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司書室BBS

 
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▼ 「人間像」第105号 前半   [RES]
  あらや   ..2023/02/02(木) 18:04  No.962
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久しぶりに「人間像」作業、再開です。本日、針田和明『薬価』、丸本明子『飛翔と落下』の二作品をアップしました。(丸本さん、復帰ですね…) 以下、佐藤修子『木地山の小芥子』、神坂純郎『水脈(第三回)』と続いていって、ラストはお約束の針田和明『阿片秘話(第五回)』となります。

沼田流人関連の仕事はまだまだ残っているのですが、あまりそこに集中しすぎるとまた流人像を見誤るという判断です。いつもの「人間像」の仕事に戻ることで少し頭を冷やしてから流人の仕事を再開したい。それに今は冬の真っ最中ですからね。ぼやっとしていると、雪に埋まっちゃう。



▼ 松崎天民2   [RES]
  あらや   ..2023/01/23(月) 17:06  No.953
  新聞記者なら、もう一人知ってるよ。

 お嬢様派出所を狙ふ
 色内町は四十四番地丸和乾物店の主人は元手宮辺にて筑港に雇はれ来りし石工なりしが、上部の営業計りでなく心までセメントで堅めた甲斐は近来メキ/\と身代上り行くに従ひ、以前の股引半纏はスツカリ小樽の海へ捨てゝ仕舞ひ専ら海陸物産商に手を出せしが、運の可い時は何処までも可いものにて日増に太り行く身代に一家の喜び一通ならず。屋号も丸和と称へ一族平穏無事安泰に暮し居るのみにては三面記事にならぬが、満れば欠くる世の習、此処の娘におうめ(一七)と云ふ一見廿歳計りの美形あり。其の心掛けも中々親父に譲らざる程の勉強女にて、昼は稲穂町の裁縫教授所に通ひ夜は付近の夜学校にての学問、それは/\感心な娘なれども、元より木で拵へたおうめ様ならず、何時しか人の情を知り初めてより紅お自粉に浮身をやつし打つて変つた近頃の素振に親父も眉を潜めそれとなく探険つて見れば、去る派出所の巡査某と唯ならぬ仲となり毎夜の学校をぬきにして然るそば屋の奥二階にてトンダ教授を受けて居ると解り、或る日娘の親しき友人に色々云ひふくめ内々意見を施して見たが中々聞かばこそ、矢も楯も通つたものにあらず、何がどうなるとも此の意中の人と添はねばならずとて、昨今二百三高地を振り立て/\派出所の前を日に幾回となく通過して居るとか。
(石川啄木「小樽のかたみ」)


 
▼ 探訪記者  
  あらや   ..2023/01/23(月) 17:10  No.954
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 天民は、日本の新聞探訪員について、「日本の新聞事業は未だ幼稚なもので、探訪員の取って来た種を、内勤記者が筆の先で事を誇大にしたり、又は其種の生命ともいふべき処を抹殺してしまふことがある」と明らかにしている。天民が密かに思っていることは、「新聞事業の発達するに連れて、今迄の無学な探訪員は淘汰されてしまい、更に内勤記者が探訪に出掛けて、自分で種を取り、自分で文を作るやうになるであらうと」、推測している。これは、『小天地』の詳細な探訪記事経て、ほぼ一〇年後に天民が『東京朝日新聞』の社会部探訪記者として実践していくのである。
(後藤正人「松崎天民の半生涯と探訪記」)

啄木の『お嬢様――』なんか、典型的な「筆の先」ですね。じゃあ、天民の探訪記事はどうなんだ…ということになるのですが、松崎天民の本をきちんと集めている図書館って北海道では皆無に近い。青空文庫には一作品だけだし、古書価はとんでもない値段だし。その点、後藤正人さんの『松崎天民の半生涯と探訪記』は四作品を全文掲載してくれているのでありがたい。初めて天民の文章の一端といったものに触れることができました。

 
▼ 木賃宿  
  あらや   ..2023/01/23(月) 17:12  No.955
   東枕の一列を見ると、両端の二人だけは白河夜船の様であるが、他の三人はなか/\寝入りさうもなく、何事か話をして居るので、耳聳(そばた)てへ聞くと、何れも土方仲間の、話すことは余程面白い。
「ヘヽン、これでもな、神戸の船渠(ドック)で働いて居った時分には、金廻りが好かったものぢやから、福原に遊びに行くぢやらう。すると貴様娼妓(じよろう)によ、情死(しんじゆう)を勧められた事もあつたからなア。何うぢや、豪(えら)からうが、遊びに行かんかい今夜……。」
 これは音吉といふ四十男が、酒に酔うての追懐(おもいで)らしい。
「天満座や福井座は面白う無いなア。芝居は南に限るが、遠い……一里もあらうなア。五階の傍(はた)には淫売婦(いんばい)の馴染みかおるが、それも遠いから行けん。ヘツヘツヘツヘツ。」
長蔵といふ三十一二の男は、斯(こ)ういって蒲団を被り、
「世間じやア恐ろしいものを、地震、雷、火事、親父といふが、俺等(おいら)の恐いものは雨より他(ほか)にないて。三日も降られてみい、口が餓(ひ)あがってしまうぜ。」
二十八九の青治郎といふのが、斯ういつた後は、名古屋……人夫……朝鮮……従軍……師団……など漏れ聞えて居たが、果(はて)は何れも鼾(かん)声雷(らい)の様に成てしまつた。
(松崎天民「木賃宿」)

 
▼ 酒場  
  あらや   ..2023/01/23(月) 17:15  No.956
   「やあ、来た、来た!」
 入口に近い壁に靠れていた痘面の靴修繕師が叫び出した。向うの隅の方の壁の下では、五六人の彼の仲間が、何か声高(こわだか)に言い争っていた。明三は、そこへ引ぱって行かれた。
「さあ、今度は俺が、誰かを殺してやる。その時、お前がまた俺の首に縄をまいてくれ」
 靴修繕師は、舌縺れしながら、呟いて彼にカップをさし出した。
「やあ、死刑の大将……」
 磨師は、例の奇妙な礼装をして、醉ぱらった手を彼に差延べた。
「お前様がその新聞に書いた人かね」
 ほんの、一碼くらいしかない躯幹(せたけ)の、もう七十くらいの鋳掛師が、食卓の傍に立上って、彼の顔を覗き込んだ。
「ふうむ、この人かい……」
 恐ろしく丈の高い、佝瘻の蜘蛛かなぞのような奇怪な頭をした火葬番の老人が呟いた。
「何故そんなに、皆、僕の顔を見るんです……」
 明三は、腹立しげに言った。
「いや、俺等は今、その男の事で、死刑になった人間の事で、喧嘩をしてたんだ。つまり、……」
 靴屋がまだ、言いきらないうちに、どこかからひどく醉ぱらった山口編輯長が出て来た。
(沼田流人「血の呻き」/第七章)

