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司書室BBS

 
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▼ 「人間像」第99号 前半   [RES]
  あらや   ..2022/05/06(金) 09:33  No.890
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昨日(こどもの日)、蛭子可於巣改め千田三四郎『旅に惑いは』をライブラリーにアップしました。「千田三四郎」名義の小説って『ドイツの鋏』(第57号)以来なんですね。
(千田氏は当時現役の北海道新聞記者であったため、新聞社にあらぬ迷惑・誤解がかからないように「蛭子可於巣」などの不思議なペンネームを使用していたらしい。「人間像」参加は、札幌ではなく、道新東京支局勤務時代の東京からだそうです。『ドイツの鋏』はその頃の作品。)

第99号。この後、冨士修子『赤まんま』、内田保夫『暗い青春の歌』、針田和明『どぶ』『台所の歌』と小説作品が続きます。


 
▼ 針田和明  
  あらや   ..2022/05/10(火) 14:55  No.891
   俺の父っちゃんも母っちゃんもどんなんだか俺知らない。まわりみたら、みんな小樽の貧しい人間だった。技術身につけたのに、孤児はどうしてこう馬鹿にされなければいけないんだ。どうかしてるよな。どこかが狂ってるぞ。だけど、ひとりってのはどうしてこう淋しいんだべ。おっと、洋子を忘れてた。あれも小樽生まれだっていってたな。札幌へ来て、こうやって住みついてどこへも行けなくなったら小樽出身ときいただけで無性に嬉しかったものな。
(針田和明「どぶ」)

針田さんって小樽の人なのかな。第97号の『山もありゃあ谷もあらあな』も主人公が小樽育ちという設定だった。「針田和明」と「針山和美」は似ているので、昔は針山氏のペンネームの一つかと思っていた時もあった。(そう言えば、針山氏も小樽育ち。それで受ける感じが似ているのかな…)
一時は「人間像」の後継者として嘱望されていたのですが、若くして亡くなられたため皆が悲しんだと福島氏からお聞きしたことがあります。

 
▼ 針田和明2  
  あらや   ..2022/05/12(木) 09:39  No.892
   「白石駅はどっちへいったらいいんだべ」
 思索の糸がぷっつりと切られた。
「あ、それはですね、この道を真っ直ぐいって、あれ、あそこに踏切が見えるでしょう。あそこを右に折れて五百メートルほど歩いたところです」
「どうも」
「いいえ、どういたしまして」
 道をきいた男は、そのままわたしに歩調をあわせてついてくる。わたしが歩いていく方角であるから別に不思議はないのだが。
「おれ 一週間というもの米の粒を食べていない」
(針田和明「台所の歌」)

おー、私の実家だ。妙に親近感あるなあ。最後に〈荻野吟子〉も登場して、大変楽しめた一作でした。

作業は、この後、朽木寒三『文学の周辺で(4)』、上沢祥昭『ある文学徒集団の歴史(9)』の大きな山を越えて完了です。

 
▼ 第92号  
  あらや   ..2022/05/25(水) 08:58  No.893
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 ――いっそ思いきって、はじめから少年文学としてお書きになればいいのになあ。
 創作児童文学の出版者としては、いつもそんなふうにつぶやきました。そして、――いずれ脱稿されたなら、そしてこのままで出版するところがなかったら、一度作者とお会いし、ほとんどこのままで『次郎物語』の読者たちが読める程度に文章を明るくしていただいて……出版を企ててみようかしら、など考えていたのです。
(上沢祥昭「ある文学徒集団の歴史(9)」)

第92号は古宇伸太郎追悼号。『父・福島豊』を発表した福島昭午氏の許へ東京理論社(現・理論社)の小宮山量平から思いもかけない手紙が届く。古宇伸太郎『漂流』の未完部分を福島氏が書き継いで、父子共作の少年版「漂流」として完成させてはどうだろうか…

そうかあ、『次郎物語』か。かねがね、五十年後の今を生きる私がなぜ『漂流』をこんなにも興奮して読めるのか不思議でならなかったのですが、これで合点がいったような気がする。広津和郎との師弟関係などから『漂流』を説明しようとする論者がほとんどの中で、この小宮山量平の視点は群を抜いてシャープだと感じました。さすが、理論社。私の永遠の愛読書『佐野美津男少年詩集/宇宙の巨人』の出版社だけはある。

『ある文学徒集団の歴史』は、現在、「第92号」を通過中です。あと二、三日でゴールか。

 
▼ 針田和明3  
  あらや   ..2022/05/27(金) 09:14  No.894
   「針田和明って、すごい男だね。テレビで見ましたか」
 と福島が話しかけた。なんで針田がテレビに、と思ったら、「ユニークな廃品業者」ということでNHKの地方版に放送されたというのだ。
「病人という先入観があったんだけど、テレビの中の彼はどうしてどうして、まったくたくましい男で、圧倒されてしまった」
 と福島がさかんに驚きの声を発した。なんでも兄貴と二人で最近はじめたばかりらしいが、市民運動として、倹約を呼びかけながら廃品を回収しているところが変っているらしいのだ。若い婦人層にも大変な人気で、一躍テレビに登場ということにあいなったらしい。
(上沢祥昭「ある文学徒集団の歴史(9)」/第94〜95号)

へえ。『山もありゃあ谷もあらあな』まんまの人だったんですね。

第99号は今日完了します。BBSに書きうつしている暇なんかないんだけど、『ある文学徒――』があまりにも面白い記述に溢れているので15分間だけ遊んでしまいました。


▼ 「人間像」第98号 前半   [RES]
  あらや   ..2022/04/03(日) 10:05  No.886
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「いいところへ来てくれた。実はあんたの力を借りたかったんだ」
 と咽喉がつぶれたような、太いしゃがれ声でいった。
「実は、天虎(てんこ)と横浜と羽田の学生たちで、特攻隊を編成したんですよ。天虎に集結して特別訓練をすることになったんですが、教官が足りないんです。横浜からは三十三名の学生と九〇初練六機が、また羽田からは十二名の学生がそれぞれ天虎に集り、天虎とあわせて八十三名の特攻要員の訓練を開始しようというんです。海軍航空本部が全面協力してくれることになっています。ご苦労でも臨時に天虎の教官になってくれませんか」
(平木國夫「さい果ての空に生きる」最終回)

『さい果ての空に生きる』を早く読みたくて、第98号作業始めてしまいました。上出松太郎の一代記とも云える『さい果て』ですが、場面は、どんどん日本の戦局が泥沼になって行く昭和20年5月の東京です。すでに3月の大空襲で焦土と化した東京、霞ヶ浦から出向いた上出に思いもかけない特攻隊教官の話が降ってくる。さらに物語は、この横浜の学生の中には著者・平木國夫もいたという意外な展開に入って行きます。

