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司書室BBS

 
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▼ 戦時下の紙芝居   [RES]
  あらや   ..2013/10/29(火) 09:10  No.368
  10月26日(土)の午後3時、湧学館で、敗戦の一ヵ月前に発行された紙芝居、宮沢賢治原作と銘打たれた「貝の火」のおはなし会をひらきました。もちろん、一般対象です。紙芝居後、本物の「貝の火」も読みました。
この日は、廊下続きの隣りの公民館で「松前神楽小樽ブロック合同公演会」が行われていて、とても勝ち目はない…誰も来ないんじゃないの…と思っていたのですけど、そんな中で十数人の人たちが集まってくれたのは本当にありがたかったです。人口3千5百人足らずの町で「十数人」は大健闘だと思います。小学校高学年の姿があったのもうれしかった。

戦前・戦中期の紙芝居がどうして湧学館に今あるのか、それを説明するには少し話がまわりくどくなります。まず、「袖珍文庫」の話から。
http://lib-kyogoku.cubet.com/yugakukanhp/PDF/paper/paper47.pdf
続いて、戦時下の紙芝居。
http://lib-kyogoku.cubet.com/yugakukanhp/PDF/paper/paper48.pdf
というような経過で、今、ようやく町民の皆さんへの一般公開が始まりかけたところなのです。


 
▼ 藤村徳治  
  あらや   ..2013/10/29(火) 09:18  No.369
  湧学館如きの弱小図書館が持っていていいものだとは決して思っていません。一刻も早く、然るべきところに収まるべきだと私たちも考えています。ただ、私たちにはこういう文化財級(←大袈裟かな)のものを扱うノウハウはありません。どこが「然るべきところ」なのかがわからない。今回のようなおはなし会を定期的にひらこうとするのは、ひとつには、町民の人たちの中にこの財産に対する共通理解ができあがってくることを願っているからてす。なぜ、世界に一冊しかないような本が、函館や小樽じゃなくて、ここ京極から出土したのか。そこには、京極という町の成り立ちそのものが関わっていると考えるからです。

新聞などへのメディア露出はその後でしょう。情報を通じて「然るべきところ」の方から名乗りがあがる淡い期待もあるけれど、それ以上に、ペテンにひっかかる危険性への怖れも強い。「テレビ鑑定団」レベルの馬鹿騒ぎなど論外だけど、頭の悪い研究者や郷土史家とか、所蔵に値しない北海道の図書館・文学館とかに意味なく死蔵される愚行をこの目で見るのはたまらない。「町の人たちの共通理解」を言うのは、こういう危険から現在の所有者を守る唯一の方法だと思うからです。
昔、京極町に「藤村徳治」という人がいました。京極農場の農業指導団の一人として洞爺村から入って来た人です。彼は、アイヌの人たちの話から、ワッカタサップ川の上流に鉄鉱石の鉱床を発見します。脇方(ワッカタサップ)から鉄が出た! 鉄鉱石を掘る大資本が入り、鉄道がひかれ、街ができ、戦争の時代がやってきて…と、ここから後志〜北海道のいろんな歴史が変わって行くのですが、その「藤村徳治」さんは歴史のごく初期の段階で姿を消してしまいます。
浅倉夕満という鉱山師(やまし)のペテンに引っかかって、鉱山の権利のすべてをなくしてしまったから。後日、この世紀の大発見は、浅倉〜橋本組〜三井鉱山と売りつがれるに及んで莫大な金額になって行きます。徳治は晩年口癖のように「あの時鉱山を全部売らずに持っていたら、今ごろこんな貧乏百姓せずにすんだのに」と後悔していたというのは、京極町では、知ってる人は皆知っている、有名なお話です。その京極町民が、今また同じ失敗を繰り返すとは思わないけれど…


▼ 本の森   [RES]
  あらや   ..2013/10/28(月) 15:04  No.367
  実物を確かめたい本があって札幌市中央図書館へ。道立の一冊は禁帯図書なので、こちらの貸出OKは非常に助かります。

https://www.city.sapporo.jp/toshokan/info/genkicafe.html

一階ロビーに元気カフェ「本の森」ができていた。このカフェ、店内の随所にロゴ・デザインが施されていて、例えば、私のテーブル横のデザインはスウェン・ヘディン発掘の桜蘭文書からロゴをつくったものでした。楔形文字とかヒエログリフとかいっぱいあったけど、私はこれがカッコいいと思いましたね。カレーパンもうまかったし。

