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司書室BBS

 
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▼ 「人間像」第61号   [RES]
  あらや   ..2019/11/09(土) 17:44  No.711
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本日、「人間像」第61号作業、完了しました。デジタル化にかかった時間、「56時間/延べ日数8日間」。現在のライブラリー収録タイトル数、「1210作品」。久しぶりの100ページ超の号ですから、こんなところか。

 同じ三十五年の一月から北野広(黒川隆)も入会している。第一作「サークルの春」(56号)から「反省書」(83号)まで十三篇を続けざまに発表した。教師であり共産党員でもあった彼の作品は、主題の明確なものであったが、それ故に独り善がりも目立ち仲間内ではあまり票を集め得なかった。冷静な筆致で描いた「旗と波と」(66号)だけは認められ三十八年度の二位に選ばれた。その後長い長いブランクとなったが、平成三年の定年後は時間から開放されコンスタントに発表している。
(針山和美/「人間像」の五十年)

その十三篇の第六作目『むしばまれゆく日々』。昭和二十年代後半の小樽風景がなんとも私には新鮮。毎号楽しみに読んでいます。伊藤整なんかより、はるかに面白い。


 
▼ 肋骨  
  あらや   ..2019/11/09(土) 17:47  No.712
  第61号には、もうひとつ興味深い記述を発見しました。これです。

 永利はそう云いながら、松枝の持っているハンカチを取り上げた。彼はそのハンカチで彼女の涙を拭いてやろうとした。すると松枝は、いきなり倒れこむようにして彼にすがりついてきた。激しく顔を胸に押し付けられて、それを支えるように松枝を抱えると、彼女の襟元から、甘酸っぱいような体臭が洩れた。
「あたしは誰も頼る人なんかいないのよ。だからあたしは、永利さんだけにしか頼れないのよ」
 松枝は早口でそう云うと、なおも激しく身体を押し付けてきた。
「松ちゃん、痛いよ。此方側の胸は骨がないんだよ」
(土肥純光「花月荘」)

吉村昭の重要なキーワード〈肋骨切除〉。吉村昭は21歳(昭和23年)の時、結核の症状悪化に伴い、当時ほとんど前例のなかった肋骨の切除手術に踏み切り一命を取り留めるわけです。切除した肋骨、五本。吉村昭の小説でも、この手術は当時の限られた一時期試みられた特殊な結核治療法というように表現していたと記憶しています。事実、他の作家や作品でこの治療法について言及したものを目にしたことはありません。それが突然『人間像』の作品の中に登場してきて、結構驚きましたね。


▼ 「人間像」第60号   [RES]
  あらや   ..2019/10/31(木) 14:33  No.710
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本日、「人間像」第60号作業、完了。デジタル化にかかった時間、「43時間/延べ日数7日間」。現在のライブラリー収録タイトル数は「1199作品」です。

意味はないが、十月中に終わって良かった。雪はまだです。小樽は昔から11/3「文化の日」あたりを初雪の目安にしてきたのですが、ここ数年はどんどん遅くなって来ている。小樽に引っ越してきた二十年前には、一晩で一メートルも雪が積もるような日がひと冬に一、二回はあったもんだが、ここ十年くらいは遭遇したこともない。明らかに地球は温暖化していると感じる。
台風十五号も十九号も真っ直ぐ東京に向かってやって来た。私たちの知ってる台風は、沖縄九州から日本海をまわりこんで荒れ狂い、北海道あたりでただの低気圧になってお終いというものでした。それが、あの十五号ですからね。考える間もなくいきなり関東上陸なんて吃驚。十九号の巨大な姿には肝が冷えた。未来の日本を見ているようだった。