と、ここまでが昨日の作業でした。今日もこれから作業です。あと二日くらいで『さい果て』は終わるかな。東京は桜が満開みたいだけれど、小樽の家の庭には二月の大雪がまだ一メートルくらい残っています。


 
▼ さい果ての空に生きる  
  あらや   ..2022/04/11(月) 11:44  No.887
   執筆を思いたってから四年になる。そもそもは同人であり親しい友人の福島昭午が、「空気の階段を登れ」の主人公・伊藤音次郎のような民間航空のパイオニアが北海道にも住んでおり、ひょっとすると私の作品のモデルになり得るのではないか、といってくれたのがキッカケであった。もしや、と思いながら問い合わせると、案の定、上出さんであった。それなら二十六年前、金沢駅頭で別れたままの人で、ひそかに探していた人である。手がかりを頼むと、北海道新聞に、上出さんの手記「サルムソンのころ」が掲載されたことがあるという。それなら、と今度はこれまた親しい友人の千田三四郎に連絡して、上出さんの手記を電子コピーにとって送ってもらったり、現住所を調べてもらったりした。
(平木國夫「さい果ての空に生きる」最終回/あとがき)

この作品が発表された1976年当時、福島氏は泊中学校に在職し、泊原発反対運動に大忙しだった時期です。後志エリアを主に歩いてきた人が、どうして1986年の蘭越中学校退職と同時に、今まで氏の来歴には一度も登場したことのない広島町(現・北広島市)に居を移したのかと時々不思議に思っていました。でも、この『さい果ての空に生きる』を読んで少し感じるものがありました。戦後、空を飛ぶことが出来なくなった上出松太郎が選んだ終焉の地がこの広島村だったのです。

 
▼ 第70/71号  
  あらや   ..2022/04/21(木) 05:47  No.888
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 現在の本誌の編集のパターンがここで形成されている。七十号、七十一号はほとんど同時編集、印刷進行といった驀進ぶりで、七十号の創作欄には、瀬田〈階段〉・朽木〈突然の破局〉・北〈目の周辺〉・辻井〈泥んこ道〉・古宇〈おらが栖〉、七十一号には瀬田〈ニッポン・ピカレスク〉・平木〈つばさの人〉・加藤〈城の姿〉・内田〈やどかり〉・上沢〈蹌踉の記・5〉といった風に、目じろおしの大作が集ったが、尚針山の手許には、春山の〈愛と逃亡〉、佐々木の〈ある疎開者〉、加藤テル子の〈神様の世界〉といった作品がストックになっていたのである。
(上沢祥昭「ある文学徒集団の歴史(8)」)

昨日、『さい果て―』以降の朽木寒三『文学の周辺で(3)』ほか4篇をライブラリーにアップし、最後の一本『ある文学徒集団の歴史(8)』に入ったところです。現在、「第70/71号」部分を通過中。いやー、今思い出しても、もの凄いラインナップ。

 
▼ 「人間像」第98号 後半  
  あらや   ..2022/05/02(月) 14:48  No.889
  4月30日、約250ページの「人間像」第98号作業を完了しました。作業時間は「181時間/延べ日数34日間」。収録タイトル数は「1887作品」です。

通常の約一ヶ月のペースで作業を終えられたのは、第98号の印刷インクが薄くなかったおかげでしょうか。でも少し疲れた。『ある文学徒集団の歴史』が〈第二次発情期〉の真っ最中なので、話題や作品評に溢れかえっていて延々と続くルビや傍点の嵐に少し疲れた。気がついたら世の中は連休なのか。

「第99号」と聞くと個人的には感じるものがあります。ついにここまで来たぞ…みたいな。幸い、インクも普通なので今月中に通過したい。4月23日は福島昭午氏の命日でした。『ヘラクレスは来なかった』を時計を早めて先に人間像ライブラリーにアップしようかとも考えていたのですが、ここは少し冷静になって、目の前の「第99号」の方を選択します。


▼ 「人間像」第97号 前半   [RES]
  あらや   ..2022/02/13(日) 16:39  No.881
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 張田は小樽の生まれだ。祖父の代から洋服店を経営していた。祖父は江差に田畑山林を所有し、そこに初めて駅馬車を走らせて町の人々の度胆をぬくといった資産家であった。祖父は江差だけではあきたらず、函館、小樽、樺太の恵須取に洋服店の支店を出し大いにあたったが戦争中江差の田畑山林を没収され樺太の支店も日本軍不利の情報で引払い函館は大火にあうという事態が生じ、小樽だけにしぼって営業を続けることにした。
(針田和明「山もありゃあ谷もあらぁな」)

うーん、久しぶりの「人間像」。第97号作業、開始です。まずは、針田和明『山もありゃあ谷もあらぁな』を本日アップ。これから、平木國夫『さい果ての空に生きる〈第3回〉』に入ります。

張田さん、小樽の人だったんですね。「人間像に現れた〈小樽〉」作品、私、即座に二十作品くらいは挙げられますよ。


 
▼ さい果ての空に生きる  
  あらや   ..2022/02/24(木) 17:13  No.882
  しかしたとえ彼らに遅れをとったとしても、北海タイムスのこの定期航空は、井上長一や東西定期航空会のそれと堂々と肩を並べ得るだけの大きな意義のある事業であった。つまり日本航空輸送のように国家予算で賄われたのではなく、新聞の売上収益で企画され実行された公益事業であった。という正にその一点に於いてである。これをなし得たのは、北海タイムスと朝日新聞だけではなかったか。やがて日本航空輸送は朝日新聞や井上長一らが営々として築き上げた定期路線を吸収合併してゆくのだが、それまでは、国も県もこれら民間航空事業に対して協力的ではなかった。北海道に於ける定期航空もまた一新聞社の私企業で、道も市も極めて冷淡であったといってもよい。むろん表面的には祝福のことばを浴びせても、経済的援助は何ひとつしてくれているわけではない。ともあれ規模に於いて、中央の一流紙である朝日新聞の幹線路線とはくらべられないとしても、その志に於いてその実績に於いて、朝日の東西定期航空会と共に高く評価すべきであろう。それは北海タイムス社の体質でもあったし、更には函館生れの上出松太郎という得がたい男が存在したからでもあった。
(平木國夫「さい果ての空に生きる」第3回)

ここのところ、千歳の飛行場がすっぽり埋まってしまうような大雪が北海道中で起こって、小樽もちょっと大変です。ライブラリー作業も二三日滞って、毎日雪かきばっかりしてた。

今、テレビが、ロシアのウクライナへの軍事侵攻を伝えている。

 
▼ 小野静子  
  あらや   ..2022/03/09(水) 12:59  No.883
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 朽木は本号の「小野静子の短き春」を発表する以前に、同通73号〈小野静子追悼号〉に、同題のエッセイをよせている。彼女の死の直後、その遺品の整理に立ち合った時の記録である。

