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▼ 王国   [RES]
  あらや   ..2013/07/29(月) 10:03  No.299
  「このはずくの旅路」に惹かれて、北海道文学全集に収録されている「王国」へ。

うーん、この人、凄い!

ある種、峯崎ひさみさん以来の衝撃かもしれません。孝運寺から4、5キロも離れていない京極に七年も住んでいて、俺は何をやっていたんだ!と思いましたね。なんで、この人を見つけられなかったんだ!と。悔しいです。後日、孝運寺さんに聞いたところ、4、5年前にお亡くなりになったとのことで、痛恨の念は増します。しっかり北海道文学全集を読んでさえいれば、会うことだって可能だったんじゃないか。「沼田流人伝」では出版されなかったことになっている叢文閣の「血の呻き」(←じつは出版されていた)だって、もっと早くに私が「流人」や「このはずく」に気づいていれば、湧学館製「血の呻き」を手渡すこともできたかもしれないのに…

北海道の田舎町の鉱山が潰れ、生きる勇気を失って何人かが自殺する。廃墟の街の社宅に一人で居残った老人の眼に、人間に捨てられた野良犬の群が秋田犬「はやぶさ」に率いられ猛々しく野生化してゆく光景が――
(大森光章「星の岬」/帯より)

イメージとしては倶知安のイワオヌプリ硫黄鉱山(←沼田流人も「キセル先生」で鉱山街を描いている)かとも思うのだが、私は京極の在なので、あえて「脇方鉱山」を思い描いて読みました。さて、大森光章への旅がはじまります。


 
▼ 材木くさい町  
  あらや   ..2013/07/29(月) 15:35  No.300
   汽車が止まると乗客たちがひとり残らず下車してしまった。寒寒とした材木くさい駅であった。駅員に訊いてみると、そこが終着駅で、あとは上りがひと列車あるだけ、下りは翌朝までないという話だった。わたしは下りで、もっと先の鉱山町までゆく予定だったから、行先をよく確めないで乗っていたわけだが、急ぐ旅でもなかったので旅館に一泊することにした。ところが、その旅館が一軒もなかったのである。途方に暮れているわたしをみて、駅員は、二里ほど先の村落に木賃宿があるからそこへいって泊めてもらったらどうかといい、そこへゆく道順を教えてくれた。わたしは礼をいって駅をでた。まだ夜ふけというほどでもなかったが、どこの家も戸口をとざし、枯葉を燃やしている煤煙のにおいが薄暗く淋しい町並に漂っていた。はっきりとは見えないが、ところどころの空地には、原始林から伐りだされたままの木材が、荒い岩礁のように累累と積みあげられている。そんな町並を通って十分ほどゆくと、人家の灯もしだいに遠く疎らになり、やがてわたしは深い暗黒の世界に閉じこめられていた。
(大森光章「凍土抄」)

「脇方鉱山」で正解だったみたいですね。「終着駅」は「京極駅」。「もっと先の鉱山町」が「脇方」です。さらに言えば、「二里ほど先の村落に木賃宿」というのは、沼田流人の祖父がやっていた木賃宿でしょう。また「京極文学館」にひとつエントリーが増えた。うれしい。
北海道文学全集は早々と離脱して、現在は、アマゾンで「大森光章」を蒐集中。(小説集「名門」に、中古で6000円の値段が付いている!)
今、引用したテキストは、「凍土抄」〜「王国」〜「星の岬」の三編が収められている小説集「星の岬」からの引用です。第一部「安産」〜第二部「空襲」〜第三部「霧鐘」で構成される「凍土抄」の、「安産」冒頭の部分です。微妙に、それぞれの話が「王国」「星の岬」にもつながっているので、「脇方鉱山」で正解だったと気づいた次第です。

「安産」の舞台となっている集落、北岡の、あの京極町字甲斐に入って行く道のあるあたりだろうか。材木くさい町か…

 
▼ 星の岬  
  あらや   ..2013/07/31(水) 07:41  No.301
   この本に載せた三篇は、北海道の鉱山、それも戦後間もなく潰れた鉱山と、なんらの形でつながっているという意味から、同じモチーフの作品といえる。戦後の混乱期の私自身の体験を、直接、間接にイメージ化したもので、こうした作品は他にもあるが、前述の趣旨からとくに動物の出てくる作品だけを集めた。
(大森光章「星の岬」/あとがき)