 
▼ 貧民窟  
  あらや   ..2023/01/23(月) 17:23  No.957
  『血の呻き』の函館の舞台には、どうして貧民窟の酒場や木賃宿が好んで使われるのだろう…といつも思ってました。あるいはこれは、流人のロシア文学(二葉亭四迷)趣味なんかがなせる技なのかな…と考えた時期もあったのですが、今わかりました。これは、松崎天民の「記者が探訪に出掛けて、自分で種を取り、自分で文を作るやうになる」その指向性に合致していたんですね。すると、あの『三人の乞食』の不思議な組立もわかるような気がしてくる。

 
▼ 沼田仁兵衛  
  あらや   ..2023/01/23(月) 17:30  No.958
   彼は、最初私等の宿に来た時、その薬箱を首に懸けたまま、冷たい板間に膝を折つて、両手を突て喋り始めたのでした。
『……渡世もちまして、親分さんと申上げます。背中に負ひましたる、菰包、首に吊げましたる頭佗袋の儀は、御免なすつて、おくんなさんし。……手前儀は、浅草観音堂椽の下に住居仕る、鍋蓋取太之助の、身内で御座んす。親分様縄張内通行の節は、立寄りまする家々軒下、通り縋りの橋の下、辻堂椽の下の儀は、御免なすつて、おくんなさんし。………』
 (中略)
『お前さんは、偉いね。本職なんだ、ね。それで、俺が、その、つまり「親分」かい。』
 宿主は、(私の祖父は)薄笑ひしながら、彼を凝視て言つたのでした。すると彼は、祖父の顔を窃視て、微笑しながら言ふのです。
『今時の奴等は、誰も「礼式」を知りません。』
 そして、ひどく取澄した顔をして、空虚な咳払を一つしたのでした。
『違ひない。』
 祖父は沈んだ顔をして、独言のやうに、愁はしげな声で呟いたのでした。
 彼は、私の古股引を一足盗んで、行つてしまひました。それが、何の『礼式』であつたのか私にはわかりません。つまり『今時の奴等は、礼式を知らない」のです。
 祖父はその時、薄笑ひしながら、呟きました。
『股引の儀は、御免なすつておくんなさんし。……』
(沼田流人「三人の乞食」)

 
▼ 後志の文化  
  あらや   ..2023/01/23(月) 17:34  No.959
   流人ははしめ地元紙に作品を寄せるが、『小樽毎夕新聞』にのった作品が松崎天民の眼にとまり、馬場孤蝶に推薦されて『三田文学』にのる。大正一〇年二月、秋田県土崎港から、小牧近江、金子洋文らによって、雑誌『種蒔く人』が出されたとき、やはり馬場孤蝶の紹介で小説『三人の乞食』がのる。文末に一九二〇・一一・二四とあるから、二二歳の作品である。しかしこの号は発売禁止となり流人は自分の作品がのったことを知らなかった。
 これより先大正六年から、倶知安、京極間一三・五キロメートルの軽便鉄道(京極線)の敷設工事がはじまっていた。土工たちは数か所の飯場に分宿させられて、苛酷な労働を強いられていた。その飯場を人々はタコ部屋(監獄部屋)とよんでいた。流人は倶知安にいて、その慘状を見聞する。そしてこのタコ部屋を素材に、長篇小説『血の呻き』(大一二・六 叢文閣)を刊行したが、発売禁止となる。
(後志管内文化団体連絡協議会編「後志の文化 ―人と業績―)

 
▼ 小樽毎夕新聞  
  あらや   ..2023/01/23(月) 17:37  No.960
  流人が書いていたという「小樽毎夕新聞」は、啄木の「小樽日報」と同じく現存していません。したがって、何編くらいの作品をそこに発表していたかはもう調べようがありません。ただ、天民の眼にとまった『三人の乞食』が「三田文学」に転載されたおかげで、今奇跡的に私たちの目の前にあるわけです。やはり、探訪の指向が〈木賃宿〉や〈酒場〉にあった天民にしてみれば得難い邂逅だったのではないか。流人には〈タコ部屋〉という技もありますしね。流人の年譜で辿ると、

15歳 大正 2(1913) 尋常小学校卒業、仁兵衛の木賃宿を手伝う

19歳 大正 6(1918) 8月東倶知安軽便線、工事始まる
20歳 大正 7(1918)
21歳 大正 8(1919) 11月 軽便線、倶知安〜京極間が開通
22歳 大正 9(1920) 沼田一家、孝運寺へ/写経開始
23歳 大正10(1921) 得度(一郎→明三)/『三人の乞食』
24歳 大正11(1922)
25歳 大正12(1923) 6月『血の呻き』出版

 
▼ 茨城民報など  
  あらや   ..2023/01/23(月) 17:41  No.961
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 さて、大正三年十月の朝日新聞退社だ。
 理由は幾つか考えられる。
 前回も述べたように、当時、朝日新聞の社内では勢力争いが激しかった。
 そのゴタゴタに天民はいや気をさした。
 それから大正二年十一月に妻さく子を失なってのち、以前にも増して酒色におぼれ、生活が乱れた。
 一方で、『中央公諭』をはじめとする雑誌の売れっ子ライターとなる。
 世界を見渡すと、第一次世界大戦が始まり、日本はドイツに宣戦布告し(大正三年八月二十三日)、青島を占領する(同十一月七日)。
(坪内祐三「探訪記者松崎天民」)

天民は『新聞記者生活三十年』という一文の中で、大正三年十月の朝日新聞退社以後、「大阪の大阪新報、大阪朝日、傍ら雑誌『小天地』と『滑稽新聞』とにも関係して居た。東京では国民、東京朝日、毎夕、都、二六、中央と転々し、地方新聞では山梨民声、神戸又新、茨城民報などに関係した」と書いてますね。朝日新聞退社以後の大正四年からは、いわばフリーランスのジャーナリストみたいな形で全国どこでも自由に動けたのでしょう。『三人の乞食』以来の親交なのかもしれないし、「茨城民報など」の「など」の部分に函館新聞なんかが絡んで来るのかもしれない。


▼ 松崎天民1   [RES]
  あらや   ..2023/01/19(木) 17:53  No.945
  父が先生と呼んでいたこの二人は、フルネームが判らずじまいだったけれど、もう一人父が尊敬の念を抱いた表情で語っていて印象的だったのは、松崎天民という人だった。やはり東京からよく手紙や書籍が送られてきた。函館新聞社におられた頃に、独身だった父は時折り訪れては、半月くらい寄宿させていただいたものだと誰かに話しているのを聞いたことがある。東京といえば私にとって遠い他国のような感じで、父が「先生」という人がとても偉い人に思え、私たちとは世界の違う人という考えしかなかった。そして父もまた急に違った人間になったように感じられ、私はこの三人を思い出すと、いまだに不思議な感情におそわれるのである。
(佐藤瑜璃「父・流人の思い出」第五回/三人の先生)

