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司書室BBS

 
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▼ 山麓文学館   [RES]
  あらや   ..2015/01/19(月) 14:12  No.409
  ——北海道新幹線新駅周辺の整備をどう進めるか。
「新駅の開業前に駅前通りを活性化させることが重要だ。民間資金を活用して高齢者住宅やテナントを入れ、図書館や交流の場も配置したい。北海道自動車道の倶知安延伸を見込んで、バスやタクシーの乗降場、駐車場などハブ機能を持たせることも課題だ」
(北海道新聞 2015年1月16日 小樽後志版)

驚いた。こっちの人が倶知安町長になるとは思っていなかったから。

講演「山麓文学館/倶知安と文学@」のために倶知安風土館に着いたのは17日の午後2時でした。ものすごい暴風雪の日で(帰り道はもっと凄くなるんだけど…)駐車場に車を入れたら、なにかマイクで言っている。車の止め方が悪かったのかなと思って辺りを見回すが、猛吹雪で何も見えない。まさか、こんな最中に警察のパトロールでもないだろうと車の外に出てみたら、ようやくわかりました。選挙カーだったんですね。こんな暴風雪の中で選挙戦やってるなんて、なんか今回の倶知安町長選は盛り上がっているなぁと変な感心。

猛吹雪のせいか、話が下手なせいかわからないけれど、講演は散々でした。7名の参加者なら、講演形式をやめて、得意の読書会形式に切り替えてもよかったかもしれないと後で思いました。

この新町長の政策には「図書館」の言葉はなかったから、新聞のインタビューの過程で出てきた言葉なのだと思います。でも、これ、いいですね。このタイミングで「図書館」というキーワードを発する行政センスはなかなかのものです。2016年施行の「障害者差別解消法」を境にして、日本の図書館は劇的に変わって行くと私は考えています。図書館のハイブリッド化が飛躍的に進むと読んでいるのですが、もしも、この流れと、北海道新幹線開通による倶知安の町の変化がうまくシンクロすれば、今までの北海道の町村にはなかったスタイルの町や行政が生まれるかもしれませんね。その時は、どうか「山麓」という私たちが辿り着いた視座を忘れないでいてほしい。小樽の文学館みたいに、失望したくないから。


 
▼ 倶知安と文学  
  あらや   ..2015/01/19(月) 14:16  No.410
  講演では、石川啄木〜有島武郎〜林芙美子の作品を通じて、文学史上に「倶知安」という名が生まれる瞬間をふりかえってみました。より正確に言いますと、今回の講演@は函館本線(旧私鉄「北海道鉄道」)上の「倶知安(駅)」であり、次回(2月14日)の講演Aは胆振線(旧「東倶知安線」「京極線」)がクロスした時代からの「倶知安(駅)」の物語です。もう何十年が経ったら、そして、その時まで私が生きていたら、きっと私は講演Bで北海道新幹線が走る山麓の町々を語っているのだろうことを充分意識しての組立でもあります。せめて、その時代くらいまでには耐えうるだけの言説でなければ。

さて、あの日の雪で埋まった車、今日中に掘り出さなくちゃ… 29日の「湧学館作成による資料電子化と活用について」、もう少し資料・素材を集めなければならないので。でも、電子化資料って便利ですね。講演@のテキストなんて、「青空文庫」と「旧小樽啄木会HP」のダウンロードでパパッと作っちゃいましたよ。


▼ マッサン本   [RES]
  あらや   ..2014/12/13(土) 18:04  No.407
  竹鶴政孝の自伝や評伝、「リタの鐘が鳴る」…
京極で関連本 貸し出し好調 湧学館
【京極】町生涯学習センター湧学館に設けられたNHKの連続テレビ小説「マッサン」の関連本コーナーが人気を集めている。15冊ある本の半数近くが常時貸し出されており、同館は「こんなことは初めて」と驚いている。
 同館がテレビドラマ関連のコーナーを開設するのは初。11月19日に始めて以来、主人公マッサンのモデル竹鶴政孝の自伝や評伝、戦後間もなく進駐軍が竹鶴の妻リタの安否を確認するために余市へやって来る冒頭の場面が印象的な、早瀬利之のノンフィクション「リタの鐘が鳴る」などが人気となっている。
 同館は、予定を延長して本年度中は展示を続ける。新谷保人副館長は「リタと実妹との確執なども描いた森瑶子の小説『望郷』などの作品を読んで、ドラマとはひと味違った視点からも竹鶴夫妻に思いをはせてもらえれば」と話している。
(北海道新聞 2014年12月4日 小樽後志版)