いやー、ちゃんと単行本で読んでいて、正解だった。北海道文学全集の「王国」だけでは、たぶん、「脇方」に辿りつくことはできなかっただろう。つい先ほど、「星の岬」、読了。

 「凍土抄」「王国」「星の岬」という配列は、製作担当の梯耕治さんが選んだものであるが、私にも異存はない。
 「凍土抄」は、復員した<わたし>が勤務地の鉱山に向う途上、たまたま立ち寄った農家で馬の出産に遭遇する話で始まり、潰れた鉱山の同僚たちと、自殺した元従業員の遺体処理に行く途中の山中で、冬籠りの仕度をしているナキウサギに出会う話で終る。「王国」は、潰れた鉱山の社宅に一人で居残る老人と二頭の飼犬の話である。「星の岬」は、「冬の死」という題で発表したのを、出版にあたって改題した作品であるが、これも潰れた鉱山で不幸な死に方をした女を母親に持つ二人の兄弟と、冬の岬に放し飼いされている野生馬の話である。
 したがって梯さんは、私がなんの関連性も意識せずに書いたこの三篇を、<潰れた鉱山>をテーマとするオムニバス形式の動物小説に再編集してくれたわけで、私はむしろ感謝している次第である。
                     昭和五十六年十二月   大森光章
(同あとがき)

梯さんは叢文社(←「叢文閣」となにか関係があるのだろうか?)の制作担当。すばらしい本を私たちに残してくれました。ありがとう。


▼ 流人   [RES]
  あらや   ..2013/07/25(木) 07:37  No.297
   次の話は祖父孝運とは関係がないものと長い間思っていたのだが、小学生のころ私は、ひとりの人物の存在が気にかかって仕方なかった。その人物の名前を私は「イッちゃ」としか知らなかった。両親がその人のことをそう呼んでいたからだ。
 イッちゃはそのころ(昭和七、八年)、朝夕二回、黒いソフト帽を目深にかぶり、左手を外套のポケットに突っ込み、真っ直ぐ正面を見据えたまま、孝運寺の前七、八十メートルの国道を徒歩で通過した。私は境内や門前で遊んでいて、彼の姿が目に止まるたびに、「ああ、イッちゃが通る」と心につぶやいたものだが、記憶にある限り、彼が孝運寺の方角へ視線を向けたことは一度もなかった。私にはそれが残念であり、不思議でもあった。イッちゃが、子供の私たちが「じいや」と呼んでいた寺男の沼田老人の子で、かつてじいやと一緒に孝運寺に同居していた人間であり、しかも外套のポケットに隠れている彼の左手が義手であることを知っていたからだ。
(大森光章「このはずくの旅路」/序章)

いや、驚いた。武井静夫さんの「沼田流人伝」以外に、この世に沼田流人を語る本があるなんて想像もしていなかった。それが、今、目の前にある。この、孝運寺の前の道を、八十年前、流人が歩いていった。決して孝運寺に目をくれることもなく…
この光景がどれほど重要であるかは、本を読み進めれば、すぐにわかります。序章にこの逸話を持ってきた大森光章氏の小説家としての技量の確かさをひしひしと感じる。

私の勤める図書館の読書会、「沼田流人マガジン」第3号の取材のため孝運寺の写真を撮っていたら、たまたま外に出てこられた住職さんに出会いました。挨拶をして、沼田流人を調べていると言ったら、寺に招き入れてくれて、提示されたのがこの「このはずくの旅路」だったのです。しかも、ポンと貸してくれて。孝運寺を辞去して、停めてあった車の中で読みはじめたら、身体の震えが止まらなくなった。