第60号は、作業開始と共に、オリンピック・マラソンの札幌案が突然浮上して来て、その発表の日は悪い冗談だろうと思っていたら、翌日からはどんどん本気モードなんだということが判明してきた一週間でした。こんなこと、あるのね。どう転んでも、世界史的な不吉の予感がする。
話は変わるが、『いだてん』、楽しく毎週観ています。ピエール瀧入りのビデオも撮ってます。「人見絹枝」物語はテレビドラマ史上に残る名作だと思う。先々週の「小松勝」物語にも不覚に涙してしまった。私の〈東京〉オリンピックは、これで充分。来年の夏は『人間像』第100号あたりを走っていると思います。



▼ 「人間像」第59号   [RES]
  あらや   ..2019/10/21(月) 11:57  No.709
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本日、「人間像」第59号作業、完了です。デジタル化にかかった時間は「46時間/延べ日数7日間」。現在のライブラリー収録タイトル数は「1192作品」。

この報告を掲示板に上げたら、第58〜59号をやっている間、平行して読んでいた上西晴治『十勝平野』のことを読書会BBSにちょっと書いてから第60号作業に入ります。
第60号は、前号で発表された白鳥昇朗『作品〈A〉』の続編がありますし、朽木寒三『中島成子戦記』の「鯨吠える玄界灘の巻」もありますし、いろいろ楽しみなことが多い。

気がついたら十月。雪虫も舞ってます。ストーブのテスト運転も完了。冬タイヤはこれから。庭の冬囲いもこれから。塀にからんだ蔦の紅葉が美しいけれど、今年の庭いじりはもう終わりです。そういえば、「人間像」の作業時間が短くなったのは、昼間の雑草取りや剪定がなくなったからかもしれませんね。



▼ 「人間像」第58号   [RES]
  あらや   ..2019/10/12(土) 17:21  No.708
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本日、「人間像」第58号、作業完了。デジタル化にかかった時間、「35時間/延べ日数7日間」。現在のライブラリー収録タイトル数は「1180作品」になりました。

ついに40時間を切ってしまいました。どうしてなのかまだよく解らないのだけど、編集が朽木寒三(水口)氏に移ってから次第に小説作品の登用が多くなっていることも一因かもしれません。難しい漢字の多い、様々な修辞レトリックを駆使する評論やエッセイが減ると、それだけOCR作業の文字化け処理にかかる時間が減ることになります。そしてそれに加えて、千田三四郎氏の登場以来、同人間の創作への意欲や技術力が高まっていることもあるでしょう。読んでいて楽しい作品は、作業の手を早めます。

極めて異例ですが、今、この報告を掲示板に上げたら、休むことなくこれから第59号作業を開始しようかとも考えます。あまり休憩の必要も感じない。雪が降って来る前にてきぱき第60号台に入ってしまいたい。



▼ 「人間像」第57号   [RES]
  あらや   ..2019/10/05(土) 11:46  No.707
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昨日、「人間像」第57号作業、完了しました。デジタル化にかかった時間は「41時間/延べ日数7日間」。現在のライブラリー収録タイトル数は「1173作品」です。いつもの半分くらいの時間で出来上がった理由はよくわからない。ただ、千田三四郎『ドイツの鋏』がやけに面白くて馬力が掛かった。

この頃の「人間像」には執筆者住所が明らかにされています。もう六十年も昔の話ですので時効だと思い、試しにこの第57号の住所を書き写してみると…
【筆者住所】
北アキラ 高知県高岡郡佐川町西佐川駅前 東森方
北野広 小樽市花園小学校内 黒川方
内田保夫 市川市八幡町一ノ一八二九
吉井真澄 岡山県西大寺市金山冲六六二 岡本方
千田三四郎 東京都品川区小山五ノ三二一
佐々木徳次 大阪市此花区西島町六ノ十二大阪ガス 第四鉄住二十三号
土肥純光 川崎市鹿島田五五