中央図書館となると市電を使うことになります。(私の運転技術では都会の街中は無理…) 電車に乗っていると、なんとなく、目線が高校生だった頃の目線になって行くのが可笑しい。



▼ 山屋温泉   [RES]
  m_sugi   ..2013/09/29(日) 16:14  No.359
  昭和6年発行の小樽の古地図に「是ヨリ山屋温泉ニ至ル」の記述を発見しました。場所を特定したいのですが、どんな文献をどこで探せばいいでしょうか、プロからのヒントをぜひお願いします。

 
▼ Re:山屋温泉  
  あらや   ..2013/09/30(月) 13:46  No.360
  「山屋温泉」は初めて聞きますね。(小樽じゃないのかもしれない…) 私も知りたいです。「是ヨリ山屋温泉ニ至ル」方向が、余市方面なのか、赤井川方面なのか、定山渓方面なのかがわかると調べやすくなるのですが。

まずは「小樽市史」でしょうか。私なら、市史の「昭和初年」→「商業」→「観光」→「温泉・旅館業」などであたりをつけると思います。市町村史は網羅性が強いので、その時代に存在していたものであれば全部名前を挙げてある可能性が高い。人名などの手がかりが出てきたら、かなり調査は進展すると思います。
場所が小樽市でない場合もあるので、その時は、該当の市町村史になります。市立小樽図書館二階の郷土資料室に道内すべての市町村史は揃っています。
歴史のある図書館ですので、昭和初年の観光地図や名所案内本も数多く所蔵していますが、そちらを探し始める前に、私なら「小樽市史」をチェックすると思います。

 
▼ Re:山屋温泉  
  m_sugi   ..2013/10/03(木) 20:55  No.361
  あらやさん、初めまして。
詳細な説明、有り難うございました。云われてみれば「市史から」なのでしょうが、その中身等イメージが湧かないのが私です。地図は、以下の処で見つけました。ご興味があればご参照下さい。
http://tois.nichibun.ac.jp/chizu/
明日にでも早速図書館へ行ってきます。(^O^)/~~

 
▼ Re:山屋温泉  
  m_sugi   ..2013/10/11(金) 00:47  No.362
  今回はサッとしか見られませんでしたが、近郊(近場)ではオタモイに「山田温泉」という所がありました。現在は廃業しありません。
調べらしい調べも行なっていませんが、ひょっとしたら、
ヤマダ、ヤマダ、ヤマヤ、山や、山屋の線も有かなと。
当時の地図に校正作業などあったものか、地図の信頼性も考慮しないと無駄に時間を摂られるかもしれませんが、もう少し興味が続くまで調べてみます。

 
▼ Re:山屋温泉  
  m_sugi   ..2013/10/19(土) 23:48  No.364
  今日図書館で、オタモイに「山谷温泉」在りの記述を見つけました。山田も山谷もオタモイの同じ場所、現在の吉川商店付近にあっようで、昭和初期と時代も合います。ヤマヤ、山屋もしくは山田は同一の温泉の可能性が出てきました。

別件ですが、祝津の天望閣の上辺りに「日和山温泉」というのが昭和初期にはあったそうです。

 
▼ やりましたね  
  あらや   ..2013/10/23(水) 08:30  No.365
  「山谷温泉」! なんか、ひさしぶりにオタモイに行きたくなりました。「天望閣」の響きも懐かしい。(つぶれようと、経営者が変わろうと、小樽の人には、あそこは「天望閣」だし、こちらは「マイカル」なんですよね)

調べものの中間仕上げに市立博物館のレファレンス・ルームを使うこともあります。玄関入ったロビーの横にありますから、入館料払わなくても利用できます。ちょっと図書館とはちがう観点から調べものに入ったりして、視点が広がることもあります。

 
▼ Re:山屋温泉  
  m_sugi   ..2013/10/26(土) 01:49  No.366
  懐かしい写真でした。

昨日、漸く小樽新聞に「山屋温泉」開業の記事が載っているらしい事を知りました。後日マイクロ何とかかDVDにて確認できそうです!

