| HOME | RSS | 携帯用 |



司書室BBS

 
Name
Mail
URL
Backcolor
Fontcolor
Title  
File  
Cookie Preview      DelKey 

▼ デジタル博物館   [RES]
  あらや   ..2017/10/13(金) 09:20  No.534
  昆虫9万点 札幌の愛好家・青山さん ネットに博物館
採集50年超「奥深い生態伝えたい」
 国内有数の昆虫標本コレクターとして知られる北海道昆虫同好会顧問の青山慎一さん(76)=札幌市厚別区=の収集品がインターネット上の「デジタル博物館」で順次公開され、来年、完成する見通しだ。道内外で採集したクワガタやコガネムシ、南半球で捕らえた色鮮やかなチョウなど希少種も含めて9万5千点を展示する計画。青山さんは「昆虫の奥深い生態と美しさを多くの人に伝えたい」と話している。
(北海道新聞 2017年10月11日夕刊)

久しぶりにきちんとした仕事を見せてもらって痛快な気持ちになりました。「人間像ライブラリー」への励みにもなります。

 デジタル博物館は、北海道自然体験学習財団(札幌)のホームぺージ内に「青山慎一先生の子ども世界の昆虫館」(http://www.codomo-sizen.com/kk/)として2014年開設された。9万5千点に上る青山さんの収集品をプロカメラマンがデジタルカメラで撮影し、財団の協力を得て公開を始めた。年度内に主要な9万点以上の作業を終える。
(同記事)


 
▼ デジタル文学館  
  あらや   ..2017/10/13(金) 09:26  No.535
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 69.5KB )

 青山さんは元高校教諭で生物を相当していた小学校高学年から昆虫採集を始め、社会人になつてから50年以上にわたり標本を集めてきた。(中略)
 青山さんは定年退職後、財団が主催する子供向けの「自然体験塾」の講師を務めた。コレクションの価値を:知った財団常務理事の佐藤勝信さん(72)がデジタル博物館の開設を持ち掛けた。
(同記事)

「デジタル博物館」と「自然体験塾」の合わせ技一本がこれからの〈博物館〉になって行くように、「人間像ライブラリー」と「読書会/文学散歩」の合わせ技一本がこれからの〈文学館〉になって行くのかもしれません。人間のやることだから、バーチャルにだって何かしらの限界は将来にあるだろうけれども、今、ガラスケース越しに本の表紙を眺めて物事をわかったつもりになっている間抜けさよりは遙かにマシだと思っています。

「プロカメラマン」とか「財団の協力」とか羨ましい気もするけれど、まあ、これは自分の人生にはなかったものだから… 死んだ子どもの年齢を数えても仕様がない。
「まだか…」という声も聞こえてきそうな十月中旬ですが、今の私に出来る努力はすべてやっています。インターネット公開、もう少しお待ち下さい。


▼ 「人間像」第17号   [RES]
  あらや   ..2017/10/11(水) 09:14  No.532
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 50.6KB )

「人間像」第17号のデジタル化終了。かかった時間は、「45時間/延べ日数8日間」でした。
デビュー直前なのであれこれ気が焦るのですが、結局、インターネットの技術的部分で私にできることは何もないわけで、焦るだけ時間の無駄なんだと割り切りました。私にできることをやろうと、あれこれ迷わず第17号作業を選びました。

第17号、良かったです。『三年間(その一年)』を除けば、おそらく針山氏最初の、プロっぽい作品『放任』が登場しただけでも嬉しいのに、さらに葛西庸三氏の力作『腐敗せる快感』までが加わって、なにか今後の「人間像」スタイルを予感させるような第17号ではありました。(朽木寒三氏の名も登場したし…) ここは迷わず第18号に突入ですね。


 
▼ 裁断  
  あらや   ..2017/10/11(水) 09:18  No.533
  今まで岩内の北旺孔版社の悪口を書いてきたけれど、私の勘違いでした。深くお詫びします。プロがあんな仕上げ(裁断)するわけはないですね。
裁断したのは針山氏ですか。表紙写真を見るとお分かりの通り、ガリ版時代の「道」「人間像」には全部右側に穴が空けられています。たぶん穴に紐を通して一冊に綴じ合わせていたのでしょう。その際、B5サイズのものがはみ出してしまうので、Aサイズに揃えるために端を裁断したのではないでしょうか。