これが「人間像」の大きな特徴と云えるでしょう。一見すると〈北海道〉の同人雑誌とは見なされないのかもしれないが、私などは、こういうラインナップに囲まれた中で針山和美氏の作品が生まれたことを考えると、そこに逆に針山氏が有している〈北海道〉性を感じることがあります。今号で云えば、北野広『風雪に耐えて』。観光都市に成り下がる以前の〈小樽〉の街が描かれていて個人的にはちょっとセンチメンタルになった。小説の巧い内田氏や吉井氏なんか、この新人の、突っ込みどころ満載の作品をどう見たかな…とか、そんな想像をできるのは「人間像」ならではの独自構造だと思います。



▼ 十九才   [RES]
  あらや   ..2019/09/06(金) 09:08  No.702
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昨日、竹内紀吉氏の『雪 津端宏・竹内紀吉集』の7作品をアップしました。竹内氏、十九才。今月は、竹内氏の都立両国高校定時制文芸部時代(昭和30年代)の作品がしばらく続きます。孔版印刷や原稿用紙からのデジタル化になりますので幾分時間がかかるかもしれない。
ちょうど「人間像」作業が第55号より昭和35年(1960年)に入りましたので、このタイミングで竹内作品をすべてカバーしておこうと考えました。「1960年」と「1959年」は感覚的にはずいぶん違うように感じます。195-年と聞けば、やはり心のどこかに〈戦争〉や〈進駐軍(アメリカ)〉の記憶を残している感があり、作家や作品によってはかなり長い間その影を落としていたように思います。それが次第に薄らいで来るのは1950年代もずっと終わりの頃だったような印象です。
「1960年」にはあまりそのような影を感じないのですね。世の中の意識がなにか少し変わったような印象を受けます。高度成長のスイッチがポンと入ったような… まあ、六十年後の現在から「1960年」を見ている私たちは、すでに1964年に東京オリンピックがあることを知っていますから、そんな風に考えるのかもしれないが。でも、京極町立錦中学十四才の女の子にとっては、教師の語る「三年後の東京オリンピック」の言葉は相当な衝撃ではあったでしょうね。
去年の9月6日にも、竹内氏作品を作業していたのも何かの縁でしょう。(『五の日の縁』、凄かったなあ…) 『哀傷』も、『次郎鹿の森』もきちんと読めました。(私的には、その前の週に仕事していた小野静子『不良少女』を思い出していた…) 夜が闇であることを久しぶりに感覚した一年前と同じ夜がこれらの作品には流れていて心が落ちつきます。


 
▼ ブラックアウト  
  あらや   ..2019/09/11(水) 16:03  No.703
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【台風15号】「暑くて寝られず」「ろうそく頼り」 千葉で停電続く、なお54万軒 断水も9万戸、ライフライン深刻
https://www.chibanippo.co.jp/news/national/625922
台風15号に伴う県内の大規模停電は、東京電力パワーグリッドの10日午後4時時点の集計でも約54万8800軒に上り、県民生活に深刻な影響が続いている。停電場所は依然、市原市で約6万200軒、君津市で約3万7700軒、八街市で約3万1700軒、千葉市若葉区で約3万200軒など45市区町村に及ぶ。県の南部・中央部で復旧の遅れが目立ち、断水被害が重なった地域もある。ろうそくの火を頼りに不安な夜をすごした住民もいる。
(千葉日報 2019年9月10日)

千葉市若葉区の名が入っていて心配しています。一年前のブラックアウトで、小樽は水関係は止まらなかったので他地域よりは深刻でなかったはずなんだけど、それでも三日目はさすがに限界近かったことを思い出しました。

今日、竹内氏の都立両国高校定時制文芸部時代の『桂友』『ロマネスク』から8作品をアップしました。

 
▼ 停電情報  
  あらや   ..2019/09/19(木) 16:59  No.704
  http://teideninfo.tepco.co.jp/html/12000000000.html
東電の「停電情報」を毎日見ています。「千葉市若葉区」がようやく「100軒未満」になり、昨日、表示から「野呂町」が消えてほっと息ついたところです。(竹内氏の家が野呂町にあり心配していました…) でも、見ているとまだまだ復旧していない市町村がいっぱいですね。言葉もありません。
去年の北海道のブラックアウトの記憶がどうしてもあるので、数日の我慢で復旧するのでは…という思いが心のどこかにあって、三日目あたりからの千葉県の事態にはただただ唖然とするばかりです。長期化することで、信号の発電機が盗まれたり、屋根のブルーシート張りに20万円も騙し取る人間が出たり、あまり見たくなかった人間の汚い面も見なければならなくなってつらいです。

