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▼ 「人間像」第80号 前半   [RES]
  あらや   ..2020/11/20(金) 16:52  No.787
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本日、第80号巻頭の作品、村上英治『佩刀禁止令異聞』をライブラリーにアップしました。以降、神戸雄三『被害者』、渡部秀正(!)『招待旅行の話』、北野広『逆転』、朽木寒三『ハルピンの雪の夜に』、内田保夫『朱にまじわれ』、佐々木徳治『父の写真』、古宇伸太郎『雨の郭公』とどんどん作業を進めて行く予定です。
第80号記念ということで、いつもにはない企画があれこれ入っていて手間がかかるような気もするし、インクが第79号よりは濃いので130時間もかかるようなことはない気もする。
今、先日(11月11日)発表された国の文化審議会報告書のことを書いています。ちょうど『佩刀禁止令異聞』作業をやっていたので妙にしんみりした気持ちになった。

速報 北海道、新たな感染304人…初の300人超えで、2日連続の最多更新
https://news.yahoo.co.jp/articles/97085e39b623cc58379e1255adae81a6bcce95cc

ラジオニュースが午後二時半の時点でコロナ感染者が三百人を超えたことを報じていました。


 
▼ 招待旅行の話  
  あらや   ..2020/11/22(日) 16:47  No.788
   一行の乗った特急「はつかり」は、既に刈り入れを始めたみちのくの水田地帯にさしかかって居た。その頃、関根達は今夜の宿泊地、松島のパークホテルの平面図を前にして、あわただしい、しかし真剣な打合せを始めて居た。店主が参加する予定の処へ、急にその娘が現われたり、店主と息子の予定が夫婦に変って居る気まぐれの客の為に、昨夜遅くまでかかって作成した部屋割りを、もう一度、やり直さなければならぬ事になりそうだった。
(渡部秀正「招待旅行の話」)

本日、渡部秀正『招待旅行の話』をアップしました。作業は今のところ順調に進んでいます。
2020年の私は、この第80号を最後に渡部さんの作品はもうこれ以降読めないのだと知っていますから、なにか切ない気持ちで作業をしていました。切ないと云えば、特急「はつかり」の名が出て来たことも切なかったなあ。親の仕事が国鉄だったので東京の学生時代は札幌との往復は全て鉄道でした。飛行機に一回も乗ったことがない。いつもこの「はつかり」でしたね。上野から青森駅に着くまでで十時間もかかるんだけど、飛行機料金の十分の一で札幌へ帰れることは貧乏学生には有難かった。この方法以外考えたことはなかったなあ。『招待旅行の話』が見事にこの「はつかり」コースを巡っているので少しばかりセンチになった。

 
▼ 科学文学論  
  あらや   ..2020/11/25(水) 06:53  No.789
   文学が科学的認識でもって解釈できるということは、文学が言語というものから成りたち、言語は文学という記号によって説明されるものでことを認めることになります。さらに、文学というものは記号であると同時に、別な面から眺めれば、それは現象的には紙の上に残された、つまり物理的なものにほかなりませんし、さらに逆の立場から眺めれば、人間相互のコミュニケーションに対する重要な手段であると考えることができます。
(白鳥昇朗「科学文学論〈1〉」)

原稿の字が汚いのか、旭川刑務所の囚人が無学なのか、「文学」と「文字」の字がごちゃごちゃに植えられている。明らかにこの部分は「文学」ではなくて「文字」だろうと手直ししたい欲求に駆られるが、迂闊にそれをやってはいけないと思いとどまる。
『同人通信』にこの誤植についての白鳥氏のコメントでもあれば直せるのだが…と思って、久しぶりに『同通』も見たが言及はない。ということは、紙面にでている通りの文章で今はアップするしかない。

数十年ぶりに吉本隆明『言語にとって美とはなにか』を引っ張り出して読み返しています。「本稿は、一九六一年九月から一九六五年六月にわたって、雑誌『試行』の創刊号から第十四号まで連載した原稿に加筆と訂正をくわえたものである」とありますから、当然、白鳥氏の1968年の『科学文学論』はこの『言語に−』に触発されて書かれたものなのでしょう。当時の吉本隆明の影響力を感じます。今年は夏のNHK教育テレビ「100分で名著」で、これまた数十年ぶりに『共同幻想論』を読み返したりと、ちょっとした吉本イヤーだった。

 
▼ 「人間像」第80号 後半  
  あらや   ..2020/12/03(木) 11:31  No.790
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「人間像」第80号作業完了。本日、ライブラリーにアップしました。作業にかかった時間、最速の「83時間/延べ日数16日間」でした。収録タイトル数は、「1478作品」。濃いインクが本当にありがたい。

 半身を起して男は再び
「おい!」と叫んだ。男の喉声が、男の不安をさらにあふる。母の返事がにぶく伝わってきた。
「いない、やっぱりいない――」 男はとび起きて、兵児帯をまき巻き、階段をおりた。
 二日ほどまえ、足首をくじいた母が、寝床から
「いま、でていったよ」と首をのばした。
「いま?」
「そ、五分もたたないね」 腹ばいになって、雑誌をひろげていた妻の兄も、片手をついて顔をあげた。
「どこへいくって?」
「さ、なんともいわなかったね」
(古宇伸太郎「雨の郭公」)

こういうの、私小説って言うんだろうか。あまり馴染みのない分野なんですけど、変にズーンと響く重さがあったな。ましてや、私たちはすでに福島昭午『妥協』(第39号)を読んだ後の人たちですからね。とても感じ入った。80号記念ということで巻末に「総目次」が10ページ(!)に渡って繰り広げられています。この10ページのひとつひとつを全て読んでここまで来たんだ…と感無量になった。コロナウイルス「第三波」のど真ん中で仕上げたことにも少しばかり自己満足。


▼ 「人間像」第79号 前半   [RES]
  あらや   ..2020/10/26(月) 18:56  No.783
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十月下旬より「人間像」第79号作業に入っています。今日、巻頭の神坂純『ガム伝(1)』をライブラリーにアップしました。
以下、古宇伸太郎『旧街道点景』、内田保夫『ある構図』、針山和美『湖にて』、佐々木徳治『休日の憂鬱』、朽木寒三『薬包紙の冒険』、西川康彦『霧』などの作品を仕上げ次第アップして行く予定です。第79号は約160ページ、インクも薄いので、久しぶりに100時間越えの作業になるのではないでしょうか。

昨日、北海道でコロナウイルス感染者が一日「60人」を記録しました。感染が広がっていた三月〜四月の頃を越える過去最高の感染者数です。地域も札幌を飛び出して各地に広がっています。昨日は帯広市立図書館で感染者が出て同図書館の臨時休館が伝えられたりしました。(きっちりコロナ対応を整えた上での「休館」はダメージ大きいだろうなあ…) グラフの伸びを目にすると、なにか「第三波」のような事態がちらっと頭をよぎったりします。