 二月二日の夜、テル子さん(注・加藤テル子、後に同人となる)と二人で、小野静子のつとめ先だったパチンコ屋「名曲」にいった。遺品整理の為である。テル子さんは、小野さんから遺言ですべてをたくされた女友達なのだが、友の死におびえていて、一人ではいけないので、ぼくがついていったのだ。
 ビルの裏階段(せまい鉄ばしご)をのぼっててっぺんにつくと、まず、ナイトクラブ女王蜂の女給さんの控室があり、その次にボーイさんたちの溜りみたいな部屋があり、小使室があって、一たん屋上に出る。するとそこに、天井の高さがぼくの肩ぐらいしかない穴ぐら部屋があり、それがパチンコ屋の「女の子」たちの寝泊りする居住区だった。カーテンでしきられた部屋の入口に立って、おそるおそる「入っていいですか」ときくと、三人いた娘さんたちが、どうぞと招じ入れてくれた。三人とも、インテリではない、話しているとすぐに、心の温かさ、考えや気持の直線的な卒直さの分かる人々だった。このようないい友達の中にあって、彼女はなぜ死んだのかと思う。

現在、「人間像」第97号最後の山場、上沢祥昭『ある文学徒集団の歴史(7)』に入っています。昨日、第56号の章を終えました。
ご覧の通り、第56号表紙に「小野静子追悼号」の文字はありません。いらぬお節介で「人間像ライブラリー」の目次には〈追悼号〉の文字を書き込もうと考えたこともあったのだけど、しないでよかった。『ある文学徒…』を読んでいて、人間像同人会が意図的にそうしなかったということを知りました。また、「同人通信」には未発表の関連作品があり、これをライブラリーに挙げようと考えたこともあるけれど、これも無用でしたね。必要なことは上沢さんが全部活字にしてくれた。

 
▼ 南部なまり  
  あらや   ..2022/03/25(金) 09:32  No.884
   南部なまり   渡部秀正

日曜の朝
いわて公園に行こうよと子供が言う

かたくなで一途だった
土地の人々の
歴史そのままの
城あとの道をあゆみ乍ら
語りかける子供に
ふと土地のなまりがある

娘よ 其のなまりを忘れるな
幼かった日々の
かえらざる想い出のために

(「同人通信」第103号/巻頭詩)

戦争のニュースの日々、この詩に出会って涙が出た。気づかせてくれた『ある文学徒集団の歴史』、ありがとう。「同人通信」を預けてくれた針山家の皆さま、感謝しています。

 
▼ 「人間像」第97号 後半  
  あらや   ..2022/03/25(金) 09:37  No.885
  昨日、「人間像」第97号作業が完了しました。作業時間は「250時間/延べ日数46日間」。収録タイトル数は「1878作品」。

なんと、約280ページの本に一ヶ月半もの時間がかかってしまった。気がついたら3月24日だなんて、信じられないことだ。そして、今日の夕方のニュースが(道内の)新規感染者数が2048人と報じても、もう驚かない自分に驚く。


▼ 「人間像」第171号〜第190号   [RES]
  あらや   ..2022/02/03(木) 18:05  No.875
  「別冊人間像/平木国夫ヒコーキの小説特集号」作業が完了した一月末から数日間、次の「人間像」第97号作業に入る前に行っておかなければならない物事が公私ともに溜まっていて、今少し「人間像」作業は中断しています。

昨年秋、雪が降る前にと大急ぎで針山家からお預かりしてきた「人間像」第171号〜第190号の作業環境への取り込みもその一つ。
もともと、人間像ライブラリー当初の復刻計画では、針山和美氏の編集権が及ぶ範囲の「第170号まで」を考えていました。「人間像」第170号(2003年5月発行)は「渡部秀正追悼特集」号。その次の号が「針山和美追悼号」(2003年11月発行)となります。この辺が潮時かな…とは思っていました。第171号以降を扱うとすると、2003年以降の福島氏編集体制で新同人として参加してきた人たちの著作権の問題もありますし。(福島氏はそれを含めて「人間像」の復刻を許すとは言ってくれましたが…)
ひと冬、「人間像」作業の進行と平行する形で第171号〜第190号を読んできた現時点での感想では、やはり第190号までをしっかり復刻しなければならないという思いに傾きつつあります。第171号〜第190号の20年弱の時間の中でさえ、そこには福島第一原発があり、コロナ禍があり、千田氏や平木氏たち同人の死もありました。
「人間像」創刊号に針山氏は脇方鉱山へ勤労動員された旧制倶知安中学生を書いたことを思い出します。戦争、震災、病苦、そして、個人の小さな幸福も。「人間像」には現代の日本人が味わった様々な人生が描かれています。まさしく創刊号から第190号まで丸ごとが私たちの人間像なのだという思いが強い。


 
▼ 渡部かおる  
  あらや   ..2022/02/03(木) 18:11  No.876
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■第171号(2004年4月発行)――父の追悼号が出た翌年、娘の渡部かおるさんが同人参加。詩作品『CON・NEにて』を発表しています。作品発表は第176号の『唐墨鳥』まで毎号続きます。
■第172号(2004年11月発行)――ガリ版時代の古い同人、土居漠秋(麦秋)が復帰。
■第173号(2005年6月発行)――新同人・笹原実穂子。以降、女性作家の参加が続く。

 
▼ 千田三四郎  
  あらや   ..2022/02/03(木) 18:15  No.877
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■第174号(2005年12月発行)――「特集・千田三四郎追悼」号。この号には、福島、平木の「追悼・丹羽文雄」の二篇も載る。さらには、新同人(!)藤本英夫が『青春の遺跡・天津楼』を発表。(あの、『銀のしずく降る降るまわりに』の藤本氏が人間像同人だった一時期があったなんて驚きでした。驚きは次号でさらに爆発。)
■第175号(2006年7月発行)――福島昭午『風の如く来たりて、風の如く去りし人』。藤本英夫氏、2005年12月に逝去。「追悼・千田三四郎」の補遺として、1974年8月の東京同人会の模様がテープ起こしされている。千田文学の本質に迫る深い内容。
■第176号(2007年3月発行)――渡部かおる『唐墨鳥』。
■第177号(2007年11月発行)――村上英治『沈黙して月は沈んでいく』発表。『海に棲む蛍』の続編。
■第178号(2008年12月発行)――村上英治『多喜二まんだら雪明り』発表。
■第179号(2009年12月発行)――『堺比呂志さん逝く』。
■第180号(2010年10月発行)――『さようなら、「小ば金」さん』。