第17号では前号作品の批評も行われています。それを見ても、全員が普通に作品を読んでいますから、裁断は出版の後に行われたと考えられます。作品批評、全員が原田良子氏の『素顔』を絶賛していますね。原田氏の登場によって、同人全員が発奮してきたのがよくわかります。プロっぽくなって来た…というか。いつまでも仲間受け狙いのアマチュア文章を書いてるわけには行かなくなった…というか。


▼ 「人間像」第16号   [RES]
  あらや   ..2017/09/28(木) 10:16  No.530
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 47.8KB )

「道」改題、「人間像」第16号デジタル化にかかった時間は、「44時間/延べ日数12日間」でした。

44時間は長いです。こんなにデジタル化作業に時間がかかったのは、ひとつには、造本の問題。第15号に続いて第16号も印刷は岩内の孔版印刷社なんですが、無理な裁断によって本文部分が削り取られている。誤字や脱字なら頭を使って訂正もできるけれど、削り取られた本文は復刻のしようがありません。頑張ったけれど、■【二十字欠】■表示が随所に見られる残念な復刻になりました。

第16号には原田良子氏の小品『素顔』が掲載されています。これも■【二十字欠】■表示が混じることになりましたが、それを押しても、一読ドキッとする小品でした。切れ味、凄い。原田氏は後の「人間像」同人・日高良子氏ですが、才能ある人は、すでに若い時からギラッとするものを放っているんだなあ…と感心しました。


 
▼ デビュー  
  あらや   ..2017/09/28(木) 10:21  No.531
  時間がかかった理由のひとつは、造本。でも、今回はそれとは別にもうひとつ理由はあったのです。それが「人間像ライブラリー」の本番デビューの問題。

かなりインターネット上のデビューが近づいています。すでに画面表示などの技術的問題はほぼクリアして、現在は、コンテンツ(収録作品)の見通し・方向性など、「人間像ライブラリー」全体にかかわる調整の段階に入っています。ここであまり大層言語をしたくはないが、十月のある日、たまたま「人間像ライブラリー」を覗いてみたら、あれっ「検索システム」が動いている…ということがあるかもしれません。


▼ 歴史 デジタルで残す   [RES]
  あらや   ..2017/09/19(火) 12:14  No.525
   歴史 デジタルで残す 俱知安風土館 5年後めどに3千点
【倶知安】町立郷土資料博物館「倶知安風土館」は今秋から、資料をデータ化して保存する「デジタル•アー力イブ(記録文書)」作りを本格化させる。5年後をめどに古い写真など約3千点をデジタル化し、将来的にはインターネットでの公開を目指している。
 デジタル化は写真や文書資料などをスキャナーで読み取り、パソコン上に保存する。資料の散逸や劣化を防ぐことができる利点がある。町によると、札幌市などでは広く行われているが、町村部での取り組みは珍しいという。
 風土館は2年前からアー力イブ作りに取り組んでいるが、今秋から札幌の博物館などから助言を受けつつ、作業を本格化する。古地図や写真などの資料整理や読み取り作業を進める考えだ。
 風土館は約1万点の資料を保管・展示している。地元の郷土資料家などから寄贈されたものが多く、大正時代の街並みの写真や、今年で55回目を迎えた「じゃが祭り」の初期のパンフレッ卜など貴重な資料もある。
 ただ、古い写真は撮影日時や場所が分からないものが多く、当時を知る人を探すなど地道な作業が必要という。同館の小田桐亮学芸員(27)は「古い資料は地域にとっての財産。後世まで残るよう、なるべく早くデジタル化を進めたい」と話している。(堀田昭一)
(北海道新聞 2017年9月15日 小樽後志欄)


 
▼ 5年後  
  あらや   ..2017/09/19(火) 12:20  No.526
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 64.7KB )