近況でした。さて、明日から古宇伸太郎『旧街道点景』。


 
▼ 湖にて  
  あらや   ..2020/10/31(土) 09:41  No.784
  本日、針山和美『湖にて』をライブラリーにアップしました。第79号、全167ページ中の70ページまで来ました。薄いインクの靄の中を進行中にしては、まあ順調なのかな… 「79」という数字には少し魔力がありますね。『病床雑記』で始まった怒濤の第七十号代がここに終わるという感慨があります。
『湖にて』をアップするのは三度目です。「京極文芸」第2号の『湖にて』、単行本『奇妙な旅行』所収の『湖にて』、そして今回の「人間像」第79号の初出形『湖にて』となります。三者に主だった変化はなく、ほぼ初出時から完成された作品と言えましょう。『山中にて』のように、あっと驚く変化はありませんでした。久しぶりに『湖にて』を手掛けて、『愛と逃亡』や『支笏湖』もそうだったけれど、針山氏の描く山麓の人生になにか感無量のものを感じています。そして、この針山氏の人生は、朽木氏『馬賊戦記』の人生や平木氏『つばさの人』や瀬田氏『にっぽん・ぴかれすく』の人生と同時並行で展開されていることを今の私たちは知っていますから、その点でも感無量なのですね。

昨日の感染者、「69名」だそうです。コンサドーレ札幌の50名は全員陰性だったそうで、今日のガンバ大阪戦はOKとのこと。

 
▼ 薬包紙の冒険  
  あらや   ..2020/11/08(日) 15:39  No.785
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今朝、朽木寒三『薬包紙の冒険』をアップしました。「薬包紙」、あまり聞き慣れない言葉ですが、昨日がちょうど病院の検診の日だったので薬局で確認してきました。「やくほうし」。粉薬を包む紙ですね。粉薬の分量を量る時などにも使うそうで、今なお薬局などでは現役だそうです。
その『薬包紙』作業をやっていた四日間ほどの間、世の中いろんなことがあったなあ。コンサドーレとかアメリカ大統領選とか連日ラジオを聞いている耳に入って来たけど、いちばん驚いたのは、やはり北海道の「第三波」です。

道内感染 最多の187人 札幌市141人 全道に拡大
道などは7日、道内で新たに187人が新型コロナウイルスに感染したと発表した。100人を超えるのは3日連続で、5日の119人を大きく上回って過去最多を更新した。このうち札幌市発表分(うち9人は居住地非公表)は141人で、初めて日別の感染発表数が3桁となり、同様に5日の93人を超えて過去最多となった。
(北海道新聞 2020年11月8日 朝刊)

驚いたなあ。『湖にて』の時には「69名」だったのが(これも吃驚したもんだが…)、たった四五日後の『薬包紙の冒険』では「187名」ですもんね。
妄想してしまう。もしこれが「第三波」なのだとしたら、「第二波」と「第三波」の間は時間的な幅が短い。今、北海道と東京(全国)には「第三波」と「第二波」のずれがあって、今東京で起こっていることは「第二波」と考えていたのですが、(東京と地方との往来が無制限に行える現状によっても加速するだろうから)今の東京の「第二波」は連続する形で「第三波」に入って行くのではないか…とか。

第79号作業が終わる一週間後にまた書きます。写真は11月4日の小樽初雪。

 
▼ 「人間像」第79号 後半  
  あらや   ..2020/11/15(日) 10:27  No.786
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本日、「人間像」第79号をライブラリーにアップしました。作業にかかった時間、「133時間/延べ日数24日間」。収録タイトル数、「1459作品」。
一ヶ月近く(24日間)もかかったのが少し不思議です。いつも通り仕事する毎日だったんだけど、何かなあ、初雪があったり、あれこれ冬支度を急がなければなかったりで時間を取られたのだろうか。

「日記」でも書いている通り、瀬田栄之助は目下「関西文学」に「はだしの時代」に全精力を注いでいる。それがため本誌への発表は少し休むという。
(「人間像」第79号/同人消息A)

作業を進めながら、大阪の図書館に行って『はだしの時代』コピーをとって、作品をライブラリーに加えようか…(あそこには本郷新もあるし…)とか、ぼーっと考えたりしていました。そんなところへ「第三波」事態が起こって、妄想の頭をガーンと叩かれたような感じです。

わが国の自動車の生産高がアメリカについで世界第二位になったそうだが、そのおかげで貧乏な同人達もぼつぼつ自家用車を持つようになった。おととしまでは辻井ひとりであったが、去年は福島が入れ、この春は針山が加った。古い軽免許で、四輪は一度もころがしたことはないのに、二、三日他人の車を運転したと思ったら、すっかり自信をつけちゃって、早速スズキ・フロンテ360を買いこんだ。そして五日目には五〇〇キロのオイル交換に行き、車屋の主人にあきれられたという。とにかく事故だけは起こさんでほしい。
(「人間像」第79号/同人消息@)

ふーん、『支笏湖』書いた時には、まだ自家用車じゃなかったんですね。

さて、これから、庭木の冬囲い。雪が降る前に、あれをやって、これをやって…とぶつぶつ。


▼ 「人間像」第78号   [RES]
  あらや   ..2020/10/17(土) 09:32  No.781
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10月12日より第78号作業に入りました。第78号は約100ページなので比較的早く作業は完了するでしょう。神坂純『賑やかな柩』、白鳥昇朗『銃殺』、土肥純光『ゲイの階段』、朽木寒三『蒙古の王様』と進んで来て、今日から神坂純『足尾事件ノート』に入ります。作品は仕上がる毎にライブラリーにアップしています。

道警警部補 速度違反捏造
47件レーザー計測悪用 虚偽切符作成疑い逮捕
パトカーのレーザー式速度計測装置で速度測定記録を捏造して、虚偽の交通反則切符を交付したなどとして、道警は12日、証拠偽造と虚偽有印公文書作成・同行使の疑いで、恵庭市恵み野西6、道警交通機動隊の警部補●●●容疑者(58)を逮捕した。捜査関係者によると、同容疑者は「実績を上げたかった」という趣旨の供述をし、容疑を認めている。2019年8月以降、不正な取り締まりで摘発されたとみられる市民は47人に上り、道警は違反点数を抹消し、反則金の返還を進めている。
(北海道新聞 2020年10月13日)

こいつの「実績」のおかげで、一昨日、私は免許更新の「違反者講習」を寒い講堂で2時間も受けて、雨の中をバスで帰ってきたんだ。身体が冷え切ってしまって昨日は仕事にならなかった。「実績を上げたかった」特高のおかげで、たくさんの罪もない人や家族が命を落としたり、人生を破滅させられたことを忘れるな。


 
▼ 東京雑談会  
  あらや   ..2020/10/21(水) 09:18  No.782
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本日、「人間像」第78号をライブラリーにアップしました。作業にかかった時間、「49時間/延べ日数9日間」。収録タイトル数は「1442作品」になりました。やはり早かったですね。

上沢 渡部君はその頃ずーっと小樽だった?
渡部 ええ小樽だった。私は七年生れだけど学校は神戸さんなんかと同じ訳です。ですから戦後の食べ物がなかった、あのつらい時代しか思い出にないですね。親父は公務員ではあったけど、鉄道の釜焚きですからね。特権と云えば買出しの汽車賃がただだったと云うことだけですね。
朽木 それと神戸君のように、日本の中央部で味わった戦争と、渡部君のように北海道の隅で味わった戦争体験とは大分違うしね。
(東京同人会「戦争と文学」)