今日、竹内氏の『春のいそぎ』という作品をライブラリーにアップしました。原稿用紙80枚。どうしてこの作品が活字化されることもなく埋もれていたのか不思議なくらい、整った作品です。ワープロに打ち込んでいて「ほーっ」と唸ってばかりいました。停電情報にも出ている東金市が舞台だったのは奇縁ですね。生原稿のデジタル化、もう少し続きます。

 
▼ ぺにろいやるのおにたいじ  
  あらや   ..2019/09/24(火) 17:00  No.705
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『春のいそぎ』の中で使われていた『ぺにろいやるのおにたいじ』という絵本、ちょっと興味があって市立小樽図書館から借りてきました。私は学校図書館の経験もあるけれど、今までに一度も聞いたことがない絵本だったのでちょっと興味あった。やっぱりその世界ではクラシックな一冊なのかな… 絵本は貸出中だったのですが、小樽には福音館書店「こどものとも」復刻版が入っていたので、そちらで読むことができました。

竹内氏の原稿復刻は、今日までに『石倉先生』『絵本』『別れの花束』の三作を完了しました。残るは二作。短篇『松本の少年』は、すでにライブラリーに収録した「図書館を支える人々」シリーズ第一回『松本の少年』とは内容が異なります。小説仕立ての作品です。残る一作『間奏曲』は昔のコピー用紙にワープロ原稿を打ち出したものなのですが、インクの劣化が激しくコピー機で撮ることができない。あれこれやったのですが私の安物機械ではすべて白い紙になって出て来てしまう。天気のいい日の自然光でないと判読できないので、昼間は『間奏曲』、朝夕に『松本の少年』という変則的な作業になりそうです。こんなことは初めて。

「こどものとも」には最終ページに編集後記代わりの一文が付いているのですが、この号の『だれがいちばん人間らしいか』という文章はこう結んでいます。
「みなさん、この物語こそ、今の日本になにがいちばんたいせつかを語っているのではないでしょうか。なぜなら日本は現代のペニロイヤルなのですから。」
ちなみに『ぺにろいやるのおにたいじ』の日本でのコピーライトは1957年(昭和32年)。

 
▼ ゴール  
  あらや   ..2019/09/27(金) 09:08  No.706
  昨日、竹内紀吉氏の『松本の少年』『間奏曲』をライブラリーにアップしました。これで竹内家からお預かりした全ての資料のデジタル化が終了です。以降は、未発見の資料が出て来る度のデジタル化となります。お気づきの作品がありましたら御一報ください。
なを、氏の『図書館の街浦安』『浦安の図書館と共に』『図書館のある暮らし』(いずれも未来社)や図書館学関係の著書については著作権の関係でデジタル化の予定はありません。

「図書館を支える人々」シリーズの『松本の少年』が小説『松本の少年』に膨らんだのと同じように、浦安のタウン誌「ばすけっと」1986年11月号のエッセイ『みみずに困らされた話』が小説『間奏曲』に展開するのを目の前で見ていて興奮しました。エッセイと小説との間にあまり境界線がないのが氏の特徴と云えるでしょう。もっと云えば、おそらく図書館と竹内氏の人生や文学との間にも明確な境界線はないのかもしれない。

今日から、ルーチンの「人間像」に復帰です。


▼ 「人間像」第56号   [RES]
  あらや   ..2019/08/24(土) 11:38  No.698
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昨日、「人間像」第56号作業、完了。デジタル化にかかった時間は「73時間/延べ日数14日間」でした。現在のライブラリー収録タイトル数は「1140作品」です。少し日数が多めにかかっているのは、お盆のあれこれと、珍しく夏風邪をひいてしまったから。

