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司書室BBS

 
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▼ 「人間像」第67号   [RES]
  あらや   ..2020/01/25(土) 11:06  No.724
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本日、「人間像」第67号をライブラリーにアップしました。デジタル化にかかった時間、「63時間/延べ日数10日間」。現在の収録タイトル数は「1274作品」です。
約120ページの大冊(以後このような百ページ台の「人間像」時代に入って行きます)なので、これくらいのペースでしょうか。今のところ、Windows7環境で何の問題もなく動いています。(ゲームも動画も私には何の関係もないので、これで当然なのですが…)

「病床雑記」もこれで終わりにするが、二度と「病床雑記」を書く身分にはなりたくないものだ、とつくづく思う。長いあいだ多勢の人に心配をかけ、見舞いや激励を戴き誠にありがとうございました。感謝の意をこめてこの稿を終わります。〈三十八年十月二十日〉
(針山和美「病床雑記[2]」)

で、終わるはずだったのだが…
この後、『病床雑記』は第8回まで(東京オリンピックの1964年丸々…)連載が続くことを知っている身には、なかなかに切ない第67号作業でした。日高良子さんの『女友達』、いや、じつに緻密な完成度。この人がこういう作品を書きはじめると、周りの同人たちがビッとするというか、「負けられない」と一気に活性化するような印象がありますね。今後の展開が楽しみ。上沢祥昭『蹌踉の記』もいよいよ〈小樽編〉突入なので、早く読みたい。直ちに第68号作業にかかります。



▼ 小樽日報   [RES]
  あらや   ..2020/01/14(火) 10:33  No.723
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私の使っている基本ソフト「Windows7」のサポートが切れる本日(2020年1月14日)、かつてのホームページ「スワン社資料室」に連載していました「小樽日報」をライブラリーに復刻しました。

正月の三が日程度で片が付くだろう…と甘く考えていたのですけれど、257編の雑文は意外と煩雑で、小学生の冬休みくらいの時間がかかってしまった。(北海道の冬休みは内地より一週間ほど長い。逆に夏休みが一週間短いんです。)
つい最近まで、今の小樽での「人間像ライブラリー」の仕事が始まるまでは「小樽日報」を書き続けていたように思っていたのですが、今回、日付を確認してみると、もう書かなくなって七年くらいの間が空いていたんですね。短大図書館をリストラされてからの日々ですから、全体に暗い文章が多いです。気に障る言葉があったら、ごめんなさい。
暮れに、仕事にとりかかった時には参考文献表くらいは作ろうと思っていたんだけれど、ま、こんな駄文に参考文献一覧なんか恥の上塗りだわ…と感じ入りました。
この時期にホームページを舞台にして書いていたものはあと幾つかあるのですが、そこに深入りするのは避けて、いつもの「人間像」作業に戻ります。少し真っ当な作業に戻って頭や身体を調整しなくては。

明日からも「Windows7」でやって行くつもりです。これで駄目なら、またご報告します。



▼ 2020年   [RES]
  あらや   ..2020/01/02(木) 10:09  No.722
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今年もよろしくお願いいたします。

今、正月の休み時間を利用して、かつてのホームページ「スワン社資料室」に連載していました「小樽日報」を復刻しています。いろいろ書いていたんだなぁ…と、変な感心。



▼ 「人間像」第66号   [RES]
  あらや   ..2019/12/28(土) 09:33  No.721
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昨日、「人間像」第66号作業、完了しました。デジタル化にかかった時間、「55時間/延べ日数9日間」。現在の収録タイトル数は「1256作品」。

 今まで風邪をひいたり腹痛をおこしたりしたことはあったが、入院さわぎをしたことは一度もなかった。それが今度どういうわけか、二度も入院するという羽目になった。そして現在もなお入院中なのである。
(針山和美「病床雑記」)

『病床雑記』、ついに始まってしまいました… 針山和美氏の人生における長い疾患との闘いがここから始まります。やはり切ない。この水面下の煩悶の上に、『愛と逃走』や『女囚の記』のような作品が生まれ来たことを忘れない。

神坂純(上沢祥昭)『蹌踉の記』も開始。佐々木徳次『遠い家々』を読んだ時にも感じたのですが、もう来年には東京オリンピックが開かれるという時であっても私の〈三年間〉を書いている人がこの世にいることには感じ入るものがありました。