おお、渡部さん、お懐かしい… そうか、今は東京同人会なんだもんね。
「人間像」がここのところ面白い企画を始めています。第77号で関西同人会が『わが文学の反省と前進』、この第78号で東京同人会が『戦争と文学』というように座談会記録を「同人通信」じゃなくて「人間像」の方に持って来ています。これは面白い。元気だった時の瀬田栄之助さんや朽木寒三さんの声がびんびんこちらに響いて来ます。
この座談会企画、今の「人間像ライブラリー」の一著者一作品を原則とする検索システムでは上手く載せることができません。〈著者別〉→〈人間像同人会〉で入って、『人間像』第77号、第78号でお読みください。この企画が続くようでしたら、〈関西同人会〉〈東京同人会〉の項目を立てることも考えます。

さて… 他にすることもないので、今日から「人間像」第79号作業に入ります。雪が降る前に稼げるだけ稼いでおきたい。1968年(昭和43年)5月の発行。なんとか高校に入って、札幌に汽車通学してた頃か。


▼ 「人間像」第77号 前半   [RES]
  あらや   ..2020/09/27(日) 16:29  No.778
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「人間像」第77号作業に入りました。今日、巻頭の瀬田栄之助『太陽にさからうもの』(116枚)をアップ。

 それはともかく、既成の文壇人が正真正銘の「悪漢小説《ピカレスク》」と折紙をつけた二者がここにある。中原弓彦著『汚れた土地』(副題として――我がぴかれすく――とあり)と野坂昭如著『エロ事師たち』である。
 (中略)
 本格的なピカレスク的考察といった厳めしい角度をぬきにしてこれらを読破したとき、敗戦後の汚辱と混乱に充ちた日本の社会をきわめてシャープな感覚の下にアラベスク模様に活字した『汚れた土地』を、さすかに中原だと感心したし、ことに『エロ事師たち』については、読者を喜ばすだけの対談屋、雑文家にすぎないとしか評価しえなかった野坂への認識を根本からくつがえし、文字通り一級文学作品として瞠目させるものがあった。
(「人間像」第77号/瀬田栄之助「寒い唇のモノローグ(4)」)

というわけで、運良く道立図書館にあった『汚れた土地』を早速取り寄せて、今読んでいるところです。大変興味深い。私は小林信彦の『夢の砦』や『極東セレナーデ』が大好きで、一時期狂ったようにW.C.フラナガンの果てまで読み漁ったものですけれど、この『汚れた土地』の存在には気がつきませんでしたね。というか、まだ頭がガキで、到底『汚れた土地』が抱えている文学空間の領域には反応もなにもしようがなかったと思います。「人間像」の仕事をやっていて良かった。瀬田栄之助や平木國夫の仕事を知った後で『汚れた土地』に出会えたことは私の幸運だと思いました。ガキのままで死なないで済んだ。


 
▼ 途中経過  
  あらや   ..2020/10/04(日) 09:33  No.779
  十月に入りましたね。

作業は順調に進んで、昨日までに、古宇伸太郎『子烏』、せんだ・かおす『圧殺の日に』、内田保夫『白き地の迷路』をアップしたところです。今、全190ページの内、115ページ関西同人会の座談会『わが文学の反省と前進』を進行中。

今日は、『汚れた土地』の返却期限が迫っているので、残りを一気に読んでしまってから作業に入る予定です。1967年の「人間像」第77号と1965年の『汚れた土地』を、全く地続きで、何の違和感もなく読んでいる自分が面白い。

 
▼ 「人間像」第77号 後半  
  あらや   ..2020/10/11(日) 16:47  No.780
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本日、「人間像」第77号をライブラリーにアップしました。作業にかかった時間は「103時間/延べ日数19日間」。収録タイトル数は「1433作品」に。

しかし昭和二十年四月二十三日に、学生ばかりの特別攻撃が編成された。むかしから飛行機が好きだった私は、大学に入学するといわゆる「学連」(学生航空連盟)に加わって、操縦の練習をし、すでに二等飛行機操縦士で後輩の学生を教えていた。私の遺書を受け取った両親は、そろって十年ぶりに内地に帰り私と最後の別れをしようとした。しかし周囲からとめられて父だけが、母や弟妹と水盃を交わして日本海を渡ってきた。八月六日のことである。そして東京にいた弟を伴って、私の特攻訓練基地にやってきたのは、実に終戦の一日まえであったのだ。母や弟妹の消息がわかったのは一年後で、その半年前、北緯三九度まで南下し逃げのびながら、そのまま釘づけにされ、その地で、寒さと飢えと、加えて発疹チブスとで三人ともが土にかえった。思い出すまいとしても、感慨は深まるばかりである。
(平木圀夫「李ラインを越えて」)

第77号は、針山氏が久しぶりに短歌を発表したことも吃驚だった(まだ書いていたのね!)が、平木氏の『李ラインを越えて』にはもっと驚いた。単なるヒコーキものかと思って作業を始めたら、途中からどんどんこういう深いニュアンスが入って来るのだもの。さらりとドキュメントと銘打っているけれど、いつもの平木氏の小説作品と変わらない大人の人生観を受け取りました。

今、小林信彦『虚栄の市』を読書中。明日から第78号「作業」に入ります。国が最近「デジタル化」を言い出すようになって来て、それはなにか私の考える「デジタル化」とは意味合いが違うように感じます。同類だと見なされるのは心外なので、当面「作業」の言葉を使うことにしました。「デジタル・ライブラリー」の言葉は使うけれど、「デジタル化」は不用意に使わない。


▼ 「人間像」第76号 前半   [RES]
  あらや   ..2020/09/04(金) 12:53  No.774
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八月末より「人間像」第76号作業に入りました。第76号、ついに針山和美『支笏湖』の登場です。パラパラと全体を見渡す準備運動の中で見た印象なのだけど、単行本で読んだ『支笏湖』は「京極文芸」版に近く、この「人間像」版『支笏湖』はそれとは違う、いかにも初出形といった印象を受けました。デジタル化が楽しみです。

今日は、巻頭の瀬田栄之助『雪の日記』をアップしました。Windows10パソコンに移って、「人間像ライブラリー」の表示アプリも「えあ草紙2」に自動的に移行したのだけど、なんか傍点の表示が美しくない。ルビ、傍点の嵐の瀬田作品はちょっと被害甚大?