まあ、そういうことなのです。
余市、小樽の図書館なら、自館にある本をパパッと集めればこういうコーナーはすぐに作れるのですが、10年の歴史しかない図書館には、朝ドラ「マッサン」の影響で長らく絶版になっていた本がどんどん再発されている今の状況がなければちょっとできないコーナーではありました。成金っぽい印象を持たれた人もいるかと思いますが、私自身は二十年来のリタのファンです。「望郷」一冊読まないで、これは町興しに使えるとか、経済効果を期待する人たちではありません。

朝ドラ「マッサン」はなかなか興味深いです。森瑶子「望郷」でリタを知った人には、「嵐が丘」直系のイメージでリタの物語を考えることはあれ、まさか、竹鶴政孝の視点で「浪速の人情ドラマ」としてリタを描くなんて思いもよりませんでした。目から鱗というか… 青天の霹靂というか…(余市時代に入っても、このノリで行くのかな?)

また新聞記事の話に戻りますけれど、私は改めて図書館のコストパフォーマンスって凄いなと思いましたね。派手な企画をぶち上げる必要もない。お金を使って有名人を呼ぶわけもない。ただ「新しい本が入りましたよ」という話で新聞記事になるわけですから。「マッサン」本なんて、全部かき集めても二,三万円です。行政の人たちは、もっとこの図書館が持っている特性や威力に注目してほしいなと思いました。


 
▼ 余市編  
  あらや   ..2015/01/13(火) 16:23  No.408
  連日の雪かきで疲れてしまって、今朝の「マッサン」、寝過ごして見られなかった。うう、悔しい。昼の再放送も、帯状疱疹の診察でアウト。何やってるんだろうな…、ここんとこ。

戦争中、余市って、空襲がなかったんですね。(挨拶代わりの機銃掃射が1回のみ) 理由は、リタが住んでいたから。早瀬利之さんの「リタの鐘が鳴る」の良いところは、そういう事実をちゃんと踏まえていて、小説冒頭に進駐軍話題を持ってくる大胆な小説家センスですね。凡庸なマッサン本たちを蹴散らかしている。

竹鶴話題がもうひとつ。今や、札幌市の代名詞ともいえる大通公園の本郷新「泉の像」。このアイデアは、じつは竹鶴政孝のアイデアだったんですね。軍人や政治家の銅像なんてダサい。大通公園にはこういうのがいいんだ…という竹鶴の言葉を信じて造ってみたら大ヒット。市民の圧倒的歓迎を受けて、以後、札幌市にはばんばん野外彫刻が増えていったということです。宮の森の本郷新彫刻美術館で知りました。


▼ 石の虚塔   [RES]
  あらや   ..2014/12/01(月) 18:42  No.406
  http://www3.ocn.ne.jp/~swan2001/swanindex11111.html

数年前、岡村道雄氏の「旧石器遺跡『捏造事件』」を読んだ時は「怖い本を読んだ…」と思ったもんだが、この上原義広氏の「石の虚塔」に至って心がどーんと暗くなった。もはや、「怖い」どころではない。

 (芹沢)_介の長男である芹沢長介は、一九一九年(大正八)に静岡県で生まれた。
 芹沢が考古学に初めて興味をもったのは、静岡中学校(旧制)一年生の時、国史の教師大沢和夫の授業を受けたのがきっかけだった。
 まだ青年教師だった大沢は、教室に人るなり、
「今日は石器時代の話をしよう」
 と言って、木箱から石斧をいくつか取りだして机に並べ出した。少しでも生徒たちの興味を引くために、石器の実物を持ってきたのだ。
 芹沢が石器を手に取ってみると、ひんやりとした石の感触がした。たんねんに磨かれてつるつるになった表面、よく研いで光っている刃先を見て、芹沢は一瞬にして虜になり、それをきっかけにして太古の歴史の魅力にとりつかれるようになる。
(上原義広「石の虚塔」)