北朝鮮ミサイルが北海道上空を飛び越した朝、この記事が目に入ってきて「へえーっ…」と思いました。去年の「くっちゃんアーカイブをつくろう」講座が不発でこけて以来、もうこの話は終わったものだと思ってました。うるさい奴がいなくなったので、やる気が出てきたのだろうか。
でも、なんか変だ。まず志があまりにも低い。町の歴史に関する見識が低い。なぜ「倶知安町」史料のデジタル化なのだろうか? 函館なら「函館」、札幌なら「札幌」というカテゴリー設定は可能だと考えます。でも、倶知安はちがう。胆振国虻田村北辺の原野に、岩内からの時代の流れと虻田方面からの時代の流れがぶつかった約120年間の堆積物のような地域なのに、なぜに慌てて現在の「倶知安町」地図をかぶせるのだろう。
そうすれば、町議会の通りもいいし、倶知安支局の新聞記者も明日の朝刊記事が書きやすいというのはあるでしょう。(町民の長年の図書館要求もかわせるし…)でも、倶知安町の博物館(教育委員会)がそれでいいのだろうか。「5年後/3千点」のアーカイブで倶知安という町の歴史を表現できると考えているのならずいぶんお気楽な町だなと思う。私にはデジタル「歴史秘宝館」にしか見えませんけど。

 
▼ 札幌の博物館?  
  あらや   ..2017/09/19(火) 12:28  No.527
  私の知ってる限り、北海道のデジタル・アーカイブを推進してきたのは「図書館」ですよ。函館でも札幌でも、自館の所蔵資料デジタル化に十年以上も前から取りかかり、インターネット上にアーカイブを展開して来たのは「図書館」です。札幌の「博物館」がインターネット上で展開している事例は(道立文書館と北海道大学を除けば)ないと思います。
なぜこういう違いが起こるかというと、それはそれぞれの根拠法が違うから。「図書館」の根拠法である図書館法には、第三条で国民に対する「奉仕」という概念が謳われていますし、さらに第十七条では「公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない」(←「無料原則」といって、私たち図書館員の誇りでもあります)とまではっきり書かれています。つまり、自館資料の無料公開を躊躇ってはならないわけで、インターネット上のデジタル・アーカイブもこの図書館法の主旨に沿って行われて来たのです。
読もうと思えば、沼田流人『血の呻き』でも、大正八年鉄道院発行の『東倶知安線建設概要』でも、国立国会図書館のデジタル・アーカイブで簡単に読むことができる時代に入っています。この、国立国会図書館の方がはるかに「倶知安の博物館」であるという現実をもう少し真面目に考えなくてはいけません。「人間像ライブラリー」は、もちろん、この私たちの現実を踏まえて生まれてきたものです。

 
▼ インターネット上  
  あらや   ..2017/09/19(火) 12:40  No.528
  博物館だから、デジタル化技術などには図書館なんか問題にならないくらい長けているのでしょう。小樽の博物館が古写真のデジタル化処理を行っていたのは、私が京極町に単身赴任する以前ですから、じつに十五年以上も前の話になります。同じ頃に函館市立図書館のアーカイブ構想が始まっていますから、おそらく、パソコンの進化に伴って全国的にデジタル化への気運が高まっていたのでしょう。しかし、小樽の博物館も、札幌の博物館も、ついにインターネット上のデジタル・アーカイブは実現しないままです。今でも、昔私が住んでいた街を確認したかったら博物館に行かなくてはなりません。しかも、入館料を払って。

博物館や美術館や文学館の根拠法は博物館法です。その博物館法には「奉仕」の言葉はありません。「入館料」に関する文言もありません。(←だから「入館料」を自由に設定できる) 博物館法に定義される博物館・美術館・文書館・文学館などは、「奉仕」のための施設ではなく、「調査研究」(博物館法第二条)のための機関なんですね。最近では情報公開の必要性も博物館界でも云われているそうだけど、本旨である「調査研究」ためのぎりぎりの人員・予算でやっているのはどこの世界でも同じでしょうから、インターネット公開のためにあれこれ使う時間なんかないよ…ということなんでしょう。もっと下世話に云えば、インターネット公開してしまったら、入館料収入が減るじゃないか…ということかもしれないけれど。

 
▼ 入館料  
  あらや   ..2017/09/19(火) 12:46  No.529
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 54.3KB )

去年、道立文学館でやっていた宮澤賢治展に行かなかったのはまさにそういった理由によります。札幌まで行くのが面倒くさい。煙草、吸えないし、入館料、高い。宮澤賢治の情報・画像などインターネット上に溢れかえっている。5年前なら、ミーハーだから行ったかもしれないけれど。
今年の夏、ガラスケース越しに『人間像』第20号表紙を見ていて、なにか悲しいものがありましたね。早く家に帰って「人間像ライブラリー」の仕事がしたいと思った。