ついに流人と函館の関係がつながった! そうか、松崎天民か。


 
▼ 藤田明三  
  あらや   ..2023/01/19(木) 17:58  No.946
   「君は、その……、何をする人かね」
 ブラシ髭の、泥醉者は訊ねた。
「何もする事がないんです」
「用事が……。ふうむ。字は読めるかね、いくらか」
「ええ、いくらかは……」
「読める。と、所で今日の新聞を見ましたか。……、記者を一人さがしてるんですよ。つまり君のような人を」
「あなたは、何者ですか」
「僕あ、その新聞の編輯、……長といった風なものですよ。唯一人でやっている。……所でどうです。その気はありませんか、ね」
「私を、買うと言われるんですね。すると……」
「ふうむ。買うと……まあそうですよ。君は話せる……。しかし……」
 泥醉漢は、嵐のような息吹をした。
「世界中から金を掃出しても、人間はやっぱり泥濘から這出せないんだ。この獣は……。買いますよ。確に。君の名は、何です」
「藤田明三」
「藤、田、明三――、ふうむ。N誌に書いた人ですか」
「そうです」
「真物でしょうね」
 彼は、顔をさしのべて覗いた。
「…………」
「何の事だ。失敬、失敬、僕は、山口善助。……その貴方がまた、何故この有様です」
「僕は、昨日ペンも売ってしまいました」
「唯事じゃあない。まあ僕の社へ行きましょう。そして、もし、もし、出来る事なら、あの新聞に手伝って下さい」
(沼田流人「血の呻き」/第一章)

函館の物語で、最初に出会うのがこの山口善助なのだった。

 
▼ 啄木  
  あらや   ..2023/01/19(木) 18:02  No.947
  松崎天民というと、私が最初に思い浮かべるのは啄木。

近頃の雑報の中で、今朝の愚童の火葬場の記事ほど、私の神経を強く刺戟したものはありません。あれは大兄がお書きになったものと思ひますが、私は彼の事実に就いて、いろ/\考へさせられます。
   一月二十五日              石川一
 松崎天民様
(書簡番号四〇七 明治四十四年一月二十五日本郷より 松崎市郎宛)

これは、東京朝日新聞社会面で大逆事件の現場キャップとして活躍していた天民の、特に明治四四年一月二七日の記事(死刑判決の内山愚童の火葬を追った記事)にいたく感激した啄木が葉書を送ったものです。天民は東京朝日新聞以前より「探訪記者」として広く名をとどろかせていました。

 
▼ 白面郎  
  あらや   ..2023/01/19(木) 18:06  No.948
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弔 石川啄木君       天民
啄木の君血を吐いて死にませし其の夜の夢に火の燃ゆる見き
大遠忌に賑へる春の真白日(まひるま)や静に送る君が御枢
蒼白う痩細りたる腕(かいな)して筆握りし日の君安かりき
若き妻を幼き子とを世に遺し天翔けり行くよ新人啄木
新しき歌人一人失ひて櫻花散る日の淋しく暮(く)るゝ

「大逆事件」つながり(啄木は東京朝日新聞の校正係。天民の書く大逆事件報道に大きく影響を受けた)だけかと思っていたら、それどころじゃない、選者・啄木の朝日歌壇の常連「白面郎」が天民だったり、啄木の葬儀報道記事が天民だったり、単なる社友の域を越えていますね。いや、これは勉強になった。

 
▼ 探訪記者  
  あらや   ..2023/01/19(木) 18:11  No.949
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明治・大正・昭和を生きた
型破りジャーナリスト!

日露戦争、足尾事件、大逆事件、
美食、盛り場、貧民窟…、
日本せましと駆け抜けた快男児、
その足蹟を追った傑作評伝

松崎天民(1878〜1937)
実家没落、丁稚や人力車夫で糊口をしのぐが、
強運もあって新聞記者の道を歩き始めた。
日露戦争下では庶民が喜ぶ美談を書きまくる。
一方、大逆事件では刑死者を追って
火葬場に忍び込み記事をものし、
現在でも貴重な証言となっている。
その興味はとどまるところを知らず、
銀座から貧民窟、流行や美食にまでおよんだ…。
(坪内祐三「探訪記者松崎天民」/帯)

片腕でも出来る仕事。今まで私は「小説」と「書」を想っていたが、「新聞記者」という解もありえる…と思うようになった。若き日の流人が夢見た人生は、あるいは、この天民のような世界ではなかったろうか。その結実として『血の呻き』が生まれた…と考えると胸がわくわくしてくる。

 
▼ 匿名希望の方(女性八十六歳)  
  あらや   ..2023/01/20(金) 10:58  No.950
  私が十八・九の頃だから、古い古い話だよ、沼田さんは二十三・四だったんじゃないかねえ。小樽の新聞社の人とか言ってたけど、いつも三〜四人の座敷でさ、函館から来たとかいうモダンな人や、ヒゲをたてたえらそうな人だった。沼田さんは一番若くてひとり者でさ、みんなにひやかされたりしていたよ。たまにしか来なかったけど覚えているよ。
(佐藤瑜璃「父・流人の思い出」第十六回/絵を描く)

松崎天民が函館にいた時期が確定できない。小樽新聞も関係してくるのか。流人の年齢の方から考えると、

21歳 大正 8(1919) 11月 軽便線、倶知安〜京極間が開通
22歳 大正 9(1920) 沼田一家、孝運寺へ/写経開始
23歳 大正10(1921) 得度(一郎→明三)/『三人の乞食』
24歳 大正11(1922)
25歳 大正12(1923) 6月『血の呻き』出版
26歳 大正13(1924)
27歳 大正14(1925) 1月小樽新聞に『キセル先生』
28歳 昭和元(1926) 9月雑誌「改造」に『地獄』

私は匿名さんの「二十三・四」を信じます。水商売の人の、男を観察する眼は学者先生の比ではないから。下の引用二つは、雪が融けたら函館に行く時のメモです。

 
▼ 偽看守  
  あらや   ..2023/01/20(金) 11:05  No.951
   暗い船艙のような陰気な編輯室の片隅には、汚ない床の上に直接に、汚れた襯衣一枚の男が、乱醉して寝ていた。山口は。彼を指さして咡いた。
「あれの死刑があるんです。ほら、あの脱獄囚の……」
「これが、それですか」
「いや。これは、その看守ですよ。……所で、貴方は……」
 二人は、長い間恐ろしい陰謀でも企てているように、ひそひそと咡き合った。
「じゃあ、偽看守君の健康を祝して……」
 骨ばった顔の山口が、薄笑いしながら咡いて、僅かばかり残ったウヰスキーの瓶を彼にさし延べた。彼は、沈黙ってその苦い滴を甜めるようにした。
「八時間後に、あの世に旅立つ死刑囚君の健康を祝して……」
 山口は、恭々しく一つ頭をさげて、その残滓を飲み干してしまった。
 明三は、長く乱れた髪の上に監獄の看守の制帽を被った。それから、自分の背広を脱ぎ捨ててそこに揉みくちゃにしてある、看守の古びた制服を着た。服は垢じんで重たく疲れた湿っぽい汗の臭いがした。彼は、外套を着て、その頭巾を頭からすっぽり被ってから、埃に汚れた窓硝子に顔をあてて戸外を覗いた。
(沼田流人「血の呻き」/第四章)