「山谷温泉」の方は山谷寅之助さんの創業(龍宮閣よりも古いつまり昭和6年以前)で鉄鉱泉をオタモイ七曲り付近から二斗樽を背負わせ井戸水と混ぜて沸かした温泉だったそうです。昭和12年頃に廃業したらしいとの事。

「山田温泉」の記述はあいまいな点も多く現時点で詳細不明。場所だけは山谷温泉と同じ所と思われます。

レファレンス・ルームですか❓ホーマックへ行くとき寄ってみます。有り難うございます。


▼ ロルフ・リーバーマン   [RES]
  あらや   ..2013/10/19(土) 07:09  No.363
  布団で朝読書(「ベリーダンサー・チズコ」って本です)していたら、なんか、フランク・ザッパみたいな音が聴こえてくる。「現代の音楽」の時間なので、ザッパもありなのかな…とも思ったが、知ってるフレーズではないし、ここは一応クラシックの時間だし。
だんだん落ち着かなくなって、居間の方に出てきてしまいました。(私、NHK−FM、一日中つけっぱなしなんです)

鳴っていた音楽は、これみたい。 http://ml.naxos.jp/work/35584

へーえ。「邦楽の時間」で、上原まりの平家琵琶が聴こえてきた時以来の驚きです。読書を中断させるくらいの威力はある。



▼ れきしをわすれた   [RES]
  あらや   ..2013/07/29(月) 19:20  No.358
  http://sankei.jp.msn.com/sports/news/130728/scr13072821330010-n1.htm

この文句、先日の日本大使館前の、あの気持ち悪い像に集まる定例集会にも出ていた。プラカードに「れきしをわすれた みんぞくに みらいはない」と平仮名で書かれていたのには吹き出してしまった。小学1年生か、お前たちは! 漢字読めない民族の方が未来はないと思うよ。今朝の新聞はご丁寧に「歴史を忘却した民族に未来はない」と表記していたけど、現在の韓国人像を歪めるものだと思う。

今日、7年間ため込んだ古新聞をようやく捨てました。軽トラックいっぱいでした。漢字もいっぱい詰まった新聞紙。



▼ ストーンズ三昧   [RES]
  あらや   ..2013/06/09(日) 19:49  No.357
  ご無沙汰です。祝日でもないのに、NHK−FMが「今日はローリング・ストーンズ三昧」をやっている。職場から帰ってきたら、カッコいいブルースやっていた。(こんなのもできるのね…) 今夜は「八重の桜」観ないで、このままラジオつけていようかな…

どうなってるの?というメールをいただくことが多くなってきたので、事実関係だけを簡単に書いておきます。
まず、去年、今まで一緒に図書館をやってきた相棒の司書が役場に人事異動しました。代わりに入ってきたのが、大学を卒業したばかりの新人です。司書資格も図書館経験もない人でしたが、それを補って余りある読書体験(幼児期から学生時代まで、その時に必要な本をかなり読んでいる)という良い技を持っていたので、図書館の一年間を覚えればかなりの人材(後継者)になるだろうと思っていたのが去年度です。
それで今年四月。その新人が教育委員会に人事異動になってしまったんですね。まさか、新人の一年生を動かすなんてことは考えてもいなかったから、今、あたふたしているのです。新人の成長を見込んで、私の今年度の事業計画もすでに組んでしまっていました。それは責任持ってやりとげなければいけないし、また図書館のイロハも一から教え直さなければならないのだろう。(今度も無資格・無経験)
だいぶ疲れている… あれこれ教えても、また来年人事をいじられたら、もうやってられないという気にもなる。あれこれ教えても、プロじゃない奴は「できませーん」のひと言でお終いだし。

四月、五月、風邪ひいても職場に行かなければならない状態が続いています。「スワン社資料室」に戻れないのは、以上のような理由です。



▼ 雪降ってる   [RES]
  あらや   ..2013/05/03(金) 07:59  No.355
  びっくりするなぁ、もう。ほんとに、雪が降ってる…

写真は芸術の森美術館の佐藤忠良「足なげる女」なんですけど、この日、4月21日には女の足は雪に埋まってましたね。あれから十日ばかり。ほんとに、天気予報が言ってた通り、雪が降ってるよ。五月に雪というのは21年ぶりなんだそうで。(21年前というと、もう北海道に戻ってきてたかな…それにしては、こんな寒い連休、あまり記憶にないが)
みんな、忘れてしまうのかな。


 
▼ つなみ  
  あらや   ..2013/05/03(金) 09:32  No.356
  今朝の雪の写真です。

「あまちゃん」の続きで、朗読ドラマ「つなみ」を観ていました。ぐちゃぐちゃ職場のことを書こうかと思っていたけれど、やめた。

考えたら、私の同期の連中はもう定年なんだもんな。図書館現場の仕事を続けていられるだけでも幸せなのかもしれない。ましてや、「つなみ」で未来を絶たれた人たちのことを思えば、何をやってるのか…と感じ入った次第です。


