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司書室BBS

 
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▼ 「道」第8号   [RES]
  あらや   ..2017/06/26(月) 14:01  No.499
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第8号デジタル化、完了。かかった時間は「31時間/延べ日数7日間」でした。第8号だけはデジタル版でないと読めないでしょうね。楽しみにしてください。

生れは今は異国の樺太で戦后、岩内・奈良・大阪・倶知安・京極・して再倶知安へと放浪の人間で最も好きなものは海と素朴な田園風景。又悲しい事は故郷が失はれた事です。(新同人WK)

 昭和六年六月二日旭川市に生まれ帯広にて一年入学、三年生の九月満州海拉爾(ハイラル)市に渡り、六年卒業と共に、国立海拉爾高等学校入学、二十年八月終戦、翌年九月引き揚げ中退、見習看護婦として町の病院に就職、二十三年十一月家事の都合退職、現在に至る。(新同人OM)

みんな凄いですね。編集後記では「朝鮮戦争」に触れているし。誤字とか、稚拙な表現とかいろいろあるけど、当時二十歳前後の人たちが書いた文章を読んでいると、思いっ切り馬鹿だった自分のあれこれが思い出されてきて、けっこう落ち込みます。



▼ 「道」第7号   [RES]
  あらや   ..2017/06/19(月) 15:19  No.496
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先ほど第7号デジタル化、完了。かかった時間は「29時間」(←おゝ、30時間を切ったぞ!)延べ日数は7日間だが、これは途中で草むしりや畑仕事が入って来て作業に集中できなかったためです。

第7号掲載の評論『人間性の再認識に付いて』の中で(たぶん初めてだと思うが)「人間像」の言葉が出てきて吃驚。著者も「秋野芳」で、今まで書いたこともなければ、同人紹介にも登場したことのない人。「秋野/春山」の連想で、えっ針山和美氏なの!とも思ったが、あまりにも文章がダサすぎる。ま、単なる偶然か。
あと、今回初めて、読めない文字が出てしまいました。「■■の出来次第■■する予定だつたものだから、かなり落着かない。」 これ、編集後記の書出し部分なのですが、ガリ版印刷のロウ原紙が撚れていて文字が滲んでいる。せっかく第6号までパーフェクトゲームで来たのだけど、ここでストップか。今のところ■です。(←悔しいなあ…)
新同人自己紹介7人の内、「京極村」の人が3人も! 倶知安中学の学生の6割は汽車通学で、それぞれ「京極線組」とか「岩内線組」とか呼ばれていたという話を福島昭午氏からお聞きしました。同じ汽車で毎日通う皆は仲が良かったそうですが、なんとなくそんな京極線(胆振線)風景を彷彿とさせるエピソードですね。私も京極村「更進」とか「川西」とか打っていてとても楽しかった。

さて、これから草むしり。第8号は明日から。


 
▼ うわっ!  
  あらや   ..2017/06/20(火) 17:50  No.497
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針山家からお預かりして来た時、全冊見渡して「ああ、こういうのもあるんだ…」と知ってはいたのですが、それが、この第8号だったんですね。

■■どころじゃない、■■■■■■■■■■■■■■■とでもいった非常事態です。45ページの画像データを作るのに一日かかってしまいました。

 
▼ 思い上り  
  あらや   ..2017/06/22(木) 09:08  No.498
  思い上がってるな。世界に一冊しか残っていない本を手にしている興奮にちょっと酔いしれている。もう少し謙虚にならないと失敗するかもしれない。今はまず、黙ってこの第8号を皆が読めるまでに形にしよう。


▼ ハルカヤマ藝術要塞   [RES]
  あらや   ..2017/06/16(金) 06:40  No.495
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ハルカヤマ、行ってきました。で、今日は撮ってきた写真の整理です。今、「道」第七号デジタル化の最中なんだけど、ひとつ、長ーくて(私には)詰まらない作品にぶち当たってしまって難渋していたところです。一日中ワープロ打っても、なかなかに終わらない。そんな時にこういう気分転換が入ってくれて、とても有難いです。