 
▼ 時計師  
  あらや   ..2023/01/20(金) 11:08  No.952
   彼は、石を投げて遊んでいる子供たちの群から離れて、寂しそうに立っている彼女の側へ歩いて行った。娘は汚れた緑色の短い洋服を唯一枚着て、小さな破靴を穿いていた。
「何を、してる………?」
 彼は、嗄れた声できれぎれに訊ねた。
 娘は、自分の唇を指して、物を言えない事を告げた。彼は、戦慄した。熱に顫える病獣のような瞳を光らして、彼女の肩に手をかけた。
「ね、いい花を買ってやろうか」
 娘は首を振った。
「いらない? じゃ綺麗な靴を買ってやる。おいで………」
 唖の娘は、星のように輝く瞳で彼を凝視め、哀れな自分の靴を指さして、手を叩いた。そして両手を捉って、恐しい時計師に随いて来た。
 彼らは、夕暮の街々を、綺麗な靴を探ねて歩いた。彼は、重い鎖を首に吊されているように俯れた。そして時々間歇的に立止っては身慄いした。
 遂に、夜は黒い幕を垂れる。
(沼田流人「監獄部屋」/後編)


▼ 迎春   [RES]
  あらや   ..2023/01/01(日) 09:52  No.944
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今年もよろしくお願いします。

去年の暮れに人間像ライブラリーにとって大きな展開があり、今、あれこれ動く計画を立てているところです。「人間像」は第105号からのスタートになりますが、百号通過を記念して今一度神田美術館に戻って来ました。



▼ 「人間像」第104号 前半   [RES]
  あらや   ..2022/12/04(日) 18:57  No.940
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柚木完三は、三十代のはじめからかかって十年間準備をつみ重ね、そのあとつづいて二冊書いた。中の一冊はモデル問題をおこして、主人公周辺の家族たちがやたらうるさくて、発行と同時に絶版になってしまった。だが幸いもう一つの方が、十年以上も生き残って、今夜の、こういうことの原因になったりしている。
 だが、柚木完三はこの十年間、完全に打ちひしがれて、挫折感のとりこになり、再起不能の実状である。
(朽木寒三「柚木完三の孤独な人生」)

十二月より「人間像」第104号作業スタートです。先ほど、朽木寒三『柚木完三の孤独な人生』をライブラリーにアップしました。(作業していて、ちょっと涙出た…) 以下、内田保夫『残照の中の華』、佐藤修子『未だ見ぬ子へ』、針田和明『志保』、神坂純郎『水脈(第二回)』、針田和明『阿片秘話(第四回)』と続きます。


 
▼ 未だ見ぬ子へ  
  あらや   ..2022/12/08(木) 10:07  No.941
  本日、佐藤修子『未だ見ぬ子へ』、アップしました。「属望」「非害」「異和感」などの表記は作者独特の言葉づかいですので直さないでそのまま載せてあります。唯一直したのは、

フォーカスのかかった画面には、鈴蘭のような花替をさして微笑んでいる朋子の白いふくよかな顔、

いくつか漢和辞典を引いても「花替」という言葉は見つかりません。これが「花簪」の誤植(旭川刑務所製)だと気がつくのに三十分くらいかかりました。まだまだ修行が足りない。これから、針田和明『志保』にかかります。

 
▼ 阿片秘話  
  あらや   ..2022/12/14(水) 17:50  No.942
   薬学部が小さくみえた。広いと思っていた廊下が狭くみえた。コンクリは冷たかった。廊下を歩いている人間は見知らぬ者が多かった。慣れた戸をあけた。俺の研究室、なつかしい研究室だ。エーテルのにおいがする。
 驚いた。
 席がなかった。見たこともない若い研究生がビーカーをふっていた。
(針田和明「志保」)

針田氏が北大薬学部時代を語るのは、この『志保』が初めて。ここ数号、「野田良平」を主人公とした作品が続いているのですが、文章は明るく朗らかで楽しく読んでいたのです。でも、ここに北大薬学部時代のピースが一枚加わると、ちょっと針田作品の読み方が変わって来るな…と感じています。『阿片秘話』も、今までは博覧強記の作家・針田和明が書いている…と軽く受け取っていたのですが、もしかしたら、薬学部出身の針田和明が針田和明にしか書けない最終論文を書いている…と思うとなにか鬼気迫るものを感じ始めました。

その『阿片秘話』を進行中です。第104号はなにか異例のスピードで進行していて、もしかすると、あと二、三日でフィニッシュかもしれない。

 
▼ 「人間像」第104号 後半  
  あらや   ..2022/12/17(土) 11:46  No.943
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昨日、「人間像」第104号(約160ページ)作業、完了です。作業時間は「90時間/延べ日数15日間」、収録タイトル数は「1991作品」になりました。
インクが薄いので原版の解像度を一段上げたのですが、その作戦が上手く当たったみたいです。次号もこれでやってみよう。

■前号を出して間もなくの今春、千田三四郎が二冊目の単行本『詩人の斜影』を創林社より刊行した。本誌93号に発表した作品である。なお三冊目も計画に乗っており、刊行が待たれる。平木国夫は「日本ヒコーキ物語」全十巻のうち二巻を冬樹社より出版、執筆人生も定着したようである。『空気の階段を登れ』が文春文庫に収容された。文庫本といえば、朽木寒三のロングセラー『馬賊戦記』も徳間文庫に入ることが決まり、また久しぶりに三冊目の単行本の話が進んでいるそうで、仲間が雑誌の枠からはみ出して活躍することは喜ばしいことである。
(人間像・第104号/編集後記)

「人間像」、最盛期ですね。


▼ 「人間像」第103号 前半   [RES]
  あらや   ..2022/11/02(水) 16:32  No.934
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十一月より「人間像」第103号作業を再開。先ほど、神坂純郎『水脈(第一回)』をライブラリーにアップしたところです。以下、佐々木徳次『春は名のみの』、針山和己『山中にて』、金沢欣哉『温泉ノート』、白鳥昇『松露と蟹のパテ』、福島昭午『呪縛の里』、針田和明『蛇行』と小説6編が続きます。そして、巻尾はここのところお約束の『阿片秘話(第三回)』ですからね。帰って来たなぁ…という感じが半端なくする。

もう十一月か… 初雪があったり、庭の樹の冬囲いやタイヤ交換やらなきゃならなかったりで、作業時間は夏場に比べるとかなり減りますね。


 
▼ 春は名のみの  
  あらや   ..2022/11/10(木) 17:15  No.935
   春は名のみの風の寒さや
 谷の鶯歌は思えど

 野崎はこの歌が好きだった。この曲が流れるのは、きまって年が明けて寒い冬のさ中である。春を待つ人の心がこの歌を求めるのであろうか。前を走る車の中にいる緋沙子親子たちに、本当の春の来るのはいつのころであろうか。
(佐々木徳次「春は名のみの」)

こういう作品に感じ入ってしまうのは、年とったってことなのかな。

 
▼ 山中にて  
  あらや   ..2022/11/10(木) 17:20  No.936
   それにしても、吉川の単独犯だろうか。打田らと組んでの共犯なのだろうかと考えたが、もちろん結論など出なかった。ただ、なんということもなしに、吉川の単独犯だったかも知れないと思うのであった。いずれにしても、今さら罪もない遺族の人々に、苦汁をなめさせることはないと思った。彼は小笠原老人への電文を考えながら、さらにアクセルを踏みこんだ。
「オオムラセイジシノイショワ ホンニンノモノニマチガイナシ イデカツジ」
(針山和美「敵機墜落事件」)