 この号は、予告通り小野静子に関する特集をやったが、印刷所に廻したあとで、例の週間誌のことが起り、ぼくらは、この号の意味が失われたかと心配したが、週間誌はなるほど聞きしにまさる「七日間だけの物」である。今はもう、週間誌の記事はなかったも同然の静けさで、ぼくらは、全く予定の通りに、この号をひっそりと出せるのである。
(「人間像」第56号/編集後記)

第56号「小野静子追悼号」は、小野静子という人の死の尊厳を護った大切な一冊です。朽木寒三氏が『小野静子の短き春』を現さなかったら、私たちはいまでも『破滅の青春』のミスリードのままに生きていたでしょう。三十歳になったかならないかの若者たちが、初めて受けとる同人の死は如何ほどの衝撃であったろうかと思います。


 
▼ 「例の週間誌のこと」  
  あらや   ..2019/08/24(土) 11:43  No.699
   三十二年には小野静子が入会した。山梨から文学に憧れて上京、平木の家で子守などしていた少女だった。四十九号の短篇「散歩」が第一作で「別れ」(50号)「約束以前」(53号)「不良少女」(56号)など、エキセントリックな新鮮さに溢れた作品を発表し始めたばかりだったが、三十五年一月急死した。自殺だった。文学少女の自殺ということで『東京新聞』の「大波小波」欄が「ある文学少女の死」として取り上げたことから始まり、『週刊新潮』までが「放浪、セックス、そして死」などと興味本位に取り上げ、まさに事件となった。後に東京の世代社から作品集『破滅の青春』として刊行された。(中略)かくして五十六号は初の追悼特集号となった。
(針山和美/「人間像」の五十年)

小野静子さんの自死が昭和35年1月。第56号「小野静子追悼号」の発行が同年6月。その1月から6月までの間に週刊誌の騒動があり、同年7月の『破滅の青春』出版がある。

その『破滅の青春』。「小野静子著」となっているが、はたしてこれを小野静子の著作とみなしていいものだろうかと思うようになりました。朽木寒三『小野静子の短き春』を読むまで、私は、小野静子の残した日記や断片ノートは『破滅の青春』に載せられたものがすべてだと思っていたのですが、『小野静子の短き春』を読むと全然違った日の日記がどんどん登場して来る。断片ノートもそれぞれが引用している部分が違う。
つまり、小野静子の日記や断片ノートは完全版の形ではいまだ世に出されてはなく、一部分がそれぞれの論者の主旨に沿って引用されているだけなのです。『破滅の青春』が問題なのは、その「論者」の顔が見えないということ。編者名も後書きもなければ、出典も明らかにされていない。思わせぶりな写真で読者の興味を釣る感じは、今時のネットの成りすましやフェイクニュースの手口だ。かなり巧妙に「放浪、セックス、そして死」の方へ誘導しようとしているのを感じます。(乱丁部分でさえ、意図的に「第三章」部分を隠したのではないかと思うようになりました…)

 
▼ ある文学少女の死(東京新聞)  
  あらや   ..2019/08/25(日) 10:47  No.700
  針山和美氏のスクラップブックに、当時の東京新聞「大波小波」記事の切り抜きがありましたので全文掲載します。