「小学校高等科のころ、尻別川の岸にあった木工場へ遊びに行って、機械に挟まれて手をもがれたのだそうだよ」


 
▼ 大栄  
  あらや   ..2013/07/25(木) 07:41  No.298
   木工場は二年前にも増して景気がいいらしく、工場から倶知安駅まで約二キロに線路を敷き、トロッコを馬に曳かせて製品を運び出していた。その馬車鉄道を村の人たちは「馬鉄線」と呼んでいるのである。
 古川の岸に建設された作業所には、石油発動機を動力とする機械が設置されていて、大勢の男女工員が働いていた。村で初めての石油発動機が珍しかったのだろう。見物者も少なくなかったようである。後輩たちも何度か訪れているらしく、ベルト車の回転で動いている製材機を取り囲み、わいわい騒ぎながら見物していた。
 そのうち大栄は奇妙な衝動に襲われて、羽織のひもをベルトと車輪の間に投げ込んでみた。後輩たちの前で格好のいいところを見せたかったのかも知れない。車輪が半回転して、ひもがポイとはじき出される。少年たちが面白がるので、彼は得意になり、何度もそれを繰り返した。すると、傍で見ていた一郎が、突然、絣の着物の袂でそれを真似た。次の瞬間、とんでもない事故が発生していた。袂と一緒に一郎の左手がベルトと車輪の間に吸い込まれたのである。事故に気付いた工員があわてて機械を止めたが、間に合わなかった。
(大森光章「このはずくの旅路」/第六章「亀裂」)

小説は、孝運寺の開祖・今出孝運の一代記の造りになっていますが、当然、息子の大栄や、後に孝運寺に住み込むことになる沼田一郎(流人)の人生も絡んできます。中でも、この場面には少なからず衝撃を受けました。流人の生涯を運命づけることになる「左手」事故を誘発したのが大栄の羽織のひもだったとは!

大栄だったとは! 何度も何度も衝撃が走ります。


▼ ベストセラー   [RES]
  猪熊芳則   ..2013/05/08(水) 22:14  No.296
  5年ほど前に読んだベストセラーの続編が、ブックオフで\100で売っていた。ベストセラーは、本を売り出す会社が、売り文句に使う便利な言葉だ。ウソじゃない。昔、本屋でバイトしていたとき、やかましい上司が

ベストセラーの本を知らない=本を読んでない者

と、勝手に決め付けていた。
確かにオレは、本屋で目に付いた本しか読まないが、誰にでもわかるいい本、つまりベストセラーなんて言われると、余計に読みたくなくなる捻くれも者だ。でも、それがベストセラーでも、おもしろそうだと手にしたりする。



▼ 色彩を持たない…   [RES]
  あらや   ..2013/04/28(日) 07:26  No.295
  昨日は、読みかけの、村上春樹の新刊ラストを読んだだけで一日が終わってしまった。朝は、小樽日帰りで「図書館戦争」観ようとかも考えていたのだけど、実際には、もう身体が動かない。冷蔵庫が空っぽなので、倶知安まで食料品を買い出しに行って帰ってきたら、すでにぐったり。今週分の衣類を洗濯するので精一杯。冬の道具類、家の中も外も、みんな放ったらかしです。

多崎つくるの来歴に深く共鳴するところがある。「1Q84」でもそうだったけれど、カルト集団教祖の発生源を、当時のML(マルクス・レーニン・毛沢東思想)派に置いたところなど、同時代でなければ気がつかないだろう寂しさに満ちていて、私は昔から好みです。

連休か…



▼ たよ   [RES]
  あらや   ..2013/04/05(金) 08:56  No.292
   二月も中旬になったころ、欣之丞は勤め先で昼休みに新聞を読んでいて、はたと膝を打った。前年大水害に見舞われたある県の小村で、二十年まえにやはり水害で壊滅的な被害を蒙り、村民の多くが北海道に集団移住した奈良県十津川郷の例に倣い、村長以下数十戸で北海道に入植する、という記事が欣之丞の目を捉えたのである。
 欣之丞のあたまに閃くものがあった。
(大沼桂子「多与」)

はたと膝を打ったのは、私です。おお、山梨団体!

濃尾平野に展開される、第一部の重い重い人間関係に少し挫けそうになりながらここまで来たのだけど、ここからは大爆発ですね。我慢(日本の小説って、みんなこうなんだよな…とか)して読んできてよかった。

山梨団体が甲斐四百年の歴史を引きずって東倶知安村に入ったり、喜茂別町の人たちが阿部嘉左衛門のルーツを求めて宮城県亘理町を訪ねて行ったり(今日出発かな…)、なんか面白くなってきましたね。函館戦争から始められることの多い官製の近代北海道史にいつも違和感を持ってきた私には、「多与」はいろいろなものを与えてくれるかもしれない。ここのところ落ち込んでいたのだけど、少し前向きになってきたぞ。