1979年4月発行の「京極文芸」第十号ではこのようだった結末が、八ヶ月後の12月発行の「人間像」第103号の『山中にて』では百八十度異なる展開をみせます。私は京極町の図書館時代、当然『敵機墜落事件』の方を先に読んでいますから、単行本の『山中にて』に出会った時は腰が抜けるほど驚きましたね。と同時に、針山氏の作家としての力量を嫌というほど感じました。以降、どんどん針山氏にのめり込んで行くことになった忘れられない作品の一つです。

 
▼ 呪縛の里  
  あらや   ..2022/11/15(火) 12:48  No.937
   トーマル地域といっても、かなりの面積である。古宇川の上流にいくつかの支流がある。峠あたりが分水嶺であろう。昭和二十三年の雪解け後に、樺太引揚者十七戸が入殖した。その場所を正式の公文書で「トーマル殖民地」としている。
 トーマルの奥地は戦前も時を隔てて何戸か入殖を試みた人々がいた。いずれも敗残の憂き目にあっている。明治から大正末期にかけては山師もかなり入ったという。金床や銀床を見つけにである。たしかに金銀を含んでいたが、品位が低かった。
(福島昭午「呪縛の里」)

先ほど、福島昭午『呪縛の里』をライブラリーにアップしました。白鳥昇『松露と蟹のパテ』はすでにアップ済み。これから針田和明『蛇行』に入ります。

昔、デジタル・ライブラリー化をあれこれ模索していた頃、この第103号を実験台にしていたことを『呪縛の里』を読んでいて思い出しました。なぜ第103号だったかというと、この号が私の持っている「人間像」では最古の号だったから。「トーマル」じゃないけど、なんか、懐かしい地点に戻って来たなぁという気がしてます。

 
▼ 蛇行  
  あらや   ..2022/11/21(月) 14:24  No.938
   「俺もこういううちに住みたいな」と、良平がいった。
「良さん、はやく芥川賞とれよ」と、康夫がいい、「賞をとったら、夢ではないぞ」と、にやっと笑ってつけ足した。
「俺はいつも直木賞だ、芥川賞だ、といって一作完成するたびに吹聴してるんだ、ところが反響をうかがうといつも駄目なんだなぁ、(中略) 俺が『北方文芸』でさんざん痛めつけられるのもわかるな、作品がよければ評価も違ってくる筈だ、それまで書きつづけてやるさ」と、良平はいった。
「良さん、どんどん書くといい、それをまとめて本にするといいんだ、俺、百冊位さばいてやるから」と、道昭がいった。
「俺は五冊さばけるぞ」と、康夫がいった。
(針田和明「蛇行」)

『北方文芸』…には吹き出してしまった。私も、『人間像』のデジタル復刻なら喜んでやるけど、『北方文芸』の復刻なんて全然意味が見出せませんけどね。針田さんの本って、結局、この世に現れていない。「人間像」の仕事が完了して、まだ指が生きていたら、渡部秀正さんと針田和明さんの本は製本してみたい。

 
▼ 「人間像」第103号 後半  
  あらや   ..2022/11/30(水) 10:05  No.939
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昨日、230ページの「人間像」第103号作業、完了しました。作業時間は「174時間/延べ日数32日間」、収録タイトル数は「1979作品」。

インクが薄くOCRで読み取れず、『阿片秘話』の辺りからはほぼ手打ち作業となったのでミスが多いかもしれません。時間の割に日数がかかっているのは冬支度のあれこれに時間をとられたためです。
地球温暖化をまざまざと感じる十一月でした。昨日まで降雪がなく、せっかく作った庭木の冬囲いもネットシートの間抜けな青色をさらしていました。今朝、ようやく雪が降り始め、なんとなく冬の覚悟がついたところです。
さあ、第104号。先ほどちらっと見たのですが、小説部分の活字が幾分大きくなっている。ありがたい。インクは相変わらず薄いけど。


▼ 脇方の思い出   [RES]
  あらや   ..2022/10/31(月) 16:40  No.932
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 掘れば無くなると判って居る。過去五十年、長かったとも短かかったとも言えるが、開山当時から関係し、終山式まで見届けたという例はあまりない。先日御招待を受け、懐かしの脇方へ参上し、昔ながらの山神社社殿で終山式、次いで殉職者慰霊碑の参拝、採掘の見学などをし、誠に感無量だった。
 第二の故郷ともいうべき脇方に再び訪れるのはいつの日のことか? 次に行われた京極公民館での開宴の際、乞われるまま壇に立ったが、喉がつまり声が出ずに見苦しい顔を御見せした事を御詫び致します。
(大町政利「脇方の思い出」)

佐々木六郎著『わっかたさっぷ』の中から、大町政利の文章『脇方の思い出』をライブラリーにアップしました。大正八年に鉄道院北海道建設事務所が発行した『東倶知安線建設概要』以外、倶知安―脇方間の鉄道が生まれた「事情」を語る資料が身近になく、昔から『脇方の思い出』を使わせていただいています。鉄道関係の文献や当時の新聞記事などはあまり調べていません。私が知りたいのは、東倶知安線が生まれた「事情」であり、タコ部屋が生まれた「事情」だったのです。


 
▼ 文芸作品を走る胆振線  
  あらや   ..2022/10/31(月) 16:45  No.933
  『脇方の思い出』を今一度精読するにあたり、京極高徳と大町政利について私の事実誤認がありました。従って、ライブラリー上の『文芸作品を走る胆振線』を廃棄することにしました。
これを発表した当時は武井静夫著『沼田流人伝』の影響下にあり、当然、『血の呻き』はこの世に存在しないという前提で書かれています。今回、京極高徳と大町政利についての事実誤認が明らかになってからも、その部分を書き直したりもしたのですが、土台自体が歪んだ状態での書き直しは無理とわかり、文章全部の廃棄を決心しました。
将来的にどうするかはまだわかりません。しかし、この度『血の呻き』から『監獄部屋の人々』までの流人作品を読み返した経験は大切なものだと思うし、いつもの「人間像」作業に復帰することで冷静を取り戻したなら、それでも書きたいことが残っているのならば、その時は書きたいと考えています。

流人復刻のきっかけとなったプリンター故障ですが、やはり、プリンターを買い替えました。一時的に直ったかに見えたのですが勘違いでした。その後、どんどん色の調子が狂い、筋が入り、もう駄目だ!となったわけです。時局というべきか、三年前の値段の倍になっていたのには驚いた。


▼ 監獄部屋 前編   [RES]
  あらや   ..2022/10/15(土) 09:53  No.926
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昨日、『監獄部屋』前編をライブラリーにアップしました。ルビ処理で丸々一日かかってしまった。前編の内容は先日アップした『地獄』と同じですから、新字新かなの取扱いについて、北海道文学全集編集委員会と比較していただけると有難い。(幾分踏み込んだ処理をしました…)