九月ですか。ストーブ、買い換えました。裏の葡萄棚は、もう一週間くらい…


 
▼ 地震のあった日  
  あらや   ..2020/09/06(日) 15:56  No.775
  一昨年、胆振東部地震が起こった今朝、北野広『ある断層』と神戸雄三『知恵の悲しみ』の二編をアップしました。
神戸雄三氏の名は初めてなんだけれど、「応待」「出征欲」「涯して」…などの独特の漢字遣いになにか記憶がある。誰だったろう…
このライブラリーが始まって以来の原則ですけれど、旭川刑務所の囚人の明らかな誤植(例:『カインの末商』など)以外、本人が自覚して使っている漢字については「応対」「出世欲」「はたして」などとこちらが修正(?)することは一切していません。また、「ベット」「ハンドバック」といった使用についても作者がそう理解している以上、こちらが差し出がましく「ベッド」「ハンドバッグ」などと直すようなことはしません。当時の平均的日本人の理解・知識がそうであったことを正しく示す意味でも守らなければならない原則と考えています。

一昨年の地震〜大停電。今年のコロナウイルス。三年前、もしあのまま図書館現場に残っていたら、この「人間像ライブラリー」は無理だったろうとしみじみ思います。

 
▼ K町  
  あらや   ..2020/09/10(木) 14:04  No.776
  午前中に、針山和美『支笏湖』、上沢祥昭『颱風来る』をアップしました。

 支配人のすすめで千才警察署に捜索願いを出そうと決心したのはK町の自宅に電話が通じないことが分かった直後であったが、そこへ保子と良男君が幾らか緊張した表情で駆け込んで来たのだ。
(針山和美「支笏湖」)

久しぶりに『支笏湖』全文を事細かに読みましたので、長年の疑問にもとうとう決着がつきました。「K町」、つまり「倶知安町」だったんですね。
長らく主人公は札幌の人という頭があって、その札幌の人が支笏湖に車で行くのに、なんで美笛(びふえ)峠を越えて行くんだ…というのが疑問なのでした。まあ、フィクションですから物語をドラマチックにするために背景に美笛峠を持って来たとか、昔はオコタンペ湖側から廻りこむルートがあったのだろうかとかあれこれ考えていたのですが、今回、「K町」の文字を発見して全て氷解。

 Fという部落を過ぎて間もなく、道は峠にさしかかった。せまいことを除けば、想像していたよりも良い道であった。道の両側には麦やスイトコーンの畑が続いていた。この辺の作物も義父の会社で加工されるそうで、盛んに良男さんに話しかけていた。良男さんは大した関心もない様子で、上の空の返事をしていた。小さな峠を二つ越したところで、道が二つに分かれていた。義父は車を止めて道路標識を眺めたり、地図を出して見たりしていたが、初めての道路なので、はっきりしたことは分からない様子であった。
「おじさん、きっと左手の方ですよ。千才鉱山と書いてあるもの」
(同書より)

「F」は「双葉」だったのか… 倶知安から喜茂別を抜けて国道276号を走って行けば支笏湖なのでした。針山和美氏は倶知安の人なのでした。

 
▼ 「人間像」第76号 後半  
  あらや   ..2020/09/18(金) 13:20  No.777
  昨日、「人間像」第76号をライブラリーにアップしました。デジタル化にかかった時間、「106時間/延べ日数18日間」でした。収録タイトル数は「1418作品」に。
明らかに速くなりましたね。この波に乗って第77号に入って行こう。

瀬田栄之助『寒い唇のモノローグ』にて、中原弓彦の『汚れた土地』が取り上げられていて非常に興味を持ちました。でも、『汚れた土地』、インターネット「日本の古書店」で8800円の値段が付いていますよ。ほぼ諦めかけていたのですが、なんと!、幸運なことに道立図書館で所蔵していました。やったね。今朝さっそく小樽図書館にリクエストを出して来たところです。中原弓彦は小林信彦のもう一つのペンネーム。1967年は、昭和で言うと42年。私で言うと小学六年生か…


▼ 「人間像」第75号 前半   [RES]
  あらや   ..2020/07/24(金) 10:03  No.769
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7月18日より「人間像」第75号作業に入りました。今朝、日高良子『応永無常』をライブラリーにアップしたところです。原稿用紙114枚のアップに4日間ほどかかりました。第75号は222ページの大冊ですので、今回も約一ヵ月ほどの作業時間となると思われます。今度気がついたら、もう九月。短い北海道の夏も終わり、テレビにはスタッドレス・タイヤやストーブのコマーシャルが登場する季節ですかね。
加えて、今回の作業にはWindows10への移行が重なっています。使い慣れたWindows7ですが、ギブアップすることになりました。メールの送受信が駄目になった五月以来、あれこれ他の場面でも不具合が起こり始めています。パソコン自体も七、八年の時間が経っていますので老朽化も心配ですし。「人間像」作業がまだ第75号段階であることを思うと、私が一応作業のゴールと考えている「第170号(渡部秀正追悼号)」まではまだまだ距離がある。今の機械で「第170号」まで突っ走れるわけもなく、どこかでチューンナップは必至とは思っていたのでした。メール事件はいい契機だったのかもしれません。当面、「第75号」を題材として新しいパソコンに作業環境を整えて行くつもりです。

『応永無常』は凄かった! これだけ凄い作品になると、あれこれ物凄さの説明をするのも屋上屋で面倒くさい。今すぐ読みなさい。


 
▼ 広島原爆の日  
  あらや   ..2020/08/06(木) 06:06  No.770
  Windows10機種に換えて一週間。メールは復旧しました。アドレスは変更ありません。ご迷惑をおかけしました。

現在、いつもの『人間像』第75号ワープロ原稿化の作業と平行して、新しいパソコンよりその第75号を「人間像ライブラリー」に作品をアップするために必要な機材・ソフトを構成中です。この作業にもたもた時間をかけたくはないのだが、実際はもたもたしています。今のパソコン世界って、100文字以上の文章を見ると頭が割れるように痛い…といった人たちでも快適にすごせる環境って面もありますからね。5年前なら当然あったソフトがもう製造中止になっていたりして少し混乱しています。
せんだ・かおす(=千田三四郎)『幻影のように』も七月中に仕上がっているのですが、データをライブラリーに送るソフトが今ひとつ不具合で送れず、今日の広島原爆の日になってしまいました。

それとは別に、今、作業部屋の本や資料を整理しています。「人間像ライブラリー」の収録作品も1300タイトルを越えました。当然、それに伴って原資料や関連資料やコピー資料類も部屋に溢れて来ています。
で、整理することにしました。新しいパソコンにファイルを移す時、これはまだ使う、これはもう使わない…と腑分けしたように、もう使うことはないだろうと思った本は処分することにしました。そうして書架にスペースをつくらないと、増えて行く新資料に対応できない。処分する本は読書会BBSの方で順次紹介して行こうと思います。

では、新しいパソコンから司書室BBSへの書き込みです。

 
▼ 「人間像」第75号 後半  
  あらや   ..2020/08/16(日) 17:28  No.771
  近況です。「人間像」第75号作業は、全222ページの内の120ページ、上沢祥昭『詩(うた)は世につれ』まで来たところです。後半の作業に入りました。
前回、新パソコンに「人間像ライブラリー」に作品をアップするために必要な機材・ソフトを構成中と前回書きましたが、今、その最後の仕事、仕上げたデジタル作品をプロバイダに送るFTPソフトの設定に戸惑っていて、まだ送れない状態が続いています。
前に使っていたパソコンにはまだそのFTPが残っていますから、送ろうと思えば今でも送れないことはないのですが、それをやってしまうと、なにか新パソコンでこれからやって行こうとしている気持ちが挫けるような気がする。「人間像ライブラリー」を死ぬまでに貫徹するんだという気力が挫けるような気がするのです。今少し足掻いてみようと思ってます。