第二部を少し読み進んだところで、ちょっと気がついて、序章「吹雪の夜に」を読み返しました。よかった… 心に滲みいる日本語。


 
▼ 京極駅  
  あらや   ..2013/04/07(日) 09:31  No.293
   加藤父子が山形を発ったとき、息子はすでにスペイン風邪に冒されていたのである。山形駅を出るときから、父親は息子の熱っぽいようすに気づいていたが、まさか屈強の男子たる息子が、ナツとおなじ風邪に罹っているとは考えつかなかったのである。帰りをひたすら急いでもいた。予定通りに発ち、まる一日後の午前中に予定通り京極駅に着いた。
 しかしそのときすでに努の容態は楽観を許さぬ状態になっていたのである。吹雪の中、五里の道のりをつれ歩くことはできない。だれか馬櫨で喜茂別まで帰るひとはいないかと京極市街を尋ねまわり、ようやく見つけて乗せてもらった。喜茂別までの三里を蔽いも敷物もない馬櫨で来たが、それから二里は歩くほかなかった。
(大沼桂子「多与」)

出たぁ、京極駅。
話が大正7年に入ったから、もうすぐかな…と思って読んでいたんだけど、早々と「京極駅」が登場しちゃった。(倶知安−京極間の東倶知安線が開通したのは、大正8年だったと思うのだが) ま、これは歴史資料ではなく、文芸作品であることを忘れはしませんから、こんな細かいこと、なんでもありませんけど。
「スペイン風邪」や「喜茂別までの馬橇」もそうだけど、「文芸作品を走る胆振線」で得た感触、優れた作品ほど背景の時代相もくっきりと描かれている…が、この「多与」にも貫徹されていて、読んでいてとても楽しい。

 
▼ 登延頃  
  あらや   ..2013/04/13(土) 15:29  No.294
  「多与」読了。こういう魂震える作品を読んでしまった後の常として、数日は滓のような文章を読むのが苦痛な状態になる。(北朝鮮のポーキーのパフォーマンス、おもしろいですね。ここまでアホだと、かえって心和む…)
村上春樹の新作…とも考えたのですが、ちょうど、これから「京中生インタビュー」の時期に入るので、それらの本を読むことでコンディションを整えてゆこうと思います。すでに中学生の全員が小学校からの出前図書館経験者という時代に入っていて、なかなか読む本もレベルが上がっています。二三年前なら四月〜五月の一月間程度でこなせたインタビューも、最近は六月頃まで時間がかかるようになってきていて、うれしい悲鳴ではありますね。

「多与」については、スワン社資料室「四月の後志」に、今、原稿を書いているところです。登延頃川の写真もその関係で撮ってきました。新年度の毎日がけっこうキツくて、こんな写真取材くらいでも疲れて、家に戻ると布団に寝込むような毎日が続いています。「一月の小樽」以来、スワン社資料室止まったままになっていて申し訳ありません。


▼ 花見川の要塞   [RES]
  あらや   ..2013/03/11(月) 09:55  No.291
   その隠れた道なき道を進んで行くうちに、川岸から次第に離れていくのに気づいた。その時、草の中の何かに向う臑(すね)をしたたかにぶつけて、丸太のように前へ倒れた。俺は臑を抱いて呻いた。マラソンで鍛えた俺の足も向う臑は人並みに弱い。
 いったい何が足を掬ったのか見とどけようとして、文字どおり草の根を掻き分けて探した。それは金属の棒だった。地面から斜めに突き出した鋳物で、何と転轍機だった。鉄道の線路を手動で切り替えるバーで、通常ポイントと呼ばれているものだ。
(稲見一良「花見川の要塞」)

「何だ何だ、これは…」 いったいどういうことだ。何のためにこんな物がこんな所にあるのだ…というイントロで、今回も見事に持って行かれましたです。
傑作小説集「セント・メリーのリボン」。所収の「焚火」、「麦畑のミッション」、「終着駅」、「セント・メリーのリボン」も、それぞれに余韻が残る作品なのですが、でも、この「花見川の要塞」は一段と際立っていますね。(個人的には、なぜか「銀河鉄道の夜」を連想するのだが…)

じつは、二月中に読み終わっていたのです。しかし、今年の暴風雪続きの毎日で全然パソコンに向かう時間がつくれない。連日の雪かきで、本当にマウスを持つ腕が痛いんです。あっという間に、28枚入りの湿布薬を3箱も使ってしまったよ。他の作品のことも書きたいのだが、まずはとりあえず「花見川」を報告してから。