伏字について。『北海道文学全集』の場合は、「三人の監視者は、……………葬ってしまった」のように、三点リーダー(………)のみで表記されていたのですが、金星堂版は、

 「三人の監視者は、     、……………葬ってしまった」

のように、三点リーダー表記と空欄表記の二種類が使われている。私は空欄表記の字数を数えて忠実に表記しましたが、たぶんこの空欄が原因で、えあ草紙で読む場合に一行が時々間延びする現象が起こっています。残念だけど、今のところどうすることもできない。機械の故障でも、私のミスでもありません。みんな、伏字が悪いんです。


 
▼ ペルシャの坊さんの物語  
  あらや   ..2022/10/16(日) 09:22  No.927
   これらのことは、あまりに奇怪な話だ。
 この聖代に行われた事とは思われぬ。
 きっと、ペルシャの坊さんか何かの物語だろうと、或人が言った。
 私も、そう思う。確実(たしか)にそうだと……。こんな事実が眼を蔽わぬ人の総てに見得るのは、きっと今の世が、その聖代でも何でもなく、ペルシャの坊さんの物語の世界だからであろうと……。

いや、凄い。『血の呻き』にも聖書や仏典の引用はふんだんに散りばめられていたけれど、流人はタコ部屋の光景に聖書などの世界を発見(みつけだ)そうとしていることにちょっと感動した。『血の呻き』に見られた「啜り泣いた」みたいな甘い表現が削ぎ落とされていて、ここに『地獄』を経て来た流人の進化がある。さらに、伏字でずたずたにされて、世界の姿が明瞭に見えないことが奇異(ふしぎ)な効果を与えている。

書という芸術領域に目覚めたのか、あるいは、美人の奥さんをもらって自分の人生と和解したのか、私は、流人を、『血の呻き』の内面世界を棄てて、タコ部屋を語る倶知安に住む知識人の道を選ばざるを得なかった人と思っていました。だからこそですが、流人の内面にまだ「ペルシャの坊さんの物語」が生き残っていたことに驚きもし、感動もしています。晩年、流人が書いていたという原稿『ライチシの涙』、読んでみたい、どこかに奇跡的に残っていないものか。

 
▼ 再び通りすがり者さま  
  あらや   ..2022/10/18(火) 10:55  No.928
  先ほど、『監獄部屋』後編の中に、

そして、陰鬱の檻の中に、孤独(ひとり)で跼(かが)まった。

という箇所を見つけました。「かがむ」「かがまる」は北海道(と言っても、石狩・後志地方しか知らないが…)で使います。「かがむ」は一般的に日本のどこでも使われると思いますが、「かがまる」は「食べらさる」などと同じく北海道独特の用法です。私も、子どもの時に、「かがまらさって」などと言ってました。

ちなみに、掘る会の「せぐくまる」ですが、七十年近く生きて来て、北海道でも東京でも、身のまわりで「せぐくまる」を使った人を知りません。

 
▼ 監獄部屋 後編  
  あらや   ..2022/10/21(金) 18:09  No.929
   それは、怖ろしい印刷だ。
 そこにも、ここにも惨に押込められた活字が、苦悶している。呻吟している。
 鉄鎖のような枠が、辛うじて彼らをそこへ締めつけて動かさないのだ。全面に互るこの甚しい誤植は、読むに耐えないじゃあないか。
 何と言う暴戻な大組だ。それにこの錯誤だらけのルビは…………。
 彼らはケースを泥濘の中へ倒壊(ひっくりかえ)した。

いや、後編、難しい。というより、混沌としすぎている… 『血の呻き』の幼女殺しの発端が一瞬垣間見えたり、そうかと思えば、『監獄部屋の人々』を予感させるような退屈な「タコ部屋」論があったりとぐちゃぐちゃだ。伏字がさらに拍車をかける。

上に引用した部分、なんと言えばよいのだろう。これは、活版印刷の活字を組んだ枠ケースをタコ部屋に見立てているのだろうか。「タコ部屋」論の次に、「さて、どこに行ったものだろう」として、この彼(活字)の物語が劇中劇のように唐突に始まるのだからたまらない。『血の呻き』から随分遠いところへ来ちゃったものだ…と感じました。

 
▼ 監獄部屋の人々  
  あらや   ..2022/10/21(金) 18:14  No.930
  『血の呻き』―1923年(大正12年)6月発行
『地獄』(雑誌「改造」)―1926年(大正15年)9月
『監獄部屋』―1929年(昭和4年)2月

『血の呻き』で始まった沼田流人の小説活動は、九年後の『監獄部屋』で終わりを迎えると考えられます。今のところ、『監獄部屋』後、活字になった流人の作品は、

『監獄部屋の人々』―1960年(昭和35年)7月

実に三十年の沈黙を破って、『日本残酷物語 第五部 近代の暗黒』に収められたこの一編しか私は知りません。(これからも探す努力を続けたいと思います)

一応、記録として。『監獄部屋』166ページ、『監獄部屋の人々』25ページに対して、作業時間は「70時間/延べ日数12日間」でした。
流人関連として、もう一作品、大町政利『鉄石山人』という作品を手掛けて、十一月には「人間像」作業に復帰する予定です。あともう一つ。壊れたコピー機ですが、この前、用があってコピー機能を使ったら、なんと治っていました!

 
▼ Re:監獄部屋の人々  
  通りすがり   ..2022/10/31(月) 00:23  No.931
  あらや様

跼(せぐくま)は、近代文学作品において僅かながら用例があるので判断しかねていました。

“跼(せぐくま)”の例文|ふりがな文庫
https://furigana.info/w/%E8%B7%BC:%E3%81%9B%E3%81%90%E3%81%8F%E3%81%BE

>跼(かが)まる
あらや様のおっしゃるとおり、北海道で使われている言葉ならば、その「読み」にて解釈したくなります。検証ありがとうございました。参考にさせていただきます。


▼ 血の呻き   [RES]
  あらや   ..2022/09/21(水) 09:43  No.918
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またプリンターが壊れてしまった。これで二回目。原因は解っています。コピーの取りすぎ。小資本の個人商店ゆえ、地方公務員や大学研究者が使っているようなリース料月額ン万円もするコピー機は無理です。金もスペースもない。量販店で売ってる安いコピー機でやってます。
スキャナ機能はまだ生きているので、京極時代に作った〈沼田流人〉関連の資料を全部スキャンしておくことにしました。機械を買い替えることは決定済みだけど、その新しいコピー機の負担を少なくするためにも、今できる作業は全部今の機械でやっておこうと考えたのです。
『血の呻き』、『地獄』、『監獄部屋』、『監獄部屋の人々』(日本残酷物語・第五巻)…、活字化された流人作品を次々スキャンし、OCRにかけてるうちにだんだんと腹が立ってきた。頭の中に、昔、「札幌郷土を掘る会」が編集発行した『小説「血の呻き」とタコ部屋』を思い出すからだ。