春香山。全体的にファイナルのムードがそこかしこに漂っていて、しんみりと良かったです。タイトルも『ハルカディア』とか『ハルカヤマからの贈り物』とか、私とハルカヤマ…みたいな視線が随所に飛び交っていてファイナルにふさわしい雰囲気でした。特に、渡辺行夫氏の『石を食む』(写真)にはオッと思いましたね。氏独特のオブジェと春香山の石や土が合体している! 私の大好きな渡辺作品に恵庭・ユカンボシ河畔公園の『ドン・コロ』があるんですけど、あれに似た波長を感じました。

写真整理もずいぶん久しぶりなんですけれどね。「おたるの図書館」の頃は日課のように毎日やっていたのが嘘みたいだ。あの野外彫刻写真はどうなるの?という問い合わせも時々受けるんですけど、私にも目処は立っていないのです。でも、これっきり、捨ててしまうことはないつもりです。今は「人間像ライブラリー」が形になることが優先だと考えています。形になるための戒めです。同じような質問で、なにか紙の「ライブラリー通信」みたいなものはやらないのか?(前はやっていたじゃないか…)というのも多いのですが、これも、今ここでそれを始めてしまうのは(私は夢中になる性格なので)大変危険だ…という判断です。別に萎縮しているわけではないのですが、一日は誰にも24時間しか時間がないので。



▼ 「道」第6号   [RES]
  あらや   ..2017/06/13(火) 15:35  No.492
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第6号デジタル化、6月13日今朝、完了。かかった時間は「33時間(延べ6日間)」。ほぼ第5号と同じですね。一週間で一冊くらいの、このペースで行くのかな。

https://www.sapporo-info.com/event/detail?id=78444
(HPがFacebookに移ってしまいました。大通情報ステーションで。写真ないけど…)
今週はこの「ハルカヤマ藝術要塞」があるので少しペースが遅れるかもしれません。ファイナルなんですってね。穂別、遠いなあ…


 
▼ 昭和25年  
  あらや   ..2017/06/13(火) 15:38  No.493
  あゝ/\/\
一時も早く御許を得て御前に参上致し度いろ/\申上候ふて御許しを得たき事も山々有之候、何とぞ/\一日も早く御返事の程念じ上候、
(石川啄木「天下一品怪美人の艶書」)

これは明治40年「小樽日報」記者・石川啄木が書いた三面記事「天下一品怪美人の艶書」(←人間像ライブラリーで読めますよ)です。明治40年の日本人ならこういう書き方なんだろうけれど、昭和25年の日本人もけっこう文章に使うんですね。

 平吉は、そつと周囲を見廻はしてみた。そして、少し離れた男の、おづ/\した視線に合つて慌てゝ目をそらした。 ―しつ うるさいのが来たぜ― この言葉に、ガヤ/\と、しやべつて居た日雇い達は、監督の眼を逃れて八方え散つた。
(渡部秀正「財布」)

「おづおづ」「慌てて」とは直さず、書かれている通りに「おづ/\」「慌てゝ」としています。そうしないと「昭和25年の日本人」の味わひが出ないと思ふから。

 
▼ 踊り字  
  あらや   ..2017/06/13(火) 15:43  No.494
  日本語文字パレットから「ゝ」や「ゞ」を取り出してきて、「慌てゝ」とか「みすゞ」とかやっているんですけど、ちょっとそのパレットの隣を見ると「ヽ」とか「ヾ」といった似たような記号がある。なんだろ、これ? ガリ版のロウ原紙を切っている人によっては「ヽ」「ヾ」の方を用いている人もけっこう多い。

で、不安になって調べてみました。(ウィキペディアって有難いですね…)

で、いろんなことを知りましたよ。この歳になって。

まず、この「ゝ」「ゞ」「ヽ」「ヾ」って、「踊り字」と呼ぶんですね。で、使い分けはこうです。
 こころ → こゝろ
 つづく → つゞく
 バナナ → バナヽ
 ハバネラ → ハヾネラ
つまり、平仮名で音が重なる時は「ゝ」、濁音で「ゞ」です。で、片仮名の時が「ヽ」「ヾ」だったんです。知らなかったなあ… これからはちゃんと使い分けよう。