 
▼ 平木國夫  
  あらや   ..2022/02/03(木) 18:18  No.878
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■第181号(2011年9月発行)――日下邦子『(三・一一)東日本大震災』。福島昭午『濃縮と拡散』。
■第182号(2012年9月発行)――「平木國夫追悼特集」号。日下邦子『あの日から、そして一年』。
■第183号(2013年9月発行)――福島昭午『ヘラクレスは来なかった[1]』(序章「駒里村へ」)
■第184号(2014年9月発行)――福島昭午『ヘラクレスは来なかった[2]』(第一章「反原発運動以前」〜第二章「原発を考える会」〜第三章「漁民決起」)
■第185号(2015年9月発行)――福島昭午『ヘラクレスは来なかった[3]』(第四章「CR作戦」〜第五章「村長選挙」〜第六章「石内漁協落城」)。村上英治『あなとみあとあん』。

 
▼ 村上英治  
  あらや   ..2022/02/03(木) 18:22  No.879
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■第186号(2016年9月発行)――表紙裏ページに村上英治『北浜運河』の広告。(2022年1月末時点で、道立・札幌・小樽図書館に『北浜運河』の所蔵なし。「日本の古書店」「アマゾン」等にも出品なし。)
■第187号(2017年9月発行)――「北村くにこ特集」号。表紙裏ページで「人間像ライブラリー通信」始まる。
■第188号(2018年8月発行)――村上英治氏の訃報(2017年6月、逝去)。妹尾雄太郎氏の特別寄稿。
■第189号(2019年8月発行)――新同人・長岡由秀『沈黙の百二十年』
■第190号(2020年8月発行)――福島昭午『小説・春山文雄と[1]』(序章「出会い」〜第一章「同人誌「路苑」と「道」)

 
▼ 福島氏のパソコン  
  あらや   ..2022/02/03(木) 18:28  No.880
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 朽木寒三が一番はやくワープロを使い始めた。それこそ初期のワープロだから、ディスプレイも二行しか文字が出ないヤツだ。彼の原稿が綺麗なのを羨ましく思った。私の職場では事務員が、朽木より少し進んだ機械を使っていた。保存はテープレコーダーを回し、テープの磁気に記録する方法の機械。するうち、ワープロ業者が最新の機械を持ち込み、講習会を催した。生徒の成績一覧から偏差値もキー一発で計算できる。四、五人組んで買えば安くなるというので、私もわりこんだ。一ヶ月ほど苦労したが、間もなく操作できるようになった。しばらくして、針山も買った。
(「人間像」第182号/福島昭午「惜別」)

私の作業部屋にも1990年代に使っていたMS-DOSの最終機パソコンをまだ残してあります。電源は入れたままにしてあるけれど、もう20年以上も触れたことがないから、今、スイッチを押して起動はできたとしても、そこから先は何が何だか動かせないような気がします。もうみんな忘れちゃった。パソコンは自転車やスキーとはちがう。
福島氏のパソコンを時々思うことがあります。一度、氏から連絡のメールを貰ったことがありますから、おそらくは、このワープロ専用機から始まって、MS-DOSの時代を経て、現在のWindowsの世界で定着されているのではないかと想像しますが…

…と、ここまで書いたところで、郵便受けに「人間像」終刊号/福島昭午追悼集」が。
さあ、休憩は終わりだ。明日から第97号作業に入ります。夢は枯野を駆け巡る。


▼ 別冊人間像/平木国夫ヒコーキの小説特集号   [RES]
  あらや   ..2021/12/24(金) 11:41  No.869
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12月17日より「別冊人間像」作業に入りました。『つばさの人』、『ひとり飛ぶ』、『女流飛行家第一号』、『絆』、『おお!少年航空兵』と来て、今日から『渡り鳥記』へ。
「人間像」に発表された作品についてはその作成ファイルを利用し、他誌に発表されたものについてはいつものワープロ原稿から始めてと、作品によって作業が異なるので、今回はなかなか時間が読めない。加えて、大雪があったり、世の中が年末年始のモードに入ったりで、なかなか落ち着いて作業していられないのが少し悩みですね。

 お父様、ごめんなさい。いつまでも手をふっていられたお父様の孤独なお姿が、私の心に今も消えずに残っております。
 七尾よ、さようなら。私の過ぎし日よ、さようなら。空虚になった自分の心をどうしていいのかわかりません。
(平木国夫「絆」)

この『絆』の次に、「七尾中學一年 平木國夫」が書いた『おお!少年航空兵』が続くなんて、粋な演出ですね。平木氏の作品は二度目に読み返した方が感じます。こんなにきっちりした作品だとは思わなかった。


 
▼ 渡り鳥記  
  あらや   ..2021/12/31(金) 16:39  No.870
   ロスアンゼルス着が午前八時十分。一時間五分後に国内線のジェットでデンバーまで一時間五十分。デンバーからウイチタ行きは二時間四十分も待たなければならず、空港のレストランで軽い食事をした。レストランにはいって、はじめてアメリカにいるんだなと実感として受けとった。それはウエイトレスたちがみんなアメリカ人だったことだ。
(平木国夫「渡り鳥記」)

本日、「渡り鳥記」をライブラリーにアップしました。年内の仕事はこれにて終了。で、明日元旦からは「李ラインを越えて」に入ります。

「渡り鳥記」は初めて読んだのですが、面白かったですね。上のちょっと不思議な文章、平木国夫氏は、戦後のある時期、駐留軍で通訳を職業としてきたので、自然、アメリカ人たちとスナックバーやレストランに出かけた際、日本国内ですからもちろん日本女性のウエイトレスしかいなかったわけです。アメリカ女性は男性を従えて肩をそびやかしてレストランに入って行くもの、そんな観念に自然馴らされてしまっていた平木氏にとって、「ウエイトレスたちがみんなアメリカ人」の光景は、たしかにここは日本ではなく異国であったというエピソードです。「渡り鳥記」はそんな気づきに満ちている。時代をうまく纏っている。

 
▼ 迎春  
  あらや   ..2022/01/01(土) 16:12  No.871
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2022年。今年もよろしくお願いします。

 駅からの帰り途、ホテルの近くのスナックバーで葡萄酒を注文した。私があてずっぽうに、
「ヴィノをくれ」
 と英語まじりでいったら通じたのだ。イタリヤ語でも同じらしい。なんとなく心身ともに疲れたせいか、ローマのヴィノがマドリッドのとくらべて、まずいのかうまいのか識別することが出来なかった。
(平木国夫「渡り鳥記」)

昨夜呑んでいたワインのラベルを何気なく見たら「ヴィノ」だった。英語のWINEがスペイン語のVINOなのね。(瀬田栄之助氏の作業の時に使った「スペイン語ミニ辞典」による)
元旦は大吹雪。『李ラインを越えて』は書き換えがかなり多いので、正確を期すためワープロ原稿から起こすことにしました。