 
▼ 小説「血の呻き」とタコ部屋  
  あらや   ..2022/09/21(水) 09:46  No.919
  発禁になっただの、タコ部屋に潜入取材しただの、雪子と菊子が姉妹だの、妄言の限りを尽くす「札幌郷土を掘る会」には以前からあれこれ言いたいことが山ほどあるのだが、今は反論しないことにした。その代わり、『血の呻き』を全文復刻する。人間像ライブラリーに。
誰もが直接に『血の呻き』を読むことができさえすれば、〈沼田流人〉にまつわる意図された言説は自然に淘汰されて行くことだろう。それを信ずる。それがライブラリーだ。

というわけで、「人間像」作業を一時中断して、九月初旬より『血の呻き』のデジタル化を進めています。全五十章のうち、現在、第二十五章を終えたところです。暫定的に作業をまとめ、現在、「第一〜十七章」をライブラリーにアップしています。以下、「第十八〜三十八章」「第三十九〜五十章」と三つのテスト版を発表し、最終的に、全五十章を統合した『血の呻き』完全版に至る予定です。

「札幌郷土を掘る会」が云ってるような、『血の呻き』に第一部〜第三部などという構成はありません。第一章から第五十章までの「藤田明三」を巡る物語が展開されているだけです。もうすぐ「第十八〜三十八章」部分もアップされるでしょうから、『小説「血の呻き」とタコ部屋』がどういう本なのか、より明瞭になると考えています。

 
▼ 沼田流人伝  
  あらや   ..2022/09/21(水) 09:50  No.920
  『血の呻き』作業が完了したら、参考として、『地獄』も復刻してみたい。

沼田流人・ぬまたるじん。
明治三一年(一八九八)六・二〇―昭和三九年(一九六四)一一・一九。小説家。岩内郡老古美村(現・共和町)生まれ。はじめ山本一郎といい、明治三八年に養子となって沼田明三となる。大正一〇年二月の「種蒔く人」(秋田版)に小説「三人の乞食」が掲載されたが、発売禁止になったため本人はその事実を知らなかったという。倶知安・京極間の軽便鉄道の敷設工事がはじまったのは大正六年からだが、倶知安に居住していた流人はその土工たちの悲惨な労働を見聞し、それをもとに長篇小説「血の呻き」(叢文閣、大一二・六)を刊行した。発売禁止になったが、同じ素材によったのが同一五年九月の「改造」に載った「地獄」である。ついで昭和五年には「監獄部屋」(金星堂)を上梓した。流人は倶知安の地で労働運動の協力者として地味な生活を送ったが、戦後の二三年五月から倶知安高校で書道の講師を勤め、その地で没した。
(北海道文学全集・第六巻/沼田流人略歴)

北海道文学全集は事もなげに「発売禁止になった」と言ってるが、きちんと調べたのだろうか。「同じ素材」と断定したのは誰。(沼田流人はすでに亡くなっている)

流人についてのすべての誤読の出発点が、この、「北海道文学全集」の『地獄』だと私は認識しています。その、1980年6月(第六巻の発行日)の地点まで戻ることには意味があると考え、ここに復刻する次第です。

 
▼ Re:沼田流人伝  
  通りすがり者   ..2022/09/23(金) 20:17  No.921
  はじめまして。
最近、沼田流人『血の呻き』(国立国会図書館デジタルコレクション公開のPDF)を通読して感銘を受けた者です。
あらやさんが公開しておられる「えあ草紙」版は読みやすくて助かります。復読時に利用させて頂きます。

私は、沼田流人について理解を深めたいと考えて『小説「血の呻き」とタコ部屋』、『北海道文学全集・第六巻』、武井静夫『沼田流人伝 埋れたプロレタリア作家』を取り寄せました。
そのほか、Google検索の過程で、京極町立生涯学習センター湧学館による『血の呻き』完全復刻版や「沼田流人マガジン」の存在を知りました。興味があります。

あらやさんのご指摘のおかげで、例の『文学全集』や「掘る会」等の記述を鵜呑みにせずに済みました。
じつを申しますと、掘る会さんが<跼る>に添えたルビ「せぐくまる」についても判断しかねておりました。他の文学作品に用例はあるものの、国会底本『血の呻き』にそのように読ませるルビが見当たらないためです。北海道地方の方言なのでしょうか。

長々と失礼致しました。
あらやさんによる『血の呻き』復刻版テキストの完成を楽しみにしています。


追伸

第2章 「オルトフオルソの滴のように」(国会底本16頁)
第11章 「秋誇草」(同上144頁)

恥ずかしながら、『血の呻き』本文において、上記語句の意味を理解することができませんでした。ご教示いただけないでしょうか。

 
▼ 通りすがり者さま  
  あらや   ..2022/09/24(土) 11:50  No.922
  読んでくれる人がいたことに、大変勇気づけられています。ありがとうございます。これからも復刻を続けます。

このスレッドに使われている『血の呻き』画像は、湧学館に勤務していた時代に作った『血の呻き』完全復刻版の画像です。北海道立図書館所蔵の『血の呻き』を参考に復刻しました。(現在は劣化が激しいためか「館内」図書になっています) 『沼田流人マガジン』は、いつか「人間像ライブラリー」〈新谷保人〉で発表することがあるかもしれません。

「オルトフオルソ」は私もわかりません。ただ、流人の外国語理解は独特で、例えば、『血の呻き』に出てくる「ソップ」が「スープ」の意であることに気づくのに私は数ヶ月かかりました。ライブラリーで読んでくれる人が増えれば、意外なところから解答が出てくるかもしれません。そういうことを期待して、復刻に励みます。

 
▼ 第十八〜三十八章  
  あらや   ..2022/09/28(水) 11:21  No.923
  先ほど、『血の呻き』の「第十八〜三十八章」部分をライブラリーにアップしました。

「札幌郷土を掘る会」が第二部と云っている部分ですが、厳密にいうと、「第二部」に対する解釈がちがう。「掘る会」が復刻したのは「第十七〜三十五章」です。『血の呻き』をタコ部屋告発の書として捉えるのならばそれで充分なのかもしれないが、私にはそれは不満だ。私は『血の呻き』を、函館(貧民窟)―倶知安(タコ部屋)―函館(貧民窟)を舞台とした藤田明三を巡る人々の物語と捉えていますから、その観点からは、第一部のフィナーレは「第十七章」だろうし、第二部のクライマックスは「第三十六〜三十八章」の白熱の展開に尽きるように思える。
函館の〈明三―時子―靴修繕師〉の構図は、ネガポジ反転のような形でタコ部屋の世界に持ち込まれているのだが、「掘る会」の復刻では、靴修繕師(くつなをし)は単に監視者たちに虐殺される可哀想な人たちの一人でしかない。何だ、これは。
もうひとつ。第二部ということもあって、今回は『小説「血の呻き」とタコ部屋』を注意深く参考としたが、その過程で、「掘る会」が『血の呻き』に付けたルビと沼田流人本人が付けたルビがごっちゃになっていることに気がついた。漢字の読みに結構な自信があるのかもしれないが、復刻としては致命傷ではないだろうか。