 〈大波小波〉 ある文学少女の死
◇ 北海道から出ている「人間像」という同人雑誌の一ぐうに、同人のひとりの死が、小さく報ぜられていた。「十九歳の時に、家出同然の状態で上京し、三年たって、わずか二十二歳の若さだったが、睡眠薬を飲んで自殺したのだ」とある。
◇その少女は、上京したものの住む家がないので、中華料理屋やパチンコ屋に住みこみで勤めながら、小説を書いていたらしい。自殺の原因が何であるか、また「家出同然」の上京の原因が何であったかは、その小文ではわからないが、直接に文学とは関係がないとしても、無関係だとはいいきれないであろう。
◇文芸雑誌の同人雑誌評で大いに好評されたとか、懸賞小説の選外佳作にはいったとかいうくらいのことで、地方から、生活のめやすもなく、あるいは冢を売って二三年間の生活費を作ったりして、上亰してくる人がときどきあるらしい。そういう二三人の人を小生も直接知っている。文芸雑誌や新聞などで同人雑誌評をやっている批評家諸君、あなたはいつか小野静子という人の作品を大いにほめたことはありませんか。それが自殺した少女の名だ、というと、中にはぎょっとする人があるかも知れない。
◇だが、そんなせんさくは、たとえば、もし火野葦平が芥川賞をもらわなかったなら、劉寒吉がパン屋をやり岩下俊作が製鉄会社に勤めながら小説を書いているように、火野も沖仲仕の親分をしながら小説を書いて、死をはやめることはなかったろうなどというのと同じく、空しいことだ。
◇突き放していえば、死ぬ者は死ぬ。だが、人の死をながめることは、生きている人間にとってはこの上もなくさびしいことだ。(和凡)
(東京新聞 昭和35年3月17日)

 
▼ ある文学少女の死(八木義徳)  
  あらや   ..2019/08/25(日) 10:53  No.701
  同スクラップブックには、当時「人間像」の師匠格であった八木義徳氏の「大波小波」への反論記事もありましたので、こちらも全文掲載。

〈ぷろむなーど〉 ある文学少女の死 八木義徳
 つい先日、ある週刊誌の記者だというひとから電話がかかってきて、さいきん自殺したひとりの若い女流作家志望者のことについていろいろ質問された。私がこの若い女性を知っていて、しかもその作品をほめたことのある人間だということを調査ずみの上で電話をかけてきたのだ。この女性は三年ほど前十九歳のとき山梨の田舎から家出同様にして東京へとび出してきて、都内の中華料理店やパチンコ屋などに転々と移り住みながら小説勉強していたのだが、ついさいきん原因不明の自殺をとげたのである。私はこの女性にたった一度だけだが、ともかく会ったことがある。この女性の属するある同人雑誌の文学座談会にまねかれて出たことがあるが、そのときこの若い娘さんもその十数人の出席者のなかの一人としてそこへ顔をつらねていたのだ。しかもあとでわかったことだが、ちょうどその日がその娘さんの家出の日だったという。そのせいか、その娘さんは座談会ではひとことも発言せずはじめからおわりまでじっと顔をふせたまま石のような堅い沈黙をまもっている姿が異様な印象として私の記憶にのこっている。この娘さんのその後の奔放でタフな生活ぶりは、近くに住む同人の一人からうわさ話としてときどき耳にしていたし、その作品もいくつか読んで、そのひとつをある新聞の同人雑誌評でたしかにほめたおぽえがある。
 ところでその週刊誌の記者の質問は、この娘さんのことが「ある文学少女の死」という題である新聞の文化欄の同名記事のなかに書かれているが、もしあなたがその記事をお読みなら、それにたいする感想をきかせてくれというのである。その匿名の文章の筆者は、批評家や作家などになまなか自分の作品をほめられたためにとんだ野望をおこしてなんの成算もないのに東京へとび出してきて、けっきょくは敗れて身をあやまっでしまう作家志望者がちかごろとくに多いようだ、というような意味のことをいったあとで「文芸雑誌や新聞などで同人雑誌評をやっている批評家諸君、あなたはいつか小野静子という人の作品を大いにほめたことはありませんか。それが自殺した少女の名だ、というと、中にはぎょっとする人があるかもしれない」とハッキリ書いてある。つまりこの一節の文章を思いきって悪意に解釈すれば、この文学少女の死にはお前さん(すなわち私)にもその責任の一端はあるんだぞ、というおそろしい脅迫のことばともなる。
 私は週刊誌の記者に答えた。「しかし、ぼく自身はそのひとの死には責任はないと思います」
 が、こう答えたあとで、もしトルストイならば、こういう場合「その少女の死には自分はハッキリ責任がある」と答えるだろう、と思ってすこしばかりユウウツになった。
(読売新聞 昭和35年3月28日)