ちなみに、「/\」は「くの字点」と言うんだそうです。人間像ライブラリーで使う予定の縦書きソフトは、この「/\」がすらーっと美しく表示されるんですよ。


▼ 「道」第5号   [RES]
  あらや   ..2017/06/08(木) 09:59  No.491
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第5号デジタル化、昨日(6月7日)完了。かかった時間は「32時間(延べ6日間)」でした。

第5号から判型が、現在の『人間像』に続くA5判に変わります。あの時代でAサイズを選んでいるのは一寸(←今、私のワープロ文字設定が「昭和25年」にタイムスリップしています)凄いですね。学校や官公庁の公文書がBサイズからAサイズへ変更になるのは、たしか私が志木高校図書館に勤めていた昭和50年代です。それ以前の日本社会はほとんどBサイズの本とか印刷物で出来上がっていましたから、A5判の同人雑誌はかなり目立ったのではないでしょうか。(←今、「ないでせうか」を「ないでしょうか」に再度書き直し)

昭和25年。私はまだ生まれていません。(昭和27年11月生れです)
『道』同人の自己紹介欄を見ると「昭和4年生れ」が殆どを占めているので、ああなるほど私の父(昭和3年生れ)と同じ世代なんだ…とか思いながら作業をしています。まだ独身だった時代かな…とか。母とデイトしていたのかな…とか。
針山和美氏はこの年の7月に南京極小学校から喜茂別の御園小学校へ転任ですね。伝説の御園時代。結婚されたのもこの時代ですね。戦争からの復興を少しずつ感じなから、さあ、第6号へ。



▼ 見えないガラス   [RES]
  あらや   ..2017/06/01(木) 09:12  No.489
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今の人にはもう何が書かれているのかわからない手書きガリ版文字が、普通にスマホでも読める文字になるだけでも価値があるかもしれない。字が読めるようになったら、改めて気がつけばいいと思う。字は読めるけれど、今度は、そこに書かれた言葉が読めるかどうかは別の問題です。

針山氏の「『人間像』の五十年」に描かれた初期の同人たち。渡部秀正氏の『場末町の歌』(「路苑」第一号)、瀬城乃利夫氏の『道』(「道」第三号)を直に今読んでいる幸福をひしひしと感じつつ、現在は、第四号のデジタル化が進行中です。針山和美『見えないガラス』は昨日完了。今日は上沢祥昭氏の作品評からスタート。同人自己紹介、編集後記と続いて、うまく行けば今日中に第四号は終了かもしれない。

もう六月なので、経過報告を。5月12日に初期『人間像』24冊をお預かりしてから20日間ばかり、4冊の作業完了です。ガリ版刷り誌面のため画像データも別に撮っていますので、その分時間が少し余分にかかっています。

同時進行で、HP「人間像ライブラリー」の検索システムも現在検討中です。転居のお知らせハガキには「五月下旬」などと書いてしまいましたが、今少し遅れます。HPのコンセプトを出来るだけ単純に絞り、誰でもできる単純な操作で目指す作品を一気に読み出せるような「検索」システムを考えています。

『見えないガラス』は大変興味深かった。単行本収録作品では見当たらない、二十歳の青年・針山和美の内面を垣間見た思いがします。早く、この新発見を皆様にお届けしたい。六月も頑張ります。身体は健康です。


 
▼ 「道」第4号  
  あらや   ..2017/06/01(木) 19:04  No.490
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先ほど第4号の処理完了。かかった時間は「24時間(5日間)」でした。処理に使っていたコピーをファイルに綴じて、今、防災トランクから第五号を取り出してきたところです。と言っても、作業は明日から。もう今日は疲れた…

第5号からぐっと垢抜けて来るんですね。カッコいいイラストがあちこちに。


▼ 「道」第3号   [RES]
  あらや   ..2017/05/28(日) 13:36  No.486
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第3号デジタル化、27日午前中で完了しました。かかった時間は「23時間(延べ5日間)」でした。
第3号は孔版印刷なので比較的作業しやすいかなと思っていたのだけど、そんなことはなかったです。何人かの筆耕プロが手分けしてガリ切りをするんですけど、字を知らない人が中に混じると、その人がやったページに入るとガクンと読みづらくなる。ページのあちこちに判読不明の漢字が出てきて、まるで陸上競技トラックの途中にぱらぱら小石が落ちているようなものでとても走りづらい。

