| 「望月さんは声をあげなかったとききましたが、痛みには個人差というものがあるのでしょうか」 私は、当時ひそかに考えていたことを口にした。 「多少はあるでしょうが、骨を切断する時、神経も一緒に切れるし、それは耐えられない痛みだと思いますよ。あなたも御存知のように……。あの人は、手術中に、先生、しくじらないで下さいね、みたいなことを言ったりしましてね。これには参りましたよ。手術中に患者さんから声をかけられるのはやりにくいし、いやですよ。手術中は、やはり全身麻酔で患者さんに眠っていてもらわないとね」 (吉村昭「標本」)
ひえ。望月久子、凄い。凄いもん、読んぢゃった。
「記録を見ますと、望月さんは、三年間は再発もせずにいたようですね」 「そうでした。何年か後まで時々検査に分院へ来ていましたよ。たしか三、四年してからでしたが、子供を産んでもいいかと言いにきましてね。たしか、いい、と答えたはずです」 氏の言葉に、望月久子のベッドのかたわらに坐っていた男のことがよみがえった。一般的に十二本も肋骨を切除された娘が嫁ぐことは至難のはずだが、婚約者だと言っていたその男は、彼女の不利な条件も意に介さず結婚したのだろうか。 「望月さんは、今でも生きているのでしょうか」 彼女が生きていれば、六十三歳になっているはずだった。 「さあ」
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