▼ 「人間像」第55号   [RES]
  あらや   ..2019/07/30(火) 17:58  No.696
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「人間像」第55号作業、完了です。デジタル化にかかった時間は「39時間/延べ日数7日間」でした。現在のライブラリー収録タイトル数は「1111作品」。

意外に短時間(七月中に終わるとは思わなかった!)だったのは、70ページの本だったことと、この号に収録されている春山文雄(=針山和美)『恋と葬儀と』については湧学館時代に小説集『奇妙な旅行』(人間像同人会,1970)から作成した『恋と葬儀と』ワープロ原稿があったので、それを援用することで時間短縮ができたことによります。
ただ、それによって… 昔の『恋と葬儀と』原稿に単純なワープロミスが9ヵ所もあることが発覚しました。なんともお恥ずかしいかぎりです。まだ「人間像ライブラリー」がなかった時代の仕事とは云え、こういう醜態をパソコン上に晒しておくのは私の沽券にかかわる。
というわけで、急きょ、小説集『奇妙な旅行』一冊丸ごとをデジタル復刻することにしました。小手先の『恋と葬儀と』手直しをするよりも、小説集丸ごとを復刻した方が〈針山和美〉の項目が整理整頓され、氏の仕事がくっきりするのではないかと考えます。

 小野静子の急逝については、すでに各位に通知済であるが、次号に何らかの型で特集を試みたいと思っている。追悼号と云うには大袈裟すぎるが、彼女の本質的な面に、スポットをあてることが出来たらと思っている。(K)
(「人間像」第55号/編集後記)

第56号作業に早く取り掛かりたいとは思いますが、お盆の頃にずれます。すみません。


 
▼ 奇妙な旅行  
  あらや   ..2019/08/07(水) 11:49  No.697
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昨日、ライブラリーに『奇妙な旅行』(人間像同人会,1970)一冊丸ごとをアップしました。デジタル化の前段階、ワープロ作業のミスを少しは修復することができて満足です。この勢いで『百姓二代』(人間像同人会,1988)へ入って行きたい思いもあるけど、それはしないで『人間像』作業へ戻ります。お盆の時期に「小野静子追悼号」を扱わせてもらうのも、これもまたなにかの縁でしょうか。心して仕事したい。


▼ 「人間像」第54号   [RES]
  あらや   ..2019/07/23(火) 07:09  No.693
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「人間像」第54号作業、完了。デジタル化にかかった時間、「75時間/延べ日数13日間」。現在のライブラリー収録タイトル数は「1104作品」になりました。122ページの、最後に控える千田三四郎『炭塵』を早くやりたくて、けっこう飛ばしましたね。

第54号には針山和美氏が『斗い』を発表。次号には『恋と葬儀と』が登場しますし、これ、針山氏的に云いますと、氏の最初の小説集『奇妙な旅行』(人間像同人会,1970.5)に収められた作品群が活発にこの時期生まれていることを意味しています。
スクラップブックの小品もすでにデジタル化を終えたことですし、雑誌『人間像』発表の作品群とは別に、単行本『奇妙な旅行』のデジタル復刻もそろそろ考えなければいけない段階に入ったと認識しています。