▼ セブンティーン   [RES]
  あらや   ..2013/03/30(土) 13:16  No.354
  坂ロ良子さんが余市の人だったなんて全然知りませんでした。そういえば、「セブンティーン」ていう雑誌、あったよなぁ。小樽の双葉女子高で読んでいたんでしょうか。今朝の朝刊も余市話題が続出でした。ご冥福を祈ります。

出身地の余市町でも悼む声が広がり、町立東中で同級生だった理容助手木下るみ子さん(57)は「活発で誰からも好かれていた」と語る。「将来は芸能界に」と話していたといい、「夢をかなえたことはうれしく、私たちの星だった。画面を通じてでも会えなくなると思うと本当に悲しい」と目頭を押さえた。
(北海道新聞 2013年3月30日)

福士写真館。芸能界デビューのきっかけとなるミス・セブンティーンコンテストの応募写真もここで撮った。福士純吉さん(87)と慶子さん(84)夫妻は「人形よりも可愛く、こんなきれいな子が余市にいるんだと驚きました。最高にきれいな一枚を撮ろうと、頑張ったことを覚えています」と振り返った。
(同記事)

さて、仕事に戻らなくては… (あまり、職場のあれこれを書く趣味はないけれど)事情があって、今年度もホームページの仕事に復帰する時間はないみたいです。今年もガタガタの「スワン社資料室」をお見せすることになるのかなぁ。



▼ ハルカヤマ   [RES]
  あらや   ..2013/03/20(水) 19:02  No.353
  一ヵ月ぶりに小樽に帰った夜、とてもうれしいニュースが…

山麓でアート楽しもう
小樽で9月から ハルカヤマ芸術要塞
 小樽市春香町の春香山山麓の敷地約3万平方メートルを展示空間に変える野外美術展「ハルカヤマ芸術要塞2013」が、9月8日(日)から10月5日(土)まで28日間、開かれる。来場者7490人を記録した2011年に次ぐ2度目の開催。会場に近接する札幌出身の彫刻家本郷新(1905〜80年)の旧アトリエも活用するなど、規模や内容をさらに充実させる。
(北海道新聞 2013年3月19日夕刊 文化欄)

記事には本郷新アトリエの現在の姿も。うん、庇部分は壊れたままだけど、家の形はまだ残っている。ひと安心。屋根に積もっている1メートルほどの雪が痛々しい。よく、この冬に耐えたものだ。渡辺行夫さん、また春香山に通いますよ!

 旧アトリエは、北海道に根ざす近代建築を数多く手がけた田上義也(1899〜1991年)が設計した木造2階建てで、63年に完成。本郷は77年まで使用した。敷地約千平方メートルと建物の一時使用許司も得ており、地元の子どもを対象としたワークショッブなどの会場として使う方針。本郷新記念札幌彫刻美術館(札幌市中央区)とも連携して「ハルカヤマ・サテライト展(仮称)」を企画し、「本郷新との時空を超えた交流」(実行委)をアピールする。
(同記事)

本郷新記念札幌彫刻美術館も絡むなんて、うれしさ倍増です。四月からは佐藤忠良展も芸術の森美術館で開かれるし(これも行きますよ!)、いやー、厄年耐えて、生きてて良かった。この記事の隣りには「石川啄木日記 公刊秘話 娘婿・石川正雄と吉田孤羊」「漏洩めぐり対立と和解」なんて記事も出ていて、なかなか盛り上がった夜でした。

今、3月20日午後6時47分。ローカルニュースが、明日の後志は積雪30センチの猛吹雪なんて言ってる… まだ、冬が続くのかい。



▼ 小谷昌宏   [RES]
  あらや   ..2013/02/02(土) 20:34  No.347
   旭川地裁で31日、懲役18年の判決を言い渡された小谷昌宏被告。求刑通りの厳しい断罪の瞬間にも、これまでの公判と同様に表情をほとんど変えることはなかった。検察官の横に座る工藤陽子さんの父真作さん(72)や傍聴席に目をやることなく、淡々とした様子で法廷を後にした。
(北海道新聞 2013年2月1日)