▼ 解錠師   [RES]
  あらや   ..2013/03/01(金) 09:31  No.290
  このところ、北海道新聞の日曜日が楽しみです。書評欄はまあ職業的にチェックするとして、毎週の楽しみはその後の「親と子サンデーほん」欄なんです。書評・子ども版ですが、紹介される本のラインナップがとてもセンスがいい。今週なんか、小学校高学年向きに「あの路」(山本けんぞう文/いせひでこ絵)だもんね。つい数日前に南京極小学校出前図書館に使ったこの本がここに載ると、なんか「我が意を得たり!」みたいな感じになりますね。「御主もなかなかやるな…」みたいな(笑)

いつ頃からだろうか、ここの中学生向きの欄が気になり始めたのは… 例えば、今週の二冊。アルベール・カミュの「異邦人」と宮部みゆきの「蒲生邸事件」なんですよ。二冊の取り合わせがすばらしい。(さりげなく季節感とか時事性もくみ取っているし…) 毎週、中学生に向けて、こういうカードをスパスパッと切ってくるセンス、たいした力量だと思ってます。中学生、こういう大人には着いて行く価値があるんじゃないか。スティーヴ・ハミルトン「解錠師」も、ここで見つけた一冊です。一気に読んでしまいましたよ。この、全盛期のイチローばりの高打率、どこまで続くか、大変楽しみ。

けっして動かないよう考え抜かれた金属の部品の数々。でも、力加減さえ間違えなければ、すべてが正しい位置に並んだ瞬間に、ドアは開く。そのとき、ついにその錠が開いたとき、どんな気分か想像できるかい? 8歳の時に言葉を失ったマイク。だが彼には才能があった。絵を描くことと、どんな錠も開くことが出来る才能だ。やがて高校生となったマイクは、ひょんなことからプロの金庫破りの弟子となり芸術的な腕前を持つ解錠師になるが……MWA、CWAの両賞の他、バリー賞最優秀長篇賞、全米図書館協会アレックス賞をも受賞した話題作。(「ハヤカワ・オンライン」より)



▼ 望遠   [RES]
  あらや   ..2013/01/21(月) 08:32  No.284
   シギは長いくちばしを浅い水の中に垂直に突き刺して餌を探り、水辺を歩きまわっていた。若者が煙草を揉み消してカメラに向き直ろうとしたその時、シギはちょっと立ちどまって、しゃがれた低い声で啼き、両の翼を拡げて伸びをした。
 若者は一瞬体を硬直させ、あわてて振り返り鳥を見直した。シギが拡げた翼の裏側に、オグロシギなら必ずある白い幅広のベルトがなかったのだ。見落としようのない、はっきりしたオグロシギの目印が、その鳥にはないのだ。それに啼き声だ。「ケーッ」と一声のオグロシギの啼き方ではなかった。
「まさか……」と若者はつぶやいた。
「シベリヤ・オオハシシギ!」
(稲見一良「ダック・コール」/第一話「望遠」)

おお… ブラッドベリの「イラストレイテッド・マン」に想を得て書かれたそうだけど、第一話の「望遠」で軽ーく持って行かれましたよ。

全部、買おう。90年代の本なので、小樽の小さなブックオフでは「ダック・コール」しか見つけられなかったけれど、札幌に出ればなんとかなるだろう。(意外と、倶知安とか、長万部とか…) こういう作品に、お手軽アマゾンは失礼な気がする。

いやー、それにしても端正な日本語だな。読んでいてゾクゾクしてくる。


 
▼ パッセンジャー  
  あらや   ..2013/01/31(木) 18:42  No.285
  第二話「パッセンジャー」もよかった! ただ…昔の文庫本って、すごい活字が細かいの。年とると、けっこうキツいです。でも、読みますけどね。

ちょっとだけ寄り道して、今はスティーヴ・ハミルトンの「解錠師」を先に読んでます。原題「The Lock Artist」。当然「Rock Artist」とかけているんでしょうけど、カッコいいやね。横山秀夫「64」も先に読むかもしれない。予約の関係で。

 
▼ 密猟志願  
  あらや   ..2013/02/18(月) 19:08  No.288
  稲見一良(いなみ いつら、1931年1月1日 − 1994年2月24日 )は、日本の小説家、放送作家。大阪府大阪市出身。
記録映画のマネージメントを務める傍ら、1968年文芸誌の新人賞に入選、しかし多忙のため作家活動に専念しなかった。1985年肝臓癌の手術を受けるが全摘ができないと分かると、生きた証として小説家活動に打ち込むと周囲に宣言し、1989年『ダブルオー・バック』にて本格的に小説家デビュー。1991年『ダック・コール』にて数々の賞を受賞し期待されるも、1994年わずか9冊を残して癌のため没した。
作品は自身の趣味であった猟銃の知識を生かしたハードボイルドな推理小説で、少年の視点・目線やニヒリズムを取り入れたものであった。
(ウィキペディア)