ま、ぶつぶつ文句を言ってる時間も惜しい。次へ行こう。


 
▼ 夢の中の奴隷  
  あらや   ..2017/05/28(日) 13:39  No.487
  島尾敏雄に『夢の中での日常』という作品があるけど、その針山版みたいな感じ。

「ぼやけてる奴があるかつ、降りたら整列だ、整列」
 何時もと同じ言葉で繰り返し乍ら親方は手に持つた六尺棒を高く振り上げると、動作の遅れがちな年老いた仲間の一人を力まかせに殴りつけた。老いた奴殻は痛さをこらえ、「ううつ」と唸つたが、そのあとでニヤリと不敵な笑い含みをした。それは多分「此れ位でへたばるものか」と言う強い者に対するおのれの反撥を、親方ではなく、何時もびくびくものの仲間達へ認識させようとしてやつた仕業だつたが、それが却つて親方の眼にとまつたのである。然し親方はその場で制裁を加える様なことはしなかつた。彼はその獰猛な顔でニヤ/\笑ひ、「これは楽しみがひとつ出来た」とでも思つている事だろう。何故なれば此の恐怖の寮の制裁は彼等に取つては何よりの慰めの一つでもあつたから。
(春山文雄「夢の中の奴隷」)

脇方での勤労動員の記憶が色濃く作品に影を落としている。ただ、針山氏は勤労動員や援農が辛かったとか、青春を返せとか、そういうことが言いたいわけではないのです。針山氏はそういう体験をも文学作品の方へぐにゃりと変形させてしまう。この感触が、たぶん、島尾敏雄の『夢の中での日常』や『贋学生』を思い起こさせたのではないだろうか。そして、思い起こしたのがもう一人。沼田流人。

 
▼ 血の呻き  
  あらや   ..2017/05/28(日) 13:47  No.488
   夕暮は、地の上に廻って来た。
 彼等には、殆んど、全二月もの間手を休めないで、稼ぎ続けた程にも思われた。あの、食物を盗まれた老人は、落ちて行く夕陽に掌を合せて一つ頭をさげて、側に立っていた誰かの顔を見て笑いかけた。
『日が、暮れる。兄弟……。』
 彼は、小児のように嬉しげに微笑して、咡いた。
 意地悪い蝎は、それを見逃さなかった。
『老耄蟇(ひきがえる)奴! 仕事さえ止めれば、笑ってあがる。』
 この不運な老人夫は、唯太陽に感謝した罰で、その額を一つはり飛ばされた。
(沼田流人『血の呻き』)

実際に〈タコ部屋〉的な体験をしたのが針山和美氏で、「これほどリアルな」と賞賛される沼田流人に実は〈タコ部屋〉体験がないということが興味深い。

「軽川トンネルのタコ部屋に潜入取材してルポルタージュ『血の呻き』を書き上げた!」とか言ってる人もいるけど、それ、もの凄い間違いですよ。(現在の価値観で物事すべてをぶった切る馬鹿の典型…) 流人は倶知安八幡で木賃宿をやっていた祖父を手伝う関係で、旅人や住民から漏れ伝わってくるタコ部屋の〈噂話〉を『血の呻き』という作品へ組み込んだのですよ。それが自分の死生観や身体感覚とない混じり合ってあのような特異な作品が生まれました。

針山和美氏を「プロレタリア作家」とか「反戦作家」と言ったら皆笑うでしょう。それと同じで、いつか人間像ライブラリーに『血の呻き』が登場したら、「小樽に多喜二、倶知安に流人」などと騒いでいた茶番たちは消え去るでしょうね。


▼ 「道」創刊号   [RES]
  あらや   ..2017/05/23(火) 10:49  No.484
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「道」創刊号のデジタルデータ化にかかった時間は「14時間」。日数にして「2日間」でした。その前にやっていた「路苑」創刊号のデータ化にかかった「34時間(延べ6日間)」と較べると結構な短時間なので順調に作業が進みそうですが、それぞれに抱えている条件を加えると問題はそう簡単ではないのです。