年末年始、少しだけ「人間像」の時間を貰って、震災前に書いていた私の文章をまとめてみます。



▼ 「人間像」第65号   [RES]
  あらや   ..2019/12/17(火) 17:54  No.720
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「人間像」第65号、ライブラリーにアップしました。デジタル化にかかった時間は、「51時間/延べ日数8日間」。現在の収録タイトル数は「1240作品」です。

久しぶりの50時間台。おそらく、漢字ぎっしりの白鳥昇朗『残像』などの作品が多かったので少し時間がかかったのかな。第65号は、白鳥氏と上沢氏(神坂純『北へ帰る』)両人が、奇しくも亡くなった祖母を描いた作品が発表されました。白鳥氏の札幌、上沢氏の小樽の情景がなにかしら心を落ち着ける。

もう一号行けるかな。もう忘年会も新年会もない人生だからこそ大切に時間を使わなくちゃ。



▼ 「人間像」第64号   [RES]
  あらや   ..2019/12/08(日) 09:39  No.718
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二日で出来ちゃった! 「人間像」第64号のデジタル化にかかった時間、「17時間/延べ日数2日間」。現在の収録タイトル数は「1230作品」。

堪能しました。ぱらぱらと眼で誌面を読んでいた時には気づかなかった上沢氏の感情ですが、OCR〜ワープロ作業で一行一行と文字化けを潰しながら読み続けると、かなりくっきり氏のリズムや旋律を感じ取ることができました。ラストの『小樽』には感無量。その『小樽』の、ひとつ前の詩、『旅人』。

   旅人

霧の街を歩くうちに
胸の中が霧で一ぱいになった

小さな傷心に灯をつけてみたが
遙かに それらしいものが 彩づくだけだった

どこか遠くで――
それはもう僕のものではない

笛を鳴らしながら船がゆく
僕には霧を突き破る笛がない

霧が晴れるまで 待てと云う

しかし
僕のこの うすい着物は
濡れてるから 身についているのだ


 
▼ 小樽  
  あらや   ..2019/12/08(日) 09:42  No.719
  そして、『小樽』へ。これこそは、上沢氏の「かなしきは小樽の町よ 歌ふことなき人人の 聲の荒さよ」。

   小樽

馬糞と 電話線と 煤煙と
転ったドラム缶と 急停止のトラックと

雪解の水は街中に溢れ
土台を失った家並はガタガタに浮び
あっちへぶつかり
こっちへぶつかり
為に
鉄帯の梱包がアドレスを失って山積される

錆が流れる
その水で 顔を洗った女の眼は
みるみる真赤になって
やれ華道だの洋裁だのダンスだの


▼ 「人間像」第63号   [RES]
  あらや   ..2019/11/30(土) 11:49  No.716
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ご無沙汰しています。

第63号は、今までの「人間像」史では最大の188ページの大冊です。今月中には完了したいと思っていたのですが、月末の今現在、漸く難関の朽木寒三『中島成子戦記 戦場往来の巻』を終え、これから内田保夫『敗れざる男』に入るところです。まだ数日かかるので、一応元気でやっているとの中間報告をここに書いておきます。

約80ページに亘る『中島成子戦記』、長かったなあ。面白かったけれど。朽木氏の言葉遣いは独特で、「岩丈」「宇回」「疫介」…といった言葉が頻出するのだけれど、あえて直しませんでした。朽木氏の小説の中では、こちらが正しいのだと思います。味わいってものがありますからね。


 
▼ 第63号、完了  
  あらや   ..2019/12/04(水) 14:04  No.717
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「人間像」第63号、完了です。デジタル化にかかった時間、「95時間/延べ日数16日間」。現在の収録タイトル数は「1228作品」になりました。
十二月になってしまいましたね。昨日からの暴風雪で、これで本格的な冬に突入か…

「人間像」第64号も少し変則的な造りです。レギュラーの小説作品は一切なく、一冊丸ごと「上沢祥昭詩集 1950−1962」となっている。いつもの「人間像」レイアウトとは大きく異なってお洒落な造りなので、今日一日「人間像ライブラリー」レイアウトの方もよーく考えて明日からの作業に入ろうと思います。この詩集のラストの詩、『小樽』って云うんですよ。ちょっと燃えます。詩集なので、作業時間は短いと思います。

小樽と云えば、前回の第62号スレッドで「小樽日報」を引用したら少しばかり反応がありました。今の私は「人間像」最優先なので、昔書いた自分の文章など後回しなんだけれど年末年始の空き時間を使って復刻するかもしれません。
年末年始には別案もあって、「人間像」作業進行に支障がないところで針山和美氏の創作(作文)指導の仕事を復刻しようかとも考えています。