 
▼ 楽書帖「空気の階段を登れ」  
  あらや   ..2022/01/14(金) 11:59  No.872
   「ぼくがもう一度、小野さんが書いた筈ですよっていうと、冗談じゃない、おれは作家じゃねえけどペンで食っている人間だ。プロとアマの文章が区別つかないほど耄碌しちゃいねえよ、ですってさ」
 朝日の航空部長というのはパイロットではなく、社会部記者出身である。私自身は、もちろんそんなすぐれた文章を書いたなどとは思っていないけれど、読む人が読めばわかってくれるんだな、ということがわかって嬉しかった。小野部長にはそれがわからないのだ。すると、朽木が「婦人公論」に「中島成子戦記」のゴースト・ライターになったときのことを思い出した。
「朽木さんに頼まなくても、これくらいの文章だったら私だって書けますね」
 と中島女史が、婦人公論の記者にいったという。もっとも小野の方は中島女史より少しはましなようで、書きなぐりの文章をそのままで外部の人にわたさず、必ず私の手もとを通過させている。とはいえ構成とか文章の省略とかいったことがさっぱりわからず、だらだらと書きつらねて、まともな文章を書いたと思っているのだからかなわない。
(楽書帖/6.「翼に賭ける」刊行)

1月5日からこっち、平木国夫『楽書帖』のワープロ起こしです。10日間かかって、やっと半分くらいの分量の第16章まで来ました。もう10日間か…
ここ数日小樽は大雪で、みるみる「人間像」の作業時間がとられます。こんな日々が、昨日今日なんてものじゃなく、ひと冬えんえんと続く山麓の地を思い出しました。
「翼に賭ける」、大変興味深いので「日本の古書店」に発注した。

 
▼ 出版記念会  
  あらや   ..2022/01/25(火) 11:04  No.873
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 私自身は、『空気の階段を登れ』という題は、非常にいい題だと思っておりました。しかしそれは、文学的に見ていい題だと思っていたんですけれども、平木さんの本を読んでみましたら、初期の飛行家が、ヒコーキの高度を上げるときには、空気という目に見えない階段を一段ずつ登るように、機体を操縦しながらあがっていくんだ、ということが、書いてあって、ああなるほど、これはただ文学的な言葉だけでなくて、ヒコーキの高度をあげるときに必要な技術だということがわかりました。航空界に住んで、小説を書いている平木さんは、両方の世界を知っている人であって、この題を、平木さんが選んだのは、やっぱり見事だったなと思って、それにも感心しました。

長かった『楽書帖「空気の階段を登れ」』が漸く終わって、今、ラストの出版記念会レポートを通過中です。上のスピーチは八木義徳氏。この少し後には、ヒコーキに乗って東京に来た針山和美氏も登場します。
この『別冊人間像/平木国夫ヒコーキの小説特集号』は、大雑把に言えば、『空気の階段を登れ』という歴史的作品がこの世に生まれてくるまでの平木国夫氏の二十年間をまとめたものと言えるでしょう。『翼に賭ける』なんて、その二十年間の中の一エピソードにすぎない。調子に乗って古本屋から買っちゃったけれど、こんなの読んでる場合じゃない。もう一度、『空気の階段を登れ』をちゃんと読み返そうと思いましたね。

たぶん今週中にはフィニッシュではないでしょうか。

 
▼ 祝電  
  あらや   ..2022/01/27(木) 17:44  No.874
  オメデトウサラニケンサンノカイダンヲノボリブンウンノソラニハバタケ」 チダサンシロウ (北海道、千田三四郎)
ワレモマタクウキノカイダンヲノボルココチナリ、バンザイ」 フルウシンタロウ (北海道、古宇伸太郎)

本日、「別冊人間像/平木国夫ヒコーキの小説特集号」、完了しました。私もまた「クウキノカイダンヲノボツタ」心地です。
今回は400ページの本を自分でコピーしたわけではないので参考にはならないと思うけど、まあ記録として… 作業時間は「208時間/延べ日数39日間」でした。(年を越してしまった…) 収録タイトル数は「1859作品」に。

また今回の作業は、年だけではなく、Windows10からWindows11の移行も跨いでいました。で、言っちゃあ何だが、Windows11、最悪ですね。仕事に使っている機能のことごとくが使いにくくなった。いつもなら一時間もあれば完了する画像処理が、何時間もかかる。どうも、慣れれば元に戻る…といった手応えではないですね。スマホとの関連付けに夢中になって、古典的な機能を捨てたんじゃないか。


▼ 「人間像」第96号 前半   [RES]
  あらや   ..2021/11/18(木) 12:09  No.864
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11月12日より第96号作業へ入りました。今日、巻頭の作品、佐々木徳次『二つの柩』をアップしたところです。第96号の創作は、『二つの柩』以降、針田和明『うそ発見薬』、平木国夫『さい果ての空に生きる(二)』と並ぶのですが、いずれも大作で、全220ページの内、120ページをこの三篇で占めています。また一ヶ月くらいかかるかもしれない。

ここから一ヶ月だと、もう世の中はクリスマスかあ…


 
▼ 間宮茂輔  
  あらや   ..2021/11/22(月) 13:52  No.865
   東京ステーション・ホテルのホールは駅の二階だった。はじめてみる。きらびやかな装飾がなく、いかにも大正年代らしい雰囲気で、両先生を偲ぶにふさわしい。すでに参会者が廊下に待っていた。御遺影を渡す。受付の白髪の人が、どうも間宮茂輔氏らしいが確認できない。ここにも二十年の歳月が流れている。
(古宇伸太郎「墓参」)

間宮茂輔(まみや・もすけ)は、私、知りませんでしたね。『墓参』のこの部分も無意識に読み飛ばしていました。お恥ずかしい。(ステーション・ホテルはちゃんと記憶しているのに…)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%93%E5%AE%AE%E8%8C%82%E8%BC%94

第96号、福島昭午『間宮茂輔氏の想い出』、平木国夫『遠くの隣人』を本日アップしました。これより平木国夫『さい果ての空に生きる』に入ります。

 
▼ 上出松太郎  
  あらや   ..2021/11/29(月) 18:24  No.866
   やがてアブロは、飛行場の真上で、右に、左に、急旋回をやった。するうち水平に姿勢を正し、不意に機首が下って、急降下にうつった。墜落だ、と誰の目にもそう映じた。ところがクルッと半円を描き、逆さになり元に戻った。そうだ、宙返りだ。永田操縦士も、あんなふうな宙返りをしてみせたっけ。村人が見上げる中で、アブロの宙返りは、二度、三度とくり返された。次に逆転をやり、燕返しをやった。村の人には、それらの正式な名称はわからないが、そうだろうと思った。彼らが思った通りの名前でいいのであった。もちろん逆転に見えたのは宙返り反転《ループ・ハーフ・ロール》、燕返しに思われたのは失速反転《ストーリング・ロール》であった。その他、はじめて見る曲技飛行の数々が展開された。
「こりゃ、名人だ」
(平木国夫「さい果ての空に生きる(二)」)

いやー、上出松太郎、しびれました。もの凄く得した気分。
https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11E0/WJJS06U/0123415100/0123415100100040/ht100040