昔、日本の中学校や高校のどこにでもあった光景。あの日から、どこをどうまちがって私たちはこんな世界に出てしまったのだろうか…

――かもしかみち
深山の奥には今も野獣たちの歩む
人知れぬ路がある。
ただひたすらに高きへ高きへと
それは人々の知らぬ
けわしい路である。
私の考古学の仕事は
ちょうどそうした
かもしかみちにも似ている――
(藤森栄一「かもしかみち」)

明日、職場に行くのがちょっとつらい。私の中にも「石の虚塔」のかけらがある。



▼ 美術の北大展   [RES]
  あらや   ..2014/11/24(月) 19:09  No.405
  http://www.museum.hokudai.ac.jp/univ-art/
昨日、「美術の北大展」に行ってきました。(今回も、30日終了にすべり込みセーフ…)

木田金次郎の「海岸風景」、思っていたよりも遙かに大きくて、迫力あったー。木田美術館のサイズに目が慣れているので、あの大きさは意表を突かれます。あと、周りが木田の絵ではないので、木田の絵が持っている凄みがよくわかりました。間近で見ることができて(しかも無料!)幸せです。

繁野三郎「北大農場」に描かれているのはエミール・フェンガーの家ではないだろうか?

南条議雄「風景(オタモイ)」にはばっちり龍宮閣が描かれてありました。

これだけ絵画を持っているのなら、彫刻作品もあるんじゃないのかな…などと思いつつ。帰り道で、原子修「札幌の彫刻をうたう」をついにゲット。いい日だった。

アインシュタイン・ドームのレリーフは博物館絵葉書をコピーしたものです。館内撮影はしていませんからね。



▼ コブタン紹介ありがとうございます   [RES]
  根保孝栄・石塚邦男   ..2014/10/17(金) 02:31  No.403
  須田茂さんの「近現代アイヌ文学史稿」の連載は、アイヌ関係研究者に注目されています。今後ともよろしく願います。

 
▼ こちらこそ  
  あらや   ..2014/11/06(木) 18:13  No.404
  10月中旬に冬対策で裏20メートルくらいの住宅に引っ越しまして、今も片付けや手続き変更などでてんやわんやの状態です。こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ありません。これからもよろしくお願いします。旧住所のポストに入っていた「コブタン」38号をようやく回収してきて、今、違星北斗の章を読み終えたところです。

今回も凄いですね。小樽新聞の北斗の歌には並木凡平の手が入っているのではないかとの指摘とその論証には目を見張りました。たしかに、北斗の歌を紹介する時は私も「志づく」の方の歌を使うことがもっぱらです。小樽新聞の歌はなぜかシャープさに欠けるような気がしていたのですが、なんとなくその理由がわかったような気がしました。これひとつでも、「小樽」というものを今でも考えている私には深い教示です。ありがたい。

引越や図書館行事の連続でばたばたしていたのですが、沙流川歴史館に行ってきました。北斗の上京時のノートはかなり興味深いものですね。展示してあった一部分コピーには、これ成宗での金田一との会話では?という箇所もあってちょっと胸がドキドキしました。どうして今になってこういうノートが登場してくるのかわからないままなのですが、無理をおして平取に行ってよかったと思ってます。


▼ コブタン   [RES]
  あらや   ..2014/06/08(日) 16:29  No.387
  アイヌ文学 詳細に分析 【創作・評論】 妹尾雄太郎
「コブタン」(札幌市)37号。須田茂「近現代アイヌ文学史稿(二)」は読みごたえがあった。樺太アイヌであった山辺安之助の「あいぬ物語」(1913年)の厳密なテキスト考証から浮かびあがる成立事情やその評価からはじまり、アイヌの著者によるさまざまな著作が詳細に分析される。その一方で、それらの著者が歩んだ人生の記述も強い印象を与える。「アイヌ物語」の著者の武隈徳三郎のアルコール依存になった揚げ句に放浪の境遇となり、厳寒の中でれき死するという生涯。19歳で心臓発作で急死した知里幸恵の生涯。そうした姿から過酷な状況を強いられ、差別と闘ってきた歴史や誇りが浮き彫りにされる。須田は「アイヌ神謡集」の美しい「序」を引用して、「知里幸恵の後継者たちは、幸悪の描いた原風景を意識下に沈潜させ、それぞれの文学の新たな源泉としたのである」と指摘する。
(北海道新聞 2014年5月28日/文化欄)