パソコン新調には「特別定額給付金」の10万円を使いました。コロナウイルスのおかげですかね。その新パソコン、作業にとりかかっていると突然「入力時間が長くなっています。少し休憩しませんか」なんて吹き出しが出てくる。思わず「うるせい!」と苦笑しましたよ。こんなことを今の人は〈進歩〉と思ってんのかな? なにかクラウド上から監視されているみたいで頗る気分が悪い。

第75号に取り組んでいる間に、同人雑誌『人間像』第190号と『コブタン』No.47が発行されました。どちらも「止めないぞ!」という意志が静かに溢れていて、とても感動した。ものを書くとはこういうことだ。読むとはこういうことだ。

 
▼ FTPソフト  
  あらや   ..2020/08/20(木) 15:00  No.772
  本日、ソフテックのおかげでFTPソフト開通しました。これで、「人間像」作業の全行程が新パソコンで行われるようになり、五月の連休以来のドタバタがようやく終焉したところです。

早速、せんだ・かおす『幻影のように』、神坂純『疵のある夜話』、瀬田栄之助『八月の群衆』、佐藤テル子『ノイローゼ旅行』など8編の作品をアップしました。
明後日にも、内田保夫『カウンセラー』、土肥純光『宝石と孤独』、北あきら『少女とデモ』などをアップする予定です。

今日はさすがに脱力で、なにかこれ以上頑張る元気がない。ラジオは小樽市立病院でクラスターが発生したことを報じています。

 
▼ 惜春賦  
  あらや   ..2020/08/27(木) 08:28  No.773
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昨日、「人間像」第75号をライブラリーにアップしました。デジタル化にかかった時間は「142時間/延べ日数30日間」。収録タイトル数は「1404作品」になります。

この第75号作業には、同時にWindows10パソコンへの移行がかかっていましたから、あまり作業能率の参考にはならないかもしれません。ただ、前回の「人間像」第74号(同じ200ページ超)が「170時間/延べ日数31日間」であることを考えると、Windows10移行によってある種の技術革新が起こっているのではないかと思えるところがあります。
例えば、OCRソフト。私は「読取革命」という市販ソフトでやっているのですが、これも十年ぶりで最新バージョンに取り替えましたら、その読み取り度がかなりハンパないわけですね。スピードも凄いし… じつは「142時間」には、旧バージョンで読み取っていた原稿をもう一度新バージョンでやり直した時間も含まれているのですが、それでも前回よりは30時間近い短縮になったのは結構な驚きでした。
OCRだけではなく、いろいろな作業ソフトでそういう効果が現れて来ています。次回の第76号作業でもっとその技術革新の姿が見えてくるでしょう。

平木圀夫『惜春賦』は凄かった… トップの日高良子『応永無常』も凄かったが、トリの『惜春賦』はもっと凄かった。『人間像』、凄いことになっていますね。毎号、毎号、こういう超ヘビーな試合が北の倶知安の地で繰り広げられています。朽木氏が『馬賊戦記』作家として旅立って行った今、平木氏、これで「ヒコーキ」作家へ飛び立つ決心を固めたのではないでしょうか。だからこその〈惜春〉なのだと私は了解しました。凄い場面に立ち会ってしまった…という感想です。


▼ 「人間像」第74号 前半   [RES]
  あらや   ..2020/06/20(土) 16:21  No.764
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6月12日より「人間像」第74号作業に入りました。現在、平木國夫『碧い眼・白い肌』、村上英治『喪の鳩』をライブラリーにアップし、これから土肥純光『女への階段』にとりかかるところです。全180ページの内の、50ページに来たところ。まだ三分の一にも達していないですね。頑張ります。

コロナウイルスの影響がこんな小樽のスワン社にまで出て来ています。第74号(原版)をコピーして作業用原稿を作ろうとしていたところ、例によって黄色のプリンターインクが不足。それで量販店に行ったら、なんと○○社のインクが売場から消えている! 売場の貼り紙には「九月上旬まで入荷予定はありません」なんて書いてある。冗談じゃない、九月まで「人間像」作業を止めれってか…


 
▼ 6月13日  
  あらや   ..2020/06/20(土) 16:25  No.765
  次の日、雨が降っていたけど、朝イチで札幌に向かいました。マスクもしなければならない、傘も持たなきゃいけない、気分は最悪だったけれど、九月までの必要量のインクを確保するまで札幌中の量販店をまわるつもりでした。最初に行った店は全部売り切れ。もう札幌でも駄目なんだろうか…、不安がよぎります。
二軒目の量販店が入居しているビルの関係で11時開店だったので、その開店待ちの行列に並ぶことにしました。これが良かったみたい。直行した売り場で黄色インクが5本残っているのを発見。即、5本を握ってレジに向かいました。5本あれば、備蓄と合わせて二ヶ月くらいは持つだろう。もう一ヶ月分くらいを確保すればなんとか九月まで持つのではないか。無ければ苗穂〜新札幌あたりまで足を伸ばそうと考えていたけれど、なんとか駅前〜大通りあたりでカタがつきそう。
それにしても… 中国の仕入れラインが途切れたか何かなんだろうけれど、ひやっとした事件でした。私が買占めたために、今、プリンターが使えないで困っている人がきっといると思います。ごめんなさい。何と言っていいのかわかりない。

 
▼ 小樽コロナ  
  あらや   ..2020/06/27(土) 08:37  No.766
  昨日、土肥純光『女への階段』、神坂純(=上沢祥昭)『草屋の記』をライブラリーにアップしました。あと、90ページ。ルビ、傍点の好きな同人が並んでいて、意外と苦戦しています。インク、薄いし…

 小樽コロナ9人感染 「昼カラ」でクラスター
【小樽】 小樽市は24日、新型コロナウイルス感染者を新たに9人確認したと発表した。小樽市在住の60〜80代の男女5人と年齢非公表の4人。うち4人が軽症、5人は症状が出ていない。このうち8人は、星のカラオケ「昼カラ」が利用できる花園の飲食店の客7人と経営者1人で、市は8人のクラスター(感染者集団)が発生したと認定した。残る1人は客の家族で、店に訪れていない。小樽市内でクラスターが発生するのは初めて。
(北海道新聞 2020年6月24日 夕刊)

また、浦安への道が遠のいてしまった。閲覧業務も少しずつ再開しつつあるのに…
今度行く時は、『草屋の記』の地〈大和田〉も廻ってみようかと思っていたんだけど、残念。カラオケなんかと何の関係もなく生きているけど、さすがに「小樽から来ました」と言った時の相手の反応を考えると出歩くのは難しいと思う。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/434531