うーん。たわけた本がうじゃうじゃいた印象のある90年代だが、こんな人もいたんだね。第三話「密猟志願」、第四話「ホイッパーウィル」に入っても全然衰えない。ラストシーンがびしびしキマること… 凄い、凄い。血圧の薬を待っている病院の待合室で、第五話「波の枕」も読んぢゃった。

 
▼ デコイ  
  あらや   ..2013/03/01(金) 08:44  No.289
   俺はデコイ……ダック・デコイだ。いや、元デコイというべきかな。
 おとり、罠、カモをおびき寄せる木で作ったカモ、カモに似せた木偶……どう言ってみてもパッとしない、所詮は日蔭者さ。
(稲見一良「ダック・コール」/第六話「デコイとブンタ」)

これも凄いや… デコイが最終話を語り出すに至っては、もう言葉もありません。たいした宇宙観だと思う。ほとんど宮沢賢治じゃないか!

 カモが下りる川や池の水面に、猟師が浮かべる贋のカモだ。仲間がいると思って安心して下りて来たカモを、物蔭から猟師が撃つ。カモもおとりも一緒くたに撃ちかける。だからデコイの体には、無数の鉛弾が食い込んでいる。目は潰れ、噛の先は吹っとび、尾は欠ける。ささくれて、ひび割れた体の上から、またペンキを塗られる。
 俺だって、歴(れっき)としたマガモだが、塗り直されてカルガモ擬(もどき)になり、やがて、形だけはカモに似た正体不明の体色に塗り重ねられた。今や俺は、あの卑しいカラスのように真っ黒な、燃え残りの木の塊りみたいな物になり果てた。

書き写していて、身体中が痺れてくる。何頁でも、疲れない。


▼ 回廊封鎖   [RES]
  あらや   ..2013/01/05(土) 18:13  No.282
   「すまないけど」と重原は隣りの男に言った。「もしよければ、読ませてくれませんか」
 隣りの男は、ここにいる男たちの中では若いほうだろう。五十歳前後か。髪も豊かで、しかも黒々としている。重原はこれまでも二、三度、この男をこの会議室で見ていた。きょうは、福島を救え、と英文で書かれた青いTシャツを着ている。
 「あ、これ?」と、青いTシャツの男は言った。「いいよ、やるよ」。
(佐々木譲「回廊封鎖」)

 まだ福島原発事故の収束の目途も立たない晩夏の深夜だった。東京の夜は、いまだに事故前の明るさには戻っていない。照明を控える自粛の空気が続いているのだ。警察官ならずとも、この秋は犯罪が多発するのではないかと思えるような、夏の終わりだった。
(同書より)

随所に出てくる「福島」。事故後の世界を生きる私たちの物語が今日も動いている。「回廊封鎖」は久しぶりに佐々木譲の威力を感じましたね。ハズレがほとんど無いので愛読しています。次は「地層捜査」。


 
▼ 北帰行  
  あらや   ..2013/01/21(月) 08:24  No.283
  「地層捜査」も早々に読み終え、次、以前うっちゃっていた「北帰行」へ。前の時は(佐々木譲にしては意外な)出だしの安っぽさにちょっと退いちゃったんだけど、今回は見事に着地成功です。チープなりに、ラストまで首尾一貫してチープさを押し通すと、けっこう余韻が残るもんだなという不思議な小説でした。(「イエロー・サブマリン音頭」みたいだね…)

佐々木譲の定期的おさらいは、今回はこれでお終い。 ↑「稲見一良」という、なにかもの凄いものが出現してきて、デイヴィツド・ピース以来の緊急出動態勢に入りました。

 
▼ 荒木町  
  あらや   ..2013/02/16(土) 21:22  No.287
  今、アド街で「荒木町」。

「地層捜査」の町が出てきて、ちょっと嬉しい。しかし、食い物ばっかりだなー。テレビは、NHKと東京12チャンネルがあれば、あと、いらないんじゃないの。


▼ 無題   [RES]
  しゅう   ..2013/02/12(火) 18:43  No.286
  初めましてしゅうです。よろしくお願いします。









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