このスレッドに付けたのは、今、近代美術館でやっている「ゴッホ展」の写真です。湧学館時代に手に入れたタダ券もこの「ゴッホ展」でお終い。これからは自腹です…


▼ 「道」第15号   [RES]
  あらや   ..2017/09/05(火) 13:32  No.521
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 69.6KB )

「道」第15号、デジタル化にかかった時間、「35時間/延べ日数9日間」でした。

24ページあまりの冊子に「35時間」もかかったのは、ひとえに造本がひどかったからです。すでに表紙にして題字部分が切れていますでしょう。これが最後のページまで続くのです。


 
▼ 裁断  
  あらや   ..2017/09/05(火) 13:51  No.522
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 64.6KB )

いくら戦後まもなくとはいえ、プロの孔版印刷屋が、何を考えてこんな商品を作ったのだろう。これで本当に代金を取ったとは信じられない。渡部秀正氏の『不安な年代』、楽しみにしていたのに…

一頁、三段組みの誌面なんですけど、上下の欠けた1〜2文字を前後の文脈や作者の文字遣い・癖から推理して復元して行く作業に少し時間がかかりました。小説や批評なら、まだそういう方法も使えるのだけど、詩歌作品にはもう無理でしたね。行の先頭の欠けた言葉を、まさか私が類推して創作するわけには行かないし。

 【註・新谷】「道」第十五号は造本が非常に悪く、本文の一部分が
  裁断されて判読できない個所があります。欠けている文字は■で
  表示しました。

今回初めて、デジタル作品の冒頭に註を付けました。出来るなら、これをやりたくなかった… でも、こういう状態であっても、PDF版をずらずら出して「ほら、こんなに凄い有り様なんですよ」と云うような下品な展示をやりたくない。可能な限り復元するところにライブラリーの知性や存在意義があるのだと思っています。復元版を信じて、読んでください。

 
▼ 第23〜100号  
  あらや   ..2017/09/05(火) 17:44  No.523
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 49.9KB )

八月末で車を手放しました。九月からは、てくてく近くのコンビニや郵便局まで歩いたり、庭の草むしりの毎日です。まだ車を使っていた時の名残りがあって、例えば図書館で四、五冊も本を借りてしまって帰りのバスの中であたふたしたりといったことを繰り返していますが、まあ、その内適応して行くのでしょう。全体的には、車にまつわるストレスや諸経費の一切から解放されたことで、「人間像ライブラリー」作業は加速化して行くと思います。

進捗状況です。この前、ホームページのテスト版第1号が出来てきました。検索画面、縦書き表示は美しいのですが、ルビとか傍点表示にまだ少し問題があり調整中です。
データの作成〜送信〜ホームページへの反映体制はほぼ固まり、現在は、コンテンツ(作品)の充実一本へ課題が移ってきているところです。
そのこともあり、また私の車が九月から使えなくなることもあり、八月末に針山家にお伺いし、「人間像」第23〜100号と『三年間』三冊をお預かりしてきました。今年の越冬用に少し多めにお預かりしています。第30号あたりで「人間像」初期の同人はほぼ勢揃いし、作品構成も安定化して行きますから、その頃のタイミングを見計らって『三年間』デジタル化を集中的に行おうと考えています。クリスマス・プレゼントに間に合うかな…

 
▼ 「人間像」第16号  
  あらや   ..2017/09/05(火) 18:27  No.524
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 45.3KB )

嬉しいことに、針山氏が若い頃につくったガリ版刷り歌集、針山家に残っていました。そればかりではありません。針山氏が投稿していた雑誌『文章倶楽部』『文学集団』まで残っているそうです。これは凄い! 必要となったら東京の近代文学館かな…と考えていたんだけど、針山和美氏の書斎で全て片がついてしまいました。

売った車は京極町時代に使っていた私の車です。これからは、どうしても車が必要となったら、妻の車を休日に使わせてもらうことになるでしょう。草むしりもそろそろシーズンの終わり。冬場になったら、本や資料の整理かな。少なくとも雑然と平積みになってる資料を書架やファイルボックスに収まるくらいにダイエットすれば、いろんな作業が能率化して行くと思うのだが。

「人間像」第16号、明日から開始です。印刷屋が「道」第15号と同じ会社なので、第15号と同じ苦労があるのは解っているのだけど、なぜか気持ちは明るい。ガリ版時代の終わりがもう見えてきているので、明るいのです。