明日から第96号後半戦へ。今日は『さい果て』の仕上げで疲れたから、これまで。

 
▼ 「人間像」第96号 後半  
  あらや   ..2021/12/16(木) 14:22  No.867
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昨日、「人間像」第96号作業、漸く完了です。作業時間は「168時間/延べ日数31日間」。収録タイトル数は「1844作品」になりました。

215ページの大冊ですから、まあこんなものなのでしょう。年内の「100号通過」など、夢のまた夢といった状況です。
215ページの内、じつに77ページを占める上沢祥昭『ある文学徒集団の歴史』ですが、針山編集長から「第99号までに完了するよう」厳命が下ったようで、この後どんどんページ数が増して行きます。先ほどちらっと第97号を見たら、『ある文学徒』だけで130ページに及んでいました。頭くらくらします。

その『ある文学徒』が扱う「人間像」、ついに第50号に到達しましたね。そうか、『たんぷく物語』の登場は第50号の記念号だったとか、小野静子さんを含む東京同人会の笑顔とか、なにか、懐かしいものに溢れていました。少し元気が出た。さあ、第97号、頑張るぞ。

 
▼ クリスマスの贈り物  
  あらや   ..2021/12/17(金) 10:15  No.868
  さあ、頑張るぞ!と第97号に取りかかろうとしたのだけど、奥付を見たら「昭和51年6月1日」の発行日になっている。第96号が「昭和50年5月20日」だったから、この間、一年以上の時間が流れている。こんなことは「人間像」の歴史の中ではなかったことなので、また旭川刑務所のミスプリか?とも思ったのだが、そう言えば、第96号の編集後記に気になる一文があった。

寡作な同人の多い中にあって、例外的に量産型なのが平木である。職業柄、海外旅行など多く、決して時間のある方ではないが、今連載中の長篇の他に、いろいろな誌紙に執筆、その間をぬって今作品集の編集の最中である。千三百枚の内容で別冊人間像という形でこの夏か秋には刊行の予定である。まさに情熱の男というところである。

ああ、あれか!ということになったのでした。『別冊人間像/平木国夫ヒコーキの小説特集号』。この号は針山家でも所蔵してなく、北海道立文学館にコピーをお願いしたのですが、後日、厚さ3pほどの紙の束が送られて来た!という代物です。「人間像」史上最大の400ページに及ぶ号なのでした。(通常の「人間像」のサイズだと思ってコピーを依頼したのですが… 道立文学館には本当にご迷惑をかけました。400ページだと知っていれば手伝いに行くんだった…)

というわけで、これから『別冊人間像/平木国夫ヒコーキの小説特集号』の旅に出ます。帰ってくるのがいつになるか、今の時点では想像もつかないです。


▼ 「人間像」第95号 前半   [RES]
  あらや   ..2021/10/21(木) 09:23  No.861
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10月10日より第95号作業へ入っています。平木国夫『さい果ての空に生きる(一)』、内田保夫『勝利への陥穽』、針田和明『灰とキリスト』、富士修子『回転木馬』は人間像ライブラリーにアップ済み。今日から、第95号の最高峰、蛭子可於巣『空洞に響く』に入ります。ちらっと「穂足内騒動」などという言葉も見えて、血が騒ぎます。

今、書類棚の一角を空けて、沼田流人の資料をまとめ始めています。第100号通過の辺りを目処にライブラリーの新展開があるかもしれません。


 
▼ 空洞に響く  
  あらや   ..2021/10/27(水) 18:29  No.862
   『長野って、アイヌの口誦文芸なんかについて解説してる、あの長野かい』と仙堂。
『聞きたいな』と堀川も。
 エミは、寄りかかる仙堂の躰を避けるように、そっと腰をソファーの端にずらした。『その有名な長野さんに対して、おまえは俗物だよ。まぎれもない俗物中の俗物だ、って。頭が禿げ六十歳を越した温厚な長野さんが、とうとう赤沼さんの罵倒に耐えられなくなって、子供みたいに大粒の涙を零してたわ』と言って、腿のあたりを這っていた仙堂の手をやわらかく押え、『どうしようもないいたずらっ子』とたしなめた。
(蛭子可於巣「空洞に響く」)

千田三四郎(=蛭子可於巣)さんの単行本の作品なら全部読んでるつもりだったけれど、なんかこれは読んだことがないな…

作業してて、深く納得。意図的に単行本からは外したのですね。「人間像」で読めればそれでいい、「人間像」で読むことに大事な意味がある、と云うべきか。「人間像」の仕事をしていて、幸運だった。

 
▼ 「人間像」第95号 後半  
  あらや   ..2021/11/10(水) 17:00  No.863
  昨日、「人間像」第95号作業を終えました。作業にかかった時間は「137時間/延べ日数27日間」。収録タイトル数は「1825作品」へ。

なんと一ヶ月もかかってしまった。上沢祥昭『ある文学徒集団の歴史』には教えられることも多いのだが、付随的に今まで手掛けた「人間像」を再度チェックすることになるので時間がかかるのです。今回は、第24号から第35号までを手直ししました。
見慣れないペンネームがどんどん登場して来て驚かれると思います。これは、「人間像」という一つの雑誌の中で各人が何種類かのペンネームを使い分けるからなのです。例えば、上沢祥昭氏は詩作品を発表する時は「上沢祥昭」ですが、小説には「神坂純」を使います。(昔は「冬野管」を使ったこともあったかな…)
ペンネーム一つだけを使い続けた人って瀬田栄之助氏だけじゃないかな。書きまくっていた頃は、一冊の「人間像」目次に「瀬田栄之助」の名が三つも四つも並ぶことがありましたからね。あれはあれで壮観なものでした。

さあ、第96号へ。北国は雪が積もる前にあれこれやらなければならないことも山積みで、年内の100号通過は難しい状況ですが、行けるところまでは行くつもりです。


▼ 「人間像」第94号 前半   [RES]
  あらや   ..2021/09/20(月) 11:32  No.857
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9月17日より第94号作業へ入りました。本日、津田さち子『大和ばかの記(8)』、平木国夫『大空に生きる』ほかを人間像ライブラリーにアップしたところです。これから平木国夫『絆』作業に入ります。その向こうに針田和明『人魚の島』が見えているんだけど、なんか面白そう。「第一章 りしり」だって。

空は晴れているのに、風が冷たい。カーリングの季節が始まって、歯医者通いも再開。年内の第100号到達、狙ってます。特に意味はないけど…


 
▼ 人魚の島  
  あらや   ..2021/10/01(金) 11:14  No.858
  九月中に平木国夫『絆』、針田和明『人魚の島』のアップ完了。
『人魚の島』は、作業前は古宇伸太郎『漂流』みたいな小説を思っていたのだけれど、やってみたらチェーホフの『サハリン島』というか。もう少し文章やテーマが洗練されれば、「人間像」初期の金沢欣哉さんがやっていた漁村文学の進化形になるんじゃないか…とか、いろんなことを思いました。ソ連軍進駐から引揚げまでの残留日本人たちの暮らしは大変勉強になった。
第一章・りしり/利尻島の少年期〜鰊漁〜小樽水産学校
第二章・からふと/元泊〜海豹島〜結婚〜ロシアパン〜岡田嘉子
第三章・とよはら/太平洋戦争〜ソ連進駐軍〜漁業トラスト〜引揚船(真岡港)
第四章・ほっかいどう/引揚船(函館港)〜CIC北海道本部〜物価局〜小樽漁業協同組合
小樽の波止場に佇む物語ラストがいいね。