例えば、活版印刷の「路苑」35ページなら原稿量は多いけれどOCR作業(文字読み取り)は比較的素早くできる。これがガリ版刷りの「道」になると当然パソコンのOCRソフトは使えません。すべて手打ちのワープロ作業になります。これが結構難しい。敗戦直後の昭和24年です。占領期でもあり、当用漢字が通達される中での旧字体で教育を受けてきた人たちの混乱は相当なものです。(昭和27年生まれの私には「舊字体」はちょっと手に余る。啄木の明治時代まで戻るとかえって楽になるのだが…)

当面は「新字」で統一して作業を早めます。仮名づかいはそのまま。「新かな」までは直さない。なを、ガリ版時代のものについては、全ページ画像のPDF版を用意しますので、公開後、作者や関係者の指示に従うつもりです。


 
▼ ベット  
  あらや   ..2017/05/23(火) 11:06  No.485
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ガリ切り作業上の略字(例:歴史→厂史)や誤字(例:芥川龍之助)などは気がつき次第直しているのですが、そう気楽に直せない例がこの「ベット」なんですね。
作者が「ベッド」を「ベット」と勘違いして覚えている。「ジャンパー」を「ジャンバー」とかね。(←これ、北海道っぽい)
去年「京極文芸」の復刻をやっていた時には即「ベッド」に直していたのですが、今回また「ベット」に遭遇するに及んでちょっと考えなおしました。これは直さない方がいいんじゃないか。
当時二十歳の青年が間違って覚えていたというよりは、当時の日本人がこういう英語理解だったということなのであって、そうだとすれば、ここは「ベット」の表記の方が正しいのではないかと思い始めたのです。
ボブ・ダイランやバート・バチャラッチを思い出す。情報が少なかった頃のラジオは平気でこう言っていた。女優のオードリー・「ヘップバーン」とローマ字ヘボン式の「ヘボン」先生は同じ綴りだとかね。
時代相とか地域性を多分に含んだ言葉・表現については、そのまま表記にとどめた方が良い。たかだか現在の価値観で過去の作品をぶった切る愚を犯してはならない。PDF版もあります。読んでいて「えっ?」と思ったら、PDF版で一度ご確認ください。


▼ 路苑   [RES]
  あらや   ..2017/05/18(木) 08:43  No.481
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針山家から「人間像」最初期(昭和24〜27年)の二十数冊をお預かりしてきました。早速デジタル処理を開始したところです。第18号までがガリ版刷り時代、第19号(昭和26年12月)からが活字と理解していたのですが、現物を見ると、そう簡単なことではないことがよくわかりました。活字になってからもガリ版に戻ったり、同じガリ版でも、自分たちで切ったものや、印刷屋さんの孔版印刷(←プロがガリ版切りをやってくれる、美しい、読みやすい)があったりといろいろです。もう今の人には何言ってるのか全然わからないと思いますが…

今は「人間像」のきっかけとなった前身の雑誌「路苑」の復刻中。作業用のコピーをとって、画像データを全ページつくって、そのデータをOCRソフトにかけてテキストデータにして行く…というところまでは湧学館と同じです。そこから、湧学館ならば製本作業に入って行くのですが、小樽スワン社に製本道具はないですからね。(みんな湧学館に置いてきた) 今の小樽では、つくった全てのデータを「人間像ライブラリー」のファイルにまとめ上げて行くわけです。針山氏が亡くなった頃の第170号くらいまでをやれば、少しは「図書館」らしい格好になるかなとか思ってます。

パソコン作業に疲れると、庭に出て土いじりをしたり、家の中を掃除したり物を整理したりしています。五月に入って、ようやく冬が終わったような気がする。残したいものを残し、もう必要が終わったものはリサイクルへ。