私も、今、「コブタン」36号を積み重なった(すみません…)書類の中から探してきて、(一)から読み返そうとしているところです。36号を受け取った時、ああ、須田さんのライフワークがついに始まったんだなと感じ入りました。

今までになかったことなのですが、「近現代アイヌ文学史稿」が始まってからは、「コブタン」の他の作品も読むようになりました。少しずつ少しずつだけど、去年の後遺症から立ちなおってきているのを感じている。


 
▼ 須田さん  
  あらや   ..2014/06/24(火) 05:01  No.394
   キリスト教における「復活」とは象徴的には十字架上で死んだイエスが三日後に甦ったことであるが、キリスト教神学では、単に死んだ人が生き返ったという物理的なことにとどまらず、神の愛を知り、人間の原罪を悟り、侮い改めることによって本来の人間性を回復することである。この時幸恵が到達した「復活」の確信とは、「私にしか出来ないある大きな使命をあたへられている事を痛切に感じました。それは、愛する同胞が過去幾千年の間に残しつたへた、文芸を書残すことです。この仕事は私にもっともふさはしい尊い事業であるのですから。」と決意したことからわかるように、アイヌの人の言葉を、その文学を未来に永遠ならしむため、つまり「復活」させるために、幸恵自身を(イエスの如く)その犠牲に供するとの決意であったのではないか。私はこのような「復活」の観念を幸恵に与えたものこそ、キリスト教の最大の影響であったと考える。ゆえにキリスト教なくして幸恵の苦悩は生まれず、その苦悩なくして「復活」への思い即ち近現代を生きたアイヌの人の文学創造はありえなかったのである。
(須田茂「近現代アイヌ文学史稿(二)」)

凄いや… 知里幸恵をこういう風に描いた人、初めて見た。(小野さんや藤本さんの本には書いてあったのかもしれないが、ぼーっとしていて気づかなかった)

須田さんの描く人間には必ずこういうキラッと輝く場面があって、胸を撃ちます。

 
▼ 銀のしずく記念館  
  あらや   ..2014/06/29(日) 08:26  No.395
  読んでしまうと、矢も楯もたまらず、やはり行ってしまいました。知里幸恵銀のしずく記念館。オロフレ峠に入ったあたりから雨模様になってしまったけれど、それでもしっとりした気分になって、これはこれでよかった。記念館の窓から見える生家の緑がとても美しい。家族に宛てた幸恵の手紙、毛筆だとさすがに厳しいが、ペン字ならなんとか読める。弟の真志保(←弟ですよ)に「しっかり勉強しなさいよ」と書く姉ちゃんの気持ち、これも美しい。

写真は記念館にあった知里幸恵の木彫です。街の彫刻マニアとしては、撮りたくて撮りたくてじりじりしていたのですが、記念館の貴重な資料だから…やはり無理だろうなと最初は遠慮していました。でも、帰る段になって、今度はいつ来れるだろうか(小樽から室蘭、登別ってけっこう遠いんです)と思うと、つい撮影をお願いしてみました。快く許可してくれた記念館に本当に感謝しています。雨のホロベツ、よかった。重い尻をたたいてくれた須田さんにもありがとう。(記念館にも「三六号」「三七号」、置いてありましたよ)