今日10月1日は、買い替えた空気清浄機(コロナのおかげで量販店の人気ナンバー1商品みたいですね…)の置き場所づくりで部屋の掃除からスタートです。

 
▼ セールスマン物語  
  あらや   ..2021/10/08(金) 14:28  No.859
   一と口に一年とは云うものの、此の一年間は私の過去を通じて最も大きく私の性格を変えて了ったと云える。いや、性格が変って了ったと云うのは云い過ぎかもしれない。が、少くとも以前の私には出来ない事を、或る程度平気で実行して居る自分に驚く事がある。
 此の間も、こんな事があった。
 出張から帰った日だったと気憶している。
 夜行に乗って小樽へ着いたのは、朝、九時少し前だったのだが、出張後の整理や、主任との連絡に時間を費して朝食を食べ損ね、昼休みのベルを聞いて、にわかに激しい空腹を感じ、近所のソバ屋へ飛び込み、ザルソバを註文した時、顔見知りの女中が私の前に四つ目の折りを運び乍ら「今日は随分、お上りになりますのね…」と冗談半分、お世辞半分の調子で云った。
「うん。きみの顔を見乍らだと、幾つでも食えるんだよ」 私の口から、実にすらすらと出た冗談である。云って了って、顔の赤らむ思いだった。二十才を越したか越さぬばかりの私が、冗談にせよ、こんな事を云うようになって居たのだ。その言葉の卑俗さよりも、私は殆んど無意識のうちに、それを口にしたと云うことに、或る悲しみにも似た想いを味って居た。
(渡部秀正「セールスマン物語」)

これは、上沢祥昭『ある文学徒集団の歴史(4)』に引用された渡部秀正『セールスマン物語』です。うーん、ちゃんと新字新仮名になっている…

 
▼ 「人間像」第94号 後半  
  あらや   ..2021/10/08(金) 14:36  No.860
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「人間像」が新字新かなに切り替わるのは第50号あたりだったでしょうか。かなり遅い。人間像同人は旧制中学最後の世代ですから、基本的に旧字旧かなで教育を受けた人たちです。戦後の代用教員で学校に行ったグループは比較的早く新字新かな/当用漢字に対応して行くのですが、そうではない、旧制中学から直で社会人になった人たちはけっこう遅くまで旧字旧かなで小説を書くんですね。(まあ、これは「人間像」だけに限ったことではなく、「文学界」や「新潮」などの一般文芸誌なども切り替わるのは遅かったのですが… 新字新仮名を嫌う大御所がほとんどだったのでしょう)

いつまで経っても「新字旧かな」の時代が続くので、業を煮やして自主的に「新字新かな」表記に換えたのは「人間像」第37号からです。画面が急にくっきりはっきり、「人間像」が読みやすくなった日のことを今でも覚えている。

もっと早く気づくべきであった。『セールスマン物語』を読み返してみて、今すぐ「新字新かな」に直したい欲求を抑えることができない。こんな素晴らしい渡部さんの世界が「旧かな」のせいで皆に読まれないとしたらとても悲しいことだ。もっと早く切り替えるべきだった。せめて、ガリ版の時代が終わって、活版が定着する第23号以降は、いつか「新字新かな」を実現したい。いや、する。

というわけで、昨日「人間像」第94号作業、完了です。作業にかかった時間は「107時間/延べ日数20日間」。収録タイトル数は「1792作品」になりました。


▼ 「人間像」第93号 前半   [RES]
  あらや   ..2021/08/27(金) 16:59  No.854
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8月23日より第93号作業に入りました。本日、津田さち子『大和ばかの記(7)』、平木国夫『亀勇という女』、上沢祥昭の詩三篇などを人間像ライブラリーにアップしたところです。そしてこれから蛭子可於巣(=千田三四郎)『詩人の斜影』作業に入ります。長いし、ルビ多いし、かなり手間暇かかる作品なので、今度ご報告する時は九月になってしまうことでしょう。かくて、短き北国の夏は終わりぬ。

個人的にも『詩人の斜影』は懐かしい作品です。今から二十年くらい前、千田三四郎が「人間像」同人だったとはつゆ知らず、主に〈啄木〉方向から千田作品を夢中で読み漁った時期があるのです。どの作品も印象深かったが、『詩人の斜影』はその中でも洞爺丸台風クラスの衝撃だった記憶がある。その伝説の作品に今ここで再会するなんて、人生って不思議なもんだな…とちょっと思う。


 
▼ 詩人の斜影  
  あらや   ..2021/09/06(月) 11:54  No.855
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 紳士の歯ブラシのような髭がだんだん目障りになり、このような一方的な饒舌のお相手がしんぼうしきれなくなったのです。無下な断わりで、しなければならぬ煩瑣な応答に手間取るよりは、面倒をなるべく避けたくもあったのです。早く帰ってもらうためにと安易に考えて、しまってあった問題の詩集を取り出してきました。しかも汽車が停留する小都市の駅へ紳士を送る馬車の手配までも牧童に指示して。
 だが慎司は、詩集を他人の目にさらしたとたんに、これまでの思惑が激しい後悔へと揺れ動きました。紳士の好奇心が髭のかげで卑しげに相好を崩していそうなひがみすら覚えて、芳江の名がしるされた見返しに指先が、たばこのニコチンの沁みたそれがさわったとき、いましがたの投げやりな迷いとは裏腹に、清潔なはずの妻の肌がたちまち汚されてゆくような逆撫での悪寒に耐えねばなりませんでした。
(蛭子可於巣「詩人の斜影」)

本日、『詩人の斜影』、アップです。ルビ処理に丸々二日間かかったよ。上の十行ばかりの文章に、饒舌《じょうぜつ》、煩瑣《はんさ》、思惑《おもわく》、相好《そうごう》、沁《し》みた、逆撫《さかな》で…とルビが入る。それが延々50ページばかりも続くのだから往生しました。でも、名作を無事仕遂げた安堵感で今は胸いっぱい。

これも吉田孤羊。『詩人の斜影』を読んだ後、啄木会時代、ミーハーで北村農場ツアーに参加したしたことを恥じたものでした。今は和解したものか、農場に「バタ」歌碑も建っています。