梅雨のない北海道。夏休みも別に必要ないので躊躇うことなく第55号作業に入ります。ついに朽木寒三〈馬賊戦記〉の開始ですね。


 
▼ 路線価  
  あらや   ..2019/07/23(火) 07:16  No.694
  令和元年7月2日の道新・小樽後志欄に滑稽悲惨な記事が…

 最高路線価
 ニセコ効果管内波及 投資熱小樽にも
 国税庁が1日公表した2019年1月1日時点の路線価(1平方メートル当たり)で、後志管内は高騰が続く倶知安町ひらふ地区が周辺の価格をけん引している構図が鮮明になった。倶知安税務署内で最高の町山田道道ニセコ高原比羅夫線通りは48万円と前年比50.0%上がり、上昇率は5年連続で全国一。

 (小樽の事はどうでもいいので、中略)

 10月に20ヵ国・地域(G20)観光担当相会合が控える倶知安町は、2030年度の北海道新幹線札幌延伸や同時期の北海道横断自動車道(共和−倶知安)開業など投資を刺激する要素がなお多く、地元不動産業者の間では「上昇傾向は続く」との見方が支配的だ。
 リゾート開発が進む同町ひらふ地区は用地がなくなりつつあり、東急リゾートニセコセールスオフィス(同町)は「ニセコ町や留寿都村など周辺に開発が広がる可能性がある」と話す。
 同地区から車で15分ほど離れた倶知安町市街地も地価は上昇。このため「高齢者が土地を売って札幌へ移り住む傾向がここ数年加速している」(別の関係者)として、町が早期に流出対策に乗り出すべきだとの指摘も出ている。

 
▼ 固定資産税  
  あらや   ..2019/07/23(火) 07:20  No.695
  「町が早期に流出対策に乗り出すべきだ」…

もう遅いんじゃないか… 札幌どころじゃない、日本全国、海外に、天国に、かつての倶知安を生きた人たちは散逸してしまった。流出対策なんて、リゾートから上がってくる税金に目が眩んでいる役人に何ができるのだろう? 目に見えない散逸。東京や札幌で暮らす息子や娘にとって、実家の親父の残した蔵書もコレクションも原稿もノートもフロッピーもアルバムもビデオも、皆、意味わからないゴミ。

あと五年もしたら、かつての山麓(倶知安)を語る資料は倶知安になく、「人間像ライブラリー」に残っていることを知るでしょう。


▼ 「人間像」第53号   [RES]
  あらや   ..2019/07/09(火) 16:39  No.691
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本日、「人間像」第53号作業、完了。デジタル化にかかった時間、「71時間/延べ日数13日間」。現在のライブラリー収録タイトル数、「1093作品」。106ページの本なので平均的スピードでしょう。

今号は、小野静子、吉井真澄、日高良子、岡本清子など女性同人の揃い踏み。これで丸本さんが入ったらパーフェクト・ゲームでしたが、そこは編集長・水口安典氏のエスプリ、関西からは佐々木徳次『ある失踪』の起用でした。読み応え、あり。特に、日高良子氏の復活はさりげなく嬉しかったな。昔、「人間像」がガリ版刷りだった頃、旧姓原田良子氏の『素顔』が登場した時の驚きを今でも思い出します。男たちの顔色がさっと変わりましたもんね。そこまでは文学好き青年たちの同窓会的お遊び要素もあったのだけど、あそこから雰囲気ががらり変わりましたからね。俺も『素顔』に負けないビッとしたものを書かなくては… 一本、筋が通ったというか。真剣になったというか。


 
▼ 約束以前  
  あらや   ..2019/07/09(火) 16:43  No.692
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第53号で、初めて小野静子『約束以前』完全版を読むことができました。

今、私の手許には小野静子『破滅の青春』(世代社,昭和35年7月刊)があるのですが、この本、乱丁本で、p49〜64部分が欠けている。それがちょうど『約束以前』の第三章(終章)にあたる部分なのでした。小野静子という人を語る上で最重要とも云える『約束以前』が読めないことは苦痛ではありました。

おそらく、「人間像」第56号(小野静子追悼号)が六十年の時を経て世に出ることによって、その真実が明らかになることと思います。七月、八月は「人間像」作業に集中して、第56号に辿りつくよう努力です。



 


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