個人的には、「小樽コロナ」ニュースには何も動じなかったが、昨日の道新に出ていた「バッタ襲来」の写真には愕然としましたね。今の人間の終わりを感じた。

 
▼ スペインの黄昏  
  あらや   ..2020/07/09(木) 09:23  No.767
  春山文雄(=針山和美)『傾斜』は、すでに7月5日アップしてあります。現在、P田栄之助『スペインの黄昏』を作業中なのですが、ルビ、傍点、スペイン語が散り嵌められたようなページが30ページも延々と続く作品ですので大変難航しています。七月中旬の完了となるかもしれません。
しかし、興味深い。「人間像」を北海道の一ローカル同人雑誌と捉えている人は今でも多いと思いますが、そういう人は一度謙虚に「人間像」一冊丸ごとを読んでみた方が良いのではないか。針山和美『傾斜』は、『スペインの黄昏』や平木國夫『碧い眼、白い肌』などの作品群に対応して書かれているのであることを再度強調したい。対「札幌」程度のレベルで「我が風土」を謳うような、そういう甘い作家ではなく、そういう情緒的な同人雑誌ではないことは明白に思えます。北海道の文学館などがよく陥る「おらが街」の作家的な誤読を嗤ってみたくなる。私は、そういう視点のうえで、逆に〈倶知安〉や〈山麓〉や〈後志〉を考える者です。

 
▼ 「人間像」第74号 後半  
  あらや   ..2020/07/15(水) 11:12  No.768
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本日、「人間像」第74号をライブラリーにアップしました。デジタル化にかかった時間は「170時間/延べ日数31日間」。収録タイトル数は、現在「1385作品」です。

ひと月かかってしまいましたね。以前、東京オリンピックの今頃は第100号あたりを走っている…みたいな大言壮語をした記憶もあるが、とんだ大馬鹿でした。このペースでは年内に第80号まで行けるかどうかも心許ない。しかし作品が面白いので、それに力をもらいながら前に進んで行くつもりです。

◆正月には何年ぶりかで北海道地区の同人会を開いた。五年、七年と会わなかった連中もおり、お互いに年をとったものだと改めて年月の速さを思った。この雑誌の同人の大半は三十代、四十代だが、百号が出るころにはみんな四十以上のオッサンばかりになるであろうと思うと感無量である。若い同人も欲しいと思うが、近寄り難いらしくて中々入って呉れない。無選考方式と云うことが、一面憧景の的でありながら、自分で自分の作品の良否を決めるということが随分と負担にもなるのであろう。所詮文学とは自分との斗いでもあるから、捨てない限り終生その厳しさに耐えて行かねばならないのだと思う。
◆平田が『新潮』二月号に「同人雑誌非二軍論」を書いたが、あれは平田個人の考え方であると同時に、『人間像』全体の方向でもある。文壇に対して劣等感を抱く必要など少しもない。
(「人間像」第74号/編集後記)

そして第74号には裏表紙が。遂に『馬賊戦記』が世に出ましたね。編集後記の、針山氏のやや強い調子の言葉にも頷けるものがあります。


▼ 「人間像」第73号 前半   [RES]
  あらや   ..2020/05/26(火) 09:10  No.758
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「人間像」第73号を進行中です。前半部分の、加藤テル子『夕立』までをライブラリーにアップしました。残すは、上沢祥昭『蹌踉の記(最終回)』と針山和美『病床雑記(最終回)』の長尺物二篇です。仕上げるのは、六月に入るかもしれません。

 一方、朽木の『馬賊』千五百枚はこの号が出るころには完成の予定で、出版は四月頃。平木の航空界物千枚も着々進捗中であるが、その合間に百枚物を次号に書くと張り切っている。毎号百五十枚物を一本欲しいと言う編集部の要求に、上沢、土肥、内田、瀬田などがすでに名乗りを挙げ、当分力作が続きそうである。
 田坂キミ(40年7月迄)、加藤テル子(40年12月迄)の二人が退会し、十一月から金沢欣哉が復帰した。
(「人間像」第73号/同人消息)

うーん、加藤テル子さん、退会ですか… 惜しいなあ。
最初の頃は、何を言ってるのかよくわからない女性独特の世界で読むのに苦労したんだけど、前号の『神様の世界』あたりからだろうか、〈虚構〉の立て方が妙に針山チックに巧くなって来て、今回の『夕立』に至っては、これは針山和美『愛と逃亡』への返歌かと思ったほどでした。惜しいです。


 
▼ 六月  
  あらや   ..2020/06/02(火) 09:44  No.759
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六月に入っちゃいましたね。一昨日(5月31日)は札幌の実家に行ってたのだけど、5月31日の札幌と6月1日の札幌は世界ががらりとちがってました。駅地下の人混みに一瞬居たのだけど、あーこれは危ないと感じて、地上の暑さの中でバスを待ちさっさと小樽に帰って来ました。つるんでチャラチャラ歩く高校生とか、「この席は空けてください」なんか完全無視してぐちゃぐちゃ喋っている爺婆とか、ウットーしかったよ。

 妻は一通りの話を聞くと、「どうしてもというのなら別に反対はしないけれど、家の問題が困るワ」とつぶやいた。「いっそ家を建てるか」 「建てるって貯金が一銭もないわ」 妻は当然のことを云った。「何かの本で読んだけど、家を建てるには家を建てようと云う気持ちを持つことが一番だと書いてあったナ」 「気持ちを持つにも何にも、少し位の頭金がなくっちゃ」 「頭金? 頭金ならあるサ、退職金だ」
(上沢祥昭「蹌踉の紀」最終回)

こちらは、すでに五月中にアップしてあります。で、その新居。第73号の「執筆者住所録」を見ると、なんと、

上沢祥昭 埼玉県新座町大和田1510の3

じゃない。へえ、「大和田」か。私が埼玉の図書館に勤めていた時代、最後に住んでいた町が、この新座市「大和田」でした。ふーん… どこか商店街や駅前で上沢氏とすれちがっていたのかもしれませんね。

第73号の最後の山場、針山和美『病床雑記(完)』は今日から再開です。5月31日のバス旅第二弾も書きたいけれど、ルーチンの「人間像」を放り出して遊びに走ると、何か今まで頑張ってきたものが崩れるような気がする。

 
▼ 「人間像」第73号 後半  
  あらや   ..2020/06/07(日) 16:21  No.762
  本日、「人間像」第73号後半(ほとんど『病床雑記』最終回)をアップしました。デジタル化にかかった時間は「100時間/延べ日数19日間」でした。収録タイトル数は、現在「1367作品」。

 引越を終えたのが八月の二十八日。息子の新学期に間に合わせるべく、請負の尻を叩き叩きして漸くすべり込んだ。朝からカッとした日照りで、世田ヶ谷砧から志木迄を二往復する行程はいささか身にこたえた。
 (中略)
 埼玉県北足立郡新座町大字大和田に小字下倉が付いて、一五一〇番地にも枝番がついている。この所番地の印象から諸君が想像する如くに、家の前はひろびろとした田園である。そのむこうに柳瀬川――これは荒川の支流の枝流に当るらしい――の堤防がのぞまれて、川越えに幾つかの杜がある。そして空が澄んでくると、その背景に秩父の連山が眺められるというのだから、心がひろびろせざるを得ない。その日の眺望も一しおで、大方の荷物をとにかく家の中に運び込んだ後での一服は、何とも云えない気持ちだった。のどが渇ききっていて、飲めない私にもつめたいビールの味が格別だった。
(神坂純「浮塵子」)