 
▼ 新谷先生  
  あらや   ..2017/05/18(木) 08:51  No.482
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 まだ肌寒い四月の風が容赦なく吹き過ぎる高い崖の上である。先程からゲートル、戦闘帽の姿も凛々しく、然しぼんやりと説明を聴いている中学生の一団があつた。説明しているのは大方会社の役員か何かであろう。年の頃四十五六、雪焼して色は浅黒いが、言葉の調子は飽迄も鮮明で、それに服装の一つ/\が体にしつくりしていて凡そ堅い人柄を想わせる。その直ぐ横には隊長新谷先生が、此れは幾らか緊張の面持で一々頷き、説明を聴いていた。説明者の話に依ると此処は此の鉱山の中でも最も採鉱量が多く、従つて活気ある場所だそうだ。名附けて第三鉱床とか言う。
(春井雄三「三年間(其の一年)」)

「路苑」をいちばん先に取り上げたのには、この小説『三年間』の一部分が載せられているということも大きな理由でした。初めて『三年間』を読んだ。そうか、『三年間』にはこういうことが書かれていたのか! ちょっとした衝撃でした。

針山氏には『反抗期』という作品があります。戦争中、京極の脇方(わきかた)鉄鉱石鉱山へ勤労動員された倶知安中学生たちを描いた小説なのですが、「新谷先生」はここに登場します。名前が「新谷」なもんでいつも気になっていた作品だったのですが、まさか、処女作品『三年間』の昔からの登場人物だと思ってもみませんでした。

「路苑」には「針山和美」名義で『冷い一夜』という小品も載っています。こちらも興味深い。19歳の時に、当時の文芸投稿雑誌「文学集団」の入選一席をとった作品ですが、このモチーフは延々と時代を生き延びて、昭和33年「人間像」第46号発表の名作『百姓二代』のクライマックスに結実するわけです。もの凄く、息が長い人だ。

針山氏の人間像ライブラリーが少しずつ解明されて行くことに喜びを感じます。

 
▼ 三年間  
  あらや   ..2017/05/18(木) 16:25  No.483
   崖に細い路が附いていた。私達は一列になつて其処を降りた。陽当りの良い所はねろ/\した粘土が剝出しになつて居り、狭い下水には粘土の溶込んだ水が溢れる様に流れていた。
 鉄のさびた色――粘土の色がそれである。鉱車も、鉱車を運ぶ豆電車も、そして其処に働く全ての人間達がその色一色に染つていた。只二本並んだレール丈がナイフの様に不気味に光つている。
 軌道に沿つてしばらく行くと其処が採鉱の現場であつた。真黒な鉄鉱石の岩が絶壁をなし、泥色の生命が鶴はしを揮つていた。勢いの良いのもあれば、ぴく/\死に掛つた生命もある。否、それでも生命と言えるだろうか。
(春井雄三「三年間(其の一年)」)

いや、これは凄い… 直感的に沼田流人『血の呻き』を思い起こしました。

『反抗期』では新谷先生や友人との遣り取り場面がほとんどを占めていて、格別、状況描写や風景描写に気を留めたことはなかったんだけど、こうやって動員先の風景が描かれると俄然『血の呻き』以来の山麓文学の血筋をひしひしと感じます。

どうしようかな。「人間像」の仕事が終わったら、『血の呻き』現代語訳とか『三年間』の活字化とかを考えていたのだけど、前倒しした方がいいんだろうか。少し動転してます。


▼ 78時間   [RES]
  あらや   ..2017/05/09(火) 10:03  No.480
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連休ももう終わりの7日午前中で『人間像』別冊・針山和美追悼号の全196ページテキスト化が終了。作業にかかった時間は延べ78時間、約15日間でした。

鈍いのか、これで普通なのか、よくわからない。ただ、仕上がったファイル群をどんどん縦書きソフトで読んで行くのは快感でした。今、ここに、人間像ライブラリーが誕生しようしている!という感触がありました。もう少しだ…という感触がたしかにあった。

フォントが昔のものなのか、印刷自体が粗いからなのか、OCRで読み取っても文字化けが凄い。一字一字文字化けを潰すことでその作品を読んで行くという特殊な読書法は湧学館時代と変わらないけれど、その先にある展開がかなりちがうから、そこに賭けてみようと再度思いました。

変な読み方だけど、なにか、作家が原稿用紙に向かって一字一字書いて行くスピードに近いものがあるのではないだろうか。作家の息づかいを感じ、生きた時代の日々を感じながら、ここからデジタル復刻作業に入って行きます。




 


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