▼ 道新   [RES]
  あらや   ..2017/08/29(火) 06:47  No.519
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 71.4KB )

「人間像」(北広島市) 「和して同ぜず」遠慮なく批評(文化部 久才秀樹)
 前身の「路苑(ろえん)」から数えると今年で68年、道内の同人誌の中では草分け的存在だ。
 後志管内倶知安町出身の作家、故針山和美が1949年、投稿雑誌で知り合った全国の作家に声を掛けて「路苑」を発行したのが始まり。そのため、創刊当初から同人が全国各地に点在していた。「道」「人間像」と名前を変えながら発行を続け、今年9月の最新号で187号を迎える。
 ピーク時の昭和40年代には、同人が30人以上、北海道のほか関東、関西支部もあり、各支部で合評会を開いていた。北海道新聞文学賞佳作の故千田三四郎のほか、大宅壮一賞候補やスペイン・イザベル女王勲章を受章した会員も輩出した。針山が亡くなった2003年から主宰を務める福島昭午は「関東、関西支部の合評会は“オルグ(活動)に行く”と言って、激しく議論を交わしていた」と振り返る。
(北海道新聞 2017年8月27日 書評欄)

北海道新聞の日曜書評欄。今年度は「文芸同人誌の現在」として、道内の同人雑誌を毎月の最終日曜にレポートしているのですが、今月は「人間像」でした。さすが新聞記事というべきか。私が掲示板にぐちゃぐちゃ書くより、はるかにすっきり「人間像」を紹介していますね。

 福島は「編集方針のようなものは設けていないが、昔から『和して同ぜず』といった雰囲気があった。仲間でも互いの作品への批評に遠慮がなかった」。本誌のほかに、合評会で話し合った内容を「同人通信(同通)」として必ず発行するのも同会の特徴という。
 ただ、ほかの同人誌同様、高齢化には勝てず、現在は同人5人と準会員1人。以前は年4回の季刊だったが、年1回の発行となり、道外支部もなくなった。同人は80代が中心のため、福島は「(自分が)90歳となる2年後、“九十爺(くそじい)”で終刊になる」と苦笑いする。
(同書評欄)


 
▼ 郷土史家(笑)  
  あらや   ..2017/08/29(火) 06:56  No.520
  びっくりしたのは、「人間像ライブラリー」にも言及があったこと。

 一方で、長年、道内文芸を支えてきた同会の記録を残そうという動きもある。針山の足跡を研究する小樽の郷土史家新谷保人が、遺族から過去の「路苑」「道」「人間像」を預かり、インターネット上にアーカイブ(保存記録)する作業を進めている。一部を9月ごろからネット上で公開する予定という。アドレスはhttp://www.swan2001.jp
(北海道新聞 2017年8月27日 書評欄)

郷土史家の皆様、怒らないでくださいね。私は取材の電話口で「ただの無職ですよ」とちゃんと言ってますから。新聞社の方で気をまわしてもっともらしい肩書きを付けてくれたんでしょう。

去年、もっともらしい公の組織・団体のもとでこの仕事を始められないか、あれこれ模索した時期もあったのだけど、結局こういう仕事に金を払ってくれるところはなく、現在のこの形に踏み切ったわけです。ねばり強く行政と交渉を続ける人生も在りなのだろうけれど、そんなことを何年も続けている内には、作家本人や関係者はどんどん亡くなられて行くし、資料もあっという間に散逸してしまう。「私は努力した」みたいな自己満足で終わりたくはなかった。

「たかが個人ホームページ」だから、例えば、倶知安の図書館や文学館や大学のリンクに「人間像ライブラリー」が入ることはないでしょう。でも、どちらが倶知安の人々にとっての〈図書館〉〈文学館〉〈大学〉なのかは、別の問題だと思っています。大げさに言えば、人はなぜ生きるかの哲学の問題だと私は思っています。


▼ 「道」第14号   [RES]
  あらや   ..2017/08/22(火) 08:50  No.517
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 75.0KB )

「道」第14号(詩特集号)、完了。かかった時間、「30時間/延べ日数5日間」でした。五十篇あまりの詩の入力、時間は小説よりはかからないけれど、詩ゆえに些細な言葉のミスも赦されない。?と思った言葉のチェックにはけっこうな時間と気力がかかりました。で、第15号は明日からに。

