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昨日フィールド作業中に管財課さんより緊急の呼び出しがあった。 「若木タワーの1階ロビーに長机2脚、早急に搬入して貰えますか」との連絡が入り、慌てて同僚と2人で急いで長机を搬入した。 その理由は、1月2日、3日に行われた箱根駅伝に於いて2位に躍進したことから関係企業から胡蝶蘭8鉢が贈られたことがその理由だった。
出雲駅伝優勝、全日本大学駅伝は優勝を目指したものの優勝は駒大、青学にも敗れ予想外の5位となった。監督曰く「今年の箱根駅伝は絶対優勝を目指す」と語っていたが、花の2区でのブレーキが尾を引き、何とか駒沢を抑え2位に食い込んだが、青学には歯が立たず結局2位に甘んじてしまった。 それでも昨年は3位、そして今年は2位に躍進、優勝は来年に持ち越しとなった。 ここ数年の箱根駅伝は青学の圧倒的な強さが目立った。来年に期待したい。
今から31年前の1995年の9月、スポーツ企業のフェニックスが開催した皇居駅伝大会に私が主宰していたスキーとトライアスロンのチームBEARSがAとBの2チームが参加した。皇居1周5km×4名、20kmを4名でタスキをつなぐ駅伝、71チームが参加した。結果BEARSは何と総合2位と健闘した。 多くが大学のスキークラブで平均年齢20代前半だが、我がBEARSは私の47歳を筆頭に平均30代後半のチームだからいかに健闘したことか・・・(笑) 優勝したのは何と國學院大學体育連合会スキー部Aチームだった。 その大学に“高貴”高齢者となった元BEARSのプレーイングマネジャーだった私が臨時職員として働いている。これも何かの縁なのかも知れない。【20260123(金)】
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