 
▼ 「人間像」第93号 後半  
  あらや   ..2021/09/17(金) 09:22  No.856
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昨日、「人間像」第93号作業を完了しました。作業にかかった時間は「112時間/延べ日数22日間」。収録タイトル数は「1766作品」になりました。

第91号の「90時間/延べ日数16日間」に比べ1.5倍くらいの時間がかかっているのは、『詩人の斜影』と『ある文学徒集団の歴史(3)』があったからでしょう。
収録タイトル数も「1662作品」から「1766作品」に跳ね上がったのは、『ある文学徒―』の仕事をやっていると、付随的に初期の「道」「人間像」作業の見直しをしなければならなくなるからです。今回も、過去の同人〈木下博子〉〈奥山昌子〉〈別府u〉の全作品をエントリーしました。
『ある文学徒―』第3回が扱っている時期は「活版印刷前夜」とでも云える時期です。自前のガリ版から孔版印刷(プロのガリ版)へと移って来て、同人もそれなりに腕を上げ、例えば渡部秀正『不安な年代』や葛西庸三『腐敗せる快感』などといった力作が生み出せるくらいには成熟して来た時代です。(といっても、『不安な年代』を書いた時の渡部さんは小樽の高校三年生ですからね、恐れ入ってしまいます…)
「人間像」が活版に踏み切る時期というのは、「人間像ライブラリー」的に云うと漸く現在の検索システムがホームページに登場した時期にあたります。仕事を始めた四月以来、自分が今作っているファイルが形になるのかどうか判らない不安から解放された時は本当に嬉しかったなあ。

画像は第18号の裏表紙。ついに裏も使うようになりました。孔版時代の華とでも申しましょうか。


▼ 「人間像」第92号   [RES]
  あらや   ..2021/08/10(火) 18:47  No.850
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8月4日より第92号作業に入りました。現在、同人他の〈追悼文〉部分を終え、古宇伸太郎〈作品特集〉に入ったところです。『漂流(第7回/最終回)』に相当する部分を今進行中ですが、これ以外の作品はすでに作業を終えていますので、300ページを越える第92号てすが仕上がりはいつもより早いと思います。

また歯を抜いたので、今日は少し鈍痛だった。


 
▼ 漂流  
  あらや   ..2021/08/13(金) 16:26  No.851
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 火をつけた。紫の濃い煙が光りの中で渦を巻き、縞もようを描き、一瞬、馬や犬や人の顔の形をつくって、消えた。何となく〈煙っていいなあ〉と思った。煙は、どんどん空へ昇っていってしまいには、雲にのりまたがって世界中を駆けまわれる。ひょっとすると、太陽や月や星の国々にさえ行けるのかも知れない。米の値段や貯金帖のことを心配しなくてもいいし、何より、簿記だとか算術などで顔をしかめなくてもいい。
 炭火が赤々と燃えパチパチはねる。煙が終ってこまかい白い灰が火気にのって飛びあがっては、落ちる。
 切り炉へ火を移しているうちにふと、窓のないあの部屋をもう一度はっきり見ておこうと思いついた。私の創りあげた立派な少年の住む部屋だ。

古宇伸太郎『漂流』のラストを書き写していて涙が出た。「私の創りあげた立派な少年の住む部屋だ」という最後の一行が小説家・古宇伸太郎の人生を見事に暗示しているように感じました。
第92号に『漂流』第七回というものはありません。追悼号ということで、『漂流』は第一章から最後の第百四章まで全て起こし、更に息子・福島昭午氏の「註」が付けられています。追悼号ですから、これはこれで人間像同人会のとる態度として正しいのかもしれませんが、私には、「私の創りあげた立派な少年の住む部屋だ」で止めた方が余韻が残ります。そこで、「註」の入らない『漂流』第七回を独自に作らせてもらいました。
お盆の入りの日に『漂流』が間に合ったこともなにかの縁でしょうか。福島さんの初盆に。

 
▼ おらが栖  
  あらや   ..2021/08/18(水) 17:51  No.852
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『漂流』を完了した時点で、もうこれ以降の作品はすでに作業済みのものばかりなので過去のファイルをコピペして、はい第92号終了と思っていたのですが…
『おらが栖』をいじり始めたらすぐに気づいた。書き換えられている! なんという執念なのだろう。そして、さらに驚いたのが、

――丸帯はさておいて問題は、奥さんに誤解され通したことです。A子の訴えだけを聞かれたのですから、妻の座から共感なさるのはごもっともです。しかし、妻子を棄てて若い女と駆けおちした、などというお考えだけは御勘弁ください。今は全智の世界におすまいですから、何も彼もお見とおしでしょうが、念のためいま私の口からじかにお聞きとり下さい。

第70号発表時の『おらが栖』は単に銭函版「ぼくのアウトドアライフ」といった作品だったのですが、ここに新たに、古宇伸太郎―福島昭午父子の確執の原点「離婚」の記述が入って来ると『おらが栖』は全く違った様相の作品になってしまいます。

福島氏が『父・福島豊』の中で、「父の書いたものはストイックではなかったように思う。いわば弁解じみたものにならざるを得ない性質のものである。私はそれがあまり好きではなかった」と言っていたのはこれかと思いました。福島氏はまだ許さなかった。その強烈な文学観が、古宇氏をして『漂流』の世界に踏み込ませたのでしょう。

 
▼ 子烏  
  あらや   ..2021/08/21(土) 10:01  No.853
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 妻に対して疑惑を抱いたのは、十一月も末の朝のことである。小学校四年生の長男から、母親の留守を悲しむ手紙が届いた。――度たびの隣村ゆきに妹も弟もひどく淋しがっているし、今度は十日も戻らない、と訴えて、また、母の許しなく父へ手紙を書くことを禁じられているからこの手紙のことは、母に告げないでほしい、そういう内容がたどたどしい鉛筆がきで綴られてあった。不吉な予感で男の心臓がしめつけられた。妻の従弟の赤い歯ぐきの色が不潔な色でうかんできた。一度は、まさかと否定したものの、父ヘの手紙を禁じられている、という追い書が、否みがたい力をもって、迫ってくる。

書き換えられていたのは『おらが栖』と『子烏』でした。『馬頭観音』を改稿した『旧街道点景』に書き換えの手が入っていないのは、舞台が東京時代であり、〈離婚〉の経緯に直接かかわる事柄ではないからだと考えます。古宇氏にとっては、『蛾性の女』と同じく昔の作品なのだと思います。ただ、そうであれば、『おらが栖』と『子烏』は人間像同人である古宇伸太郎の〈今〉を、福島氏を始めとする同人たちに語る真剣な作品と云えるでしょう。緊張感は息苦しいほど。

本日、「人間像」第92号作業、完了しました。過去のデジタル化作品をかなり援用しているので参考にはならないかもしれないが、一応、記録として。333ページの「人間像」第92号に対して、作業にかかった時間、「77時間/延べ日数16日間」。収録タイトル数は「1681作品」に。



 


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