◆次号からは三十七頁予告通り渡部君の力作「不安な年代」ですが、小説や詩ばかりでなく念に一度位は短歌俳句の特集も試みたい所存ですから五十首百句の佳作品を用意して置いて下さい。今後の編集方針としては特集以外は成るべく創作に力点を置き五十枚百枚の力作をどし/\発表する心算でおります。
(「道」第14号/編集後記)

その、渡部氏の五十枚の力作は楽しみなのですが、ここのところ針山氏の作品発表が途絶えているのが少し気にかかります。月刊ペースの編集作業が負担になっているのでしょうか。


 
▼ 改題  
  あらや   ..2017/08/22(火) 08:57  No.518
  第16号が近づいて来ました。ここで誌名が「道」から「人間像」へ変わります。ガリ版時代の終わりも近い。五月頃の思惑では、なんとか夏の内に第22号あたりまでをカバーして、そこで針山家にお邪魔して秋冬作業用の第23号〜100号をお預かりしてこようとか思っていたんだけど、やや遅れ気味で推移しています。
この時期、インターネットに「人間像ライブラリー」のテスト版が遂に登場するかもしれず、また、個人的には八月いっぱいで車を手放す予定だったりして事態は流動的なのですが、身体は健康なのでなんとか廻ってゆくでしょう。

◆それから此れも最初の試みで成功すかどうかは疑問ですが、雑誌の他に詩歌句集、単行本の発行も考えております。此れは原則として著者の自費で出す事とし、同人から幾らでも任意の額だけ応援して貰うやり方です。まず最初に僕自身の第一歌集「御園の里」二百首を出しますからその節はよろしくお願いします。
(「道」第14号/編集後記)

『御園の里』か… 以前にもガリ版で歌集『眼の玉』を作って友人たちに配ったみたいだけど、そういうのは残ってないだろうなあ。
『三年間』はお預かりしようと考えています。『人間像』デジタル化が第50号なりのキリの良い時点(たぶん正月頃…)にさしかかったら、作業をきりかえて『三年間』の完全復刻に集中しようと考えています。


▼ 「道」第13号   [RES]
  あらや   ..2017/08/08(火) 11:46  No.515
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 42.3KB )

「道」第13号、完了。かかった時間はなんと「51時間/延べ日数10日間」でした。文章、長い。投稿作品、多い。それなのに、針山氏は短歌五首のみ。いったい、どうなってんの?

 本誌第十一号(十月発行)に掲載予定の「流漂」は坂田君が半年かけて書き上げた世に問う力作である。大いに期待して欲しい。
(「道」第10号/針山和美「坂田君の二篇を読んで」)

◇一時退会していた千葉の宇野一郎君、今度又我々の仲間に再加入するかも知れない。此処数ヶ月烈しい文学上の煩悶と対決し、一度は文学を放棄しようとまでした彼が、どんな作品をぶら下げて登場するか、此れは見ものである。
(「道」第12号/「同人消息」)

針山氏にこういう風に書かれると、つい期待してしまう。でも実際に読んでみると、なんだ、ただの「岩野泡鳴」じゃないか…となってしまうのですね。


 
▼ 泡鳴  
  あらや   ..2017/08/08(火) 11:52  No.516
  東京で食いつめた無頼が北海道に流れてきて、まだ明治の文法が通用することに一安心と云った図がすぐに頭に浮かびます。有島武郎がすでに『星座』を書きはじめている時代に、こいつは薄野に転がり込んで何やってんだと呆れたもんだが。啄木が札幌に二週間と居られなかったのは、私は、有島の『生れ出づる悩み』に登場するような芸術人脈がすでに明治末の札幌でさえ台頭してきていて、盛岡中学中退の新聞校正子風情が活躍できるようなステージは何もなかったからだと考えています。
釧路の啄木などにいつも「泡鳴」的な末路を感じるのですが、まあ、そういう明治無頼の在りがちな最後を劇的に回避して、『一握の砂』という一花を咲かせたところに啄木という人の価値があるのでしょう。

さて、「昭和の啄木」はどうなるのか。


▼ 「道」第12号   [RES]
  あらや   ..2017/07/25(火) 10:51  No.514
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 67.5KB )