なんとか、すべり込みでもいいから1月中での年金請求処理を済ましてしまおう(2月に入ったらもうそれどころではなくなるから…)とあたふたしていた1月28日は、張碓海岸にトドの一群が現れたり、倶知安で母子殺傷(一家心中未遂)事件が起こったりと不気味な日でもあったのだが、不気味の最たるものこそは、小谷昌宏の初公判が旭川地裁で始まったことだろう。滝上町の図書館職員殺害事件。裁判員裁判の判決は、今まであまり見たこともない辛辣さ。

「(被告の説明は)前後の脈絡もなく、不自然で納得できない」と指摘。息があった工藤さんを運び出し、山中の沢へ転げ落としたことを「よくも同じ人間としてそうしたことができるものだ」と強く非難し、犯行後も勤務を続けたことに「反省の足りなさがうかがえる」とした。
(同記事)

「反省の足りなさ」というよりは、この男が醸し出す人間性の欠落した佇まいが不気味なのだ。裁判官、裁判員が感じた不可解を、マスコミは言葉にしてほしい。旭川はちょっと遠い…


 
▼ 控訴せず  
  あらや   ..2013/02/25(月) 09:03  No.348
  滝上女性殺害 被告控訴せず
懲役18年確定へ
【滝上】2011年にオホーツク管内滝上町で町臨時職員の女性を殺害した罪で、旭川地裁で1月31日に求刑通り懲役18年の一審判決を受けた元町臨時職員小谷昌宏被告(42)の弁護人は12日、控訴しない方針を明らかにした。小谷被告が「判決を受け入れ、一日も早く刑に服して遺族に謝罪したい」との意向を示したため。
 判決によると小谷被告は11年8月14日、町文化センター内で町臨時職員工藤陽子さん=当時(36)=の首を圧迫し、窒息死させた。控訴期限は2月14日。旭川地検も控訴しない方針で、一審判決が確定する見通し。
(北海道新聞 2013年2月13日)

あっという間に歴史の闇の中に消えてしまった。この男は、もう遅い。

 
▼ 両親  
  あらや   ..2013/03/16(土) 10:20  No.352
   滝上女性殺害事件
両親 判決見届け急逝 共に病 心労重なる
【滝上】オホーツク管内滝上町で2011年8月に起きた同町臨時職員女性殺害事件。被害者工藤陽子さん=当時(36)=の母トヨ子さんが今月4日、父真作さんが11日、相次いで急逝した。共に病と闘いながら、2月14日に一審判決の確定を見届けたばかり。2人は安堵と無念さを胸に、娘のもとへ旅立った。
(北海道新聞 2013年3月13日)

こんな悲しい結末に言葉もありません。ご冥福を祈ります。記事を書き写すのは心苦しいのですが、今までこの事件のことを掲示板に書いてきた責任において、この記事も載せなければいけないと考えました。

 トヨ子さんは肝臓がんのため68歳で、真作さんは肝血管肉腫のため72歳で、共に旭川市内の病院で亡くなった。
 事件発生時、トヨ子さんは膵臓がんの手術直後で、自宅療養中だった。「行方不明」とされ、生死すら分からないままの娘を案じる心労も重なり、再び体調が悪化。しかし「陽子が帰ってくるかもしれないから」と病院での検査を拒んだ。
 10ヵ月後の12年6月に遺体が見つかり、同僚の男(42)が逮捕された後、検査した際は既に肝臓へ転移し、治療困難な状態だった。
 真作さんも余命数カ月と宣告される中、1月28〜31日に旭川地裁で開かれた裁判員裁判に出廷。陽子さんの思い出や、失った悔しさを涙ながらに訴えた。
 殺人罪で求刑通り懲役18年を言い渡された男が控訴せず、一審判決が確定した際、両親は安堵の表情を見せた。ただ、「なぜ、陽子が殺されなければいけなかったのか」との疑問は裁判でも解明されず、陽子さんの兄唯広さん(40)は「両親は心残りだったと思う」と話す。
 陽子さんと幼なじみで隣町の同管内遠軽町に住む滝口祐子さん(38)は、行方不明後、何度も実家を訪ねた。「ご両親は、さんざん苦しんだから。天国では陽子ちゃんと親子3人、ゆっくりと休んで」と冥福を祈った。
 真作さんの通夜は14日夜、滝上町内で営まれる。
写真:事件から間もない娘の誕生日に、娘を案じる生前の父真作さん(左)と母トヨ子さん=2011年9月28日、オホーツク管内滝上町の自宅
(同記事)








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