▼ 資料電子化のこれから  
  あらや   ..2015/03/25(水) 19:02  No.413
  担当章を書いている時、心に去来していたのは戦後の昭和日本でした。テレビの普及、パソコンの普及、テレビゲームの普及、ウィンドウズの登場、ケータイの普及… いろいろな波があって、今現在、私たち図書館はスマホの普及という波の影響を激しく受けているわけです。
母親が子どもを連れて図書館に来なくなった。絵本の読み聞かせもスマホにやってもらう。観察し、仮定を立て、実験するという思考のプロセスが全部壊れて、何でもスマホに聞けば、どこかから誰かが答えてくれる…こういう世界に心底嫌気がさしていたのですが、「資料電子化のこれから」を書いて少しだけ嫌悪感が薄らいだ。
なんにも考えないで、スマホ握りしめて図体だけ大人になって行く人間は今後も増えて行くだろうけれど、でも、それは、50年前の私たちと同じなんだということに気がついたから。私たちの時代は朝から晩までテレビ見るしか能のない老人を生み出したけれど、そうじゃない人間をも多く生み出している。そりゃあそうだろう。テレビは全能なメディアではないから。どんなメディアにも限界はあり、おそらくそれに気づいた人たちからテレビを相対化する思考が生まれて来、現在の私たちがある。おそらくスマホにも限界はあり、人間の全能には追いついて来れない以上、スマホも、テレビやケータイと同じ運命をたどると思います。バカの比率なんて、いつの時代も同じだ。


▼ 山麓文学館   [RES]
  あらや   ..2015/01/19(月) 14:12  No.409
  ——北海道新幹線新駅周辺の整備をどう進めるか。
「新駅の開業前に駅前通りを活性化させることが重要だ。民間資金を活用して高齢者住宅やテナントを入れ、図書館や交流の場も配置したい。北海道自動車道の倶知安延伸を見込んで、バスやタクシーの乗降場、駐車場などハブ機能を持たせることも課題だ」
(北海道新聞 2015年1月16日 小樽後志版)

驚いた。こっちの人が倶知安町長になるとは思っていなかったから。

講演「山麓文学館/倶知安と文学@」のために倶知安風土館に着いたのは17日の午後2時でした。ものすごい暴風雪の日で(帰り道はもっと凄くなるんだけど…)駐車場に車を入れたら、なにかマイクで言っている。車の止め方が悪かったのかなと思って辺りを見回すが、猛吹雪で何も見えない。まさか、こんな最中に警察のパトロールでもないだろうと車の外に出てみたら、ようやくわかりました。選挙カーだったんですね。こんな暴風雪の中で選挙戦やってるなんて、なんか今回の倶知安町長選は盛り上がっているなぁと変な感心。

猛吹雪のせいか、話が下手なせいかわからないけれど、講演は散々でした。7名の参加者なら、講演形式をやめて、得意の読書会形式に切り替えてもよかったかもしれないと後で思いました。

この新町長の政策には「図書館」の言葉はなかったから、新聞のインタビューの過程で出てきた言葉なのだと思います。でも、これ、いいですね。このタイミングで「図書館」というキーワードを発する行政センスはなかなかのものです。2016年施行の「障害者差別解消法」を境にして、日本の図書館は劇的に変わって行くと私は考えています。図書館のハイブリッド化が飛躍的に進むと読んでいるのですが、もしも、この流れと、北海道新幹線開通による倶知安の町の変化がうまくシンクロすれば、今までの北海道の町村にはなかったスタイルの町や行政が生まれるかもしれませんね。その時は、どうか「山麓」という私たちが辿り着いた視座を忘れないでいてほしい。小樽の文学館みたいに、失望したくないから。


 
▼ 倶知安と文学  
  あらや   ..2015/01/19(月) 14:16  No.410
  講演では、石川啄木〜有島武郎〜林芙美子の作品を通じて、文学史上に「倶知安」という名が生まれる瞬間をふりかえってみました。より正確に言いますと、今回の講演@は函館本線(旧私鉄「北海道鉄道」)上の「倶知安(駅)」であり、次回(2月14日)の講演Aは胆振線(旧「東倶知安線」「京極線」)がクロスした時代からの「倶知安(駅)」の物語です。もう何十年が経ったら、そして、その時まで私が生きていたら、きっと私は講演Bで北海道新幹線が走る山麓の町々を語っているのだろうことを充分意識しての組立でもあります。せめて、その時代くらいまでには耐えうるだけの言説でなければ。

さて、あの日の雪で埋まった車、今日中に掘り出さなくちゃ… 29日の「湧学館作成による資料電子化と活用について」、もう少し資料・素材を集めなければならないので。でも、電子化資料って便利ですね。講演@のテキストなんて、「青空文庫」と「旧小樽啄木会HP」のダウンロードでパパッと作っちゃいましたよ。








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