「道」第12号・一周年記念号のデジタル化、完了です。かかった時間、「40時間/延べ日数7日間」。一周年記念号だけあって、一人一言的な色彩が濃く、用意したファイル(上限100個)で足りるかどうかヒヤヒヤしましたが、なんとか無事クリア。

一周年か… よく続いたなあ。この号は久しぶりの孔版印刷(プロのガリ切り)なんですが、プロの方がミスが多いんですね。字はさすがに綺麗だけど、作品に何の感慨もない人が仕事で切るわけですから、一字抜けとか誤字(原稿の字が読めないと適当に形をなぞる)とかの単純ミスが多いんですね。使っている底本は針山家所蔵の「道」なので針山氏の訂正のペンが入っています。それで初めて、ここは間違いだったのかと気がつくわけですね。一見もっともらしく文がつながっているので「へえっ」と思うことがよくありました。

第12号作業は別の意味でも忘れられない号になりました。作業をしながら国会中継ラジオを全部聞いていました。加戸前愛媛県知事の証言も全部聞きましたが、翌日の新聞・テレビの一切が、まるで加戸氏が存在していなかったかのような報道をしたことに心底震えが来ました。こんな仕事で金を稼いで、幸せなのか。



▼ 「道」第11号   [RES]
  あらや   ..2017/07/16(日) 18:08  No.508
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 65.4KB )

第11号デジタル化にかかった時間、「38時間/延べ日数8日間」。久しぶりに■■のないパーフェクト復刻です。やはり小学校の先生だけあって、ガリ版印刷は針山氏がいちばん上手い。表紙の絵は針山氏でしょうか。御園から見える羊蹄山ですね。左の肩がちょっとふくらんでいるので、すぐ喜茂別と気がつきました。となると、描かれている建物は御園小学校なのかな。

●小樽の渡部秀正君、大いに活躍して貰おうと思つていた矢先、突如「ラエネツク氏肝硬変」とか言う一種の黄疸症に取つつかれ病床に臥してしまつた。一周年記念号に予定していた彼の力作遂いに出せない事になつてしまつたが、再起の一日も早からん事を祈るや切。
(「道」第11号/同人消息)

これは残念。毎号楽しみにしているのに…(将来、針山氏が苦しむことになる肝臓の病気に似ているのが暗示的) それでは、次号に一周年記念第12号が控えていますのでここは躊躇わず進みます。


 
▼ 投稿拒否  
  あらや   ..2017/07/17(月) 18:41  No.509
  やはり御園だから「羊蹄山」じゃなくて「尻別岳」かな…と思って、編集画面に入り、直して送信したところでアウト。エラー表示が出て、以後書き込みができなくなった。メールで文句を言って、次の日の返事が

掲示板での投稿拒否について確認させて頂いたところ、
システムにより自動的に宣伝書き込みの疑いがありと判断され
一時的にエラーとなってしまったものと思われます。
現在は解除されておりますので、再度お試し頂けますでしょうか。

だって。

パソコンは駄目ですね。こんなのばっかりだ。

 
▼ 渡部秀正氏  
  あらや   ..2017/07/17(月) 18:46  No.510
   いわゆるガリ版の時代は十八号(昭和26年9月)まで続いた。手刷りは針山・上沢・岩木・松田などが輪番で担当し、栃木県や岩内町の孔版社にも何度か注文した。手刷りの時は月額五十円の同人費でも何とか賄えたが、孔版社に頼む回数がふえると百円に値上げしても苦しくなった。七号からは『しんぼる』の流れで入会していた倶知安高校生も一周年記念の十二号では全員姿を消している。入・退会の激しい流れは活版時代に入るまで続き、同人費名簿によると昭和二十七年一月現在の同人は僅かの六名になっている。
 針山和美・葛西庸三・渡部秀正・上沢祥昭・辻本常子である。辻本は一年ほどの在籍であった。
(針山和美「『人間像』の五十年」/三十号まで)

作業では、『道』の中の「同人規定」や「同人消息」「奥付」といった作品群とは直接関係ない部分もひとつひとつファイルを立ててデジタル化しています。それらをまとめて『道』一冊丸ごとのファイルも作りますし、第18号までのガリ版時代についてはPDF版も作ります。(なかなか難航しているのですが…)
検索システムでは、「道」で引けば『道』の各号を一冊丸ごと読むこともできますし、「針山和美」で引けば針山氏の全作品を読むことができるようになるでしょう。(針山和美デジタル全集です)
許諾が取れ次第、他の同人にも収録を拡げて行きたいと考えていますが、渡部秀正氏のようにどうにも消息がつかめない人も存在します。努力はしていますが、この場を借りてもお願いします。誰か渡部秀正氏について御存知の方がいらっしゃいましたら新谷まで御一報ください。「渡部秀正全集」はぜひ必要です。