「下倉」とあったので、これは「下新倉」の間違いではないかと思ったが、「下新倉」は和光市か…(自転車で図書館に行く途中に「下新倉」というバス停があったような記憶があるけど) 昔は「新座」を「にいざ」じゃなくて「にいくら」と呼んでいた時代もあったそうで、そんなこんながごっちゃになっているのかもしれない。
あっ、すみませんね。本当は、針山氏の『病床雑記』について書かなければいけないんだけど、「大和田」の名が出てきて筆がすべった。

 
▼ 志木駅  
  あらや   ..2020/06/07(日) 16:26  No.763
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こうやって、東京からいっぱい人が流れてきて、ベッドタウンに子どもが溢れて、その子たちの進学に合わせて新設高校をばんばん造らなくてはならなくなり、学校図書館法には「学校には、学校図書館を設けなければならない。(第三条)」との燦然たる一行があり、図書館はつくったはいいが今度は司書がいないとなった埼玉県の募集の声が、まだ霞ヶ関にあったFM東京の電波に乗って、石油ショックのおかげで「雇用差控え」が起こり札幌へ帰る道が絶たれて東京の下宿でフテ寝していた私にも届き、漸くのこと光が見えて来た私が東武東上線志木駅に降りたのが昭和51年の春でした。

いやー、『蹌踉の記』にこんなエンディングが待っていたとは、ホントに驚き。


▼ 手紙   [RES]
  あらや   ..2020/05/16(土) 17:19  No.755
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メールありがとうございました。激動の中の図書館現場の話に胸が痛みます。
図書館再開が私の生活の復元ポイントになるという想いはあるのですが、どうしても身近な小樽や京極の図書館ポイントでものを考える傾向があったようです。
「その上、札幌、東京などから連日調べ物にくる研究者たちは、空港や駅から直行して来ますし、駐車場には札幌、旭川、青森、品川、名古屋、富山他全国各地のナンバーが10数台見かけられました」という話には思うところがありました。
私自身、その来館者だったかもしれません。春になったら、三月下旬の浦安中央図書館リニューアルオープンに併せて、竹内紀吉氏関連の資料集めで浦安に行くつもりでした。まさに、空港から直行で。
浦安はオープンしても「貸出のみ/閲覧・レファレンス中止」の状態だったので、閲覧再開の期をうかがっていたのですが、その内に「特定警戒都道府県」の国の網がかかってしまって浦安も休館となってしまいました。
あの三月下旬、行けば何とかなるだろう…みたいな甘えた気持ちで浦安に突っ込んで行ったら、きっと私も図書館の人に恐怖を与えた一人になっていたのでしょう。

今、図書館の「再開」ということを考えます。貸出閲覧といい、レファレンスといい、児童奉仕といい、私たちが習い覚えた図書館学は、すべて「濃厚接触」そのものの世界でした。体系でした。今、私たちがしようとしている「再開」とは何だろう、そんなことを考えながら今日も「人間像ライブラリー」の仕事をしています。 (後略)

                         2020年5月11日
                        人間像ライブラリー
                           新谷保人

私の使っているWindows7のせいなのかなんなのか、メール環境が最悪で、今、受信はできるけれど、送信ができない状態が続いています。久しぶりに手紙書きました。だんだんこの世に居場所がなくなって来ています。


 
▼ 図書館  
  あらや   ..2020/05/16(土) 17:27  No.756
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その浦安市立図書館、20日より再開みたいですね。

新しい生活様式
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/view/detail/detail_08.html

「新しい生活様式」などと言うから、「君たちはどう生きるか」みたいなものを想像してたら、全然ちがった(笑) ま、こんなことを政治家に期待する方がどうかしているのだが。

ライブラリー作業を続けながら、傍らで「新しい図書館」様式を考える毎日です。みんながマスクをつけて手洗いしてソーシャル・ディスタンスすれば「再開」などと考えている馬鹿はいないと思う。
図書館の「再開」とは何かを考える時、なぜ図書館は「臨時休館」しなければならなかったのかを考えなければならないと思っています。ポイントは依然としてそこにある、と。
さて、今日より『人間像』第73号作業、再開。手を動かし続けながら考える。

 
▼ メールの大騒ぎ  
  あらや   ..2020/06/05(金) 18:09  No.760
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送信できない状態が連休の頃から続いている私のメールですが、とうとう一週間前から、受信もできない状態になってしまいました。
ホームページを始めた二十世紀から使っているメールアドレスなので変更したくなく、プロバイダが変わっても、OCNに月額400円の使用料を払って使い続けてきたアドレスなんだけれど、もう限界かもしれません。
不具合が始まってからのこの間、何度もOCNフリーダイヤルにかけ続けているのだけど、コロナウイルス対応なのか、全然電話がつながらない。私は30分も1時間もつながるのを待ち続けているほどヒマな人間じゃないからね。
メールアドレス、変更するかもしれません。とりあえず、今現在のスワン社メールは死んでますので、連絡はご面倒でも電話か郵送でお願いします。こんな時にお騒がせして申し訳ありません。

 
▼ いつもの仕事の前に  
  あらや   ..2020/06/06(土) 08:59  No.761
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横田滋さんのご冥福を祈ります。

このホームページは、発端は、拉致被害者救出のために微力ながらも何か役に立ちたいとの思いから立ち上げた個人ホームページでした。

拉致問題の最終的な解決とは、私は、横田めぐみさんが生きて還ってくることだと思っています。それ以外、何人、何十人、何百人が帰国したとしても、めぐみさんがいなければ問題の根本的解決にはならない。

そう思いながら、今朝も「人間像ライブラリー」の仕事を続けます。


▼ お話クラブ   [RES]
  あらや   ..2020/04/26(日) 11:05  No.750
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「人間像」第73号作業に取りかかる予定だったのですが、ちょっと気が変わって、このコロナウイルスで静まりかえっている連休の時間を使って共和町立学田小学校編『作文年間指導計画』のデジタル復刻に踏み切ることにしました。
この冊子は、昭和41年(1966年)共和町の学田小学校に赴任した針山和美氏が中心となって昭和44年(1969年)頃に作成されたものと思われます。内容は、小学一年の四月入学から始まって小学六年卒業の三月に至るまでの毎月ごと72ヵ月にわたる作文指導案です。本文は72ヵ月びっしりの横書き表となって書き込まれていますので、人間像ライブラリーの縦書き表示に馴染まず今まで処理に苦慮していたものです。
ただ、この『作文年間指導計画』が重要なのは、この仕事が小学校教師・針山和美の職務上の作成書類にとどまらない点ではないでしょうか。実際に子どもが小学六年の卒業時には、こんなにも面白い痛快な「お話」が書けるほどに成長しているのです。学田小学校生徒の創作文集『未来』。『京極文芸』第14〜15号誌上に現れた「京極小学校お話クラブ」の作品。『作文年間指導計画』を復刻するのは、これが針山先生の机上の空論などではなく、作家・針山和美の生みだしたもうひとつの作品世界という意味合いがあると考えるからです。
今、学校にも行けず、家でひとりで勉強している子どもたちにも「お話クラブ」の子どもたちの創作を読んでほしい。五十年前の楽しい子どもたちの声が届くことを願っています。