▼ 「人間像」第62号   [RES]
  あらや   ..2019/11/17(日) 15:52  No.713
  .jpg / 37.5KB

本日、「人間像」第62号をライブラリーにアップしました。デジタル化にかかった時間、「41時間/延べ日数6日間」。現在の収録タイトル数は「1219作品」です。

第62号には久しぶりに針山和美氏が作品発表しています。たまたまその作品が『奇妙な旅行』だったので、今年の夏にデジタル復刻した単行本版ワープロ原稿があり、作業のスピードアップができました。
『奇妙な旅行』、面白いですね。倶知安から札幌への出張旅行。小樽を過ぎたあたりで、ソビエト社会か近未来の日本社会かへ突然ワープしてしまう…という、後年の針山作品を考えると、「へえ、こんな作品も書いていたんだ」と驚くような一作ではあります。

白鳥昇朗『星は何でも知っている』も興味深かった。白鳥氏だから…というわけでもないのだろうけれど、明らかにこの作品のモチーフは昭和27年の「白鳥事件」ですね。私もこの事件には気になることがあって、昔のホームページ「小樽日報」に書いた一文をごそごそ引っぱり出して来ました。小樽も一昨日初雪どーんです。


 
▼ 一月の札幌 @  
  あらや   ..2019/11/17(日) 15:55  No.714
   昭和二十七年一月二十一日の午後七時半ごろのことである。札幌市内を蔽った雪は、暮れたぱかりの夜の中に黒く吸い込まれていた。
(松本清張「日本の黒い霧」)

 昭和27年は私が生まれた年。敗戦から七年。朝鮮戦争。この時、松本清張、43歳。前年、「西郷札」が直木賞候補に。さらにこの27年に入って、「或る『小倉日記』伝」を三田文学に発表し、本格的なプロの作家生活に入って行く。作家としては遅いデビューだったそんな頃、白鳥事件は起こった。

 南六条の西十六丁目辺りを二台の自転車が走っていたが、突然、銃声が聞えると、その一台は雪の上に倒れた。もう一台の自転車はそのまま、三百メートルくらい進んで、やがて闇の中に消えた。折からラジオは「三つの歌」を放送していた。
 この通りは通行人が疎で、凍てついた道の上を暗い街灯がぽつぽつとついているだけである。
 通行人の報らせで、すぐに警察の車が走って来て、警官が撃たれた男を抱き起して見て愕いた。その顔は札幌市中央警察署の警備課長白烏一雄警部であった。血だらけの死体の横には、乗っていた自転車が横倒しになっていた。
(同書より)

 
▼ 一月の札幌 A  
  あらや   ..2019/11/17(日) 15:58  No.715
   いつもこの件を読むと、不思議な気持ちになる。自転車? 一月の札幌で? それも、二台の自転車の銃撃戦?

 よほどの金持ちでもなければ自動車なんか持てなかった昭和27年、冬でも自転車に乗る奴もいたのだろうか…(警官なら、使うのかな?)

 「冬の自転車」が登場する作品を、十年に一回くらいの割で発見します。

 『ああ、ここの麦畑もすつかり雪の平野になりましたのね』
 門馬は自転車をとめて、国子のトランクのぐらつくのをなほした。細引をしめなほしてゐると、門馬は寒風に吹きさらされてゐる自分の頬に熱いものが一滴こぼれ落ちた。白いえぞ富士がまるで夢のやうに灰青色の空に浮き出てゐる。
(林芙美子「田園日記」)

 この時は、まだ松本清張の「日本の黒い霧」は読んでいません。だから、十二月の倶知安に自転車乗ってる馬鹿なんかいるかよ…まったく内地の作家はおもしろい北海道を描くもんだな…と笑っていたものだけど。もしかしたら、無知はこっちなのだろうか。

 私はその頃、札幌市内の中学一年生であった。この事件を報じる新聞記事には、白雪に血が染まっているといった見出しがついていたように思う。私の通っていた中学校の通学区域もこの現場とそれほど遠くはなかった。中学生であったから、私には事件の背景など知る由もないが、現在に至るもその新聞記事の内容が気にかかっている。
(保阪正康「松本清張と昭和史」)

 保阪さんは説得力に欠ける松本清張推理の典型としてこの「白鳥事件」に言及はしているけれど、別段、この「冬の自転車」の怪については何もふれていませんね。札幌の人でさえこうなんだから、やはり、これはありなのだろうか。知らないことが多い。(この白鳥事件の日、私はまだ母親のお腹の中にいたのが残念です)