 
▼ Re:コブタン  
  根保孝栄・石塚邦男   ..2014/10/17(金) 02:27  No.402
  > アイヌ文学 詳細に分析 【創作・評論】 妹尾雄太郎
> 「コブタン」(札幌市)37号。須田茂「近現代アイヌ文学史稿(二)」は読みごたえがあった。樺太アイヌであった山辺安之助の「あいぬ物語」(1913年)の厳密なテキスト考証から浮かびあがる成立事情やその評価からはじまり、アイヌの著者によるさまざまな著作が詳細に分析される。その一方で、それらの著者が歩んだ人生の記述も強い印象を与える。「アイヌ物語」の著者の武隈徳三郎のアルコール依存になった揚げ句に放浪の境遇となり、厳寒の中でれき死するという生涯。19歳で心臓発作で急死した知里幸恵の生涯。そうした姿から過酷な状況を強いられ、差別と闘ってきた歴史や誇りが浮き彫りにされる。須田は「アイヌ神謡集」の美しい「序」を引用して、「知里幸恵の後継者たちは、幸悪の描いた原風景を意識下に沈潜させ、それぞれの文学の新たな源泉としたのである」と指摘する。
> (北海道新聞 2014年5月28日/文化欄)
>
> 私も、今、「コブタン」36号を積み重なった(すみません…)書類の中から探してきて、(一)から読み返そうとしているところです。36号を受け取った時、ああ、須田さんのライフワークがついに始まったんだなと感じ入りました。
>
> 今までになかったことなのですが、「近現代アイヌ文学史稿」が始まってからは、「コブタン」の他の作品も読むようになりました。少しずつ少しずつだけど、去年の後遺症から立ちなおってきているのを感じている。

「コブタン」紹介ありがとうございます。
今後ともよろしく。



▼ 夕張市美術館   [RES]
  あらや   ..2014/09/24(水) 07:36  No.401
  http://www.kidakinjiro.com/exhibition4.html

木田金次郎美術館で開かれている「夕張市美術館コレクション展」、行ってきました。(有島記念館の8〜9月は忙しくて身動きとれなかった…) 9月も、この第4週の一週間だけが用事が入らないで残っていたことが幸いしてようやく岩内まで足を伸ばせたのです。

でも、あれこれ言い訳しても駄目ですね。基本的に、木田美術館のやっている特設展は全部行かなきゃならないと痛感しました。企画力が並外れている。学ぶものが多い。(「絵の町・岩内」カタログの最後に、この20年間の企画展ポスターの一覧が出ていたけど、そのド迫力に圧倒されてしまいます…)

このような形で夕張市美術館を訪れることができるなんて考えてもいなかった。夕張も凄いね。「佐藤忠良」はもちろん、「山内壮夫」展までとっくにやっているのには吃驚してしまいました。(その山内の「平和」、チラシではブロンズだと思っていたけど、今回本物を見たら、なんと木彫でした! 山内の木彫!)

拙い子どもの感想文ですが、今書かなかったら、また10月の用事の嵐の中にまぎれて「夕張」のことも忘れてしまうような気がして、朝、出勤前に書きました。



▼ 次の世代へ   [RES]
  あらや   ..2014/09/06(土) 11:43  No.400
  ——最後にもう一度確認させていただきたいんですが、アルコール依存症に、「軽い」「重い」といった区別は存在しないということなんですね。
西原 ということになりますね。繰り返しになっちゃうけど、軽いシャブ中がいるのかというのと一緒ですよね。
吾妻 ちよっとだけ妊娠してるとかね。
月乃 その例えでいえば、妊娠一ヶ月でも三ヶ月でも妊娠で、妊娠してるってことは必ず出産にまで至るんですよ。途中で戻れないんですよね。はじまったらもう進行するだけなんですよ。
西原 まあでも、その「軽い」が、その当人の病状の軽さではなく、家族を含めた状況の軽さというのなら、あるでしょう。「依存症」ではなく「家族病」を早期発見、早期療養するようにしましょうということですよ。
月乃 個人の問題だけじゃない、ということですね。
西原 そうですね。それをすこしでも良くする余地があるとすれば、それこそが、アルコール依存症の知識を上げるしかないですよ。この前仲良しのマンガ家さんがね、アルコール依存症で死んだ人に「やっぱり最終的には本人の責任だよ。あいつダメなやつだったもん」って言うんですよ。それは悲しいかな本当に知識のない人のセリフですよね。みんな知識があったら、もっと早い段階で適切な処置もできたし、病院も薦められたけど「結局あいつはお酒に負けちゃって」と言われてしまう。病気の症状が異常に可愛くないせいで、心ある友だちがどんどん離れていっちゃう、病気として非常に運の悪い病気なんですね。
(西原理恵子,吾妻ひでお「実録!あるこーる白書」)