 
▼ 全五十章  
  あらや   ..2022/10/03(月) 10:57  No.924
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本日、「第三十九〜五十章」版と「全五十章」完全版の二本をライブラリーにアップしました。まだまだ語彙が不安定な部分もありますが、それはこの後復刻する予定の『地獄』『監獄部屋』などの作業の中で細かい修正を加えて行きたいと思います。今回、完全版の方には「復刻について」の一文を付けました。

 『血の呻き』の復刻について (新谷保人)
@本文を新字新かなに改めた。ただし、送り仮名については旧かなの表記形を残してある。
A本文中のルビはすべて沼田流人が施したもの。
B「宛然(まるで)」「軈て(やがて)」「加之(しかも)」など、現在ではあまり見られなくなった表記については、ひらがな表記に直した。
C「襤褸」「欷歔」「闃寂」、あるいは、「跼る」「跪く」「蹲る」「踞る」など、沼田流人が意識的に使用している語彙については全てそのまま残した。

「旧かなの表記形」を残すなど、あまり復刻作業としては意味がない努力ではありますが、なにかこうした方が『血の呻き』を書いている片腕の流人の息吹が伝わるような気がしたのです。

 
▼ 地獄  
  あらや   ..2022/10/09(日) 09:56  No.925
  昨日、『地獄』をライブラリーにアップしました。

一応、記録のために書いときます。『血の呻き』492ページ、『地獄』34ページ(二段組)に対して、作業時間は「166時間/延べ日数34日間」でした。『血の呻き』が「人間像百号記念号」丸々一冊分だとしたら、『地獄』は瀬田栄之助さんの長篇一本分くらいの作業量かな。

明三も時子もいないタコ部屋話は切なかったです。こうしないと、流人は倶知安の町で生き残れなかったのでしょうか。片腕がないということは大変なことです。それも、名誉の戦傷とか人助けで片腕を失ったわけではない流人の場合は。書とか小説というのは、片腕だけでこの世を生き抜くための流人の数少ない選択肢なのだと改めて痛感しました。

この後、『監獄部屋』〜『監獄部屋の人々』の復刻に入ります。『地獄』の単なる焼き直しだと思っていた『監獄部屋』ですが、今回参考に読み返してみて、焼き直しは「前編」部分だけであり、「後編」部分では、明三でも時子でも蝎でもヴルドッグでもない不思議な小説世界が展開されていることに気づきました。

頭が悪いから、ここで満足して「人間像」作業に戻ると、せっかく『血の呻き』復刻で得た作業上のノウハウが蒸発してしまうような気がするのです。


▼ 「人間像」第102号 前半   [RES]
  あらや   ..2022/08/17(水) 11:28  No.914
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8月11日より「人間像」第102号作業、開始です。先ほど、針田和明『食いたけりゃ食えや』をライブラリーにアップしたところ。針田さん、もの凄い。巻頭の『食いたけりゃ―』(126枚)に終わらず、巻尾には『阿片秘話(第二回)』が待っているんですからね。まさに、針田で始まり、針田で終わる第102号ではあります。

 近頃、ようやく道内同人が動きだしたようである。この数年、道内同人の執筆者といえば千田三四郎と針田和明の二人だけだったが、やっと他の同人も動きを見せはじめた。針山和己は本号の「ひみつ」の他に『『京極文芸』に「敵機墜落事件」六十枚と「倶知安原野」五百枚に取り組んでいる。福島昭午は「父と子」をテーマに執筆を開始したし、金沢欣哉が久しく休んでいた「温泉ノート」を書いているという。また村上英治も長い間あたためていた「杉田玄白」の構想にかかったというから、作品化される日も近いようで、とにかく不振だった道内同人が動き出したことは一条の光明を見る思いですらある。
(第102号/同人消息)

また針山氏が「針山和己」に戻っちゃいましたね。『倶知安原野』というのは、ここに嵌まる作品だったのか。


 
▼ ひみつ  
  あらや   ..2022/08/29(月) 11:26  No.915
  今、第102号のラストの作品、針田和明『阿片秘話(第二回)』の「33 陳舜臣」の章を進行中です。本当はこのスレッドなしで最後の編集後記まで突っ走ろうとしていたんだけど、この章のルビ攻撃、難読漢字攻撃に負けそうになって一休みしてしまいました。「27 ボードレール」もキツかったけれど、「33 陳舜臣」もキツい。しかし、それにしても! 写植印刷、スゴイじゃないか!

若し黒甜の郷に到らば、彼を喚びて引睡の媒となし
倘し紅粉楼の中にて逢わば、爾を藉りて採花の使と作さん

なんて文章、さらっとミスなく写し取ってしまうのだからたまげます。OCR読み取りソフトとの相性が良いみたいですね。(日本語ワープロの起源はこの辺にあるのか?)

いろいろ高度化、多様化を続ける「人間像」の中にあって、針山和己『ひみつ』のような作品があることは私にとって救いです。これがあるから、どんなに高度化、多様化しても「人間像」は「人間像」であり続けるのだと思ってます。

というわけで、さて「33 陳舜臣」に戻るか…

 
▼ 「人間像」第102号 後半  
  あらや   ..2022/08/31(水) 18:10  No.916
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本日、約160ページの「人間像」第102号作業、完了です。作業時間は「105時間/延べ日数19日間」でした。収録タイトル数は「1955作品」になりました。

◆前号もそうであったが、最近は創作の集まりがあまり良くない。日常生活の多忙さ故か、創作意欲の枯渇からか、年に一作もままならぬようである。そのために、編集がのびのびとなって発行が遅れてしまうのである。本号も、実に一年ぶりの発行となった。本当は年に三回発行の計画であったが、創作なしの同人雑誌では無意味だということで、発行をのばしたのである。その割りにはあまり充実した内容とは言えないが、今後も創作中心の編集方針だけは堅持したいものと思っている。
(「人間像」第102号/編集後記)

誰も書かないから、針山氏はむきになって『ひみつ』を書いたのでしょうか。似たような事情はこの時期平行して編集していた「京極文芸」にもあって、金は出すけど(名誉は欲しいから)、書くのはちょっと…という幽霊同人町民が増えて、毎号の書き手は町外の人ばかりという状況になってきます。「人間像」第102号と同じ昭和54年4月1日に発行された「京極文芸」第10号の方でも針山氏はむきになって『敵機墜落事件』を書いてますね。まあ、むきになって…は失礼か。半年足らずの時間で、この『敵機――』が、「人間像」第103号のあの名作『山中にて』に変貌してしまうのだから。若い時とはちがった意味で、針山氏の気力が充実していた時期なのかもしれません。

 
▼ プリンター  
  あらや   ..2022/09/01(木) 02:41  No.917
  なんか、大丈夫みたいですね。今、第103号をぱらぱらと見ているのですが、なんと創作が7本も並んでいる。『阿片秘話』もあるし… 堂々の230ページではあります。

さっそく作業開始!と行きたいところなのだが…

またプリンターが壊れてしまった。もう、これで二回目。100枚一度にコピー撮ったり、スキャンしたりと、まあ、普通のユーザーよりは使う方だけど、こうも簡単に壊れてしまうと困ってしまう…

少し違った方法で対処するかもしれません。



 


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