▼ 「人間像」第61号   [RES]
  あらや   ..2019/11/09(土) 17:44  No.711
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本日、「人間像」第61号作業、完了しました。デジタル化にかかった時間、「56時間/延べ日数8日間」。現在のライブラリー収録タイトル数、「1210作品」。久しぶりの100ページ超の号ですから、こんなところか。

 同じ三十五年の一月から北野広(黒川隆)も入会している。第一作「サークルの春」(56号)から「反省書」(83号)まで十三篇を続けざまに発表した。教師であり共産党員でもあった彼の作品は、主題の明確なものであったが、それ故に独り善がりも目立ち仲間内ではあまり票を集め得なかった。冷静な筆致で描いた「旗と波と」(66号)だけは認められ三十八年度の二位に選ばれた。その後長い長いブランクとなったが、平成三年の定年後は時間から開放されコンスタントに発表している。
(針山和美/「人間像」の五十年)

その十三篇の第六作目『むしばまれゆく日々』。昭和二十年代後半の小樽風景がなんとも私には新鮮。毎号楽しみに読んでいます。伊藤整なんかより、はるかに面白い。


 
▼ 肋骨  
  あらや   ..2019/11/09(土) 17:47  No.712
  第61号には、もうひとつ興味深い記述を発見しました。これです。

 永利はそう云いながら、松枝の持っているハンカチを取り上げた。彼はそのハンカチで彼女の涙を拭いてやろうとした。すると松枝は、いきなり倒れこむようにして彼にすがりついてきた。激しく顔を胸に押し付けられて、それを支えるように松枝を抱えると、彼女の襟元から、甘酸っぱいような体臭が洩れた。
「あたしは誰も頼る人なんかいないのよ。だからあたしは、永利さんだけにしか頼れないのよ」
 松枝は早口でそう云うと、なおも激しく身体を押し付けてきた。
「松ちゃん、痛いよ。此方側の胸は骨がないんだよ」
(土肥純光「花月荘」)

吉村昭の重要なキーワード〈肋骨切除〉。吉村昭は21歳(昭和23年)の時、結核の症状悪化に伴い、当時ほとんど前例のなかった肋骨の切除手術に踏み切り一命を取り留めるわけです。切除した肋骨、五本。吉村昭の小説でも、この手術は当時の限られた一時期試みられた特殊な結核治療法というように表現していたと記憶しています。事実、他の作家や作品でこの治療法について言及したものを目にしたことはありません。それが突然『人間像』の作品の中に登場してきて、結構驚きましたね。


▼ 「人間像」第60号   [RES]
  あらや   ..2019/10/31(木) 14:33  No.710
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本日、「人間像」第60号作業、完了。デジタル化にかかった時間、「43時間/延べ日数7日間」。現在のライブラリー収録タイトル数は「1199作品」です。

意味はないが、十月中に終わって良かった。雪はまだです。小樽は昔から11/3「文化の日」あたりを初雪の目安にしてきたのですが、ここ数年はどんどん遅くなって来ている。小樽に引っ越してきた二十年前には、一晩で一メートルも雪が積もるような日がひと冬に一、二回はあったもんだが、ここ十年くらいは遭遇したこともない。明らかに地球は温暖化していると感じる。
台風十五号も十九号も真っ直ぐ東京に向かってやって来た。私たちの知ってる台風は、沖縄九州から日本海をまわりこんで荒れ狂い、北海道あたりでただの低気圧になってお終いというものでした。それが、あの十五号ですからね。考える間もなくいきなり関東上陸なんて吃驚。十九号の巨大な姿には肝が冷えた。未来の日本を見ているようだった。

第60号は、作業開始と共に、オリンピック・マラソンの札幌案が突然浮上して来て、その発表の日は悪い冗談だろうと思っていたら、翌日からはどんどん本気モードなんだということが判明してきた一週間でした。こんなこと、あるのね。どう転んでも、世界史的な不吉の予感がする。
話は変わるが、『いだてん』、楽しく毎週観ています。ピエール瀧入りのビデオも撮ってます。「人見絹枝」物語はテレビドラマ史上に残る名作だと思う。先々週の「小松勝」物語にも不覚に涙してしまった。私の〈東京〉オリンピックは、これで充分。来年の夏は『人間像』第100号あたりを走っていると思います。




 


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