うー、身につまされる。西原のマンガなんておもしろいと思ったことはないが、こういうことやると、なんか迫力あるなぁ。



▼ マウス型スキャナ   [RES]
  あらや   ..2014/08/22(金) 07:24  No.398
  おーっ! ちょっと凄い…

OCRテストはこれからです。マウス型スキャナ使用者のコメントには「縦書きは読み込めない」とあったので、おそらく、別にOCRソフトを買わなければならないのでしょうが、まずは、これでスキャナ問題は解決、整理の見通しかな。


 
▼ OCR  
  あらや   ..2014/08/24(日) 06:50  No.399
   世の中は嬉しいものか悲しいものか、天地の半分を見れば面白い造化の配剤、段〃と善くなる大仕掛の有りとは知れど、其裏の半分を覗けば情ない神様のなされ方、愚な心からは恨めしい御筋書と思うもかしこし。人間生れて運よければ面白い舞台に、住み家は煉化作り、烟筒空に聳えさせ、石炭惜気もなく暖炉に焼きて、柔らかき椅子に身を埋め、北風が何処を吹くか知らぬ顔して、孔雀の精霊見たような洋服着た美人と膝を交えながらの風流ばなし。
(幸田露伴「雪紛々」)

驚き。

どんな風に縦書きが駄目なのか確かめたくて、先に縦書き文書を実験してみたのですが、一発目の、活字のポイントが小さい「北海道文学全集」で、この読み取り!(縦書き、OKじゃん)

凄いですね。以前使っていた某OCR有名ソフトなんか問題にならないくらい性能がよい。縦横補正も自動的にやってくれるし、こんな一見普通のマウスにしかみえない身体のどこに、こんな末恐ろしい機能が隠れているんだろうか。


▼ パソコン故障   [RES]
  あらや   ..2014/07/26(土) 12:56  No.396
  7月に入ってまもなく京極で使っていたデスクトップ・パソコンが壊れてしまいました。いくらスイッチを入れてもウンともスンともいわない。小樽のノートパソコンは半年前に半死状態なので、これで、スワン社の全機能はお終いという感じでした。

今までにも、5万件近い図書データを一瞬にして壊してしまったり(MS-DOS時代)、外付けハードディスクがクラッシュしてしまったりと、いろいろ愚かな真似をしてきたのだけれど、なにか、今回は狼狽も悲嘆にくれることもなく静かなもんでした。年齢的なものなのでしょうか。ああ、ここまでかな…という想いがあり、逆に、ここまでの人生を考えるいい機会かも…とさえ思いました。もう、スマホの時代の人間たちにまでつきあいたくないという気持ちはかなり以前からあるのです。

結果的に、ウィンドウズ7搭載のノートパソコンを買い、デスクトップの全データお引越し(今回もソフテックのお世話になりました)でケリがついたのですが… 今、7の画面を見て愕然としているところです。「おたるの図書館」HPって、こんな風に見えているの!(けっこうなショックでした)


 
▼ 国策彫刻?  
  あらや   ..2014/08/11(月) 10:49  No.397
  なにげなく、その時々で最新の撮った写真を貼り付けるようにしているのですが、この写真の反響は大きかったです。「7月の小樽」、ようやくアップすることが可能になったので、皆さん、大きな画像でご覧ください。

上の写真は夕張・石炭の歴史村にある「進発の像」。今回のスレッドに貼り付けたのは、芦別・頼城(らいじょう)の「坑夫の像」です。どちらも太平洋戦争末期、軍需生産美術推進隊彫塑班が夕張北炭や三井砂川炭鉱の現地で制作しました。(「坑夫の像」など、できあがったのは敗戦の三日前だという…)
国策紙芝居と同じで、戦争協力の証拠隠滅で多くの作品が敗戦直後に打ち壊されたりしているのですが、夕張・芦別の場合は、戦後も炭坑労働者の誇りとして大切に扱われてきたという珍しいケースです。
平瀬礼太さんの「彫刻と戦争の近代」(吉川弘文館,2013.7)を読んで前から行きたいとは思っていたのだけど、去年は職場のゴタゴタでとてもそんな余裕はありませんでした。今回のパソコン故障は、そんなゴタゴタした私の心象の横っ面をパーンと張り飛ばしてくれた、そんな事件だったかもしれませんね。








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