 
▼ 創作文集「未来」  
  あらや   ..2020/05/03(日) 17:06  No.751
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人間像ライブラリーの〈針山和美〉ファイル、『作文年間指導計画』の項に、共和村立学田(がくでん)小学校発行の『詩集山脈(やまなみ)』と『未来』の第1集・第2集を本日アップしました。小学校六年間の総決算が〈創作〉の創造という針山先生の授業をご参観ください。

この後、学田小学校ものは5冊ほど復刻が続き、その次が、昭和47年(1972年)転勤の京極小学校の「お話クラブ」作品で終了となる予定です。未発見の〈創作〉ものがありましたらご一報ください。生徒の名前は、プライバシーの関係もありますので下の名前の記載のみにとどめました。

ひじょうに、ていどの高い内容をもっていることにおどろきました。神のもんだいは、人間が一生をついやしても解決ができないほどむずかしいもんだいです。文章も良くこなれていますし、ところどころセンスのよい文が見られます。文の組み立て、展開なども良くできていますが、よくを言えば前文に当たるはじめの部分をもっとすっきりさせること、最後を死んでしまわなくてもよいようにすれば、なおよかったと思います。九十三才のおぼうさんは、よく書けていました。やはりテーマは生命の大せつさにしぼるべきでしょう。りっぱでした。
(創作文集「未来」第2集)

生徒の創作ひとつひとつに大真面目に講評を付けるところが、さすが『文章倶楽部』『文学集団』出身者はちがうなあと変な感心。針山ワールドですね。

 
▼ 学田小学校  
  あらや   ..2020/05/07(木) 09:32  No.752
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これが学田小学校跡。残念ながら、昭和57年(1982年)に閉校しました。現在は、その跡地に記念碑が建つのみです。

静かに学田小学校の文集をデジタル化する毎日です。昨日、1971年の『やまなみ』第2号をアップしました。この号より、学校文集の発行者は「共和〈町〉立学田小学校」に変わります。昭和46年(1971年)、共和村は町制施行をおこない「共和町」となりました。

訂正がひとつ。このスレッドで、『作文年間指導計画』について、「この冊子は、昭和41年(1966年)共和町の学田小学校に赴任した針山和美氏が中心となって昭和44年(1969年)頃に作成」と書いたのですが間違いでした。表紙にある発行者名が「共和町立」になっていますので、この冊子の発行は昭和46年(1971年)以降となります。
想像するに、『詩集山脈』や『未来』は発行されていたのですから、『作文年間指導計画』の素案となる文書は昭和44年(1969年)頃から存在していたと思われます。それが、『やまなみ』の充実などにより練れてきたので、昭和46年(1971年)以降のどこかでまとめられたのではないでしょうか。

さて、今日から『やまなみ』第3号。外の青空が気持ちいい。今年は庭にさまざまな鳥が多いように思う。

 
▼ やまなみ  
  あらや   ..2020/05/14(木) 09:44  No.753
  本日、共和町立学田小学校の冊子類デジタル化を終えました。針山氏在籍時の内、昭和46〜47年(1971〜1972年)のものと、針山氏が昭和47年(1972年)京極小学校に転勤したあとの昭和48年(1973年)度のものを扱っています。針山氏転勤後の「昭和48年度」については、取り上げようかどうか迷ったのですか、針山氏が直接〈創作〉作文教育に関わった場合とそうでない場合を比較する意味で「昭和48年度」の存在は必要と考えデジタル化しました。

この後、デジタル化作業に入る『京極文芸』第14〜15号の「京極小学校お話クラブ」作品は、時代的に見ると「昭和56年」頃の仕事です。すでに転勤から十年の歳月が経っており、『作文年間指導計画』的に云えば、入学の一年生四月から六年間みっちり鍛え上げられた上での五・六年生たちの〈創作〉なわけで、その完成度は相当なものです。お楽しみに。作業は、ここからいつものOCR作業になりますので、公開は早いと思います。

 
▼ 京極小学校お話クラブ  
  あらや   ..2020/05/15(金) 12:00  No.754
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前号につづいて、今回も京極小学校お話クラブの子供達の作品を載せてみました。もちろん幼いものばかりですが、子供らしい発想が仲々おもしろいと思います。この子供達が、このまま伸びて今後の「京極文芸」を引き継いでくれるとよいのですが、そうなれば、京極町に文化の灯が消えることはなくなると思うのですが。
(「京極文芸」第15号/編集後記)

驚いたなあ、OCR作業に入ったとたん、一日で出来ちゃった。京極町の「文化の灯」を考える人が、外から流れて来た人だったことは大事なポイントだと思います。それにしても、『京極文芸』懐かしかったなあ。小樽に戻って来て、もう三年か…

喜べない半分というのは、刊行の足が予定の半分に落ちてしまったことです。原因の一つは原稿の集まりがあまり良くないということと、もう一つは資金的に苦しくなっているということです。この二つの理由から、年一冊か二年に三冊というところが、健全に続けるによいぺースのようであります。最近は世の中が全般的に不景気のためか、多大の金銭的犠牲の伴う同人雑誌は減る一方で、市民文芸誌が数を増す傾向にあります。市民文芸誌となれば、資金の過半は公費でまかなえる.メリットがあるからかも知れません。本誌もややそれに近い形態ではありますが、内容的には地域文芸誌の枠をこえるものがあると思っております。なんとしても続けたいものであります。
(同書)

町の自慢になることだから金(補助金)はいくらでも出すけど、書くのはどうもなあ、もう本なんて何十年も読んでないよ…という大人のたるんだ姿が、結局、『京極文芸』の終刊を招いたのですね。

 
▼ 作文年間指導計画  
  あらや   ..2020/05/18(月) 14:46  No.757
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大事なことを書き忘れていました。

ここに紹介した『未来』『やまなみ』などの学田小学校関係の冊子は針山家に保存されていたものです。針山氏にとっても思い出深い大事な資料だったのでしょう。そして、「京極小学校お話クラブ」作品は、針山氏が編集していた『京極文芸』第14号〜第15号に発表されたものの復刻です。

ただ、学田小学校『作文年間指導計画』については少し事情がちがいます。この冊子は、昭和57年(1982年)に学田小学校が閉校した際、校舎を片付けていた共和町教育委員会の職員によって発見されました。たまたまその職員が針山氏の教え子だったことが幸いして、この冊子の重要性がわかり永く大切に保存されていたものです。数部残っていたらしく、その内の一冊を京極町の図書館で針山作品製本教室を開いた際に分けていただきました。いろいろな縁が巧く巡り巡って今ここにあるという一冊です。



 


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