 
▼ 玉石  
  あらや   ..2017/07/17(月) 18:53  No.511
  日に二枚と決めた小説の習作も出来ぬまま今日もいら/\と過ぎる
一生が習作時代であるのだと怒るが如くに呟きて見る
若さだけが真実であると信じてより凡才われに勇気沸きけり
(「道」第11号/針山和美「二百十日」)

『道』一冊丸ごとを読んでいただければすぐ解ることなのですが、針山和美氏は、今私たちが知っている『人間像』の針山和美氏とはかなりちがいます。まだ何者になることも決まっていない二十歳の青年です。

同じことは『道』同人すべてに云えて、『道』に、『人間像』のようないろんな才能が火花を散らすような世界を考えてもらうのはまあ無理でしょう。はっきり言って玉石混淆。当時の流行小説の下手くそな物真似(当人は大得意だが)とか、一時代間違えているんじゃないかといった少女小説や感傷詩歌も数多くみられます。デジタル化作業に私もうんざりしますが、当時ガリ版を切っていた人たちもきっとうんざりしてたんじゃないかな。

ただ、一つ発見がありました。なぜ針山氏は『湖にて』や『嫁こいらんかね』のような不思議な小説を書く作家になったのか、どこからこういう着想を得て来たのか、長らく考えているのですが、もしかしたらこれかな…と感じました。『道』体験かな、と。
一読でメッキが剥がれる陳腐作品、十八の小娘が考えそうなこと、内地人が思い描く北海道、そんな失敗作、失敗作家の数々を若い時期に目にしたことが針山氏の観察眼を独特なものにして行ったのかなと思いました。

 
▼ 創作の楽しさ・面白さ  
  あらや   ..2017/07/19(水) 09:11  No.512
   座談会(6月11日)予定どおり開催
 当クラブ活動の第1弾としての座談会創作の楽しさ・面白さ≠ヘ予定通り行なわれました。青木繁氏が俳句について、私(針山)が小説について話題提供をしました。
 (中略)
 次に私の小説の話は、失恋の悩みや、親や権力に対する不満、異常体験などが、誰かに訴えたいという気持をおこさせ小説をかかせ、書いて行く過程で小宇宙を作っているという製作上の満足感を覚えるようになるのだというようなことを述べましたが、この話で小説が書きたくなった人は1人もいないようでした。
(京極文芸クラブ会報 No.2)

この会報の発行は、昭和48年7月5日。『道』の時代からは二十年以上の時間が経っているのですが、なにか作家としての充実期を感じますね。京極小学校に赴任してきた先生が灰谷健次郎みたいな真面目な先生でなくてよかった… 『京極文芸』創刊号に『支笏湖』を載せるようなブッ飛んだ先生だったことは、京極町の大きな好運だったと私は本気で思ってますよ。「小宇宙」という言葉、いいですね。二年前は意味がわからなかったけれど、『道』を復刻する過程でなんか実感できるようになってきました。

 
▼ 北方文芸展  
  あらや   ..2017/07/19(水) 09:16  No.513
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 76.5KB )

http://www.h-bungaku.or.jp/exhibition/special.html
正式名称、「北海道文学館」創立50周年記念特別展「北方文芸」と道内文学同人誌の光芒。やはり「人間像」との関係が気になるので中島公園まで行ってきました。

結論、何の関係もなし。

いやー、清々しいくらい何の関係もなかったですね。少しは、互いにエッセイや作品を取り交わしたり、ゲストに招いたりの痕跡があるのかなとも思っていたのだけど、何もなかったです。
創刊号からの総目次が載っている『北方文芸2017』も売っていたけれど、買いませんでした。図書館で必要部分を拡大(活字が細かすぎる!)コピーすれば済むことだ。そもそも、「人間像」の人たちが載ってないんだからコピーの必要もないけれど。

在野であることを生涯貫き通した「人間像」は偉い。賢い、とも思いました。文学が生まれることに必要のない一切は省略という態度に私も賛成です。



 


     + Powered By 21style +